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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第一章
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初雪の演舞

長い・・・気がします。

ケイト女史に連れられ、アリーナと呼ばれている施設に辿り着いた。何と言うか、中央に円形のフィールド、其れよりも一段高い位置から上は観客席のようだ。何処かで見た闘技場のような感じがする。いや、闘技場其の物か。無駄に広く、見上げる程連なった観客席には、今は誰も居ないようだった。


「此処がアリーナです。時折生徒同士の決闘会、魔術師達の模擬戦鑑賞会などが行われます」


決闘なんて物騒な物があるのか。いや、前世に於ける中世ヨーロッパでもそんな事があったということを習った気がする。ならば、文化レベルがその程度のこの世でも同じ用な事はあるのかもしれない、と独りでに納得する。

さて、問題は実技試験とやらだが、魔術制御なんたらだかと、体力測定だったか?

ケイト女史と俺以外に人が見当たらない点から考えると、やはりこの人が直々に試験を行うのだろうか。


「さて此処でちょっとした試験を受けて頂くわけですが」


ケイト女史が、背を向けたまま話し出す。勿体ぶってないで、出来れば早めに始めて欲しいところだ。かつての身体も今の身体も、体力に関してはかなりの自信が有るつもりなのだが、流石に半日もの間慣れない馬車に揺られた挙句、さらに其処から此処まで歩いて来た為か、若干の倦怠感がある。途中少しゴタゴタもあったからな。早く俺としてはゆっくりしたいのだ。


「魔術を何れ程制御し切れるか、そしてそのベースとなる身体は何れ程作られているかについて、それぞれ一定の種目をこなして貰うつもりでしたが」


いや、その種目とやらの説明を早くだね。


「・・・気が変わりました」


ん?規定の事はしないのか?規定が何なのかは知らないが。


「何をすれば良いのですか」


出来れば早めにお願いします。その意を込めて説明を催促した。

するとケイト女史は、漸く此方に振り返った。

其処で俺は、久々にぎょっとした。

先程の出来るキャリアウーマンと言える様な生真面目な風貌は鳴りを潜め、口元は釣り上がり、髪と対照的な碧眼は面白い物を見るかの如く細められている。俗に言う、好戦的な笑み、というヤツだ。

まさかとは思うが、もしかすると試験というのは・・・。


「私も久々に感じる、強者の雰囲気に少しばかり興奮させられてしまいましてね。此れでも私は元アリエテ王国軍魔術師の一柱・・・是非手合わせを願いたいものです」


ケイト女史は宣戦を布告(?)し、懐から短杖を抜き放った。











ツィーア・エル・アルタニクは昼間の騒動の後、学校に戻ってきていた。今日は休日であるが、明日からは平常通り、授業が組まれている為だ。ミムルが傷付けられてしまい、心中は決して穏やかでは無いものの、ただ部屋でグダグダしている訳にもいかないので、こうして何かするわけでも無く、校内を彷徨いている。

切断呪文を食らって負傷したミムルは、医務室に預けて来た。此れで心配は無い筈だ。

其れよりも現在、彼女の心中を乱し、思考の海に引き込まんとするのは、私とミムルを助けたあの少女の事だ。


陽光を照り返し、白く輝く銀糸の様な髪と、其れとは対照的な鮮血で染めた紅玉の様な瞳。


初対面から鮮烈な印象を与えて来た少女は、何も言わずに立ち去った。ツィーアはその前後に有った事と、露わになった少女の容姿に眼を奪われ、少しの間、動くことすらままならなかった。この国が保有している 神器の一つである、プラフィット。其れに依って予見された、世界を修羅の時代へと誘う人物。彼女としては完全な眉唾物の話として、吐き捨てていたのだった。しかし、彼女は其れと対面してしまった。其れ迄見たことが無い異様な容姿を見て先ず感じた事は、不気味さだった。顔の造形は美しい。神が居るとしたら、その神がこれでもかという程に手を掛けた様な美貌。普通の人間ならばただ見惚れるのみであろうが、ツィーアは鋭敏にその内なる本質の危険な香りをぼんやりとだが、嗅ぎ取っていた。理屈は説明出来ない。しかし、分かる。

今迄彼女は、様々な悪意と対峙してきた。明確な殺意を向けられた事もあった。男達の悪辣な劣情を向けられた事もあった。権力に群がるハイエナ共のドス黒い腹の探り合いを見てきた。僅か8歳にして貴族、引いては大人達の世界に放り込まれた少女は、能力という程の物では無いかも知れないが、自分にはある特性が備わっている事を知った。


相手の内なる悪意や本質を察知する能力。


ハッキリとは認識出来ない。しかし、相手がどのような意思を持って接して来ているか、何をして欲しいのか。其れが分かる。だからこそ、この若さ、いや、幼さで在りながら、他の貴族、役人らとも渡り合って来たのだ。そこにミムルの適切な補佐もあってのことであったが。

話を戻そう。例の銀髪の少女の事だ。結論から言えば、ツィーアにはその本質の一端も読み取ることは出来なかった。しかし、見えなくとも香った。それはまるで中が見えない箱の中から僅かに漏れ出す香の香りのように。此れが何の香りかは分からない。これ迄嗅いだ事のない香り。何かが焼け焦げる様な匂いに近いか。その匂いの正体は分からない、が、彼女の本能は危険だ、と告げていた。近づくな、関わるな、忘れろ、と。これ迄自分を生かしてきた本能が主張する。どうするも何もない。彼処で偶然会っただけの存在だ。自分の人生には関係ない話だ、斬り捨てようと思考する。

と、深く思考に浸かっていた意識は、アリーナのある方から重く響いた爆発音とビリビリと響く空気の振動によって中断させられた。

何やら面白そうな事が起こっているらしい。ふと周りを見ると、他の生徒も何があったのかとアリーナの方を見ている。頭を切り替えるには丁度良いかもしれない。そう思ったツィーアはアリーナの方へと足を運んだ。










「逃げていては勝利は掴めませんよ!『ドラゴンブレス』!!!」


ケイト女史は戦闘狂だった。初対面の印象な完全にぶっ壊された。誰だよ、ケイト女史の事をマジメなデキそうな秘書とか言った奴は。いや、キャリアウーマンだったか?どうでもいいか。ケイト女史は獰猛な笑みを浮かべながら、魔術で生み出した巨大な炎で縦に横に薙ぎ払って来る。その上、此方が攻撃レンジから逃げようと下がると、背後に火柱を上げて行く手を阻んで来る。更には俺の頭程の大きさがある爆発する火炎弾がポンポン飛んで来るのだ。普通は躱せない。普通じゃなくても躱せない。ならばどうするか。

躱せないなら迎撃してやれば良い。

ケイト女史の得意魔術は火の魔術らしい。母と同じ系統。しかし、攻撃の仕方が母より悪辣なのではないか。少しづつ逃げ道を潰すタイプのやり方だ。最初は単調な攻撃から、時間が経つに連れて、回避方法を潰されてゆく。が、それは飽くまで此方が攻撃を防げず、躱すしか無い場合の話だ。

ドラゴンブレスとかいう炎の奔流のような技は、脚力に物を言わせて回避し、火炎弾を中心に対魔障壁で弾く。対魔障壁は教科書にも載っているレベルの魔術だ。オーソドックスな対魔術防御法の一つで、術者が込める魔力量に依って性能を変化させる技。このような魔力量依存の術は俺には都合が良い。魔力量に優れる俺は、障壁を幾らでも硬く出来る為だ。が、疲れからか、思った以上に魔力を出力出来ない。というか出力調整が上手くいかないのだ。だからこうして回避防御に専念しながら、対魔障壁の出力調整と、相手の攻撃パターンを見切ろうとしているのだが、どうやらケイト女史はそれがお気に召さないらしい。俺になんとしてでも攻撃を通そうと躍起になっているようだ。それに、暑い。アリーナが火の海のような状態だ。火炎弾も火炎放射のような技も、直撃は貰ってはいないものの、近づくだけで熱い。髪の毛が熱で酷い事になりそうだ。というかそもそも、だ。ケイト女史が先程からぶっ放している魔術は明らかに真面に食らうと命が危なそうなのだが、仮にも子供と生徒だよな?少なくとも立場上は。

で、だ。この状況を乗り切るにはどうすれば良いか。それは勿論ケイト女史を倒す事なのだが、どうするべきか。まだ俺は寮の事も食事の事も制服の事も何も聞いていない故、この人にダウンされてしまっては困るのだが。

・・・其れをコノ人は分かっているのだろうか。


「随分と身軽なようですが、いつ迄躱し続けられますかね?『フレイムボール』!!」


・・・分かっていないな。でなければ、こんな真似はしていない筈だ。ケイト女史はそれはそれは楽しそうに火炎弾をぶちまけ、火炎放射を行っている。うわ、今掠った。服が焼けたらどうするんだ。此方とらこれしか服を持ってきていないんだぞ。さっさと終わらせよう。俺の服と髪が犠牲になる前に。

回避重視から、一挙に攻撃重視に行動を変更。外側から大きく孤を描きながら飛来する火炎弾を、更に相手側に踏み込む事で回避、目の前を覆う炎の嵐を、魔力を更に注ぎ込んだ対魔障壁で強引に防ぐ。熱い。しかしこれで相手は、自らが放つ炎で此方の姿が見えない筈。すると流石にケイト女史も気づいたのか、火炎弾を撃つ様子が無くなり、火炎放射の威力が強くなる。しかし残念ながら今更、だ。炎の嵐を無理矢理押し切り、さらに右前方に跳躍、炎の渦から飛び出す。これでケイト女史との距離は二間程。このまま飛び掛かり、取り押さえる寸法だ。


「っ...!?」


ケイト女史の顔が驚愕に染まる。此れならば反撃も貰わずにやれるか。

足が地に着いた瞬間、一気に脚に力を込め、前方に跳躍・・・


「ぅおっ!?」


しようとしたのだが、足下が滑った。確かに足下は平坦な石が敷かれており、さらに靴裏には前世の様な滑り止めも刻まれていない、何かの皮を張っただけの代物だ。その上俺の体重も軽い。どう考えても、地面との摩擦力は大きくは無いだろう。ちくしょう変な声が出てしまったじゃないか。ケイト女史ではないが、イメージが壊れるじゃないか。

それでもかなりの勢いで跳ぶ事には成功した。が、元々首元に組み付いて締め落とす積もりだったのだが、大きく体勢が崩れてしまった。お陰で、俺が跳んだ先は首では無く・・・


「うぶぉッッ!!!!??」


ケイト女史の土手っ腹。厳密に言うと、水月という急所、一般的に言えば鳩尾。其処に質量約30kgの重量のモノが十二分に高い運動エネルギーを以って突っ込んだ。頭から。逆の立場であったとしても、俺は決して貰いたくは無い一撃である。麗しき女性にあるまじき声が漏れてしまっても一体誰が責められようか。

俺の全体重の込もった一撃(?)を受けたケイト女史と絡まりながらゴロゴロと転がり、漸く止まった時には、既にケイト女史は伸びていた。一方、俺のこの身体は存外頑丈らしい。別に何処にも痛みは無かった。流石におかしいだろうと思い、身体中見てみたり、動かしてみたりすれども、何処にも異常は無い。全く不思議な事だ。

さて、コレをどうするか。俺は伸びてしまったケイト女史を眺めながら思考する。


「(・・・水でもぶっかけて叩き起こすか・・・)」


そうと決まればやることは一つ。


「だばー」


手から水を出す。それだけのこと。

原理は全く分からないのだが、水が手から流れ出る光景を幻視しながら、手に魔力を流す(此のイメージもほぼフィーリング)と、なんとも不思議な事に水が出る。魔素が魔力が云々だと勉強した記憶がある。

それは兎も角、ケイト女史の腑抜け面にたっぷり冷水を浴びせてやる。温度は極低温を意識している。凍る寸前の水。そんなモノを浴びたケイト女史はというと、鼻にでも水が入ってしまったのか、盛大に咳き込んで跳ね起きた。


「うぅ・・・ケホッ・・・」


ずぶ濡れになって咳き込む姿は、半刻前までの威厳の欠片も無かった。威厳って得難く失い易いのな。覚えておこう。


「大丈夫ですか?」


心なしか、何処か投げやりな、冷たい響きを伴ってしまった。仕方ないだろう。散々火炎を浴びせられて、髪の毛は熱で跳ね放題、今気づいたが、服の裾は若干焦げている。おまけにケイト女史が持っていた短杖が引っかかったのか、パンツの太ももの当たりが裂けていた。散々である。


「え、えぇ・・・大丈夫です、よ・・・?」


ケイト女史が若干後ずさった。高々八歳の女児に睨まれてるだけなのだがな。


「・・・見ての通り何方かのお陰で、この有様ですので少なくとも着替えたいのですが」


露骨な嫌みを交えつつ、ジト目で睨む。寮を早く教えてくれないかね。こちらとら疲れ切っているのだ。


「あー・・・取り敢えず寮の部屋の方に案内しますが・・・そのぅ・・・何と言いますか・・・」


突然矢鱈と歯切れが悪くなった。あとケイト女史よ、言い訳を考える時は黙って考えるべきだと思うぞ。俺は。


「・・・兎に角行きましょう」


部屋への案内を促す。


「・・・分かりました。行きましょうか」


ケイト女史は埃を払いながら立ち上がり、意識しなければ分からない程だが・・・身体をよろめかせながら歩き出す。結構来るだろうな。アレは。

そんなこんなで漸く寝床(?)に就けそうな俺であった。










「(校長が負けるってどういうことよソレ・・・)」


ツィーアは途中からとはいえ、今し方アリーナで行われていた戦闘を見て、混乱の極地にあった。校長といえば、元王国近衛魔術兵団のNo.3と名高く、この国有数魔術師だった筈だ。相手は、髪の色は異なるが、何処かで見たような小柄な少女。アリーナに入った時、客席の下は正に火の海だった。爆発するファイアボールが其処ら中に突き刺さり、校長の放つ爆炎が薙ぎ払われる。そしてその中で、マジックシールドだけで其れらを流しながら、まともに攻撃魔法を使わず、あまつさえ校長に勝利してしまった少女。攻撃らしい攻撃は全くしておらず、体当たりという極めて単純な攻撃・・・とも言えないような攻撃を行ったのみ。これで魔術も交えて闘えばどうなるのだろうか。

彼女らは、あたしが不覚にも呆然としている間に何処かに消えてしまった。

滅多な事では驚かないんだけどな、あたし。

それがまさか自失する程の驚きを経験するとは、中々今あったことながら信じられず、思わず苦笑する。


「ツィーア、何しているんだ?」


まただ。後ろから近づく気配すら気づけなかった。また深く思考し過ぎたらしい。


「アイクか」


後ろから話しかけて来たのは、アイクという男の子。あたしと同い年。

本名は、アイク・ベル・イオリアと言う。明るい茶髪とキリッとした翡翠色の目。なんでも中央の大物貴族の子息らしく、あらゆる動作に品がある。何故か交友があり、事あるごとに構ってくる。何故か。


「で、この惨状は誰の仕業?」


アリーナの中央を眺めながら言う。


「さっきまで校長と知らない子が模擬戦してたわよ」


別に隠し立てする必要も無い。

すると彼は案の定驚いた顔をする。その無駄に整った顔が崩れるのを見れたので少し気分が良い。


「誰だ?あの校長がアリーナをこんなにするまでやり合えるような人なんて」


知るか。こっちが知りたいわ。


「さあ?」


返答は当たり障り無く、だ。


「あたしは部屋に戻るわ。息抜きに出てきたけど、まだやる事も残ってるし」


そう言って踵を返す。


「あぁ、じゃあまた夕食の時」


アイクの其れに後ろ手に手を振って応える。

本当は気を紛らわす為に来たけど、まあ息抜きにはなったかもしれない。


ツィーアは少しすっきりした気持ちで寮に戻った。











ケイト・ヴァシリーは内心歯噛みしていた。

エリアスは予想以上に手強かったのだ。あの年齢にして、妙に状況判断が出来ている。身を覆い尽くさんばかりの炎と対しても、顔色一つ変えない。なんとかエリアスの力の一端を掴まんとしたものの、結局大した魔術も使わせる事も叶わず、その無表情から彼女の内面を推し量る事も出来なかった。エリアスは攻撃魔術を一切使わず、ほぼ体術で勝負してきた。


「(これは想像以上に厳しい・・・)」


入学試験で実力を計れなかった。こんな馬鹿な話は無い。


「(それに・・・)」


不覚にも一時気を失ってしまい、彼女に水を頭から掛けられて叩き起こされた。頭から水を浴びせられた事など、それこそ軍に入隊した時の訓練以来だったような気がする。そんな発想が出てくる所が意地悪いとうかなんというか。

起きた時、此方を見下ろす彼女の目は、ゾッとする程恐ろしかった。思わず後退りしてしまう程。


まるで感情がぽっかりと抜けてしまっているようだった。


硝子玉の様な赤い眼は、それはそれは不気味だった。校長室で初めて話した時から、感情を殆ど表に出さない子だとは思っていたが、試験の後の彼女の目は正に人形の様だった。これならばまだ、其処らの魔物共の方が感情表現が豊かだ。皮肉にも、その後の嫌みで、あぁこの子にも感情はあるんだなぁ、とは思ったのだが。


最初に垣間見えた感情表現が、嫌みというのは何とも言えないのであった。

初めて男キャラクターが出ました。


誤字脱字変な言い回しがございましたら、是非ご指摘ください。

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