レズンの厄日
遅れると言うと良く文字が出てくるあまのじゃくと化しました。
「……むぐ?」
別に間抜けな声を出したくて出した訳では無い。単に口が何かに覆われていて、まともに声が出せなかったのだ。
眼を開けば視界の半分が床か何かであった。
そう言うのも当然で、もう半分の視界には横向きの鉄格子……いや、本来は縦向きの鉄格子と、小さな木椅子があったからだ。
ふと身を起こそうとして……上手くいかずにまたごろりと冷たい石の床を転がる……どうやら手が縛られているらしい。
なら魔術……『ヴァリーニェ』で身体を立てようとするも、あれ?と小首を傾げる事となった。
魔術が発動しない。
試しに目の前に火を浮かべようと魔力を放出するも……魔力が使われている感覚はあるのだが、うんともすんとも言わない。
口にはどうやら、ギャグボールの様な拘束具が入っている様で、手足は枷が付いていて、その上から麻布か何かでぐるぐる巻きの簀巻きにされてしまっている様だ……首にも何か、付け慣れないものの感触がある。
あれ?コレは……何かマズイ状況なのでは無いだろうか?
何かやらかしてしまったのでは無いか?と、演舞後、寝てからの記憶が無い俺は先程からひっきりなしに背から冷や汗を流す。
兎に角、現状を脱出する事よりもまずは状況を確認する事……もし、ここが拘置所で、俺が何か犯罪を犯していたのなら、この場で枷や縄を引き千切って脱出するのは良策では無い……が、一応、本当に一応、手の枷は……これ以上引っ張ったら本当に壊れるな……膂力には普段通り、異常は無い様だ。
最悪、力づくでも脱出出来るという状況が、俺を少し落ち着かせる……そんな時、こちらに向かって来る複数の足音を頭が認識した。
身動ぎして牢の入り口の方へと顔を向け……俺が見たのは……。
「おお!なんと愛らしい!これが噂の新騎士爵か、ワシの商品に相応しい!!」
半裸の脂ぎった肥満男が、牢の中に入って来た光景だった。
あまりの光景に絶句していると、その……男が後ろに何人か鎖で繋がれた人間を連れている事に気づく。
どれも知らない人間……いや、獣人も混じっているか。全て女で、ほぼ裸みたいな、ネグリジェを更に過激にした様な格好をしていた。
「目が覚めたか、さて自己紹介をしようか……何より君の主人になる者であるのでな!」
……ああ、そう言う事か。
首に付いているのは奴隷の首輪、つまりは……俺は捕まって奴隷にされたのだろう。
だが、何時のタイミングで……寝ている間に拐われた?スィラはどうした?ここは何処だ?
何時間眠っていたのだろう……当然ながら、こんな空間は見た事が無い。
この時点で既に俺の中では此奴らを殺して此処から逃れる事は確定事項であったが、念の為だ……情報収集は限界まで行うべきであろう。
「……ほら、聞け!!クソガキが!!」
突如目を剥き、口から泡を吹いた男の爪先が腹に突き刺さり、身体が浮く。
あんなサッカーボールキック以下の、とろくさい蹴りなど大した痛みにもならないが……気持ちの良い事では無い事は言うまでも無い。肉体強度も正常、とな。
……ちょっと唾が掛かった。不愉快極まるな。
「ブロル・ヤム・バーリ様だ、覚えてお!!!!??」
名前を聞いたところまで耐えた俺を誰か褒めて欲しい所だ。
もう一度俺を蹴ろうとしたらしい足を、手枷と身体を包む麻布を引き千切った流れでそのまま引っ掴み、表皮と肉を……粘土みたいに毟ってやった……筋肉は皆無に等しいな。
そのままの流れで奴隷の首輪の解除に掛かる。コレは奴隷自身が外そうとすると凶悪な苦痛を与えて来る代物であるが……所詮は軽金属製のアクセサリーである。破壊する事は難しく無い。
「……お?……お"お"あ"あ"ああぁ!!ワシの足があああぁぁぁぁぁ!!!!」
比較的大きな欠損は、身体が感じ取るのにタイムラグがあるという良い見本を見せてくれた……骨まで見えるぐらい深く抉ってやったからな、一度頭と身体が認識すれば……それはそれは痛いだろう。
「ぐっ、があああああッ!!!」
奴隷の首輪に手を掛けた瞬間、身体の芯に鑢を捻じ込まれた様な、骨の内側から何か引き摺り出す様な痛みと不快感、猛烈なショックがあった。
あまりの苦痛に己の喉から出たとは思えない、獣の様な絶叫が迸った。
痛みには、ある程度慣れている。
だが、この身体の内側から作用する感覚はダメだ……麻酔無しで骨の中にワイヤーでも突っ込まれてギコギコと擦られている様な感覚……。
この痛がっている男に命令させてはダメだ。すると恐らくこの痛みが恒常的に襲ってきて、俺の心を間違い無く圧し折るに違い無い。
意を決し、全身全霊を以て首輪を破壊しに掛かる。
首輪の内側に指を引っ掛け、肘の内側に畳んだ膝を捩じ込んで脚力も使い、首も後ろにブンと振り抜く。
一瞬の苦痛に短い悲鳴が漏れるも、キン、という金属音と共に首輪は前後に割れた。
「……2度とやりたくねぇな」
思わず素の自分が出てしまったぐらいにしんどい経験だった。
息は短くはひぃ、と喉が鳴いていて、視界は涙で滲み切っていた……顎から首筋に掛けてよだれも垂れているかも知れない。
「……俺に手ェ出した事、死を以て、だな」
首輪が壊れると魔術が使える様になった。
狙うはこの……ブロルだかブロムだか知らんが、兎に角俺を捕らえたらしき男。
超高速の火属性改上級短距離攻撃魔術『ブレイズ・ストレルカ』のスナップショット。
どうやらボロ切れを着せられていたらしい、己の身を包む服が放射熱で燃え上がると同時に、誘拐犯の男が足元の岩と共に丸ごと蒸発した。
粗末な服が……着ていたドレスは何処に行ったのだろうか……焼け落ちてしまったので、俺の身体を包む衣類は無くなり、産まれたままの姿を晒している。
「……俺の持ち物が何処にあるか、知っている者は?」
剣も無い。アレは何とか言い含めて部屋に置いてきてしまった。
残った奴隷に問い掛けようとして……諦めた。
先の『ブレイズ・ストレルカ』の余波によって、この牢獄の中は火山とも見間違う程に暑く、過酷な環境へと生まれ変わっていた?
奴隷共は哀れにも、衣類や装飾品が自然発火して火達磨になってしまった。
何とか服を脱ぎ捨てた者も術の熱波による火傷が酷く……外傷性ショックか何かで即死していた。
「……忘れていた」
そういえば人間とはこういう物だった。
奴隷であった娘達には悪い事をした……死んでしまっては治せないからな……。
我ながら化け物になってしまった物だなぁ、などと感慨も無い事を考えながら、何事かと降りて来た警備兵らしき男共の手足を熱線で斬り飛ばし、地下室から出た先に居た若い女の使用人の腹を拳で貫く。
「本格的に殺人マシーンだな、コレでも魔王からしたら雑魚の内なのか……?」
場違いにも、俺が考えていたのはヤールーンの魔王、ウルティム・アメイジアの事であった。
とっくのとうに自分が壊れている事は知っているから、驚きは無いが。
「で、でもですねー……ボクよりも話術に長けた方ならー……」
「いや!そんな寂しい事を言わないでくれ!私は君のそこが気に入ったのだ……私の気に入った所を貶められると、私も不安になる」
それは申し訳ありません、とレズンは未だ孤軍奮闘、マデレイネ姫からの猛烈なアタックから逃れ続けていた。
何せ生死が掛かっている。精子じゃない……汚い……と頭は回っているのに馬鹿みたいな下ネタくらいしか思考に出てこないぐらいに、レズンの心中は荒れに荒れている。
なんでボクがこんな目に……と。
行ったら最後、吸血鬼とバレて大変よろしくない事になる。行かずとも……えらい面倒な火種を抱え込むことになりそうだ。
彼自身だけならばまだ救い様があるが、問題はエリアスを初めとする周囲に影響が波及しそうな事……今後の計画に多大な支障が出る可能性が……いや、確実に支障を来す。
「な、なぁ……私には……学園での本当の意味で対等な友達が居ないんだ。レズン、お前は初めて私に、ありのままのカタチで当たって来てくれたんだ……その……嬉しくてな……」
彼女は言葉下手だ。それだけならまだ可愛げがあった。
問題は眼。
ヤバイ、明らかにヤバイ人種の目をしている。具体的に言うと、目的の為には文字通り手段を問わないタイプの人間だ。
マデレイネ姫は手遅れなレベルで心を病んでいた。それもその筈……。
彼女には対等な存在は居なかった。
上か下か、王族という家で長女として生まれ、上には王夫妻と二人の兄、下には弟以下、お姉様お姉様と侍る貴族の娘達。
あのクリストフとて、部下という扱いの範疇を超えない。気遣うのは彼女の方で、彼女は気遣われる方では無い。
彼女の心は弱くは無い。
だが、強くも無かった。
幼い頃より植え付けられた支配者としての矜持と誇り、王族たるものかく有りき、を地で行ってきた彼女の心は、19年という歳月を経て順調に摩り切れた。
「きっと、王都で一緒に居たら楽しめる、いや、本当の私を出せる気がするんだ。そうしたら……」
マデレイネ姫は世間知らずだが馬鹿では無い。寧ろ聡明な方だ。
だからこそ、そこらの貴族の娘達を常に従える事が出来、交友関係も権力を中心に考えられている。
「ですから、大変申し訳無いのですがー、ボクは今の生活が気に入っていましてー……勿論魅力的なお話ではありますが……」
正直に言おう、断り辛い……何が良く無いかといえば、彼女の母である王妃が後ろでニコニコと笑っている事だろう。
王妃自身は恐らくこの結果がどう転ぼうと興味は無いのだろう。
彼女の興味はマデレイネ姫から一寸たりとも、この会話が始まってより動いて居ない。
つまりは、彼女はレズンの事を何とも思っていない。
扱いは精々が子供に買い与えるお人形かその程度だろう。現に、彼女がボクを見る眼はまず人を見る質のものじゃない。
あー、コレ詰みかなー……。
大人しくするしかないかも知れない。その過程で……上手い事逃げ出して雲隠れすれば何とかなる。
エリアスとかにも中々会えなくなるかも知れないし、そもそもこの国に居られなくなるかも知れないが、最悪はヤールーンに籠れば大丈夫だろう。
「……そこまで言うのでしたらー……」
承諾の二の句を継ごうとした、その時……。
「止めなよ姉さん、レズンさんが困ってるじゃないか……」
アイク・ベル・イオリア。彼女の弟。
この時初めてレズンは、人間の男という種に属する存在に感謝した。
目に付いた生き物は全て抹殺する。
それが最も手っ取り早く、また危険の無い方法だからだ。
結局着てきた服は発見出来ず、婦人の寝室らしき所からどうにか燃え落ちる前の……子供向けのややダボダボなワンピースタイプのドレスを発見し、余ったスカートを引き千切ってショートタイプにして使わせてもらった……それでも肩が余っているのだが。
燃えない服が欲しい。切実に欲しい。出来れば……いや、そこまで望むのは贅沢だろう……このやりとり、前にもしたな?
それにしても、この小さな身体というのは不便だ。
頭が重いし、何より手足が短い。格闘戦に向かないから、どうしても魔術に頼りがちになる。
死体、死体、死体……燃え盛る屋敷の中で転がるヒトガタのモノは皆一様に炎に包まれ、超高熱のプラズマで撃ち抜かれた身体は至る所が欠損していた。
「……大体、こんなものか」
外を確認したところ、どうやらここはエルク市内の様だ……学校の競技場が見えた。
生きているものは……はて?
上の部屋の方で物音がした。必死に階段を駆け上がって行く足音から鑑みるに、俺の姿を見られたのだろう……。
「……生かしておく理由は無いな」
この屋敷にいる人間は全員殺す。
我が身を守るには必要な事であり、相手の正体が分からない以上は無駄に生き残りを出して憂いを残したく無い。
……また、俺はただの必要性で行動しているなぁ、と自覚しながらも、辞めるという選択肢は無い……結局のところは。
「どうせすぐに全て燃え落ちるから放って置いても……いや、確実性が無いな」
何かの間違いで虐殺が漏れては困る……こちらとら明らかに関係の無さそうな執事や使用人の女まで焼き殺しているのだから。
まだ階段や三階以降には火は回っていない。
まだ燃えているのは壁や装飾品で、俺が通る過程で魔術を撃ったところのみ。後は死体ぐらいか。
窓から飛び降りて逃げられるのは御免だ。
一足跳びに階段を登り、足音を辿れば……これは造的には寝室か?
「……無駄な抵抗を……」
普通の人間では俺の身体能力からは逃げられない。
人並みの者が数時間掛けて駆け抜ける距離を、俺は数分で跳び抜く事ができる。マラソンになど出場するしたら、多分車などよりも小回りが利く分だけ速くゴールできるだろう。
追跡は既に始まった瞬間に終わっている。
寝室の戸を開け放つと、窓を開けて窓枠をよじ登ろうとする……自分と大して変わらないくらいの歳の男の子が居た。
彼は此方の姿を見るや否や、ヒッ、と息を詰まらせて、全力で窓から……って、ここ3階の窓だぞ!?
「ちっ!」
襟首を引っ掴んで、間一髪の所で落下は防げた。
「死ぬ気か!?……あ?」
俺は、コイツを殺す気で此処に来たのだったよな?
どうして……助けたのだろうか?と小首を傾げざるを得なかった。
押し倒された形になる男の子の表情は悲惨であった。
ガクガクと全身を震えさせ、涙が止まらない。
コレが目撃者である事は間違い無い。
直ちに息の根を止める為、首に手を宛がって……締める。
ごぼごぼと、行き場を失った唾液と粘液で溺れる男の子の喉を潰すかの如く締める。
本当なら頭を引っこ抜くくらいは可能なのに……何故か、今は締める事しか出来ない気がした。
男の子は暴れる。腕を掴んで引き剥がそうと。足を振り上げて少しでも相手の身体の下から逃れようと。
溢れた唾液が手の甲に流れて来た。
まだ出てきていない喉仏が掌の中にある。
どくどくと鼓動を強める、堰き止められた血流を押し出そうとする心臓の音が伝わって来る。
いま、この手にこの子の命を握っている。
薄暗い背徳的な快感と、こんな幼い子を手に掛ける忌避感が混ざり合い、どんな顔をして良いか分からなくなる。
段々と腕を握る小さな手の力が弱まり、目が光を失う……そこで手を離した。
ひゅっ、と男の子の喉が膨らんで、そのまま腹の中身を吐き出すのではないかと思う程に咳き込んでいた。
それをただ見下ろす。
大人を殺すのとはまた違う心地、非力ですぐ死ぬ存在……だが、殺す気が起きない、いや、殺したくない。
己の意思が此処で理屈に刃向かったというのは、我ながら意外な発見だ。
特殊な性癖を持っているだとか、余程頭がイカれていない限り進んで子供を害したいと思う様な者は居ないだろう……ん?うちのスィラ……フェリア……レズン……んん?
……気にしないで置こう。身の回りの大人達が筋金入りの気狂いどもだなんて絶対に信じたくない。
俺はあの連中とは違い、道徳観は高い方だと思っている。それを無視して理屈で行動出来る程度に感性が馬鹿になっているだけで。
今更一人二人何十人殺した程度で、俺が殺した人間の母数の何割になる?
それが俺の殺人感というか、酷く命の重さが軽いこの蛮族紛いな事をしている国の中の内情から考えると、これが丁度良い程度だろうと思う感覚である。
我ながら擦れているとは思うが、どんな人間だろうと……この言い方はやや語弊があるが、殆どの者は他人よりも自分の身が大事だろう。俺だってそうだ。
俺の冷徹な部分が、この子を生かす理由などない、と死刑宣告をしようとする。
いや待て、俺は子供を進んで殺す程落ちぶれてはいない、と主張する良心も居る。
理性的に考えよう。
何故この子を生かしておいてはならないのか?
一、俺の顔を見ており今起こった事を他に知らされると非常に面倒な事になるという事。
二、この子の親は既に殺害済みであろう。将来的に家族を奪った俺への復讐を企て、余計な被害を齎す可能性があるという事。
三、一体コイツが何処のどいつかが全くわからない事だ。
大人しく名前を教えてくれる訳もない。選択肢としては先に述べた通り、この場で片付けるのが正解に最も近く、確実性の高い選択。
呻いて逃れようとした男の子を踏み付けて動きを封じる。
ミシリと背骨が軋む……。
「……どこかを砕こうか……?」
今更、今更現実に、自らの手でガキ一人殺す事を躊躇っていてどうする?と。
このまま背骨を蹴り砕けば、彼は一生半身不随になるだろう。
そのまま足を捩じ込めば、腹を圧力で破いてその中身を溢れさせる事もできる。
既に俺の中ではこの子を生かす方向で意思は固まっていた。
しかし、小心者の俺は五体満足で生かすのは流石に不味いだろうと思っていた。如何に弱い存在であろうと、それは今の話であって将来を確定させる物ではないのだから。
故に……身体の一部を奪う。
「……質問に答えろ」
返答など期待していないが、一応は聞いてやるべきだろう。
「……利き腕は、どっちだ?」
蚊の鳴く様な声に従い、俺は利き腕でない方の腕を迷い無く引っこ抜いた。
「……遅かったな主、何処へ行っていたのだ?」
大体の証拠隠滅を済ませ、一つの屋敷を全焼させて来た俺が寮に帰れたのは、既に夕方……模擬戦大会も1日目が終了してからであった。
帰って早々にまず行ったのはケイト校長への報告。
誘拐された旨、実行犯は分からないがその時周囲に居た人間は全員始末した旨……あの男の子は、運が良ければ生きているだろうが……。
どうやら俺が居た控え室にはスィラは居なかった様で、誰もいない所で寝てしまった様だった……なら、あの気配は一体誰だったのだろう?誘拐犯だろうか?……少なくともスィラと似た様な、武力に秀でた質の物である。
それにしても都合の悪い時に呼ばれて寝てしまった物だ。向こうも少しはこちらの都合だとか、そういう物を考えて貰いたいものだ。
「少しトラブルに巻き込まれてな、もう少しで全容が分かりそうだから、分かり次第全部話す」
ブロル・ヤム・バーリ、何とか覚えていたその名をケイト女史に伝えた時の表情は何を意味しているのだろうか?
どうやら俺と同じく子爵位を持っているらしい、という所までは教えてくれた。
後は分からない。ツィーアやアイクに聞けば分かるかも知れないが……借りたドレスを焼失させてしまった手前、謝りに行かねばならず……絶対に怒るだろうなぁ、弁償するにも金はただでさえカツカツなのに、ドレスの様な高価な代物を買ったら、今後の生活に支障が出るだろう。
だが、何は返さなければならないので……ちょっと早いが、スィラの冒険者の身分を使って適当な依頼をクリアするか、修行がてらに魔の森の魔物を倒して高価な部位を売り捌くしか無い。
「っと、そろそろ晩餐会の時間だな……そういえば、レズンはどうした?」
ふと、俺が帰って来るや否や愉しげに人を揶揄いに飛んでくる憎めない吸血鬼が居ないことに気が付いた。
「ああ、その事なのだが……」
チラリと視線を向けた先から中に揺らめく様に現れたニーレイが言葉を続けた。
「……姫様がレズンを想定外に気に入っちゃってね、さっき連れて食事に行ったよ?」
「レズンのアレは上手くいったのか」
喜ばしいじゃないか、と言おうとした所で、どうも二人の顔色が良くない事に気が付いた。
「……どうした?何か問題が?」
「……うん、上手く行き過ぎたというか、何というか……」
後頸を掻くのは、ニーレイの物を考えている時の癖で、最近気付いた。
「レズンを奴隷から解放して、王都に連れて行くって聞かなくなったんだ」
……何故そこでしくじったんだレズン……。
荒んだ心を鎮めてようやく帰って来て、それでコレか……目尻が自分でも釣り上がるのがよく分かった。
「……アイツは、何処だ?」
「落ち着いて!今日何があったか知らないけど、明らかに殺しに行く眼してるよ!!」
実際、何十人も狩って来た上で子供の腕を引き千切って炎の中に放置して来たのだ……そのくらいのテンションでないとやってられない。
取り敢えず、ナイフは必要だな。それから……。
「討ち入りに行くマフィアじゃないんだなら……あと、その右腕の血、何とかしなよ……」
おっと、まだ落ちていなかったか……見えないところはまだ汚れていた。
とてもどうでも良い話だが、マフィアというか、無法者を束ねたヤクザの様な連中はこの世界にも居る。
ただこの国においては治安組織が強く、表沙汰を起こす事は滅多に無い。大抵は水商売や違法薬物の販売を担っているだけな連中である。
……冗談はさて置き、と。
「少なくとも私はレズンを現段階で手放す気は無い……マデレイネ姫と話す必要があるな」
場所はなんとアイクの部屋だ……今日泊まる予定であった屋敷が、何故か全焼してしまった為、急遽学校の宿泊施設の中でも最も質の高い部屋で泊まる事になったらしい……絶対に言えないな、コレ。
……という事は今日殺した中に、王族を歓待できるレベルの立場の者が居たという事だ。
もしや、あの男の子も……。
今からでも戻って殺しに行きたくなったが、仕方が無い、俺とて一度自ら決めた事にケチなど付けたくない。
ー もしもお前が私を憎んでいるのなら、何時でも来い……相手はしてやる。
そんな啖呵まで切って来たのだから。
身は女なれど、心は未だ男のつもりである。ならばこそ……酷く古くて硬派な考えだが、男に二言は無いというヤツである。俺もこの考え方は責任の所在を示すという意味で、良い考えだと思っている。可能なら女にだって二言はあって欲しくない。人として。
「スィラは例の如くお留守番だ……だが、いざという時の用意は頼むぞ」
最悪向こうに嫌われるとこの国で生きていけなくなるからなぁ、とは口には出さない。
まあ、その時はハノヴィアにでも移住するとしよう。あくまでそれは最終手段ではあるが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
最悪、レズンは生贄だな、と本人にとっては冗談にもなら無い事を考えつつ、部屋を後にした。
6/4 助詞がおかしかった点を修正。




