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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
85/94

スチャルトナ騎士爵家

この章は予想よりもかなり短く終わりそうです。


次は……書き上がり次第です。











炎はすぐ目の前、自分が横たわる寝室にまで既に回ってきていた。


左手がない。さっき来た……みんなを殺した女の子にぶちっ、て取られた。


血が止まらない。痛さは分からないけど、ぐちゃぐちゃにささくれ立ったそこから何か大切なモノが抜け出ていく様な気がする。


血を止めなきゃとは思うけれど……前に父上が教えてくれた、傷口を火で炙るという行為をしなければならないと考えると、怖くて身体から力が抜けてしまう。


死。


感じた事もないそれが、すぐそこまで足音を立てて迫って来ているのを感じた。すごく周りは熱いのに、どんどん身体は冷たくなっていくのだから……。


血を止めないと死んでしまうという事は、よく分かっていた。


あの女の子は言っていた。


もしもお前が私を憎んでいるのなら、何時でも来い……相手はしてやる、って。


憎いかと言われてもよく分からない。


あの女の子は王都から来て、ここに泊まっていた騎士爵の人が連れて来たみたいで……奴隷だったみたいだ。


それが逃げた……だったら、あの肥った騎士爵のおじさん……ブロルさんの責任だと思う。


あのおじさんは奴隷商を生業にしていて、特に貴族向けの性奴隷を扱っているのだから。


女の人からしたら悪魔みたいな人間だ、あの女の子がアレだけ強いのだったら、怒り狂って殺しに来ても不思議じゃない。


それにしても、と。


すごく綺麗で、見惚れる様な容姿をした人だった。


声も、とても冷たい声だったけど、一つ一つの音が体の中に入って来ると共に背筋がぞくぞくする程綺麗だ。


腕を引き千切られる時、触れた肌は解けない雪みたいにサラリとしていて……肩から嫌な音がして肉が千切れた後も、快感にすら感じた。


まるで魂を捕らえられてしまったかの様。


ああ、と無垢な心は熱を持って思考を恋焦がす。


また会いたい。幼い思考が浮かべた文言はそれだけであったが、それは彼自身に凄まじいまでの活力を与えた。


また会うには生きねばならない、と。


生き残るには傷口を火に当てなければならない。


でも火に突っ込んでいく勇気もない。


そこで目に入ったのは……火に包まれて緋く焼けた鉄の装飾剣。


お母さんからは、触ってはいけないと言われたそれ。


徐に転がったそれを引きずってゴトリと横たえ……傷口をその赤熱した刃の腹に押し当てた。


「っっ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」


自らした事とは言えども痛い事には違いない。


直接剥き出しの骨と神経、肉を焦がされる感覚は、恐らく実際にやった者でなくては分からないだろう。


端的に言えば……今まで庭で走って転んだ時に膝を擦った程度の怪我して来なかったこの男の子……イェオリ・ネ・クラスノダールはあっさりと気絶した。













「……そうか、実にタイミングの悪い時に寝入ってしまって、偶然にもタチの悪い連中に攫われてしまったという訳か」


アイクの部屋に行く途中、ニーレイと状況を整理していた。


つまるところこうだ。俺は何故か演舞が終わると同時に……疲れてはいなかったが、向こう側に呼ばれてしまった所為で、控え室でぐっすりと寝てしまった。


そこに突如現れた人攫い……偶然なのかどうかは分からない。もしかすると計画犯なのかも知れないが、そこで俺は運び出され、奴隷の首輪を付けられた。


……あの首輪は2度と付けない。


まさか外す時、あんな苦しいなんて知らなかった。あの時は吐かなかったが、ちょっと胃液が登ってきていたぐらいだ。


スィラの首輪は外してやっても良いだろう。荒事になると色々ボロが出る彼女だが、普段は冷静で、常識も弁えている……が、首輪は身分を一目で証明し、面倒事を避ける役割も担っている……そこがこの国で暮らす上で難しい所だろう。


「多分、元から演舞で疲れた所をどうにかする計画でもあったんじゃない?でないと、あんな所まで入って来ないよ」


ところでニーレイはあの時どうしていたのか、と聞くと、彼女はバツが悪そうに苦笑いした。


「ケイトさんとお話してたの。エリアスの留学(・・)について、ね」


留学、そう新年度からのヤールーン旅行は、諸々の国際的な事情によりハノヴィア帝国への留学という体裁を取っている。


ユルゲンドーラ大学。


150年前に設立された、ハノヴィア帝国の最高学府である。


扱っている分野は実に多岐に渡るが、基本的に科学技術寄りの学校だと思ってもらって構わない。


勿論魔術的な研究も行われているが、アリエテよりは活発ではない。そもそもがハノヴィア人の魔術師は数が少ない上、アリエテの方が圧倒的に設備も待遇も良いからだ。


帝都の外れにあるその大学で作られた技術は、日夜ハノヴィアのその強大な国力を支える為に進化を続けている。


ユルゲンドーラ大で作られた直近の物でも特に有名な物は、ズバリ機械弓、つまりはボウガンである。


ボウガンの発想自体はかなり古い。ユルゲンドーラ大学が出来る前からある。


だが、連弩ともなれば話は別である。


連弩とはその名の通り、連射が可能な弩の事である。


弩とは原来、矢を一本のみ装填し、重たい抗張力の弓を滑車で引かねば撃てぬという、速射性など無いに等しい代物であった。


かつて古代中国やギリシャで作られた連弩は、手動連射、もしくは1度引き金を引くと全ての弾を吐き出すという絡繰で作られていたが、このハノヴィア製の連弩は文字通り、"レベル"が違う。


弓が強力でかつ弾が長くて長射程な事、有効射程距離内なら、そこらのプレートアーマーなど易々と貫通する破壊力は勿論、高精度な距離毎の調整が出来る金属製のタンジェントサイトを装備し、総合的な命中精度はかなり高い。


弓を引く時はリールでは無く、梃子の原理を利用したチャージングハンドルを一回引くだけで弓が留め金に掛かる。


これだけで既に十分な速射性を持っている様に思えるが、それだけでは連弩とは呼べない。もっと凄い機構が内部に仕込まれている。


高弾性スプリングとリコイルウェイトが内部……レシーバーに弓と連動する様に仕込まれていおり、コレが引き金を引いて矢が叩き出されると同時に、レシーバー内を弓に一瞬遅れて前進する。


ウェイトの前部には強力なスプリングが仕込まれており、コレが前方のレシーバー内壁に衝突すると、そのままウェイトが後退して元に戻る。


コレに引っ張られる形で、弓は後ろに引き絞られ、再び後部の留め金に弓が引っ掛かる。


そうしてチャンバーが解放されると同時に、レシーバー上部に備え付けられた交換可能な弾倉から、一発の矢をマガジンリップからローディングノズルが引っ掛けて装填する。


再び弓を解放するかどうかは、トリガーをもう一度引くか、もしくはシアーがフルオート状態になっている時にはトリガーを引き続ける事で、一連の装填動作が終わった瞬間に留め金から弦を滑らせるかで決まる。


そう、セミオート、フルオート射撃の切り替えが可能なのである。


ハノヴィア帝国の重騎兵隊が強い理由はここにある。ハノヴィアではこの連弩を持った兵士を《リースチ》という、高い積載量を持つ犬系の魔物に載せることで、高い攻撃力と機動性を両立しているそうだ。


まさしく画期的な射撃武器である。


反面コストが高く、この時代としては非常に構造が複雑過ぎて製造出来る職人が少ない為に生産数が限られている事、大きく重過ぎて歩兵が携行するには無理がある事などの欠点により、普及は一部の騎兵隊や、要塞の防衛部隊のみに留まっている……ハノヴィアの人外じみた将校の中には、歩兵でありながらそれを軽々と振り回す様な連中もいるらしいが。


他にも時計の改良から肥料の開発まで、工学から化学まで広く優れた研究を行っているそこに、約半年間行く事になる。


その中でヤールーンにも出入りするという訳だ。行き来はニーレイの転移を使い、約30日間の日程である。勿論、怪しまれない様にユルゲンドーラ大学での講義は真面目に受ける。


ただ、ちょっと寄り道をするだけだ。何の問題もないだろう。


「ふふ、そういう悪いこと言うエリアスは好きだよ」


「……またそんな恥ずかしい事を臆面もなく言う」


くだらない遣り取りを続けている内に、アイクの部屋……目的地に着いた。


何度も遊びに来ているから、勝手知ったるやといった風に入って言っても良いのだが、王妃様が中にいる可能性を考えると、そんな無礼は出来なかった。


しっかりとノックをして用件を使用人に伝え……と、正規の手順を通して入室すれば、待合室にはアイクが居心地悪気に待っていた。


「……ごめん、姉さんは止められなかった……」


逆にこちらの方が申し訳ない気分になるくらいに、申し訳無さを滲ませて謝られるとは思わなかった。


「全くだ……と、言いたいところだが、アイクは止めた側だからな。文句を言うのもお門違いだろう」


肩を竦めて笑ってやると、彼も気分が良くなった様だ。


「それで?マデレイネ様とレズンは?」


こっち、とアイクに連れられて来たリビングでは、レズンとマデレイネ姫が対面していて……こちらに気付くや否や、レズンはあたかも救世主を見た様な目をし、対してマデレイネは……隠そうとはしているが、やや剣呑な……昼間とは違う、邪魔者でも見るかの様な目がこちらを向いた……まあ、本人からすれば確かに俺のこの登場は、お邪魔虫としか思えないだろう。


「こちらにうちの(・・・)レズンが伺っていると聞き、お邪魔させて頂きました」


今回は隣のアイクの了承を得ている為、王族に対する最敬待遇はせずとも良い。


「……許す」


どうやら存在する事は許された様だ。


しかし、レズンに向ける顔と俺に向ける顔、違いが、扱いが清々しいレベルで違う。どう見てもレズンに向ける顔は恋する乙女か媚び売る売女……例えが悪い様だが、所詮、王女様も女という事だろう。


「……そうだ。エリアス騎士よ、幾つか連絡事項がある、向こうで話そう……また後でなレズン」


騎士?と反射的に疑問を呈しそうになったが、そういえば貴族になったのだった。一番下っ端ではあるが。


向こうから二人きりになってくれるとは……丁度良い。いや、向こうもレズンの事を話したいのだろう。


断る理由も無く、立ち上がった彼女の……目線が丁度、彼女の腰の辺りになる。


目線が低いので見えてしまったのだが……マデレイネ姫よ、その際どい勝負下着を履くにはやや早いと思うのだよ、俺は。











アイクの部屋は部屋数が多い。


俺の部屋など、玄関直結のリビングダイニングに、浴室、ウォークインクローゼット、使用人部屋、寝室……ん?……別に……アイクの部屋に比べれば見劣りするだけで、決して悪い訳では無かった。というか、比較的豪華な方だった。


アイク部屋はというと、玄関を兼ねた待合室、リビングが2つ、ダイニングが1つ、寝室がなんと4つ、使用人向けの部屋が2つ、多目的な居室が3つ……この寮の最上階の半分を占拠しているのだから、広さも半端では無い。


その居室の一室……談話室として使われているらしい部屋へと案内された。


「掛けてくれ、渡す物と話す事、どちらも積んで余るほどある」


ソファに座ると、使用人達がアレコレと……紙束に大小の箱を積んだ台車を引いてやって来た。


「先ずは印章だ。貴族なら誰しもが公式な文には押印しなければならない。そしてこの世に同じ印章は二つと無い事になっている(・・・・・・・)……痛い目を見たく無かったら、決して失くさない事だ」


実印の様な物だろうか……ああ、あの蝋を付けて押すやつだ。カルセラからの手紙にもいつも赤い蝋で形作られた紋が付いていた。


「記念品については後で検めておいてくれ……それから、貴族院や王家に提出が必要な書類の話だ。まず……」


どさどさと積まれる羊皮紙の山に頬が取り繕う間も無く引き攣るも……何とか顔を引き締めて対面する。


この場で直ちにサインが必要な書類はサインし……これだけで十数種類、百何枚という紙束を読んだ。


殆どは法律的な内容であり、主に貴族と王侯についての……庶民では知りえない様々な決まり事があった。


……駄目なのか、貴族間での物の貸し借り……。


どうやら裕福な貴族が他の貴族を借金塗れにして乗っ取り、力を持ち過ぎる事が無いようにする決まりらしい。危ない……ツィーアに借りたドレスを未だ持っていたら普通にアウトだった。


金が無かったら、何か足りなかったら王家に借りろ、そういう事だ。


「後の書類は王都の貴族院に提出だ。直接来る事が望ましいが、代理人を立てて届けさせる事も出来る」


期限は今冬中らしい。新年からはアレコレと出掛ける用事やらやる事が溢れているからして、その前に済ませねばならない様だ。


「分かりました」


俺の了承の言葉により、一時間にも及ぶ手続きは終了した。


一息にと差し入れられたティーカップを傾けると、冷えた胃の腑に暖かな茶が満たされ、ふう、と頭の中身が整理されてゆく。


ミドルネームに関しては近日中に決めねばならない。これは今はまだ仕方が無いが、基本的な手続きが終わり次第正式な物になる。


家名となる重要な物なので、先程同時に渡された貴族銘鑑と照合して、被っていないか確認しなければならない……ただし、2世代前以降の被りは許されるから、古い方から良さげな物を探すのが一般的だそうだ。


「さて、私からやらなければならない事は済んだ。後は……」


分かっている、レズンの事だろう。


端的に言えば、俺はレズンを彼女に渡すつもりは無い。彼の種族的特性もあり、尚且つ彼は……恐らく首輪無しでは吸血、食人衝動を抑えられない。


解放したところで騒ぎを起こすのはほぼ確実、その結末は本人の死は勿論、アレを囲っていた俺にまで裁きの手が回らないとは思う程、俺の頭はお花畑では無い。


バケモノの世話は最期まで、だ。


「単刀直入に言う、レズン・スタッドを譲ってくれ」


ほら来た。


理由無しには断れない。相手は王族だ……力付くなど、慣れた手段だろう。


「……出来ません、というのも、理由が幾つかあるのでお聞き頂けると幸いです」


最初の「出来ません」の段階で目を吊り上げ、更に口を開こうとした彼女の二の句を制するように、早口で告げた。


「……理由だと?」


瑣末なものであるならば許さない。そんな意気が伝わってくる、挑発的な声色だ。


予想よりもやや強硬な様子の彼女に、内心気が引けつつも、ここで退くわけにはいかない。「まず前提として」と、理由を挙げる。


「マデレイネ殿下は、レズンが何故奴隷の身分であり続けているのかお分かりですか?」


その一言は彼女の興味を引いたのか、乗り出し掛けていた彼女の肩を押し下げる事に成功した。これで少しは安心して話が出来る。


「レズンはアルタニク伯爵領で、連続殺人を起こした元殺人鬼です。普段は問題無いのですが、時々自分では我慢が出来なくなってしまうらしく、どうにもならない状態であったのですが……素の能力は高く、役立つ才能も持っていましたので引き取らせて貰った者です」


彼が吸血鬼であるという事は隠すが、ある程度真実を混ぜて行く。


殺人鬼と聞いても彼女の表情は変わらなかった……この女も大概イカれている様に思える。


「殺人衝動は不定期な物で、大体一ヶ月に一回は奴隷の首輪で抑制していても起こります。その時は……」


チラリと壁の向こうのエルク市街を見る様に目を動かした。「聞かないで置いた方が良いでしょう」、と締めた。


「加えて彼は健常者(・・・)ではありません。服の上からは分かりませんが、端的に言えば子孫を遺す事が出来ない身体です。殿下が女としての(・・・・・)幸せをお望みなら、彼はその役を果たす事は出来ないでしょう」


「……その点は問題無い」


いや問題しか無いだろう、と。唇を突いて言葉が出そうになったが、彼女の瞳が放つ光に気圧され、制された。


「私は以前、女とも愛し合った事はある。ただ奉仕されるだけのつまらぬ物だったが、それと似た様な物だろう?」


…………済まんなレズン、この女は俺の手には余る……。


常識が通じない相手を説き伏せる弁は、残念ながら持ち合わせていないのだから。


「……彼の殺人衝動については?」


こっちは恐らく、非合法な手段にならざるを得ない。そんな事を許せば、彼女の評判は地に落ちることとなり……今後の権力の維持に支障を来すだろう。そんな事を彼女が了承する訳が……。


「適当に罪人か、他の奴隷でも与えよう。何、月に一人程度なら大した事にはなるまい」


何とも単純な力技だが、それを可能とする彼女の権力が恐ろしい。


そう、彼女が力を使えば、レズンを縛り無く飼う(・・)事は可能なのだから。


「彼が何であろうとも、私は彼を自由にする事が出来る。窮屈で、苦しい奴隷の身であり続ける必要も無い。生贄など何十人でもくれてやれる……例え、彼が拒んだとしてもだ」


盲目的。それが今の彼女の状態を形容するに相応しいだろう。


「……レズンが人間で無いとしても、ですか?」


「当然だ」


こうなっては理屈は通じない。大人しく渡すしか無いのだろうか……。


……いいや。


ギロリとマデレイネ殿下の眼を睨み返すと、さしもの彼女もやや後退る。


レズンは使える駒(・・・・)なのだ。後からやって来て、やっぱり欲しいなどと厚顔無恥な事を言ってくる奴になど……やりたくはない。


「……お言葉ですが」


これは俺の我が儘だ。レズンは既に俺の物という、道理の欠片もない我が儘。仮にも、吸血鬼ではあれども人の一種を、物としか扱わぬ人間の傲慢さ。


「レズンは私が見出した者です。これから彼の能力は私に必要になると考え、自らの力で屈服させた上で手に入れた物……それは否定されるべきでないはずです」


膝が浮いて立ち上がりそうになるくらいに、俺の中で熱が渦巻いているのには、我ながら驚いた。


思った以上にレズンは、既に俺の中では身内認定されていた様だ。


「……それが、王家(わたし)の決定に意を唱えるものであっても、か?」


それを聞いて内心笑い出しそうになる。


……その言葉を待っていたのだから。


「……それが王家(あなた方)のやり方であるのなら……」


仕掛けたのは毒だ。


血や肉に効く物ではない。


貴人の誇りと名声(・・・・・)を侵す毒。


「……私が先に挙げた忠の言葉は、その瞬間に偽りの物となるでしょう」


ここまで言って引かぬのならもう仕方がない。


先の爵位を受けた時の誓いの言葉、俺からすれば空っぽの何の忠誠も込められていない言葉であったが、それを当日中に返じるという行為。


俺の言い方や考え方が軽い所為であまりそうは感じられないかも知れないが、その外面的な意味は途轍もなく大きい。


爵位を任じられるという事は、この国では至上の褒美だ。平民にせよ、貴族にせよ、その意味合いは俺が感じているものの何周りも大きい筈である。


それを1日も経たずに返上?何事だ?と、誰しもが思う訳だ。


その理由は当人の使用人、奴隷を無理矢理引き離した事。動機はマデレイネ姫の我が儘。


果たしてそんな暴君(・・)自分達と同じ(・・・・・・)貴族からも平然と気まぐれで物を奪う女に支持が集まるのか?という事。


勿論その答えは否。


貴族の支持のない王族の力など、それこそ他国との関係作りに嫁ぐ程度の物でしか無くなる。


この国で政治力を持つには貴族の協力が不可欠であるが故……継承権争いをしている彼女達からすれば、手を引かざるを得ない……筈。


勿論、レズンを奪った上で俺を始末するという方法もあるだろう……だが、仮に俺が消えたとしてこの建物は多くの貴族の子息子女が居る、警備体制も万端な施設である。


かつ、俺がアイクの部屋に入っていったという事は、ツィーアを初め諸貴族、使用人、何よりこの部屋の主であるアイクが知っているのだ。


そんな中で疑いの目が自分に向かぬと思うほど、マデレイネ姫の頭がお花畑であるとは到底思えない。


例え貴族の口を権力で黙らせたとしても、敵は下だけでなく横の継承権持ち達が居るのだ……そんな不祥事を突っ突かない奴の方が居ないだろう。


そもそも、彼女程度の実力で俺を消せるとは思えないが。


「……なるほど、それが君の答えか」


マデレイネ姫の纏う覇気は、間違いなく王族のそれ……貴族をも従える支配者の気だ。


だが、それがどうした。


あの洞窟で戦った影の戦士は、満月の夜のレズンはもっと恐ろしい気配を発していただろう……この程度で気圧される俺ではない。


言う事は言った。ならば後は応えを待つのみ。


……10秒、20秒……体感で一分近く待っただろうか。


彼女は俯き、何事か思索を張り巡らせている様であったが、漸くすっと上がった顔には……この上ない笑顔が貼り付けられていた。


「は、はははははははッ!!!!やはりエリアス、君はサイテイ(・・・・)最高(・・)だ!!君を貴族院に推薦しておいて正解だった!く、くくくっ……いい、とてもいい。主従共に私を愉しませてくれる!」


響き渡ったのは哄笑だった。


普段の彼女からはとても想像出来ない、下衆で、陰湿で、品の欠片も無い嗤い。


「中々どうして、肝が据わっているじゃないか。レズンもだが、君も見所があるな……そっちの問題が無ければ、丸ごと手篭めにしたかったところだ」


一頻り笑った彼女は眼に涙を浮かばせながら、「今日は私の負けだ」と立ち上がった。


「今度からは私の事も呼び捨てにして構わん。王都に来る時は好きに逢いに来い」


そう笑った彼女の姿は、先までの俺の中にあった悪感情も吹き飛ぶほど明るくて……。


ああ、やはり彼女は王族という選ばれし者なのだな、と思わせられる俺はやはり、単なる小市民であった。











「本当に良く、アレをこっちに引っ張り戻したね。交渉人の才能、あるんじゃない?」


寮の裏の庭園。カルセラと初めて会った此処は、寮の住人には虫が多いという事で、非常に不人気な場所の一つであった。


「馬鹿言うな。交渉とは無ないし小から大を引きずり出す事を言うのだ。私のアレは単なる等価交換でしか無い……単に、マデレイネの興味がレズンから私にタゲが変わっただけの事だからな」


たげ?と首を傾げるニーレイはさて置き、雪が積もって枯れた蔓を巻きつかせる支柱に寄り掛かった俺は……赤髪の少年レズンと、黒髪の狼人スィラの手合わせを眺めていた。


レズンはロングソード、スィラは大斧槍。


昼間は何時もこうしているらしい、最近は何時も外でバイトをしているか、授業を受けているかして、普段皆が何をしているのか等は知らなかった。


「それで?決めたの?……家名」


勿論、と返した。


冬の社交シーズンが終わり、後は僅かな補講を受けて冬休みだ……そうなればやる事は爆発的に増える。


「冬休みが始まったらすぐに王都に行くぞ。新年前に帰りたいから、かなりの強行軍になるだろうがな」


一週間で貴族関係の仕事は全て済ます。ハノヴィア留学という名のヤールーン観光に支障を来す訳にはいかない。


「ほいほい、畏まり……それで、まだ新しい名前、聞いてないんだけど?」


ああ、と昨晩決めた名……古いハノヴィア貴族の名から取った物……まだ、伝えては居なかった。


何せ一人で決めたからな。


「あいつらは呼び戻さなくていいか」


と、呟いただけなのだが、ガツガツとぶつかり合っていた二人は計ったように打ち合いを止め、こっちに飛んで来た。


「……げ、元気だな」


そう言うのが精一杯だった。


「だって、我らがエリアス()の名前でしょー?聞かないっていうのは臣下として良く無いと思うんだよー」


あの日からレズンはこうだ。何が彼の心を変じたのかは知らん……というのは嘘。どうやら、あの日のマデレイネと俺の会話を盗み聞きしたか、使用人か誰かから又聞きしたのだろう。


俺の事を様呼ばわりする奴が身内から出るとは思わなかった。


数十歳の吸血鬼を例えるにはおかしいかも知れないが、何だか拾った子犬の様に懐いてしまった。


ニコニコしながら後ろを付いてくるのは当たり前、最近はスィラよりも機敏にこちらの状態を観察して、適切な世話(・・)を行うくらいだ。やはり見込んだ通り、日常生活に於いても潜在能力はかなり高い。


「殊勝な心掛けだな、レズン。漸く主への忠誠の意味を理解した様だな」


お前が偉そうな胸を張る事では無いぞ、スィラ。


スィラといえば、既に俺に心の名を預けた。


少し渋っていた気配を見せてはいたが、俺の心持ちを認めてくれた様だ。


それに伴い、彼女の奴隷の首輪は実質機能を失った。


外す訳にはいかない。コレは所属を示す重要な目印だからだ。


だが、この首輪は既に単なる首輪。奴隷を苦しめる機能など既に存在していないし、2度と復活させる事も出来ない。


実質スィラは自由の身となったのだ。


流石にレズンの首輪を外す事は出来ないが、それは仕方があるまい。


「それで?集まったところで、教えてくれるんでしょ?」


「ああ」


ぐるりと3人の姿を見渡す。


レズン、スィラ、ニーレイ。全員人間で無い。


ここにはいない《スクウィッド》のすーちゃん、フェリア・コンクルスにしても、実質的に既に人間を卒業している存在だろう。


それから……後ろに控えている二人の庶民の少女……ミレイ・ヘラとネーナ・アリウム。


俺を含め、7人と1匹、人外比率やや多めなこのどうにもならない連中……これが正式なるスチャルトナ家の初期メンバーとなる。


「エリアス・レイ・スチャルトナだ。よろしくな?……これからも」


雪の降り積もった庭園。


白いアーチの下で、一つの家族が誕生したのだった。








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