3筆目 初対面のやつにツッコミできるやつはすごい
「ちょっと抽象的というかなんというか……はっきり言って訳がわからん!」
彩雅が展吾に提示した治療法はとても治療とはいえないものだった。
ある世界?ある人?最高の結末?展吾にはさっぱりわからなかった。仮に同じことを他の人に言ったら同じ反応をするだろう。
彩雅は展吾に何かを言うわけではなくイーゼルの上の黒い布に手をかけ、そして取った。
展吾の目の前に一枚の絵が現れた。その絵は月明かりで照らされた湖で踊る綺麗な金色の髪の女性の絵だった。そう、美術館で見たあの絵だった。
「改めて紹介しよう、この絵は僕が描いた絵で題名は『月舞踏』だ。特に注目してもらいたいのが湖に移る満月だね。」
不思議だ。今まで展吾にとって絵というものは自分に敵意むき出しの分かり合えない存在だったのに、不思議とこの絵だけは自分に敵意を向けることなく、むしろ包み込んでくれそうな安心感さえ感じられた。特にこの……
「ま、展吾にとっては月より女の子か」
「は、はぁ!?何言ってんだよ。別にそんなんじゃねーし」
図星だった。
「そんな君には"花より団子"ならぬ"月より女子という言葉を贈ろう」
彩雅がニヤニヤしながらまた訳のわからないことを言って展吾をからかう。
「まーその話は置いておいて」
「お前が勝手に始めたんだろ!」
二人の漫才みたいな会話が続く。彩雅がボケ、展吾がツッコミといったところだろうか。
この二人はほんの数時間前に初めて会ったばかりだ。
なのにこのやり取り、なんだかんだいって二人は気があうのかもしれない。
「そんなに焦らなくても会えるから大丈夫だよ」
「会えるって……これは絵なんだぞ。もしかしてお前2次元と3次元の区別がつかないのか?」
「展吾、期限は一週間だ。一週間以内に最高の結末を導き出してくれ」
「ちょ、何言って……」
「絵をまっすぐに見つめて、目を閉じて。そして深呼吸するんだ……」
有無を言わさない彩雅に根負けし、言われたように目を閉じて呼吸を整える。
「僕が五秒数えたら目を開けるんだ。じゃあ、いくよ」
展吾は不安で仕方なかったが、これで茶番が終わるならと指示に従うことにした。
「5……4……3……」
目を閉じたいる展吾を彩雅のカウントと絵の具の匂いと潮の香りが見守る。
あと2秒、薄々、失敗に終わるんだろうと展吾は思っていた。
「2……1!」
カウントダウン終了と同時に展吾は目を開けた。そしてほぼ同時、いや若干早く彩雅が展吾の手のひらに描かれた記号に線を一本付け足した。
瞬間、展吾を一陣の風が襲い、周囲のスケッチが描かれた画用紙を巻き上げる。
風が吹き止んだ部屋には散乱した画用紙と画材、イーゼルに立てられた絵、そして彩雅がいるだけでそこに展吾の姿はなかった……