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ダークレイン  作者: 仮
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自警家レイジ

正式投稿ではないので後から加筆したり削ったりするかもしれない。正式な投稿は全て投稿し終わってからになるだろう。ゲームで言うβ版だ。

とある国の路地裏。点々と灯る街灯だけが切なく照らすその場所に息を潜める一つの人影があった。片手に短剣を握り締め、血走った目で獲物を見定めるそれは貧しき放浪者。


そんな存在が待ち構えているとも知らず、通り掛った裕福な身なりをした家族が居た。豪華なドレスにしわの無いスーツ、夜の闇を裂く様な輝きの宝石達。強盗からすればご馳走に見えるだろう。


「おい、持ってる物全部置いてけ! 全部だ! 刃向かうとどうなるか知りたくないだろ!」


痩せ細った手足に力を込め、枯れた声が響く。突然の出来事に一団が上手く対処出来る筈も無く、目を見開き短剣を凝視する。


「持ってる物置いてけって言ってるんだよ!」

「ま、待て! 渡す、渡すから殺さないでくれ!」


父親が懐から財布を取り出し、強盗へと差し出す。それを強引に奪い取った強盗は次に母親のネックレスへと目を付ける。緑色に輝く宝石を手に取る為に伸ばした細い腕は、割って入った女性によって払われた。


「おまえ、死にたいのか!? その喉切り裂いてやってもいいんだぞ!? どきやがれ!」

「黙れ! 他人の財産を奪う事しか出来ない卑怯者の言いなりにはならない!」

「イヴ! やめて! 殺されちゃうわ! お金を渡せば済む話なの!」


イヴと呼ばれた女性は、母親の説得を聞いて尚強盗の前から退しりぞかない。それは彼女が持つ正義感からであり、両親を守りたいと言う思いからの行動だ。


思う通りに進まない事に腹を立てた強盗は短剣を握り締め、イヴの柔らかく暖かい腹を何度も突き刺すーー筈だった。


規則的に鳴り響くのは硬い靴底が石畳とぶつかる音。暗がりから伸びる長く太い脚は黒いブーツを履き、ズボンも闇に溶け込む様な黒い繊維せんいで編まれている。


この国にはある噂があった。影から生まれ闇と同化する存在が居ると。姿を見せず、音も無く忍び寄る恐怖の化身。彼と出会い無事に逃げ帰った犯罪者は未だ居らず、遭遇そうぐうすなわち地獄を意味する。


イヴは強盗を、正確にはその上の暗闇を見上げた。母親と父親もそれに続き、全身を震わせる強盗は逃げる事も暴れる事も出来ない。何故なら、既に後ろに居るのだから。


黒い手が無力な強盗の顔を前後から包み込み、本来なら加わえられる筈の無かった力で首を回転させる。その衝撃によって発されたのは枝が折れた様な甲高い音。強盗はその痛みを訴える事も叶わず崩れ落ちた。


「夜道には気を付けるべきだ。特に背中にはな」


暗がりから聞こえる声の主は、動けぬ強盗から財布を取り上げ父親へと投げ渡す。放物線を描く財布に視線が注がれ、受け止め前を向いた時、そこには強盗が倒れ伏しているのみだった。


二人が困惑する中、イヴだけは見ていた。炎よりも赤い深紅の瞳は体を焦がす様な熱を見る者に与え、大きな体は犯罪者を包む恐怖の体現。その持ち主が音を立てず垂直な壁を登り屋根の上へ消えて行く姿を。




「レイジ・アンガー、またもお手柄! 彼こそが真の英雄だと過去に助けられた女性が饒舌じょうぜつに語る! だとよ! そのせいで俺達警察は仕事が来ない! 十三人の守護者も役目無し! いいかげんにしろ!」


新聞の一面に大々的に取り上げられている記事を読み上げた男は、目の前で酒を飲み続ける大男に怒号を飛ばす。しかし大男は気に留めず尚も容器を傾ける。


「別にいいじゃないかベネット君? 実際に犯罪者の減少が記録されてるんだし、オレは気にしない」

「お前が良くても俺達が良くないんだよレイジ! お前が単独で事件を解決するせいで国の連中に白い目で見られてるんだぞ!? こっちの身も考えてくれ!」


容器の中身を飲み干し、そこでようやくレイジと呼ばれた大男は目をベネットと合わせた。しかしすぐに顎に手を当て、考え込む様な素振りを見せる。


「フィッシュ・アンド・チップス五百年分くれるなら考えてあげようかな? オレちゃん優しいから迷っちゃうなぁ」

「食べ切る前に死ぬんだから数年分で我慢しろ!」

「ヤダ。義父さーん! ビールお代わり! それと娘さんちょうだい!」

「くたばれ!」


厨房に向けて声を掛けたが、帰って来たのは罵声のみ。当然次の容器が運ばれてくる筈も無く、代わりに飛んで来たのはまき。彼はそれを簡単に避けベネットに向き直る。


「で、最近話題の犯罪者と戦う男装した女について何か新しい情報が入ったんだろ? 聞かせてくれよ警部」

「ったくお前は。目撃証言は夜中に集中、女性らしい姿ではなく男性的で均等な身体付き。かなり鍛えてるのか男も投げ飛ばすらしいぞ」

「……冗談だろ?」

「本当だ。俺もこの目で見た」


信じられないと言った雰囲気で、彼は身を乗り出す。彼の知る限り、男と女の筋肉量には埋められない差がある。その差は三割。幾ら鍛えた所で、性別の壁が邪魔をし三割の差を埋められない。


投げ飛ばすには相応の筋力が必要となるが、女性にそんな力を出せるとはとても思えず、故に彼は信じる事が出来なかった。


「筋金入りの大男達がバタバタと倒されて行く様はお前を見ている様だったよ。何よりも……服装がお前と同じなんだ」

「同じ?」


彼の、レイジの服装は膝下まで丈のある黒革のロングコート。そして中に着た白いシャツ、黒い手袋に黒いズボンとブーツだ。どこからどう見ても女性が好んでする身なりではない。


「違いと言えばそのヘルメットと籠手が無い位か。今はまだ所在地などは割り出せてないが、近い内に分かる筈だ。その正体もな」

「……オレが片を付ける。手出しはするな」

「お前、自分のマネされるの嫌いだもんな。まあ出来るだけ要望を通せる様にしとくさ」

「現在判明している証拠を全て教えてくれ」


彼の発言にベネットは半ば呆れながら、内ポケットを探り幾つかの写真と地図を取り出した。写真には気を失った男達と血痕が収められており、激しい抗争があった事が分かる。


「これはグローク地区の一角にある証拠現場の写真だ。見ての通り、お前が戦った後の様な状態だよ。地図ではここだな」


ベネットが地図で場所を指すと、彼は何も口にせず席を立った。そのまま無言で店を出て行く様は先程の発言などからは想像も出来ず別人の様に感じられる。


歩道には貧しい身なりの人物と裕福そうな服を着た国民が行き来し、石畳の道路は十以上の馬車が通り過ぎて行く。活気と人混みに彩られた光景は一枚の絵画の様に美しい。


前を見ればどこまでも続く人の波、振り向けばそこにも人の波。そんな中を泳ぐ様に歩く彼の姿はいやが応でも目立つ。190を超えた身長に広い肩幅、服の上からでも分かる強靭きょうじんな筋肉。誰がどう見ても不審者にしか見えない。


「よおレイジ! 最近お前にそっくりな格好の女の話で持ちきりだぜ! 何時の間に彼女なんか出来たんだ?」

「今も昔も彼女なんて居ねえよアホタレ! 新手の嫌味か!?」

「ん? じゃああの女は一体誰だ?」

「今からそれを調べに行く所だ。場合によっちゃ荒事になるかもしれない」


疑問に答えた彼の言葉を聞き、話し掛けた男は苦い顔をしながら頷く。その表情の原因は彼と関わった者なら皆知っている周知の事実だ。


「言われなくても付いて行かないさ。お前が人の手を借りるのが嫌いなのは皆んな知ってる。それはそうとこの間貸した200dr(ドーラ)返してくれないか」

「え? 何? この間貸したき肉ドールカモン?」

「どうやったらそう聞こえるんだよ!」

「何が言いたいのか分からないなー。さらば!」


捨て台詞を吐くと共に、彼はその筋力の力を最大限に発揮し壁をりながら斜めに駆け上がる。その鍛え抜かれた肉体により彼の巨体は瞬く間に音も立てず屋根の上へと移動した。


「おい! 降りて来い! まだ話は終わってないぞ!」


驚異的な身体能力ではあるが、その用途が借金返済からの逃亡とは誰も思わないだろう。健康管理すら難しいこの国で同じ芸当が出来る者はごく少数だと思われるが、こんな情けない使い方をする者は彼しかいない。


下から聞こえる声を無視し、彼は目的地へも向かう為に走り始める。現在地はホワイト・チアラ地区と言うこの国の中枢部であり、グローク地区へは約二キロの距離。


悠長に歩いていて向かえば五回借金返済の催促さいそくから逃げる時間と同じ。そう考えた彼は一秒たりとも無駄にしない為に今走っている。何より、証拠が消えない内に駆け付けなければならない。


この国では警察の汚職など日常であり、真っ当に仕事をしている者の方が少ない状況だ。不都合な事件が起きれば揉み消されるのは当たり前であり、何時何の証拠が抹消まっしょうされてもおかしくはない。


彼は警察の内部事情など知らないし知ろうとも思わない。ただ自分の使命・・の邪魔をしなければ、人を殺めなければそれでいいのだ。


「あれか……写真で見るよりもヒドイ有様だな。オレなら骨を折って一撃で仕留めてやるぞ」


数分と掛からずに目的地の上へと辿り着き、物騒な独り言を呟く。これは彼なりの慈悲であり、痛め付けずに一瞬で終わらせてやると言う意味なのだが、端から聞くと残酷この上ない。


地上へ降り立つにはまた壁にしがみ付かなければならないが、彼はそれすら面倒だと感じ、飛んだ。その飛躍力により五メートル程離れた反対の建物に到達し掴まる。そして重力に従い落下。無傷で着地した。


曲芸師の様な登場に周囲の警官達は驚くが、中には呆れ顔の者も少数ながら存在している。この大胆な着地は今回だけでなく過去にも何度か披露してるのだろう。


「警部から聞いて来たのか。見ての通り、この有様だ。警部は今話題の女の仕業だと言ってたが、現場を見るにギャング同士の抗争としか思えん」


この瞬間、彼の脳内で幾つもの要素が組み合わさっていた。気絶したギャング、全身の打撲(こん)、地面の血、汚れだらけの付近の建物。


地面に付着し乾燥した赤黒い血は点々としており、壁には血の手形が張り付いている。しかしその血の量は吐き気をもよおす程ではなく、せいぜい一人分と言った所だ。


「確かにギャングの抗争に見えるが……そう決め付けるのは早い。ギャング同士の戦いなら、奴らの性質上必ず刃物を持ち出す。だが気絶した奴らには切り傷は見当たらない。仮にギャングの戦いだったとして、両勢力が刃物を使うならもっと血が飛び散る筈だ」


次に彼が目を向けたのは脇を押さえうずくまる様にして気を失っている大男。服はまくられており、鉄の塊で殴られた様な青痣を残している。


「それは恐らく一番最初に倒れたヤツだ。金槌とかで殴られたんだろう。凶器でも落ちてればまだ調査出来るが、無いんじゃお手上げだ」

「諦めるのは早いんじゃないか。恐らくだが、この場で起こっていた事の答えにはこれが不可欠だ」


彼が拾い上げた物、それは何の変哲へんてつも無い紙の筒。警官達が意味を理解出来ず答えに困っていると、彼は解説を始める。


「これは恐らくハエ取りに使用されるアシキノコだ。他にこれと同じ物は見つかったか?」

「いや、他には見当たらなかったが……本当にそんな物が手掛かりになるのか?」

「アシキノコが毒を持ってる事は知ってるよな? 食べると確実に下痢げり嘔吐おうとが起こる。そんな物をギャングが好んで吸うか? オレのマネをしている女が居たとしても吸わない。ここにはギャングとも女とも違う第三者が存在していた」


彼の推理を聞いた警官達は互いに顔を見合わせ、第三者とは誰なのか、本当にアシキノコが周囲に無かったかを話し始めた。現場から分かる事は余りに限定的で推理も予想の域を出ない。だからこそ警官達は戸惑った。


「これは何だ?」


彼の目に飛び込んで来たのは壁の凹み。その大きさは丁度彼の握り拳が収まる程度の大きさであり、まるで金槌で叩いたかの様な凹み方をしている。


「さあな、見当もつかない。壁の壊れ方からしてお前と同じ体格の奴が殴った様にしか見えないが、お前みたいなのがそうそう居る訳ない」

「秘訣は肉と魚だ」

「聞いてねえよ」


彼のとぼけた発言はこの場に居る誰も求めていなかったが、推理と証拠から導き出される展開によって高まっていた緊張を和らげる役目は果たした。


「お前は自分と同じ体格のヤツが居たって言うが、そんなのが本当に居るのか?」

「オレとしても信じられない。それにまだそうと決まった訳じゃないからな。もしかしたらオレのマネをしている女が魔術を使って身体能力を強化してるのかも」」

「可能ではあるだろうが……身体能力の強化はかなり高度な魔術だぞ?」


身体能力の強化。それは意識して持続させる必要がある為、集中力と魔術への理解の両方を試される強力な魔術。当然扱える者などそう居らず、それは彼とて重々承知していた。


自分のマネをしているとは言え何時敵対するかも分からない。もし戦う必要が出た場合、身体能力の強化を駆使されると苦戦は必至であり、最悪負ける可能性もある。だから彼としても考えたい事ではなかった。


「出来る限り同じ体格と言う線で考えたい物だ。ベネットに伝えておけ、明日ヨーク大聖堂で待ってるってな。それとこれは渡しておいてくれ」


警官にアシキノコを投げ渡し、彼は壁を登り屋根へと移動する。そして頭を押さえ呻き始めた。頭痛がする訳ではない。最悪の事態を想像して心が落ち込んだのだ。


彼が知る中で自分と同じ体格の者など一人しか居ない。今は牢の中に拘束されている筈だが、もし脱獄していたなら……この国は混乱へと(おとしい)れられるだろう。


胸がざわめき、警告している。本能が訴えている。ただ切に願う。あの犯罪者が、サイエンが牢の中に居る事を。

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