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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
41/94

前夜

うぉーかーぶるどっぐかわいい

結局、カリナはアイクが面倒を見る事になったらしい。とんでもない一大決心をしたものだな。いや、献策したのは俺だけれども。


「エリィ?さっきのアイク、なんだったの?」


アイクは食後迄待てず、まだ飯を食っている俺を外迄態々連れ出して其れを話した。馬鹿野郎が、仕方なく行ってやったが、折角の鶏のレモンペッパー焼きが冷めるだろうが。


「ああ、ちょっとな」


席に座り椅子を引き戻しながら答える。ツィーアが食べているのは、ものすごく大きな貝柱のステーキ。味付けは分からん。今度食ってみるか。


彼女は、ふぅん、と一言。深入りはして来ないと。結構結構。


「あ、そうだ。明後日から休業に入るけど、出発は明明後日だからね。準備しておいてね」


ああ、身支度はしておかねばな。持って行く物は・・・まあ、そんな特別な物は必要無いだろうな。


「ああ、スィラも連れて行くからな?」


分かってはいるとは思うが、一応確認。案の定、彼女も、分かってるわよ、と返事をしてくれた。


「最近、ミムルとも上手くいってるみたいじゃない。だいぶ打ち解けたーって言ってたわよ」


どうやらツィーアもスィラをお気に召してくれた様だ。いや、本当に彼女は良い女だと思うよ。義理堅く、適応力もある。そして強く、賢い。多分其処ら辺を歩いている人間よりよっぽど有能だ。差別し、排斥しようとする奴らの気が知れない。


「そうか」


会話に花を咲かせ、気付けばもう良い時間だ。紅茶らしきお茶を一息に呷り、ツィーアに、戻ろうか、と声を掛ける。


「あっ、うん。あたしちょっとやらなきゃいけない事があるから・・・先に戻っててくれても良いよ?」


「なら、お言葉に甘えさせて貰おうかな」


何時もなら途中で、風呂の為の薪を持ってくる様、使用人に頼むのだが、なんと驚く事無かれ、水属性魔術に火属性魔術の概念を織り交ぜる事でお湯を生み出す事が可能となったのだ。


コレは複合魔術と呼ばれる。一部上級魔術師が行使する技術の一つで、ネメシア先生がこの間ぽつりと漏らしていたのを聞いて、すぐさま練習し始めてみたのだ。実際、やってみれば割と簡単だった。イメージの問題。


・・・温度の調整?後から水を足せばいいのだよ。どう足掻いても煮立った熱湯しか出ないんだよ。仕方がないんだよ。


と、誰にでも無く言い訳をしながら階段を上がる。すると・・・階段の上に人影。


「エ、エリアス・・・様」


ん?と顔を上げると・・・まず目に入ったのは、ふわふわのスカート。見慣れた使用人の物だ。下から順に視線を当て・・・顔を見たところで俺の時間が停止する。


気の強そうな、プライドもえらく高そうな青玉の様な碧眼。手入れの行き届いた、解けているとはいえ、まだ癖の残る縦に巻かれた金髪。頬は紅潮し、羞恥心からか、ぷっくりとした唇はぷるぷると震えている。


カリナ・ヴァン・マリョートカ。アレが・・・使用人?いや、分かるけれども・・・え?今から既に?気合入れすぎじゃないか?というか・・・全く似合ってねぇな。ウケる。


「ふっ!カリナ・・・似合わんな、ソレ」


笑いが漏れ出るのも仕方が無いだろう。本当に、本当に似合ってないのだから。どれくらい似合っていないのかと言うと、ワニに猫耳を生やしてみた方がまだマシかと思われるくらい似合わない。


「今笑いましたわね!?コレは貴女の考えですのよ!?そうじゃなければ誰が好き好んでこんな格好をーッ!!!」


ムキーッ!と天を仰いで叫ぶ彼女。リアクションが一々面白くて、大変よろしい。


「そうかそうか・・・ふふ・・・。ところで学業はどうするのだ?今迄通りに?」


笑われた事に拗ね、頬を膨らませていたが、真面目な質問をしたことにより、少しは顔つきが戻る。


「・・・学費はアイク様が負担してくれるそうですわ・・・ですから、実質的には今迄通りですわね」


良かったな、カリナ。アイクも優しいなぁ。


「で?聞きたいか言いたい事は其れだけでは無いのだろう?」


態々呼び止めたのだ。そんな他愛無い話をする為では無いだろう。


「あの・・・エリアス様は・・・将来の事は考えておいでですか?」


将来、か。別に何も考えてはいなかったな。しかしそうだな、敢えて言うならば・・・。


「・・・私は・・・適当に旅でもしたいな・・・。其の後は何処かの片田舎で、畑でも耕して暮らすよ」


我ながら夢の欠片も無い将来計画だとは思う。が、本心なので仕方が無い。この疲れない身体があれば旅も楽そうだし、水とて自給出来る。いやはや、前世から、前々から気の向く儘に旅をする、というのをやってみたかったのだ。


「・・・欲が無いのですわね」


苦笑した様な顔。


「欲ならあるぞ?楽して気儘に過ごしたいという欲がな」


他のとは方向性が違うだけだ、と言ってやる。


「あくまで人は欲望が無ければ行動しない。仮に私が完全な無欲であるとしたら・・・もう私は骨になって何処かに転がっているだろうな」


行ってしまえば、俺の将来設計は怠惰から来る物だ。楽したい、好きにしたい、というだけ。


「・・・何方にしろ、枯れていますわ」


尚それでも訝しげ・・・いや、実際八歳児が言う様な事ではないよな。変に思われても仕方が無いか。だが、中身が中身なんだ。自分で言うのもアレだが。


適当に笑って誤魔化し、今度はカリナに水を向ける。


「カリナはどうだ?何か考えてはいるのか?」


階段を登り切り並んで歩く。本来使用人と肩を並べて歩くのはあまりよろしく無いのだが、相手がカリナなので俺は気にしていない。


「・・・アイク様、の護衛騎士にでもなろうと考えているのですが・・・」


護衛騎士?カリナが?男がやるもんじゃないか?ソレ。


「これでも私とて最上級に後少しで届く位の土魔術師ですのよ。剣は・・・これからにでも・・・」


へえ、そういやそうか。馬鹿デカイゴーレムを軽々操っていたものな。最初に戦ったゴーレム、あれだけの大きさ、更には金属製ともなると、操るだけで莫大な魔力を消費するらしい。更には金属によっては・・・例えばミスリル。アレは魔力伝導率が極めて高く、操作レスポンスは向上するのだが、問題は内側からの魔力を閉じ込める力も弱いという事。つまりは燃費が悪化するのだ。それもかなり深刻なレベルで。


其れを防ぐ為、更に魔力を閉じ込めたり、伝導したりする為の魔道具を搭載する必要がある。すると更に重量と其れを動かす魔力の供給が必要となり、更に燃費が悪化する。難しい事だ。


しかし、カリナは其れを苦もなくこなす。土塊や岩で出来たゴーレムなら、その場で組み上げる事も出来る。稼働時間も他に比べて圧倒的に長い。


ゴーレムを使わずとも、通常の土魔術に関しても達人級になりつつあるとの事。まあ、年季が足りないので、運用にはまだ未熟な点はあるだろうが。


「そうか、頑張れよ」


住処もアイクの部屋に移ったそうだ。当然だろう。もう親が用意した部屋には住めないだろうからな。


階が違うので、少し歩いて別れる。俺はさっさと部屋に戻って休むのだ。早めに寝たい。成長ホルモンの分泌時間的に考えても。


カリナは新たな道を歩き出した。其れにしても・・・将来か。俺も真面目に考えねばならないな。


未だ聞こえる食堂からの賑やかな声をBGMに、思考の海に身を浸すのであった。










自室となった、アイク様の部屋の一角。沢山あった私物は殆ど処分し、今では本当に最低限と少しだけ。


お気に入りだった彼是の家具も、ウォークイン・クローゼットの壁一面を埋め尽くしていた色取り取りのドレスは、畳んで戸棚にしまえるまで絞って、あとは捨てるかお金に替えてしまった。


「・・・未練も、後から考えてみれば沢山あるものですわね・・・」


家族との縁も、実質切れた、いや、切った。お付きの使用人も事情は説明したとはいえ、有無を言わさず実家に帰るように言いつけた。


何もない。身一つとまでは言わない

けれども、殆どの物を失った。


「私は・・・」


これで良かったのだろうか。昼間決意した時から、何度も何度も自分の内側に問うている。


部屋に一つだけある机。その上に置かれた金細工の鞘入りの短剣。


手に取って抜く。


天井から下がったシャンデリアの蝋燭の灯りを照り返し、黄金の様に煌めく銀の刃。


女性用の、護身用の短剣。此処に来る前に両親から贈られた物だ。


「お別れ、ですわね」


肩から流れる縦に巻かれた癖が残る金髪。胸の下まで流れる其れを手に取る。


毎日使用人が手入れをして、セットしてくれる髪。それも、もう無い。


ドレッサーの鏡を覗き込むと、手にナイフを下げ、前髪が目にかかり、普段からは想像もつかない・・・酷く陰虚な顔をしている自分が居た。


だが、後戻りなんて出来ない。仮に出来たとしても己のプライドが許さない。一度断じた事を返す様な事など。


歯を食いしばり、鏡の中の虚弱な自分を睨み付ける。


「誰がッ!今更ッ!」


自らの自慢の長髪。其れを引っ掴み、ナイフの刃を当て・・・一気に引く。


鏡に映った髪が取り払われ、さっぱりとした己の顎周り。


其の唇が、すっと弧を描き・・・頬を一筋の雫が伝った。










浴槽にお湯を張って入る、という文化は此方では殆ど見られない。そもそも、浴槽という物が無い。


此方で言う、入浴というのは、お湯につけたタオルで身体を拭いたりする事を指すことが殆ど。偶に桶に入ったお湯を浴びたりする者がいる程度である。


しかし、前世で浴槽につかってぬくぬくした身としては、なんとも物足りない。


其処で登場するのが、俺が習っている魔術工学だ。最近上手く使える様になってきた、プラスティカーを使って木材の端を加工したり、ビスを作れば非常に簡単に木工が出来る。加工に一晩、組み立てにまた一晩で簡単な箱型の浴槽が完成した。


今日はそれを始めて使ってみよう、という事で風呂に運び込んだ。


コレ自体は数日前に出来て居たのだが、何だかんだ此処数日は忙しく、夜も遅くなりがちであった為、中々機会に恵まれなかった。


街で発見した、オリーブ油の香りがするソーダ固形石鹸を使って身体を洗い、遂に、浴槽に足を踏み入れる。


少し熱かった。水属性最下級魔術『フルイド』を使って水を足し、温度を下げる。其れを繰り返す事数度。漸く入れる温度となった。


今世初の湯船。足先を入れ、腰を下ろすと・・・全身が一気に弛緩するのを感じる。


「はぁ・・・」


思わず溜息が漏れるのも仕方が無いだろう。やはり、風呂はただ身体を洗う為の物ではなく、疲れを取る為の物でも無くてはならないと思う。入浴を心の洗濯と言った奴は上手いよな。


ぼうっと浸かる事数分。脱衣所に人の気配を感じる。ガラリと扉が開き、現れたのは・・・一糸纏わぬ姿の黒髪金眼の獣人、スィラ・レフレクスだ。


「何やら珍妙な物を持ち込んで居たとは思ったが・・・なるほど、そう使う物だったか」


その鍛え上げられた筋肉が脈動する肢体。人ではあり得ない位置、例えば腰周り、背の一部に生えている真っ黒な体毛が、彼女が獣の末裔である事を主張する。安産形の臀部から続く引き締まり、くびれ、薄っすらと割れたウエスト。そしてその上、大きく、しかし垂れ下がらずに美しい形を保つ乳房。


大変良い身体をお持ちでいらっしゃる。今世にて俺が男に生まれなかった事を悔やむレベルだ。


「何が珍妙だ。歴とした文化だ」


ふん、この気持ち良さを知らぬとはな。可哀想に。


「そんなに良いなら、試させて貰おうかな」


と、いきなり入ろうとしたので制止。


「まず身体を洗え」


当然である。


「・・・ああ」


物凄く面倒くさそう。一応、毎日風呂には入らせていたのだが、もしかしてお湯を被っただけとか、鴉の行水みたいな事ばかりしていたのではないだろうな。ならば・・・。


「向こう向け、流してやる」


は?と漏らすスィラの肩を掴んで無理矢理向こうに向け、木椅子に座らせる。最近、魔念力を使って身体を支える事で、軽い体重から来るディスアドバンテージを無視して力を余すところなく使う事が出来る様になった。いくら軽い物からでも、その場から動かなければ十分に力を伝えられるからだ。


「ほら、目に入るぞ」


香油入りの石鹸を泡立て、わしゃわしゃと頭皮まで洗える様に指を髪に沈み込ませてゆく。


耳周りは泡が中に入らない様に丁寧に。背中まである生え際まで、マッサージする様に洗う。


「気持ち良いか?」


肩を少し竦め、くすぐったそうにしている。もう少し強めに揉むか。ところで、やろうと思えば今、俺はこの頭を握り潰す事が出来るんだよな。其れは多分彼女も分かっているだろう。信頼と受け取っておこうか。


これだけ髪が長いと、動いた時に邪魔ではないのだろうか。いや、実際一本一本は其れほど長くないのか。生えている範囲が広いだけで。


耳をくしゃり、と揉むと、びくり、と肩が跳ねる。くすぐったいのだろうか。


「んっ・・・!」


流すついでに耳をこねこねしてみる。一応、耳に水が入らない様に、という建前付きで。ああ、硬い様な柔らかい様な。飽きない感触である。


「・・・主、遊んでいないか?」


ちっ、バレたか。










「おお・・・これは良いな」


頭を洗った後、身体も流すという大義名分の下、散々身体中色々と堪能した結果、「お、お嫁に行けない・・・」状態に陥ってしまったスィラを浴槽に引き摺り込み数分。目の前で完全にリラックスした、言ってしまえば緩み切った表情をする彼女が居た。


「だろう?」


あと一つ分かった事。スィラは未通女。初心。中身は割と純情。可愛い。


「・・・本当に主は変わっている、いや、変だ」


失礼な事を。まあ、俺と君達とは元々の人間を作っている価値観が全く違うからな。仕方が無いといえば仕方が無い。


「奴隷を態々自らの手で"隅々まで"洗うとか、な」


じろり、とジト目で睨んで来る彼女。いやいや、悪かった。悪戯心が過ぎたとは自分でも思う。


「奴隷とはいえ、私の周りに居るからには汚いだとか、臭いだとかは御免だからな」


覚えておけよ?と、さも自分が正しい事を言っている様に胸を張ってみる。


「・・・」


非難がましい目。頬に薄っすらと赤みが差しているのは、風呂による体温上昇から来る物か、はたまたは別の要因か。


「ところで・・・」


少し、将来の事を話そうか。


「スィラは、将来の事は何か考えているか?」


彼女に話を振ってみる。すると少し小首を傾げた。


「・・・私は奴隷なのだから、決定権は主にあるだろう?」


いや、まあそうなんだけどな。身も蓋もない奴だな。


「希望は無いのか?参考にしたいのだが」


すると、少し顔を俯かせ、考え事に耽る仕草。考えてはいなかったのな。


「・・・元々な、私が旅をしていた理由に、目標を探すという事も含まれていたからな・・・」


自分探し的な旅だった、という事か?そういえば彼女は旅に出て十年近いと言っていた。すると、彼女が旅に出たのは、僅か齢十歳、俺が約二年後に一人旅に出るのと同じ事だ。何故、そんな時期に旅に出たのだろうか。


「・・・聞きたいか?」


自嘲する様な笑み。これはあまり良い思い出ではなさそうだな。


「話したく無いのなら別に無理強いはしないぞ」


いや良いんだ、と一度目を閉じ、記憶を引き出そうとしているらしい彼女。自ら口を開くのを待った。


「・・・別に大した話では無いのだが・・・」


ぱしゃり、と湯から手を出して髪の毛を弄り始めた。


「いい、暇潰しにはなる」


俺とて湯船の淵に両腕を掛け、背を預けリラックスした形。伸ばした足先がスィラの太腿か何処かに当たった気がするが、向こうは気にした様子も無い。


「・・・昔から私は殴り合い斬り合いが好きだ」


ああ、それは良く分かる。


「うちの部族は皆戦う事は好きだし、得意だ。だが・・・私は其の中でも少し・・・」


凶暴過ぎた、と。実際こんなのが黒狼族のスタンダードだったら、絶対集落には行きたく無かったな。其処は良かった。


「丁度十歳の時か。族長候補の奴に喧嘩を売ってな、何の間違いか知らんがぶっ飛ばしてしまった」


・・・もしかすると族長が一番強くなければならない、とかそんなルールがあったりしたのだろうか。


「良く分かったな。其の通りだ。本来私はその族長の所に嫁に行く予定だったのだが・・・あまりにナヨナヨした綺麗事を吐く優男だったからな。もし私に勝てば嫁になってやる!と言ったら、向こうも望む所だ!と大見得を切ってな」


それで、ボロクソにやられて残念でした、と。


「其奴とは何も問題は無かった。只の知り合いに戻っただけだった。だが・・・"大人"が其れを許さなくてな」


くっだらない、と思うのは単純に価値観が違いすぎるから理解出来ないのは仕方が無いよな。何度も言うけど。


俺のスタンスは分からん物には深入りせず、「そんな物もあるんだな」と感心する程度で留まる様にしている。そうしていれば基本、他人とは衝突しない。


「彼は修行の為、山奥に放り込まれ、私といえば・・・まあ、良い機会だ。あいつらは往年の問題児を上手いこと放り出す事に成功した、といった所だ」


はっ、と鼻で嘲る。こんな良い子を問題児などと・・・見る目が無いな。


「殆ど身一つで放り出された。何をすべきかも、何処に行くべきかも分からなかった。魔物に襲われ、人間に襲われ、何が何だか分からない内に・・・ただ生きる為、強くあるために歩き続けていた」


遠い目。十年もの旅を振り返ってでもいるのだろうか。


「今から思えば・・・刺激的で・・・楽しくは無かったが・・・全て今の私の糧にはなっていると思う」


ふと、彼女の左胸。湯船に浮かぶ乳房の上面に薄っすらと真一文字に残る傷痕が目に入る。そして肩口の刺突痕と思われる染み。


「旅の中、元々好きだった戦い、命の遣り取りが唯一の楽しみだった。心が昂ぶった。私の身体を撫でる刃が心地良かった。・・・相手の肉を裂いて、骨を砕く感触から得られる満足感は至高だった」


うっとりと陶酔する様な表情。美しく、艶かしく、それでいてぞっとする様な一種の狂気を孕んだ、死の気配すら纏わり付かせた笑み。


言うならば頭の狂った、 壊れた人格の持ち主しか出せない雰囲気。


魔性。正にそう言うに相応しい。


「私は"強い奴"が好きだ。何故なら私に、私が生きていると自覚させてくれるからだ」


主もそうなのだが・・・。と何故か俺だけが例外の様な事を言い出す。


「・・・私は初めて、どう足掻いても勝ち筋が見えない奴に出会ってしまってな」


主との戦いは面白く無いのだ、とばっさり切り捨てられた。あのなぁ。


「現状では無理だな・・・むぅ・・・」


何やら考え込んでしまった。


「で?まだ最初の質問に答えていないぞ?」


「・・・将来の展望、というヤツか?」


思いつかんな、と小首を傾げる。


「そもそも、お前は現状の生活に不満は無いのか?其処から考えてはどうだ?」


不満、とな・・・と顎に指を当て考え始める。


「・・・今の生活は、私の生の中でも満たされている・・・自分で調達せずとも美味い飯が食えるし、寝込みを襲われる事も無い・・・いや、偶にあるか」


じろり、と金色の瞳孔の広い瞳が睨む。顔を逸らして逃げ。


「贅沢を言えば・・・刺激が無い、か」


刺激的な生活、ねえ・・・。疲れそうで嫌だな。


「最近闘ってない。欲求不満はある」


戦闘狂ちゃんにはこの生活は平和過ぎる、と。そう言いたいのだな。安心しろ。その内闘わせてやる。


「・・・その内に旅にでも出る・・・その時には・・・お前には護衛でもやって貰おうかな?」


護衛。聞けば魔物やら盗賊やらは其処ら中に居るらしい、この世界では、戦えない者はろくに出歩く事も儘ならないだろう。


俺が戦えない訳では無いのだが、実際面倒だし、闘いたくてどうしようも無い奴を連れているのなら任せる以外の選択肢は無い。


「・・・それは護衛では無くて、露払いでは?」


スィラの勘の良い・・・いや、冗談の解を態々言うという風情の無い発言を受け流しつつ、そうだな、と適当に返事をしておく。


そろそろ熱くなってきた。上がるか。


「私は上がる。お前もあまり長く入っていると・・・のぼせるぞ?」


俺が立ち上がった事で跳ねた湯が顔につくのも気にならない程に、何か思考しているらしい。取り敢えずは声だけは掛けておく。


脱衣所で手早くバスローブ的な薄い羽織物を身に付け、スリッパを足に引っ掛けながら、室温でぬるくなった水が入った水差しの蓋を開けて魔術で作り出した氷を放り込む。頭を乾かしたくらいには冷たい水が飲めるだろう。


ドレッサーの前のスツールに座り、髪の毛の水分をタオルで拭い取ってゆく。前世、男みたいにわしゃわしゃといい加減にやっていたら、「髪が傷むじゃない!」とツィーアに怒られた。俺の髪なんだけどな。まあ、好き好んで傷ませる必要も無い上、今生は女として生まれたのだから、女の子してみようと思ったので、大人しく教えられた通りに、丁寧にやっている。


ドレッサーの銀鏡に映る自分の姿。八歳の変わった容姿の女の子。内面が出始めているのか、目尻が吊り上がり、キツそうな性格の子に見える。


「これから、か・・・」


何時だって将来設計というのは頭を悩ませ、時間というリソースを喰ってゆく。


「・・・旅、か・・・」


スィラみたいに十歳で出ようとは思えない。せめて十五は超えたい所だ。体格、体力、見栄的にも。


「・・・まあ、今すべきことは・・・」


と床に置かれた木箱に意識を遣る。魔念力で引き寄せ蓋を開け、中身を手に取る。


「・・・仕込み、か」


直近のプランの方を考えるとしよう。


カチリ、と金属が擦れ当たる音が、妙に明瞭に響いた。










「起きろスィラ」


まだ日も明ける前。何時もの二時間以上前に起き、未だシーツを身体に纏わり付かせながら眠るスィラの頬を突っつく。


「ぅう・・・ん・・・なんだ・・・まだたんれんは・・・む!?」


寝ぼけ眼を薄っすらと開き・・・俺の姿を認識すると同時に飛び起きる。


「なんだ!?敵襲か!?」


キョロキョロと周りを見回しながら、タンクトップに下着というはしたない事この上無い格好でベッドの横に立て掛けてあったハルバードを引っ掴み構える彼女。


「落ち着け馬鹿者」


魔念力でデコピンという、割と自分でも器用だな、と思う様な技を極めつつ制止してやった。


「・・・それで、こんな早くから何の用だ?」


強制的にバック宙キメさせられ、ベッドの下に落っこちた、元々頑丈だったのに更に強化されつつあるスィラは、何事も無かったかの様に立ち上がった。


「今日から訓練するぞ」


はぁ?と寝起きで思考力も低下しているのか、素で思ったことが其の儘口から流れ出ている彼女。


「・・・訓練?鍛錬ではなく?」


何時もの威圧的な口調も崩れ気味。


「そうだ。私が、お前に仕込む訓練だ」


ほれ、と目的の物を放り渡す。


「・・・これは?」


「武器だ」


いやそれは分かるが・・・と戸惑われる。


「武闘会で私が使っていた物の発展品だよ。お前にだ」


あの時使っていたマスケットを思い出してくれた様だった。弩の様な物か、と。


「・・・私は飛び道具は「デカイ口は私に勝てる位になってから言え」・・・はい」


四の五を言わさずに納得させる。


「それだけではないぞ?お前はどう考えても魔術師に弱い。みっちり鍛えてやるからな」


で、何故突然こんな事を言い出したのかというと・・・まあ、暇つぶしも兼ねたスィラの欲求不満解消策、更には彼女の戦力価値の向上を考えての事。


それから・・・俺自身の戦術の構築の為。


スィラと同等、もしくはそれ以上の者との闘いを見据え、より効果的な制圧法を考える。


「アリーナは多分、この時間なら使えるだろう。さっさと着替えろ、行くぞ」


今は時刻的には朝の六時。スィラが何時も起きるのは七時くらい。俺が起きるのは八時だった。二時間、"たっぷりと遊んで"やろうか。


「・・・さて・・・」


軽く準備体操をして待っているか。











結果、やり過ぎた


「・・・どうしたのそれ・・・」


朝食時。ずるずると生も根も尽き果て、気絶してしまったスィラを引き摺って寮に入ると、食堂に向かおうとしていたツィーアを初め多くの目が此方を凝視する。


「・・・少しやりすぎた」


こういう時は何と言えば良いのだろうか。カルセラなら、てへ♪とか言いそうだな。


「部屋にでも運んでから行くよ」


高々身の丈百三十センチも無い人間が、百七十近くもある獣人を担いで、いや引き摺っているのだ。注目を惹かない訳が無い。


「え、ええ・・・」


ドン引きです、と言わんばかりの顔。こんくらい俺ならやると分かって・・・ああ、公衆の面前でやるの!?という意味合いか。配慮が足りなかったな。


流石に階段を引き摺るのは可哀想なので、肩に掛ける様に背負う。前が見えづらい。


其の為か、誰かにぶつかってしまった。


「おや、此処に居ましたか」


と、相手はケイト女史であったか。


一度スィラをずらし、ケイトを視線に収める。此方を見下ろす彼女の碧眼が眼に入った。


「何か用ですか?」


自分の部屋に向かいながら、肩を並べて歩く。少しスィラを担いでいる事にドン引き。ヤバイな。まだ朝飯も食っていないのに、何人に引かれたか分かった物では無い。


「いえ、少し伺いたい事がありまして」


「・・・休業期間の事でまた何か?」


いえ、と首を振り・・・顎で俺の部屋の方を指す。なるほど、あまり漏らしたく無い話か。なら、さっさと部屋に戻るか。


部屋に戻ると、まずスィラを寝室に運び、下着を残して服を剥き、ベッドに放る。汗も拭いてやりたいところだが、残念ながら今は時間が無い。ケイト女史との話が終わって、まだ寝ていたら書き置きを残して行ってしまおう。


リビングで待たせていたケイト女史の対面に座る。生憎お茶を淹れるセンスと技術は持ち合わせていないので、出すのは水のみ。スィラはコレに関しては練習中だ。


「して、聞きたい事とは?」


休業期間の予定は前に話した。別の事、更には盗み聞かれたくない内容などあっただろうか。


「そうですね。まず・・・早朝とはいえ、アリーナを使う時は申請をしてください。破損があった場合、誰が使った後か分からない、というのは困りますので」


ああ、其れを忘れていた。いかんいかん。確かに其れは困るよな。


だが、それが本来の目的ではあるまい。


「分かりました。次から気をつけます。・・・それから?」


朝飯の時間は刻々と縮まっている。さっさと本題に入ってほしい。俺は回りくどいのはあまり好きではないし。


「・・・其れの事です」


目線で指すは、後ろのチェストの上に置かれた物。先程ベッドに放り込んだスィラが腰に身につけていた物。


茶革のホルスター。其処に収まる鋼の火筒。多分、コレの事。


「コレですか?」


魔念力でひょいと引き寄せ、目の前に持って来る。


するとケイト女史は大層驚いた様子で、ビクリ、と肩を震わせる。


「エリアスさん!?何を・・・!」


?と俺も頭に疑問符が乗っかる。なんで驚いているのか・・・。


宙に浮いていたホルスターをぽとりと手の内に落とす。


「コレがどうかしましたか?」


と、弾も装薬も入っていない銃を机の上を滑らせて向こうに渡した。


物凄く納得いかない顔をしながらも、それを手に取り、ホルスターから抜き出す彼女。


「・・・何処でコレを?」


嫌に鋭い目で睨まれる。其れに対して、街の武具店と懇意にしていて・・・と適当に濁しつつ、問題をメアリーに投げ付けておく。


「ああ、彼処ですか・・・なるほど」


腕が良いというのは聞いています、と。メアリーの店は知っている様だ。


俺が口を出しつつ手助けしている事は明らかに藪蛇なので言わない。


ところでスィラに銃を使わせる訓練だ。


腕力体力的には一切問題は無い。軽々と二キロ近い銃を取り回しているし、初めて撃った時には音にこそ驚いていたものの、バシバシ目標に当てる。やろうと思えば、主武装のハルバードと同時に片手でも使える。


どうやら魔術は使えないらしい、スィラに中距離戦闘能力を付与する事には成功しそうだ。あまり気に入ってはいない様だが、有用性は分かってくれた様なので、まあ良い。


「ツィーアも持っていますよ。あと・・・カルセラも」


暫く銃を眺め回した後、ホルスターに戻して机の上に置く。そして一つ溜息。


「・・・コレが一体どういう物とされているのかご存知で?」


どういう物、とは。


「古代の武器。その模倣品です」


そう、模倣品。


自動化され、ガス圧電磁力を使う銃には到底届かない、旧旧、更に旧式の武器。それらに似せた物。


「コレは・・・造られた物なのですか!?」


ええ、と肯定する。


「より構造も単純で、性能も低い代物ですから・・・」


違いなんて言っても分からんだろうから説明は適当に。


「そうですか・・・」


一先ずはいい加減な説明で矛を収めてくれた様子。そろそろ朝ご飯を食べたい。


「それで?先程のは?」


てっきり話は終わった物だと思い、浮かせかけていた腰を再び下ろす。


「先程の、とは?」


本機で分からないので、かくり、と首を傾げさせ問うた。


するとほとほと呆れ果てた様子で、はぁ?と疑念の声。


「貴女、手を触れずにコレを持って来たでしょう?何をどうしたらそんな事が出来たのですか?」


ああ、其の事か。


「多量の魔力を使っていたのは分かりましたが・・・あんな術、ありませんよ?」


「アレを使えば例え立たずとも遠くの物を取れるのですよ」


そう、こういう時に楽する為コレを覚えたのだ。魔力の塊を操作する。燃費が悪いのは分かってはいるが、楽なのだから辞められない。こんな便利な物を使わずにいられるか。


するとケイト女史は、ぐい、と身を乗り出し。


「どうやるのですか?教えていただけますか?」


思わず後退る程の剣幕。というか顔が近い!


「・・・落ち着いてください・・・」


鬼気迫る、に近い雰囲気。何故?


「私も知らぬ魔術が此処にあるのです。何故落ち着いてなどいられましょうか!」


「あの、そろそろ朝食に「後で用意させますから!」あ、はい」


今日学んだ事。ケイト女史は魔術オタク。


結局、朝飯は無くなった。許すまじ。



誤字脱字などございましたらお申し付けください

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