第一部『合コン』〜6〜
翔輝は丸めて席に置いてあった黒のロングコートを掴んだ。
「俺帰ります。立野さんご馳走様でした」
視線を下に向けたまま、足早に立ち去ろうとした翔輝だったが、立野に腕を掴まれて立ち止まった。
「ダメだろ〜全員揃ってもいないのに帰っちゃ。それに岡里さんに失礼だろ?さぁ、座れ座れ」
翔輝が立野の顔を見ると、立野は満面の笑みを浮かべていた。翔輝は大きくため息をついて、席に座り、煙草を咥えて、火を点けようとしたが、何を思ったか、咥えた煙草をそのままケースに戻した。
「なにやってんだ、お前?」
立野が不思議そうに目を丸くしたのと、笹沼が、ほんの一瞬だったが眉間に皺を寄せたのは、ほぼ同時だった。
「私が煙草の煙苦手なの覚えてたんだ」
岡里が翔輝を見据えたまま、口を開いた。
「吸いたくなくなっただけ」
翔輝はボソッと呟いた。
・・・パンッ!!!
乾いた音が鳴り響き、翔輝の頬は赤く腫れ、岡里は息を荒くしていた。
「え、ちょ・・・」
・・・パンッ!!!
黒田の静止の声を遮って、また岡里の平手打ちが翔輝の頬に炸裂した。
「なに考えてんの!あたしがどんな気持ちでいたかわかってんの?!」
岡里の大きな瞳は、透明な雫で今にも溢れそうなほど潤っていた。
「・・・知らねぇよ・・・お前の気持ちなんか・・・わかんねぇよ・・・」
翔輝は目の端で岡里を捉えながら、呟いた。
「知らねぇ?!ふざけないでよ!あたしがどれだけあんたを探したか・・・あんたの高校の友達にあんたの事聞くためだけに、あたしはC大受けたのよ?あんたが中退してることもそこで知ったし、あんたがホストやってるって聞いたから新宿だって行ったし!でも、全然見つからなかった・・・どんだけ心配したと・・・」
「ハイ、スト〜ップ」
更にビンタを翔輝に放とうとした岡里の腕を、綺麗に黒髪を整えた、中年男性が掴んだ。無精髭が目立つ顔には、引きつった笑顔が浮かんでいた。
「慶介!」
「緒方さん!」
立野と黒田の声は、ほぼ同時だった。
「綺麗なお嬢さん?皆驚いてるよ?」
緒方は立野の方をチラリと見てから、岡里に視線を向けた。
周囲の人々は、何事かと翔輝達の席の方をチラチラ盗み見ている。居酒屋特有の喧騒は、今はなかった。
「・・・すいません、取り乱して」
岡里は翔輝をもう一度睨んでから、席に座った。
翔輝はずっと俯いたまま、一言も喋らなかった。
「出ようか?この店にはさすがに居辛いだろ?」
立野が伝票を持って、コートを羽織りながら言った。
一同は無言で立野に続いて、帰り支度を始めた・・・
今回も短めに終わらせました。
次回、第一部最終話の予定です。
第二部からが、本編となります。
皆さん、お付き合い下さい。