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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
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薄氷の上で

たたかいたい。


しかしながらいざこざはもう少し先で……。








「それで?この騒ぎはなぁに?」


久方ぶりに食らった母上の拳骨は、何故か常時展開されている対物障壁を貫通して頭の中に火花を散らした……くそう、脳細胞が減った。


「……フェリアは本人の意思を汲み取らずに此方に引き入れたからして、一度納得するまで殴り合うのが吉と考えた……」


因みにフェリアは母上(シレイラ)の拳骨を食らって一撃で轟沈した。いや、どうなっているんだ……あいつも俺も物理攻撃などまともに通らないレベルの魔術師なのに……。


俺の意図としては、まずどうもフェリアは未だ前の人格から引き継いだモノを腹に溜め込んでいる様に思えた、という所から話は始まる。


元々俺は人の"忠信"だとか"仁義"だとかを一切信用する気は無い。不満があれば容易く掌を返すだろうし、それが叛意に派生する様な事があれば即座にそれは程度の差は有れど裏切りに繋がる。


ならばその不満を解消してやれば、少なくとも外的要因に気を付ければ、内部で抱えた火種が延焼を起こす事も無い……可能性は極めて低いだろう……という訳だ。


勿論、論理的な人間ばかりがこの世界を構成しているとは露程も思っていない。そう言う人間には損得勘定をさせて、俺に背く行いをするリスクを十分に把握させる。


それ以外?損得勘定も理屈にも従わないで行動している様な愚か者などが起こす反乱など高が知れているだろう?


これから俺達はスチャルトナ騎士爵家として周知される。その過程で凡ゆる問題が起こり、また新たな人員も必要に応じて取り込んみ、また個人でなく"組織"として行動して行かねばならない事もままあるだろう。


そんな中で内部に目に見えた禍根を残す程、俺は間抜けではないということだ。


「ふーん……考えなしでは無かった、きちんと意図する所はあった、って事ね」


その発散方法として俺へのやつあたりを企画したのは、フェリアの憤怒は大半俺への物であったから……彼女は今、拳骨の衝撃及び魔力を使い果たした事が原因で眠っている。


その寝顔は誰から見ても穏やかな物で、胸に抱いたロングソードがぬいぐるみか何かに入れ替われば、単なる年頃の少女にも見えなくもないだろう……16歳も歳上の人間に対して付けて良い感想ではないかとは思うが……24歳など、前世よりの年齢を足せば娘みたいな物だ。


「でもね!!!壁をぶっ壊した挙句、裏の森を一面火の海にして良い訳じゃないわよッ!!!!!」


鬼の形相に烈火の一喝である。若いとは言えども一度は腹を痛めて子を成した母……流石に貫禄が違う。


……そんな内心を悟られたのか、もう一発拳骨が飛んで来た……馬鹿な、見えなかっただと……また脳細胞が……。


「は、反省はしている……だが、これは思いっきりやらせねば禍根を残すと思ったからであって……」


「でも、エリアスまで本気で魔術をぶっ放す必要は無いわね?」


……全面的に悪いのはこっちである為、誤魔化しが効かないとなると非を認める他に母の怒りを鎮める方法はないだろう。


何せ、裏の山を焼いた大半の攻撃は、俺の《スヴェルコ・ノーヴァ》……規格外の火力を持つ火属性攻撃魔術……である。


流石に巨大なキノコ雲と共に木々を薙ぎ倒し、爆心地を火口の様に滾らせ、周囲一帯に不気味な地揺れを引き起こしたのは不味かった……すぐに母がすっ飛んで来て……このザマである。


「闇魔術のプロフェッショナルのニーレイさんが居てくれて良かったわ。でなかったら、今頃窓が全部割れた状態でこの冬を越す事になってたわね」


……闇属性魔術には、物体を修理する……というか、その物の時間を巻き戻すというか……兎に角、壊れた物品を元に戻す『ネクトーレ』という魔術がある。闇属性の最上級クラスの魔術だが、モノが単純でないと上手くいかない事が多いという。


つまりは人だとか、機械だとか複雑な代物を直すのには向かず、この手の単純な窓だとか、折れた金物、破れた紙なんてものを修繕するのに向いている。勿論、その素材によっても要求される技術と魔力量は異なるが。


……俺?ただでさえ闇魔術に関して言えば中級止まり(自作系の魔術は除く)の微妙極まる出来の俺が、最上級クラスなど使える訳がないだろう?


「でも、フェリアちゃんが納得したのならいいわ。ちゃんとテーブルも作ってくれたしね」


また三十路なのに、無理してウィンクなどひて……いつまでも少女の様であり続ける母に呆れつつ、部屋に戻る事にした。


久方ぶりに帰った部屋はよく片付けられ、掃除が行き届いていた。恐らくはスィラが掃除したのだろう。


漸く1人になれた、と椅子に腰掛けて天井を仰いだ。最近眉根に力が入って仕方がない事ばかりだった。


夕食はまだだが、一眠りしたい気分。目を閉じようと脱力したその時。


「ふふーん、部下のご機嫌伺いなんてしゅしょー(・・・・・)な事するじゃん。見直したよ」


ケタケタと不愉快な笑い声が背後から響いた。


「暇なのか?覗き見とは趣味が悪いぞ」


音もなく開いた戸の陰から見慣れた赤髪が現れ、普段通りのニヒルな笑みを浮かべたレズンが入って来る。


「やだなー、意味も無く覗いてた訳じゃないよ?」


シュッと彼の手から薄い便箋が手裏剣の様放たれ、それを折れない様に受け止めた。


「その印章、エーレンベルギアじゃん。ハノヴィア皇家と付き合いがあるなんてビックリだなぁー?」


手紙はハノヴィアから、夏頃に帰省したカルセラからだった。


これまでも何通か手紙は貰っていて、その度に返す様に努力してはいるのだが、いかんせん手間が掛かる。


ただ書けば良いというものではなくて、この手の形の残るものというのは誰に見られても……少なくとも皇女であるカルセラに届く品物は全て検閲が入る。無論、中身を書き換えられたりする事は無いが、彼女の文通友達として相応しくないと思われれば何をされるか分かったものではないし、彼女にも気を遣わせてしまうだろう。


正規の体裁を整え、言葉遣いや文字の丁寧さ……コレが字の下手な俺には致命的……に気を遣い、専用のハノヴィア皇家向けの手紙専用の封蝋をして、ハノヴィア-アリエテ間の貿易を専門に行なっている商社に託すのだ。


この商社もエルクまで行かねば支店が無い。学校に通っている間は苦労しないが、実家から出さねばならないとなると流石に手間だ。


まあ、今回に関しては俺は近々ハノヴィア入りするので、手紙の返事は向こうで出す事にする……送料も決して安くはないからな。


「ああ、お前と知り合う前にな。良い奴だよ……あの性格と言動を気にしなければな」


彼女は二重人格者に近いレベルで自分を取り繕う事に長けている。普段はそうでも無いにしろ、親しい者と近くにいると……それが不安定になってしまう。


コロコロ変わる顔と言動、雰囲気は、初見では戸惑う事でもあり、彼女の大きな魅力でもあるだろう。


彼女本人も多大なストレスを抱えている様なので理解は出来るが、慣れなければそれは非常に不気味に見える。それこそ世が世なら悪魔憑きとして迫害されてもおかしくは無いぐらいに。


生まれが絶対的な地位を持つ皇家であり、本人が規格外の性能(人を操る魔眼)を持っているからこそ生き残った様なものだ……それにしても手紙を見る限りは苦労が多い様だが。


「……アリエテの不穏な動きが、向こうの商人ギルドにまで伝わっているらしい。軍需物資が軒並み値上がりして各領地の兵站費に緊急予算出したんだと」


ここでも嫌な流れが見える。……他にも、冒険者界隈で噂が急激に広まっている様だ。


「それで本人はこのタイミングで西部領の開拓地行き、か。侭ならんな」


ハノヴィア西部は半ば未開地で、かなり小さな村落が点在しているばかりであり、都市と呼べる物は極めて少ない。強いていうのなら、旧スカンジナビア半島先端付近にある港湾都市イヴァンゲルがある。


イヴァンゲルはハノヴィア西部の最大都市で、巨大な湾の周囲を埋める様な形で発達した大都市だ。また、強力な船舶を多数保有するハノヴィア海軍の最大拠点でもある。


起源はかつて各国海岸部を荒らし回った海賊達が根城にしていた事で、ハノヴィアが海賊を壊滅、空き家になった所で入植が始まったそうだ。


天然の良港で、波の激しい北大西洋は形を潜め、港湾内は非常に穏やかな海である。


ただアクセス関係は劣悪であり、ハノヴィア帝都ユルゲンドーラから行くにはまず陸路という選択肢は閉ざされている……極寒のスカンジナビア山脈という難所を長駆越えなければならないからだ。道という道も無いし、この地域は強力な極地適応型の魔物が跳梁跋扈している。


よって自ずと海路で向かう事になる。半島をぐるりと回る……ユルゲンドーラは大体旧フィンランド領に近いところにある為、かなり遠い。


10日に一度出る定期船団が、ほぼ唯一のアクセスルートだと思って間違いないだろう。大体ユルゲンドーラからイヴァンゲルまでは4日と少し掛かる。補給をそれぞれの地で一日行うと考えて、往復で大体10日だ。


手練れの軍人であれば陸路を《リースチ》に騎乗して更に早く到達出来るかも知れない……余程酔狂な奴……BからA+ランクにも達する魔物の群れと戦いながら千キロ近い距離を踏破出来る奴……しかやらんだろうが。


で、何故そんな僻地の話をしているかと言えば、この度手紙の送り主たるカルセラ・コウ・エーレン・ベルギアは、その地の領主代理としてイヴァンゲルの統治者となった、という報告が文中にあったからだ。


目的は国家統治の実地演習。殆ど孤立した領地である彼の地は、国の運用の訓練には最適であるという事である。


「為政者の卵は大変だな。僻地の愚痴が普段の2.5倍増しだ」


俺も性格が悪いので、悲鳴みたいな文面を見ていると机の前でぐるぐると目を回すアニメチックなカルセラが脳裏に浮かんで思わず笑いそうになってしまう。


「どんなヒトなの?皇女サマって?」


人のベッドにダイビングした、花柄(・・)の女性用寝間着を着たレズン……おい、夕食前だろ何をもう寝ようとしているんだ。


「可愛い奴だよ。バイセクシャルかレズビアンの気があるが、頭も悪くない」


彼女は酷く古代の武器、特に飛び道具に興味を持っていて、向こうにメアリー工房製のマスケット銃を持ち帰っている。


向こうでは秘匿していたらしいのだが、これからイヴァンゲルでのコピーを始めるらしい……ただ、一度だけ襲って来た何処から来たかも知れない暗殺者の頭を吹っ飛ばした時は二重の意味で濡れた、なんて言っていたか。


……あの性格だと、威力の考察に死体撃ちでもしてそうだ。何せ、何処に当たればどの様に体が破損して死ぬという事を結構詳しく考察して書いて来た事があるからな……。


「……へぇ?どうしてエリアスの周りってイカれた連中ばっかなんだろうね?」


類は友を呼ぶ、なんて言ったらぶっ飛ばしているところだった。


「さぁ?……そろそろイラっとすると手じゃ無くて魔術が出そうになるな、レズンもあまり遊ばんでくれ」


家を壊したくはないのでな、と。


最早魔力の収束、離散など意識するまでもない。慣れとはまた恐ろしくも便利な物で、魔術は息をする様に使う事が出来る。


自らの身体の周囲4メートルが、己の発するまだ形を成していない魔力を自在に操る事が出来る範囲だ。


だから単に『ファイアーボール』の様な魔術を放つ場合においても、態々手などから放つ必要は無く、そこらに浮かべてそのまま射出、なんて事も出来るし、実際に今はその方式を採っている。


正確な発生点を出すには脳内でちょっとした計算と数字遊びをしなければならないが、それは常日頃から必要とされる物ではない。


だから、ちりっと突如空間が燃え上がって天井を焦がした事実など無いのだ。


「ハノヴィアには数日中に向かうぞ。スィラにも言ってあるが、準備は怠るなよ」


それは裏の意も含んで、という事。


「任せといてよ……9割は保証するってー」


それが信頼出来る数値であるかはさておき、ニーレイも考え、スィラが監視して作った計画だ……信用することにしよう。











私からすれば、ハノヴィア中央というのは未知の地だった。


ヤールーンを出て行き着いたのは最も近いデュースケルンでもノイアシュトルといった立派なアリエテの街ではない。


アリエテの南に広がる未開地、その一つである温暖な海岸に流れ着いたのだ。


ヤールーンを出た事とて本意でない。いや、本意ではあったが、望む形で無かった、というべきか。


少し諍いがあって母親に掴み掛かり、すげも無く振り払われ、飛び出した。それだけの事。


父親は知らない。母は話してはくれなかった……嫌悪が滲む表情をしていた母を見れば、どんなヤツか想像はつくが。


男は嫌いだ。村の連中は私に叩きのめされれば必ず陰で、女のくせに、と言った。


10歳になれば周りの同年代の男は等しく劣って見えた。弱く、根気も無く、裏でこそこそと囀るだけの有象無象ばかりで、そこで既に私はそういう存在を見限ったのだろう。


アリエテ南方を旅していた時もそうだ。


15になれば私も女だ……発育は悪く無かった。魔物狩りをして素材を売るその日暮らしみたいな生活であったが収入は悪く無く、食べていたものは極めてまともなものばかりであったからかもしれない。


そうすれば男という生き物は皆、ただこの身体を求めて誘蛾灯に群がる虫のように寄って来た。


学も素養もない男の求愛ほど見苦しい物はない。


下半身で物を考えている連中……そこらでまともな女なら近づかない男はそういう存在である。視界に入るのも不快だが、何よりソレが不愉快な臭いを伴って近付いて来るのには辟易とした。


何度潰してやったかはもう覚えていない。三つパーツはあるのだから一つくらいダメになっても……大丈夫だろう?


南部はそんな無法地帯だった、それもその筈でその時期は丁度アリエテが飲み込んだ地域から逃げて来た敗残兵や難民が群れを成して残りの地域に雪崩れ込んで来た時だ。


私が南部地域入りしたその時期は特に酷い時期で、街を出れば南部都市国家軍崩れの連中が野盗となり、同じくその残党が傭兵として野盗狩りをすると同時に同じ様な強盗に手を染めるという、まさしく世紀末と言うに相応しい状態であった。


遠く東にも領土を持つハノヴィアはそんな流民を積極的に受け入れていたというが、果たしてどんな手品を使ってあんな連中を手なづけたのだろうか……。


ハノヴィアは広大な国だ。


アリエテ北部の内海、その外周をぐるりと回る領土を持ち、王国の東側……大陸の更に奥へと向かう地域まで支配下に置いている。


ざっと面積ははアリエテの倍以上はあるだろう。


面積はあるが、地域毎の格差は激しい。帝都周辺、つまりは北部は発達しているが、末端の東部及び南部は人もインフラも無いに等しい。


私が入った事があるのも、そんな田舎のハノヴィア帝国だ。だから、どうしてもハノヴィア帝国というとそんな寒々とした寒村を思い浮かべてしまう。


北部に渡るには内海を渡るか、古代兵器が彷徨くハノヴィア最東部を回らなければならない。あの辺は……一度、腕試しに行ったことがあるが、正直なところあんな目に遭うのは二度と御免である。


……今の今まで世話になっている相棒たる武器を手にしたのは嬉しい誤算であったが。


ハノヴィア人の貴人を見たのは、カルセラが最初……まさかあんなに俗っぽい者だとは知らなかったが。


かつて訪れた地域のハノヴィア人は皆粗末な格好で、性格も明け透けな者が多かった。私はそれを好ましく感じたし、それがハノヴィア人という者に対する私の第一印象である。


彼らは本土である北方から移住して来た開拓者で、冒険者も数多く存在した。


金払いも良かったので、何度か共に仕事をした。内容は主に魔物退治。


標的は大体は、ゴブリン、オーク、オーガといった人型からシルバーウルフ()や|スウィフトオストリック《陸鳥》、メドウォレン(鹿っぽい熊)といった動物型まで……一度ドラゴンも相手したか。


魔術を使わずともそんな魔物に挑み掛かる誇り高いハノヴィア人に、小さいながら敬意を覚えたのは記憶に新しい。


そんな戦士の国に行くともなれば、心が踊るというのは私がまだ若い証拠だろうか?


アルタニク伯爵領で出会ったハノヴィア軍将校もかなり骨がありそうな奴だった……確か、ボルグヒルトとエドヴァルドだったか、アレも中々な豪傑だ。


あの2人も既にハノヴィアに帰っているだろうが……向こうで会う約束をするのも悪くない。コンタクトを取ることにしよう。


さて、話はエリアスのヤールーン入りの話になる。


その関係でニーレイは明日からハノヴィア入りする。自分1人なら幾らでも転移が使えるというのは便利な話だ。


ヤールーンとハノヴィアを行ったり来たり……昔の知り合いに声を掛けるらしい。どちらの国にも年齢が200歳を超える様な種族はうようよいる……。


落ちこぼれの小人族(ドワーフ)は、よくハノヴィアに流れ着いて彼の国へと様々な技術を伝道して行く。


当然確信的な物など彼らは知らぬので、アリエテとのパワーバランスが崩れるほどでは無い。


事実としてヤールーンの全ての民族が団結し、一つの国として活動を始めればこの辺りの国で敵う物など無いだろう。


ドワーフの技術力、獣人の近接戦闘能力と数、エルフの中遠距離戦闘能力、ヴァンピールの魔術と……魔王の周辺人物などの圧倒的な個体。考え得るだけでも最強の国である。


だがそれをしていないのは魔王にその気が無いからなのか、そもそも出来ないからなのかは分からないが……不可能だから、と言われている他に無い。


どの民族も己達が最高の種だと疑うことを知らない。魔王ですら単に王と認めるのは嫌がるのだから。


それはあくまで彼の王の力を知らぬからかも知れない。傍目から見れば僻地に篭った謎の……時折啓示的に語りかけて来るだけの存在だからだ。顔も見せぬ、逆に呼び付けもしない……居るかもわからない存在に誰が敬意を払うだろう?


勿論、一部の者は知って居る。魔王がどれだけ強大で恐ろしく……ほんの気まぐれで何が起こるのかも分からない様な、天災の様な存在であるかを。


奇しくも私がそれを知ったのは、母が……魔王に会ったことがあるらしかったからだ。


それどころか戦いを挑もうとしたという……何事か諭されて結局は戦わなかった様だが、その後母は酷く魔王の命と闘いに傾倒する様になった。


喧嘩の原因もその辺りにあるのだが、それは置いておこう。


母は口癖の様に魔王の偉大さを説いていた。それが果てしないほどに気持ち悪く感じたのは、私の幼いなりの理性だったのだろう。


そもそも母と私は黒狼人、獣人の中でもかなり戦闘能力が高い種である。


敏捷性と膂力の両立を成した種族は多く無い。我々の他にはアリエテの南方の果てのサバンナに住む部族や、ヤールーンだけで見れば白熊人や犬人の一部があたるか。


白熊人は敏捷性よりも膂力寄りの身体能力をしており、犬人はどちらかといえば身体よりも頭を使う事が得意である。結果、ヤールーンの獣人で最も高平均で戦闘能力を有しているのは黒狼人だろう……勿論、敏捷性に秀でた猫人や、膂力に特化した牛人など、単一の能力では優れた者もいないわけではない。


そんな種の……最強と謳われた存在が我が母、メティス・レフレクスであった。


「……チッ」


ギチリ、と斧槍を握る手を覆う革手袋が軋む。


その記憶は私からすれば、酷く忌々しい存在であった。


そしてまたこうしていると……あの女が産んだ娘である、という事を認識させられ、普段こそ心地よく感じるその気持ちに苛立ちを覚える。


「私は、お前とは……違う」


そう思ってヤールーンを出た筈だ。だが、今はどうだろう?


強者に媚を売って、従う事に悦びを感じるあの女と同じではないか。


どろりと目の前の景色が黒く染まり、精神は深い、深い憎悪の中へと潜って行く。


誓ったのに、ああはならぬと志したのに、アレとは違うのに……。


弱き己の心に心底うんざりする。なんだ、いくら修行しても変わっていないじゃないか。


ざっくざっくと石突が雪を抉っているのは無意識だろうか、少なくとも本人は意識せずにしているのだろう。


だから、音も無く目の前に立った存在にも気づけなかっのだった。












部屋から出て屋敷の居間へと向かっていると、裏口の窓越しにスィラが立っているのを見かけた。


「……スィラ?」


何か暗い雰囲気を纏っていたので、少々躊躇いはあったが話し掛ける事にした。


「あぁ、主か」


振り返った彼女の顔は、傍目から見れば普段通りに見える。


しかしながら、普段より彼女を見慣れた俺からすれば何処か陰があると思えた。何があったのかまでは、流石にエスパーでも心理学者でもない俺には窺い知れないが……。


「そんな所に突っ立っていたら流石に冷えるだろうに」


「……そうだな」


冷気を纏った彼女は近寄るだけでも、眉を顰めかねないぐらいに肌へ冷く感じた。


こんな時はどうすれば良いだろうか?時折こんな風に俺は人への対応に困る。


残念ながら俺は人を慰める言葉には少々疎いと言わざるを得ない。気の利いた言葉は、出てこない。


だから、こうして触れる事しか俺には出来ない。


「主……?」


今の俺よりも遥かに大きな手だ……決して綺麗な手ではない。皮は何度も破れて厚くゴワゴワとしていて柔らかさなど無い上に、指は太く繊細さの欠片も無い。


だが、俺は繊細な……フェリアの手の様なそれよりも、こんなスィラ手の方が好きだった。


「何と形容すべきか、働き者の手だな」


手袋を脱がせて触れた素肌は冷えていたが、それを暖める様に俺の手は彼女の指先を包んでいる。


素肌越しに彼女がひどく困惑しているのを感じられ、段々と俺の中の悪戯心が刺激された。


「これでも私はスィラを尊敬しているんだ。出来ればスィラを尊重する形で力になりたいとも思っている……その悩みは、私が関われぬ物か?」


酷く困った様な、話したいが何かの事情がそうさせているのか……兎に角は語りたく無い事柄なのだろう。言葉が喉で支えて口を開こうとしては閉じる、という所作を繰り返していた。


何というか、俺もこの武器(・・)の使い方が上手くなって来たと思う。


形が良いのはそれだけで得だ。これが仮に俺の姿が見窄らしかったのならば、彼女がこうもしどろもどろになる事もあるまい。


より可愛らしく庇護欲を誘う様に、それでいて自らの持つ背徳的な魅力を全面に押し出して行く……面の皮一枚下でこんな事を考えているガキなど、俺だったら絶対に近付きたくないな。


「はぁ……いや、大した事では無いんだ。やるべき事があって、それにあたっての手段を選びかねていると言ったところだ。何方も相応に支払わねばならない対価がある……私自身の清算だ、私がやらねば意味がない」


ふん、とやや不満な息は鼻から漏れたが、ここまで明確に言われては流石に引き下がらざるを得ない。


「……どうしようも無くなったら、言え。まだ私はお前を失いたくない」


コレだけは事実だ。どんなに探られようとも痛くない……だから、そんな試す様な目をしても無駄だスィラ。


「……すまん、神経質になっていた様だ」


根負けしたというには語弊がある。単に時間が勿体なかっただけだ。


俺程度の人物眼では彼女の心根を知る事は出来ない。その金色の瞳は燭台の灯りを照り返すのみであった。


「先に行っててくれ、部屋に忘れ物をした」


済まん、とバツの悪い調子でスィラはこの場を辞した。


その背が見えなくなるまで待っていると、すぐにレズンが脇の小部屋より現れる……本当にコイツには隠し事が出来そうに無い。


「あまりこういう事を言うのも良くないだろうが……少し気に掛けて(・・・・・)やってくれ」


そう言うといかなる解釈をしたものか、彼は一層蠱惑的な笑みを深くして笑った。


「そんな言葉を選んでると、いつか自分に騙くらかされるよー?……大人しく見張れ(・・・)って言えばいーんだよ」


そうじゃない、と反論しようとして結局の所俺がやらせようとしているのは変わらない事に気付き、口を噤まざるを得なかった。


「そーやって自分まで言葉で騙くらかしてると、いつか大変な事を取り零すよ?」


さも面白い物を見た様ににやりと笑って去るものだから、思わず我が身を見直してしまう。


「……それは、お前の経験か?」


赤い髪に隠されて見えない紫の瞳が如何なる色をしているか、正に纏っている空気が主張している様だった。


「さーあ?世に生きる者の先輩としての助言さ……」


伊達に90年以上生きてる訳じゃないからね、なんて嘯く。


90年、前世分と合わせても俺より長く生きている計算になる年月である。


「……自分も騙している、と?」


誰も答える者の居ない廊下に響いた言葉は、己の胸中に少しだけ、影を落とした様な気がした。









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