変革の杮落とし
長くだらだら書いていました故、前半と後半で雰囲気が異なるかもしれません。
半日ほどのことか、俺は馬車にガタゴトと揺られていた。
今乗っているこの馬車には乗り心地を良くする為のサスペンションは疎か、どうやらその代わりの板バネすら着いていない代物らしい。
その上路面状況はかなり宜しくない。馬車は路面に刻まれた轍に車輪を填めて走るのだが、何にせよ上下に大きく揺れるのだ。
これらの事から起きることは一つ。
(割と冗談抜きで痔になりそうなのだが・・・)
そろそろ腰部と臀部が限界である。寝転んだとしても、頭がゴンゴンと跳ねて連続攻撃を受けるのだ。
恐るべし!馬車!(スプリング抜き)
と密かに馬車の破壊力に戦慄していると、御者さんが、もう着くぞ、と声を掛けてきた。因みにまだ俺はフードを目深に被り顔を隠している。
母に向こうまでは外すなと厳命(?)されているからだ。理由はよくわからないのだが。
遠くに見えている街、エルクは結構高いと思われる城壁に囲まれていた。城壁は左右に大きく広がり、内部の広さを感じさせる。総延長は一体何kmあるのだろうか。
エルクはこの辺りを守護する機能も備えた要塞都市で、総人口は大体10万強、内部は周辺の集落の人間が全て避難してきても、容易く収容できるほどの規模を誇るらしい。(母談)
城壁は緩やかな円形を描き、ある一定間隔で大きな塔が立っている。なかなか、この世界は建築技術は優れているのではないだろうか。
さてそうこう考えているうちに、城門のすぐそばまで来たらしい。
こうして見てみると、その城壁の高さは圧巻である。一つ一つ組み上げられた石で出来ていると思われるブロックは、その一つあたりの高さが自分の足先から腰上あたりまである。俺の今の身体の身長は大体130cm程度、ブロック一つ当たりの高さは80cmかそのくらいだと考えると、この城壁の高さは約9〜10m程となる。この高さであれだけの範囲に、この城壁を築いたとなると、最早感嘆の念しか出ない。
城門は中世ヨーロッパ式の上下スライド式のものであった。
城門の厚さも、門を落とした際に地面めり込む爪の大きさも圧倒的である。幅も、前世のジェット戦闘機が余裕で飛んで通れそうな程に広い。飛行場の航空機格納庫を思わせる広さだ。地面に空いている筈の穴は木の板で塞がれているので、馬車の通行には何の問題も無い。
しかしどうやら馬車で送ってくれるのはここまでらしい。
俺は痛む腰を摩りながら馬車から降り、御者さんにお礼を言いながら歩き出す。
取り敢えず学校の受付に顔を出さなくてはならない。それから寮に入るという話だ。学校はメインストリートの奥にあり、大きく目立つらしいので俺は一番広いと思われる(ここが一番じゃなきゃ何処が一番なのか)道を歩く。今歩いている道の広さは・・・人混みで見づらいが100mくらいの幅がありそうだ。こんな広くても無駄だと普通なら思うところだが、そんな幅でも端が見えないほど人でごった返している様子を見ると、このくらいが丁度良いのかもしれない。そんなことを考えながら歩いている時のことだった。
目の前で俺と同じくらいか、少し年上くらいの女の子が三人の大人の男と睨み合っている。
それは兎も角、さっきまでごった返していた人が消えた。いや、周囲には人々が円を描くように立っている。その真っ只中に俺は飛び込んでしまったようだった。
はて、不覚にも考え事に没頭してしまったのか。
しかし明らかな面倒事。ここは三十六計逃げるに如かずということで退散しようとしたのだが・・・。
あっさり女の子に腕を掴まれてしまった。
「貴方、ちょっとあたしに協力しなさい」
と半顔だけ振り返って小声で仰った。振り返った顔はなんともまあ、絵に書いた様なつり目の活発で気の強そうな子だった。因みに髪はライトブラウンのショート。
というかこの子、逃げようとしてるこっちの腕を後ろ手に捕まえてくれたのだが、何気に高度なことしてるよな。スカしたら格好悪かったと思うんだが。それにこちらとら君より小柄で腕っぷしも弱そうな子に、何を頼んでいるのか。いや、実際の所いざという時はこいつは一人で対処するつもりだったのかもしれない。
それとも口で丸め込むつもりか?
「何をですか」
取り敢えず状況説明をしてもらいたいところである。
「こいつらがうちのミムルに切断呪文をぶつけたのよッ!」
其処で怒鳴らないで欲しいのだが。ミムルというのは・・・おっと、彼女の少し後ろで血塗れの人物・・・しかし側頭部に猫か狐か良くわからないが耳が生えている、獣人と言われる者が倒れている。
獣人というのは、太古の昔、この星に住んでいた生き物共が、人間を元にした身体を手に入れて生まれたと言われている者たちらしい。というか俺の前世の世界に存在した動物達の特徴を持つ人々らしい。猫とか狐とか犬とか蛇とか・・・。いやそれは兎も角だ。
倒れ伏しているその獣人は治療を施されたのか、新たに血は流れず、どうも眠っているようだった。
しかし・・・切断呪文など受けると下手をしないでも死ぬ可能性が高いのだが・・・まあ失血死する前に治癒魔法をかけて貰えたのだろう。奴隷、それも獣人が死んだところでこの国ほ法律はあまり頼りになりそうにないのだが。何故なら・・・
「汚らわしい獣人の分際で我らの前に並んでるからだ!下賤な奴隷ならば我らに道を譲るのが当たり前であろう!」
「セドル様は誠に慈悲深くも、最初は口頭で注意なされたのだ!しかし畏れ多くもこの獣人はッ!セドル様のお言葉に逆らうという愚を犯した!」
「本来ならば万死に値する罪である!しかしこの程度で許してやるとセドル様は仰っておるのだッ!」
などとなんかちょっと高貴そうな格好をした大男とその取り巻きの様な2人の男が宣った通り、この国では亜人達の立場は限りなく低い。所々にルビーのような赤い石で飾った白い聖職衣のような服を着ているこの男達、おそらくはこの国で広く信仰され、国教ともされている宗教、真人教という宗教の手の者だろう。この宗教は人間に対してはそれはそれは立派な題目を掲げているのだが・・・人間以外の生き物に対しては、徹底的に見下すのだ。そこらに出没する知性無き魔物は勿論、人間と然程変わらない知能を持ち、下手をすると人間よりも遥かに高い身体能力を持つ獣人達に対しても、徹底的に差別する。その結果、獣人達は悉く捕らえられ処分、良くて奴隷となってその身を堕とすこととなる。この国の西に面している海の向こう、其処にある大陸には獣人や魔族が暮らす国があるという話だが、この国とは其処と永らく戦争状態にあるとのこと。この国は何度も遠征を繰り返しては失敗し続け、懲りずにまた今年遠征を行うらしい。全く血気盛んなことだ。
「ガキが・・・黙って聞いていれば生意気に・・・!」
おっと、また深く思考し過ぎたか。
一番偉そうな・・・セドルと言ったか。その男が懐から華美に装飾された短剣を引き抜き、切断呪文を唱えようとしているようだった。
って標的は俺かい!!
別に当たっても防御術式を組んでおけば然程問題は無いのだが、突然標的にされ、その上相手は殺人未遂犯に狙われた俺は、カウンターで仕留めることにした。
此方に短剣の刃先を向けた男の目の前まで瞬時に駆け寄り、地を蹴り飛び上がりながら、右足で男の持つ装飾でやたらゴテゴテした短剣を蹴り折り、そのまま左足を男の胸元に蹴り込んだ。
軽く、死なない程度に〜と蹴ったつもりだったのだが、思いの外威力が強かったらしく、男は後ろに立っていた2人組を巻き込みながら、馬止めの鉄柱に突っ込んだ。痛そう。
起き上がって来る気配が感じられないので、死んでしまったのかと思ってしまったが、小さく呻きながら身体を起こしたので一安心。後ろの2人組はクッションになってしまったらしく、小さく痙攣しながらぶっ倒れているが。
即死してないならば大抵、治癒魔法でなんとかなるそうなので、まあ結果的にはいいか。
隣でポカーンとをしている少女も、放っておいて構わないだろう。
さっさと目的地に向かうことにしよう。来た方向はこっちだから、学校は向こうか。
向こうで聖職者っぽいおっさんが地面に這い蹲りながら険しい顔でこっちを睨んでいる。やたら尊大な事を仰っていたし、プライドが高そうなのだが、情けなく土に汚れて地に伏し・・・ざまぁとでも言えばよいのだろうか。別に顔は見られてないはずだから・・・ってあれ?
そうか、激しく動いたからフードがめくれてしまったのか。あのおっさんのせいだ。仕方ない。
気を取り直し、フードを被り直して、いざ学校へ行かん。
・・・そういえばあまりに馬車の振動が酷かったもので、吐いてしまう事を懸して昼食を抜いていた。何処か食事をできるところは無いだろうか。
前世で街中で殴り合い、ましてや蹴り飛ばして大怪我させるようなことをした割りには・・・不思議とこの時は落ち着いていて・・・いや寧ろ高揚し過ぎて表面上取り繕っている状態か・・・そのせいか知らないが、何故かこの時俺の頭は昼飯のことを真面目に考えていた。
・・・人間って変に気分が高揚してる時って割とどうでもいい事を考えないか?
あたし、ツィーア・エル・アルタニクはうちの大事な使用人のミムルを傷付けたクソ野郎を追及している。
ミムルは奴隷の身分ではあるのだが、昔からうちに尽くしてくれた者で、私を含め、今は亡き父母も大切に扱い、そしてミムルもそれ故に心から私に尽くしてくれる。そんなほぼ家族のような獣人なのだ。
それをこの無駄に尊大な態度をとるこの男は、気に入らないからという理由で幾ら人間より生命力が強いといえど、ミムルに切断呪文・・・放置しておけば命を落としかねないものをぶつけたのだ。到底許せるものではない。
ミムルに関しては既に治療済みだ。
決して怪我人の治療もせずに言い争っていたわけではない。
それに、これでも私は地方貴族の一人だ。ミドルネームが入っている点から明らかだとは思うが。両親は既にこの世には居ない。大体一年前、領地の視察中、盗賊共に寝込みを襲われ命を落とした。弟もその場で殺され、あたしとミムルだけが助かった。盗賊共の会話から察するに、奴らは私とミムルを慰み者にした後、売り飛ばすつもりだったらしい。まあ既に火系統の魔術の殆どを修めていた私のすることと言えば、嫌らしい顔つきで近づいてくるクズ共を焼き払うことぐらいだったが。仇はその場で討つことが出来たが、親を失い、酷い喪失感に苛まれていた私がやっとの事で家に帰った時、待っていたのは、遺産に群がる親戚や親の兄弟共だった。勿論、相続権は全て私に有り、全財産は私の物なのだが、あいつらはあの手この手で遺産を掠め取ろうとした。偽の遺書をよこしてきたり、私を世間知らずと踏んで有りもしない法を説いて来たり。時には私の命すら狙われた。しかしこのような事態も想定していたらしいミムルの助言の下、遺産は全て守り通し、遺産に群がっていた蝿共も一人残らず縁を切るか、そいつの家をめちゃくちゃにしてやったりしてやった。
今アルタニク家は私を当主として健在である。8歳の当主など前代未聞らしいが。
それは兎も角、地方貴族とはいえ、貴族の持つ権限は中々に大きい。それは一地方の運営に関わる程に。私の権限を以ってすれば、普通、こんな男など立場も存在もボロボロにしてやれるのだが・・・問題はこいつの所属している宗教に在る。真人教の支部長クラス・・・そんな男を地方の一貴族ごときが貶めたとすれば、教会が黙ってはいないだろう。下手をすると家は取り潰し、私も立場を追われ、最悪あらゆる冤罪を掛けられ牢獄行き。もしくは極刑。私が貴族であるという事はまだこの男には伝えてはいないのだが、例え私が其処らの貴族であろうと、後ろ盾でどうとでもなると思っている故のこの態度なのだろう。
よって、自分の権力を使って潰すことは不可能。やるならばこの場で叩き伏せてやることだが、それも少し難しい。魔術師は相対した相手の魔力量を大体だが測ることができる。あまりに実力差があれば分からないが・・・。あたしが見た限り、この男の魔力は大したことが無い。良くてあたしの三分の一程度だ。魔術師同士の戦いは魔力量とその運用で決まる。あたしは魔術を使った実戦経験もある上、我ながら中々の技量を持っていると自負している。では何が問題なのかというと・・・この男が持っている短剣だ。この短剣は「レンジャー」という神器の一つ・・・がこんな場所にある筈が無いから、恐らくその複製品だろう。神器とは、この地上に今のところ7つ存在する・・・簡単に言えば、何かしら人知を超えた凄まじい特性を持つ道具類のことだ。神器そのものを作ることは不可能と言われているが、それの特性を真似た劣化品を作ることは可能らしい。この男の持つ戦功の短剣は、この国では有名な物だ。なんでも昔の英雄が戦場で自分が殺した敵将兵の死体から耳を切り取って回った時に使った短剣なのだとか。どう考えても呪われた代物に見えるのだが、それでも神器と言うらしい。その能力とは、刃を向けられた者は必ず死ぬという、単純かつ意味不明な代物。複製品に関しても、その能力は強力であり、切断系統の呪文の威力をあり得ないほど強化したり、相手の防御術式の構成を阻害したりなど、地味ながら厄介な物だ。この短剣の強化能力を以ってすれば、この男程度の魔力しか持たずとも、適当に切断呪文を唱えるだけで、鋼鉄のプレートアーマーを着込んだ兵士すら鯰のように切り裂いてしまうだろう。そして防御術式による防御も妨害効果により困難、後ろに控えている腰巾着×2も、口はデカイが無能と見るのは危険だ。
(・・・この場で戦る?それしか無い?)
外見上は男を睨みつけ、毅然としているように見せかけているが、内心はその・・・旗色は宜しくない。
今もこの目の前の三人組と同じような言葉の応酬を繰り返している。周りに人垣を作る者共も、相手があまりに悪い故か、手を差し伸べる者は居ない。
と思っていたのだが、人垣から歩いてくる足音を私の左耳が捉えた。半ば驚きながら足音の発生源に目を向けると、其処に立っていたのは・・・
あたしより小柄で線の細い・・・目深くフードを被っているので断言は出来ないが・・・袖から覗く白い肌から・・・多分女の子。
正直あたしはガックリ来たのだが・・・この際構ってられない。
「貴方、ちょっとあたしに協力しなさい」
どれだけの戦力になるかは分からない。魔力量を測っている時間も惜しい。取り巻きの一人の気でも引いてくれれば僥倖と考えよう。
とあたしの考えを伝えていざ一戦やらかそうとした時、
「なにをですか?」
と儚い鈴のような声。
思わずずっこけそうになった。
聞こえた可愛らしい声にもそうだが、それよりこの状態を見て何も察していないというところに、思わず呆れ返ってしまった。思わず声を荒げた私が非難される謂れは無いだろう。私が簡潔に現状を伝えると、今気づいたとでも言うように、地に倒れ伏したミムルに目を向けた・・・ように見えた。フードで目元どころか鼻筋も見えないのでよくわからないが。するとこの会話を聞いていた相手方も、その言い分を声高に述べる。もう此方は戦る気なのだ。少し此方も挑発的に行く。
「何よ。天下の真人教の盲信者のくせにあんたの言うガキ一人黙らせられないの?まあ?あんたの程度じゃこのちっちゃい子の遊び相手も務まらないんじゃないの?真人教の人間ってぇ・・・ねぇ?」
少々隣の少女に危険が及びそうな文句だが・・・囮にするつもりなのだから仕方がない。この余裕綽々の男は恐らくあえて此方の挑発に乗った上で、此方を叩き潰そうとする筈。ならばその隙に賭けるまで。
男が短剣を構え、少女に向けたところで内心ガッツポーズ、をすると同時に(後で治療してあげるから許して!)と謝っておく。そして、あたしが使い得る炎の魔術の中で最強の物を顕現せんとしたところで
隣で切り裂かれる筈の少女の姿が消えた。
思わず少女の居た空間を見てしまい、魔術の発動がキャンセルされてしまった。マズイ!と思ったところで、前方から甲高い破砕音と、鈍い打撃音。
目を向ければ、少女が空中に身を躍らせ、男が腰巾着二人を巻き込みながら吹っ飛んでいくところだった。
男達が飛んで行った方から、鉄の塊に何かがぶつかる音と、何やら人体が出してはいけない音が聞こえたが、それよりもあたしの目は少女に釘付けになった。いやさせられてしまった。
その少女の顔を隠していたフードは払われ、その美貌が露わになっている。肩まで伸ばされ、揃えられた銀髪は陽光を照り返して、磨き抜かれたミスリルのような輝きを放っている。切れ長で小さくつり上がった眉に縁取られた目は、鮮血のような紅。穢れを知らないような白い肌とのコントラストが強烈だ。唇は艶やかで、背丈から推定される年齢とは不相応の色気を醸し出している。
それと同時に、銀髪赤眼という不吉な組み合わせが、危険な香りと不気味さを引き立てる。
その少女は此方に一瞥をくれると、何事もなかったかのように、フードを被って歩き出した。
見物人も、あたしも、少女の背を睨み付ける真人教の男も。
誰一人、動くことが出来なかった。
銀の髪を靡かせ
赤い瞳を持つ者が現れる時
世は修羅の時代へと誘われる
ーアリエテ王国中央部
王立図書館所蔵
本の神器「プラフィット」
史実編より抜粋ー
書きたいエピソードはポンポン浮かんでくるのですが、それらを繋げるのが大変なのですね。