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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
71/94

徒然ならぬ世

本当は前話でこの章を終える予定だったのですが、纏め損ないました(敗北宣言)。


キリ良く35話ずつで一章にしようという計画は滅び去りましたが、何とか萎えずに続けます。


次章はどの様に話を進めるのか、大筋では考えているのですが、少し方針を迷っています・・・暫くは閑話が続くと思いますが、よろしくお願いします。











新暦1414年9月末、デュースケルン南東で行われた戦闘は・・・書類上は"戦闘"と記される事になるだろうが、その実態は戦闘と言うにも烏滸がましい、一方的にアルタニク伯爵領/ラクシア義援隊・・・連合軍とするにはラクシア側の規模が小さすぎるが、両国連合軍が、シェム男爵領/コール子爵領軍を打ち払った、戦闘らしい戦闘が起きていない紛争、寧ろ事後に散った兵が行った強盗、殺人等の狼籍への対処の過程の方が、アルタニク伯爵領軍の被害が大きかった程だ。


戦闘の経過は史書に従う所、"初撃"で大混乱に陥った子爵/男爵領軍が戦意を喪失、その後はただただ逃げ回るか、僅かばかりの兵が自棄になり、アルタニク軍に突攻、討ち取られるか捕虜になるか、二つに一つな結末を迎えたという。


その初撃なる物が如何なる攻撃であったか、その一端は、紛争・・・戦地の地名を取って、シーゲン紛争と呼ばれるそれを生き延びた知識人が、幾つかの手記を残していた。


曰く、「空を裂く甲高い音と共に飛来した光が、我が頭上を翔び去ったかと思えば・・・遥か向こうで白煙と共に爆ぜ、敵陣が真っ赤な業火に包まれた事が、我が陣後方からもよく見えた」だとか。


曰く、「宙で弾けた白煙、地を這う猛火、立ち昇る黒煙、溶け落ちた肉、人の物とは思えぬ声を放ちのたうつ火人形(ヒトガタ)、正しく地獄の黙示録の如し」だとか・・・その凄惨さは数多くの書に記録されていた。


しかしながら、実際に、具体的に如何様な事が行われたのか、その仔細は一切、古今に残る記録には遺されて居ない。


主なる手掛かりは、アルタニク伯爵領に於ける当時の領主、ツィーア・エル・アルタニク伯爵が遺した手記ではあるが、それにも大した事は書かれて居ない。


「ラクシアの賓客の手助けにより」とのみ、その事柄については触れられているだけで、その他は単に身の回りに起きた事を記したのみの・・・単なる日記だった。


彼女はかなりのメモ魔であったらしく、後に彼女が殴り書いたとされる紙片の一部が、良くアルタニク伯爵領中央図書館の古書の隙間から発見される事も屡々ある程だ・・・それ程の彼女が、況してや数十年振り、初めて始動した紛争の事を・・・一つ足りとて紙面に残さぬという事が有り得るのだろうか?


此処で疑うべきは、第三者による隠蔽・・・それも当時のアルタニク伯爵に良く口が効く程の影響力を持ち、尚且つ、正体不明の謎の勢力ラクシアに関しての事情に明るく・・・また後に触れるが、"古代兵器を操る超文明ラクシア"を消滅させる程の力を持つ者が関与している可能性がある。


今後数百年、ラクシアの古代兵器に関する記述が狙い澄ました様に(・・・・・・・・)散逸している事を考えると、あながち間違った推測ではあるまい。


当時世界中で猛威を振るっていた"古代兵器"と呼称される物の正体を掴む事は他の研究者連中に任せるとして、問題はその古代兵器陣営を、世界中から一体残らず(・・・・・・・・・・)駆逐したとされる人物の正体だ。


当時、闇妖精族アトラクティア*1議会名誉議員ニーレイ・オブスクラムの残した書きかけの論文の端に走り書かれた一文が手掛かりになるかも知れない・・・。


「私は見つけた。世界を変える悪魔、世界を救う救世主、そして、世界を統べるべくして生まれた帝王、Э…(此処からはインクが掠れて読めない)・・・(後略)。



『シーゲン紛争についての考察』 1952年 デュースケルン大学 とある生徒の卒業論文より抜粋。










"救世主"、世や人々を"救済"する、何だか様々な宗教・・・大半はユダヤ教を源流とする思想だが・・・に登場するヒト、いや、ヒトなのかも良くわからんが。


一体全体ソレが何なのか、いつ訪れるのか、そもそも、救済と言っても具体的に何を為してくれるのか、文字どおり得体の知れない奇跡か何かの存在・・・それが大半の物語に登場するのがそれだ。


神が遣わす、人を救う者・・・神遣わした、あの瞬間泥の中の様な場所で会話した存在が真に神であったのなら、"神が遣わす"という文言までは合致しているかもしれない。


が、人を救う、等とは生まれ変わってより一度足りとも考えた事は無い。俺はこれまでそこそこ好きに生きて来たつもりであるし・・・結果として助かった者も居れば、人生を破滅させられた者も居る。


これからもそうして好きに生きるつもりだからして・・・特別誰かの為に何かする、等という利己的かつ恩の押し売り的な行為には走るつもりは無い。


自己満足と過多な恩程、万が一ひっくり返った時に怖い物は無いからな。


さて、ニーレイにはその救世主等と言う者に俺はなるべくしてなる、と言われた訳だが、俺からすると、「知らんわ」としか言えん。


勝手に祀り上げられるのは面倒だが、俺の居ない所で勝手に騒ぐ分には全く問題は無い。だから・・・。


「私はそんな事に興味はない。勝手にしろ」


適当に切り捨てる・・・様に見えて、その実言っている事は、「俺が不快に感じない範囲では好きにして良い」という事・・・これが最大限の譲歩だったろう。


まあ、その事は良い。もう一つ・・・レズンの事だ。


レズンはあの状態のまま放置すると死ぬ・・・吸血鬼の燃費の悪さを考えれば当然の事だ。


それはニーレイからすると困るらしい。


詰まるところは・・・彼を解放して欲しい、という事。


勿論タダで俺にお願いする程、彼女は常識知らずでも楽観主義者でも無い。しっかり対価は提示して来た。


・・・まあ、あまり俺が得をするとは確信出来ない様な内容だが・・・まあ、荷物持ち(・・・・)が増えるのは悪く無い・・・食い扶持は増えるが・・・其処は本人に稼いで貰う事としよう。


で、その要求を通す為には、此処の最高責任者であるツィーアに話を通さねばならないのだが・・・。


「・・・で?そんな無茶を通すからには、当然、私にも旨みがあるのよね?」


と、思った通りの文言を突き付けられてしまう。内診、「ほら来た」と、あまりの予想通りの展開に小躍りしたくなる程だ。


「・・・あまり意地悪を言わんでくれ・・・切れるカードがそんなに無いという事は分かっているだろうに・・・」


執務室の窓際、休憩だろうか・・・サイドテーブルの上ではクッキーが盛られた皿とソーサー、彼女の手には未だ湯気を立てる紅茶がある。


表情を見る限り、機嫌は良さそうだ・・・意地悪を言う程度にはリラックスしているらしい。


「しかし・・・本当に出来る事は少ないぞ?伝えた通り、三日後には此処を発たねばならないからな」


どうやら彼女は・・・俺にやってもらいたい事があるらしいな・・・察せ、と?


まさか、数日中に起こる会戦に参加しろ、という訳はあるまい。大体、戦力は足りている筈。


なら、またスィラを貸せという事か?・・・いや、無いな・・・スィラ一人借りた所で、何か出来るかと言えば困る。確かに一騎当千の武人ではあるが、軍を率いる将の才があるか?と言えば良くわからん。


突出した"個"は、平均化された"全"の調和を壊す。高々そんな物の為に、軍の総合戦闘能力を下げる必要も無かろう。


なら・・・いや、抱き枕以上(・・)お世話(・・・)を要求される?・・・悪いが、それ以上の事に関しては想像も付かないのだが・・・。


「曲がりなりにも、数十人単位で人間を監禁して殺してバラバラにしてた殺人鬼だからね?・・・そんなに煮詰めた顔しないの・・・大した事じゃないわ、ただ・・・エリィに何とかして欲しいのが居るのよ」


・・・そうして続けられた言葉に、「そういえば」と合点し・・・再び、監獄へと向かう運びとなった。











「・・・それで、彼女(・・)もどうにかして欲しい、ってこと?」


そうだ、もう一人・・・此処には問題児が収容されていたのだった。


「端的に言えば・・・始末するなりどうするなり、好きにしろ、という事らしいがな」


そう、別にその場で撥ねても良いらしい。彼女が必要としているのは、あくまで何らかの形の決着(・・)であり、救済では無い。


再び降りる、対魔族/魔術師地下牢。レズンが居た牢とは逆・・・更に下へと降りる階段へと足を運ぶ。


連れているのはニーレイのみで、部屋に入る時は外で待っていて貰う約束だ・・・着いた。


「此処からが私の仕事、か」


鉄枠の扉、この先に彼女が居る。


錆びて汚れたノブに触るのは嫌だった・・・無駄に『魔念力(ヴァリーニェ)』で開けてみる・・・居た。


四肢に胴体にと、身体に何本も吸魔の魔道具、肉喰(コーツ・ジャーマ)を突き刺されていたレズンとは異なり、その本数は一本のみ・・・まあ、通常の魔術師である人間を抑えるには、この程度で十分なのである・・・レズンの人外さが逆に分かるだろうか?


「調子は・・・あまり良くなさそうだな」


シャリン、と心地良い金音と共に抜刀・・・気分次第でバッサリ殺れる様に・・・まあ、手持ち無沙汰だった、というのもある。


元はと言えば豊かであったろう、緑髪はくすみ半ばから断ち切られ、裾の長さはバラバラに・・・吊るされる様に拘束された片腕は、上に吊られている所為か、赤黒く変色していた。


「・・・・・・」


緑色の瞳が同色の髪の間から覗く・・・諦観と無に沈んだそれは、全く力を持たない。


「・・・喋る気力も無い、か」


フェリア・コンクルス。元真人教の幹部であったらしい者で、二回・・・然程苦労はしなかったものの、一度はかなりの被害を出す羽目になる戦闘を行った相手。戦闘能力で言えば、人類トップクラスなのでは無いだろうか。


だが・・・現状の俺では彼女を有効活用(・・・・)する事は出来まい。


顔が知れ過ぎている、無気力過ぎて更生させるには少し絶望し過ぎている様に見える・・・そもそも匿える程俺の懐に余裕は無いし、身体的ギャップ(隻腕)を持った彼女が生きるのには、この世界は決して楽な世界では無いだろう。


恐らくは冒険者か、領軍程度ならば名後衛として名を馳せる事が出来るかも知れない。だが・・・世は、ツィーアは、そして真人教はそれを許しはしないだろう。


だから、この場での決着(・・)が必要とされているのだから。


「・・・何故・・・いや、それを聞くのは野暮だろうが・・・お前はそうまでして脆い(・・)?」


多分、彼女は挫折から一度も立ち直った事が無いのではないだろうか。


一度目の敗北。それを()の所為、何かの間違いだとして掛ってきた二度目。


そこでしかと現実を見た事は褒めてやっても良いが、そこで折れた心を継ぎ接ぎ出来ねば意味が無い。


一度、似た様な人間を見た事がある。


高校時代の友人で・・・まあ、天才というのは本当に居る者で、何でも一目見ただけで物事を覚え、頭の回転が異様に早いが為に、大した練習をせずとも難解な計算を解く・・・二年次に入った段階で既に暗記科目は勿論、数学に至っては微分方程式だって当たり前の様に扱っていた。


性格も優しく穏やかな気性を持ち・・・時には厳しい事もしっかりと、必要に応じて口に出来る、アマちゃんでも無い。


スポーツだって人並みかそれ以上に出来る。体格の問題で柔道だとかは苦手らしかったが、それだけの話だ。


だが・・・まあ、そう人生とは完璧に近い人間でも上手く運ぶ事は出来ない物で、最後の最後・・・遠くの大学の二次試験を受ける為に出向いた出先で財布をスられてバスに乗れず、仕方が無いので歩いて行き、結局遅刻して二教科程受験し損ない落ち、続けて受けた後期試験でも風邪を引き・・・まあ、その程度で落ちる程の男では無いのだが、薬が効きやすい体質の所為で、風邪薬の睡眠作用に負けて爆睡し、電車を乗り過ごして・・・と、痛々しすぎて、何故そうなったのかよく分からん浪人生も居た。


その上付き合っていた彼女が大人しい顔をして置いて、"高ステータスな彼に付き合いつつ、凡百な人間に寝取られる自分に興奮する"とかいう性癖を持った、頭のおかしい奴だった事が発覚、当たり前の如く別れ・・・と、アッパーの上ボディーブローを食らったボクサーの様に打ちのめされた彼は、一時期本気で引き篭もりになってしまった。


余りの転落具合に、彼の両親もどう接したら良いか分からず・・・今までが上手く行き過ぎた所為で、不測の事態に備える、という考えが欠如してしまっていたが為、ケアも間に合わず・・・一時期、勝手に首を吊らない様に彼の部屋には3基程、両親が監視カメラを設置した程。


・・・一体何を持って心を立て直したのかは定かで無いが、結局彼は二年の引き篭もり生活を経て、再度海外の大学へと入学・・・主席とは行かないものの、最高クラスの成績を以って、さる有力宇宙開発ベンチャーに勤め・・・まあ、結局幸せだったのかはよく分からんが、女性不信になった関係で同性愛者になってしまった事以外に話す事は何も無い程度に普通の生活を歩んだらしい・・・一度ベッドに誘われかけて以来、一切付き合わなくなったが。


逆に俺は、"一度失敗してから成功する"人間だった。勉強で言えば、試験も一度ボロクソな結果を出し、その後で同範囲を仕上げて〜というタイプ。


だから最後の模試では、彼に追従する程度の成績を残していたし、本番でも・・・まあ、内申点はあまり良くなかっただろうが、成功するにはした。組んだ予定通りの人生だ。


勿論不合格時の、つまりは浪人の時の計画とて組んでいた。受験でも一度失敗する、と思っていた関係で、まあ、本命は一年浪人した後だったのだから。


と、まあ・・・割と完璧に近い人間でも、失敗する時はするという事だ。そして・・・失敗というのは経験しなければ、中々耐性が付かないという事。


慣れていなければ対応出来ない。知らねば分からない。あると分からねば出来ない。人として当然の事だろう。


で、彼女は・・・何だか、当時の彼と同じ様な匂いがするのだ・・・失敗した事が無かった・・・限られた才(・・・・・)に生かされて来た者の匂いというか・・・自分の生命力で生きて来なかった者特有の青臭さというか・・・。


「お前を慰める為に、此処に来た訳では無いからな・・・長々と問答するつもりは無い」


カルマで彼女の腕を壁に縛り付ける鎖を薙ぐ。


「・・・正直な話、私はお前について特に思う所も無い・・・逆に言えば、そんなに関心も無い」


耳障りな、ガシャン、という金属音と共に腕が地に着いた。


「だが、私がお前の処遇について決めねばならんという事は間違い無いのでな・・・」


カルマを・・・肩口で途切れた左腕の付け根へと宛てがう。


ちょっと、やってみたい事があった。


「・・・ッ!?ギッあああぁぁぁぁァァ!!!??」


・・・何故鎖の鉄は軽く切れるのに、肉はこんなに上手く切れないのか?痛そうだからして、スパッと済ませてやろうと思ったのだが・・・ギコギコと。


残っていた部分を切除・・・そこに水属性治癒魔術『シーキュア』を大魔力を以って発動する。


さて、此処からが腕の見せ所・・・二重の意味でな。


()を再生させる・・・欠損部位を補完する、取り戻すというのは、医学界では長らく研究されて来た分野であった・・・再生医療というヤツである。


元の世界では完成された治療法だった。傷口の幹細胞・・・治癒に関わる細胞を活性化させ、欠けた身体を取り戻すという、当初は奇跡と謳われた医療。


事故で指を飛ばしても、腕が千切れても、内臓が腐ろうが何だろうが、他の部位・・・正確に言えば、修復しても中身が戻らないが為に治癒不可能とされている脳以外の部位ならば、まず元通りに戻る・・・元々の形は、人の設計図足る遺伝子がしっかりと覚えていてくれるからだ。


さて、この水属性治癒魔術は似た様な働きを促す術だと俺は睨んでいる。


傷が治る過程を見れば一目瞭然だ。時を巻き戻したかの様にそれが塞がって行く様は、正しく急速再生だ。


果たして"水"が如何なる働きを以って傷を治しているか等、想像も付かないが。


が、どうやら欠損部位まで治すには、凄まじい量の魔力と・・・整形技術(・・・・)が必要なのだと言う。


どうやら再生医療とは異なり、整形に本人の遺伝子の力を使う事が出来ない様なのだ。


つまりは、俺のセンス次第で治す対象の腕の形が変わってしまうというのだ。


二の腕が曲がったり、指が一本足らない等日常茶飯事。下手をすれば人間の腕かも怪しい代物がくっ付いてしまう事もある・・・らしい。


俺はそんな腕が彼女・・・見た目に関しては麗しい女性に蛸の足が生えるなどと言う光景は見たく無い・・・見たい?それはきっと気の迷いだろう。是非イカの精巣でも生で頂くなりして目を覚ますと良い。


さて、俺のセンス、と言ったはいいが、やる事は彼女の残った方の腕を見ながら上手く成形して行くだけだ。まず骨格を考え、腕の長さを整える・・・しっかり指は5本、長さのバランスもこんなものだろう。


筋肉を付ける・・・少し痩せていて、参考になら無いな・・・なら、ある程度理想形に整えてしまえば良いだろう。母親の腕の形を参考に、肉付け終わる。


後は皮膚・・・これは彼女自身が汚れ過ぎていて元の色がよく分からないが、コレも記憶と照らし合わせ、自分の皮膚とも見比べながら、適当に済ます・・・まあ、まあまあ人間の、見れる程度の女性の手の形にはなったと思う。


周りに見本的な美女が、少なからずとも居てくれたお陰だろう。


何より劇的だったのは、腕を取り戻したフェリア自身であっただろう。


身体を起こし、目を見開いて新たに得た腕を頻りに眺めている。


「・・・ぁぁ・・・!」


まるで信じられ無い物を見るかの様な仕草・・・先程迄の無気力なそれとは別人の様だ。


そんな彼女の様子、まるで・・・宝物を見つけた幼気な少女、と言った様子に、自然と俺の頬も緩む・・・とその時の事である。


「・・・あっ、がっ!!ッガアアアアアアアアァァァァァァァァァあッッッアアアアアア!!!!!!???」


突如その草色の目が溢れんばかりに見開かれ、その喉奥からは獣の如き咆哮が轟いた。


瞳孔は狭まり、額からは脂汗が雫を作って垂れ落ち・・・一体どれ程の苦しみなのか、全身を地に叩き付ける様に、床をのたうち回る。


「どうした!!?」


これは想定外だ。どうしたら良いのかも分から無い・・・仕方なく、部屋の外のニーレイを呼んだ。


「・・・これは・・・エリアス、一体何を仕込んだ(・・・・)の?」


悲鳴にも全く動じず、ニーレイは呆れた様な調子で問う。・・・仕込んだ(・・・・)


「惚けないでよ、や、まさかそこまでするとは思ってなかったけどさ・・・『侵食(イラージ)』、打ち込んだんでしょ?その()を介して」


侵食(イラージ)』・・・闇属性上級魔術・・・相手の精神を破壊し(・・・・・・・・・)、自らの"操り人形"と化す、限りなく人権を無視した、半ば禁じられた魔術・・・人間に使って良い代物では・・・勿論、俺は発動させた事など一度も無い。


「・・・いいねぇ(・・・・)、私はいいと思う・・・本来存在しちゃいけない、風属性の魔術師の血を闇色の・・・エリアスの真っ暗な魔力を捻じ込んで、犯して、踏み躙って、染め上げる・・・いい趣味してると思うよ?」


ごくり、と艶かしくそんな事を言われた所為か、生唾が出る。


・・・のたうち回る彼女は・・・確かに、少し(そそ)るくらいには扇情的だ。


「さあ、弄ろう(・・・)よ。エリアス好みの肉人形に!」


ニコニコと平気でとんでもない事を宣う彼女であったが・・・確かに、やってしまった物は仕方がないのでは無いだろうか?


・・・"責任"は取るべき、だな。


ニーレイに習いながら、暴れる彼女を『魔念力ヴァリーニェ』を使って拘束。


言われた通り(・・・・・・)、『侵食(イラージ)』と唱え・・・肉を毟る様に、フェリアの腹に腕を突き込んだ。


ぬるりと肉の脂と血。己の体温より更に温いそれに包まれた手の感触は、決して愉快な物では無いが・・・直接魔力に触れる為には仕方の無い事。


脊髄に指が触れ・・・既にフェリアは目が裏返り、顔のありとあらゆる器官から体液を垂れ流し・・・涙に、鼻水に、唾液に、そして血に汚れ、意識を吹き飛ばしている・・・ギャーギャー煩く無いのは良い事だと思おう。


こうして・・・フェリア・コンクルス。一人の人間の精神を弄るという・・・何か人としてやってはいけない事、倫理的な禁忌を犯してしまったという感覚はあった。


だが、別に本来この場で死ぬ予定であった人間なのだ。


結果的に人材を有効活用(・・・・)出来たのだから・・・全ては瑣末な問題だろう?と、自らに言い聞かせ・・・彼女の処理(・・)は無事終了したのだった。











「ではな・・・また学校で会おう、ツィア」


この三日間は、旅支度に買い物にお土産の調達に、帰り道の選定に・・・と、金と時間がガリガリと削られる日々であった。


さて、今回は陸路では無く、海路を使って帰る事となる。


城壁外の街道が、アルタニク伯爵領軍によって封鎖されているからだ。それも当然の話、この領地は現在戦時下に突入した為・・・まあ、一般人を巻き込まない様にという配慮である。


だが、戦闘が予想される地域はアルタニク伯爵領南東部だ。西に広がる海については全く関係の無い事。平和そのものだ。


今回乗るのは、アルタニク伯爵領軍が誇る45m型ガレオン船。


武装として多連装大形弩砲、通称バリスタを艦舷に複数備え、風さえあればかなりの速度を・・・水属性と風属性の魔術を使った魔道具である"推進器"を用いれば、短時間ならば20ノット近い速度を叩き出す事が出来る。


これはガレオン船にしては凄まじい物で、原来ガレオン船というのは良くて10ノット、平均して6ノット程度の速度で動く物だ。


19世紀にクリッパー船という、速度重視の帆船が登場するまではこれが最速に近い・・・まあ、クリッパー船は平気で20ノット近い速力を出せるらしいのだが。


まあ、俺が乗る船は8ノット程度の速度で、アリエテ王国北部の街、ノイ・アシュトルという港町に向かう。出港すれば5日も掛からずに着く筈だ。


其処からは流石に陸路、向こうで馬車を調達してブレームノへ。実家で一日二日程度過ごせば、すぐにエルクの寮へと戻る・・・新学期まではまだ三週間近くあるが、買い物を初めとした様々な準備や部屋の整理、終わらせていなかった勉学の復習等、やる事は盛り沢山である。


ああ、スィラに関しては、馬関係・・・シャールを連れて行かねばならないという事で、別ルートで合流する事になっている。


船で何日も掛けて馬を運ぶと、あまりの運動不足によるストレスと食料の問題等で馬を傷める・・・あまり現実的な話では無い。


別の用事もある。彼女は非公式に、アルタニク伯爵領軍側の観戦武官として、これから一週間以内に発生すると思われる戦闘、紛争を見て来て貰う。


どんなに戦闘が長引いたとしても、見るのは最初の一勝負、多分一日程度だろうから、下手をすれば先に向こうに着いてしまうかも知れない。


まあ、それはそれで無事に合流出来るのならば一向に構わないのだが。


「そうね、どの程度でこの事態が収束するかは分からないけど・・・一月以内にはまた会えると思うわ・・・はぁ、憂鬱ね。負けるとは思えないけど、こういうのって後片付けが一番大変なのよ」


場所はレーヴェ川西端の港。船の前。


慌ただしく船員達が出港作業を行うこと脇で、暫しの別れの挨拶というのをしていたのだった。


先に言った通り、スィラはまだ此方に残る。共に行くのはニーレイと・・・。


「・・・哀れな物だな・・・正しく本物の(・・・)奴隷、か」


フェリア・コンクルス、いや、だった(・・・)生き物と言った方が良いだろうか?


有名人であるという事を鑑み、現在のところ彼女の姿は全身甲胄姿・・・新概念を用いて作られた、最新鋭のプレートメイルの試作品だ。


靭性、剛性共に高性能な鋼鉄(・・)で組まれ、板もより少ない暑さで高い強度を発揮出来る様に複雑な凹凸を付けたりする等、構造にも気を遣い、関節部は・・・後で説明はするが、最初に関してはボールベアリングを仕込むだとか、複雑なクランク機構を仕込んで可動域を増やすだとか、様々な事が考えられてはいたが、結局はピンと溝で板同士をスライドさせる従来タイプの形に落ち着いた・・・今は違うが。


それはというものの、この鎧が手元に来た後、折角なので・・・魔力による強化を久しぶりにやってみようか、と思い立ったのが事の発端。


鎧を、出来の悪い作業用AIの様に、態々言葉を掛けなければ何も出来なくなってしまった彼女に着せ、魔力をぶち込んだ。


その結果は・・・答えから先に言えば、性能面、性質面、外観面での劇的な変化。


元は鈍色の大した装飾も無い実用的な印象を抱かせるそれであったが、何を間違えたのか、全体的に薄暗く染まった・・・期待を裏切らない豹変である。


細かい所を見ると、所々フェリアの魔力も混じったのか、深緑色の斑ら・・・デジタル・フローラ迷彩な風体の色合いを発していた・・・何処か、一気に近代化した様な気がする。腕部にチェインガンでも持っていそうな雰囲気だ。


形状も変わった。まず、多くの部品で組まれていた指や足首、膝、腰、胸、肩、肘、首の各関節の継ぎ目が無くなった。


簡単に言えば、動けばギリギリカタカタとメカニカルに動いていたそれが、内部の者の身体の動きに完璧に追従しながらバイオロジカルに動くという事・・・かなり不気味だ。


その所為で金属的な質感の全身タイツ・・・胴や肩、腰は複雑な模様の凹凸や、張り出したスカート状の装甲や肩当が、頭部は仮面の様に後部が段階的に開いている為普通に見れるのだが、身体の線が完璧に出ている手脚、胸部、臀部に関しては・・・何か、その・・・凄まじくセクシーに見える。


だがその手触りは柔らかさも何も無い金属その物であり、これがどうやって動いているのか・・・正しくその時々に合わせて変形しているとしか思えないその動作は、何か彼女が別の生命体に変化してしまったのでは無いかと思ってしまった程だ。


まあ、見た目はどうでも良い。先程少し触れたが、性質面で変化したのは勿論関節部だけでは無い。


まず強度が段違いである。


実験として、同質の鋼鉄で打たれたこの鎧の元の腹部装甲・・・コレをスィラに試し斬り(・・)をして貰った。


一撃目は兎も角、二発目の斧槍の一閃の元、その鋼板はひん曲がり、芝生の中に(うず)まった。


が、この鎧が変化した後・・・腕をもう一度斬り落とす積りで、フェリアの腕を差し出させてスィラに試し斬りをして貰った結果は、劣化ウラン合金製の斧の刃潰れ(・・)というとんでもない結果である。


「・・・手が痺れた」


とはスィラの言。刃が潰れた斧槍はプラスティカーとかいう超絶万能精密作業機械で治せた。


治らなかったら治らなかったで、諦めて貰うか、ラクシアに送って修理してもらう事になっただろうが。


なお、打たれた本人は特に影響無し・・・少し装甲には傷が付いていたが、翌日には何故か消えていた。


防御力の他にも身体能力のアシストがあるらしい・・・元の筋力であればロングソードを振るえば精一杯、という程度の筋力の持ち主であったらしい。だから更に軽く振りやすい細剣を愛用していたらしいのだが、今となってはスィラの斧槍くらいならば楽々片手でも扱える様になってしまっている・・・何が起きたんだ流石におかしいだろ、とは思う。


欠点として脱げないのだが、それはさしたる問題では無いだろう。


というのも、頭部の面は跳ね上げる事が出来、食事には問題は無い。


同じく後頭部のアーマーも開くので、髪だって洗える。


胴体についてだが、装甲は着脱式だ。全て外せば、先にも言った全身が身体に密着したアーマーが出て来る。


このインナーアーマーは任意の場所の装甲を開く事が可能である。体積を無視して変形させる事は出来ないが・・・一部なら変形して開口させる事が出来る為、面倒ではあるが、一応は身体の手入れは出来る・・・この機能に一番世話になるのは、恐らくは排泄の時だとは思う・・・防具内に垂れ流しは流石に嫌だろう?


と、まあ、彼女は単なる軽装風属性魔術師から、超重装風属性魔術戦士へとクラスアップした訳だ・・・大型武器の扱いはまだまだではあるが、訓練すれば相当厄介な火力と防御力を備えた戦士になるのでは無いだろうか?とスィラのお墨付きを頂いた。


なお武器はまだ無い・・・多分、特注品が必要になる。


「・・・ボクが、人間の、奴隷・・・ボクが人間の奴隷・・・ボクが人間の奴隷・・・」


・・・ここでぶっ壊れている赤髪の吸血鬼の調教は向こうに着いてからにしようと思っている。


首には奴隷の証、主人の意に反すれば苦痛を与える首輪。


服装は・・・。


「あら、可愛い(・・・)じゃない。しっかりシスター?という感じね?」


暗赤色な髪に良く映える若草色の修道着(・・・)


頭の飾りから垂れる白いベールが、アクセントだ。肌の露出は極めて少ない。


それもその筈、彼はレグロ・アルタニク派の関係者に顔と姿格好を知られてしまっている。それも吸血鬼(・・・)という、魔族として。


この世界の宗教の殆どにも、修道士という名の身分・・・正確に言えば、それに相当する身分はある。


ただし、前世キリスト教その他のそれとは異なり、単に禁欲し、教義が云々と暮らすのでは無く・・・真人教内で様々な学問を志す者達を指している。


真人教には、禁欲という概念・・・勿論抑えるべきだとは教義に書いてはあるが、過度に禁じるという風潮は無いという。


それもその筈、教会という同じ空間で生活する修道士達は、実質学問と性遊戯程度しかやる事が無い。


貴族、富裕層向けの学校とは異なり、武術等身体を動かす授業は大抵行われて居らず、自分でやろうにも教会の敷地はそんなに大きく無く、休日に出来る所でやろう!と思ったとしても、其処は宗教家らしく、一定の時間帯には聖堂でお祈り等、儀式をしなければならない事から、時間も取れない。


要は娯楽に餓えている連中だ・・・ここに来る人間は皆そう裕福では無いが、勉強はしたいという・・・言ってみれば、彼等に守るべき血統や家柄は無いし、性行為に対するモラルも低い。


だったら、ヤるしか無いだろう?というのが教会内の現状・・・らしい。過ぎる様だと、当たり前の如く罰則がある様だが。


中には修道女と学生、夜は街頭で娼婦・・・と、二足どころか三足の草鞋を履き分けている猛者も居る・・・というのを、フェリアから聞いた。


フェリアは元々貴族から出家して入信した質かつ、凄まじい勢いで昇進し見事、枢機卿というトップクラスまで駆け上がったが為、そんな彼等と接する事は少なかった様だ・・・まあ、少しは彼女も遊んだ(・・・)様だが。


彼女の歳は、俺よりも16ほど上、つまり24歳だ。この世界での初性交年齢の平均を鑑みると、経験済みなのは順当な所・・・因みに、男女合わせて14程度らしい。参考までに。


・・・スィラ?人間の1.5倍程度の寿命があるのだから、多分結婚も・・・40歳前後でも問題無いのではないだろうか?・・・理想が異様に高そうだからして、多分売れ残るだろうが。


話が逸れた・・・何故彼がこんな格好、修道士は修道士でも、修道()の格好をしているかと言えば・・・端的に言うと、まさか魔族が真人教徒の格好などせんだろう?という話と、単純にデュースケルン真人教教会の司教が何故か仕事を放り出し、これからは投資で暮らしていく!!と老人の痴呆の様に事に決めてしまった為、突如売却された教会の中に余っていた物を・・・何故か俺が貰ってしまったからだ。他意は無い。


・・・普通は要らんだろう?十字架のネックレスだとか、デザイン重視のクソ使い難いペンだとかのガラクタ等・・・殆どは金物屋や雑貨屋に売り払った。


ツィーアとの挨拶と、無駄な回想はさて置き、そろそろ船に乗り込もう。


「次に会う時には、もっと可愛らしくなっているだろうさ・・・スィラも張り切って斬り込んだりするなよ?見るだけだからな?」


遣り取りを傍目から優しく微笑んで見ていた彼女に意識を振る。


スィラは何時も革製の被服を好む・・・最近は涼しくなって来た為、季節にはマッチしているが・・・偶にはもっと温かみのある、可愛らしい格好をすれば良いと思う。


「・・・言われんでも分かっている・・・私を何だと思っているのだ・・・」


口を尖らせ、耳をひょこひょこと跳ねさせる彼女がおかしくて、つい吹き出してしまった。


「ふふ・・・そろそろ出なければ、準備をしてくれている者に悪いだろう・・・もう行くよ」


タラップを駆け上がり、弩砲が備え付けられた甲板へ・・・目線は一気に高くなった。


舫が解かれ、錨が上がり、船がゆっくりと岸壁から離れる・・・。


ツィーア側も、見送りは終わったと引き上げる支度をしながらも、ツィーアは手を振ってくれていた。


・・・少し恥ずかしいとは思うが・・・手を振り返さないというのも悪い。


だが、大仰に振るのは小っ恥ずかしいので、その手の動きは如何しても小さくなる・・・が。


「そんなちっちゃく振っても見えねーぜ!お嬢ちゃん!」


何時の間にやら背後に迫っていた、体格の良い船員に手首を掴まれ、ブンブンと振らされてしまった・・・身体が浮き掛けているのだが、普通の女児にやると、それ、肩が外れるからな?


そんな呆れと気恥ずかしさ、別れを惜しむ気持ちと、この世で、いや、初めて木造船で出る外洋への不安が入り混じり・・・多分、俺の表情は滅茶苦茶に引き攣っていだだろう。


新暦1414年、9月中頃の事・・・予想以上に寒い船上に、もう少し厚着をして来れば良かった、と思いながらの出発であった。


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