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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナイデンヌの妖女

時空列的に、現在の『エロエロンナ物語』本編(偽りの聖女編)から、数年先の未来のお話です。

結構、R-18寄りですが行為その物の直接描写はないから、大丈夫な筈。

ナイデンヌの森から、独裁者最後の賭を目論む不死者の装甲師団が、バルジ目掛けて大作戦って話ではありません(笑)。


キャラクターが「喰われる」残酷な場面を含みますので、耐性の無い方はブラウザバックを推奨します。

 廃都の近くにある港町、ナイデンヌ。

 ナイデンヌの森と言われる大森林に囲まれ、妖精貴族であるゲルハン男爵の領地として知られる田舎町だ。

 言うまでも無く林業が盛んだが、二百年前に大火に遭った影響で森林の樹木は若い木が多く、大木に乏しいのが玉に瑕である。


「困ったなぁ。近道なんかしなきゃよかった」


 ククルゥはため息をついた。

 配送の仕事帰り、多分、森の中の道を延々と歩くのに音を上げて、こっちだろうと見当を付けて森林をショートカットして突っ切ったのだが、見事に迷子になってしまった。

 大木は多くない。

 古い森林は間伐が成されている分、実は下生えなどが少なく、分かり易いのだが、あっても樹齢二百年以下の若い木だらけなここは、それだけに余り木こり達の手が入っておらず、様々な植物が鬱蒼と茂っている。


「お化けが出そうだし…」


 近所、と言ってもかなり離れているのだが、森の向こうに廃都がある。

 廃都。廃れた都の名の通り、昔、隆盛を誇ったある国の都だった場所だ。今は誰も住む人もおらず、それどころか、近づく者も居ない。

 不死怪物アンデッドの巣窟だからだ。

 動く死体や骸骨。そしてそれらを統べる上級魔物が巣くっているらしい。ナイデンヌの森は不死怪物の侵入を防ぐ結界として作用している。


「でも、完全じゃないらしいんだよね」


 ガサガサと邪魔っ気な下生えをかき分けながら、ククルゥは前進する。

 人馬族セントールである彼は、下半身の馬体に葉っぱが当たるのに敏感だ。下生えが棘を持った茨の類いでないのを確認しつつ、慎重にだ。

 妖精族が用いている結界魔法。

 それは不死怪物を近寄らせない様に、それらが嫌う波動を発しているだけなので、完璧な物とは言えない。

 自我を持ち、意志がある不死怪物ならば、気分は悪くなるだろうが越えられぬ物理的な壁ではない。また、たまに効かない個体もある為、越境してくる輩は時々出る。

 それなりの広さと幅のあるナイデンヌの森だが、そんな訳で不死怪物との遭遇は皆無とは言えぬ。大半が低位の動く死体や動く骸骨だとは言う物の、若いククルゥでは手に余りそうである。


「!」


 何かの気配を感じて彼は立ち止まった。

 静寂に紛れてすすり泣く様な声が響いている。

 すわ『泣きバンシーか?』かと緊張する。魔物の中でも比較的高位に属する不死怪物で、本格的にやり合ってもククルゥでは勝てるとも思えない。

 思わず腰に差した山刀マチェットを握り絞める。

 小荷物を配送する伝馬業である仕事柄、必要とされた支給品で、荷物狙いの悪漢から自衛する為の武器ではあるが、幸か不幸か、彼はまだ武器として使った事は無い。

 もっともこれは数打ちの量産品で、魔法の力なんぞは付与されておらず、幽霊ゴーストだの、吸血鬼ヴァンプだのの、上位の魔物に出会った際には何の役にも立たない気休めであった。


「誰か居るのか!」


 思わず声を掛けてしまった後、失敗したと後悔したが覆水盆に返らず。

 泣き声が止まった。そして、がさがさと草をかき分けながら、異形のシルエットが目の前に飛び出してきた。

 上半身は女性だが、下半身は蜘蛛の魔物。


「おや、丁度良かった。」


 お尻から真っ白い糸が噴き出し、べたべたした感触でまとわりつく。『しまった。蜘蛛女アラクネーか』と認識した時は既に遅く、たちまち糸によってぐるぐる巻きにされてしまう。


「これで二匹。一匹は今夜のディナーに回そうかねぇ」


 舌を出して指先をぺろりと舐めるアラクネーは、悔しいが美人だった。

 黒髪に真っ赤な目。蜘蛛の身体は黒と黄色の縞模様で、身体はおろか脚の先まで光沢を持った剛毛で覆われた、典型的なアラクネーの姿と一致している。

 上半身の女性体は胸が大きく、一糸も纏わぬ裸体である。キュートな臍が目立つ、豊満で艶やかなボディラインを持った身体だが、これは亜人とか、他の種族を惑わす擬態である。


「くそぉ、放せぇ」

「叫ぶんじゃないよ、坊や。まだ、取って食いやしないからね」


 ひょいと小脇に抱えられる。

 まだ若いのでセントールとしては小柄だが、それでも150kg近くある自分を持ち上げるとは、どんな怪力だと驚愕する間もなく、暫く歩いた後に放り出されてしまう。


「くすん、くすん…誰?」


 そこには先客が居た。

 白く編まれた蜘蛛の巣の上に転がる大きな塊。同じく、蜘蛛の糸に捕獲されてぐるぐる巻きになっていたが、アラクネーの女の子だった。


「呆れた。アラクネーって奴は、共食いもするんだな」

「こいつが仲間な訳ないじゃないか。こいつはただの食料さ」


 サイズは自分を捕らえた奴よりも小さい。涙を流していたらしく、顔が真っ赤に腫れている。

 さっきからすすり泣きをしていたのは、この子だったのだろう。

 

「あたしアラクネーじゃないもん。ヤシクネーだよ」

「そう、美味いのさ。食べ応えがあるから、馬を最初に食べて、お前はディナーに回してやろう。

 その甘いカニ味噌が堪らないねぇ。くっくっく」


 蜘蛛女がつつーと女の子の下半身に触れる度に、びくりと身を縮こませる女の子。

 ヤシクネー。これも魔族だ。

 下半身がヤシガニになっている種族である。ほんの十年前程に王国沿岸部に大量に移民して来た。

 近年では沿岸地方では見掛けることも多くなっている。

 性格は魔族にしては温厚。攻撃的な所も少なく、彼女らの吐き出す魔糸によって織物産業が勃興した程であるが、その見掛けから忌み嫌われる傾向が強い。 


「今日は馬肉。明日はカニ肉♪」


 ふんふん鼻謡を歌いながら、アラクネーは何処かへ行ってしまった。

 改めてククルゥは同じ境遇の仲間を見た。

 下半身が白い糸で絡められている。ヤシガニ体は黄緑色に黒い斑点があり、ミンミンゼミを彷彿とさせる色合いで、ひときわ大きく目立つ一対の鋏は厳重に糸で縛られていた。

 第二胸部の上に立つ、ヒト型の上半身は幼い女の子だ。自分よりも若い、幼女と言っても良い程の年頃で、ヒトに換算すると10歳前後。おかっぱの頭に青い髪と黄色の瞳が印象的だ。


「俺はククルゥ。ナイデンヌの『アルゴ通運』で馬丁をしている」


 正確には馬丁ではなく、自分自身が馬役なのだが、まぁ、それは脇に置いておこう。

 すんすんと鼻を鳴らしていたヤシクネーが顔を上げる。そして「あたし、クロッカス。クロッカス・マールゼン」と呟いた。

 どっかで聞いた名だなと思いながら、ククルゥはどうして捕まったのかを尋ねた。


「近所の子に虐められて…森に逃げ込んだら、あのお姉さんが問答無用に…ふぇぇぇ」


 その後は言葉にならなかった。

 虐めか…。と彼は嘆息する。ヤシクネーはどうしても姿形が異形な為、差別され、虐められる場合か多い。子供の間なら尚更だ。


「泣くなよ」


 自分もセントールだけあって虐めは経験している。

 ただ、もし、彼女たちが本気で怒ったらとんでもない事を知っている。特に前肢が変化したあの大きな鋏は、とてつもなく強力な武器だ。

 幸い、鋏の危なさを自覚してるだけあって、温厚なヤシクネーはそれを武器として滅多に使わないが、冒険者クエスター傭兵マーセナリィになった者達はそれを振るうのに躊躇しない。普段遣いで椰子の実を粉砕出来るだけあって、本気で使えば人間の首なんか簡単に切断してしまうのである。


「本気で戦ったら強いんだろうに…」

「すん…すん。そんな野蛮な事、出来ないもん…」


 彼は『何処のお嬢様だよ』と口に仕掛けた時、彼女が上等な服を着ている事に気が付いた。

 身体にぴったりとフィットした青いドレス。これは魔糸を紡いだ高級な布地でしか再現出来ぬ物である。フリルやレースたっぷりに装飾されたデザインは、一般庶民からはかけ離れた仕立てで、高級なドレス屋が作った一品物に違いない。


「マールゼン商会の御令嬢かよ」


 マールゼン家の主、ケージー・マールゼンは貿易商人だ。交易船を何隻も抱えた豪商で、今では士族ユンカーの位も持った貴族でもある。

 小さなポンコツ船から一代でここまでのし上がった成功者として、古株の大店からは成金と蔑まれつつも、庶民の間では立志伝中の男としてヒーローであった。

 その亡くなった奥方が魔族であるヤシクネーと言うのも有名で、奥方の姉妹が店を切り盛りしていて、亡くなる前に成したヤシクネーの子供も居るらしい。


「御令嬢…じゃない。あたし、他の姉妹みたいに才能ないもん」

「何だよ、才能って?」

「読み書きとか計算とか、社交とか…」


 商家のお嬢様として教育を開けているが、ほとんど味噌っかすなのだと言う。

 いちいち「サフラン姉様は礼儀作法が完璧だし、ヴィオラ姉様は話術が巧みで社交界の華と言われるの。妹のアマリリス、デイジー、ジャスミン、ポピーもあたしよりも読み書き・計算も出来るし…。クローバーは会った事ないから判らないけど」などと、他の姉妹を引き合いに出す。


「歳幾つだ?」

「10歳」

「まだ先は長いじゃん」


 それに対してクロッカスは顔を歪めると、「でも、あと三年で大人だよ…。たった三年しかないんだよ」と力なくこぼした。

 焦っているのが判る。

 この世界では成人として認められるのが13歳だ。上流階級では社交界デビューをし、紳士、淑女として認識されると言う。

 事実、ククルゥは14歳だが、社会では立派な大人扱いだ。


「まぁ、それよりも俺は今夜まで。君は明日の晩までしか時間が無いのを、気にすべきだな」

「そうだった!」


 残酷な事実を突き付けられて、クロッカスは再び落涙する。


「こんな所にわらわがおるのか」


 そんな時、唐突に第三者の声が響いた。


「蜘蛛の巣に引っかかっておるのかや?」


 女性ではあるが、その姿はククルゥ達が普段見慣れている服装からすれば、異様であった。

 幾重にも衣を重ね、笠の周囲に垂れた紗の薄衣うすぎぬで出来たヴェールから覗かせる顔は整っており、まごうことなく美人と言えるだけの容姿を持っている。

 だが、口を開く度に見える歯が黒い。


「お姉さん。誰?」

「助けて」


 ククルゥから出たのは疑問。クロッカスが発したのは救援要請。

 女性は「むぅ」と短く呟くと、「我の名は初雪」と名乗りを上げる。無論、ククルゥ達にとっては異国風の聞き慣れぬ名である。


「ハツユキさん?」


 クロッカスが鸚鵡返しに問うと、初雪は「うむ」と返事する。

 名前からこの女性は皇国辺りからやって来たに違いない。とクロッカスは悟る。

 父の仕事の関係から、一般人と比べると彼女は異国人との接触は多い。遙か東方の皇国から来た女性が、確かにこんな服装をしていた筈だ。

 記憶にあるのとはやや違うが、流行やら地方での差異はあるのだろうと納得出来る範囲である。

 勿論、クロッカスには初雪の姿が裳唐衣もからぎぬ装束、俗称十二単をつぼめた旅装、壺装束であるとは判らなかったが、使われている布地や仕上げから、高貴な身分にある者が身に付ける衣装であるのは、はっきりと判断出来た。

 落ちこぼれと自虐していたが、普段から施された交易商人としての教育から、それなりの観察眼は有るのである。


「高貴なる淫魔じゃ。こちらではサッキュバスと呼ぶのであったな。

 まぁ、零落しておるがのぅ」

 

 自嘲気味に笑う。そして「助けてやっても良いが、代償には何をくれるかのぅ」と問うてきた。


              ◆       ◆       ◆


 初雪とククルゥの間に、何か約束が交わされたのは判ったが、クロッカスにはそれが何であるかは明かされなかった。

 初雪はいとも簡単にアラクネーの糸を切断すると、ククルゥの拘束を解いた。

 魔糸の強力さを知っている身からすれば、びっくりである。ヤシクネーもお尻からアラクネーと同種の糸を吐き出せる。主に不安定な場所で身体を固定したり、巣作りに使用するので、アラクネーの様に狩りに使うのは不得手なのだが、糸を吐く量はむしろ多い。

 しなやかでかつ強靱。特殊加工すれば鎧にも使われる程の強度を持つ魔糸を、手刀の一撃で切断したのである。


「待ってな。俺は初雪との約束を果たしてくる」


 そう言ってククルゥは、初雪と一緒に藪の向こうに姿を消した。

 暫くすると艶めかしい喘ぎ声。激しい息づかい、そしていやらしい水音が聞こえてきた。

 クロッカスは見えない向こう側で男女の営みをしてるんだと察した。

 年の割に耳年増なのは、やはり教育の影響である。経験こそ無いが、知識としてならセックスがどの様に行われるかは教えられている。

 いずれ、何処かの殿方に嫁ぐ日を迎える為に、そして母が元々は娼婦だったのもあるのだろう。マールゼン家では早くから性教育が施されていた。


「サッキュバスって言っていたからね」


 代償は彼女に精を与える事なのだろうと予想出来た。

 殿方の精を糧に生きる魔族。それが淫魔であるサッキュバス。かつては社会の敵として一大勢力を誇ったが、今は上級種が殆ど壊滅したせいもあって、西方では社会に同化した者が多い。

 東方ではどうなのだろう?

 ああ、もし生きて帰れたら調べてみよう。そう考えた時だった。


「何、勝手にやってるんだい!」


 叫びを上げたのはアラクネー。引き返してきたのだろう。


「ほぅ、こいつかのぅ。うむ、乳丸出しで下品じゃな」

「貴様だって裸じゃないか」

「これは行為の結果脱いだのじゃ。お主の様に常に裸な野蛮人とは違うぞえ」


 初雪との舌戦が繰り広げられる。「ほほほ…」と高笑いしてるのは初雪だろう。

 脚が糸でグルグル巻きなので声はすれども、よく見えない。ずりずりと胴体の向きを変えつつ、身体を捻って視線をそちらへ向けるが、今度は藪が邪魔で視線が通らない。


「ああっ、もうっ」


 下に張ってある巣の糸がべたべたして気持ち悪い。

 埒があかないクロッカスは「ふん」っと力を入れた。出来るかどうかは分からないが、自分の鋏に渾身の力を込めたのである。

 八本脚の蜘蛛に対して、ヤシクネーの脚は前二本が巨大な鋏となっていて六本脚だ。これは主に木登りと力仕事用だが、その挟む力は恐ろしいパワーを秘めている。

 ぐぐぐっと糸で固縛されていた鋏が開こうとする。


「はぁはぁ、諦めないっ」


 一旦力を緩めて、もう一度、力を入れる。頭に血が上ってきて、血圧でくらくらになりそうだが、クロッカスは遂に魔糸の呪縛を引きちぎった。

 思わず「やった」と上げる快哉の声。自由になった右鋏を用いて、左の鋏。更に胴体に巻き付いてる糸を斬り刻む。

 鉄で出来た本物の鋏ではないから,切ったと言ってもザクザクなのだが、とにかく自由を取り戻した。脚を粘着性の糸に取られながらも、素早く移動して地面へと降りる。


「ぎゃああああっ」

「おほほほほっ、気持ちいいぞ。わらわの中で暴れるのじゃ」


 アラクネーの断末魔の叫び。それに呼応するかの様な,初雪の勝ち誇った声。

 それらを耳にしつつ、クロッカスは藪を突っ切った。


              ◆       ◆       ◆


 並みの相手ならば、アラクネーは強敵であったろう。

 だが、淫魔の女王たる初雪には取るに足らぬ相手であった。


「それだけかや?」


 尻を向けて相手を拘束する、自慢の縛糸術も鋭い手刀で薙ぎ払われ、挑んだ白兵戦もさらりとかわされる。

 歯ぎしりした所に、不意に顔が近づいたと思ったら、強烈な接吻がアラクネーを襲う。


「男女の営みを邪魔するとは無粋な奴じゃ。これはお主に責任を取って貰わねばならぬのぅ」

「何を…うっ、これは」


 サッキュバスの唾液に含まれている、強力な催淫成分がアラクネーを侵していた。身体が燃える様に火照り、バルトリン腺が刺激されてあそこからはじゅくじゅくと愛液が浸み出してくる。


「うああああ」


 がくんと膝を突く。立っていられない。

 淫魔が体内から出す全ての物、その吐息から涙や汗,果ては老廃物に至るまで、媚薬成分が含まれているのだ。

 身悶えする蜘蛛女を見下ろしながら、初雪は指をしゃぶりつつ、この相手をどう料理するかの思惑を巡らせる。


「腹も些か空いておるし、お主を喰う事にしたぞよ」


 先程、クルルゥから文字通り、馬並みの精液を搾り取ったがまだ足りない。

 こいつを吸収してしまおう。そう料理メニューを決めた初雪は、ぺろりと舌舐めずりをする。


「頭からが良いかのぅ。いやいや…」


 上級サッキュバスの証である黒い翼が、背中から飛び出てばさりと広がる。

 普段は体内に格納してヒトに擬態するのだが、もはや隠す必要も無い。同時にだらりと下がっていた尻尾がぴんと立つ。

 尻尾には矢印かハート型の先端部分が付いているが、それが変化を起こした。

 ぶくうと先端部分が膨らんで、縦筋が入るとぽっかりと口が開いたのである。サッキュバスにとってそれは、男性の性器を飲み込んで快楽を与え、射精を強要する搾精器官なのだが、変化はそれだけではなかった。


「やはり尻からじゃ。飲み込む模様が観察出来るしのぉ」


 初雪は薄ら笑いを浮かべると尻尾をひゅんと振るった。

 黒い尻尾の先端が信じられぬ程大きく広がり、アラクネーの尻にむしぉぶり付いて、ずるんと蜘蛛の尻をあっという間に飲み込んでしまったのだ。


「ぎゃああああっ」


 蜘蛛女の悲鳴。

 飲み込む際に勢い余って脚を数本折ったか、何かしてしまったらしい。


「おや、済まぬの。無傷で丸呑みする気でいたのじゃが、腹が減ってるから焦ってしもうた。もしかしたら脚が取れてしもうたのかや?」


 尻尾はアラクネーの形に広がっていた。差し渡し幅が3m近くある魔物を難なく飲み込み、幾ら中で激しく抵抗しても破れる気配はない。


「おほほほほっ、気持ちいいぞ。わらわの中で暴れるのじゃ」


 飲み込まれまいと尻尾内で暴れるアラクネーに対して、初雪は喜びを感じていた。管の中で与えられる刺激が心地よく、抵抗すればする程、性器を弄くる自慰に近いうっとりする快感が身体の中を走る。

 尻尾の管はずるっずるっと蠕動し、蜘蛛の胴体部分を完全に飲み込んでしまった。


「た、助けて…助けて、おぶぁ!」


 蜘蛛の胴体から生えていた女性体の懇願も終わった。

 恐怖の表情を浮かべた顔も、遂に尻尾の中に飲み込まれてしまったのである。

 初雪はそれを一瞥すると、尻尾の位置を前に回して、管の中を下って行く獲物の推移を観察する。


「何を惚けておる」


 ずっと腰を抜かしている少年へ初雪が声を掛ける。


「あのアラクネーを喰ってしまったんだ」


 何とか立ち上がる。抱かれていた影響で初雪の媚薬成分によって身体は火照り、股間はぎんぎんのままであるが、何とか自由は効き、乱れた着衣をククルゥは整えた。


「生意気だったからの。まぁ、お主とのまぐあいを邪魔された恨みもある。

 あの女はわらわの体内で溶けて,同化吸収されるのじゃ。まぁ、その内、気が向いたら新しく、我が眷属として産み落としてやろうがの」

「そんな事が出来るんだ。じゃあ,食べられた相手は…」


 初雪は少し首を傾げる。ああ、余り知られてないことなのかと思い当たる。


「淫魔。その中でも王族種が恐れられ、忌み嫌われた理由は何だと思う?

 それは他種族を全て淫魔へと変える力を持つ為じゃ。どんな相手でも取り込み、体内で霊力のスープに変えて再構成し、新たなる淫魔として産み出してしまえるのじゃ」


 尻尾を下って行く犠牲者の体積が小さくなって行く。これは管を下る毎に【縮小】の魔法が作用する為だ。


「もっとも…、おおっ、まだ暴れておるな。気持ちいいのじゃ」


 説明を中断し,快楽に身を任せて悶える初雪。「産み出される淫魔は全て臣民。こちらの言葉で言うコモン種じゃ。これには本来生殖能力は無いのじゃが、最近得たみたいじゃな」と、喘ぎながら続ける。


「食べられた相手か。自我の事を言うのであれば、保ったまま誕生する。

 性格、記憶共に元のままじゃ。もっとも淫魔としての自覚を持ち。そのモラルも改変されて淫魔としての物になるがのぅ」


 もし生前、どんなにセックスを嫌っていたとしても、淫魔となってしまったら積極的に性行為を行う性格に改変されてしまうと言う事である。


「ふむ…、そろそろお主は、あの女子おなごを連れて逃げるべきじゃのう」

「えっ」

「本当はお主も、あの娘も喰らってしまう筈であった。しかし、気が変わった」


 大きな塊が尻尾の根元を通過して、ごぶんと大きな水音と共に腹に収まる。

 初雪のお腹が妊娠した様にぷっくりと膨らんだ。手で愛しそうに腹をさすりながら、ロイヤルサッキュバスは言葉を継いだ。


「蜘蛛の糸を切って脱出した様じゃ。もうすぐ藪を抜けてくるじゃろう。

 なに、わらわが快楽で狂っていると説明し、今の内に逃げ出すと示唆すれば良かろう」


              ◆       ◆       ◆


「見るなっ!」


 突然、視界が遮られる。

 ククルゥだった。着衣は乱れてはいるが,何とか身に付けて大の字で彼女の行く手を塞いでいる。


「見るんじゃない」

「え…どうして」


 クロッカスの抗議は無視された。

 そのままセントールの少年が、ヤシクネーの少女を抱き込んだ。これで完全に視界が塞がれてしまう。

 しかし、塞がれる直前、彼女は目にしていた。

 初雪の背中に黒く、大きなコウモリ状の翼が生えていたのを。

 確か、あれは今の世の中では滅多に見られない上級淫魔の印。ロイヤル種のサッキュバスのみが持ちうる特徴であると教わった事がある。

 ロイヤル種は、今の世界では多数派のコモン種を統べる女王であり、今の社会に甚大な損害を与える存在だとされている。

 性格は傲慢、残虐で本物の悪魔にも匹敵するとされ、魔族の中でも最悪な部類として、古代王国の時代から国を問わず、問答無用で討伐命令が下されている程だ。


「ハツユキさんがロイヤルサッキュバス?」

「ああ、だから今の内に逃げるぞ。あのアラクネーを吸収する間、ハツユキは快楽に支配されて追っては来られないだろうからな」


 初雪は「ああっ、気持ちいいのじゃ」や「おほぅ、イク、イグ」と、しきりに甘い声で快感を味わっているらしい嬌声を上げている。

 それを利用してククルゥ達は手に手を取って走った。

 何処を走っているのかは分からないが、とにかく初雪の居る方向とは反対側にだ。


「うむ、無事に逃げ失せたか…」


 アラクネーを体内へ取り込み、すっかり吸収してしまった上級淫魔は呟いた。

 周りには自分が出した粘液が散らばっている。身体に分泌する全ての体液がそうである様に、辺りは媚薬混じりの甘ったるい臭いが充満している。


「童を食べる程、がっついておらぬのでのぅ。

 あの蜘蛛はそれなりに腹に溜まったし、獲物としてはまぁまぁじゃ」


 甘いのかなと自覚もする。気まぐれみたいな物だと思う。


「あの人馬族曰く、聞けば廃都なる場所が近くにあるらしいのぉ」


 不死怪物は余り美味くないだろうが、暫く、ここに腰を据えるかと初雪は思う。


「追っ手もここまで来る事はあるまいしのぅ」


              ◆       ◆       ◆


「ククルゥ、てめえ何処ほっつき歩いてたんだ」


 何とか街道に戻り、自分の就職先であるアルゴ通運に帰還したのは翌朝だった。

 アルゴ通運はこのナイデンヌの町では、結構大店である。

 店主であり、今も店を仕切る親方は年を経た老ドワーフで、彼の顔を見るなり叱り飛ばす。


「お前の後にナッツへ出たガナックの奴が先に帰ってきて、てめえが戻ってないって言うから、山賊にでも襲われたのかと心配したぜ」


 ナッツとはナイデンヌの森を抜けた先にある町だ。今回、ククルゥが荷物を配送した先である。ガナックはククルゥの先輩でやはり人馬族。女癖が悪いが気のいい男だ。


「ちいと,トラブルに遭って魔物に捕まってた」

「本当か、おい。何処の回し者だ?」


 町や村へ品物や情報を配送するのがククルゥ達の仕事である。

 中には貴重品も多い。それを運ぶ運輸業者が襲われるのも珍しくないのである。

 また、情報その物を途絶させようと狙う輩も居る。

 例えば、王都市場の動向である品物が高騰したとする。いち早くその情報を掴んだ者にとって大儲けの機会が訪れるが、この情報を独占したいと思う不埒者だって出る。

 各地に引かれている腕木通信線は,その沿線から外れた地域に対しては、昔ながらの伝令が情報通達方法として使われているからである。

 つまり、この近辺ならばナイデンヌまでは通信線が届いているが、そこから先の小さな町や村々には、ククルゥ達の様な業者が通信文を抱えて伝えなければいけないのだが、その王都から発せられた該当の情報を伝えなくして利益を得たい者が、無頼漢を雇い、通信使を途中で拉致する可能性だってあるのだ。

 親方はそんなトラブルに巻き込まれたと判断したのだろう。


「ま、無事で良かった。どっか傷む所はねぇか?」

「大丈夫だよ」


 最悪な事をしでかさない限り、こんなケースでは拉致監禁されるが、命を奪われる事は無い。雇われた連中だって殺人者となって、お尋ね者にはなりたくないからだ。

 大抵、情報が役に立たなくなったと判断される一両日中には、身ぐるみ剥がされて解放される。お約束の「命が惜しくなかったら、俺達の正体を嗅ぎ回るんじゃねぇ」との台詞と共にだ。


「おや、そのお嬢さんは…。これはマールゼンの」


 親方はククルゥの後ろにいるクロッカスに気が付いた。


「アルゴ・ノーツ店長。お久しぶりです。

 ケージー・マールゼンが三女、クロッカス・マールゼンと申します」


 クロッカスはドレスの裾を優雅に摘まんで、腰を落とすと一礼する。

 マールゼン商会はアルゴ通運とも取引がある。

 父の商売柄、彼女は『一度会った相手の顔を覚えなさい』との教育が施されている。他の姉妹に比較して苦手なのだが、それでも特徴的な親方の顔は覚えていたのだった。


「とにかく中へ、昨日から行方不明だったので商会の支店では大騒ぎでしたぞ。

 おい、マールゼン商会に使いを出せ。お嬢様を保護したとな。ククルゥ、突っ立ってないでてめえは、お嬢様にお茶を用意しろ」   


 その後、商会の支店(ナイデンヌに本店はない)から迎えが来たり、当事者としてククルゥが説明に追われたりして大変だったが、とにかく二人の大冒険はここで終わった。


              ◆       ◆       ◆


「ククルゥ!」


 白い日傘を差してクロッカスが優雅に歩いてくる。

 ドレスは裾が大きく広がる最近流行のファッションだ。でも、斬新すぎて自分には似合わないんじゃないかと、彼女自身は思っている。


「クロッカスか、悪い、今、立て込んでるんだよ。店長、暫く離れても構わないか」

「ああ、マールゼンのお嬢さんか、いいぜ」


 代替わりした二代目店長のアストロ・ノーツの許可が下りたので、ククルゥは車置き場から離れ、クロッカスの元へ駆け寄った。


「主任って大変そうだね」

「まぁ、部下を持つ身になったからな」


 あれから五年。夏のある日。

 ククルゥは店で主任の座に着き、一地域を担当する区長に昇進した。

 セントールだけではなく、色々な種族の長になったので大変そうである。おまけに配送馬車をも面倒を見る必要が出てきた。これは徒歩組だけを専門としてきた彼と分野が違うので、慣れるまでが大変である。


「馬の気持ちって良く分からねぇ。言う事聞いてくれないんだ」

「それって、ククルゥが馬に舐められてるんじゃない?」

「お前、馬乗れるのかよ」


 それに対して「あたし、馬に乗った事ないけど」とも付け加えるが、乗馬は無理でも、御者として馬を走らせた経験があるのを伝える。

 因みにセントールは,馬車に乗るのは体型的に無理である。  


「そうなのか」

「馬鹿にされてると、言う事聞かないって商会の社員も言ってるしね」

「まぁいいか、馬に対して威厳を高めるのが今後の課題として、学業の方はどうだい?」


 クロッカスは今年、海軍士官学校に入学したのである。

 今は夏期休暇で久しぶりにここへ顔を出している。

 商会の跡継ぎには恐らく、姉のサフランかヴィオラが継ぐだろう。もしかしたら叔母のイマーイかアリーイが二代目になるかも知れないが、叔母達はそれを固辞するに違いない。

 叔母達曰く「あたしらは、あくまでタカトゥク姉さんの手伝いをしてるだけ。姉さんの子供達が成長したら、商会を辞めてどっかへ行くよ」と常々言っているからだ。


「とっても楽しいよ。実技の時は海をすいすーいって快走するんだ」


 あれからクロッカスは泣き虫を止め、自分に向いている道を探した。そして見つけた。

 船乗りとしての道である。商会の商船に見習いとして乗り組み、みっちりと経験を積んだ。

 社交界デビューもこなしたが、それは家に対する義務であって、以前の様に結果は気にしなかった。社交界は社交界。そんな所は彼女にとって既に主戦場ではなくなっていたである。

 自分は姉達の様にはなれない。だから別の道で身を立てようと決心したからだ。士官学校へ入ったのも本格的な海の女になる為である。


「卒業したら士族様だろ。何か、お前が遠くに行っちまう気がするな」

「まだ先だよ。あと三年有るし…あ」


 デジャヴ。以前、三年と言っていた事を思い出す。

 あの時は「あと三年しかない」であったが、今は「まだ三年もある」になっている。それだけ今は余裕が出来たんだ。と実感する。


「どうした?」

「うん、ハツユキさん、今頃どうしてるんだろうって」


 五年前のあの光景は、今となっては夢か幻に近い記憶になっている。

 クロッカスとククルゥは、ナイデンヌの森で会った異国の女性を思い浮かべたのだった。


〈FIN〉

R-18版をハーメルンの『エロエロナ物語』の方へアップしていますが、年齢制限で読めないって方の為に。

よろしかったらハーメルン掲載の『エロエロンナ物語』シリーズもご覧下さい。


実習航海に登場したトイズ家改め、マールゼン家のお話です(イマーイ達はトイズ家ですが、クロッカスらは父方の家名を名乗っているんです)。クローバーの姉妹達ですね。お花の名前が付いてます。


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