2筆目 換気を忘れるな
彩雅がドアを開けると絵の具の独特の匂いが展吾の鼻を刺激した。
「ただいまー」
「玄関なのにもう絵の具の匂いがするんだけど、本当にここに住んでるのか?頭痛くなりそうだ」
「あ……換気するの忘れてた……ま、いっか」
彩雅は抱えていた絵を包んだ風呂敷を壁に立て掛け窓を開けた。
心地いい風が部屋に充満した絵の具の匂いを外に追い出すべく一気に流れ込み二人の髪を揺らす。
この家の近くが海であることもあり、微かに潮の香りがした。
「よし!なら早速本題に入ろうか。展吾、そこのソファに座って」
「これか?なんか絵の具いっぱい付いてるけど……」
「乾いてるから大丈夫だよ、多分」
展吾はもし絵の具がついたらクリーニング代を請求してやると思いながらソファに浅く腰を下ろした。
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「とりあえず僕の家に行くよ展吾」
彩雅が絵を照らしていた照明をバックに詰め込めながら言った。
「片付けを手伝わせるだけじゃ飽き足らず、家にも来いってか。勘弁してくれよ」
そこに居合わせという理由で展吾も警備員に片付けを手伝うように言われていた。断ると今度こそ学校側に言いつけられてしまうと思い逆らわなかったが展吾は不服で仕方がなかった。
「でもその症状直したいんだろ?」
長年自分を苦しめて来た症状だ、治せるものなら治したい、でもだからこそこんなよくわからんやつに治せるわけがない。
美術館を周り終えた生徒達がちらほら出て来た。
興味本意で話しかけて来るやつ、ちらっと見ただけで声をかけずに通り過ぎて行くやつ。幸い先生が出口付近に来る頃には片付けは終わり難を逃れた。
「で結局どうするの?」
絵を風呂敷に包み終えたとこで彩雅がまた聞いてきた。答えはもちろん……
「行くよ……」
藁にもすがる思いだった。
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画材ばかりで生活感のまるでない部屋。
まさか治療方法は苦手なものに少しずつ慣れていくという強引な方法なのか。
展吾の心が左右にゆっくり大きく揺れ出す。
そんな展吾をよそに彩雅は木製のイーゼルを展吾の前方に設置し、黒い布で覆われた何かを立て掛けた。
あぁやっぱりか、しかし自分も男だ。もう治してしまおう。展吾は固唾を飲んで決心した。
「ちょっとくすぐったいよ〜」
「なにが……あぅっ!」
思わずへんな声を出してしまった。手の甲には絵の具でよく分からない記号が描かれていた。
「いきなり何すんだよ。びっくりしたじゃねーか」
「ごめんごめん。でも必要なことだからさ」
「そもそもどうやって治すつもりだよ。そろそろ教えてくれよ」
「じゃあ説明するね。展吾、君は今からある世界に行き、ある人に会って、最高の結末を導き出すんだ」
「………………は?」
人間は咄嗟に理解できなければ無意識に声が出てしまう。それは展吾も同様だった