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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
42/94

帰郷

王国西部、かつてヤールーンとの交易で栄えた良港を持つ。年間を通して、北の海から吹く風により涼しい。大河川が多数流れ、ぬかるんだ湿地が非常に多く、領地としては有数の広さを持つが、その実活用出来る土地は少ない。土地に海水がかなり浸透しており、塩害が著しく、耕作地としては不適である。また、王都からも三百五十キロ以上の距離があり、情報の伝達も極めて緩慢。天然の良港を多数持ち、海路による塩の生産、大量輸送の一大拠点となっている為、経済的には有効な領地である。広大かつ、過酷な西方軍管区の一大後方支援基地の一つでもあり、領都、デュースケルンは軍民、合わせて約八万もの人々が暮らす巨大都市でもある。現在、前領主の死後、領主へと就任した娘、ツィーア・エル・アルタニクが暫定的に所有しており、初の女性領主、更に幼子という事もあり、様々な観点から注目が集まっている。


王国地理局、アルタニク伯爵領より










スィラへの訓練という名のシゴキを始めてから二日。学校は休業期間へと入った。


連日疲労困憊のスィラであったが、今日に限っては訓練は休み。朝も起こさなければ起きなくなった彼女は、今もベッドに転がって寝息を立てている。今は寝かせてやろう。


訓練で成果を得たのは何もスィラだけではない。俺の戦術的にも更なる発展があった。


スィラクラスの相手に魔力を惜しむべきでは無い。殆ど必殺であった魔念力すら、彼女は攻略しかけた。なんで目にも見えない、亜音速にも達する魔力波を避けられるのか。本当に目にでも見えているかの様に、ギリギリで避ける。あまりに当たらなくて、流石にイライラとした。


物量、つまりはあらゆる攻撃魔術を隙間も無く弾幕にしてぶちまければそれは当たり前だが当たる。だが、流石に魔力を馬鹿食いするし、スマートではない。


相手の退路退路を塞ぐ様に撃ち、追い詰めた所で本命を食らわせば良い、と最初は思った。


結論から言えば無理。彼奴に塞がれて困る退路なんて無かった。そもそも、予測できる移動範囲が広過ぎて、広域制圧となんら変わらない魔力を食わされる。


俺が結局やったのは、向こうの攻撃目標である俺が自ら近づいて行く事。魔力の網を纏ったまま。


俺に近付けば魔念力に捕まる。捕まれば最後、どうなるかは先に教えた。やろうと思えば鉄塊でも粘土の様に捏ねる事が出来る。生き物の身体も簡単にジュースの様になる。要は捕まったら最後、向こうの負けという事。


其処からは単なる追いかけっこだ。アリーナ内を目一杯逃げるスィラと、なんとか自分のキル・レンジに彼女を捉えようとする俺。


スィラが疲れに疲れた理由は此処にある。それはそうだ。二時間近くも彼女の全力を尽くしての鬼ごっこ。無人の客席まで巻き込んだ、猛速の逃走、追跡劇。俺も目の奥に火花が散ったのでは無いか、と錯覚する程に頭が疲れた。高速機動とは思考リソースを恐ろしく消費するしんどい戦闘法なのだな、と俺も学習した。


やはり鼻でもほじりながら火炎弾やら氷の矢をぶちまけている方が、俺には合っている。結局の話、火力と物量こそが正義だ。


さて、今日は出発の日。一度実家に顔を出してからツィーアの領地への旅行。


荷物は身に付ける物を除けば、着替えと、あとは刀剣類の手入れ用具、買いだめておいた銃弾と装薬、雷管などなど、大半が武器に関する物。一応、プラスティカーも詰めておいた。


全て適当に小分けして袋に入れてスィラに持たせるつもり。従者とはこうやって使うのだろう?と誰に聞くでも無く問うてみる。


俺だけ朝食へ。来る前にスィラのベッドをひっくり返して床に転がし、そろそろ起きろ、声を掛けて来たので、朝飯にありつけずとも俺の所為ではない。


「おはよう、エリィ」


ひらり、と余所行きの衣装を見に纏ったツィーア。ワンピースから覗く白い手脚が健康的な美しさを印象付ける。


「ああ、おはよう、ツィア」


そういえば、何故か知らないが、後ろに名前を付けてやらねば拗ねる。例え其処まで行かずとも、機嫌が少し悪くなる。残念ながら、俺の服装は何時もの制服だ。旅着という物も欲しいな。


「昼前には出るから、時間になったらミムルが呼びに行くわ」


そうか、と。なら、其れ迄はゆっくりしていても良いのか。


「じゃ、いこっか」


子供らしく、手を繋いで歩く。中々にどうでも良い行為だとは思うが、彼女からすれば重要らしい。


「ああ」


だが、何と無く、こうして温もりを伝え合うのは良いな、とも思うのであった。










結局、寝坊して朝食を食い損なったスィラに、露天で適当に食わせ、ツィーアの所有する馬車に乗り込み出発。御者台にミムル、スィラ、客室に俺とツィーアという配置で乗り込む。


途中、街でツィーアの買い物に付き合い、城外へいざ出ようとしたのは、出発の一刻半後の事だった。


だが、問題が一つ発生する。


「検問・・・?」


城門の前。大規模なバリケードが設置され・・・白い法衣を纏った者ども、真人教の者による検問が敷かれていた。


「・・・目標は主らしいな・・・ですね」


御者台から、スィラが話し掛けて来た。ミムルに睨まれたらしく、訂正しつつ。俺が目標?何か悪い事は・・・と思ったところで、武闘会の下りか、と気付く。


「・・・真人教、かぁ・・・」


獣人が二人、更には一人が彼等が探している人物。獣人が二人という点で難癖付けられ怪しまれ、隅々まで調べられ、俺が露見する、というのは考えるに難くない。


「どうするの?」


少しそわそわするツィーア。別に俺一人であれば、一戦交えて突破するというのもアリだが、巻き込む訳にはいかない。一番簡単なのは・・・。


「一度別れるか。私はどうにかして城壁を越える。其の後何処かで落ち合おう」


荷物の中から、武闘会予選でも着た黒装束を引っ張り出し羽織る。


普通なら、此処では心配され、止められる所だが・・・。


「あ、うん。じゃあ、街道のどっかで待っててくれる?拾ってくから」


「そうだ・・・ですね。其の方が確実でしょう」


とツィーアとスィラ。君達、少し冷たくないか?まあ良いけれども。


「じゃあ、行ってくる」


車列に並んだ馬車から飛び降り、自然を装いつつ路地裏へ。


其処から一気に跳躍。屋根の上に飛び乗る。


今回は重たい装甲も武装も殆ど見に付けていない。屋根瓦を蹴り割る事も無く、静かに着地。


この革靴は滑る、という事に気付き、脱いで手に持った。下は黒ストッキングだが、このツルツルの靴底よりは遥かにマシだった。


・・・そういえば、このストッキングだ。


ストッキングという物を構成している繊維は確か、6だか66だかのナイロンだ。石油から合成される繊維なのだが・・・この世界には石油を使っている気配は全く無いよな?


そもそも、合成繊維を作れるのなら、こんな文明力が低い訳が無い。化学が普及していない訳が無い。


後で誰かに聞いてみようか、と適当にその場は流し、屋根上を走り出す。


聳える城壁の上。ニ、三人組で巡回する、武装した兵士を確認。


やろうとしている事は簡単、極力高く跳んで、視界外に着地。これだけ。


コレはちょっとした実験も兼ねている。俺の肉体強化術に頼らない、素の脚力でどれくらい高跳び、幅跳びが出来るか、という至極どうでも良い事を。


踏切台は・・・彼処に見えている頑丈そうな石組みの煙突で良いだろう。


俺が走る場合、従来通り脚を高速で動かし、走るのはあまりに非効率。何故なら脚が短いし、回転数を上げようとも、運動を司る頭が着いて来れず、すぐに速度に限界が来る。


ならどうすれば良いか。脚力だけはあるので、コレを活かす。


言うならば連続跳躍だ。片脚で数十メートルを跳び、また着地した瞬間に足元を蹴る。この方法で、前世の基準で言えば、まさしく"人知を超えた"速度で移動する事が出来る。


現在の速度、体感的には百キロメートルと少しくらい。顔を打つ風が少し痛く感じ、目が染みる。


眼に魔力を注ぎ込んで肉体強化術を使う。幾分かマシになった。同時に視界がクリアに、遠くの物も良く見え、後ろに流れる細々とした物迄認識出来る様になる。


街をぐるりと回る様に飛翔しながら加速。どんどん速度を上げ・・・ヘリと大して変わらない速度までになった。初期速度はこんなもので良いだろう。


上空を何かが高速で飛び交っているのを、流石に誰かが気付いたのか、俄かに下が騒がしくなる。そろそろやるか。


考えておいた、滑走路(仮)に入り、更に加速。当時最新鋭の攻撃ヘリが出す直線速度くらいは出ていると思う。服が千切れ飛びそうだ。


最後の踏切で足を合わせるのが大変だ。何せ一歩が百メートル近くある。上手いこと足運びを調節しつつ・・・踏み切った。


頑丈そう、と考えていたのだが、蹴り込んだら崩れてしまった。少し悪い事をしたな・・・と思うのはほんの一瞬の事だった。


「うおぉッ!?」


重力を無視してぶっ飛んでいるのでは無いかと錯覚する様な、大跳躍。みるみる内に地面が遠くなり・・・下に吹っ飛び掛けた髪留めを何とかキャッチする。


其処から先の事はよく覚えていない。あまりの高度に、割と本気で、本能的な生命の危機を感じて・・・。


ただ、物凄いスピードで地面が迫って・・・肉体強化術使って・・・。


曲射された榴弾から見える景色はこんな感じなのかぁ、と地面に突き刺さり考えながら、顔は半笑いの形で固まっていた・・・と思う。










「うわっ!?エリィ、どうしたのその格好!?」


既に時は夕暮れ。街道沿いで、破れた羽織物を膝掛けに、岩に腰掛け黄昏ていた、泥だらけの俺は、漸く追い付いて来たツィーア一行に拾われた。


「・・・はぁ・・・」


俺といえば、気分はブルーその物。割と自分でも阿呆な事をしたと思う。


其の証拠に・・・地面に空いた大穴。


「・・・なぁ、スィラ」


何時に無く腐れている様子の俺に、さしものスィラも真面に返事をする。


「な、何、ですか?」


ずっと、此処で黙って考えた結果、至った結論を問うてみる。


「自分でもコントロール出来ない、身体能力程ナンセンスな物は無い、そう思わんか?」


本当に、其の内でも、己の限界という物は知っておくべきだな、と遅れ馳せながら思うのであった。


どうでも良い話だが、このストッキングは破れなかった。聞けばこの素材は南部の森林に生息する、《ナイト・モリフィン》という・・・言ってしまえば、体長四メートルにも達する巨大な毒蛾の繭から採れた物らしい。中々に強力な魔物らしく、しかも集団で生活している為に、出回る量が少なく高級品なのだとか。割と本気で聞かなきゃ良かった、と思う。


だが、自然繊維でコレはスゴイよな、と感心している俺も居た。










検問にかなり時間を取られたらしく、街を出られたのは、俺から別れた二時間後の事だったらしい。


獣人が居る、と難癖を付けられ、彼是とグチグチの言われたらしいが、ツィーアの伯爵の地位を盾にした脅しは効いたらしい。何とか何事も無く通過出来た、と。


だが、その時間的ロスの関係で、本来日が落ちる前にはブレームノに到着する予定だったのだが、其れが困難になってしまった。


よって、一日目はブレームノを目前にして野宿。なんで夜間は移動出来ないのか、というと、単純に馬の能力の問題と、何せ暗くて何も見えなくて、危ないからだ。いくら直ぐ其処と言っても、な。


寝るのは、俺達に関しては馬車の中で、更には座席がベッドになって寝られるから快適だ。使用人のミムルとスィラは交代で寝ずの番。寝るのは馬車の床に毛布を敷くのみ。まあ、使用人だからな。


何より寝ずの番のシフトが無いというのは良い。楽だ。少し、あの特別課外学習を思い出したが。


スィラは小慣れた物で、半分くらい寝ながらも周囲の気配を探れるという。元一人旅人だものな。


夕食は水で戻した干し肉にパン。あまり美味い物では無いが、まあ、あくまで保存食だ。楽しんで食う物では無い。


片付けを手伝おうか、と申し出たら、ミムルに丁重にお断りされたし、ツィーアからも、主はどっかり構えてれば良いのよ!とお叱りを受けてしまった。まだまだ、使用人の使いは未熟であったか。


馬車のタラップに腰を掛け、薪の周りでなんやかんややっている使用人組二人を眺めていると、隣にツィーアが腰を下ろした。


「なーに、年寄りみたいな顔してるの?」


くすっ、と頬に掛かった茶髪を人差し指で除けながら、横目で笑いかけて来る彼女。こんな時、溌剌とした少女から、大人っぽい、女としての彼女が垣間見える。非常に魅力的だ。


「・・・そんな顔をしていたか?」


墜落で汚れた服は着替え、今は洗って干してある。着ているのはラフなシャツとパンツ。一気にみすぼらしくなってしまったが、明日の朝には服は乾いているだろうから、別に構わない。


彼女の腰を抱いて、引き寄せた。背が殆ど同じだからか、あまり映えないな。


「ふふっ、エリィあったかい・・・」


こんな見た目は冷たそうなのにね、と何気に失礼な事を言われた。そんな冷たそうか?俺は。


「何か見た感じは冷血そう。出会い頭に其処ら辺の人の頭でも刎ねてそうな感じ」


いやいや、流石にそれは冗談だろう。若干引きながら指摘すると、酒が回っている訳でも無い筈なのに、くすくす、と如何にも楽しそうに、しかし、お上品に笑う。


「なんかさ・・・いいなぁって、こういうのも」


きゅっ、と俺の脇に手を回し、胸元に顔を埋める。こうして甘えるのは何故だろうか。言うならば歳下の、平べったい殆ど肉も付いていない胸なのだが。


「エリィは・・・本当は歳上なんじゃないかって・・・いっつも思うのよね」


スィラも同じ事を言っていたな。つまりは老けて見えるということか?あのなぁ。


「ううん、見た目じゃなくて・・・何て言うのかな、雰囲気?言動?・・・とにかく、そんな感じがするの」


それに、と。


「こういう事を、自然に出来るっていうのも、なんか・・・言ったら悪いかも知れないけど、男っぽいかなって」


髪を梳く様に、頭を撫でる。その度に彼女は気持ち良さそうに目を細め、成されるが儘になっている。


まあ、確かに男が愛する女を愛でるのに、こんな仕草もあるのかも知れない、と適当に納得する。


「そうか」


ひょい、と脇に手を入れ持ち上げ、後ろから抱く体勢に変える。おっ?と変な声を漏らす彼女であったが、すっぽりと大人しく腕の中に収まった。


身長が変わらない為、俺の目線にはツィーアのうなじが。艶かしい、とよく表現される少女の頸だが、別に何とも思えないのは、俺の趣味趣向の問題だろうか。ただ産毛が生えた・・・まあ、確かに肌は綺麗だが。


見ればスィラとミムルも片付けを終わらせ、薪を挟んで何事か語らっていた。


気が付けば、ツィーアもこくり、と首を傾げ、小さく寝息を立てていた。体力は普通の育ち盛りの少女。仕方があるまい。


馬車の戸を開け、既に何時でも寝られる様に準備してあった座席に彼女を横たえる。毛布を取り敢えず腰まで掛け・・・とこんなもんで良いだろう。暑かったら跳ね除けるだろうし、寒かったら引っ張り上げるだろうから。


俺も馬鹿をやって少々気が疲れた。成長の為、早めに寝ようか。


スィラとミムルに、ツィーアがもう寝た事と、俺も寝る事を伝え、俺も床に就く。


明日は母との久々の対面。何を話そうか、いざ考えるとなると、中々に難題である。


考えればこの二ヶ月、色々な事があった。


初めて街に出て、初めてやった事が真人教のおっさんを蹴っ飛ばす事だったり、突如美女校長先生に襲われたり、生意気タカピー金髪少女に決闘を挑まれて巨大金属ゴーレムをぶつけられたり、隣のお国の皇女に気に入られたり、何故かこんな中世真っ只中なのに銃があったり、武闘会とかいう脳筋の巣窟に放り込まれたり、化け物獣人が使用人になったり。


無茶苦茶充実していたな。前世を合わせても有数の充実した期間だったと思う。というか、濃すぎるわ。


揺らめく蝋燭の炎越しに、照らされたツィーアの横顔が見える。


彼女は曲がりなりにも、こんな幼くして伯爵にまでなってしまう様な人物だ。国のシステムがおかしいのかも知れないが、それにしたって、無能なら引き摺り降ろされるなりして終了だ。


其れが無いのだから、少なくとも平均以上にはデキる支配者なのだろう。こんな愛らしい寝顔を無防備に晒してはいるが。


信用、されているのだろうか。


彼女からすれば俺は突如目の前に現れただけの、ポッと出の平民。友人として信用してくれるのは良いのだが、如何せんオープン過ぎる。


これでは悪い奴に寝首を掻かれたり、騙されたりしないのかと心配だ。


まあ、その開けっぴろげな所が、彼女の美点でもあるのだが。


あまり思索に耽ると眠気が飛ぶな。考えるのはまた明日だ。


目を閉じ、毛布に顔を埋め、眠気に身を任せた。










「・・・りぃ・・・エリィ?」


耳元で呼ぶ声がする。薄目を開けて見れば、まだ暗い。朝では無い筈だ。


薄暗い、目が慣れないまでも、目の前の顔、ツィーアの顔ははっきりと判別出来た。欠伸を噛み殺しながら、少し喉の渇きが感じられる喉に空気を通して、なんとか言葉を紡ぐ。


「・・・どうした?まだ夜明け前の筈だが・・・」


足元では、猫耳が毛布から頭を出している。ミムルが寝ているのだろう。なら、今の夜番はスィラか。


「えっと・・・その・・・」


もじもじ、と。太腿を摺り合わせ、頬に若干の強張りと赤み。ああ、分かった。


「厠か?」


「もう!淑女がそんな直球で言わないの!」


苦言を貰ってしまったが、どうやら正解らしい。だが・・・別に態々俺を起こす必要なんて・・・。


「・・・もしかして、一人で行けな「分かってるならわざわざ口に出さないでよっ!」・・・ああ」


暗いのは苦手、と。俺の中でツィーアのお子様度が上昇する。ぷくく。俺でも六歳には暗がりなど怖くなくなったというのに。心霊スポットなどは流石に怖かったが。


「・・・まあ良い」


重たい眉をなんとか持ち上げ、彼女を連れ立って外へ。


「・・・どうした?・・・ああ、分かった、言わんでも良い」


ツィーアの落ち着かない様子を見て察してくれた様だ。


用を足すには・・・まあ、当たり前だが携帯トイレ等といった便利な物は無い。適当に其処らの岩陰、草陰で済ます。男は良いが、女には少々厳しいのでは?とは思ったが、彼女は別に暗いのが怖いだけで、其れ自体には忌避感は無い様子。


丁度良い岩を探し、ツィーアが裏に隠れて用を足し、俺が表で待機。別に俺は人のを見て楽しむ趣味などは持ち合わせていない。だが・・・やはりこの微かに聞こえる水音が気になって・・・無心無心。


だが、その静寂を打ち破る声。耳を劈く悲鳴。ツィーアの物だ。


反射的に岩を飛び乗り、ツィーアの姿を探す。


彼女の姿は、少し右手、尻餅を付いて何者かに怯えている様子。


足元を見ると・・・白い円形の何かが見える。殆ど埋まっていて何かは判別出来ない。カタカタと蠢き、なんとかして地中より脱しようとしているかに見える。


「え、エリィぃぃ・・・!」


震える手で、白い何かを指す彼女。コレは何なのだ?ヤバイ物なのか?


と、思っていた矢先、遂に其れが地中からの脱出に成功した様。


何かというと、コレは骨だ。人の骨。地面から出ていたのは頭蓋骨の一部で、うつ伏せ状態で埋まっていたらしい。カタカタと軟骨を失った骨がどういう訳か動く音のみが響く。


「あ、アンデッド・・・」


どうやら下半身は失ったらしい、腰から上のみの人骨は、ツィーアを視界に捉えた瞬間、狂った様にカタカタと顎を鳴らし、飛び掛かろうとした。


ひぃっ!と喉から声を漏らしながらも、手に火炎弾を顕現するも、距離が近過ぎる。


ツィーアでは対応出来ないだろうと思い、岩から飛び降りつつ、背骨を踏み付けた。


ガクリ、と地に頭部が叩きつけられ停止する。が、骨くんはその程度ではめげないらしい。通常では曲がらぬであろう方向にまで指の欠けた手と、首を強引に回し、噛み付こうとしてくる。


首根っこに踵を叩き込み、頭の動きを封じる。千切れないのか。まあ、体重もそんな入っていなかったからかね。


魔念力。骨の腕を、頭を、胴を地面にめり込ませる勢いで押し付け、行動不能に陥らせる。


「コレは何なんだ?」


僅かに押し返す力がある為、まだ行動可能らしいのだが、無力化方法が分からない。粉々に砕くのもアリだが、効果的な対処法がある筈だ。


聞かれたツィーアといえば、この骨が無力化されたと認識すると、履き損ねていたらしい、脚に引っ掛けた儘であった下着を上げ、尻に付いた土を払って立ち上がった。


「ふう・・・ホント心の臓が止まるかと・・・ソレはね、アンデッド・・・《スケルトン》よ」


《スケルトン》、魔物の一種で、凡ゆる生き物の骨から発生する可能性がある。魔力に依って活動し、魔力で生物を感知し、意味も無く襲い掛かる。別に殺したところで何をするでもない、ただ放置される。ただ、《スケルトン》に殺された生物は、《スケルトン》化し易いといわれているくらいか。


背骨が傷つくと活動が鈍くなり、絶たれると其処から下は動かなくなる。頭骨を刎ねれば完全停止する。あとは・・・魔力が切れると停止。闇属性には強そうなのに、闇属性魔術のドレイン系魔術で魔力を吸い取られると簡単に無力化される、等の弱点もある。


魔力をただ消費して動く為、普段は崩れて活動せず、生命体を感知すると動き出す。


生命体を狙うというのは、一説では魔力の補充を狙っているのでは無いかと言われており・・・etc.


要は首を取ってしまえば良いのだな。


頭骨の目の穴に指を引っ掛け、べきっと引っこ抜く。暴れていた骨は完全に停止した。


「・・・怖くないの?」


さも不思議そうな顔をして、髑髏を指に引っ掛けている俺に問うて来るツィーア。


別に今の所は・・・多分頭が追いついていないだけだと思う。ポイと名も知れぬ者の頭骨を投げ捨て、今起こった事を改めて考える。


ツィーアのトイレに付き合ったら、彼女が何故か動く人骨に襲われて、首を引っこ抜いて投げ捨てた。


・・・。


「不気味過ぎて、逆に何とも思わんかったな」


念の為、また蘇ったら嫌だから『ブレイズバスター』を連続で投げた方に叩き込んでおいた。念の為だからな。










翌日、昨夜の爆発についての事情を説明しながら、馬車は出発。一時間もしない内に目的地、ブレームノへと到着した。


改めて見れば、そこそこな大きさの町である事が分かる。村と町の狭間くらいの大きさ。


市場はこの時間から客足が見え始め、畑には何人もの耕作人がちらほらと見える。


どの家屋も木造で、長屋の如く道に沿って連なっている。町人が二回のテラスや、家と家の間に張り巡らされたロープに洗濯物を干し、井戸から家々へと婦人達が桶を持って行き来する。


逞しい民達の姿だ。向かいに座るツィーアも、別の領地の民とはいえ、眩しそうに眺めている。


「・・・平和、ね」


ツィーアの領地はどんな感じなのだろうか。まあ、言って見れば分かるか。百聞一見とも言うしな。


俺の家はすぐ分かった。主街区から枝道に分かれてすぐ、高い塀に囲われた豪邸(この辺りの基準で言えば)はよく目立つ。


中々見ないであろう、貴族の立派な馬車に好奇の視線を向ける町人達に見送られ、遂に家の前に到着。いやはや、長かった。


馬車を仮止め。馬を落ち着かせ、門の前に立つ。


「此処がエリィの家・・・」


「随分と立派ではないか。本当に平民なのか?」


大きな石の門。確か・・・この横の呼び鈴を引っ張れば中に伝わる筈。二、三回引っ張ってみる。


「・・・・」


少し待ってもう一度・・・一分以上待っても反応が無い。


「お留守なのかしら」


「いや、居るぞ。少なくとも・・・一人・・・いや、二人は」


ピクピクと耳を動かしながら、スィラが断言する。二人?母は分かるが・・・もう一人は?


「少し待っていてくれるか?」


返事を待たずして、ひょいと壁の上に飛び乗る。自分の家なのだ。別に問題は無いだろう。もしかすると急病か何かで倒れてしまい、身動きが取れないのかも知れない。


「あっ、ちょっと・・・」


というツィーアの声を、後に、飛び降り敷地内へ。


隙間から草一つ生えていない石畳を歩き、懐かしくも無いが、久々の家の玄関を開ける。


しん、と静まり返った廊下。床の木板を軋ませながら室内へと進み、ダイニングへと入る。


卓の上には、飲み掛けたお茶が"二杯"。片方は空だが、片方は冷めて少し残っていた。


何者なのか。家の中に居る事は確実だ。だが物音一つ・・・いや、今、木の軋む音がした。二階か。


念の為、左腰から銃を抜き、行く先々に向け、クリアリングの真似事をしてみる。


ナイフ・・・カルマを抜くと漏れ出る、というか溢れ出る魔力でどんな相手にも十中八九勘付かれる。こんな時に役立つのは、取り回しの良い短剣である筈なのに、隠密能力が皆無、というか自己主張が激し過ぎるというのも考え物だな。だが、他の刃物を帯びようとすると、この短剣は"嫉妬する"。臍を曲げられると面倒というか、被害が甚大過ぎるので、本当にコレしか持てない。前の長剣や短剣?色んな奴に売った。相場の半額以下で。実際良い物だから喜ばれた。


余談が過ぎた。多分、此処に居るであろう、部屋の前迄来た。


母の私室だ。入った事は無い。必要も無かったし、母も寝る時にしか利用しなかったと記憶している。


その中から微かに話し声がするのだ。何かが動く物音も。


割とこの扉の防音性は大した物らしく、全然何を話しているかは分からず、意味を成さぬ音にしか聞こえない。


先ずは帰還の挨拶をせねばなるまい。


ノックをする。其れからドアノブに手を掛け、押し開く。何時もケイト女史を尋ねる時の癖。何故か、此処でも生きた。返事も待たずに扉が開け放たれ・・・。


「母上、只今帰り・・・」


其処で言葉を切らざるを得なかった。何でかって?俺が見た光景を順に説明すると・・・。


母である、金髪碧眼の美女、シレイラ・スチャルトナが、ベッドの上で衣服を乱れさせ。


黒髪黒目、見知らぬ男が、同じく半裸で母に覆い被さり。


あっ、とでも言うかの様に、気まずそうな顔で此方を見ていた。


「・・・ました」


念の為、背に手を回して握り締めていたリボルバー拳銃。其れが、がしゃり、と床に落下した。


「お、おかえり・・・え、エリアス・・・?」


心無しか引き攣る母の顔。赤みがさし、瞳孔が開いている事から、直前まで"ナニ"をしていたのかは明白。


俺の意識が向くのは男の方。自分でも分かる位に、男を貫く視線の温度が下がってゆくのを感じる。


知らない男に母が股を開いている。母にも憤怒の情が湧くが、其れ以上に、自分でも何故か分からないが、煮えたぎる様な殺意が湧く。


床に落ちた銃を脚で蹴り上げ、再び己の手の内へ。ハンマーを起こし、殆ど反射的に男の・・・男の部分に向ける。


「え、エリアス・・・?お前が・・・?」


男は俺を知っている様だ。そして、コレが何なのかも。引き攣った顔を更に青ざめさせるのを見据えながら、彼に死刑宣告をする。


「"タマ"に別れを告げな」


響き渡る五発の銃声。


外で待っていた三人は何事か!?と慌てたそう。










「なるほど、私は父上を"タマ"無しにしてしまうところだった、と」


それは申し訳ありませんでした、と謝罪になっていない謝罪。大体、良い大人がいくら夫婦といえども、昼間から白昼堂々と盛っているのが悪い。俺は少なくともそう思うのだよ。はしたないし、品も思慮も分別も無い。帰って早々、父親だと紹介された男、ライノ・スチャルトナに説教をする八歳の娘。シュール過ぎるだろ。


「いやぁ・・・俺も昨日帰って来たばっかでなぁ・・・ご無沙汰もご無さ・・・いや、悪かったからソレは頼むから仕舞ってくれないか?」


先程から手持ち無沙だったので、先程撃ち切ったリボルバーに弾を込めていたのだが、今し方装填が終わった。ガチャリという音が嫌に響いた。良い手遊びの玩具になっていたのだが、渋々ホルスターに戻す。


この男、ただ者では無い。


五発反射的にぶっ放した鉛弾、全て躱した。


全弾発射し、次は『アイシクルスピアー』を・・・と考えていた所で母が我に返り制止された。


其の後で「本当に掠ったぞ・・・毛が焦げてる・・・」だとか哀れな声が聞こえたが、気にしない事にした。


「あのぅ・・・」


最高に居心地が悪そうなのは、ツィーアと獣人二人。既に馬は馬屋に繋ぎ、馬車は家の前、塀の内に停めてある。


まだ皆は自己紹介もしていない。何せ、俺の方が混乱していてそれどころではなかった。


「あっ、ごめんなさいね・・・いきなりこんなで・・・」


母の愛想笑いが白々しい。あんたも悪いのだぞ。


「いえ、此方こそいきなり押し掛けた身ですので・・・」


会話だけは貴婦人の品があった。ツィーアは兎に角、あのおっとりさんの母がこんな会話も出来るとは。まあ、前は近衛として王都に居たらしいし、この程度は朝飯前か。


「では、改めて自己紹介します。シレイラ・スチャルトナ、今歳三十一、エリアスの母をしています」


机に三つ指を突いてお辞儀。本当に三十路に入ったとは思えない容貌だよな。二十半ばと言っても十分通るだろう。服装こそ粗末で地味な平民の物といえども、十分に魅力的だ。


其処でツィーアが立ち上がり、衣装のスカートを摘まんで慇懃にお辞儀する。


「ツィーア・エル・アルタニクです。今歳九つ、爵位は伯爵。エリアスさんとは親しくさせて頂いております・・・そして・・・」


胴に入った挨拶。俺には出来ないな。


「・・・此方が使用人のミムルです」


ミムルが膝を突き、胸に手を当てて深く頭を下げる。


奴隷、使用人はこの様な公の場では、主、そして相手の許可無く口を開く事を許されていない。あくまで主人の所有物という扱いであり、無礼とされるからだ。


だから、俺も一歩下がって椅子の後ろに控えているスィラを紹介しなければならない。


俺の両親は彼女が貴族、更には爵位持ちと聞いて、少なからず驚いた様だ。大した歓待は出来ませんが・・・とか、いえいえ・・・と殆ど定型文みたいな会話の後、父が口を開く。


「ライノ・スチャルトナだ。旧姓は違うんだが、訳あってシレイラの姓を貰っている。昨日まで各地を転々としていて、エリアスとは今日が初対面だな」


黒髪黒目、良く鍛えられ引き締まった身体に・・・銃弾までギリギリとはいえ躱す能力。飄々としてリラックスしているかに見えるが、其の実、魔力の動向を常に探り、この部屋にいる人物の一挙一動、恐らく全て把握しているだろう。歳は三十と二。一つ母の歳上なのだな。


端正な顔付きだ。手はごつく、傷だらけ。さながら歴戦の勇姿だ。


「んで?そっちのおっかなそうな獣人のねーちゃんは?」


彼の興味はまずスィラに。長柄の斧槍は外に置いて来ているとはいえ、彼女も彼女で隙が全く無い。多分、武人というか、戦う人間か其れに準ずる者ではあっただろう父が目に止めるのに何ら不思議は無いだろう。


発言を許され、俺も視線で促すと、彼女も膝を突き口を開く。


「・・・スィラ・レフレクス、今歳二十歳。エリアス様の使用人をさせて頂いております」


余所行きの抑制された受け答え。こういう時、きちんとスイッチを入り切り出来る奴は優秀だと思う。やる時はやる。其れで良いのだ。


「・・・そんなトコに収まってるタマじゃ無いと思うんだが・・・」


父は父なりに色々思う所がある様子。まあ、良いか。


「こんな田舎ですが、ゆっくりしていってくださいね?」


そんなこんなで顔合わせ、そして・・・初めての父との出会いだった。


出会い頭に銃撃してしまったが、結果的に傷一つ無かったので良いだろう。向こうは「良くないだろ!?」とか突っ込んで来たのだが。


滞在予定は二日間。その間何をしようか・・・久々の母の手料理に思いを馳せながら、何故か、庭で斬り合いを始めた父とスィラを眺めるのであった。


脳筋め。

ジャンプの考察はテキトーです。物理的考察も何も考えていません。許してください。

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