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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
94/94

キルキノの湖畔から

お久しぶりでございます。

大変永らくお待たせしました、ギリギリ1年放置を免れることができ、勝手ながら安心しております。

あれからですが、しばらく執筆活動から身を引いておりましたが、やはり己が頭の中で描いた世界を完成させたいと思い、再び更新を始めようと思います。

しかしながらあまりに長い時間が経ちまして、私も本作の内容を再確認しながらでなければ文字を中々打てない状況であることは否定できません。文章力自体も落ちています。

更新ペースについてはあまり早くないものになるでしょう、また少しばかりリハビリ作品でも書いてから、または書きつつ本作物語を進めようと思います。

以上、今後ともよろしくお願いいたします。



 鉛じみて重たい雨雪の感触ほどセンチメンタルな気分を盛り立てるものはあるまい。いや異論はあるだろうが、それの正答が何であるにせよ、現段階で俺の気分を左右しているのはこの鬱屈とした欧州の天気である。

 欧州でも比較的暖かい地中海沿いはさほど気にならないのだが、北側はどうにも寒くて困る。未だここは冬で、まだまだ零下の日が続くはずだったのだが、今日はなぜか上空が暖かい様だ。

 今日は出発の日で、雨合羽代わりのポンチョを身に纏ったレズンとスィラが肩に雪を積らせつつも、慌ただしくレンタルされた馬車へと生活必需品を積み込んでいた。


「今日くらいは晴れて欲しかったな」


 この湿った雪はとにかく靴にへばりついて、すぐに革に染み込む。牛革はさほど防水性は高く無く、防滴油は塗っているものの、それでも尚力不足であるとしか言えまい。


凍結竜(アイス・ドラゴン)の皮膚で作った靴なら、冬も安心ですよ」


 そういうフェリアの靴は龍の革で出来ているらしい。何でもそれは上流階級では必需品であるという。


「またドラゴンか。あいつらを牧場か何かで飼って素材を売ったら儲かりそうだな」


「……あれ、飼えるんですかね」


 喋らなかった彼女がこうしてよく口を叩くようになったのも、個人的には良い兆候であると思っている。本来の彼女に近づくことは少なくとも俺にとって良いことではないだろうが、どちらかというとそれは自然な事だろうと諦めることにしている。


「機会があれば試してみたいな」


 未だ全ての竜を直接は見たことがないので戯言に過ぎないだろうが、面白い課題かもしれない。


「飼育など専門外でしょうに。それから、竜種ですがハノヴィアの山間部に多いそうですよ」


 なんと殊勝なことに、ユキも見送りに来ている。アレ(・・)にしては珍しいことだ。


「まだ居たのか。一体どういう風の吹き回しだ?」


「太古の町民文化というのも中々興味深いものでして。ほら、なかなかにお洒落な物でしょう?」


 ユキが身に纏っていたのは、この時期では実に寒そうであると思われるほどに肩が大きく出たチューブトップの……なんだそれは、エナメルか?妙に光沢がある生地で出来ているな。


「化繊のようですけれど、天然素材だそうです。アレですね、クラブのポールダンサーが着ていそうですよね」


 そんな格好の上にファーのついたコートを着ていると、まさしくどこかの金持ちの家が抱えている情婦にしか見えまい。時代錯誤な成金の愛人か…。

 俺がなんともいえない様な顔をしていると、使用人組(ミレイとネーナ)が目をキラキラさせ、敬服したような声色ではしゃいでいた。


「大人っぽくてカッコイイと思いますよ!」


「グロウィンワームの革ですか!いいなあ」


 そんな反応を見て、ユキの澄ました顔も幾分か自慢げな…俗に言うドヤという顔になっていく。


「でしょう?」


 …どうやら俺だけ価値観が根本より異なるらしかった。


「きゅ?」


 おお、すーちゃん。お前だけが理解者だよ。








 北の港町、キルキノまでは馬車で向かう。距離は100kmも無いそうだから、冬道であることも考えても4日はかかるまい。途中の宿場町で一泊はするつもりであるから、3日程のゆったりとした旅になる予定だ。

 面子は俺、スィラ、レズンにフェリア、ネーナにミレイ。おまけにスクウィッドのすーちゃんの6人と1匹、ここに闇妖精のニーレイが集まればフルメンバーになるが…。

 配置はスィラがシャールに騎乗して警戒兼先導、レズンとネーナ、フェリアとミレイがそれぞれ組んで順番に馬車の寒い御者台で4頭の馬を操る。これは新人使用人組を訓練することと、銃という遠距離攻撃手段を活用するためだ。

 さて、この二人の射手の射撃スキルだが、可もなく不可もなく…と言いたいところだが、あまりのお粗末な出来であった。

 あの後学校の演習場で50から300mの射撃訓練を一通り行った限りだが、ミレイは100m先の人間大の静止目標に当てるまで、ネーナは比較的筋は良かったものの、150m先で静止しているマン・ターゲットの胸元に集弾させることができる程度で、左右に動くものや、身を隠している者に対する命中率は著しく低いだろう。

 また、引き金を引くときのブレが未だ大きく、200m以遠では命中率が極端に落ちた。これは銃の精度の問題ではないのは、ユキが無造作に撃った弾が350m先のマン・ターゲットとして置いた土人形の頭と四肢を正確に射抜いた事から良く分かることだ…恐ろしい事である。が、ミレイとネーナに銃の使い方を1からレクチャーしたのもユキであり、それがなかなかズブの素人から少年兵並みにまで、たった数刻で彼女らを育てたのだから、こちらとしても礼を言うしかなかった。

 彼女らがユキに懐いたのも、それが理由であろうし。


「何事もなければいいがな」


 アリエテ国内は今、乱れていると言っても過言ではあるまい。

 古代兵器国家ラクシアの台頭とアルタニク伯爵領の離脱とも思われる行動…ツィーアも既に学校を休学という形で去ることになっている。今日、アズブレル辺境伯領をユキに付き添われる形で離脱している筈だ。

 さらにはヤールーン征討に向けての出兵…治安維持は二の次になっている現在、悪党どもが裏から這い出てくるのは必然ともいうべきで、エルクですら明らかに治安が悪化している。それでもブルダ伯は巡回兵を増やして取り締まっているのだが……。


「どうでしょうね、エリアス様はどうしてもその手の(・・・・)諍いを呼ぶ星の下に生まれているようですから。傭兵団崩れの一つや二つは来るかもしれませんよ?」


「傭兵団崩れ?」


 窓の外に向けていた顔はそのままに、目線だけをフェリアに寄越した。硝子に映る己の顔は今日も不気味なまでに整い澄んでいた。


「行商人や旅客馬車の護衛を申し出で、後で法外な金銭を要求するのですよ。断ればその場で盗賊団に早変わりする連中もいますね」


 押し売り護衛団か、どこの世にもそういうのは居るものなのだなと感心した。


「対処法は?」


「その場で全員消すのが早いでしょうね」


 「前はそうしていましたし」と、にこりともせず、眉に嗜虐的な曲線を乗せた彼女に関わった彼らは哀れ、きっとまともな死に方をしなかっただろう。

 その怖い人(フェリア)の横に座るミレイは人知れず立った鳥肌を宥めるのに必死そうだった。


「…きゅき?」


 丸くなって寝ていたすーちゃんも、腹が満たせる(エサ)の存在を期待したのか起きてしまった様だ。今更だが物騒だな、この面子。


「お前はいい子にしていてくれよ」


 ざらっとした額を撫でるとお腹を撫でろと言わんばかりに差し出して来るので、鱗に引っ掛からないように注意してなでなでと可愛がってやった。

 しばし撫でられて飽きたのか、とてとてと歩くと顎を俺の腿の上に載せて再び寝息を立て始めた…お気楽なものだ。

 さて、いまこうして向かっているキルキノという町について説明しておこう。

 この町は母の生まれ故郷、ハノヴィア帝国との貿易における最大拠点で、多くの物、人、そして情報が入り乱れる場所である。

 最大の特徴は巨大な人口の河川…古代の遺物とも目される運河である。

 半島を内海から外洋にまで貫く巨大運河で、一部大型のゴミで塞がれているものの、中型船舶程度ならば現在も通行可能である。

 運河の出入り口はそれぞれ巨大な船着き場と化しており、キルキノはその内海側に位置する方である。この運河の幅は100m以上あり、横断には船か、唯一ある地下トンネルを通る…が、水漏れが酷く狭いので、歩行者しか通れない上、この暗くジメジメした複雑極まる通路は海賊などならず者どもの溜まり場と化しているので、まず一般の者が利用することはない様だ。

 産業基盤としては船乗りが休む関係で宿屋、酒場、また女を買う風俗店が軒を連ねている。その他、海辺なので造船なども盛んであり、アリエテで働いている船舶の6割はここで作られた船であると言われている……が、最近はアルタニク伯爵領で建造される規格化された新型船の方に船乗りの興味は移っているとも聞く。向こうは苦しくなるだろうな。

 

「キルキノで注意すべきは海賊くずれの連中だな。強盗、恐喝、人攫い、薬…なんでもありらしい」


 そんなことを話していた時、ミレイが「あの」と声を上げた。


「キルキノでの事なんですけれど、もしよろしければ私の実家にいらっしゃいませんか?」


 そういえば、とレズンに言われた事を思い出す。

 ミレイ・ヘラ。アリエテ王国北部における最大の商業グループであるエイン・ヘラ商会の会長、その実子であるという。

 庶子ではあるがその実家の力は強大で、そこらの泡沫貴族などでは天地が返っても逆らえない様な影響力を持っている。

 そんな彼女が何故学校で女子グループの標的にされていたのかは不明だが、彼女の家が本気になればどこぞの男爵家など吹けば飛ぶような代物であったに違いない。


「別に構わないが、それは挨拶をしに行くということか?」


 大きな商会と懇意になっておくということに関しての異論は無いが、俺はあまり不快な思いをするようだと手が出かねない性格であるということは言っておこう。


「それは…大丈夫だと思います。私のお父さんはそう激しい人ではないですから」


 それは重畳なことだと笑った時、何やら馬車が止まった。


「どうした?」


 馬で横付けしてきたスィラに聞くと、彼女は俄かに視線に険を乗せて前を見やった。


「想定していた傭兵崩れどもが、先を進んでいたほかの馬車に絡んでいるようだ。道が塞がっているから通れん」


 なるほど、ついにおいでなすったという事か。


「まずは平和的解決(・・・・・)が出来るか、話してみるとしようか」


「白々しいことを…」


 フェリアがどう言おうと、まずは馬車から降りて状況を確認しよう。

 前方では荷馬車を引いている商人と思しき者を取り囲んでいる、軽装の…あまり綺麗な恰好をしたとは言えない連中が、何やら大声で叫んでいた。

 何々?ここからキルキノまで20000オルド?後金は無し?高いのか安いのかはわからないが……。


「なんの騒ぎでーすか?」


 唯一の男性であるレズンを先頭に、連中に近づく。

 明らかに護衛なスィラは警戒心を和らげるためにやや後ろ、後衛のフェリアと使用人組はそのさらに後ろの馬車で待機である。レズンは遊撃役だが、どちらかというと近接攻撃特化タイプなので、俺の付き添いにした。


「はて、この方がどうにも我々の好意(・・)を理解してくれなくてねぇ」


 おそらくはこの集団の交渉役なのであろう、線の細い男がこちらに顔を向けた。

 途端にざわめき出す後方に屯する傭兵団の男たち…残念ながら、声を抑えたつもりでも俺には聞こえるのだよ、俺たちが高く売れるだとか、1発ヤりてぇだの、お下品なお喋りがね。全く下半身に正直な連中である。

 毎回俺を見て絶句する反応もそろそろ見飽きたな、と欠伸が出そうになった。


「……エリアス様、いいでしょうか?」


 何用があったのか、何故かミレイが駆け寄ってきて耳元でささやく。


「彼らは私の家に所属しているものたちのようです。助けることができれば、実家に便宜を諮ってくれるかもしれません」


 そうか…ならば多少労力をかけても良いだろう。


「その者たちはこちらの知り合いでな、私たちと同道する予定だったのだ。護衛は必要ない」


「そう仰られましても、我々としてはこれが食い扶持でしてね」


 女ばかりの集団が御しやすしとみたのか、どうも退く姿勢を見せてくれない。それどころか彼らの様子を見るに、他のネーナやミレイなどの品定めまで始めている様で…これは収拾がつけられないだろう。


「では、いかがすれば退いていただけるか?」


 俺としてはその言葉というのは最後通牒のつもりなのだが、何故か(・・・)彼らは笑みを下卑た醜悪なもの……かくも女性の心情を波立たせるか、と逆に感心するような……へと変えた。


「そうですねぇ……」


 こちらとら、既に内心はいつ来るかいつ来るかとにこにこ顔である。レズンが始まるぞと後ろに向けてハンドサインを送れば、風に乗ってネーナとミレイが小銃の安全装置をカチリと押し込む音が聞こえた。


「あなたと後ろの三人を我々に引き渡して…ッ!?」


 その男の言葉は最後まで続かない。神速をもって振り抜かれたレズンの長剣が、その者の胸元から口まで縦一文に切り割ったからだ。


「……もういーよねー?流石に」


 斬ってから言うなと普段ならば突っ込むところだが、今回に関しては彼にとって益のない下等生物に態々付き合うことほどストレスを溜める物はないと知っている。俺もコレに限っては同意であるからして、作業(・・)を執り行っていくことにしよう。

 魔力の赤熱、収束、放出。この3動作でブレイズ・ストレルカという術はその熱と運動エネルギーでやや離れた地点に居た魔術師崩れと思しき魔力の反応が最も高かった者の頭部を、その周囲の有象無象の手足、胸のど真ん中とぶち抜いてと纏めて塵芥も残さず破壊する。


「射線には気を付けて無理するな。練習通り、な」


 ネーナがぐっと銃を体に引き付け、照準器を覗き込むのが見えた。ミレイは未だどこを撃とうか迷っているようだった。

 ターン、と突発音。レズンと俺の間を通り抜けた銃弾は一人の傭兵の首元で盛大な血の花を咲かせた。


「ひっ」


 ネーナの狭い肩が跳ねる…そうか、人殺しは初めてか。


「処女卒業おめでとう、か?」


 そう言いつつもこちらは逃げる奴らをメインに遠距離から射殺してゆく。ゴブリン狩りと手ごたえはそう変わらないのだなぁ、と心中は比較的どうでもいいことに思い至っていた。


「こうも逃げていてはそれもそうだろう。禍根は絶っておきたいからな、私も出てくる」


 騎乗したスィラの戦闘能力は長柄武器を擁していることもあり絶大であった。まさしくそれは狩りというにふさわしい。

 もう一発、今度はミレイが撃ったな。当たったのは……一人の右胸か。即死ではないにしろ苦しんで死ぬところを…どす黒い血は肝臓を破壊したことによるものだ。まず助からない。

 矢が馬車の本陣に飛んでいけば、すかさずフェリアが風のシールドで防御する。今回は縁の下で頑張ってもらおう、活躍はまた今度だフェリアよ。


「こっちはもー終わりかなー、久々にヤったヤった」


 レズンが満足げなのは良いことだ。俺やスィラの胃を痛めるタイプの奇行というか危行(・・)が減るからだ。

 人数も30を切る程度ではレズン一人でも十二分に蹂躙可能であったろう。やや不足かと思っていたが、特に問題無いようで何よりのことである。


「さて、商人とのお話はスィラに任せて…私はあっちか」


 すっかり茫然自失といった様子で固まってしまっている使用人二人組のアフターケアもせねばならなかった。








 人が死んだところを見るのは初めてではない。商家の者ともなれば年で1回は必ず襲われるのがこの世界の治安というものだった。

 いつもは家の護衛が不届き者を倒した。大体は剣や槍で突いて。

 子供の頃から襲われ、見るなと言われた馬車の窓の外ではいつも小汚い襲撃者が土に、石畳に赤い染みを作ってうずくまっていた。

 最初は怖いというよりも好奇心だった。人が死ぬのは珍しくないから…街中でも泥棒が斬り殺されているのを見ることもある。

 だが軽く剣を習っているとはいえ、それでも直接人を殺めることはなかった。いや、考えたことがないと言ったらウソになってしまう。

 それでも指先を動かした瞬間、白煙の先で弾けた鮮血は今まで見た何よりも網膜の奥に焼き付いていた。


「ネーナ……」


 親友の言葉を頭が処理することを拒む程に、私は憔悴していたのだろう。何より胃の腑が浮くような気持ち悪さと収まらない鼓動、全身の血管が熱くなるような、何かやってはならぬことをしてしまった禁忌感が身体を支配していたのだった。


「ミレイは……ミレイは何も感じないの……?」


 確か彼女も人を撃っていたはずではあるが、然程気にしている様子は見られない。それが私にどうしようもない理不尽感を齎した。


「それは……何も思わないわけじゃないけれど……」


「それなら…!」


 激しくなりつつあった語調に後悔する間もなく、私の口は彼女を責め立てようとしていたが、不意に耳を透明な声が打った。


「そこまでにしておけ」


 後ろから現れたのは、私たちが主人のエリアス様だった。

 私たちの主人は童女である。

 彼女は若い、未だ少女の域を出ない私たちよりも若く、幼い。だが彼女が持つ雰囲気はひどく老練に感じられて……。


「今日はいいからもう休め。そのまま考えても精神がやられていてはまともな結論に行き着くまい……寝て起きて、全てはそれからだ」


 いつもの感情が抑制された声色と表情の主人に、わずかな温かみが垣間見えた気がした。そう言い放ったきり背を向けた彼女を見送った後にはただ、薄明かりと静寂が場を支配していた。


「「……ねえ」」


 互い同時に顔を見合わせたことに、どちらもきょとんとした表情を浮かべる。その顔が面白くて、思わずふふ、と笑みが漏れてしまった。

 途端にさっきまで気を逆立てていたのがどうもくだらない事のように思えてきて、二人して笑った。

 そのまま二人してくっついたまま馬車で寝た。片手には人肌の暖かさを、片手には銃の冷たさを感じながら。







 三日目の夕方、無事アリエテ北部の町キルキノへと辿り着くことができた。初日のあれからは特にトラブルも無く、逆にレズンがつまんなーい!と暴れだす方が心配だった。


「これがキルキノか、穴ぼこだらけだな」


 様々な街を前世からも見てきた俺からしても、かなり奇特に見えるのがこのキルキノという都市だった。というか、何故こんなところに街を作ろうとしたのだろう?

 まず、いたるところに開いた巨大な池…というか穴。

 小さいもので直径20m、大きいものだと数百mにもなるだろう、底に水の溜まった巨大な穴が点在し、その周りや斜面に建築物が立ち並んでいるという、非常に複雑な構造をしているの街なのである…面白いといえば面白い事には間違いないが。

 それよりも面白いのは、明らかに場所によって作られた技術と年代が異なる巨大な運河である。

 護岸工事のレベルが、それこそ素材から組み方まで、技術レベルが数百年は離れているであろう施工跡が、無理やりな継ぎ方で保たれている。まるでコンクリート工事を知らない(・・・・)原始人が、無理やり決壊したダムを補修したかのような惨状である…つまるところ、文明人たる俺の目からして、あの近くはあまり歩きたくないぐらいの場所になる。


「やー、だってあの運河は古代の遺物なワケでしょ?何で出来てるかもわからないんだからマネなんてできっこないって」


なんて雑な所感を言うレズンである。まあ、もっともな話ではあるが。


「アレ自体は相当な代物だが、似たような物…セメントは作ろうと思えば出来んことも無いぞ」


 数千年単位で原型が残るこのコンクリもどきは耐浸食超構造体モジュールと呼ばれるハイテク建材である…見た目に比して製造に要求される基礎化学工業力は相当高い。

 へぇ、と興味の薄そうな息を漏らすスィラに先達されて着いたのは、この街ではそれなりに上等な部類らしい宿だ。一度ここで荷物を整理し、息つく暇もなくまた出発することに名る。


「では主よ、次は夜に」


 スィラとネーナ、フェリアは冒険者組合への情報収集やら船の手配、必需品の買い付けでここから分かれて行動する。スィラに関しては大して心配も無いが…ネーナの方を見れば、先日の情けない取り乱し様とは結び付き様も無い、毅然とした表情でライフルを背負い直すところだった。フェリアは…放っておけば黙っているだけなので、特に配慮する必要はあるまい。

 エイン・ヘラ商会、この商会は直売りをするものではなく、各地の商店に様々な品物を流通させる、所謂卸売業を主たる生業としている商店だ。まずここにミレイが挨拶をしたいとのことで、残りも面子を率いてぞろぞろ向かう。


「まず、私がお父様に事情を説明しますので、しばしお待ちください」


 そう言ってミレイが奥に去った後に通された客間は、大きな商人の屋敷にしては質素に感じた。…そもそも、普段貴族の装いに慣れてしまっているせいで俺の感覚が麻痺しているのかもしれない。


「お前は余計なことを喋るなよ、レズン?」


 窓際で外をぼうっと見ていた彼の赤い髪が翻ってキラキラと陽光を照り返した。


「わーかってるよ、喋んなきゃいーんでしょー!」


 もー、なんて拗ねて見せる彼は、本当に口さえ開かなければエキゾチックで艶やかな美少年だと思う。いや、惚れなどはしないが。ニーレイの言葉を借りれば、マジ無理ぃ、である。


「黙っていればカワイイ顔のお坊ちゃま(・・・・・)なのにな」


 誰も好き好んでこんな容姿をしてるんじゃ……なんて言っているレズンは、世の男性諸君に謝るべきだと思う。

 そうだ、一つこいつに伝えておかねばならないことがあった。


「ハノヴィアに入ってからの話になるが、ニーレイが合流する。迎えを頼んでもいいか?」


「別にいーけど……って、わざわざ頼むってことは面倒?」


 ご明察(Exactly)、なんて思わず言って彼に怪訝な顔をさせてしまうくらいには、先にニーレイが念話で送ってきた合流場所は面倒だった。


「バイラム島、ニーレイともう一つ拾ってきて貰いたいものがあるらしくてな」


 レズンの顔がこれ以上ないくらい面倒くさそうに歪んだ。



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