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裏庭から出た真海は、ゆっくりと歩きながら校門の外に出た。校門から人目を避けるように簡素な見た目の馬車が止まっているのが目に入る。特に気にせずに通り過ぎようとした時、御者台から人が降りてきた。
「お迎えに上がりました。お乗りください」
恭しく礼をしてから、戸を開けたのはセバスだった。わざわざ迎えに来たのだろうと思い、真海は礼を言ってから馬車に乗った。中は外見と同じように簡素ではあるが、見る人が見れば、その価値が分かるものだ。
この馬車は、貴族が扱う物も含めて一般的な物に比べてほとんど揺れない。石を踏んで跳ねたとしても。気のせいで済ませられる程揺れないのだ。そうして、中に敷き詰められたクッションやソファーはとても肌触りがいい最高級の布であるラブールが使われている。抱きしめていると、離したくなくなるほど気持ちがよく柔らかいクッションに真海は顔を埋めた。
「ほんっとこの馬車最高・・・」
動物に直接乗るのは平気だが、こうして乗り物に乗ると必ず酔ってしまう体質なので、当時、これを開発して貰った時は狂喜乱舞した。
「紫苑のお陰で結構売れてるし、次は国外に売るか、もしくは庶民向けに低予算で開発するか・・・差別化する為に品質は抑えるとして、低予算なら使える付与魔法と素材も限られてくるし・・・それはあの子次第か・・・」
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいると、戸がノックされた。
「真海様、到着いたしました」
「わかった」
返事をすると戸が開き、執事の手を借りて降りる。そのまま阿夜と蓮が勉強している部屋まで向かう。
「ただいま、勉強の調子はどう?」
「おかえり~。蓮君優秀だから、魔法についてまで終わったよ」
「阿夜さんの教え方がお上手でしたので」
部屋に顔を出すと、2人は休憩中なのか寛いでいた。机の上は今まで使われた教材が乱雑に置かれており、今まで何を勉強していたかは、その机の上の物を見れば一目瞭然であった。
「あ、後、あの方が来てるよ。こっちに顔出した後は隣にこもりっきりだけど」
「紫苑が?」
「うん、蓮君の進行状況みたら、書庫の本を好きに読めって。後、蓮君に贈り物してったよ」
「はい、こちらを頂きました」
こちら、と言って見せたのは真新しいチェス盤だった。それを見た真海は声に苦い物を含ませて乾いた笑い声を零す。
「なるほど。目的が大体分かった」
「何のことでしょう?」
「いんや、何でも無い。じゃあ蓮はもう入学まで教えることないから、自習か、それでチェスやってみたら?阿夜もそこそこ強いし、阿夜に勝てるようになったら一段階上の人紹介してあげる」
「わかりました」
「じゃあ、私は隣いくから」
「頑張ってね~」
2人の進歩状況を確認すると、そう指示を出して次は隣の部屋に入った。
「どう?小冊子読み終わった?」
「お帰り。紫苑さんのお陰で読み終わったよ」
「何だ、もう帰ってきたのかよ」
部屋の中では、紫苑と六花がお茶をしていた。六花はその手にくまのぬいぐるみを抱いており、そのぬいぐるみを一目見た真海の頬が引きつった。
「・・・六花姉、それは?」
「紫苑さんがおみやげだって。蓮君にもやったからお前も受け取れって」
「ああ、そう。ちょっと、触ってもいい?」
「?うん。これすっごい手触りいいんだよ。抱き心地最高でついつい抱きしめちゃうんだけど」
「・・・・・ソウダネ」
思わず片言になりながら紫苑を見る。彼は酷く上機嫌で紅茶を飲んでいた。
真海の様子を見た六花は、ふと不安げに眉を下げる。
「え、何その反応。もしかしてすっごい高級品?」
「贈り物の値段を詮索すんのは無粋だぞ」
「いやでも、ただでさえ衣食住保証してくれてるのに」
「クッションとかに使われる材質と一緒だ。気にすんな」
「・・・うん」
そのクッションは、真海がここにくるまでに乗っていた馬車のクッションのことである。真海はツッコミを放棄して椅子に座った。
「で?なんでここにいんの?」
「薄々感づいていやがるだろ、白々しい」
「まあね・・・」
「?」
どこか疲れた様子の真海と、椅子にふんぞり返っている紫苑を六花は交互に見、首を傾げた。紫苑はカップの中身を一気に飲み干すと席を立った。
「今日はもう戻る」
「今日は、ね・・・じゃあね」
「気をつけて帰ってくださいね」
もふもふとぬいぐるみを抱きしめながら六花は紫苑に手を振り、それを見て紫苑は楽しそうに目を細めながら退室した。
「・・・そのぬいぐるみ、気に入った?」
「うん。この年でぬいぐるみはどうよ、って思ってたけど、手触り最高で気持ちいい」
「そう、よかったね」
すりすりと頬擦りする様子に、楽しそうだな、と真海は眺めてから小冊子を手にとった。
「それで、六花姉は学園の概要は理解出来た?」
「うん。名前はミネルヴァ学園。小中高等部がそれぞれあり、小中が校舎が一緒。高等部から分かれる。高等部は5年制ではあるけれど飛び級可。進級テストに合格出来ると進級出来る。魔法科、騎士科に科目が分かれて学ぶ。魔法科はその名の通り主に魔法特化での教育がされていて、騎士科は騎士を育てることが主。
また、科目に関係なくクラスは一緒にされるけど能力事に教室が分かれていて、上からミスリル、金、銀、銅クラスに分かれてそれぞれ一般科目を学ぶことになってる。高等部からは入学試験が存在して、それに合格しないと入学出来ない。
あ、後、他国から入学に来る人もいるんだっけ。それと、身分を持ち込むことを禁止されている・・・・・建前じゃなくて?」
「禁止してても意識する人間が大多数だけどね。ただ、身分を笠に着て何かしようものなら学園長に潰される」
「へえ・・・試験受かる気がしない」
「大丈夫でしょ。算学は問題ないし、文字もこの調子でいけば入学前にはすらすらと出来るよ」
「・・・まあ、日本語に比べたら単純だしね。死活問題だから必死にやってるし。そういえば、1個聞いていい?」
「何?」
「なんで文字は日本語じゃないのに、名前は漢字なの?」
「初代国王陛下のご意向。この四カ国の人間は、大体が教会で名前をつけられるんだ」
「教会?」
「うん、宗教問題は面倒だから、そのうちね。まあとりあえず、教会には漢字を習得している人間がいて、やってきた人間にどんな意味の名前がいいか聞いてそこからつけるの。一部、漢字を習得している教会外の人間が自分でつける場合もあるけど、そんなに多くないかな」
「へぇ、真海は、“真実の海”だっけ?」
「うん」
「名は体を表すというし、意味を考えてつけるのはいいんじゃない?」
「そういえば、六花ってどういう意味なの?」
「えっと、確か・・・・六花ってね、雪の結晶って意味なの」
「雪・・・?」
「そ、ぱっと見じゃわからないけど実は雪って小さな結晶の粒でね、顕微鏡・・・・・えっと、物凄く拡大して見ると、6つの花弁のついた花みたいな形をしている物もあるんだ。だから、6つの花で六花」
「雪みたいな人に、てこと?」
首を傾げて訪ねる真海に、六花は首を横に振った。今まで目を見て離していた六花は窓の外へと顔を向ける。外は真っ赤な夕日が落ち始めている所で、世界一面を赤へと染めていた。
「何者にも染まらない純真さを持って欲しい。土壇場では決して冷静さを失わない子になって欲しい。そう願って、名前をつけたんだって」
逆光に照らされた彼女の表情がよく見えない。唯一口元だけは見え、緩く弧を描いているのが分かる。真海は眩しそうに目を細めてそれを見ていた。
「それで、次は何をするの?」
真海が眩しそうにしているのに気づいて、六花はカーテンを閉めた。いつも通りの笑顔を浮かべているのを見て、真海は黒い板とチョークを出した。
「次は魔法と使い魔についてだよ」
「やっとここまで来た!憧れてたんだよ!」
嬉しそうに乗り出す六花に、真海は変わらず眠そうな目を向けて解説を始めた。