みのへの整え
どうにかして1月中に投稿出来ました(2月になる10分前)。
遅くなり大変申し訳ないです……。
して、再び不穏なことを申し上げるのを許して頂きたいのですが、2月と3月中は少しばかり日本を離れ、ロシア連邦及びヨーロッパの方に行く事になりまして、向こうでの生活状況にもよりますが、投稿及び更新が滞る可能性があります。
無論執筆活動は続けますが、この携帯に関しても向こうでは使わない事になりましたので、最悪次回の更新は4月近くなるかも知れません。
私が行く所に関しては中世ロシア帝国時代の街並みがそのまま残っている街ということで、色々と勉強して来たいと思います……作品の描写にも何とか活かしたいですね。
というわけで、以上、ご理解頂ければ幸いです……。
厳寒期のハノヴィア - アリエテ間を往き来する交通路は限られている。
陸路を往くのは少々厳しい。積雪が多い上にその道の半ばは宿屋町が存在せず、野宿が必要になるからだ。
すると自ずと我々は海を行く事になる。海路に関してはかなり整備が進んでおり、定期的に旅客船が出ていると言えばその具合が分かるだろうか。
船は北の街、キルキノから出ている。このブレームノより向かうには一度エルクを経由して街道を行くのが最も支障無く、またオーソドックスな方法であった。
随員は、スィラ、レズン、フェリア、ミレイ、ネーナ……すーちゃんはお留守番か。
「……と、思っていたのだがな」
スクウィッドのすーちゃん、またやらかした。
このペット、1/10のサイズにまで縮んで今の約10m程の姿となっていたのだが、遂にその1/10……1m代のサイズへと縮んだ。お前はそんなにお留守番が嫌だったのか。
というか、本当にお前の身体はどうなっているんだ。アレか、縮んだらそのままなのか?しかも小さくなることしか出来ないのか?
……と聞いたら再び10mのサイズに戻ったので、どうやら自由に体の大きさを変える事が出来るようだ……なんと都合の良い……。
「きゅーん」
鳴き声さえ高くなり、ちょっとだけ可愛い……が、抱き上げたりするのは気をつけないと棘で服が引っかかってズタズタになるので、少々持て余す。
「あはっ、かわいー…っ!?ちょ!!寄らないで!!!裂けるから!!」
レズンが小さい(それでも前世における大型のイグアナ程度のサイズはある)から逃げ回って居るのは愉快だが、中々そう遊んでいられもしない。
「こら、すーちゃん……あとでならやっていいぞ」
敢えて制止はしないのである。
うげー!と抗議をするレズンを尻目に、馬の用意をしているスィラの方に寄る。
「シャールは置いて行くのか?」
怪物クラスの黒馬、シャールはスィラの愛馬である。
馬小屋で今でこそ大人しくしてはいるが、一度その豪脚を振るえばたちまち恐るべき性能を誇る騎乗兵器となり得る存在だ。
「いや、荷物運びに使ってやろうと思っているからな、連れていくぞ」
ハノヴィア行きの大型船ならば馬も運べるのだろうか…餌が大変そうだな。
「1、2頭なら問題ないそうだ。他の客との兼ね合いがあるからして、金は払う必要があるがな」
ならばさしたる問題ないだろう。相場はエルクで調べれば良い。
「もう行くの?エリアス」
我が母は今日も今日とて美人である。とてもとても一つ目を産んでまた今も二つ目を孕りつつあるとは思えぬ、美魔女であった。
寒くはないのだろうか、この厳寒期に於いても部屋着にエプロンのみで外に出るなど…。
「エルクで回るところがあるから、そろそろな」
6人と1匹の旅ともなればそれなりな規模である。移動にも1、2頭の馬では済まず、4頭引きの大型馬車が必要になる。
そちらについては既に手配済みで、馬付きで借りてある。御者はスィラとネーナ、ミレイが務める。
「ハノヴィアでしょう?外国なんだから、気をつけてね?」
言うまでもなく、外国に行くと言う事の意味は分かっている。
前世、初めての留学だとかの前はえらく緊張したものだ。確か…ヨーロッパ方面に馬鹿でかいスーツケースを引き摺っていった憶えがある。
語学留学での事だったが、あれはあれで良いものであったと思う。
「心配はかけるが、基本は心得ているつもりだ。精々楽しんで来るよ」
「ははは、修行も怠るなよ」
父、ライノもまた冷やかしなのか見送りに出て来ていた。スィラへのセクハラ以来、やや扱いが家族内で雑になった彼に関して、俺からは特に思う事も無いので…軽く手を振って応えた。
「言われずとも、其処には妥協するつもりはない」
荷物を馬車に放り込んで手を振り、スィラとネーナが御者を務める馬車は、シレイラとライノを背にブレームノを発った。
目指すは北方に覇を唱えるハノヴィア帝国。僅かな期待と大きな懸念、そして策謀が胸の中にはあった。
エルクに寄る理由は何も中継地であるからだけではない。
目的は1に挨拶2に挨拶、3と4も挨拶で5まで挨拶である。その後に買い物か。
一応とは雖も、晴れて正式に貴族の位を賜った俺には、他の貴族への挨拶回り……曲がりなりにも最下位の騎士爵である者としては、上位の立場の者たちへと報告に回らねばならない。これもまたある意味でビジネスマナーだな。
対象はブルダ辺境伯、ツィーア伯爵、アイク王子、ケイト校長……一応ネメシア先生にも挨拶はしていこうかと思う。
「まずはブルダ伯だな」
最上位にあたる貴族、それにスィラを伴って謁見する。
挨拶といっても簡単なもので、近況報告と共に改めて貴族になった事、それに対しての祝いの言葉を貰い、ハノヴィアに暫しの間旅立つという話題を交換するだけ。
「そうか……まあ、君は若い。よく楽しんできたまえ」
今日のブルダ伯はどうも元気が無かった事が気になったが……その真相はその数十分後に判明した。
「ああ、それはね。領軍の供出命令が出たからよ」
挨拶もそこそこに雑談に興じていたツィーアが、ふと声の温度を下げたのはその話題を出した時だった。
「今回のヤールーン侵攻にはえらく力を入れているらしいわね。うちにも来たわよ?……ラクシアから入手した技術の開示と、事実上の工業地帯の直轄領化の命令がね」
勿論、と随分嗜虐的な顔をする様になったものだ……そう思えるくらいに、彼女の顔は凄絶だった。
「今は回答を保留中、でも、仕込みが完了次第突っぱねさせて貰うわ。今更私の領に手を出そうなんてあまりに都合が良いし……今はそれを貫き通す術がある」
彼女の持つ瞳の光は……俺には酷く破滅的な物にも見えた。
まるでこっそりとサバイバルナイフを買ってうっとりとそれを眺める中学生の様、はたまたは……。
「司祭に説教かも知れんが、アレに頼り過ぎるのはあまり勧められんな……御しきれると思ったその時が最後だ。雪は誰もが想像も出来ない程に賢く、擬態が上手い」
HTGPWAS-Type14……ラクシア代表である人工知能搭載人型兵器、通称ユキは確かに良き取引相手だろう。
何せ彼女からすれば相手が何を望んでいて、何なら差出せるかをつぶさに観察する事が出来るからだ。
超高解像度のメインカメラと、その莫大な演算能力を誇るメインコンピュータにとって、人間の凡ゆる表情を解析し、その者が持つ感情、趣向、求める物を弾き出す事など容易い事だ。
特にアレはその手の心理戦に滅法強い様に出来ている……元はと言えばそういう目的に作られた物でもあるからだ。
人の様に考え、人の様に感じ、人を遥かに超えるスペックでタスクを処理する。
「下手をせずとも、全人類の脳みそを直列させて計算レースをさせても、単純な計算速度ではアレ一つにすら勝てないからな。警戒してし過ぎる事は万に一つも無い」
況してやタチが悪いことに、本来それを抑えるための首輪を持つ者が既に存命でない事が問題を深刻化している。
「首輪が外れた猛獣、いや、安全装置の無い戦略兵器か。如何しようも無い悪夢だな」
そうだ、この問題が足元には転がっていた。正直な話世界を左右しかねない最悪クラスの問題ではないか。
解決策としてはユキ、彼のユニットを破壊する事。または彼女のアドミニストレーター権限をどうにかして誰よりも先に獲得する事か。
本気でアレが暴れ出したらこの世界など容易く壊れてしまう。何せ……。
「文明を破壊し尽くした実行犯の内の一体だからな」
まあ、何を隠そうそれを操っていた主犯格は前世の俺なのだが、それをこの場で言うのは野暮という物だろう。
「……そんなに強いの?あの……アンドロイドだったっけ?」
強いなんてもんじゃない。冗談抜きで核兵器などよりも戦略的には上位に位置する代物である。
直接戦闘能力だけでなく、その演算能力で当時主流であった無人兵器を悉くジャックし、そのコンピュータを足場に次々と文明を維持するシステムに介入、またそれらの殆どを統率して見せたその性能を鑑みれば、その辺りの対策もまた急務であろう。
「単純戦力として、魔術の存在を無視すれば勝てるものはない。最終的に……旧人類と呼ぼうか、彼等はこの星を出て行くときに軌道上から欧州地図が10回は書き換わる程の猛烈な爆撃をこの地域に行ったが、連中に大した損害は与えられなかった」
逆に機械陣営による地上からの対空砲火が激し過ぎて人類側の艦隊が消耗し過ぎる始末であった……正面切った戦いで人間は、疲労を知らず精度も落ちない機械に勝てないという事実を再確認しただけである。
「特に地上戦では敵無しだったな。大型兵器は皆機械軍側に吸収され、人類側は歩兵携行火器やネットワークに接続されていない旧式の兵器での戦闘を余儀なくされた」
最新兵器で軍備を揃えていた北側の大国群は瞬く間に崩壊し、よく戦ったのは旧中東地域に残存していた旧時代のゲリラや予備兵器を大量に抱えていた旧大国、南側の国々であったというのは皮肉というものだろう……。
「実際のところは未知数だ。ハイテク兵器が普及していないこの世界では背を気にすることなく、前だけ向いて戦う事が出来る。アリエテ近衛軍含め、幾らかの魔術師は大型兵器を破壊する術はあるという事を鑑みると……下手をすれば前よりもマシかも知れないがな」
そんなツィーアへと忠告を与え、次はアイクか。
彼の居室は相も変わらず一線を画した規模で彩られている……ただ、王都で見たコーネリア嬢の別荘がコレ以上だったのだよなぁ、と、今となってはそうでもなくも考えられてしまう。
彼との話は先ずは姉……マデレイネ姫の事。
「この間は姉が済まなかった……それとおめでとう。王族として新たな貴族の誕生を祝わせて貰う」
彼との関係は頗る良好である。本人も優しく……覇気がないと言えばそれまでだが、殿上人特有の鼻に付く感覚は無い。
「マデレイネ王女の事は気にしなくていい。中々面白い友人が出来たと感謝するくらいだよ」
尤も、その関わりというのも今の所文通仲間がまた1人増えたという程度の物ではあるが。
「あはは……あの危なっかしい姉さんを見たときはどうなるかと思ったけど、拗れなくてよかった」
全くである……本当に人騒がせなお姫様であった。
「まあいい……それと、王都だが……」
「得体の知れない、って感じ?そう思ったなら正解だよ。あそこは魔境だから……」
王都の真なる支配者は国王では無い。
貴族社会における公然たる事実である。
真人教教皇?それも違う。彼は確かに王国議会に対して強力な影響力を持ってはいるし、王への直通の連絡手段を保持してはいるが、それはそこまでの話……上手くコントロールすることは出来ても、最終的な決断を下すのは王である。
そして何より、王が治めるのは貴族である。王が民を治めているのでは無いのだ。
直接民をコントロールするのはあくまで貴族領主……その行動指針を大まかに決めるのが貴族議会だ。
では、その貴族で最も偉い公爵家の者か?と言われればその答えはノーだ。彼らは最初から持つ者であり、出身は大半が王族かそれに連なる者達である。議会ではあまり発言しないらしく、そんな時間があればと内政や娯楽に勤しむ者が大半であるという。
では貴族議会を仕切る者とは誰かというと……。
「侯爵十五家、その有力層……ネメシア先生の実家も含め、ね」
侯爵家。王族やそれに連なる者を除いた、この国の最高権力者達である。
ネメシア先生、及び王都で出会ったコーネリアが所属するクロチャトフ家は中でも新参の家だが、その力は不自然な程に大きい。
それもそのはず、彼の家はかつてアリエテに滅ぼされた国の王家だったのだから。
「便宜を図られてるにしても強いよ、あの家は。ネメシア先生からは想像出来ないかも知れないけど、姉のコーネリア嬢は……次の裏の当主と言われているくらいだからね」
道理で彼女の持つ雰囲気が只事ではなかったわけだ。……毒草コレクターという趣味に関しては褒められた物ではないが。
「いや、面白い方だったよ。機嫌を損ねたら色んな毒を盛って来そうな雰囲気はあったがね」
そう言った俺に不思議そうな顔をした彼は、コーネリアの趣味を知らないのだろうか……いや、知られていたら恐らく彼女は既に貴族で居られなくなっているとは思うが。
「それにしても、ツィーアは最近機嫌がいいね。ラクシア……だっけ?何があったの?」
流石に彼も腑抜けた所は少なくないとは雖も王族であった。別に探られて痛い物は無い。やたらと遠回しに、今更この話題を蒸し返して来た事に、やはり未熟、という評価が俺の中で強くなった。
「親しき者に探りを入れる時は、隠してか堂々と正面から聞くか選ぶ必要がある。が、私からすると、そうして勝手に話させようとする言葉選びはあまり快くは思えないな」
誰にでもテンプレート通りに意思が通じるとは思うなよ。
親しき仲にも何とやら、というのはあるが、親しいのにも関わらず平然と損得勘定が含まれた遣り取りを持ち掛けられるのは不愉快だ。
曲がりなりにも彼の事は好ましくは思っているのだ。知り合いの中で珍しく無垢で……幼稚で……。
「……ごめん、ついエリアスも貴族だって考えると……」
おいおい、と肩から力が抜けてしまう気分になる。
「曲がりなりにもお前より私は2つも歳下だろうが。況してや王族だ……お前が望めば、私は側室にでも何でもならなくてはならないぐらいのな」
言っている事はアレだが、そもそもアイクには権威を使うという事を覚えて貰わねば困る。
こんなビクビクした、と言えば言い方は悪いが、こんなだから俺はコイツの近くにいるだけで不利益を被る。
「大体、お前があの煩わしい連中を振ってしまわないから、変に希望を持って私を貶めようとしてくるのではないか。カリナとて、それが原因でこの間などスープを掛けられそうになったと言うぞ。八方美人も程々にして貰わねば、周りにいる人間が浮かばれん」
何だか、彼に会うと説教ばかりしている気がする。男だから?違う。
彼は無垢だ。優しく、残酷さを知ってはいてもそれはお伽話の中の事と思っている様な、そんなほわほわとした所がある。
俺とは正反対のの気さえある。
「……まあいい、そのうち直せ。親しい者に愛想を尽かされる前にな」
怒られてしゅんとした彼が何だか可愛く見えたのは錯覚では無いだろう。
素直なのは大変良い事だ……基本的にはな。
「精進したまえ、王族たる者評判も重要だろう?」
期待しているぞ、と笑いかけて、退出した。
さあ、まだまだ挨拶先が溜まっている……部屋から出た途端に溜息が漏れる。
「貴族というのも大変だな」
「全くだ、まあ退屈だろうが我慢してくれ」
スィラの柔らかい毛質の尻尾を揉み揉みして気を紛らわしつつ、頭の中で予定を整理する。
本当の用事は明日に入れてあるからして、どうにかして今日中には終わらせたいものだ。
背筋を伸ばして気合を一つ入れ、次の目的地へと向かう事にした。
魔族は恐ろしい存在で、酷く残虐な趣向を持っている者が大半。相入れる事など出来はしない。
これが一般的なアリエテ人における常識的な、魔族に対する反応である。
ミレイ・ヘラはエリアス・スチャルトナの配下となった後、その認識を改める……事は無く、寧ろその考えを補強する事となる。
レズン・スタッド。ニーレイ・オブスクラム。
スィラ・レフレクスさんは良い。厳しくもそれだけで無く、優しさもある良い人だと、この短期間の付き合いでもよく分かった。
だが、魔族勢2人についてはどうも理解できない事が多い。
価値観が相入れないというのは、まごう事無き事実である。例えば、レズンさんに関しては人間を被捕食者……食料だと見ているきらいがあり、人間である自分にあまり重きを置いていない様に思える。
ニーレイさんに関しても、彼女にとって重要なのは知識であって、主人であり彼女の友人でもあるエリアス様が居なければ彼女は常に本を読んでいるか、何かを紙に書きなぐっているかで……この時に邪魔をすると酷く鬱陶しそうな顔をするのだ。
その時の顔が恐ろしくて、あれから近づく事が出来なくなってしまった。曲がりなりにも彼らは自分達の様な凡庸な人間など、息をする様に消し去る事が出来る存在であるから……。
「ミレイ、レズンさんがお茶欲しいって」
ネーナは数少ない自分の理解者、かつエリアス様の下にいる数少ない……というか、自分を除いた唯一の人間である。
お互いに貴族ではないにしろ、また生まれの国が違えど、何故か彼女とは仲良くなれた。
「げ、またレズンさんか……たまにはネーナが行けばいいのに……」
……時折、こうして面倒な仕事を押し付けてくる点は閉口物だが。
「ボクがなんだって?」
真後ろで話題の人の声が極至近でした瞬間、叫び出さなかったのは奇跡だろう。
「ヒッ!」
「おっと、お静かにー?別に怒ってないし、別に取って食べるつもりは無いから、そーんなに怯えられると困っちゃうなー」
人より遙かに体温が低く、冷たくさえ感じる吸血鬼の手が肩にあるのだ。心冷えもする。
一体どれ程の数の人間を屠って来たのだろうか分からぬその手は、やけに重たく感じた。
「……はぁ、一つ言っておくけど、ボクは何も無差別にヤってる訳じゃないよ。現に、ボク達のご主人様は人間じゃないかー」
最近怪しいけど、なんてボソリと呟いていたのは気のせいだろうか?……エリアス様は魔族から見ても人間に見えないのだろうか?
「兎に角ー!遠慮禁止!確かに強さの差はあるけど、同じエリアスの配下なんだから、そんな事でウジウジされたらこっちが情けなくなる!!」
「……って、スィラさんに言われたの。仲良くしなさい、って」
更に後ろから現れたのは豊かな緑髪を流す……フェリアさんだった。
フェリア・コンクルスさん。人間でありながらこの中で最も人間から離れた様に思える人。
「フェリア、それは言わないお約束でしょー!?」
先程までの威圧感は何処へやら、どこから見ても子供っぽいリアクションで彼はフェリアさんに詰め寄っていた。
レズンさんの抗議を受けても、彼女は平然としてその鉄面皮を崩さない。
「いいじゃないですか、貴方はその方が親しみ易くていいと思います。ですよね?」
などと同意を求められて困ってしまう。
果たしてどうだろう?普段の不敵に笑う彼と、今ぎゃーぎゃーと子供っぽい彼……悩むまでも無く、後者だろうなぁ、と結論は着く。
「順当ですね」
「あー、もう!!!折角威厳を保って行こうと思ってたのにー!!!」
わいやわいやと騒ぐ実力トップ層組を、ネーナも私もただ崩れていく2人に関するイメージの補完が追いつかずに、眺める事しか出来ない。
フェリアさんももう少し取っつきにくいというか……意思疎通が難しいタイプの人だと思ったのに……。
「彼もこのような者ですので、あまり気を遣いすぎるのも損ですよ」
中々機会が無く、お話出来てなかったが、と。
「私達も拘りはありますし、好き嫌いだってあります。同じ様にレズンさんやニーレイさんも同じです。そもそも彼に関してはそういう種族ですし」
「やー、それでもちゃんと区別は付けてるよ。実際見た目はボクらと変わらないし、意思疎通が出来るんだから」
これからよろしくね?と彼が手を差し出したのを見て暫し固まる。
握手を要求しているのだと気づくまで数瞬の時を要した。
「は、はい!」
初めて握った吸血鬼の手はひんやりと冷たかった。それでもぎゅっと握り込むと拍動が感じられ、彼もまた生き物である事を再確認させてくれる。
「うん?」
こうして至近で見上げた彼は、思ったよりも美しく、吸血鬼と知らねば惚れてしまっていたかも知れない。
やや色素の薄い肌と、磨き上げたアメジストを思わせる瞳。暗赤色の髪はきっと指で梳けば一本たりとも絡みつきはしないであろう程に柔らかそうで……唇も艶やかで綺麗だった。
「……初々しいですね」
「ミレイ、ずるい!!」
そんなこんなで硬直から目覚めた私は、目前に迫っていた彼の手に反応できなかった。
「へぇ?可愛いとこもあるじゃん……でもねー、気をつけないと……」
するりと恐ろしく手慣れた手つきで私の腰を強く抱いた彼は、唇が触れるか否かも定かでない程に顔を近付けた。
「……悪い人に食べられちゃうよ?」
悪戯げに緩んだ眉、冷たくもやや湿り気を帯びた吐息を漏らす唇が、まるで重力を放っているかの様に私の視線を釘付けるのだ。
あまりの恥ずかしさに目の前に広がる美少年を眺めることしかできなかった私に、レズンさんは、あはは、と笑って身体を離した。
「冗談だよー、ま、これからよろしくね?」
パッと離れた彼の身体の感触を惜しく思ったのは仕方がないと思う。
仕方がないったら仕方がないのだ。
「うううううう!!!ミレイばっかり!!!!」
普段しっかりとネーナよりはお仕事しているのだから、このくらいの役得は許して欲しいと思った。
「……これで内憂の軽減、ですか。一番残酷なのは誰なのでしょうね?」
フェリアの仄暗さを伴った呟きは、打ち解けた仲間達が放つ明るい喧騒の中に溶けて消えた。
「……そう、ですか。姉が……」
「あまり面白い話が出来なくて申し訳ないですがね、これに関してはお伝えした方が良いと思いまして」
夜。陽も落ち、眼下にはただ灰色になった雪があった。
「……中央の事は、わかりません。ただ……分かっているのは今の彼処には、怪物が住んでいるという事だけです」
ぶ厚いレンズの奥で細められた彼女の黒い瞳は、遥か遠くを映している様だった。一つ言えるのは、このネメシア・リィ・クロチャトフもまた貴族の顔をするということ。
「辺境から見る王都と向こうで見る王都、随分印象が異なるという事はよく分かりました」
真人教にしてもそうであった。どうにも当初の雰囲気と、お膝元で感じたそれに差異がある。
「真人教も、また営利的な組織という事です……。貴女をどうこうする、よりも、近付かなければ噛み付かないと……察したのでしょう。……何よりこの爵位の授与に関する手続きの速さが……異常です。余程、貴女に歯向かわれたくなかった、のでしょうね」
俺の主観としてはアルタニク伯爵領でのいざこざを契機に、完全に対立したと思っていたのだが……拍子を空かされた気分になる。
「まあいい……手出しをして来ないというのなら」
ただ、と彼女は付け加えた。
「跳ねっ返りは、いるでしょうけれども……」
仮にも元枢機卿の仇である。フェリアが持っていた人脈も並大抵の物ではないだろう……。
「……肝に命じておきましょう」
カーテンがシャッと閉められると共に、街は再び眠り出す。
凍えて澄んだ空気の空に浮かぶ満天の星空を見上げる者など居ないのだろう。
であるから……少し不自然な流れ星があったとしても誰も気付かない。
例えそれが地上を舐めるように見ていても、だ。




