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二話

「ここで待っていろ」

 強面の兵士に案内されて、ヴァシルは部屋に入った。紺色の絨毯が敷かれた広い部屋で、入り口の正面に見える大きな窓からは、暖かそうな陽光が差し込んでいる。特に物などは置かれておらず、唯一あるのは部屋の中央に置かれた長机と十脚ほどの椅子だけだった。見た感じ、ここは話し合いや会議を行うための部屋なのかもしれない。

 とりあえずヴァシルは一番近い椅子に腰を下ろした。することもなく、ぼーっと窓の外を眺めていると、背後の入り口から数人の足音が聞こえてきた。扉が開き、強面の兵士に促されて入ってきたのは、四人の屈強そうな男性だった。

「あれ? 来たのは俺達だけか?」

「よく見ろ。一人いる」

「……ああ、本当だ。随分若そうなやつだな」

「もっといるかと思ったけど、思ったより少ないな」

「まだ来るんじゃないか? まあ、これでも十分だとは思うがな」

 四人はがやがやと話しながら、それぞれ好きな席につく。ヴァシルはその様子を大人しく見ていた。

「よお。若そうだな。いくつなんだ?」

 ヴァシルの向かいに座った、人のよさそうな笑顔を見せる男性が聞いてきた。

「二十一です」

「へえ、その若さで傭兵なんかやってんのか」

「ええまあ……他に取得がないもので」

 ヴァシルは苦笑する。

「そんなに若いなら、他にもできることは山ほどあるだろう」

「俺には、これが性に合ってるんで」

 珍しそうにヴァシルを見つめる男性は、ふっと笑いをこぼす。

「……俺はイオンだ。お前は?」

「ヴァシルです」

 手を差し出され、ヴァシルは握手を交わす。

「向こうの奥から、ゲオルフ、トゥドル、エティエンだ。全員、長年の傭兵仲間で、腐れ縁でもある」

「イオン、お前、そんなふうに思ってたのか」

 トゥドルが驚いたように言うと、イオンは笑ってごまかした。

「確か、この世界に誘ったのはイオン、お前だったよな」

 ゲオルフが横目で睨みながら言う。

「身を固めようか迷った時、引き止めたのもイオンだった」

 エティエンが無表情で付け足す。

「腐れ縁にしたのは、イオンだってことを忘れるなよ。いいな」

 トゥドルに強く言われ、イオンはやれやれという表情で返す。

「お前らなあ、三十も過ぎて、女みたいなこと言うなって。たかが言葉だろう。それとも、最高の友人だとでも言われたいのか?」

「それはもっと嫌だな」

「吐き気がする」

「それよりは、ましか」

 三人の反応に、イオンは呆れて溜息を吐く。

「中身は置いといて、基本は皆いいやつだ。とりあえず今回はよろしく頼むよ」

「こ、こちらこそ……」

 ヴァシルは呆気にとられながらも、三人と握手をする。それを眺めるイオンがおもむろに聞いた。

「生まれはここか?」

「いえ、外の生まれです。そこの田舎で」

「そうか。俺も地方出身なんだ。どこだ?」

「ここから東の――」

 その時、部屋の奥の扉が静かに開いた。話は中断され、皆そちらへ視線を向ける。出てきたのは、深緑色の制服をまとい、こげ茶色の髪を撫で付けた、すらりとした男性だった。傭兵の四人と比べると、やや年上だろうか。三十代後半くらいに見えた。左胸には立派な階級章が付けられており、それを見る限り、普通の兵士でないことは全員がわかっていた。

「集まったのは五人、か……」

 ぼそりと呟くと、男性は机の横に立ち、ヴァシル達を見渡しながら口を開いた。

「私は、特殊作戦部部長のミレスクだ。まずは、君達が集まってくれたことに感謝する。ひょっとすると、一人も集まらないのではと思われていたのでね」

 わずかに口の端で笑うと、ミレスクはすぐに表情を戻し、続ける。

「ここでは、戦略戦術に関すること以外の、戦闘に関わらない物事……簡単に言ってしまえば、雑用係みたいなものを担当している。あの木が邪魔だと言われたら取り払い、軍が移動すると言われたら駐留地を確保する。立派なのは名前だけで、やっているのはそんなことだ」

 黙って聞く五人を見ながら、ミレスクは机に両手を置く。

「そんなこき使われる我々の元に、最近厄介な問題が舞い込んできた。募集内容を読んでいるなら、大体は知っているだろうが――」

「狂った野郎、だろ?」

 ゲオルフの言葉に、ミレスクは難しい顔をする。

「狂っているのかはわからない。だが前線に現れる彼を、どうにかして捕らえてもらいたい。それが君達の仕事だ」

「あの……」

 ヴァシルは疑問に思い、控え目に声を上げた。これにミレスクの視線が向く。

「募集の貼り紙には、戦闘地域で無差別に殺人を繰り返す男、と書いてあったと思うんですけど、それって戦闘に関わることには入らないんでしょうか」

 前線で人が殺し、殺されることは当たり前と言える。その中で同じようなことをしている男を捕らえるのは、雑用係ではなく、そこにいる軍の役目ではないのかとヴァシルは思ったのだ。

「戦場に現れるとわかってるなら、俺達がわざわざ出向かなくても、その場にいる兵士が捕まえたほうが手っ取り早いと思いますけど」

 素直な疑問に、ミレスクは軽くうなずく。

「この話を聞かされ時、私も君と同じように思った。これは特殊作戦部の範囲外の案件だと。だが現場の判断は我々の仕事だと言い張ってね。理由をたずねれば、現れる男は軍や戦闘とは無関係に動き回り、かつ作戦の邪魔をしているという。そういうものを排除するのがお前達の仕事だと言われてしまって、強引に引き受けさせられたというわけだ」

「人を殺しまくってるったって、相手は一人なんだろ? まとめてかかれば早く済むだろう。それとも、そいつはそんなに腕があるやつなのか?」

 ゲオルフが軽い口調で聞く。

「それなりに力はあると思っていい。一週間前に、数人で隊を組んで彼の元へ向かわせたが、それきり連絡は途絶えたままだ。おかげで人員不足になり、こうして君達を雇うことになったのだが……」

 ミレスクは肩をすくめてみせる。

「そいつは一体、何者なんだ?」

 眉間にしわを寄せたエティエンが聞く。

「彼は元軍人で、名前はラスカー・カルプ。二十八歳」

「なんだ、素性はわかってんのか」

 トゥドルが意外そうに言う。

「過去に三つの隊を率いていた。経験もあり、侮れない男だ」

「元軍人が、狂って元の仲間を殺してるっていうのか?」

 イオンは嫌なものでも見たように表情を歪める。

「……報告では、とにかく目に付いた者は手当たり次第に襲っているということだ。それが敵兵だろうと、かつての仲間だろうと、区別はないらしい。すでに自軍の被害数は百を超えている。敵兵の数も入れたら、もっと増えるだろう」

 百人以上――その想像していなかった大きな数に、ヴァシルは驚き、ぞっとした。

「これだけでも十分に厄介なのだが、彼は前線の兵士だけではなく、周辺の村も襲っている。おそらく、食料の調達のためと思われるが――」

「まさか、女子供まで、手にかけてるのか」

 ゲオルフの問いに、ミレスクはゆっくりとうなずく。これに他の四人は、自然と顔をうつむかせていた。

「何て野郎だ」

「ひどすぎるな」

 嫌悪の表情で、皆が言葉を吐き捨てる。ミレスクも困ったように眉根を寄せる。

「軍としても、点在する村は大事な補給、休憩場所でもある。それを潰されてはたまったものではない」

 改めて五人を見渡すと、ミレスクは真剣な目付きで口を開いた。

「彼は、もはや人ではないのかもしれない。野山にいる狼のような、残酷にして貪欲、血を欲するだけの獣に変わってしまったのかもしれない……」

 唇を噛み、どこか悔しそうな表情を浮かべて、ミレスクは続ける。

「一人だからと、決して油断はするな。彼には兵士時代の経験がある。前線での様子から、今も衰えてはいないだろう。とにかく、自分達が有利などと思わずに行動してほしい」

 これにトゥドルは、ふっと鼻で笑う。

「何年傭兵をやってきてると思ってんだ? 俺達はそこの若造と違って素人じゃない」

 他の三人がちらとヴァシルを見て、含み笑いをする。これにむっとしたヴァシルだったが、言葉には出さずにこらえる。

「大丈夫だよ。やつと同じように、俺らにも経験はあるんだ。すぐに終われる」

 自信満々に言うトゥドルを、ミレスクはただじっと見つめるだけだった。

「……で? 俺らはどこの前線へ行けばいいんだ」

 イオンが腕を組みながら聞いた。

「今回は前線ではない」

 そう言うと、ミレスクは奥の部屋へ戻り、紙の束を抱えて戻ってきた。その中から地図を抜き取り、机に広げて見せる。

「向かってもらうのは、ここだ」

 ミレスクは現在地から北へ行ったところを指差す。五人は身を乗り出し、そこをのぞき込んだ。

「……ユーリア要塞?」

 ヴァシルは書かれていた文字を読む。初めて聞く場所だった。

「何なんだ、ここは?」

 イオンも知らないようで、首をかしげてミレスクに聞く。

「五十年前に使われていた要塞だ。戦いが終わった後は用途がなく、放っておかれた結果、今はかなり崩れてしまっている」

 地図上では、ここからかなり北に位置していた。山に囲まれ、その中に水たまりのようにあるディフ湖に寄り添う形で要塞は建っているらしい。

「何でまた、こんな山の中なんだ?」

 エティエンが聞く。

「移動中の隊が、この辺りで男の姿を目撃したという報告があった。そこから察するに、男は北上した先の集落を襲うものと見られ、その途中にあるユーリア要塞に立ち寄り、休憩する可能性が大きいと考えている」

「その報告は、いつ来たんだ」

 イオンは片眉を上げながら聞いた。

「半日前だ」

「半日か……もう先に行ってるかもしれないな」

「あの辺りは未だに雪が積もっている。仮にそうだったとしても、君達が急げば必ず追い付けるはずだ」

「さっさと行けっていうことか」

 トゥドルが溜息混じりに笑う。

「……そういうことだ。集落にたどり着かれる前に、彼を捕まえてくれ」

 そう言うと、ミレスクは持っていた紙の束を一枚ずつ五人の前に置いていった。

「この仕事を引き受ける気があるなら、この契約書にサインをしろ」

 ヴァシルは紙を手に取り、書かれた長文に目を通す。小難しい言葉でいろいろと書かれていたが、特に違和感のある文言はなさそうだった。

「おい、報酬は必ず支払われるとは書いてあるが、額は書いてない。俺らはいくら貰えるんだ」

 ゲオルフが怪しむ目でミレスクを見る。

「彼をここまで連れてきてくれたら、一人に十万スールを支払おう」

 五人は高額な報酬に、思わず歓喜の声を上げる。ヴァシルも傭兵という仕事をしてきて、これほど高い額を提示されたのは初めてだった。

「言っておくがその場合、彼が生きていなければ払えない。あくまで生け捕りで十万だ」

 これに五人の表情が瞬時に曇る。

「何だよ、その条件は。じゃあ殺したら報酬なしとか言う気か?」

 トゥドルが不満げにミレスクに詰め寄る。

「もし殺してしまったとしても、契約書通り、報酬は支払う。だがこちらが望んでいるのは生け捕りだ。当然ながら額は減らさせてもらう」

「まじかよ……俺らは命かけて軍を助けるんだぞ? そりゃないだろ」

 愚痴をこぼすトゥドルの肩を、イオンは軽く叩く。

「まあまあ。それはしくじった時の話だ。俺ら四人がかかれば、男の一人くらいすぐに捕まえられるだろう。……ああ、この若造を入れれば五人か」

 まるで眼中になかったかのように、イオンは隣のヴァシルをいちべつした。またむっとしたヴァシルは、その横顔を黙って睨み付ける。

「イオンの言う通りだ。問題ない。それともトゥドルは狂った殺人鬼にびびってんのか?」

 馬鹿にした口調でゲオルフに言われ、トゥドルは大声を上げる。

「てめえ、変なこと言うな。後で覚えてろよ」

 他の三人はくすくすと笑いをこらえていた。

「……話は済んだか。納得したなら、ここにサインをしてくれ」

 ミレスクは机にインクとペンを置く。五人は順番に契約書にサインをし、ヴァシルが最後にサインをしたところで、ミレスクは口を開いた。

「雪という悪条件もある。見つけても逃げられることも考えられるだろう。要塞の周囲は山と崖に囲まれていて、かなり危険だ。その場合はあまり深追いせずに、次の機会を探ってほしい。時間がかかると判断したら、一度ここに戻ってくるのもいいだろう。新たな情報を提供できるかもしれない。焦らず、油断せずに行動してほしい。私からは以上だ。期待している」

 話が終わると、五人は一斉に椅子から立ち上がる。ミレスクは契約書を集めると、すぐに奥の部屋へ姿を消した。それを横目に四人はがやがやと話しながら、部屋を出て外へ向かっていく。少し間を開けて、ヴァシルはその後ろを付いていく。

 そんなヴァシルの頭の中は、これから捕まえる男のことではなく、報酬のことで一杯になっていた。傭兵稼業は充実感を多く得られるが、稼ぎとなるとあまりいいとは言えない職業だった。命を懸けている分、高い報酬を貰ってもいいようなものだが、金次第であっちにもこっちにも寝返る傭兵は、一般的にはいい印象はなく、国に仕える兵士のような志を持たない人間と思われ、民衆、特に地位のある者からはさげすむ目で見られることが多かった。だから雇われても、足下を見られて安い報酬で契約するのが当たり前と言えた。

 今回のように、まれだが国に雇われて仕事をすることはあった。さすが雇い主が国だけあって、報酬は普段の仕事よりも桁が一つ増える額だった、ヴァシルはその額でも十分嬉しかったのだが、次の報酬は十万スールという、普段の何十倍だと耳を疑いたくなるほどの高額報酬だ。甘い話は疑ってかかるのが常識だが、これはれっきとした国からの仕事だ。疑う必要はないとヴァシルは思っていた。だがこれだけの額を提示したということは、やり遂げることが難しい仕事なのかもしれないと、ヴァシルは一抹の不安も抱いていた。傭兵としての経験はまだ浅いが、思考の片隅で何かが不安を主張していた。しかし、そんな不安も、数日後に手に入るだろう十万スールのことを考えると、すぐにヴァシルの意識から外れていった。これでしばらく生活には困らないはずだと、近い未来を想像してヴァシルは微笑んだ。

「若造、お前、宿はどこだ」

 軍の建物から出ると、振り向いたイオンが聞いてきた。

「その右を曲がった角の宿です」

 ヴァシルは指を差して、遠くに見える宿を示す。

「そんなに離れてないな……じゃあ、北門で集合だ。準備ができたらそこに来い。雪が残ってるくらいだからな、防寒はしっかりしとけよ」

 イオンはにっと笑うと、行き交う人々を縫いながら、仲間と共に左の道へ歩いていった。四人の宿はそっちにあるらしい。

 むっとさせる言動はあるが、自分よりも傭兵経験の長い四人は、正直頼りになりそうだとヴァシルは思った。あの四人が付いていてくれれば、この仕事も簡単に終われるだろうと、この時点でのヴァシルは楽観的な考え方しかできずにいた。

 ラスカー・カルプを見つける、二日前のことだった。

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