リトル・コーナー・ストーン
「ねえ、アレはもう動かないの?」
「無理だ。あれだけ壊れていれば普通なら新造するくらいだ」
何故か異様に古代・・・つまりは前世の事を聞いてくる彼女。
まあ、まずはあの地面に突き刺さった宇宙戦艦の事だ。
遥か渓谷の下に見えたそれだけでも、吹き飛び短くなった尾部は俺達の位置よりも高くに見えた。
しかし、アレは"半分以上"地中に埋まっていた。見えるのは僅か残り半分にも満たない部分でしか無いのだ。
全長約千百メートル。その名をアナトリア級宇宙戦艦という。
"小アジア"の名を冠するその巨大戦艦は、僅か三隻のみ起工された。
一隻は人類脱出の旗艦として、避難民も満載して外宇宙へ。
もう一隻は、戦時中に機関部を吹き飛ばされて撃沈、多分、アレがその成れの果てだろう。
もう一隻は確か未完成のまま・・・何処のドッグだかに眠ったまま放棄された筈。北ユーラシアの何処かだった気がする。カンダラクシャだとかあの辺り。
撃沈したアレを仮に修理するとなると、前世でも数カ国を傾ける大事業となるレベルだろう。そもそも、あんなものあそこからどうやって運び出すのだ。
だが、此処で重要なのは、あの撃沈され、地表に落着したアレだ。あのお陰で自分の位置が大体分かった。
ここは少なくとも旧ユーラシア大陸だ。それも内陸部。細かい位置など覚えては居ないが、この星での大体の位置を掴めたというのは大きいと思う。・・・そうでもない?
まあ、今はそれでも良いだろう。
帰りは馬で思いっきり飛ばした。
途中から勝負になり、大人気なくもスィラが馬鹿みたいに飛ばしてぶっちぎりの一位。馬の気を良く読むミムルが二位。俺よりは乗馬歴が長いツィーアが三位で俺がビリだった。・・・途中から降りて走れば勝てた気がする。
負け惜しみだというのは俺が一番分かっているから。
宿に帰り、夕食後に明日すぐに出発できる様に支度を済ませた後・・・先程こっそり買っておいた物を出す。
「スィラ、そこに座って向こう向け」
身体を・・・今日は彼女自身が吹いた後、ベッドに腰掛けさせ、俺はベッドの上にプレゼントを持ち、後ろに回る。
買っておいたのは、シュシュっぽいヘアバンドだ。
バサバサと暴れて煩わしそうなスィラの髪を纏めてみよう、という試みである。
目指すはポニーテール。高めの位置で纏めて垂らす方針。
ある一定範囲から髪をより集め、旋毛に近いあたりで一本にする。
・・・結局上手くいかず、スィラが
自分で纏めて見せた。言い訳をすると、スィラは癖毛がかなり強く、結ぶ時に上手くいかなかったのだ。
だが、有る程度気に入ってくれた様子で、俺が作り出した鏡代わりの氷の板に映る自分をみながら、良いのではないか?軽く頭を振ったりしていた。
うん、結構似合う。というかスポーティな感じになった。格好こそ寝巻きではあるが。
寝る前だからか、この格好は明日からだ、とすぐに解く。まあ、仕方が無いわな。
だが、上手くいかなかった事に関してはまだ思うところはあるので、捕獲して耳をもしゃもしゃ揉みまくってやった。
・・・今更だが、昨日窓を開けっ放しにして寝るとかなり肥やし臭かったのだが、悲しい事に既に鼻が慣れてしまった。今日は安眠出来そうだな、と言うと、スィラは物凄く嫌そうな顔をしていた。
翌日、思った以上に前日の疲れが溜まっていたのか、起きたのは何時もよりも一時間は遅い時刻だった。
あまり頭も働かぬまま下へ降り、昨日と同じベーコンエッグを・・・何枚食ったかは覚えてない。牛乳も結構飲んだ。これは骨密度が上がると期待・・・先に腹の調子の方を心配しておくか。
珍しく満腹感を感じた。腹が少し膨れた気がする。ツィーアとスィラが揃って顔を引き攣らせていたのは、それと何か関係があるのだろうか。
よく寝てよく食うとは、人間の原始的欲求をよく満たす。何とも言えぬ幸福感があるな。
部屋に戻り荷物を馬車に運び込み、昼になる前に出発。ここまでは手早い物で、良く休んだ馬たちも調子が良かった。
次に向かう町、ボレーフェルトはこれもまた森林に囲まれた場所らしい。
というか、この国は国土に比して森林が圧倒的に多い。材木の調達には困らんだろうが、魔物やら野生動物が湧いて来るのに対しては何も開発などは行わないのだろうか。
まあ、骨から皮まで様々な道具に使える魔物すら資源と考えれば、それを無理にする必要も無いのだろうが。
主産業は・・・農耕牧畜だった筈。食事は豊かになりそうだ。
到着予定は明日の昼頃。
途中までは何事も無く進んだ。
しかし馬を休ませると共に昼食を取ろうとした時・・・それは現れた。
草陰からじっとこちらを睨む赤いつぶらな瞳。
茶色い毛皮を纏ったそれは、約四メートル離れたそこからこちらを窺っていた。
「・・・スィラ、アレは?」
丁度手の届く範囲に居た彼女の手を引っ張って、あの獣の事を聞いてみる。
「ん?ああ、珍しいな。《チャットレッコーン》だ」
なんだその覚えにくそうな名前は。見た目的にアライグマモドキ(大)でも良いだろう。
はっきり言って見た目はデカイアライグマだ。若干記憶にあるそれよりも目付きが悪く、爪が大きいかというくらいで。
「二人とも何して・・・えっ!?」
ツィーアがそのアライグマモドキ(仮)を見るや否や飛び上がる。驚きというより歓喜の顔で。
「あ、アレっ、あのっ、皮が、すごく柔らかくて・・・」
興奮し過ぎて何が言いたいのか読み取るに難いが、要約するとまあ、アレは珍しい魔物らしく、毛皮の手触りが大層良くて貴重品であり・・・要は欲しいと。
と、ツィーアの私欲丸出しな殺気を感知したのか、シュッ、と脱兎の如く逃げ出すそれ。
「スィラ」
捕獲を促すと、スィラは無造作とも言える動きで銃を抜き・・・三発発砲。
結構無茶苦茶な構え方で、あんなんで当たるのか?と疑問に思っていると、当たった、と言う。
スタスタと獲物の方に歩く彼女の後を、慌て気味について行くと・・・草地に二本の引き摺った様な血の跡。
その先に這い摺りながら、まだ逃走を諦めぬ先程のアライグマモドキが居た。
「やはり、一発外していたか」
銃身曲がってるんじゃないのか、と舌打ちするも、二発はアレで当たったのか。それも・・・見事大腿をやっているな。あれでは満足に歩くことすら叶わないだろう。
迫る俺達を振り向くそのつぶらな目には、必死で生きようという執念がありありと感じられる。そして、同時にもう無理だと悟る絶望感も。
中々どうして、同情を誘う有様ではないか。だが、恐らく太腿の大血管が既に切れている。この出血量がその証拠だ。
スィラは何を言うでも無く前方に回り込み・・・見下ろす様に、銃口をその頭部に押し当てる。
「悪く思うな、こっちの私利私欲の為だ」
確かにそうなのだけれども。いや、身も蓋もないというかなんというか。
銃声が一発、肉が弾ける音が一つ響いた。
「こいつは肉も食えるのか・・・」
あの後、スィラによって瞬く間に毛皮を剥がされ、真っ赤な肉塊と化したアライグマモドキは、今は臓物を取り除かれ、血抜き施され干されていた。コレは今日の晩のメインディッシュとなる予定である。
「ん〜・・・まあ、味はソコソコだけど・・・あ、もういいよ」
水を出して毛皮を洗う手伝いをしていた俺は、少しストッキングの足首部分に染みてしまった水に不快感を覚えながら、干し肉をがじがじと噛んでいた。そろそろ塩味が無くなり美味しく無くなってきたので飲み込み、次の一切れに手を伸ばす。
「エリィ食べ過ぎ!」
と、没収されてしまった・・・悲しい。まあ、晩飯はアレ丸ごと食べる事が出来るのだから我慢だ我慢。
ばさばさと、多分未だ獣臭い毛皮を乾かそうと振り回すツィーアは、なんだか年相応な子供に見えた。大人の顔と子供の顔。それをしっかり自分の意思で使い分けているのは、本当に豹変というに相応しい変わり様だ。
「・・・何故そんな黄昏た様な顔をしているのだ・・・ですか?」
弾込め、銃身クリーニングなど、銃のメンテナンスを覚束ない手つきでこなしていたスィラ。
・・・そんな顔をしていたか?
「・・・どうも倫理観が噛み合わなくてな」
どうも、あんな必死に生きようとしていた魔物という名の動物の姿を見ると居た堪れない気持ちになる。あの死に際の命を乞う様な目を見てしまうと・・・。
何故だろうか。
人間を突き殺した時には、こんな物は感じなかった。
アライグマモドキなどという畜生に同情?それこそ冗談も休み休み言え、だ。同族をなんだと思っている、と言いたくなる。
俺の中の基準は何だろうか。
それは再出発の時まで、延々と己の思考野を占領し続けていた。
馬車は滞り無く進み、予定の野営地に予定通り到着した。それは良い。"それに限れば"。
問題は・・・。
「・・・食われてるわね」
「食われてるな」
馬車の後ろに吊るしつつ干していたアライグマモドキの肉。その一部が無くなっていたのだ。
量は大したものでは無い。問題は"俺やスィラという比較的探知能力の高い者の警戒を潜り抜けて"、つまみ食いを成功させた生き物が居るという事。
スィラによれば、後方からは何も近付いて来た事は無く、俺も全く魔術的な反応は探知出来なかった。
つまりは全く足音も風切り音も立てず、魔術的な術も一切使わないか、俺の探知を回避する程高精度な魔力制御をこなす者の接近を許したという事。これにはさしもの俺も肝を冷やす。
跡は小さい。食われた量は多分五十グラムにも満たないだろう。
歯型は無く、千切られた様な跡だ。これにより、相手は少なくとも手などで物を掴んだり千切ったりする事が出来るレベルの知能を持つという事が分かる。
何者か。そして・・・もしかするとまだ近くに居る可能性も否定出来ない。
一番怖いのは、恐ろしく手練れた魔術師が相手、ということだ。何が目的かは知らないが、いきなり至近距離から火属性上級魔術『ブレイズバスター』やら風属性上級魔術『ウールワインド』などをぶつけられたら、ツィーアやスィラ、更に反応出来なければ俺も危ない。
故にさっさと原因の究明をしなければ。
相手が手練れの魔術師と仮定する。・・・実は探知する方法はある。無理矢理探知するまでだ。
「少し辛いかも知れんが、我慢してくれ」
放つは魔力の塊。全周に放ち、同じく魔力を持つ魔物や魔術に当たると反射してくる、言うならば魔術版アクティブ・ソナーという様な技。
正規の術では無い。俺が魔力量の多さに物を言わせ放つ力技だ。
コレをやると、周囲の魔術師を初めとした、魔力を探知出来る者は莫大な俺の魔力を感知する事になる。・・・その際、大変遺憾な事に多大な不快感を伴うらしい。だから、相手にダメージを与える目的なら未だしも、周囲に味方、引いては魔術師であるツィーア、魔力を曖昧ながら、殺気の様な物として多少感知出来るスィラには警告して防御体勢を取って貰わなければならない。
因みにツィーアは耳と目を塞いで縮こまり、スィラはただ来る、と分かっていれば良いらしいので、ふっと目を閉じ、腕を組んで黙る。ミムルに関して言えば、彼女は軽く寒気を感じるだけらしいので、そう大きく気にする必要は無し。
準備が完了した所で、己の頭部近くに魔力を集中。何故頭から放つかというと・・・一つに丸いから全方向にある程度満遍無く放てるというのと、もう一つは己の髪の毛を受信アンテナに見たてているからだ。それが一番イメージし易いのだから仕方が無い。
受信するのは、この多大な不快感を与える魔力波に対し、相手が反射的に放つ抵抗の魔力波だ。誰もが抑えようとも無意識に出てしまうらしい、コレは魔術師や魔力を持つ生物に対して非常に効果的である。・・・弱い魔物くらいならコレだけで殺害することが出来るくらいに。
大出力のアクティブソナーが鯨の脳を破壊するのと同じ様な感じだろうか。一体魔力とは何なのだろうか。
グズグズするのは辞めにし、ワンピンだけ魔力波を発射。受信範囲は・・・半径三百メートル少しに限定。
まず返ってきたのはツィーアの魔力波。一番近くに居るから当たり前だろう。
二番目は足元に生えた変な花。何故?これは魔力を持っているのか。植物は・・・多分無いな。取り敢えず除外しておくか。
地中に小型の魔物っぽい動物・・・これも違う。
他にも幾つか見つけた。だが違う。
しかし、魔力波が馬車付近に到達した時だった。
「ぎゃっ!!」
何か蛙でも踏み潰した時の断末魔の様な声。ぼとり、と馬車の下面から何かが地に落ちた。割と小さいのが。
コレは当たりではないか?
もうそろそろ辺りは薄暗くなりつつある。足元の草陰の物などはっきりは見えはしないが・・・小さいモノが逃げようと蠢くのは見えた。
「・・・逃がすか馬鹿め」
魔念力で周囲ごと地面に押さえ付けた。更に「ぐえぇっ!」という悲鳴が聞こえた。間違いなく攻撃範囲内から。・・・多分潰れてはいないよな?ぺしゃんこの死骸だとかになっていなければ良いのだが。
平らに押さえ付けられた草どもを掻き分けると・・・居た。
「ひえっ!ご、ごごごごめんなさい!つまみ食いしたのはわたしです!けどっ、お腹が減ってたからっ、その、どうしても我慢できなくてその、あの、不可抗力!そう不可抗力だったのっ!」
一言で言うならば"翅が生えた小さい人"。体格的にも恐ろしく華奢な体に、虫の様な透明な四枚の翅。押さえ付けられた所為か、少し折れ曲がってしまっているが。そしてその身長、三十センチも無い、二十センチと少し程だろう。
髪は・・・紫、褪せた感じの紫色だ。京紫に近いだろうか。顔は大きなアメジストを思わせるぱっちりとした瞳が付いた、ぷっくりした幼い感じ。翅は黒味がかかっている様に見える。服装は・・・紺色に近い、桔梗色に見える薄手のワンピース。なお滅茶苦茶小さい。
足先を持ってぶらーんとぶら下げみる。何だこいつ。
俺の知る限りコレの特徴に当てはまる種族は一つ。
「・・・妖精族、か?」
コクコクコク、とワンピースのスカートの端を抑えながら、頭が取れるのではないかと心配になる速さで頷いた。
「ゆ・・・ゆるして・・・ね?」
矢鱈と怯え、おどおどとしている、退廃的な身格好の妖精。はっきり言って、凄く、凄く可愛い。
だが取り敢えずは・・・。
「御用だ」
「ひ、ひえぇ・・・」
両脚纏めてつまみ、捕獲。
ぷらーんと逆さ吊りにした妖精を眺めながら戻ると、一挙に三人の注目が俺の手の中に向く。
「わっ、その子もしかして妖精!?可愛いぃ!」
ぱたぱたと寄って来て顔を近づけるツィーアに、この紫妖精は、うっ、と軽く引く。うん、その気持ちは分からんでもないぞ。自分より遥かにデカイ顔がずいと近付いて来たら、それは嫌だよな。
「妖精族・・・?何故こんな所で・・・?」
スィラの疑問は尤もであると思う。
妖精族というのはもともと超少数種族だ。人界で会う事はほぼ無く、現在は殆どがヤールーンに、そして、時折人知れぬ・・・まず人間が見つけられないらしい場所に潜んでいるという。因みにコレはメアリーから聞いた話である。彼女、妖精族の友人がいるとか言っていたからな。
で、基本彼女等は人前に姿を現す事は滅多に無い。何故かと言うと、彼女等妖精達は極端に人間を警戒し、徹底的に避けている。
それは勿論、人間に原因がある。
妖精達は、その小さな身体とは裏腹に、通常の人間では行使する事が出来ない強力な魔術を使う事が出来る。
代表的なのは、闇妖精の転移魔術。ある一点からある一点まで、瞬時に移動する事が出来る、いわばテレポートである。指定した人数を好きなだけ瞬間移動させられるその術は、軍事的にも商業的にも、その有用性は計り知れない。
例えば王都に居た大軍団を即座に国境に移動させ、そのまま相手が対応出来ない程素早く攻め込むだとか、生産地から直接軍需物資を戦地に送ったりだとか、そんな無茶な事も可能になってしまう。あとは・・・要人に付ければいざという時に転移して逃げられるだとか。商業においても、タイムラグ無しで物品の輸送を出来るという点で非常に有用だ。
他にも超高熱の炎を生み出し得る火妖精は製鉄業界が死ぬ程欲しがっているし、水をそれこそ自分の身体の様に操り治水関係の分野においてこれ以上無い活躍をしているらしい水妖精は農業関係者からすれば神に近い扱いを受けているし、光妖精は居るだけでアンデッド系の魔物を排除出来、何より優秀な光源になる。風妖精は・・・まあ、多少天候を操作出来るという凄い能力を持ってはいるのだが、偶に雨雲を集めて来て嵐を起こすという壮大で稚拙な悪戯をする所為であまり有難がれていないが。
故に古今東西、妖精、ひいては闇妖精に関しては、ありと凡ゆる国家が喉から手が出る程欲しがる人材(?)であるからして、時に妖精達は強引な勧誘、更には捕獲される事もある。
ここアリエテ王国においても、国に妖精を推薦・・・という名の売り渡しをすると、結構な褒賞が出たりする。
その所為か、現在妖精達は次々にアリエテ、そして似た様な状況のハノヴィアからヤールーン、アトラクティアなどに逃げている、という。
「で?何故こんな所にお前のような者が居る?」
まずは何をするにしても事情聴取だ。夕食の支度をするミムルの邪魔にならない様、馬車の中に移動する。何故だがツィーアも付いて来た。
喉が渇いているというので・・・もう器を出すのも面倒くさいから氷で小さな杯を作ってそこに水を入れた。造りはかなり粗いだろうが、飲めることには飲めるだろう。自分でも器用になったなぁ、とは思う。
コレにはちょっと、妖精ちゃんも驚いていた。
「・・・ほえぇ・・・」
こくりこくり、と小さく喉を鳴らして杯の中身を嚥下し、空の杯を返して来たので、握り潰して処理。パリン、という音に、ひっ!と小さな悲鳴。・・・怖がらせて悪かったな・・・。
「・・・質問を変える、君の名前は?」
でき得る限り優しい口調で、窓枠の所に、ちょこん、と座らされた彼女(?)に話し掛けてみる。
「うぅ?名前?・・・えっと、他の人にはニーレイって呼ばれてる」
名前はニーレイちゃん、と。
「なんであんな所に居た?」
「・・・迷っちゃったの」
段々と返しのレスポンスが良くなって来たな。落ち着いてきてくれた様だ。だが・・・今度は段々と警戒して来ているな。間抜けた表情に、徐々に冷静さが加わって行く様だった。
「・・・ふたりは?お名前はなんて言うの?"人間の雌の幼体"にみえるけど・・・」
今度は向こうが探りを入れてくる・・・と言えば聞こえが悪いか。まあ、自己紹介くらいはしてもいいだろうな。あと・・・何と無く言葉に差別的な感じがするな、コイツは。
「私はツィーア、ツィーア・エル・アルタニク。歳は九つ。爵位は伯爵・・・あ、人間よ、あと女ね」
それはそうと、妖精は一応魔族に分類れている。魔族相手に名乗る時は、自分の種族も言うべきらしい。
なんでも魔族には人間そっくりなくせに中身が違うのが地味に多く、そうでないと、「人間だったの!?いや吸血鬼だと思ってたからこの程度で死んじゃうとは思わなくて・・・」などという凄惨な事故が起きてしまったりする。あとは夢魔だと思ったから妊娠しないと思ったから云々だとかのトラブルが起きたり。だからコレは自己防衛手段としては割と重要だ。
「エリアス・スチャルトナ。人間だ。歳は八つ、性別は女性」
ツィーアの時とは異なり、ニーレイは俺の名乗りに多少驚きの色を見せた。
「・・・ほんと?ヴァンパイアとかじゃなくて?」
・・・失礼な。そんな意を込めて指先で軽くどつき回してやった。「あうっ」だとか「おうふっ」だとか「あうちっ!」だとか鳴いていたのを見て、少し溜飲が下がった。話を戻し、ニーレイの事情を聞く。
「何処から来たの?この辺りに妖精が住むようなところは無いと思ってたけれど・・・」
「あ、わたしアトラクティアから来たんだ」
逃げてね、と。
それに、はぁ?と信じられない物でも聞いた様な反応をするツィーア。
「・・・アトラクティアって妖精も含めて亜人や魔族も住みやすい国って聞いてたけど・・・どうして・・・?」
ツィーアは思い至らなかった様であるが・・・俺はメアリーの話を少し思い出していた。
「・・・ゲイル・バンクシアか」
メアリーが居た頃から徐々に始まって居た人間至上主義。確か今のアトラクティアの軍部がそれを強硬に主張していると言っていたな。
で、魔族亜人達はかなり肩身の狭い思いをしている、とも。
「・・・よく知ってるね、アレが必死になってひた隠しにしてることなんだけど」
一歩間違えばヤールーンとハノヴィアと全面戦争だからね〜、と呑気に垂れる。
そうなのか?ハノヴィアは亜人保護でも掲げているのか?
「少し物知りな魔族の友人が居てな」
言うまでもなくメアリーの事である。まあ、態々言うまでも無いが。
ふーん、と薄紫の髪を振り、何事か思慮したらしい彼女は、幼い外見に似合わず、高い知性を感じさせる、硬質な眼光で此方を見据える。・・・こいつもメアリーと同じで人間主観の外見年齢とは全く噛み合わない質なのだろうか。
「その友達ってエルクに住んでるハーフの女の人?」
「知っているのか?」
それに一つはっきりと頷いた。だって・・・、と言葉を続ける。
「一緒にヤールーンに誘って行こうと思ってたの」
ニーレイは闇妖精だ。妖精の中でも特に強力と言われるそれである。
彼女は三百年近くもアトラクティアに住んでいた。
何百年経っても直らないあがり症が自分でも悩みどころではあったが、魔術の扱いには自信がある。
当然転移魔術は得意中の得意技。ふらっと現れた《ファイアーフライ》だってどっかに吹っ飛ばした事もある。後で地面に半分埋まったのを見つかったっけ?と割と懐かしい事を思い出した。
闇妖精の価値は、そこら辺の者が知っているよりも非常に高い。
それはアトラクティアにおいても同様であり、ニーレイ自身も相当な待遇を受けていた。
例えば、アトラクティア内での治外法権。ぶっちゃけて言ってしまえば、道端で気に入らない奴の頸を掻っ切ってぶち殺しても、一人二人くらいなら何も言われなかったりする。あとは適当な店から果物を取って食べたり。それは後からアトラクティアの国庫から代金が出る。や、流石にそんな不法な事はそうそうしないけれど・・・。
あとは国が生活全て面倒を見てくれるだとか、気に入らないというかしつこく言い寄ってくるウザいのがいる、と国にチクればそいつが次の日には国外追放されているだとか。
地位もアトラクティア議会に一席を持っていた程。これでもアトラクティアという国の方針決定権を持つ一人であった。ちょっとした自慢の一つだ。ちなみにアリエテ王国、ハノヴィア帝国では爵位にして公爵と同等の扱いを為される。国賓として様々な式典の正式な招待状が届くくらいの。自分で言うのも何だけれども、自分は一応エライ人に入ると思う。
でも、逃げ出した。保有する魔力と、都市防御塔の魔力貯蓄結晶に封入されていた魔力の殆どを使い、座標調整すら困難極まる千キロ越えの大転移までして。
慌てて出てきたから、荷物なんて用意できなかった。あるのはこの身一つだけ。
原因は・・・大体十年くらい前から議会に台頭する様になって来た軍部、国防軍長官、ゲイル・バンクシア。
人間の男で、手練れの戦士である。指揮統率能力も優れていた。
だが・・・真人教の影響を強く受けた、人間至上主義者だった。
アトラクティアでは軍権はかなり強い。時折起きていた人間とその他亜人魔族との争い。それを速やかに鎮圧する為だ。
大体百三十年前か。その頃にも大規模な動乱があった。それからはというもの、両種族の仲は遠ざかる事はあれど近付く事は中々無く、当時興った宗教に便乗する形で、人間は人間至上主義へ、亜人魔族もまた人間を和を乱す非力な下等な種として考える、人間劣等種説を唱える者が、少数ながらも常に一定数生まれた。
それらが偶に反乱を起こそうとするので、先制してその動きを潰す作業をスムーズにする為が故、軍部の増長を呼んだ。
ゲイル・バンクシアは人間至上主義者だ。強大な軍権も持っている。ならば・・・やらかす事と言ったら一つだ。
軍事クーデター。
今からたった一週間前の事だ。彼等は瞬く間に魔族亜人を議会から追放、その権利を著しく制限したのだった。
亜人魔族はアトラクティアから流出を続け、大半はハノヴィア経由でヤールーンに渡った。
しかし、闇妖精であるわたしへの待遇は然程変わらなかった。ただ、議会への参加は認められなくなったけれども。その他特権も普段は別に使わなかったから、特にそちらも制限は受けなかった。
数日間軟禁された。クーデターが行われた時、わたしは家に篭っていて、その時はクーデターが実際に行われたなんて思って居らず、何で外出させてくれないのかなー、なんてただ思っていた。
だから・・・こっそり抜け出した。
街に出て・・・そこで見たのは・・・軍の兵士に背を槍先で突っつかれながら歩かされる、見知った顔の亜人達だった。
軍人をとっ捕まえて事情を聞いた。
そこで全てを知ってしまった。
本当なら、そこで全てを見限って身支度をして逃げてしまえば良かった。
愚かな事に、わたしはゲイル・バンクシアに事情説明を要求した。
その答えは・・・夜、家に突入して来た兵が投げ付けて来た、封魔拘束具だった。
だが、わたしは普段の行いが良かったからかツイていた。偶々驚いて投げてしまった食器が、拘束具の輪に当たりそれを逸らしたのだった。
あとは・・・なし崩し的な逃亡だ。
偶々逃げた先の城壁上、数十本立ち並ぶ防御塔と呼ばれる要塞設備の中にあった、巨大な魔力貯蓄結晶から魔力を吸い取り、全力で転移した。
大体エルクのあたりを目指したのだが、本来、これ程の長距離転移をする時は、より正確に移動する為、ちょっとした関数の計算をする。
余談だが、闇妖精界の学問の数学、それも主に幾何学、解析学に関してはかなりの域に達している。それもその筈、彼女らは古代遺跡から発掘したぼろぼろの本・・・古代数学の参考書を研究した事から始まったのだが・・・それはまた別の話。
話を戻すが、長距離転移の場合は計算をする。暗算ではなく、地面に書いたり紙に書いたりなんだりして。
そんな物を暗算でやった結果が・・・数十キロの座標のズレ、さらに高度も数百メートル上にずれるという事故。
上空数百メートルというのはまだ良い。一応自力で飛べるから。だが数十キロのズレは・・・かなり痛かった。
降りた先は深い森。予想ではエルク西南西に広がるそこだと思う。
何とか人里を見つけて位置確認をしなければ、と動き始めた所で、大転移による魔力の欠乏が足を引っ張った。
何時もなら足元にも及ばない様な雑魚の魔物すら、真面に相手する事が出来ず、結局尻尾巻いて逃げて逃げて逃げ続けて・・・早二日。
足元に生えている雑草すら美味しそうに見えてくるくらいお腹が減った。食べられそうな物は無いかと探せども、どうやらこの辺りの魔物が熟れる前に全て食べてしまっているらしい。なーんにもなかった。
しかし移動を続けた甲斐もあったのか、漸く森の外が見え始めた、そんな時の事だった。
三度、辺りに響く乾いた破裂音。
前方から話し声がする。多分女が二人くらい。片方はハスキーな大人の女性の、もう片方は・・・。
そこで突如、再び轟いた炸裂音に思わず身が竦む。・・・古代兵器が、肉を砕く鉄菱を撃ち出す時と良く似た音だったから、
でも、何とか意を決し、木を盾に、そっと向こうを覗いてみた。
歩いていたのは二人。
一人は全身真っ黒な服装をした・・・アレは狼族。それも特に気性が荒く凶暴とされ、魔族亜人の間でもあまりお近付きになりたくない種族トップスリー(個人的な)に常に入っている黒狼族だ。
何せ扱いにくい。一人一人が滅茶苦茶強い上に、頭も良くプライドが高い。おまけに残虐性も甚だしい気質と来た。つまりはアブナイやつら。
どう見ても今、目の前に居るのは女ではあるけれども、実は黒狼族は女性の方が好戦的で危ないというのは良く知られた事だ。
男も確かに戦い好きで、ちょっと強そうな奴を見れば襲いかかる様な血の気の多い奴らだが、女はそれ以上だ。一見弱そうな者にでも、見境無く襲い掛かるから手に負えない。優秀な、強い子孫を残す為、番いとなる強者を見定めているとは言われているが、しかし同性である者にまで負ければ素直になる事から、それに関しては疑問を抱かざるを得ない。
まあ、そんな事は滅多に無いのだが。確かヤールーンの魔王の娘、魔王女に仕えていた騎士にそんなのが居た気がする。ま、そんな事はどーでも良いんだけれども。
その狼女は手元で何やらごつい、金属で出来て居るらしい絡繰をカチャカチャと弄っている。時折隣、わたしから見ると向こう側にいるらしい誰かと言葉を交わしている様に見えた。
もう一人いるらしい誰かはその狼女よりも遥かに小柄らしく、その身体に隠され、誰かは窺い知る事は叶わなかった。
少しその歩む先に目を向ければ・・・高貴そうな人間が乗る様な馬車があった。
その傍らには、使用人の服装をした獣人、猫族の女と、着飾った小さな、浮ついた雰囲気でへらへらとしている薄茶髪の少女が、狼女の方を見ながら、何やらはしゃいでいる様に見える。
・・・チャンス。
完全に気が他に向いているのだ。あの馬車が何処に向かうかは知らないが、張り付いて行けば必ず人里に出るはず。そして何より楽だ。
少し大回りで、茂みを使って視界を切りながら超低空飛行で接近。馬車の下、車軸の上の板バネの所に乗っかった。
なんで堂々と助けを求めないかって?
まさか人間やらに弱みを見せるなんて事でもしたら、一体何をさせられるか分かったものではないからである。
ましてや、あんなおっかなそうな黒狼族の女。食事もしていないし、まともに寝てもいないから魔力はほぼ回復していない。故に転移は疎か、現状攻撃魔術すらまともに使えないのに、万全の状態でもやばそうアレからいざという時に逃げられるかって話。おまけにあの薄茶髪の女の子もそこそこやる魔術師っぽい気配がする。
あと一人・・・魔術師が居ると思うけれど・・・そいつはもっと面倒くさそうだ。何でかって、魔力量をほぼ完璧に隠す事に成功している事から分かる。魔力、魔術の扱いをかなり上手くこなしている証拠だ。少なくとも中級、上級魔術くらいは容易く扱う魔術師だと推測出来る。
そんなのが相手だと、最悪出て行った瞬間に力づくで捕獲されてしまう可能性も出てくる。それは避けたい、というか一番憂慮すべき事態だ。だから、こっそりと、同行させて貰うのみ。
暫く、外で獲物を解体・・・多分先程見えなかった小さな方が運んだのだろう・・・しているらしい、血生臭い匂いが漂っていたが、きゃっきゃ、と少女がはしゃぐ声が響いていた。多分、薄茶髪の少女の声かな、と。
気になる声が一つあった。
声質は美しい、幼い少女の物。
しかしその声はまるで魅力、洗脳の魔力が込もっているかの如く、こちらの心の奥底に入り込んで来る、謂わば魔性。
ぞわり、と何百年もの生を受けども、滅多に体験した事も無いむず痒い感覚が背筋を奔る。
見たい、会ってみたい、話してみたい。間違い無く、今まで会った事が無い様な、一角の人物だろう。
しかし自分の中で育まれた経験は、それに警鐘を鳴らす。近付いてはならない、関わってはならない、と。間違い無く、"戻れなくなる"と。
しかし、なんとか頭を過ったおかしな考えを振り払い、今はただ息を潜める事に集中する。
体外に放出される魔力を限界まで絞り、身体の表面に魔力を遮断する皮膜を作る。
対魔障壁の発展形の術で、『結界』と呼ばれる物だ。
今は体表に沿って展開されているが、勿論ある程度自分の身体から離して自由な形に展開する事が出来る。
この『結界』の特徴は、ある程度の音、匂いを遮り、更に身体から漏れ出す魔力や、魔術を行使した時に出る残り滓の魔力を通さないという事。
術自体は非常に簡単なのだけれども、展開の際にも魔力の残滓は出る為、それを如何に外に出さないか、という所に技量が現れる。
因みに攻撃魔術や物理攻撃には一切効果が無いので、戦闘には使えない。おまけに隠れて魔術を使うにしても、結界自体が淡く発光している為、目立ってしまう。だから、使い所が難しい。
でも、こういう時に限っては有効だ。
そうして息を潜めていると、外の四人は次々に馬車に乗り込み、それが動き出した。
これで漸く何とか助かる目処がついた。あとは街に着くのを待つのみ・・・。
と思って安心した途端、ひたすら無視していた、喉の奥から干からびてく様な空腹感が押し寄せて来た。
水はまだ良い。辛うじて残っていた魔力を使って作り、飲んでいた。まあ、足りたかと言えばそうではないけれど。
食べ物に関しては、三日前の夕食で食べた自家製ビスケットが最後、丸二日間何にも食べて居なかった。
胃の腑が荒れ狂い、食べ物を要求して来る。確かに身体にもう力が入らず、視界は時折ぼやける。
・・・街に着いてもお金が無いしなぁ・・・。
結局人間に媚びを売る事になるのだろうか、と自棄気味な思考に陥った時・・・それが目に入った。
ぶらーん、と馬車の後部で揺れる赤い肉。
先程解体した魔物の物だろうか、と考える暇も無かった。
食べ物!そう、食べ物が目の前にぶら下がっている!
なけなしの余力を振り絞って飛び、肉にしがみつく。多分、いまわたしの口からは溢れんばかりの涎が湧き出している事だろう。
何時もなら決してしないような、乱暴なしぐさで、柔らかそうな部分を毟り取る。
血抜きはしてあった。生で食うのもアレと何時もなら思うけれど・・・脂身に噛り付いた。
あまり美味しくは無かったとは思うが、少なくとも胃は喜んだ。胃の腑に食べ物が入る感触と共に、体の内から溢れ出てくる物がある。魔力だ。
結界を広げ、肉片を引きずりこむ。そして・・・小さな火を生成、肉を炙る。
後は欲望の赴くままに肉を腹に収め・・・気付けば結構な量の肉を食べてしまっていた。
流石にバレるかなぁ、と一瞬頭にヤバイ、という考えが過ったが、満腹になった所で次は眠気が限界だった。
揺れる板バネの上にも関わらず、瞼が重たーくなり・・・意識を手放した。
その後、惰眠を貪っていた自分の意識を覚醒させたのは、馬車が停車する振動だった。もう着いたのかな?と思い、車輪の隙間から外を見るも、まだ草地。下も同じだからまだ街ではないと思う。既に辺りは暗い。野営の準備をしているのだろうか。
そこで・・・話し声から推測するに、遂に食べた肉の跡を発見されてしまったらしい。
何事か外で話す声。でも、ここなら多分バレないだろうなぁ、と油断していた最中だった。
魔力を放つ気配。何をするかと思った途端・・・結界が砕け散り、身体の表面を異質の魔力が這った。
じわり、と皮を犯し、肉に線虫が無理矢理潜り込んで来る様なむず痒いどころでは無い、悍ましい感覚。
「ぎゃっ!!」
と、思わず悲鳴が迸り寝そべっていた板バネの上から転げ落ちるくらいに、不快な感覚だった。
声を出してから、「マズイ!」と思い、何とか立ち上がって走り出すも・・・今度は上から"超高密度の魔力で出来た厚膜"が辺り一帯に落ちて来た。
あ、死ぬかも。
頭を過ったのはそれだけ。
出来たのは地面に身を投げ出す事だけ。
次の瞬間、身体か横から裂けるかと思う程の重さがのしかかり・・・地面に顔を擦り付ける羽目になった。
近づく草を踏み分ける音。
顔を擦りながらも、決死で顔を音の発生源へ向ける。
わたしを見下ろす、その人物の瞳は・・・赤かった。
「・・・で、今に至る訳か」
危うくこの可愛らしい生き物をぷっちりと潰してしまう所だった、と。
薪の側に並べた椅子代わりの石の上にちょこんと座り、椀の中の野菜を爪楊枝みたいな木串で突っつく妖精、ニーレイを横目に見ながら、俺も俺で器に注いだ麦粥をスプーンで掬う。
肉と幾つかの野菜を煮た出汁で炊いた物で、味は結構良い。・・・いや飯の事は今は良いのだ。
結局ニーレイはエルクに向かうらしい。"最終的には"だが。
これから向かう町、ボレーフェルトまでは兎に角送って行く事にした。
何をするにしても人里に出たいと言うし、別に小さな同行者が増える事に異論は無い。何よりツィーアが嬉しそうだ。少し、危なそうなニヤついた顔で「カワイイカワイイカワイイ・・・」と口の端から漏らしているのは少し心配だが。主にニーレイの身が。
まあ、実際可愛いしな、コイツ。三百歳超えてもう歳なんて数えてない、というのが俄かに信じられないくらいに。
彼女、メアリーとはアトラクティアで、彼女が有名になりつつあった位からの知り合いらしい。
昔、メアリーが晩餐会でお盆の端を踏んで跳ね上がり、それが顔に命中してぶっ倒れた話だとか、表彰式の場でドレスの裾をヒールの踵で踏んでスカートが裂け、下着が丸出しになった話だとかの笑い話から、最後、別れる時のやさぐれた彼女の姿まで、色々な事を話してくれた。
逆に俺は最近の彼女の事を話す。古代武器の再現に熱中し、最近のその成果が出ているという話から、古代武器である機関砲をぶっ放したところ、爆音で気絶した話まで。
「メアリーは相変わらずなのね」
クスクス、笑う彼女。
しかし、コイツが凡ゆる者が喉から手が出る程欲しがる闇妖精、ね。
何だが凄い者に遭遇しているという状況だが、どうもパッとしないというかなんというか、
「・・・・・」
「ひぃっ!?」
何百年も生きている割に、スィラが近づいただけで跳ね上がるというのは何なのだろうな。
そして、怖がられているという事に耳をぺたんとたたみつつ、意気消沈するスィラであった。お前もかわいいよ、本当に。




