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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
43/94

父と子と

あい わな げっと もちべーしょん

俺の中には、親は厳しいモノという意識がある。


躾けという過程で印象付られた其れは今も尚、自分の中に畏怖と供に生き続けている。


教育熱心、悪い親では無かったと思う。厳しかった事には厳しかったが、間違った事はしていなかったと思う。


親とは子に対して絶対的な存在として君臨していた、そんな家庭で育った俺。


・・・だから、俺は今世の親父が全く理解出来ない。


其れは母も然り。確かに俺が学校に行く前は、教育ママな感じであった彼女も、今はゆるーい、上も下も緩そう(失礼)なぽわぽわした人物だ。


昨日の昼だってそうだ。父はスィラと突如武器を持って乱取りを始め、結局母が昼食が出来た、と声を掛けるまで延々と斬り合っていた。頭がおかしいのではないかと。


が、中々どうしてか、二人はお互いに認め合った様で、武技に関してちょくちょく話し合っていた。


ツィーアは母とよく話す。もともと、ツィーアはかつて女性でありながら近衛魔術兵団の最上層に迄登り詰めた母やケイト女史の、俗に言うファンであり、色々と武勇伝だとか、何をしていたのだとか、生で聞ける機会が来るなんて!と喜んで質問責めにしていた。


相手が相手、伯爵であり、子供であり、邪険にする事も出来ず、苦笑いをしながら一つ一つ答えていた。あと、ツィーアはメモ魔らしい。聞きながら、色々と羊皮紙にペンでカリカリ書いていた。


さて、別に俺がハブられているわけでは無い。まあ、みんなはすぐに馴染みあったというだけで。


かく言う俺も、今迄あまり話した事が無かった奴と交友を深める機会があった。


ミムルだ。猫耳が生えた栗毛の獣人。真面目そうな顔付きで、獣人のくせにあまり運動が得意そうでは無い彼女は、何か特別な事をするでも無く、馬の世話やらツィーアの荷物の整理やら。


歳は三十七。この中で最も年長だ。


他の四人がそれぞれの時間を過ごし、手持ち無沙汰になってしまったのは俺と彼女。自然と言葉を交える事になる。


「ミムル」


歳上とはいえ呼び捨て。そもそも、主であるツィーアを呼び捨てどころか渾名で呼んでいるというのに、その使用人に敬語を使うというのは、間接的にツィーアを貶めている、と見られるからだ。


「なんで御座いましょうか?エリアス様」


ツィーアに充てられた部屋、休憩中だったとは思われるが、自然な笑みを浮かべながら間髪入れず反応するのは、流石年季の入った使用人と言わざるを得ない。


「別段、大した用事ではない。少し話さないか?」


彼女も了承。俺が何と無く聞きたかったのは・・・当然ながらツィーアの事だ。


聞けばミムルは、其れこそツィーアが前領主の奥さんから産まれた時から、アルタニク家に仕えていたという。


まだ若い頃、十七の時に奴隷として売られていた所を、ツィーアの父に買われ、使用人として仕込まれた。


要領は非常に良かったらしく、最初の一年で仕事はほぼ完璧に覚え、二年目には使用人筆頭の座を手に入れた。


驚くべき事は、彼女の記憶力だ。


世の中には完全記憶能力と呼ばれる、一度見た物は絶対に忘れない、という摩訶不思議な脳を持った者が稀に居る。


其処迄は行かないものの、彼女は数回反復するだけで、ほぼ完全に物を記憶出来るという。


前領主の、最も近い所でその仕事を見ていたミムルは、彼が亡くなった後、その覚えていた記憶をフル活用し、ツィーアに仕込んだ。


結果、ツィーアが領主として仕事がしっかり出来ている、という偉業に繋がっている。


ツィーアの能力も大した物だが、ミムル無しには、ツィーア・エル・アルタニク伯爵は誕生しなかっただろう、と思う。


尚、獣人ではあるが、戦闘能力はツィーアよりも低いらしい。頭でっかちですから・・・とは彼女の弁である。


「爵位を辛うじて継げるのは、お嬢様しか居りませんでしたから・・・」


前の領主には、本当に良くしてもらっていたという。彼は実力主義の人間で、仕事が早く、気が良く回り、記憶力も高いミムルを重宝したらしい。彼女を側に付けてから、彼は予定表という物を作らなくなったという。全てミムルが覚えていてくれるからである。


その恩返しも兼ねて、可愛がられていた愛娘に幸せになって貰いたかった、と。何とも義理堅い事だ。


「それに・・・」


アルタニク家は格式高い家だ。当然親戚も多い。


その親戚達が家督を継ぐという方法も当時はあった。爵位が欲しい親戚も多く、ツィーアが家を継いだ事に異論を吐く者も多かった。


だが、ミムルはそれは可能な限り避けたかったという。


「あの方達は・・・私達に多大な偏見をお持ちでして・・・」


獣人を差別する質であった、と。


職を失う危機でもあった等、多少私見の入った行動でもあった、か。


「ですから、お嬢様には"世渡り"を沢山お教え致しました」


"世渡り"という名の権力保持術だな。


「それにしても・・・良いのか?そんなぺらぺらと私に話して」


見れば近くの机には小瓶が。酒だな。アルコールが入っているのか。


「・・・お嬢様には内緒にしておいて頂けると幸いです」


パチンと片目を瞑り、人差し指を口元に当てて悪戯っぽい、猫らしい笑みを浮かべる彼女。なるほど、ミムルは思った以上に食えない奴なのかも知れない。


それから・・・と言葉を続ける。


「・・・エリアス様は大変思慮深い方と存じております」


脅しなのか、俺を買っているのか分からん。油断ならない猫だな。


「・・・ああ、喋らんよ」


安心しろ、と言っておく。


そして話はスィラの事へ。使用人教育の話だ。


「スィラさんは凄い方ですね・・・」


獣人としての身から見ると、まず驚いたのはその気配。


「絶対に勝てないとすぐに分かりました。存在としての圧倒的な格上・・・」


野生の名残というか、獣人達は何と無く、人間よりも身体的な彼我の戦力差が分かるらしい。武術をまなび、戦いを知る人間がそうである様に、産まれながらその感覚を知っているというヤツだろうか。俺には全く分からん感覚だ。魔力的にもまだ分からない。修練が必要だな。


「しかし・・・ふふっ、初心な方でして・・・」


畏怖する様な調子から一転、思い出し笑いまで始めた。


「あの方、敬語すら知らなかったのですよ?」


最初は酷かったそう。完全に一から教える形となった、と苦笑する。


流石に茶器を割ったりする程不器用では無かったが、あまりにぎこちなく、思わずその滑稽さに笑ってしまう事もしばしばであったとか。うん、それは分かる。アレはアレで天然な所があるからな。


偏った生き方をした者とは、見ている分には何とも面白い物だ。本人からすればたまったものでは無いだろうが。


というか、そもそもだな。


「こんな昼間から酒精を入れて大丈夫なのか?」


まだ太陽の位置は高い。先程昼飯を腹に収めたばかりだ。俺の感覚では、酒を昼から入れるのは飲兵衛では?という意識があるのだが、それはこの世ではどうなのだろうか。


「・・・曲がりなりにも、珍しい休暇なのですよ」


お嬢様は私がお酒を飲むと、夜でもあまり良い顔はしませんから、と。いやいや、ソレはマズくないのか?


不思議な事に、スイッチを切り替えたミムルは普段と全く変わらなかった。多少のアルコールでは全く能力に変動は無いのか。


俺の中での彼女の評価が、堅物から、適当に手を抜いている要領良い奴、となった。










「ミムル!まさかお酒なんて飲んでないわよね!?」


無駄に勘が良いツィーアの言葉をゆるりと躱すミムルを横目に入れながら、食卓につく。


上座に父、その左右に俺と母、そして客のツィーア。


使用人は本来、別の卓で食べるのが慣わしだが、今は同じ卓につく事を許されている。それでも下座だが。


夕食は母と、なんとツィーアが手伝って作った物だ。ツィーアに「料理が出来たのか?」と聞いてみると、どうやら初めてだった様だ。


「出来るに越したことは無いかなって・・・」


はにかむ彼女が眩しかった。俺?男料理という名の手抜き料理なら覚えているぞ?


メニューはじゃがいもと玉ねぎと何物かの・・・豚っぽい肉・・・の炒め物に、素朴な感じの塩味系野菜スープ。他、色々。


決して高価な物を使っている訳では無く、寮で食べていた物より、味の面で言えば劣るだろう。


しかし、お袋の味というか、庶民の味というか。単調ではあるが、食べ飽きしない味を楽しみつつ、結構量はあったのだが、全て腹に入れた。


「エリィってそんな食べれたのね・・・」


ツィーアは盛られた分は食べ切ったものの、胃袋は小さい様だ。既に食後のお茶を啜っている。


確かに、今の俺はかなり食べられる。横の父と比べても・・・俺、親父と同じくらい食べてなかったか?


不思議な事に、お腹を撫でてみても殆ど食前と変わっていない。その上満腹感は無く、まだまだ食えそうな気がする。いや、流石におかしいし、自律神経が狂っている線も捨てられないので、これ以上は食べないけれども。


因みにスィラも同じくらい食べていた。それはそうか。昼間、動きに動いていたものな。


「エリアス・・・ちょっと食べ過ぎじゃない?」


流石に母も心配してくれる。いや、本当に異常は無いのだが。


「いいじゃねぇか、食べ盛りなんだろ?」


と、更に俺に炒め物を押し付けようとした父が、母に机の下で一撃受け、悲鳴を飲み込んだのを横目で見つつ、窓の外に目を向けた。


深い闇だ。当然の事、家々から漏れる僅かな灯りしか無い世界だ。その上うちは高い塀に囲まれているからして、それも届かない。


団欒の場、その多少の喧騒が心地良い。我ながら老けている感想だな、と自嘲していると、母が「なに辛気臭い顔してるの」とおでこを小突いて来た。


「ドタバタしてて、今更だったけど・・・おかえり、エリアス」


気付けば父の指が後ろから俺の髪を梳いていた。因みに髪留めは外している。視界の端で流れる銀糸が目元に掛かると、母の指が其れを掬う。


「エリィっ」


むぎゅーっと抱きついて来たのはツィーア。何故かあの夜から甘えん坊になりつつある彼女。顔、近いぞ。


人から聞くツィーアの評価は完璧超人だ。しかし、此方が本当の中身なのではないか。本当は普通の幼き少女、甘えざかりであったのに親を失った可哀想な娘。


こうして触れ合うのは悪くは無い、と思う。


家族の暖かさ、友人の暖かさ。今は・・・この中で微睡んで居たいと心から思った。










風呂から上がり、寝支度をする。ツィーアと一緒に、二人で入ったのだが、何とツィーアは自分の身体の洗い方を知らなかった。何時もはミムルに流して貰っていたらしい。その上、三日に一回も入らないのだから仕方が無い。


という訳で、俺が洗う事になった。まあ、洗うという名目で、ツィーアの全身隈なくベビー肌を堪能させて貰ったので良い。彼女はスィラとは違い、だらしなく惚けて延びてしまった。顔が黒歴史物だ。カメラが無い事を悔やむ。後で見せてやりたかった。


久々の自室だ。しかし大した物は無い。


机と、ベッドと、本棚。あとは火台くらいか。


本棚には主に、俺が学校に行く前に使っていた教科書や、簡単な物語など。殆どが母から譲り受けた物で、取り敢えずは目は通してある。


物語は自意識過剰な自伝が多く、あまり読んで面白い物は無かったのだが、面白かったのは主に史書である。


プラフィットという不思議な歴史書がある関係で、この世界の歴史書はとても正確なのだそうだ。・・・プラフィットを読める人間が限られている、という以上、其処には権力者のアレコレが介入している可能性も高い、というか濃厚だが、其処は気にせんでおいた。


超高度古代文明の滅亡、そして穢れきった世界が神の手により浄化されたところから歴史は始まる。文明と呼べる物が存在しない人間界、魔物との熾烈な勢力圏争い、其処に起因する最初の都市国家、アトラクティアの成り立ち、ハノヴィア帝国やアリエテ王国建国の経緯、王帝大戦と呼ばれる最初で最後の全面戦争。そして、魔族と獣人の国、ヤールーンの独立紛争があった所で文は終わっている。どれも面白おかしく、上手く描かれており、とても分かり易かった。


ヤールーンは現在進行形でアリエテ王国と敵対中であり、準戦時下とされる。


ここで少し、ヤールーンについて話しておこうか。


魔族と獣人の国ヤールーン。


アリエテ王国北西の沖合、ハノヴィア帝国最西端から見れば南西の沖合に位置する島国だ。


昔から迫害を受け続け、人間の居ない、己達の楽園を夢見たかつての魔族、獣人達が協力し立ち上がり、海を渡って発見した新天地。当初アリエテが領有を宣言したのだが、当地の自治局を彼等が乗っ取る形で建国したのが始まり。


共和制とされてはいるが、あまり中央に権力は無く、地方其々にかなりの自治権が与えられており、国民は大抵が部族、種族単位で生活している。


大きく纏めてみると、北部及び西側にある副島に魔族達が、南部に獣人達が多く分布しているらしい。まあ、それはどうでも良いか。


人口は不明。中央が弱過ぎて把握も儘ならない為である。


それでも、アリエテ王国と拮抗しているのは、単に獣人、魔族達個人、部族単位での戦闘能力がズバ抜けているからだ。


波の激しい海を渡って大軍を送ることは、アリエテ王国をしても簡単な事では無く、少数の軍は瞬く間に侵入に気付いた彼等が海に追い落としてしまう。いやはや、何というか化け物の巣窟というか。


スィラをして、今でも敵わないだろう、と言わしめる程の者がゴロゴロ居るらしい。おっかないな。


おまけに神器まで・・・魔王と呼ばれる者が保有しているらしい。魔王、ね。どんな奴なのだろうか。


それはまあ良いか。その内お目にかかれたら良いな、程度の認識だが。


あまり灯りを付けたまま何もしないのは、火台の油が勿体無い。


ふっ、と息を吹き掛けて火を消し、寮のベッドに慣れた身としては少々硬く感じるベッドに身を放る。


世界の情報が全てでは無いが、コンピュータの電源を入れ、画面に出てきたモノを叩くだけで手に入った時代には、別に何も考えなかった。


だが、どうしてこの文字だけ、言葉だけの伝聞とは俺の中の冒険心を擽るのだろうか。


見たい、聞きたい、五感全てを使って感じたいと切に思う。


果たして、この一生の内にこの世界を回ることが出来るとは思えないが、旅に生涯を捧げる人間の心境とはこんなものなのだろうか。


まだ見ぬこの世の全貌を夢見ながら、瞼を閉ざした。










「・・・もう寝ているか?」


娘の私室。こっそりと扉を開き、小声で呟きつつ中を覗き込んで見る。


帷幕の隙間から零れる月明かり以外は、真っ暗な空間だ。


子供の頃・・・今の娘と同じくらいの時、暗いのが怖くて何時も灯りを焚いた儘寝ていたのを怒られていた記憶が蘇り、口の端が緩む。


どうやらもう寝ている様。


俺はシレイラと婚約した後、すぐに"契約"に従ってある人物(?)を連れて旅に出た。


既に懐妊していたシレイラを残して行く事は気が引けたが、幾ら強靭とはいえ、妊婦を連れて歩く訳にはいかない。


シレイラの退職金と俺の貯金で、彼女の故郷に近い此処に居を構え、誠に遺憾ではあるが置いて行く事にした。


本人も同意してくれたのが幸いだった。心置き無く、とはいかないものの、躊躇いは少し薄れた。


・・・帰って来て早々に剣の鞘が飛んで来たのには本気で心臓が止まるかと思った。


何故か腰に手を当て仁王立ちで苛ついていた嫁を宥めるのにほぼ一日を費やした・・・兎に角その話は良いか。問題は娘の方だ。


初見こそ、あまりの出現タイミングに驚愕し、古代武器までぶっ放して来た衝撃で何も思えなかった。


いや、呼び鈴が鳴っているのは気付いたのだが、何せ夢中だったのは悪かったと思うが・・・。


改めて我が娘を見て最初に思った事。まるで人形の様だった、という一言に集約される。


恐ろしい程迄に整った容姿、内面が全く読めない、"真っ赤な"瞳。


表情は作った物が多い様に見える。笑顔も、困った時にする曖昧な笑みも、無表情でさえも。


性格は異様に大人びていた。一体どんな育て方をしたのか?とシレイラを問い詰めてみても、彼女も首を傾げるのみだった。やったことを聞く限りでも問題があった様には思えない。


だとすればエルクの学校で何かあった?十中八九何かはあったとは思うが、聞けば前々からこんな感じであったという。試しに娘が連れて来た友人というツィーアちゃんにも、さりげなく問うてみてたのだが、そう性格は変わる様な事は無かったという。


交友関係には口に含んだお茶を噴き出すかと思ったぐらいに驚いたが。


旅の途中、ハノヴィア帝国、その政府関係者と会話をする機会があり、あまりに生々しく話すからから良く憶えている。


カルセラ・コウ・エーレン・ベルギア。ハノヴィア帝国、帝位継承権第二位。現皇帝の実の娘。


ハノヴィア帝国始まって以来の秀才、そして・・・史上最悪の問題児。


あの歳をして既に不自然な迄の人心掌握術を持ち、人の心理につけ込み、容易く操り、壊す。


酷く優秀とされる皇帝夫婦やら、女中ですら持て余し、アリエテ王国に留学という名目で押し付けられた彼女。不自然にならない様に、既に操られ気味であった兄も一緒に。


なまじ優秀であったからタチが悪い。身体能力的には平均以上、頭は教育係の職を奪ってしまう程に切れ、魔術師としての才も持ち合わせる。あまりに強大な存在になる事を怖れたのか、魔術師としての教育からは遠ざけられた様だが。


優秀な者が大好きな皇帝は、兄を差し置いて継承権第一位にすげようとしたらしいのだが、「あんなのを皇帝にしたら国が滅ぶ!」だとか、女である事を理由に家臣達が全力で第二位に妥協させたという逸話があったりする。


あの時に聞いた彼女の性格は、猟奇的で残虐。人の皮を被った鬼といった風。人を人として扱わず、すぐに玩具にする、など。


何故か殆どの者は彼女に逆らえない。魔眼でも持っているのではないか?と言われてはいる。本人が否定している為、それは定かではない。


で、我が愛娘たるエリアスはソレと仲良く友達をしてた、と。一体何の冗談かと思った。聞く限りではとてもとても、真面に付き合える相手とは思えない。


不思議な事に、ほぼ対等な関係というか、翻弄する事もしばしばあったという。・・・実は娘は相当な大物なのではないか?


そして・・・アイク・ベル・イオリア第二王子。


巷では有名な男児で、真面目、正義感が強い、前向きも前向きで後ろを振り返らないなど、色々な話がある人物。


幼少の頃、仕事で護衛をした事があったのだが、向こうはあまりに小さ過ぎて覚えてはいないだろう。


学校に行って二ヶ月か其処らで、この世で最も強大な国の内、二つの国の王族皇族との関係を作るなど尋常ではない・・・運が良いだけかも知れないが。


あのケイト・ヴァシリーの手を無茶苦茶に煩わせているというのは傑作だった。彼女がシレイラに宛てた手紙にその仔細が事細かに書かれ、シレイラなどは爆笑しながら朗読していた。


最後にその能力。コレが一番マズイだろう。


最初、帰ってきた時に聞いたのは、途轍もない魔力量を保有している、と腕力膂力が尋常では無い、という事。


魔力量は兎も角、「俺達の子供だからなぁ・・・」でまあ納得はつく。しかし、窓の取っ手をねじ切っただとか、陶製の椀を握り砕いただとかは意味が分からん。肉体強化術でも此処迄はいかんだろう、と疑問でしか無い。


エリアスが連れてきた従者。スィラ・レフレクス。アレは間違い無く化け物の一人だ。


近衛魔術兵団元一位。其れが俺が持つキャリア。


其れをして言っても彼女はまさに人外。相手は獣人で、身体能力に秀でた種族であるから単純に人間と比べるのもどうかと思うが、今迄相対した生き物の中でも屈指の強さを持っていた。


簡単な仕合をした。何てことは無く、木剣を持って軽く乱取りをするだけ。


だが、その自然体の、明らかに力を抜いた一撃でさえ、木剣をしならせる程に鋭く、打ち合わせれば其れが弾け木屑が飛び散る。腕か痺れ、危うく取り落としそうになることが何度もあった。


剣のみ、という縛りの元で戦えば五回闘って一、二回勝てるかどうかという位の実力差がある。勿論、手持ちの魔術やら何やらを織り交ぜれば勝率はぐんと上がるだろうが。


彼女の本来の得物も剣では無く、広い攻撃範囲を持つ斧槍らしい。剛毅な事だ。


まだ若いが、既に熟練した武芸者。其れが俺から見た彼女の評価である。


その彼女をして、ほぼ勝てない、と言わしめるエリアスの戦闘能力は如何程の物なのか?


そもそも彼女は、エルクで開かれた武闘会においてエリアスに敗北し、その麾下に下ったという。奴隷となってしまったというのだが、別に其れに関して今は気にしていないという。


確かめようにも、まさか娘と模擬戦などをする訳にはいかない。本人が快諾したとしても、シレイラに後で何を言われるか分かったものではないからだ。


そこで、だ。


「おっ、コレだな」


先ずは得物を拝見させて貰おう、という魂胆だ。


娘は割と粗雑なのか、武器やら何やらは寝台傍の卓の上に折り重なる様に置いてある・・・というか投げてある。


「・・・もうちょい自分の物は大事にしようぜ?エリアスよ」


出来うる限り音を立てぬ様、用心しながら荷物を漁り・・・あった。


昼間俺に撃ちまくって来た古代武器。かつて見た物の中では、どう見ても作りは単純で、何処がどうなっているか、古代兵器の研究者でもなんでもない素人目に見ても大体分かる。


もう一つ。此方は明らかにヤバイ代物と分かる。


"元は"銀色であったと思われる、恐らくミスリル製の鞘に収まった短剣。魔力に当てられ続けてしまったのか、毒にでも触れた銀の様にドス黒く変色し・・・禍々しい気配を放っている。


明らかに触ると良く無い事が起きると予測出来るし、エリアスは大丈夫なのかと心配になったのだが、触れないで置いた。断じて怖気付いた訳では無い。怖気付いた訳では無い。


「・・・一体何処で手に入れたんだか・・・」


明日聞いてみるか、と一度横に置いた所で、衣擦れの音。


気付かれたか、と身構えたものの、ただ寝返りを打っただけらしい。


僅かに差し込む月明かりの回廊に照らされた娘の顔は、ぞっと、背筋に寒気を憶えさえする程に美しかった。


暗闇の中でも発光している様な銀糸の髪。この世の物とは思えない位に整った目鼻。白磁の玉肌。


その眉を開けば、どんなに磨いた紅玉も敵わぬであろう、真紅の瞳が覗く。


その唇が開かれれば流れ出る、腹の奥底を震わせる様な鈴唱。


どれほどの間か。放心して見惚れてしまっていた自分に苦笑しつつ、側に寄り髪を梳く様に頭を撫でる。


一切、一本たりとも指引っかからない、さらりとした、何時迄も撫でて居たいと思える感触。銀髪。


「・・・俺は、どうしてやればいい・・・?」


真人教が血眼になって探す人物、銀髪赤眼という条件を完全に満たしている娘。


街に出したのだ。既に存在は世に露見していると見て間違いは無い。


そもそもこの娘は目立ち過ぎる。見た目が目立ち過ぎる。性格が目立ち過ぎる。その能力が目立ち過ぎる。


恐らく学校中の人間が、そしてエルク中の人間がエリアスを知っているだろう。


シレイラと、何があろうと娘を守ると決意した。


だが最悪、王国自体が敵に回る可能性がある。


今の王は真人教、その教皇と癒着・・・と言えば少し聞こえは悪いが、非常に親密である。


王政にもかなり口を出していると聞く。ハノヴィアへの影響力は然程無いとは思うが、王国内だとコレは非常に厄介。


その真人教が主敵なのだ。


娘は産まれた時からこの国が、最大宗教が敵。


「・・・なんで隠居の身でこんな難題を考えなきゃいかんのか・・・」


・・・娘の無邪気な寝顔を見てると、なんとなくどうにかなる様な気がしてきた。


「・・・難しい事考えるのはやめっか」


ぽんぽん、と娘の頭を軽く叩いてから・・・さっきからずっと気になっている事に意識を向ける。


「・・・なんで服を着てないんだ?」


全裸で寝ると良い事でもあるのか?と思い、自分も試してみようと思った。


結局、寝る時、シレイラに「馬っ鹿じゃないの?」と罵倒された。何故だ。










ライノが去った後。


狸寝入りを辞め起き上がる。


「・・・人がどんな格好で寝ていたって自由だろう・・・」


大事な所は見えていなかったとはいえ、そもそも娘の寝室に侵入するとは何事か。デリカシーが足りんぞ、親父よ。


それから・・・。


「自分に降りかかる火の粉くらいはどうにかするさ」


大人の前でも子供のフリをするのは辞めた方が良いかも知れないな。周りに余計な心労を掛ける事になっている気がする。


問題はこの何かと社会的に不便なこの身体だな。


大人としての立場が必要な時はスィラを使えば良いとして・・・まあ、順当に成長するしか無いのだよな。


この世での成人年齢は十五。今は八。あと数ヶ月で九つだからあと六年と数ヶ月か。


それまでの間、身の振り方が非常に重要になる。


下積みが重要だ。己のスペックを高める期間。知的、武的、社会的にも己の価値を蓄積しなければならない。


「・・・不思議な感覚だな」


今頃になってまだ学ばねばならない事があるなど、中々どうしてこう人生の嵩丈とは深いのだろうか。


ベッドの下に並べてあった靴を、踵を踏みながら引っ掛け、窓際に歩く。


外は透き通る様な快晴。窓を押し上げると、夜の湿った、涼しい風が肌を撫でる。


窓枠に腰掛け、足の指でチェストの上にあった、水入りのボトルの首を掴んで持ってくる。


「・・・これから、か」


全ては、という言葉はボトルの水と供に飲み込んだ。


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