第一部『合コン』〜1〜
馬鹿でかい・・・それが一番適切な表現だろう。この地域の中でも相当広い敷地を持ったこの工場は、全国でも五指に入る有名なIT会社の下請けを行っている。
その工場の門前には、警備員が立っている。
「おはようございます」
警備員が言うと、男は財布から通門証を取り出し、警備員に見せながら同じく挨拶をした。
門を抜けて、しばらく歩いてから更衣室のある建物に入り、制服に着替え、彼が仕事をしている現場に向かう。
工場内には幾つもの建物があり、たくさんの社員が、それぞれの職場がある建物に入っていく。
建物の中には、小さなゲート。IDカードを翳し、暗証番号を入れるとゲートが開く。
そうして、男は職場に着き、パソコンを開き仕事を始めた。
「おはよう、相川」
男に声を掛けたのは、ふっくらした中年の男性だった。目は大きく、少し垂れていて優しげな印象を持てるような笑顔が特徴的だ。
「おはようございます。立野さん。今日も早いですね」
相川と呼ばれた男は、立野と呼んだふっくらした男に微笑みながら挨拶をした。柔らかい笑顔が印象深い。細く垂れた目が更に柔らかい印象を与えるのだろう。
「相川〜、今日は食事会だからな!夜空けとけよ〜!!」
立野が少し小さめな声で、相川の肩を小突きながら囁いた。
「だから行きませんってば・・・食事会だなんて、よく言いますよ!合コンってはっきり言やぁいいじゃないっすか・・・」
相川の柔らかい笑顔が引きつっていた。
「ダメだダメだ!若いやつ連れて来いって言われちまったんだ!相手は大学生だぞ!年近いのはお前だけなんだ!!頼むって!凛ちゃん今夜仕事だろ?絶対ばれないって!」
立野が手を合わせて頭を下げる。
「・・・そんなの俺が行ったところで盛り上がりませんし、喜びませんよ?」
「大丈夫だって!元ホストだろ?持ちネタいっぱいだろ?」
小さく鼻で笑った相川は、
「凛に金預けてんだから、立野さんのおごりっすよ?」
と釘をさしてから了承した。
仕事が終わり、相川は立野と共に、駅前の居酒屋に向かって歩いていた。
工場は駅から大通り沿いに歩いて15分の距離にあった。駅から歩いてくる人や、バスで通勤する人も多いこの工場は、駅周辺で最も人口が多い職場だった。
「待たせてごめんね。紹介するよ、後輩の相川だ」
店に入るなり、立野は女の子2人が座る席に向かっていき、挨拶した。
「相川翔輝です。立野さんには半年間お世話になってます」
相川は頭を下げながら、女の子たちに自己紹介した。
デニムジャケットを羽織った、ショートカットの女の子が、
「よろしく。あたしは黒田理恵子、で、こっちが笹沼美樹。立野さんはうちの居酒屋の常連なの」
と同じく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
笹沼と紹介された女の子が微笑んで会釈した。長い髪をウェーブさせていて、千鳥柄のワンピースに、黒のベロアジャケットを羽織っていた。目は大きく、鼻は少し潰れているが、小さめで、唇は、口紅が薄く、全体的に顔は小さいほうだった。スタイルは、少し太っているが、肉付きがいい方で済むくらいだった。
黒田は、ショートカットの黒髪が途絶えた辺りから、大きいリング状のピアスが目立つ、少し色黒の女の子で、目は細く吊り上っている。が、キツイ印象を与えるその顔立ちとは裏腹に、口調こそ荒っぽいが、穏やかな喋り方だった。
「じゃ、なに飲もうか?」
立野が笑みを浮かべながら、3人に聞いた。
「俺生ビール」
「あたしも生」
「あたしはカルーアミルクでお願いします」
「了解。店員さん、注文おねがいします。生3つ、カルーア、・・・以上で」
立野が注文を終えてすぐ、店員が飲み物とお通しを人数分持って、戻ってきた。居酒屋というのは、店によるが飲み物を持ってくるのが早いところが多い。
「じゃ、お疲れ〜」
立野が言ったと同時に、4人はグラスを合わせ、カツンと小さく鳴らした。
「えっと・・・お仕事はなにされてるんですか?」
笹沼が少し遠慮がちに発言した。こういう場所に慣れてない様子だった。
「ごめん、言えないんだ。企業秘密ってやつ?でも、とりあえず工場に勤めてるただの会社員だよ」
立野が少し唸りながら言った。
ガヤガヤと大勢の客が喋り合う声で、週末の居酒屋はにぎやかだった。大手チェーン会社の居酒屋というのは、どこでも見ることができるだけあって人気だった。
「相川・・・くん?だっけ?いくつなの?立野さんも」
黒田がピンク色の煙草ケースから長い煙草を取り出し、咥えて火をつけた。
「俺は今年で29になったよ。で、相川は20だ」
立野が少し声のトーンを低くして、常に浮かべていた気持ちのいい笑顔を引きつらせて言った。
「うっそ?!美樹とタメ?!で、工場なんかで働いてんの?大学は?!」
黒田が立て続けにテンションを上げて質問する。
「いや、高校中退したから」
相川、いや、翔輝は煙草の煙を吐き出しながら、煙と共に吐き捨てるように言った。
「そうなんですか・・・でも、なんで?」
笹沼がグラスに口を付けながら問う。
「進級できなくて。かったるくなったから・・・」
「そ、で、バイトも続かなくてホストに走ったんだよな!」
待ってましたとばかりに立野が口を挟む。
「マジ?!元ホスト?!げぇ〜キモい〜!!!」
黒田はビールを飲み終えてから、大きな声で批判した。
「なにが?ホストのなにがキモい?」
翔輝は煙草を咥えて火を点けた。
「大した顔じゃねぇくせにナルシストなとこ!女が皆カッコイイ自分に抱かれたいとか思ってっからだよ!」
黒田はだんだん声を荒げて言った。
「ちょっと理恵!言いすぎ・・・」
笹沼が止めに入ろうとしたが、
「笹沼さん?だよね。いいよ。そういう奴もいるのは事実だし」
翔輝は微笑みながら煙草を吸っていた。
「ほら、あんたはそうじゃないみたいな言い方してんじゃん!自覚してねぇのをナルシストっつーんだよ!」
黒田は煙草を大きく吸って、ビールをまたグイッと飲み干した。
「俺は違うよ。指名も取れなきゃヘルプもできねぇからやめたんだ。この顔だからね。モテたことなんか一度もないし。な、自覚してるだろ?だからナルシストじゃない」
微笑を残したまま翔輝はビールを煽った。
その話を黙って聞いてた立野は声を押し殺して鼻で笑った。
「・・・・悪い悪い。だって自分のこと卑下しすぎだからさ」
笹沼も多少引きつりながら、同じように笑った。
「そうですよ。全然カッコイイじゃないですか」
それを聞いた翔輝は、鼻で笑ってから沈黙を通した。