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アート・バイ・テイル  作者: 水無月旭
2/6

1筆目 美術館ではお静かに

 「ついに来たな()()()()……」


 浅井展吾(てんご)は声を震わせて言った。それは怒りからくるものではなく怯えからくるものだった。

 展吾は学校行事で美術館を訪れていた。彼の通う学校は様々な校外学習を行っており美術館を見学することもその一つだった。


 「明日にはレポートを提出してもらうので、しっかり鑑賞するように。館内を走ったり、汚したりしないように」


 担任が呼びかけている。普段の展吾は真面目に課題を終わらせる方だが、今回ばかりは友達のを写させてもらおうと考えていた。

 というのも彼は絵を見ることが苦手なのだ。それは絵を描くセンスが圧倒的にないとか、芸術が理解できないわけではない。彼は絵を見ると吐き気を催してしまうのだ。

 幼いころからの原因不明の持病、医者に掛かってみても帰ってくる答えはわからないの一点張り。


「汚すなか……吐いたら汚しちゃうよな。それはよくないな、というわけでさっさとこの美術館(まきゅう)から脱出しよう」


 警備員に注意されない程度に早足で出口に向かう。たいして大きな美術館ではないため展吾の脱出劇は数分で終わる、はずだった……

 展吾は出口まで数メートルのところで不意に足を止めた。歩き疲れたわけでもなく、吐き気が限界に達したわけでもなかった。彼を引き留めたのはほかのなにものでもない展示された一つの()だった。

 満月が映った湖をバックに白いドレスを着た女性が一人で踊っている絵だった。女性は日本人離れの顔立ちをしており、背中まで伸びた金色の髪に透き通った白い肌をしていた。

 不思議と吐き気は襲ってこなかった。展吾が絵に対してここまでの感動を覚えたのは久しぶりのことで、まともに絵を見ることも久しぶりのことだった。


 「どう思うこの絵?なかなかの傑作だと思わない?」


 感動で口が開きっぱなしの展吾に後ろから声がかけられた。振り向くと同じ制服を着た岡倉彩雅(さいが)がニコニコしながら立っていた。


 「え……まぁ、いいんじゃないかな」


 「なんか単調な感想だな。もっとこうさ、他の絵と比べてここがすごいとかさ」


 初対面にもかかわらずためらいもなく話しかけてくる彩雅に展吾は面倒な奴に引っかかってしまったと思った。同学年であることには変わりないが美術館の出口付近に一人でいるような奴だ、ろくな奴じゃないかもしれない。


 「比べるも何も俺は絵が嫌いだ」


 「どうして?絵は素晴らしいよ、絵の中にはさ、それぞれ物語があるんだ」


 どうやら展吾の予想は的中したらしい。彩雅という少年は立派な()()らしい。


 「絵を見てるとなんか気持ち悪くなってくるんだよ。まぁ、この絵は別だけどよ」


 その時、さっきまでニコニコしていた彩雅の表情が急に引き締まった。何かまずいことを言ってしまったか、展吾は焦った。

 彩雅は絵が相当好きらしい。その絵を嫌いだ、気持ち悪くなるなどと馬鹿にしたのだ、怒っても不思議ではない。自分でも好きなものを馬鹿にされたら不快になる。

 彩雅が口を開こうとする、展吾は身構えた。

 

 「吐き気ってする?」


 「…………は?」


 「だから、絵を見てて吐き気はする?」


 彩雅の口から発せられたのは怒りの言葉でもなければましてや詩でもなかった。


 「するよ、他の人に話しても相手にされないけど」


 彩雅は少し考えると次々に質問をし始めた。


 「それは何歳から?」


 「7歳」


 「漫画は普通に読める?」


 「読めるよ」


 「彼女はいる?」


 「いない……ってなにをいわせるんだ!」


 その後もいくつかの質問が続き最後は、


 「僕は岡倉彩雅、君の名前は?」


 「浅井展吾」


 という普通最初に行うべき質問で締めくくられた。


 「さっきからなんなんだよ、変な質問ばかり」


 「その症状治せるよ」


 展吾は意表を突かれた。目の前にいる同い年の男が自分を長い事苦しめている謎の症状をなをしてくれるというのだ。

 もしかしていままでの質問は医者の問診的なものだったのか、展吾の警戒心が期待感に変わり始めていた。

 

 「お前もしかして医者、いや、医者の息子か?」


 「いや、違うよ」


 即答だった。


 「僕は画家だ、アーティストだ!」


 展吾の期待感は再び警戒心に戻った。


 「でもその症状の治し方を知ってるよ。それは医者には治せない」


 「なんでお前に治せるんだよ、根拠は」


 「展吾はこの絵を見ても吐き気は感じないんだよね?」


 「そうだな」

 

 「なら、それが根拠だ」


 「君たち!何をしている」


 警備員が二人に向かって小走りで近づいてきた。


 「君たちかこの絵の持ち主は」


 警備員が絵を指さして言う。

 この絵の持ち主が俺たち?そんなわけがない、美術館に展示されるようなものの持ち主は富豪ぐらいだ。展吾はわけが分からなかった。


 「いや、これ展示品ですよね」


 「当館にこんな展示物はない」


 ますます展吾は混乱した。しかし、彩雅の一言でさらにかき乱された。 

 

 「あ、自分が描きました」


 展吾は耳を疑った。絵は金色の高価そうな額縁に入れられ壁に掛けられており、照明で程よい明るさで照らされていた。違和感は感じられなかった。


 「おい、何言ってるんだよ。嘘だよな?また冗談なんだろ?」


 「だってここに僕のサイン入ってるじゃん」

 

 確かに絵の右端にはアルファベットの筆記体でsaigaとかかれていた。


 「それに症状を治せるっていうのは冗談じゃないよ」


この状況でまだ言うかと展吾は彩雅に苛立ちに似た呆れを感じた。


 「とにかくこの絵を撤去しなさい。今なら見逃してあげるから」


 「あれ警備員さん、見逃してくれるの?」


  彩雅は余計な一言を言った。ここは黙って撤退すべきだというのに。今の一言がきっかけで学校に連絡でもされたらたまったものじゃない。展吾はいつでも逃げれるように心の準備を整え始めた。


 「正直に言ってだな、いろいろ面倒なんだよ。報告書出したり、連絡したり。だから早く行きなさい」


 警備員は意外とあっさりした人だった。



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