第一部『合コン』〜3〜
「すいません、ちょっとお手洗い・・・」
「あ、あたしも!化粧直すから!」
笹沼が席を立つと、慌てて黒田も席を立った。
居酒屋は化粧室が重要な役割を果たしている。
食事をする時は賑やかでもいいが、用を足すときは、清潔で、静かなところを希望するのが人間の性だ。羞恥心がある人間なら誰でも騒がしいところでは落ち着かないものだ。特に、化粧などを行ったり秘密のお喋りなどを行う、女性は特に。だからこそ、この居酒屋は奥、見つけにくいところに設置してあるものの化粧室を広く、綺麗にをモットーにしていた。なのでとても女性に人気のある店だった。
「美樹、で立野さんはどうなの?立野さんはあんたを紹介してくれって言ったから合コンにしたのよ?」
黒田がアイラインを整えながら笹沼に問い掛けた。
「・・・っとにさぁ・・・あんな中年、こっちは勘弁だって!なんなのあいつ?!ニコニコしてるだけでつまんないし!まだ大手会社の会社員ってのが救いだけどね!」
笹沼はファンデーションを塗り直しながら吐き捨てた。
「じゃぁなんであんたあんなキャラ必死に作ってんのよ?いつも気に食わなくなるとすぐ本性出すくせに・・・」
鼻で笑いながら黒田はチラッと笹沼を見た。
化粧している笹沼の表情はぷくっと頬を膨らませている・・・ではなく、口の端を吊り上げ、声を殺して笑いながら、その目の端で黒田を捉えている、先程の柔らかでおしとやかな表情はそこにはなかった。
「・・・あんた、バカじゃないの?さっき相川とかいうバカはあぁ言ってたけど、結局男は女なんかただの穴にしか見てないんだって。だからこっちも騙されないようにキャラ作って一歩下がって冷静に品定めすんの!抱かせてやる価値があるかどうかをね」
笹沼はフッと鼻で笑い、黒田の方へ向き直した。
「でも、あいつの言うことわかるよ?たしかにあたし男だったら、さっきのあたしは好きにならないし・・・なんか直に言われて嬉しかったし。立野さんだっていい人だと思うし」
黒田も化粧の手を止め、笹沼の目をじっと見た。
「だからあんたはホストなんかに騙されんのよバカ!あいつは好きにならないって言っただけ!男が皆やりたくないとは言ってない!言い包められたのよ!わかんなかったの?!」
笹沼は堪え切れなくなったのか、急に声をあげて笑いだした。
「・・・あっそ!どうせあたしはバカだよ!あんたみたいに六大なんて絶対行けないからね!」
黒田が勢い良く口紅を洗面所に叩きつけた。
「・・・ま、あんたのそういうとこが好きだから友達やれんだけどね。あたしはこんなんだから、単純でバカなやつにしか本音言えないし・・・」
笹沼は黒田の口紅を手に取り、弄んだ。
「・・・ま、いいよ!で、結局あんた今日どうすんの?まだ猫被ってんだからどっちか狙ってんでしょ?」
笹沼の手から口紅を奪い取り口に当てながら、黒田は小さく笑った。
「ん、まぁカッコよくないけど中年より元ホストかな。仕事は同じなんだし。金がそこそこあんならそりゃ若さとSEXが上手い方でしょ。それに、後から来るやつはあんたのでしょ?」
笹沼は手を洗いながら冷たく言い放った。
「ありがと。でも、あんたの友達どうすんの?後から来んのはいいけど、別行動すんでしょ?来てすぐ解散になるじゃん?」
黒田も同じように手を洗う。
「ん、あの子はいいの!家近いから呼んだだけ。いい男いなかったら泊まろうと思って。あの子さ、もう男作らないし」
「・・・なんで?」
笹沼は黒田を無視して、突如俯いて呟いた。
「相川も過去・・・か。あの子もこの子も過去があれだから・・・相川の過去知っとく必要ありそうね」
「え、なにそれ?」
黒田は聞き返したが、
「ううん、なんでもない!行こ?待ってるよ!」
と、にこやかな笑顔ではぐらかされた。