ハウンド・ドッグ
俺はどちらかというと、どんなによく出来た機械だろうが、道具は道具である、というスタンスを取る人間だ。
かつて一緒に居たこともある、最も人間に近いと言われる物、HTPGWASAという名のヒューマノイド。
アレも最後まで生き物扱いはしなかったし、道具としてかなり酷使した。兵器に感情移入して良いことは無いと思っていたし、何より不気味で気持ち悪い存在だったな、と今更ながら回想する。
今はどうにも思わない。多分、人間と殆ど変わらない見た目のくせに、圧倒的に人間よりも優秀で、尚且つ悪魔的な能力を持っていたからかも知れない。
今となっては、俺自身が人外じみた存在になってしまったからな。
何より考えさせられたのは、メル・セトラの存在だ。
人間から身体のほぼ全てを機械にしてしまった存在。
それは果たして人なのか、否か。
生きているのは脳神経系のみ、それ以外は全て合金製の人工物という彼女。
あれだけ個性的な性格の持ち主だ。少なくとも人工的に手を加えられ、人好みに仕立て上げられたデータだけの存在では無かったと思う。いや、あれが本来の人格なのだろう。
こういう、主観からしか語ることの出来ない倫理的な問題というのは苦手だ。
あの様な存在にも人権を、だとか、その手の文句は飽きる程耳にしたが、結局のところ機械は機械。人工物は人工物・・・いくらでも同じ様な物が、言うならば好きなだけ作り出す事が出来るそれに人権が与えられるのなら、それこそ悪用が効き過ぎて社会が駄目になるだろう。
それに保険金を掛けて車に飛び込ませてその相手から和解金を毟り取る、だとか。選挙で全員ある一定の党に投票する様にプログラムする、だとか。
人工の人格というのは不遇な物だ。
造られ、人と大して変わらない感情を持ち、それでも尚人として扱われない奴隷の様な存在。
彼等に、彼女らには人間はどの様な存在に見えていただろうか。
プログラムの設定上、マスターとなった人間を傷付ける事は出来ないし、逆らう事も出来ない。
ならばその感傷が向くのは己自身。
生まれを後悔するしか無い。そんな彼等は堪らなく、哀れだと思う。
人の世界で生活する為、金策が必要だー、と頭を抱えていたメルと別れた後、本来の目的のアレをどうしようか、と俺も頭を抱える事となる。
「飛龍の腹皮ィ・・・」
「何か怨念が漏れてるよ・・・」
これ、もう自分で取りに行くしか無いのでは?と半ば諦めの境地である。
「どうする?飛龍、ぶっ殺しに行くか?」
「・・・ギルドに許可を貰わないと、密猟者になっちゃうからね?」
スィラにでも頼むかぁ、いやしかしツィーアの護衛が・・・と悩む。と、そこで思い付く。
「メルを使う?」
「そうだ。金なら出せるからな」
多分一度どこか工房に戻り、改修を受けてから戻って来るのだろうが、その時にでも頼んでみようか。
兎に角その話題はそれで一先ず保留。
「今日はもう予定は?」
既に天頂を過ぎ、傾こうとしている陽を見る。
「差し迫った物は飛龍の腹皮ぐらいしか無いからな・・・はぁ・・・」
ほぼ完全に無駄足を踏んだというのが、地味に心身に来ていた。
「何か気晴らしになる物でも無いかね」
と、ニーレイに振ってみるも・・・。
「少なくともエリアスが喜ぶと確信出来る様な事に心当たりは無いね」
という事は、だ。
「お前が面白いと思う事はあるのか」
ぴょこん、と彼女が襟から頭を出すと、その顔は俺からは逆さに見える。
「まあね」
そのまま笑うと・・・どこか狂気を感じるというか、何と言うか・・・。
危険を察知する方法は何も眼だけでは無い。耳も、鼻も、そして肌を撫でる空気すら、己の周りの状況の変化を感知する指標となる。
耳は踏み込む様な異質な足音、吊るされた剣の金具がぶつかり合う音、矢柄の中で暴れる矢の音、そして・・・。
「・・・左手六十メートル、宿場二階の窓」
・・・弓弦が引き絞られる音。
スィラが呟くと同時に、ミムルが他の護衛に下命、指定されたポイントを制圧しに動き出す。
その動きに勘付いたのか、一つタイミングを早めて放たれる矢。
が、そこらの緩い弓から放たれた矢、スィラから見れば止まっているに等しい。
「ふんっ」
彼女の手先が霞の如く揺らいだと思った次の瞬間、その手は飛来した矢の柄を掴み取っていた。
「・・・ひっ!」
気付かぬ間に目の前に迫っていた矢に、護衛対象であるツィーア嬢が小さく呻く。
「あと三十センチでザックリでしたね」
穏やかな笑みを浮かべつつ、矢を握り折るという乱暴極まる事をし始めるスィラに、はぁ、と一つ嘆息するツィーア。
「スィラ・・・態とやってないかしら、ソレ」
が、ツィーア嬢も本気で怖がっている様子は無く、どこか呆れた調子が声に混じる。
「まさか。もしツィーア嬢に何かあれば、私もただでは済みませんから」
戯けつつも溢れる、スィラの絶対強者足る自信が、ツィーアを勇気付けているからだ。
彼女に守っていて貰えば大丈夫、その安心感は計り知れない。それもこれも、これまでの頼りない護衛の所為と言われれば、今刺客を捕縛して戻って来た彼等はどんな顔をするだろうか。
「さて・・・家に着くまでにあと何人来るかな?」
朝、アルタニク家を出てからというものの、襲撃が今のを含め四回、行きに三回だから・・・帰りもあと二回は来るだろうか?と言うと、またツィーアは渋い顔をする。
「・・・よろしく頼むわね・・・」
ええ、と言葉だけは丁寧に・・・内は好戦的に。
そう、まだまともに闘ってないのだ。
少々欲求不満なのだ。少しくらい遊んでもいいだろうと思う。
「勿論、真剣に対応させて貰いますよ?」
そうして、緊張感がある様な、無い様な帰路を進むこと数分の事。船上は退屈で、手が勝手に腰から銃を抜いて弄び始める。
街中で銃を使うことは難しい。
ただ敵を見つけて撃てば良いという物ではない。射線を常に意識し、味方、市民の位置を考え、絶対に誤射しない様、常に気を遣わなければならない。
そもそも、今の味方である護衛兵は銃を使った戦闘どころか、その存在すら知っているか怪しい者どもだ。下手に射線に被って来て、間違って頭や手足を吹っ飛ばす様な事になりかねない。
実際、今の今までやった事はツィーア嬢の防護のみ。ナイフすら使っていない。
まあ、ナイフを使うとなると船の上まで侵入を許すという事なので・・・そこまで追い詰められる様な事はあってはならないのだが・・・。
一々下手人を潰して回っているので、ひたすら時間が掛かる。一回一回接舷し、捕縛した者は船倉に放り込む。
殺さないのは、後で真の首謀者を見つけるのに使うからだ。死人は喋れないし、拠点にも帰れないのである。
「二度と弓引いたり刃向かったり出来ない様、腕は斬り落としますけどね」
とはミムルの一言。
基本的に罪人には裁判も無ければ抑留される事も無い。
盗みなどをしてその場で捕まれば、ぶん殴られるか身包み剥がされるか、理性的な店主ならば改めて金を要求されるだろう。
殺人犯や強盗犯が捕まると、良くてその場でリンチ、悪いと即撥ねられたりする。
これはあくまで庶民一般の間の出来事であり、基本的に訴え・・・下手人でも被害者でも相応の金品を伴えば大抵受け入れられる・・・が無い限り行政、つまりは貴族などの支配階級は動かない。
あまりにその治安に大きな影響を与える様な事件ともなれば別だろうが。
少なくとも小規模な個人間の紛争は、それぞれの当事者間のどうこうで片付けられるべき、というのが、この世の一般常識だ。
では、支配者が事件の当事者となった場合、どうなるか。
これは簡単な事で、どちらが悪かろうが、支配者の気分一つで変化する。
今回のツィーアを狙った襲撃者達はまだ幸運だろう。手は失う事になろうとも、命は兎に角助かったのだから。
中には愉快な趣味の持ち主も居て、そんな者に関わった暁には、刑罰という大義名分の元、それはそれは過酷な結末が待っているだろう。
「少なくとも、私には人をオモチャにする様な酔狂な趣味は無いわね」
というツィーアはなんと善良な領主である事か・・・。
どこかで水色の頭をした、エリアスと同い年の少女がくしゃみをしていそうだ。
「このまま、何事も無ければそれが一番いいのだけれど・・・」
と、そうはいかないのが世の悲しい所・・・。
前方からすれ違う様に近付く一艘の舟。
俄かに違和感を感じたスィラが、傍目にはそうは見えずとも身構える。
「・・・来る」
ポツリと呟いた一言は、舟がすれ違う瞬間に蹴破られた木の戸の破砕音に掻き消された。
すれ違おうとした舟の船室から飛び出して来たのは・・・武装した豚人の群。
どう見ても野生からそのまま来た物では無く、武器も、防具も、全て新品の物を携えている。
基本、《オーク》どもはこんな隠れてタイミングを見計らいつつ襲い掛かる様な、器用な真似をする種族では無い。力と、多少の武技を武器にして突っ込んで来る事しか能が無い脳筋だ。
数は五匹。大した問題では無い。
浮き足立った護衛の頭上を一っ飛び、《オーク》の一匹の直上を取る。
雷光の如く奔る刃。
太腿から抜き放ち、そこから一動作で振られた短刀は、寸分違わず豚人の頸動脈から脊髄の一部を掻き切っていた。
「のろまが」
迸る鮮血をも置き去りにし、力が抜け膝を突く《オーク》の肩を足場に再度跳躍。手先が閃くと同時に轟いた突発音と共に、豚の胸部が踏み潰したトマトの如く弾ける。
四発。落下しながら腕を大きく振り抜く様に流し撃ちを極めたスィラは、再び《オーク》どもが乗っていた血の舟の縁を蹴り、ツィーアの目の前に降り立った。
「ア"・・・ァァ」
まだ息のある豚を認め、鼻息一つと共に放たれる突発音。
肉が潰れる粘着質の音が一同の鼓膜を打つと、呻き声は聞こえなくなった。
「・・・便利だな、これは」
返り血一滴すら浴びなかったスィラが、どこか唖然とする護衛兵の前で拳銃のシリンダーを降り出し、悠々と弾込めを始める。
「・・・うっさいのが傷だけど」
滅茶苦茶嫌そうな顔をして、《オーク》の残骸から視線を引き剥がして言ったツィーアに、ミムルがふむ、と何やら考え出す。
「・・・私達の私兵にも使えるでしょうか・・・」
弾を込め終わったスィラが、ホルスターにそれを突っ込みつつ、口の端を吊り上げる。
「メアリーに聞いてみるといい。大量受注に喜ぶか、面倒くさいと投げ出すかの二択だろうがな」
違いないわね、とはツィーアの相槌。
「十中八九後者ね」
カラカラカラ、と別に意識せずシリンダーを回すスィラと、一応は護身用にと持っている散弾銃を摩るツィーア。
出番、中々無いなぁ、と物騒な事を言い出す彼女に、ミムルと兵達が生暖かい様な、苦虫を噛み潰した様な微妙な顔をする。
束の間の和やか(?)な雰囲気。
そう、この瞬間、誰もが一瞬気を抜いてしまっていた。
本命は常に確実を期す。
それはずっと機会を伺っていた。
一瞬足りとも付かず離れず・・・絶好の位置を取り続けて。
剣の柄を握る。これまでならそれだけの動作で、この黒い獣人、スィラ・レフレクスの注意を引いてしまっていただろう。
微かな擦過音と共に抜刀。この後に及んでもまだ気付かず、談笑に興じる間抜け共。
高々九歳の女児を殺すのには、頭を叩き割ってやるだけで十分。ここには水系統の魔術師も居ないから、治療される様な事も無い。
気配を殺し、勘付かれない様距離を詰める。
今日、この瞬間の為に数多の下拵えを積んで来た。
アルタニク家の私兵に混じる事は簡単。しかし、そこから適度に頭角を示し、ツィーア・エル・アルタニクの護衛に抜擢されるのは並大抵の事では無い。
実力もそうだが、何より見られるのは素行と私生活。品行方正、清廉潔白を装うのが一番の苦労だった。
支配者は用心深いのだ。そうでなくてはならない。
一歩、また一歩と踏み出し・・・遂に刃の加害半径へ・・・。
風切り音も立てず振りかぶられた刃。しかし、終ぞ誰もが、最後の最後、振り下ろし始めるまで気付かなかった。
驚愕に顔を歪ませたスィラが慌てて抜刀、ツィーア嬢を突き飛ばそうと手を伸ばし、ツィーア嬢が恐怖に身を竦ませるも、何もかもが遅い。
恐らく、ここでツィーア嬢を殺したところで、その後自分は殺される事になるだろう。
しかし、自分はそのために生きてきたのだ。
主人の命じた主敵を葬る。それだけの為にこの半生を投じた。
成功。その一文が頭を過った。
まさに、長剣の刃先が少女の柔肌を裂かんと肉迫した時。
これまで護衛兵として付き従ったその男の・・・。
「・・・え?」
姿がその場から掻き消えた。
「危なかったな、ツィーア」
突如側方から響いた、澄み渡った声。
「・・・エリィ?」
・・・何故か壁にへばり付いた、エリアスの姿がそこにはあった。
「・・・少し悪趣味だが、まあ悪い事では無いな」
「でしょ?こうやって調練の成果も見れるんだし・・・」
時は少し遡った、運河を挟むように連なる家屋の屋根の上。
一人・・・ともう一人が、遥か向こうに浮かぶ一艘の船を注視していた。
「しかし、『魔力共有』か。面白い術だな。これがあれば『転移』も捗るのではないか?」
と、尾根に腰掛けた紺色の髪を靡かせる少女、エリアス・スチャルトナが、その頭の上にぺたりと座る小さな紫の妖精、ニーレイに語り掛ける。
「理論上はね。ただ、あんまり精密な魔術に他人の魔力を混ぜると、今度は制御したり混合させるのに更なる魔力や精神力を使うから・・・効率は良くないよ」
こういう簡単な事なら問題は無いんだけどね、と、くりりとしたその瞳を瞬かせた。
二人でやっているのは、眼球に魔力を流し込んで機能を強化、一キロ以上離れた運河を行くツィーアと、その傍らに立つスィラの様子を観察する事だ。
「でも・・・こんな遠くから見ないとダメなの?」
本来、ニーレイは自分の強化分の魔力くらい賄う事は出来る。
「多分、スィラなら簡単に勘付いてしまうからな・・・隠密行動は門外漢だよ、私は」
しかし今回、ニーレイが提案したのだ。試したい事がある、と。
『魔力共有』はニーレイの持つ闇魔術の一つである。
その名の通り、複数人でそれぞれが持つ魔力を自由に引き出し合えるという特異な術だ。
例え魔力量に不安を抱える者でも、それに余裕を持つ魔術師から魔力の供与を受ける事で、本来だし得ぬ出力で魔術を行使する事が出来る様になる。
ただ、これは完全な諸刃の剣だ。
魔力。それはその者の生命力に直結した物であるとニーレイは言う。
魔力が尽きれば意識が朦朧とし、更に無理矢理引き出せばそれこそ生命活動が停止してしまう。
お互いにそれを自由に引き出し合えるという事は、もし片方が無理に相方の魔力を吸い出せば、そっちは簡単に死ぬという事。
お互いに生殺与奪を握った状態になるのだ。
究極的な話、魔術師として格下の人間と『魔力共有』を行い、一方的にその魔力を吸い出して使うことで、その格下の人間を使い捨ての魔力タンクとして使う事も可能なのである。
そんな危険な術であるから、今時行使する者などまず居ないのだが・・・ニーレイは使ってみたかったのであった。
「・・・エリアスの魔力量、すごいね・・・どれだけ使っても無くなる気しないよ」
「そうか?」
別に自分で欲しがって努力して得た物でも無いので、エリアスとしては割とどうでも良い風に返す。
例えるなら、と。
「海・・・そう、海みたい・・・どんなに汲んでも汲んでも水嵩は変わらなくて、どこまで広がっているかも分からない海・・・」
そんな感じ、なんてやけに壮大な例え話をする彼女との無駄話をしていると、観察中の船上で動きがあった。
「・・・一匹見つけたらしい」
ところが意外な事にスィラは動かず、ただ矢を・・・素手でキャッチして止めた。
「・・・格好付け」
あまりに直球なニーレイの指摘に、ふふ、とエリアスが笑みを溢す。
「スィラは格好良い女だからな」
まるで自分の事の様に、自慢気に。
「じゃ、私は可愛い方向性で行くね」
「勝手にやってろ」
あまり緊張感の無い二人、だがその数分後、流石に顔を顰める。
「・・・《オーク》か?」
すれ違いかけた船から飛び出して来たのは、濃緑色の肌をした豚頭の巨漢、数匹。
手に手に幅広の長剣を携え、革製の鎧に身を包んでいる。
エリアスとしては、《オーク》と聞くとぶくぶく太った正しく豚野郎を想像していたのだが、案外彼等はスマートで、筋肉質な風である。
よくよく思い出してみると、豚は本来体脂肪率があまり高く無く、家畜として肥え太らされた物は兎も角、綺麗好きだったな、とエリアスは思い至った。
「エリアスは倒したことある?」
だが、ここで妙なのは何故、《オーク》という魔物に数えられるそれが街のど真ん中に出現したか、と、いう事。
「無いな。というか、今初めて見た」
《オーク》は知能が低く、待ち伏せ奇襲などの小細工を弄する能は持ち合わせていない。戦う時はほぼ必ずと言っていい程の力技のみを頼りに突っ込むだけ。
勿論、人間を遥かに超える腕力と、地味ながら洗練されたその剣線の威力は馬鹿に出来た物では無いからして、通常闘り合うには少し小手先の技を要求される物だが・・・。
「・・・誰かが連れて来たんでしょ、眠らせるなりなんなりして」
スィラはなんともダイナミックな動きで、瞬く間に五匹、全ての《オーク》を殺戮し尽くした。
「・・・いつ覚えたんだ、あんな早撃ち・・・」
余裕綽々といった様子で戻ったスィラは、ここから見ていても何だか・・・調子に乗っている様に見える。
「私が襲撃者なら、今こそ何らかの手を打つがな」
隙だらけだな、と小さく溜息。
「ま、スィラだしね」
仕方ないよね、と。
「それは流石に酷いのではないか?」
ふふ、と堪え切れない笑を湛え、立ち上がり屋根を蹴る。
「しっかし、ホントに速いよね・・・エリアスは馬とか乗るよりこっちの方が遥かに速いんじゃない?」
ここに来るまでに再び飛んだ結果、さしものニーレイも慣れた様だ。もう酔う事も無く、高みからの景色や加速感を楽しむまでになっていた。
「確かに基本、自分の脚で走るか飛んだ方が速いな。だが・・・文明的じゃないだろう?それは」
私は文明人なんだ、という。
「文明的、ねぇ?」
何を以って文明的なんて言えるかも分からないのにね、なんて皮肉に、エリアスはそれを鼻で嗤う。
「あくまで主観的な物差しさ。私が文明的と言えば文明的で、野蛮と言えば野蛮なのだよ・・・傲慢だと思うか?しかし事実、それを客観的に見る指標はこの世には少なくともまだ存在していない。グローバル・スタンダードとなり得る様な、発達し切った文明が存在しないからだ。ならば・・・自分の中にある尺度で見るしか無いだろう?」
「酷い屁理屈ね」
やれやれ、といった様子で戯けるニーレイ。
「屁理屈も理屈さ。抽象的な問いの答えは常に主観を材料にしたこじ付けだよ」
と、雑談をしつつツィーアの船に向かっていると・・・船上の動きに違和感を憶える。
「・・・一人、挙動がおかしいな」
護衛の兵と思われる者の一人が輪を外れ、何事か様子を窺っている様なのだ。
「もしかしたら、アレが本命かもよ?」
冗談めかしてニーレイが言った事は・・・あながち間違いでも無さそうな気がした。
「なら急がんと・・・ッて、抜いたぞアイツ!」
あの場の誰にも気付かれる事も無く抜刀、ゆらりと輪の端に居るツィーアへと歩み寄る。
まだ距離は五百メートル以上ある。別に仕留めるだけならば別に苦労する事は無い。『高速アイスアロー』一発で片が付く。
問題は他の護衛兵で射線が切れてしまっている事だ。ここから撃つと直撃は仮にせずとも、衝撃波で兵たちは疎か、ツィーアやミムルにまで被害が及んでしまう。
それ以下の弾速では、向こうの狂刃が振り下ろされる方が弾体が到達するよりも遥かに早いだろう。
それで無くとも最低、二人程、射線が被っている兵が犠牲になる。そもそもこれだけの長距離射撃、当たる保証も無い。
マズイ、非常にマズイ状況だ。通常なら、詰み、となった。
だが・・・。
「ニーレイッ!転移、船の直上二十メートルッ!!」
「はい待ってましたぁ!」
ニーレイの身体から紫色の光が溢れ出し・・・俺では聞き取ることが出来ない程の早口で、何事かを呟いた。
直後、視界が一瞬途切れる。
ブラックアウトしたか、と思っていると・・・目の前が真っ白に・・・。
気付けば周囲の風景が変わっていた。
即座に始まる自由落下・・・直下を見下ろすと・・・なんと、先程からほぼ時間が経っていない。正しく瞬間移動だったのか・・・。
気を取り直し、この不躾な野郎の妨害に入るとしよう。
さて、これだけの近距離であるならば・・・別に射撃に拘る事も無い。
まずは自由落下を止める。【カルマ】を抜刀、鎖状に伸ばしたそれをアンカーの様に、左右に連なる家屋の煉瓦の壁に撃ち込みラベリング。
壁までの距離が長いので、水中にボチャンしない様に鎖を縮めつつ、フリーな左手で《魔念力》を行使。
質量を持つ程に高密度化したそれで、刺客の男の手首あたりを掻っ攫う様に引っ掛けた。
身体は勿論、旋回半径は縮まっているとはいえ、重力によって大きくスウィングする。
掻っ攫った男は何が何だか分からないまま・・・。
「は・・・?」
大きく振り回され、ビタァーン、と、運河の壁面に叩きつけられた。
おまけに俺も。
激突は手脚を突いて逃れたが、どうしようも無く情けない事に、ぶらーん、と振り子の様にぶら下がる事になってしまった。
が、なんとか・・・俺も少しは格好を付けて・・・。
「危なかったな、ツィーア」
ぶらーん、と。
「・・・無理があると思うよ、それ」
うるせえ、俺だって分かってるんだよ。
非殺傷に拘らなければこんな事にはならなかったのにな。
あと・・・。
「・・・抜けない」
後でスィラに引っ張ってもらう羽目になった。
夜、ツィーアの居室に招かれ、お茶でも飲みながら少し話そう、と提案され、彼女の部屋を訪れる事となった。
屋敷の端、広い廊下の突き当たりに構えられた重厚な二枚扉。常駐しているらしい、その傍らに立つ使用人に来訪を伝えると、すぐさま観音開きの戸が開かれた。
通されたのは応接間では無く、ツィーアの私室。
俺が泊まっている寝室もえらく広くて落ち着かない程だが、彼女の寝室は更に広く・・・なんだか物に溢れていた。
壁際に並んだ数多の縫いぐるみに、ひらひらとレースの編まれたカーテンや、ベッドの天蓋。
本人が着ている部屋着も、薄手ながらも布量が多い。
「いらっしゃい、エリィ」
座って、と窓際に設置された円テーブルを勧められた。
「なるほど、あの部屋もツィーアの趣味だったか」
ツィーアと俺の背丈に合った、少し標準よりは低い椅子に腰掛け、持ち込んだ手土産を卓の上に置く。
「あら、お気に召さなかったかしら・・・って、縫いぐるみはダメだったみたいね」
チラリ、とそれらの一つに目を向けると・・・やはり目がリアル過ぎて・・・。
「・・・どうしても見られている様な気がしてな」
足音も無く、使用人の女が盆に乗せた茶器を卓に並べ、茶を淹れ始める。
「そんな身構えなくても・・・今日の茶葉はそんなに高価な物ではないわよ?」
こうした茶会のマナーとして、カチャカチャと食器で音を立ててはならないというルールを守るだけで神経を遣う。というか、食事の時点でテーブルマナーに縛られるからして疲れるのだが・・・。
「別に構わないわよ?必要な時に出来ないのは問題だけど、ここではそんな面倒なんて省いても」
と言いつつ、ゆらゆらとカップを揺すって一つウィンクした彼女は、この時だけは年相応・・・いや、かなり大人びた普通の少女だった。
要はオフのツィーアだ。
「刺客の奴等の尋問はどうだ?何か進展はあったか?」
昼間相次いだらしい襲撃、最後こそ油断したものの、スィラは良く働いてくれたという。
「ダメみたいね、あまりに強情だから、もう殆ど撥ねちゃったみたいよ」
そうか、と茶を口に含む。
案外、あっさりやるもんだな。以外・・・でも無いか。割と苛烈な所もあるのがツィーアだった。
「エリィは今日、何してたの?まさかずっと見てた訳じゃないでしょう?」
土産に持ち込んだ干し葡萄をひょいと口に含み、何気無く聞いてくる。まあ、話題はそれしか無いよな。
「飛龍の腹皮を探してたんだが・・・途中で面白いモノ・・・いや、人を見つけた」
昼間出会った人物(?)、メル・セトラの事だ。彼女(?)の事をざっと話す事にした。別に口止めも何もされていないからな。
「古代兵器陣営・・・あいつらの手先みたいのが彷徨いている、って事?」
そんな事を言い出すツィーアに、干し葡萄・・・蜂蜜で漬けられた物では甘みがある・・・を俺も摘まみながら、少し苦笑する。
「まさか、流石にそう物騒な事は無いだろうさ・・・どちらかと言うと、向こうも対応に憂慮してる最中、ってところか」
現在でも、西方軍管区の調査は、外周から細々と続けられているという。
しかし、もし巡回、警戒している攻撃ヘリに見つかると・・・やはりまだ問答無用で射撃して来る為、犠牲者は後を絶たない様だ。
しかし・・・どうやら向こうには、どうやら機械共を統制する不可思議な物が存在している様なのである。
「メル・セトラ・・・そのアンドロイドと呼ばれる機械の人は"想像主"と言った。しかし、彼等の本来の創造主足る者は、既に息絶えている筈・・・」
何故なら・・・それは俺だからだ。
「鉄の人、"創造主"、ねぇ・・・そいつの正体が目下の謎になる訳ね・・・」
うーん、と顎を摩りながら考え込んでしまった。
「そう難しく考えることも無いだろう・・・上手いことコンタクトに成功すれば、平和的解決もあるやも知れんな」
問題は、向こうの頭が何かという事。
まさか人間が仕切っている事はあるまい・・・あの当時この星の人間は俺しか居なかった筈だし、まさか後からこんな所に・・・それならば・・・。
「・・・まさか、な」
一つ・・・融通が利かないながらも、軍集団を纏める事が出来そうな性能を持つユニットの存在に思い至る。
アレがまだ動いている?
まさか、劣化の早い核融合炉を持ったアレが、そんなどれほど経ったかも分からない年月を経て?
「・・・・・・」
ツィーアでは無いが、俺も暫しの間、黙考せざるを得ない。
カタカタと、秋口の夜風が窓枠を震わせた。




