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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
58/94

温度差

短めに、適当に区切ろうと思っていたらいつの間にか12000字を超えてる(戦慄)。


短くする計画早くも危ういです(かなしみ)。





あれから数日間、スィラはツィーアの護衛としてより気を引き締め、油断の一つも無く・・・あの日よりは数が減ったと雖も、それでも時折現れる刺客の手から彼女を守り通した。


俺はといえば、この四日間か。別に何をする訳でも無く・・・街をぶらついたり・・・ああ、一日だけ、ツィーアの護衛として行政府を訪れてみたりもした。


行政府はデュースケルン中心街に存在する、この街で最も広大かつ巨大な建物である。


この領地を維持する為のあらゆる組織の事務所が集められ、領主を頂点に数多の文官達が、日々書類と格闘したり、口論を交わしていたりする。


内装は意外にも質素堅実で、実用性を主眼に置いて造られた様だ。


ツィーアの執務室も然り、可愛らしい女の子女の子した物など一つも・・・いや、机の上に小さな縫いぐるみが一つあったな。それだけか。


デカイ執務机にちょこんと座る彼女は。なんとも垢抜けない・・・いや、顔だけ見れば真剣なのだが、どうもお飯事感が抜けないというか・・・。


手元を見る限り、仕事は早いし判断も間違ってはいないのだが。


「・・・そんなにジロジロ見て・・・どうしたの?」


きょとん、と首を傾げ、見上げて来る彼女。


「いや、何をしているのかと思ってな」


読んでいた書面の題を見ると・・・西方軍補充兵の再編計画、と。


「常にヤールーンと西方軍管区の古代兵器との小競り合いで、ほぼ唯一損耗してる軍団だからね・・・まあ、貧困層の男子には丁度良い働き口で、食い扶持減らし先って所よ」


そう吐き捨てる様に、冷たく言い放った。


若干冷めた紅茶に口を付け、一区切りして再び口を開く。


「次男、三男を軍に放り込んで生活を支えるしか無い貧困層が、この国には多過ぎるのよ。ある程度給金を貰って、その後死んでくれれば補償金が出てその家族は万々歳・・・そのお陰で経済は回っている様なもんだけど・・・そう長くは続かないわ」


ほう、それはまた?と相槌。


「そろそろ国や貴族達(あたしたち)の蓄えが尽きるからよ。出す金が無かったら給金も補償金も払えない・・・うちは港を持ってる分、入港税をガッツリ取ってるからまだマシだけど、他はもう限界なんじゃないかしら」


最悪・・・。


「このままだと全土で内乱か、没落貴族の大発生・・・それを避けるには・・・」


ぐい、とティーカップを一気に傾け、空になったそれを指で弄ぶ。


「外貨獲得、つまりは本格的な対外戦争、か」


正解、とカップをソーサーに乗せ、サラサラと書類に何事かを書き込む。


「この再編計画も直近の利益が出ない西方軍の補充兵を引き抜いて、一回"エアルゲ"に集める、っていう話なの」


エアルゲとは、デュースケルンより東南東に約300km、首都ストラスリオルの南方200kmに存在する大都市だ。


王国軍において第二の兵力を誇る、南方軍の最大拠点であり、かつての南方征討の際には司令部として活動した。


都市としての規模も、デュースケルンやタトラには及ばないものの、全土で五指に入る程の大きさという。


「なら、再び南方に攻め入るのか?」


南方は未開地域だ。小さな都市国家や、まだ見ぬ様々な人種が暮らす温暖な土地。


だが・・・。


「そんな不確実な所に大金はたいて突っ込んで行く程の馬鹿が王宮に居るのなら、私は明日にでもハノヴィアに亡命するわね」


コレは調略も兼ねていて、本来の目標は別にある、と。


「決まっているじゃない・・・」


そこで苦々しい顔をして、一つ溜息を吐く。


「・・・多分だけど、ヤールーンよ。賭けに出るのね」


準戦時下と公言しつつも平和に思えたこの国の国情は、俺が思っていた以上にきな臭い様だった。










と、回想はそこそこにして、現実に戻ろう。


今俺は藤色の髪を持つ機械の人間だったもの、メル・セトラと再会していた。


「お久しぶりです、エリアスさん」


ニコリ、と微笑んで見せた彼女は、一瞬別人に見えた。


「メルか・・・変わったな。まだ一週間も経っていないだろうに」


仕事が早いことだ、と改めて彼女を観察してみる。


まず何より表情がある。目まぐるしくコロコロと変わるその顔は見ていて飽きない・・・本当に、元は人間の少女なのだな、と改めて思う。それもかなり個性的な。


「はい、お陰様で気まぐれなのか優先的にして貰えまして・・・色々と改良されました」


声も変わった。金属質な不協和音が混じっていたそれも、自然な、若い・・・いや、少々見た目よりも若々しいというか・・・幼い?


「感圧センサーも追加しましたから、もう物を握り潰す事も無い・・・と思います」


「・・・いや、そこは断言するべきだろうが・・・」


それでも自信なさげなのは、少々アレだが。


立ったまま話すのも俺が疲れるので、適当な・・・上流階級向けの喫茶店を見つけて入る。


「どうせ何も飲み食い出来んだろうが、一応何か頼んでおけ・・・ああ、代金は私が持つぞ」


店に失礼だからだ。


「・・・昔は良く甘味も食べたんですけど・・・」


ウェイトレスにメルが頼んだのは紅茶と、ハスカップだか何だかのタルト・・・俺はラスクみたいなパン菓子と・・・黒香茶?というのが気になったので頼んでみた。


「・・・でも、本当にこの身体の事、分かっているんですね。何者なんです?創造主さんもすごく気にしてるみたいでしたよ?」


「創造主とやらが()かは知らんが、茶会(・・)に招待してくれるなら喜んで応じる、と伝えてくれ」


つまりは本人か出張って面と向かって話をしない限り、何か喋る気は無いという事。


「はぁ・・・あの方、私より交渉には向かないと思うのですけど・・・」


一足先に運ばれて来た飲み物・・・紅茶は兎も角・・・これは・・・。


湯気を僅かに立ち昇らせる真っ黒な液体。鼻腔を擽るこの香ばしい香りは・・・。


「・・・珈琲じゃないか」


「昨日から新しく仕入れたのですよ」


ふと顔を上げると、給仕の女が菓子を乗せた盆を手に、営業スマイルを浮かべて居た。


「良くお知りですね。本来、珈琲と呼ぶらしいのですが、こちらの人がそう聞いても何が何だか分からないと思いましたので、"黒香茶"という名で売り出したのですが・・・」


なるほどな。確かに珈琲と言われるよりも、香茶と言った方が分かり易いかも知れない・・・これは茶では無いがな


「いや、私もこちらに来て初めて飲んだよ・・・豆はどこで?」


ラスクもタルトも美味しそうだ・・・代金は推して測るべし・・・。


先払いに、チップも兼ねた銀貨を盆に乗せる。


「突然、南蛮の商人が売り込みに来たものですから・・・これは香りを飲む物だ、なんて触れ込みで」


金払いの良い客は好かれる。当然ながら聞いていない事までぺらぺらと喋ってくれた。


「・・・やはり上流階級向けですかね?」


「そうだな、誰も好き好んでこんな金額で苦い物を飲みたい庶民は無いだろうから・・・飲むと目が覚めて頭が良く回る様になる、という効果もあるから、役人向けかも知れんな」


「・・・カフェイン、っていう物の効果ですか?」


珈琲について検索したらしい、メルが話に入って来る。


「そうだ。ただ、摂り過ぎると何物でもそうだが毒だからな。程々に、と注釈が付く」


それも売り文句になりそうですね、と笑って彼女は自分の仕事に戻って行った。


「で?今日は何でこっちに?エルク方面に向かうのではなかったか?」


サクサクしたラスク・・・少しの砂糖とバターで味付けされていて、中々に美味・・・を食みつつ、雑談(本題)に入る。


「・・・エリアスさんは、比較的上流階級に俗してる子なんですよね?」


質問に質問で返すか・・・まあ、良い。結論を出す為に必要なのだと解釈しよう。


「そうだな・・・まあ、こんな金と時間が余っていなければ来れない様な所で時間潰しが出来る程度にはな」


瞬く間にラスクを食い尽くし、珈琲の入っていたカップを一息に空にする。


「でしたら、この街の領主さんだとかに顔、効いたりします?」


その一言にピタリ、と、皿を交換しようとしていた手が止まった。


「・・・もしや会談を?」


「いえいえ、会談という程ではありませんが・・・その・・・色々とお話しを・・・」


若干の黙考。カップと皿を入れ替え、紅茶とタルトが目の前に・・・。


「・・・そもそも、メルは今のデュースケルン(ここ)の領主が誰か知っているか?」


フォークでタルトを突くと・・・中から半透明な蜜が溢れた。蜂蜜か?


「ツィーア・エル・アルタニク伯爵ですよね?急逝された前領主さんの後を引き継いだ、世にも珍しい女性領主・・・と聞いていますけど・・・?」


それだけか、とカップを傾けて一息。


そういえば、俺たち以外に客が居ない・・・まあ、まだ午前中だからか。


「私と大体同年代の・・・まだ子供だよ。まあ・・・仕事は良く出来るがな」


タルトの最後の一欠片を口に放り込み、呼び鈴の木製の取っ手を手が勝手に摩る。


「・・・子供?同年代?・・・百歳くらい?」


ガタっと尻が椅子から滑り落ちるのを止めることは出来なかった。


派手に呼び鈴が鳴る。


「この身体のどこが百歳だッ!!!どう見てもッ!!少なくともお前より遥かに歳下であろうがッ!!!!」


周りの目を憚りつつも小さく怒鳴る。客は居ないが、店の迷惑になっては堪らない。


「えー・・・だって喋り方とか、人間として見るには到底・・・不死の魔族にしか感じられないといいますか・・・」


激流の如く噴き上がりかけた文句が喉元まで出かけたが・・・大きく深呼吸して抑え込む。・・・なんでコイツと喋っていると調子が狂うのだろうな?


「・・・兎に角、ツィーアは齢にしてまだ九つの少女だ。だが見た目に騙されるなよ?頭は相当切れるからな?」


取り敢えず話だけは通してやる。受けるかどうかはツィーア次第だが。


「兎に角、よろしくお願いしますね。・・・それで、エリアスさんも何か私に話したい事があるのでは?」


・・・やはり分かるか。


「当然ですよ。態々立ち話じゃなくて、こんなじっくり話を通そう(・・・・・)とする様な状況に持って来るんですから」


少々露骨過ぎたな。やはり俺はこういう人間の遣り取りには向かない・・・。


「・・・ああ、一つ頼み事をしようかと思ってな」


どうせ暇だろう?と。


呼び鈴を鳴らしてしまった所為で来てしまったウェイトレスに、ただ間違いでした、では申し訳ないので、紅茶のお代わりを注文する事にした。


紅茶はこちらに来てから良く飲むが、良し悪しなんぞ良く分からんから珈琲の方が良かったのでは?と頼んでから気付いてしまったが。


「・・・ある物が手に入れられないかと思ってな」


その名を伝えると、メルはその主との通信後・・・「考えておくそうです」と残して立ち去った。





「・・・エリアス」


メル・セトラを見送った俺は、再度運ばれて来た紅茶を手に椅子を揺らしていた。


「なんだ、ニーレイ?」


俺のシャツの第二ボタンを開け、頭だけ出した彼女に皿の端に残るタルトの欠片を差し出してみる。


「あ、美味し・・・じゃなくてさ!あの話はどうしたのさ!?」


あの話?はて、何の事だろうか。


「ひ・りゅ・う・の・ふ・く・ひ!!!飛龍の腹皮だよ忘れたの!?」


勿論、店員にバレない様に小声である・・・認識阻害の術はあくまで意識を逸らす物なので、自ら意識を引いてしまえば意味が無くなってしまう・・・。


「そういきり立つな。忘れてなどいないぞ?」


音一つ立てる事無く、カップをソーサーに乗せる。


「しっかり頼んだではないか」


その一言に、え?と首を傾げる彼女。


「・・・代用品だがな。それでも十分だと判断した」


まあ、どちらにしろ手に入れば、の話だが。


「・・・初の古代兵器どもと人間の交易になるかも知れないぞ?」


まさか、かつて人が創り出した機械達が一大勢力を築き、人間と対等かそれ以上の、一種の種族と化しているなどと誰が想像するだろうか。


尤も・・・。


「・・・いくら発達しているとはいえ、所詮蓄積データとしての知能しか持たん連中が、真面な交渉など出来るのか・・・甚だ疑問ではあるがな」


多分、一方的に要求を突き付けるか・・・一方的に要求を呑むことになるか・・・。


「基本的に0と1しかないからな、あいつらには」


茶の残りを一気に嚥下し、席を立つ。


「さて・・・ツィーアも大変だ」


一体何の事だか分からない、とぼうっとした顔を晒すニーレイの頭を指先で撫でつつ、少し陰鬱な曇り空の街に出る。


「まあ・・・アレ(メル)以外の機械と話せば分かるさ」










エリアスと別れたメル・セトラは、裏路地に入るや否や・・・着ていた服を下着を残して全て脱ぎ去り、手頃な運河に飛び込む。


人間の見た目だが、鋼で出来た身体は非常に重く、水中に完全に沈み込み・・・その底を歩くことが出来る。


服は持っていた防水性のバッグに詰めている。濡れたら乾かす手間が発生してしまうからだ。


ほぼ唯一の生体である脳を動かす為の酸素は常に必要だが、三十分から一時間程度なら内蔵酸素がある為、呼吸も必要無い。一度も浮上する事も無く小運河を進み、大河川・・・レーヴェ川へと出る。


水の流れがあるので、案外速度は速い。そのまま更にレーヴェ川を下った。


整備された港地帯を抜け、湿地帯に入る境目辺り・・・一度浮上し、草木で偽装した、小さな水路に入る。


そこに隠してあったのは・・・。


「・・・よっこらせ、っと」


全長九メートル、直径六十一センチの巨大な流線型の金属筒。


見る者が見ればその正体には容易に気が付く・・・。


ホップアップ式の取っ手に捕まって跨り、片手を開けた小さなハッチの中に突っ込む。


「・・・誰も居ませんよね?」


きょろきょろと辺りを見渡し・・・人気が無い事を確認し、エンジンキーを回す。


鉄筒から甲高い駆動音が発され、後部からゴボゴボと気泡が立った。


最初にコレを見せられた時は言葉が出なかった。


帆も無く、オールで漕ぐ事も無く、途轍もない速度で海上、更には海中まで駆けるこの舟は、何だか想像の範疇を超えすぎていて、現実とは思えなかった。


水中最高速度60kt・・・約111km/hにもなるこれは、元はと言えば往年の海中対艦攻撃兵器、魚雷である。


電動推進器とバッテリーの他に、本来であれば弾頭重量454kgもの高性能炸薬と音響、磁気、航跡に存在する気泡を探知する誘導システムを搭載する物であるが、コレはその部分にバッテリーを増設し、手動、もしくは・・・今の様にヒューマノイド専用のアタッチメントからの操作を可能とするユニットが搭載されている。


酸素が十分補充された事を確認すると、直ちに潜行。湿地帯を一気に抜け、外海へ。


途中で何度か呼吸を挟みつつ、外海を沿岸沿いに海中を最大船速で進むこと四時間弱。旧フランス領、ディエップ港へと辿り着く。


ディエップ港は、元は漁港であったが・・・今では一切の人気は無く・・・機械達の領域と化していた。


街並みなどは一切残っておらず、辛うじて道があったと思われる場所に雑草が少ない様に見えるのみ。


しかし、ここはレヴェンガ攻撃ヘリの巡回地域であり、通常の人々は一切近付く事は出来ない。


もし仮に入ったとしても、少し道を外れると地雷だらけで、まともに歩く事は出来ず・・・稜線の陰に潜む自走沿岸砲システムに見つかれば、たちまち口径五インチの榴弾が、そこら中から雨霰と降り注ぐ事となるだろう。


頭上を通過しかけたレヴェンガに通信を送ると、了解、の返答後、ヘリは進路を変えこちらに向かって来る。


・・・最初は飛龍をも超える巨体が独特の羽音を立てながら、時速数百キロで迫って来る事に恐怖した物だが・・・それも何度か経験すると慣れる。


その時は、人の脳には慣れという便利な機能がある事に感謝した。


因みにレヴェンガは態々止まってくれる訳では無い。高度僅か二メートル、そんな超低空飛行で上空をフライトパスするのみ。


その通り過ぎる瞬間に脚を出すから、それに掴まれ、という事である。


これも最初は無茶苦茶怖かったし、何度も失敗して、レヴェンガのAIから、「下手くそ」と有難いメッセージを戴いた事もあるメルであったが、今では・・・。


「よっ、と」


軽く飛んで寸分違わず、着陸脚をがっちりと掴まえる事が出来る。


その後は旧パリ市街地までの空の旅・・・ぶら下がったまま。これはまだ怖い。


空から見る機械達の領域は、一部拠点となっている大都市を除き、殆どが原野のままだ。


かつて街々があったであろう場所は朽ち果て、木が少ない野原に。


道があったらしい部分は僅かに茂みが薄く、場所によっては戦車や装輪車両が通った轍が刻まれている。


暫く飛ぶと・・・未だ原型を留める高層ビルの残骸が建ち並ぶ、旧パリ市街地が見えて来る。


何故これらが劣化しつつも残っているかと言うと、それは勿論、機械達が必要な部分に限るが、補修し維持し続けているからだ。


基本的に上部は要らないからして朽ち果てるのみだが、下部やその地下は大切な彼等の鋼で出来た身体を雨風から護る格納庫だ。増設した受電機から電力供給を受ける補給基地でもある。


また、銃砲弾、装薬、少量だが化学薬品などを製造するプラントまで設営されており、一つの街が丸々兵器軍を維持運用する工廠の役割も担っている。こうした急造とはいえ、生産拠点がある古代遺跡・・・都市跡は非常に少なく、かつて大都市であった場所、このヨーロッパでは旧パリを含め、あと二箇所程度しか存在しない。


以前はそれ以外の都市に存在した機械兵が整備補給に自分の配備地域と大都市を行き来したものだが、自分が創造主と呼ぶ・・・数年前に目覚めた彼女(・・)が統制する様になってからは、それらの煩雑かつ無駄な行軍を避ける為、辺境の拠点は全て放棄され、そこに居た機械達及び物資類は皆各大都市に集められた。


だが・・・最近大きな問題が発生しているのだ。


レヴェンガが「着いた」とメッセージを送って来た。


着陸するのは、大きな円形の舗装された広場。数機のレヴェンガが電源ケーブルに繋がれ、今も補給作業が行われている。


「ありがとうございました、リーちゃん(・・・・・)


因みにこのリーちゃんというのは、メルの独自呼称であって、公式の名前では無い。


だが、本来の名前である筈の六桁の製造番号は覚えにくいから、という理由で適当に付けただけ。


リーちゃんと呼ばれたレヴェンガ攻撃ヘリは、特に何も答える事も無く、慣性でローターを回転させながらエンジンを停止させた。


その瞬間、ガシャガシャガシャ、と金属音を立てて現れる・・・四足歩行の鉄の虫の様な物。


壁の切れ目や瓦礫の影に隠れていたそれは・・・機械兵達を支える大切な支援要員。


尖った爪の様な四本の脚に、二本のロボットアーム。体長は一メートルくらいのそれは、壁から飛び出た電源ケーブルを背負って駆け寄って来る。


それを感知したリーちゃんが給電口のハッチを開くと・・・その一匹はアームを伸ばしてケーブルをそこに挿し込む。


ちょっと最近愛着が湧いて来たそれらは、名を《クラセクト》と言う。


この様に補給、整備作業を行うメカニック・ロボットで、こいつらが居なければたちまち機械兵達は動けなくなってしまうだろう、と言われる程に重要な機械。


数も少なく、機械達が最優先で秘匿している物であり、人間やその他人族がまだ発見していない物の一つである。


寄って来た《クラセクト》が、足元でモジモジとアームを小刻みに動かす。


なんだかその動作が可愛らしくて、思わずそのつるりとした上面を撫でてしまう・・・。


・・・向こうは何も感じないだろうけれど。


撫でるのもそこそこに歩き出し、地下へと続く階段を降りる。


既に歩き慣れたそこを、時々ぽけーっと停止しているインヴェイダー装甲車を見送りつつ・・・目的地へ。


暗い地下から、地下なのに明るい開けた空間。上を仰ぎ見れば、割れたガラスと格子状の支柱の向こうに空が見える。


「・・・予定帰投時刻より四時間二十四分三秒三早い。それが原因でレヴェンガ113852の巡回に支障が出た」


「・・・すみません、U(ユー)さん」


待っていたのは・・・真っ白な天使・・・に見える人(?)。


真っ白な髪に肌、紅玉の様な瞳。


人間離れしたその容姿は、かつて古代の人々が作ったと分かっていても尚、ほう、と至高の芸術品を見る様な感嘆の念を抱かせる。


因みにUという呼び方は・・・話す上で一々"創造主さん"と呼ぶのは非効率的とした彼女によって指定された、メル専用の呼び方である。


「・・・別にそう大きな問題ではありませんが。・・・報告を」


ここでの報告は言葉を交わす事では無い・・・データとしての報告書を送信するだけの作業である。


別にコレに関してはデュースケルンに居ても出来るのだが・・・それはメル・セトラの持つバッテリーがそろそろ空になりそうな為、補給も兼ねて帰投する必要があった為、電力の節約も兼ねての事だ。


「・・・エリアス・スチャルトナ経由で向こうの権力者とのコンタクトが取れるかも知れない、と・・・」


向こうが報告を参照している間、メルは専用の椅子に身体を沈め・・・ワイヤレスで充電を始める。


自前で核融合炉を持つUとは異なり、メルの動力源は全身の皮下に搭載されたバッテリーである。


全力稼働で三日、節約し続ければ最大十日程度なら連続で活動する事が出来る。


逆に言えば、大体一週間に一度はこちらに戻って来なければならないのだ。


「・・・それから・・・要求された物、少量ならば構いませんから、何らかの取引の手札にします」


おまけに、このHTGPWASの身体を扱う設備がある拠点は、ここにしか存在しない。


つまりはこの旧パリ市街から距離にして三日を超えてしまう場所には行けないのだ。


現地で滞在して何をするか、という事を考えても、最大二日程度の距離、可能ならば数時間で帰って来れる場所が望ましい。


これが、メルがブレームノに行くことが出来ず、デュースケルンから離れる事が出来ない理由である。


「・・・戻ったらすぐに再度エリアス・スチャルトナに接触、続報を」


「・・・はい」


体格ではどう見ても少し年下。しかし・・・彼女は途轍もない能力を持つ、かつての古代人が創り上げたそれらの中でも、最も凶悪な兵器。


「迅速にお願いします」


顔色一つ変えず・・・空中に突如浮き上がった光の膜・・・ホログラフィック・ディスプレイというらしい・・・を思考のみで操作し始める。


充電している間は退屈である。


このリクライニング・チェアー状の充電器から数時間は動くことが出来ない。


目の前にUがいるのだから、雑談でもすれば良いと思うかも知れない。最初はそう思った。


しかし生憎、彼女は・・・あまり話を好む質では無かった。


前に話し掛けた時は、「電力の無駄」と切り捨てられてしまった。


「黙っていれば・・・いえ、脳の休息の為寝ていれば良いでしょう。生体にはこまめな休息が必要です」


つまるところ、「黙って寝てろ」、と。


そんなぶっきらぼうな創造主ことU・・・ふと、その容貌がエリアス・スチャルトナと重なる。


見え隠れする高圧的な態度。


何より、何だか似ているのだ、雰囲気が。


どこかどう似てるとは詳しく説明は出来ないが・・・勘である。


「・・・?」


じっと見られていた事を訝しく思ったのか、怪訝な眼差しを片目だけ向けてくるU。


なんでもないですよ、とメッセージを送りつつ、眠りに就く為意識を遠のかせる。


ぼうっと眺める、人間が住むには寒すぎるこの廃墟。


かつては庭園だったらしい、この広場。


花でも植えればまだマシな空間になるだろうか。


だがそれでも、Uやその他機械達はそれらは無駄と断じて気にもせず踏み躙る事になるだろう。


そう、無駄。


人間には無駄という物が必要なんだなぁ、と悟ってしまった。


今度、本でもどこかから借りて来ようか、買って来ようか・・・。


・・・向こうのお金なんて殆ど持ってないけど。


どうにかして稼がないとなぁ、と、視界から外界を閉め出すのであった。










「・・・古代兵器陣営との会談、ね」


夜の帳が下りた街の光を背に、薄手のベビードール姿の薄茶髪の少女を見下ろす銀髪の少女。


このベビードールは決して性的な物を思わせる物では無く、純粋な寝巻きとしての、下着としての物である。


「やはり大事になるか?」


うつ伏せに寝転がり、パタパタと白く細い脚をバタつかせるツィーアの首筋を、それ以上に淡白いエリアスの指が撫でる。


「当然でしょう?前代未聞過ぎて、(あたし)だって何からしたら良いか分からないわよ、ッつぅ・・・!」


「吃驚する程凝っているな・・・時々でも良いから伸ばした方が良いぞ?」


そう、現在、俺はツィーアの居室で彼女にマッサージを施している最中なのである。


「・・・このクソ忙しい時に、良くもまあ、これまた厄介極まる案件が来たわね・・・うひッ!?」


この一週間、机ばかり見て作業していたツィーアの首は大変な状態になっていた。


「成長期なのだから・・・あまり根を詰めるなよ?身体を壊してはその後の用事が滞るだろう?」


コリコリとした感触の筋を皮下で転がしつつ、痛みに跳ねた事で掛かった絹糸の様な髪を除ける。


あまり長くは無い髪だが、その艶やかさは・・・触っていて癖になりそうだ。


「そういえばツィーアは頻繁に髪を切るな・・・伸ばしたく無い理由でもあるのか?」


そう、ツィーアは本当に、かなり頻繁に髪を切る。


ミムルにいつもやらせているのだが・・・散髪技術が高いのか、いつも同じ様な、ショート・ヘアーを維持しているのだ。


「え?だって邪魔でしょう?・・・匂いも強くなるから香水の量も増えるから無駄だし・・・」


まあ、確かにそうなのだが・・・ツィーアはもう少し髪が長い方が似合う気がする。


この時代、確かに髪が長いと手入れが大変な事極まりない。


毎日風呂に入る習慣は無く、基本どんな綺麗好きでも髪を洗うのは週に一度くらい、それでも濡れタオルで拭くか・・・後は臭いを香水で誤魔化し、フケを払うくらいしかしない。水浴びだって、本当に一部の人がたまにする程度なのだ。


俺はそれが堪らなく嫌だったから毎日朝早くに水場に赴き、高い石鹸を買って頭と顔を洗い・・・身体は・・・こっちに来てからは一回くらいしか水浴びはしていないな。毎日拭く事は欠かしていないが。


それだってかなり面倒くさいといえば面倒だ。俺だってそんなに長くしてはいないとはいえ、量はかなり多いので・・・洗って乾かして、香油を付けて・・・とすると簡単に三十分近くそれだけで取られる。


「いや、少しくらい伸ばした方が可愛いのではないかと思っただけだよ」


それを聞いた彼女がビクリ、と痛みとは別の何かに肩を跳ねさせたが・・・顔が見えないからして、何を考えているのかは分からない。


「・・・やっぱり、あんまり女らしくないのかしら・・・私・・・」


うつ伏せに寝転がっても、マットに付くかどうか微妙な程度の長さの髪を、気にした様に弄り出す。


・・・気にしていたのだろうか。


女らしさ。仕事に生きる女はこの様な悩みに直面する事がしばしばあると聞いたことがある。


確かに機能性のみを主眼に置いた生活というのは、実に潤いが無い。


潤いの枯渇は人間の持つ魅力を消費する事に繋がる。


女であれば肌の艶、髪の潤い、乳房の不発達・・・更に内面的な問題に言及すれば生理不順など。


だが、見てみる限りツィーアにそれは当てはまらない様に見える。


肌はすべすべのつやつや。撫でればそれは至福の感触・・・。


髪はふわりと柔らかで、指を通せば引っかかりなど一つも感じられない。


というか、こんな歳から見た目に出る程過労が溜まっていたらそれはそれで大事だと思うのだが。


「何を言う・・・ツィーアは十分今でも魅力的だ」


色気は年齢的に期待出来ないだろうが。


そんな事を思ってしまったのが伝わったのか、彼女の翡翠色の大きな瞳に、肩越しにじとりと睨まれた。


「嘘ではないぞ?・・・ほら、こんなにも良い匂いがする・・・」


徐にツィーアの髪に鼻を近付け、すんすんと鳴らしてみる。女の子らしいが・・・少し汗と皮脂の匂いが混じった、甘酸っぱい香りがした。


「あっ、きゃっ!?え、エリィ!?あたし今日は身体拭いてないからダメ・・・」


「それは・・・」


肩を掴んで身体を一気に裏返す。


俺の視線と彼女の視線が・・・鼻が付く様な距離で交錯した。


「・・・私が決める事だ」


頬を真っ赤に染め、目を見開くその幼い美貌の額に・・・そのまま唇を落とす。


静寂な夜の部屋に響く、小さな水音。


艶かしく、淫靡な空気が流れた。


そんな雰囲気に上気した表情を見せるツィーア。


何だか・・・とても悪い、非合法的な事をしている様な背徳勘があった。


・・・この空気に、先に根負けしてしまったのは俺の方だ。


「・・・兎に角、ツィーアは十分魅力的で将来有望なのだから・・・そう卑下するな。自信を持て」


小さく咳払いし、身体を起こす・・・はだけたベビードールの前掛けの隙間から、柔らかな腹が覗いた。


そんな情景に今度生唾を飲み込む事になったのは、俺。


相手は九歳の子供。そう分かってはいても・・・視線を引き剥がすことが叶わない程、乱れ、ほんのり赤みを帯びたツィーアの姿は扇情的で・・・。


黙ってしまった俺の心情を読み取ってしまったらしい彼女は・・・反撃に出た。


上体を跳ね上げ、俺の首にその細腕を回し、ベッドに引き摺り込んだ。


「・・・離さないから」


朝まで、とその薄紅色の唇にやりと三日月型に吊り上げた。


離さない、と言っても高々少女の腕力。力任せに抜け出す事など容易い。


だが・・・そんな無粋な事をする意味など、どこにあるだろうか?


「甘えさせて」


胸板に顔を付け、すぅっと大きく深呼吸。


「・・・気が済むまで付き合おう」


今日は真面に寝ることは出来なさそうだ、と苦笑い・・・と漏れ出た役得の含み笑いが混じって、恐らく人様には到底見せられないこの顔を、ツィーアに気付かれない為、気を遣う事に腐心する羽目になった。





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