王都へ
なんとか一ヶ月経つ前に投稿出来ました……。
早く夏休みにならないかなぁ、と思いつつ何とか生きてます。
ああ、心の潤いの為にどこか旅行へ行きたい。
王都ストラスリオル。
アリエテ王国が都市国家であった頃よりこの国の首都であり、この大陸西部を支配する大国の一つを象徴する巨大都市だ。
ニーレイの転移魔術により、都市を見渡せる丘陵へと到着した俺は、おぉ、と感嘆の息を漏らさずを得なかった。
転移の光を抜ければ、そこは地平の彼方まで栄える王国であった、という所だろうか。
人が蟻のように蠢く大通りが幾重にも張り巡らされ、その合間に建物が並んでいるというか、そんな形容が相応しく思える。
エルクと最も違うのは、時計塔の様に高い尖塔が、街中にも数多く飛び出している所だろうか……何の為の物なのかは想像も付かない。
城壁は恐らく都市が拡張される度に建てられているのだろう、中心部から何本も何本も放射状に建てられていた……一番外側は建設中に見える。
一際面白いのが、明らかにスケール感を間違えたかの如き……1/48のジオラマの中に、間違えて1/16ぐらいの城を建ててしまったかと思わせられる王城と、その隣の豆腐みたいな真っ白い巨大建築物。
あの豆腐は聞く所に寄ると真人教の総本山、通称御殿と言うらしい。
つまりはフェリアの出て来た所だ……サイズがおかしいから近く見えるのだが、実は王城と御殿の間は、歩けば20分くらい掛かる距離はあるという。
「さっさと済ませよーよ、ボクは早く帰りたいなー」
随員はレズン、そして転移要員のニーレイのみ。
他、スィラ以下、種族的に王都での行動に支障が出そうな面子に関しては、先にブレームノの実家に帰って貰った。今頃母上は大世帯の対応に追われているに違いない。
入城自体に問題は無かった。何せこちらとら貴族である。
名を告げ、照会して貰えばすぐに通ることが出来た。
平民であれば、入城に3日も待たされる事もあるというから、己が一番下っ端とはいえ貴族である事に感謝したりなど……その話はいい。
今の俺は物凄いイケメンの従者に連れられた、何処かの貴族の娘と思われる体裁……そういう設定にしている。
本人が貴族だなんて、ツィーアでもあるまいし、そんな自己主張をするリスクと手間を考えると、馬鹿らしく思えるのだ。
「こんな大きな都市は……前世ぶりだな」
二人には既に俺が前世の記憶を持っているという事を話してある。
レズンは初耳だった筈だか、驚くでもなく逆に納得していた。なんでも、歳の割に色々と知り過ぎているからおかしいと思っていた、と。
……別に隠すべき事でもない気がするが、少しは言動について自重した方が良いのかも知れない。
非常に珍しいことではあるが、可能性としては無いわけでは無い事であるとして、逆に感想を聞かれたぐらいだ……あのニーレイのホクホク顔を見ると、どうにも不安になる。
貴族院は王城の中にあるというので、俺たちが向かうのも必然的に王城となる。
まだ陽は高く、市は活気付いている。
「あの白いローブ着てるのがー、真人教の人たちだねー……平和そー」
流石は真人教のお膝元というか、真人教徒の姿が至る所に見える。
十字教など無いはずなのだが、どうやらこの十字という目印はどの世界でもなんだかんだ使われている様で……胸に大きな十字が入っていた。
魔術師も少なくない様だ。大した実力者は居ないが、数はそこそこ居る……いや、この雑踏に潜む、庶民にしてはあり得ない様な力を持っていると思われる魔術師は多い……もしかすると、貴族の子弟、内し王国軍の魔術師がこっそりと街に繰り出していたのかも知れないな。
つまりは、ここで面倒事を起こすのは得策でないという事。
「……厄介そうなのは可能な限り無視するぞ」
この王都では、貴族は勿論、市民もかなり強い選民意識を持っている様で、かなりの割合で両者が互いに争っている所が良く見られる。
特に冒険者あたりと貴族や市民とのぶつかり合いが激しく、中には今にもその場でバトルを始めかねない様な雰囲気を出している連中も居た。
「血の気の多い連中だねー、仮にも人の一種を名乗るなら、もっと文明的にあるべきだと思うんだけどねー、ボクは」
何とも吸血鬼らしい一言をどうも。
ああ、そう言えば俺はレズンの事を吸血"鬼"と呼称しては居るが、此方の言葉に"鬼"を指す単語は無い……まさか、魔物と同じく《オーガ》とも呼ぶ訳にもいかないし……。
此方の言葉を直訳するならば、レズンの種族は「血吸い人」となる。
彼を見ている限り、「人食い人」と称する方がしっくり来るのだが、大多数の吸血鬼は人の血は吸えども、執拗なまでに骨肉を喰らったりはしないというから……こいつも大概おかしい個体であった。
「生食は文明的なの?」
「サラダの野菜は生で食べるじゃないかー。東の方では魚や肉も生で食べる"サシミ"って料理があるらしーよ?」
「つまりは人のサシミも許される???」
……ノーコメントで。
幾重にも重なった城壁を、一々衛兵に名を照合して貰って通る。
内側に近付くにつれて、当然検査は厳しくなり、貴族街に入る時には武器の登録が必要であったくらいだ。
俺は勿論、誰も大した武器は持っていない。
ニーレイも然りであり……そもそもニーレイは完全に俺たち以外より認識されない程の、強力な認識阻害魔術を使って隠れている為、声は聞こえども姿はまず見えない……気配すら感じることは出来ないだろう。
俺は短剣一本……一時期は山程暗器を隠し持つべきだと考えた事もあるが、結局はただ邪魔くさいだけだという結論に至った。この短剣、カルマが刃物として優秀過ぎるのだから仕方がない。
最近は自由に伸縮し、しなる特性を活かして鞭剣として扱う練習をしている。
最初、革の鞭で練習した時は良く自分の身体を引っ叩いてしまった物だが、最近は戦闘にはまだまだ扱えないものの、ある程度自由な軌跡で振り回す事は出来る様になった。
鞭剣の良いところは、相手のガードを避けて直接攻撃を加えられる所だ。
剣で受けども鞭はそこを支点にして更に先端を加速させて、向こう側の敵に叩きつけられる。ましてや、それが鋭利な刃が付いた鞭状の魔剣であるのなら、その厄介さは初見の相手への攻撃力に直結する。
「ボクもこの街に入ったのは初めてかなぁ、いやー、貴族の護衛ともなると、変な身体チェックとかないからいーよね!」
護衛であるレズンの武装も大した事は無く、服、袖の下に受け用の装甲を施している以外は剣を二本腰から提げているのみであった。
方や通常の金属製の細剣、方やあの刃が極めて見え辛い水晶剣。
非常に厄介な性質を持っていたこの水晶剣は、なんだかんだあの闘いの中でも壊れず、アルタニク伯爵領軍に没収されていたコレは、つい先日俺へと返還された。
何でも所有権はレズンを打倒した俺へ移っていたらしく、突如ツィーアが思い出した様に渡して来たのだから驚いた。
調べてみると、コレがまた非常に面白い。
何時しか見た通り、刃渡りは90cm程、刃幅は6cm程の一般的な反りの無いロングソードの形をしており、刀身の殆どは酷く透明度の高い石……もしかすると金属かも知れない……か何かで出来ている。
というのも、この水晶の用な物……まるで金属剣の様にしなるのである。
硬い石で剣などを作ると、大概その硬さ故に割れたり欠けたりするのが常であるが、この水晶はどうも弾性が高い。かなり柔らかく、靭性が高い。一体全体何で出来ているのやら……レズンもこの剣の由来は知らず、ただ「家にあったから持ってきた」だけらしい。
この刀身の周囲には金属の薄い枠が付いている。この部分には刃付けがされ、剃刀並みの鋭利さを持っている。
この刃部分は簡単に交換出来、減った時は刃自体を換えるから、使い心地があまり大きく変化しないというのは大きな利点だ。
強力な魔剣の一つであり、魔力を通す事で芯部分の破損を防ぎ、かつ水晶部分が光をほぼ跳ね返さなくなる。つまりは、ほぼ見えなくなる。
魔力を通した瞬間、周囲に溶け込む様に透けたのには、流石に感嘆の声を漏らさざるを得なかった……前世、軍用の光学迷彩を見た事があったが、それよりもクオリティは高い。
科学的な光学迷彩の場合、どうしても現実と投影物の画素数の違いというか、そこの境目が微妙に浮き上がる様で違和感があったのだが……。
「ところで、何故コイツらは皆私達を避けている?」
繁華街を歩いている時からなのだが、どうも歩けば人垣が割れ、道行く人は2度3度と振り返り、剰えぞろぞろと付いてくる者まで居る。
当然、城壁を超えて地区が変わる毎に減るのだが、それでも多い……もう王城前なのだが……。
その問いには、レズンが「それ嫌味?」なんてこっそりと笑って答えた。
「みーんなエリアスに見惚れてるからでしょー?……検問の兵士がデレた所為でこんな簡単に移動出来てるんだから、文句は言わないけど」
そういえばそんな現象もあった。
最近はエルクの人々も見慣れたのか、そんな事はまず減ったのだが、時々外から来たらしき連中は俺を見るなり、ぎょっとして固まる事がしばしばある。
この頃になると、店屋のおばさんおじさん方が向こうから声を掛けて来て、売り物の筈の食べ物を恵んでくれるぐらいだ。
お礼に良くそういう店では買い物をする様にしている。青果物なんかはいくらあっても処理出来るし、何より俺自身含め、レズンを初めにうちの連中は殆どが大飯食らいである。
唯一困るのは、雑多な……無駄なと言うと悪いが、装飾品類である。
身に付ける物は勿論、部屋に飾る謎の置物類まで……指輪や腕輪、ネックレスなんかはまだ良い。ピアス?……物理的に耳に穴が開かないのだが……。
カフスはまあ、嫌いじゃないので良く使う。今とて左耳に魔道具化させた赤かったガーネットのカフスを下げている……魔道具化させた瞬間にブラックガーネットになった。
置物なんかも困る。少しなら良いのだが、量が量である……そろそろウォークインクローゼットの一角がガラクタじみたソレで埋まりそうである。
「気分は悪くないが、相も変わらず面倒な話だ」
常に見られているというのは中々嫌なもので、否が応にも一挙一動に気を遣う。
そんな図太い精神を持ち合わせていない俺は、こういう時にはある程度格好が付いていないと嫌なのだ。
中には貴族の子弟らしき男が近付こうとして来る事があるも、その度にレズンが笑顔で飛ばす殺気に当てられて、弾かれたように逃げ出した。
何というか、この自由に殺気をコントロール出来る技術は羨ましい。
「気迫と殺気は違うからねー……エリアスみたいに、いくら虫を潰すみたいに人を殺しても、殺気を放つ練習にはならないからね」
湧き上がる殺意があり、その上での戦いを経験すれば学べるかも知れない、と。
「……難儀な話だな」
この左耳のブラックガーネットは、ちょっとした通信機になっている。念話装置呼ぶのだろうか?ニーレイとネメシア先生の協力により作られた。
片耳しか付けていないのも、不便な事に2対でしか機能しないからだ。右耳の分はレズンの右耳に付けられている……。
通信半径は詳しく検証し切ってはいない為、正確な所は分からないが、エルク市内の端から端……大体20kmぐらいならば、レズンと俺の魔力放出能力で通話出来た。
出力は突っ込む魔力量で決まる様で、既存の魔力を使った念話装置と比べてもあまり効率は良くない。
尤も、サイズは今までに無い程に小さく、かつ内部の魔力回路も前代未聞な程に簡略化されている。今後も技術を煮詰めていけば、一般実用レベルに達するかも知れない……製造工程にはそれなりの技術が必要で、ニーレイクラスの魔力操作技術と、基盤の配線をする様な細かい作業が必要ではあるが、それも時間が解決するだろう。
……先に電話線や電波を使った通信機が発達するやも知れないがね。
今のアルタニク伯爵領の工業化は凄まじい。
工業地帯及び中心街では、既に送電網の設営が開始されている……電話線が引かれるのも時間の問題だろう。
ヤールーン産の竹を使ったカーボンファイバーをフィラメントとする白熱球まで生産が始まっているぐらいだ……ラクシアが必要とする工業製品の製造能力を持たせるという目論見が隠れているとはいえ、とんでもない速度の発展である。
発電所の設置にあたり、電気の利用法の模索も始まっている。
向こうでは本格的な製品を作るのに一足先立って、工業規格が制定された。
ネジのサイズやワッシャーの内径、金属の強度や配合物の割合……などなど。
まさかこの世界に来てまでMなんだかネジなんて文字列を見る羽目になるとは思わなかった。規格は全てラクシア指定なので、全てどこか見た事がある形をしている……。
「……ここが王城、か」
良くもまあ、こんな代物を人の手で建てたものだ。
ほぼ一種類の石を均等なサイズに切り出して、天を貫く程に重ねること……そこはかとなくエジプトのギザに聳えるピラミッドを彷彿とさせる。
尤も俺は実物を見た事は無い。俺が産まれる何十年か前に、紛争で破壊されてしまったからだ……あと何百年か早く生まれていれば、色々な物をこの目で見れたのに、と思った事は数知らず、だ。
「この城は建てるのに500年近く掛かってるからね。昔この辺りにあった、アリエテの子孫みたいな都市国家の城壁が元で、ほんの60年前に完工したらしいよ?……」
アリエテ王国は、建国されてよりまだ300年と少しぐらいの国である……330歳超えのニーレイよりも若いのである。
その更に前、大体460年前にハノヴィア帝国は出来た。
その以前は国はあれど、主に都市国家群という単位で人は生活していたそうだ……その時代に最も力を持っていたのが、今でもその形を残すアトラクティアである。
このくらいの時代であれば、ローマ帝国や漢帝国の様な広大な領土を持つ大帝国がとっくのとうに出現していてもおかしく無いぐらいなのだが、この世界では絶対的な帝国は暫く現れ無かった。
その理由は魔物の存在である。
人が彼らに対抗出来るまでに文明を発達させるまで、魔物はまごう事なく世界の覇者であった。
《ゴブリン》軍や《オーク》と言った、今でこそ有象無象な魔物ですら、この時代で相手をするには一般人の手には余った。
ましてや《ドラゴン》、《スクウィッド》などの、今でも恐るべき魔物など、存在そのものが正しく天災であった。鉄の刃も通らず、肉体以外の中遠距離攻撃も放つコレらは、追い払うだけでも英雄叙事詩が描かれた程だ。
強大な魔力や武威で魔物を倒せる存在はそれだけで英雄であり、王となり得た。
その結果が魔術師や特異な肉体を持つ戦士による都市国家の建国だ。しかし、彼らは数が少ない。
彼らの権力は魔物から自分たちを守ってくれると信じている一般市民あってこその物だ。
であるからして、己の目が届かない程の広さの国を治める力を持つ者など……ハノヴィア帝国が出来るまでは居なかった。
魔術師が魔物を追い払い、市民は城壁を建てる。それで一つの都市国家が誕生する……アリエテの何処に行っても、都市には城壁があると言うのはその名残であり、今尚各要塞に壁が残されているのは、それ故であったりする。
都市国家という単位は、魔物に対抗するのには非常に適していたのだ。
当時はこの手の城壁を建築する技術は磨かれに磨かれたと言われ、この単一種、単一規格の岩で組まれた城壁も、魔物が下手に凸凹に組んだ城壁を登って来てしまったという経験から、この様になっているらしい。
アリエテやハノヴィアの様な大帝国が築かれる切っ掛けになったのは、魔術、物理学という分野に関する研究が進み、より多くの人間が魔物に対抗出来る様になった事だ。アリエテであれば魔術の体系化と簡略化、ハノヴィアであれば古代兵器を利用した武器や、クロスボウなどが挙げられる。
そこまで至るには数多の英雄の存在があり、夥しい量の血が大地に流された……特に、ハノヴィア帝国建国記などは非常に面白かった。
クロウヴィス・コウ・エーレン・ベルギアとイリス・コウ・エーレン・ベルギアの話は、以前カルセラと魔剣の話になった時に気になったが為、個人的にそこそこ調べていた。
何というか、王道の成り上がり物というか……クロウヴィスの成長と、抱いた巨大過ぎる野望をその掌に収まるまで、そして彼を裏でも表でも献身的に支えたイリスの健気さ……というにはやや彼女は血の気の多い暴君に描かれているが……。
……話が逸れた。
「貴族院は左、王国正規軍の基地は右、正面は王城とその下に近衛魔術師団の地下神殿ね」
王城と一言で言っても、その広さは下手な都市一つ分程にあった。
それもその筈、この王城内はかつて一つの都市だったのだから。
「この国の本当の貴族は殆どが此処に住んでるよ。ほら、貴族院の周りは屋敷が並んでるでしょう?」
遥か彼方に見える王家の本当の住まい足る王宮までの道は広く、長かった。
道は白い石、脇は……雪が積もっていて境目が分かりづらいが……聞くところによると夏ならば青々とした芝とのコントラストを楽しめるという。
道は王都内の道と同じく、ロードヒーティングでも入っているのかと思う程に雪は綺麗に始末されていた。
「……さっさと行こう」
王城内で屯している彼らは、殆どが軍属だ。
皆が腰に剣を下げ、王国軍が正式に採用している金属鎧を身に付け、魔術師は制服とも言える、スリットが入り手足の動きを阻害しない形状のローブを羽織っている。
貴族院の外観は、何時しか見た様な……そうだ、さる合衆国の連邦議会議事堂に似ているのだ。
頭のドーム型の建造物がより簡略化されていたりなど差異は見て取れる程にあるが……。
正面の大階段を登れば、彼方此方に貴族と思しき立派に着飾った人々が見られる。
大人の貴族はほぼエルクのアズブレル公しか知らなかった為、感覚としては新鮮である。
格好だけは立派で、へらへらと品の無い見るからに俗物な者。
またはその衣服の下はさぞ鍛え上げられていると思われる、精悍な者。
見た目はややだらしないが、その瞳は鋭く……新貴族である此方を注意深く観察している、頭がキレそうな連中。
全く多種多様である。まるでミニチュアの社会構造の様だ。
「(……少なくともこっちを見てるのは、事前にボクたちの情報を知ってどんな人か見定めに来た連中だからねー……顔くらい覚えておいた方がいーよ)」
念話でレズンが忠告して来た。言葉が間延びする癖は口の性能の問題ではなく、脳の問題らしいので、頭の中で会話する時も口調はあまり変わらない。
年々減ってはいるらしいが。
さて、貴族の階級はパッと見では分かりにくい。どれが騎士爵で子爵、伯爵、侯爵だとかは、実際聞いてみるまでは分からない。
尤も見る者が見れば、その装いや振る舞いで判別する事は出来るというのだが、俺にはあまり分からない所だ。
その中でも一人……いや、二人、気になった。
「あの二人は?」
俺が目線で差したのは、一組の親子……だと思う。
方や黒地に金の十字形の刺繍という、特に目立つ衣装を見に纏った……やや老いてはいるが、その太い首筋が練磨された肉体を想像させる男。白髪混じりなのか、ややくすんだ茶髪と茶色い瞳……皺が深いが、顔立ちは良い。若い頃はさぞやモテただろう。
方や……同じく黒地に紫のレースがあしらわれたロングドレス、対照的な白い肌……被支配者の色であった黒髪を肩に流し、片方の壮年の男の落ち着いたソレとは対照的な、綺羅星の如く輝く黒い瞳で此方の様子を窺っている、年若い女。
それはそれは興味深げに……。
「(……女の方は知らないけど、もう一人の男は……ナバル・ストゥーエ・カルカロフ)」
やや嫌悪が漏れる口調で、ニーレイは息を吐く。
「(アリエテ王国公爵位、真人教教皇……エリアスのお相手だね)」
アレが?と、驚きを隠せなかった。
確かに、その服装はどこか街で見かけた真人教徒のソレと似ている様に思える。
「(公爵位は後付けで任じられた物だけど、実質この国の宰相くらいの権力を持ってる……所謂、二足のわらじってヤツね)」
だが、そのナバル氏の方はあまり此方に興味が無い様で、もう一方の令嬢との会話にご執心の様だ。
尤も、その令嬢の方は笑顔だが、興味無さげに男とは顔も合わせていない。あくまで……何だか此方の観察に精を出している様に思えた。
「……まあ、見たいなら見れば良いがな」
貴族院の事務所に書類の提出、コレ自体は出せば一先ずは終了だ。
書類の不備を精査する為、また明日来てくださいという旨の事を、デスクに座った神経質そうな細い男から伝えられ、その場は辞する。
「こんな息苦しい所は、さっさと抜けるに限る」
「……いや、このてーどで息苦しいって……」
俺は基本的に人と接するよりも無機物と向かい合っている方が性に合っているのだ。対人関係の極致とも言える、貴族社会の住人が跳梁跋扈する場所に居るなど、それだけでストレスが溜まる。
実際、こうして隣を歩いているレズンに此方から話し掛ける事はあまり無いし、黙って歩いている方がエネルギーを使わなくて俺好みの状態だ。
ドライと思われるかも知れないが、別に相手を嫌っている訳では無いし、そもそもコレは落ち着いて一緒に居られるくらいに好感度があるからなるシチュエーションである。
この後はどうするか、など、宿の予算を計算していると、先の令嬢と教皇の会話(?)が終了した様で、令嬢がナバル氏を手を振り見送っていた。
向こうも此方に気付いたのか、にこりと笑って会釈……スカートを摘む礼で返した。
隣の座席を、どうぞ、と言わんばかりに手のひらで指すので……固辞するのは失礼にあたるだろう。
貴族院に居るのは基本的に全て貴族であるし、俺の爵位はまた最低位であるからして、彼女は少なくとも同格、内し真人教教皇が目に掛けるくらいならば、かなり格上の可能性も高い。
こんなところで機嫌を損ねる訳にはいかない故に、俺は渋々彼女に向かい合った。
「……浅学故、貴女の名を知らぬ無礼をお許し下さい。エリアス・レイ・スチャルトナ騎士爵と申します」
貴族同士では幾ら爵位が違えども、尽くすべき礼儀は基本的に変わらないと言われている。
だから、相手が公爵であろうと膝をついて頭を垂れる必要も無く、立礼で十分許されるという……難しい所だ。
だが、そこには暗黙の何とやらがあって、例えば俺はこうして立って挨拶をしているが、彼女は行儀は良くも座ったままだ。
やはり、彼女は遥か上の立場にある人間なのだろう。
「コーネリア・リィ・クロチャトフです、エリアスさん。妹がお世話になっているそうですね?」
「ええ、それはそれは……」
我らがネメシア先生の姉……貴族名鑑を見て初めて知ったが、彼女の実家、クロチャトフ家は侯爵家だ。
この王国に15家しか無い侯爵家は、王国を5分割する公爵家らよりは直接的な力を持たないものの、貴族議会での力は公爵家よりも大きいとされる……実質的にこの国の政治を運営し、牛耳っているのがこの15の侯爵家である。
目の前の彼女はその姉……大貴族の令嬢。その権威は下手な伯爵位よりも強い。
貴族家の長子というのは、時期当主という事もあって、一個下の位の現当主とほぼ対等な扱いを受けるからだ。
そんな殿上人の様な彼女が、一体俺如きに何の用事だろう?と。挨拶だけならば立ち話でも良いだろうに。
「あの無愛想な妹が嬉しげに筆を躍らせて手紙に書く、優秀な生徒という方とお知り合いになりたかった、その様な理由ではいけませんか?」
ふふふ、と口に手を当てて上品に笑いながら、そんな事を言うのだ。
「確かに、ネメシア様はやや表情の変化には欠けますが、内心には非常に熱い情熱をお持ちの方で……良くお世話になっています」
ネメシア先生もクロチャトフ家の次女で、伯爵位よりは低いだろうが、下手な爵位持ちよりも高い権威を持つ人間だ。敬称には気を遣わねばなるまい。
だが、あまりにも畏まり過ぎるのは逆に失礼、他人行儀すぎて相手の事が嫌いなのかと思われてしまう……軽い敬語程度に留めておかないと良くは思われない。
「あの子が先生になると言い出した時は、本当に人に物を教える会話が出来るのかと心配でしたが……良くやっている様で安心しました」
その言葉には侮蔑の意思は感じられず、それはやや卑屈ではあるが妹の事を聞いて本気で安心している姉の心だった。
見た目通り、非常に優しい性格の様だ。物腰も丁寧……全く、貴族の間でも引く手数多なご令嬢だ。
「こんなところでは何ですし、私の屋敷に来ませんか?色々と……お伺いしたい事がありますし……ね?"アヴィバス"さんこと、銀髪の悪魔さん?」
……訂正、この女、とんだ狸かも知れない。
途端に殺気立ったレズンを宥め賺し、そう仰るのなら、と了承した。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、である。
そんな言い訳を考える自分に自嘲しつつ、彼女に連れ立って腰を上げたのであった。




