献策
区切り、を上手く付けるのは難しいですね(その場の思い付きでポチポチしながら)
「・・・エリアスさん」
ネメシア先生との授業の後、帰ろうとした俺を彼女が呼び止めた。
彼女はそろそろエネルギーという概念について、朧げだが掴もうとしている。知能指数、どれくらいあるんだろうな。軽く喋っただけで一から六、七くらい理解して、考えを発展させる。原理を知れば仮説を頭の中で立て、例示し、証明する。まさか、運動エネルギー、位置エネルギー、弾性エネルギーの話している最中に、「・・・あれ?・・・全部・・・エネルギーで説明・・・出来る・・エネルギー?」とか言い出してその他のエネルギー、つまりは熱、光、更には質量にまで言及し、仮説を立てていた。化け物か。
実績といえばそう、仕事量に関する公式W=Fxに相当する式を、記号こそ異なるものの作り出す事に成功していた。惜しい、後は角度の概念を組み込めば完成だ。
まあ、彼女の中の数学がそこまで進歩していないので仕方が無いというのもある。彼女は累乗の概念に頭を抱えながら頑張っている。手伝うつもりは無い。折角頭捻って自ら解を導き出そうとしている者にとって、それはあまりに失礼だからだ。
「・・・ケイトさんが・・・呼んでいましたよ・・・あとで校長室に・・・と」
あらら、お呼び出しか。さっさと昼食を摂ってアイクの部屋に行かねばならないのだが。ケイト女史の呼び出しとあらば参上しない訳にはいかない。
「分かりました」
一つ礼をして退出。其の儘の足で校長室へ。
校長室は階が一つ違う。階段を軽やかに駆け降り・・・はしない。一つ折り返すタイプの階段で、手摺の向こうが見えず、偶にぶつかってしまうからだ。広いから外側を歩けば良いのだが。其れから・・・常に上方注意。
「きゃあっ!!?」
振り返ると、一人の女子生徒が弾かれた様に落ちて来た。向かう先は・・・俺の上。
「おっと」
念力のような物・・・最近魔念力と呼ぶ事にしている・・・で自らの身体を支え、落ちない様にしながら抱き止める。階段の上、何者かが駆けて廊下の向こうに走り去って行った気配がした。
「大丈夫か?」
当たり屋かと思い、受け止めるだけ受け止めて放ろうかと思ったのだが、本気で驚き怯えているようで、どうやら純粋に被害者らしい。仕方ないから声を掛けてやる。
「はっ、はいぃ・・・ありがとうございます・・・」
地味な子だった。ボブカットの栗毛で・・・黒制服だから庶民階級か。多分歳上。だが身長は殆ど変わらないな。
「あまり私には近付かん方が良い。ましてや何の後ろ盾も無い一般生ならな」
彼女を抱えて階段下へ。其処で降ろしてやった。
「何も無いとは思うが・・・一応気を付けてな」
後ろ手に手を振って分かれる。言ったとおり、あまり俺に近付いて良い事などあまり無い。本当に。
まあ、コレ限りの関係。どうでも良いと言えばどうでも良い。冷たい様だが、其れがお互いの為だ。
何時も通りの木製の扉をノック。返事ほぼ待たずして入室。
「エリアス・スチャルトナ、出頭しました」
返事をした瞬間に入ってきた自分に若干驚きながらも、傾けていたティーカップをソーサーに置くケイト。
「・・・あのですね、エリアスさん。毎回言っている事ですが、ノックしても仮に返事が、待ってください、だったらどうするのですかね・・・まあいいですが」
座ってください、と促され、応接用の長ソファに腰を降ろす。
「して、何の用ですか?」
単刀直入。時間にそう余裕が無い為だ。
全く反省の色が見られないエリアスに小さく溜息をつきつつも、本題を切り出す。
「・・・追って改めて連絡が行くとは思いますが、月末から一ヶ月半、学校は休業となります。その間の予定を聞いておきたいと思いまして」
一応把握しておきたいもので、と。
「特に・・・一旦実家に顔を出してから、ツィーアの家に遊びに行って過ごすつもりですが」
隠し立てする様な事も無い。今の所の予定は全て吐く。
「・・・ブレームノからアルタニク伯爵領・・・分かりました、ありがとうございます」
何なのだろうか。まあ良いけれども。
「そういえば、ケイトさんはうちのスィラと面識があるようですが・・・それは何処で?」
思案顔を上げ、改めて目線を合わせるケイト女史。僅かに目を見開き、意表を突かれた様子である。
「・・・知り合ったのは比較的最近ですよ?酒場で飲んでいた時に・・・」
愚痴っているケイト女史か。少し見て見たかったな。まあ、この人絶対ストレスとかは内に内に押し込めて表に出さないタイプだろうからな。
その割には親しそうだったが。まあ、詮索は止しておこうか。
「そうですか、では失礼します」
「・・・ええ」
其れだけ聞いて何も言わない俺を訝しむ気配はあれど、再び思考の中に入り込む彼女を後に、校長室を出る。
さて、昼食だ昼食。寮の食堂に向かう。本当は街で何か食いたい所だが、生憎時間が無い。
足早に寮へと向かった。
昼食のサンドイッチに似た物を腹に収め、向かうはアイクの居室。ところでサンドイッチだ。本当は手で掴んで齧りつきたいものだが、マナー的にはナイフとフォークを使ってお上品に食べなければならない。面倒な事この上無いのだが、少なくとも此処ではそうしないとマズイ。
旧カルセラの部屋の近く、最上階。
扉に付けられた打金を鳴らすと、使用人服に身を包んだ婦女子が中に入れてくれる。
応接間に通され、お茶を出されて待つ様に言われた。この手際の良さは是非ともスィラにも見習って貰いたい。
おお、この菓子は美味い。甘味は偶には食べたくなるよな。前に自分でも買おうと思い、ツィーアに何処で買うのか、と値段を聞いて見た所、二度聞き返してしまったくらいに凄まじい値段と手間と時間が掛かる様だった。態々王都から取り寄せねばならないが為の交通費、職人が作る其れのそもそもの単価等、その為だけに払うには惜し過ぎる金額のなので断念した。
因みに今食べたのはクッキーに近い何か。いや、多分クッキーかパイと言っていい筈。甘さは控えめだが。サクっとした生地が・・・いや、其れはどうでも良いか。
暫く待つと、奥からアイクが現れる。不安が隠し切れていない。俺が何を言い出すのか分からんからか。
「・・・カリナが待ってる。行こう」
通された部屋。俺の部屋で言えばリビングルームだが、俺の部屋と比べるのも烏滸がましい程の装飾。華美といえば華美だが、悪い物では無い。カルセラの部屋も負けず劣らずといった風情だが、彼方は落ち着いた雰囲気、此方は豪奢な雰囲気である。ただ、長時間居るには疲れそうだな、と思った。
中央の長ソファに、腰まで埋まりながら座るカリナ嬢が目に入る。ソファ柔らか過ぎるだろう。逆に座り辛そうだ。
まずアイクが上座へ。俺がカリナと向かい合う席へ腰を降ろした。カリナは俺が現れるや否や、目を見開き驚きで顔を歪ませる。
「あなたっ!?どうして・・・っ!」
うん?アイクから聞いていなかったのか?というか、アイクは何も話してはいないのか?と彼に問う視線を向ける。
「カリナ、彼女が助っ人だよ」
誰かを事前に言っていなかったのだな。
「一応、力にならせて貰うつもりだ」
澄まし顔で言うのもアレだが、別に俺はカリナに含む所は無い。最初の印象こそアレだったが、今となってはある程度気心の知れた友人の一人だ。
「で、まず前提条件から確認するぞ」
カリナ、アイクが満足し得る条件。
「カリナは親の邪な命令を取り止め、撤回して貰いたい。しかし、今の生活、引いてはアイクと離れる事は避けたい」
直球で言った事でカリナが赤面する。いや、別に照れんでも良いだろ。
「アイクの条件、カリナの明らかな挑発行為を辞めさせたい。更に、可能ならばカリナの両親への制裁を加えたいものの、しかしカリナを巻き込む事は避けたい」
アイクは無言。カリナが"制裁"という所で、はっ、とした顔をする。
「漏れは無いか?」
確認。双方、其々頷き肯定した。
「では・・・カリナ、幾つか質問をする。正直に答えてくれ」
一呼吸置き、話について来れているか見る。良いか。
「一、カリナの両親について。仮にアイクの言う処分が下されたとして、カリナの両親は良くて爵位剥奪、領地没収。悪ければ一族須く極刑だ。其れは良いのか?」
手を握り締め俯き、数瞬押し黙る彼女。仕方が無いだろうな。高々齢にして十。そんなまだ子供も良い年で親族を捨てる決断等、そうそう出来る物では無い。即答出来るとしたら、余程の冷血漢か、もしくは直近に喧嘩をして頭に血が登っている奴くらいだろう。
「・・・私の父は、許されない事をしておりますわ・・・それは・・・分かっております・・・」
なんとか頭の中で纏めながら、という感じで、ぽつりぽつりと話し始める。
「・・・ですが・・・どうか、お許しになって頂けないでしょうか・・・アレでも唯一の父であり・・・私の家族ですわ」
カリナも何だかんだ、正直に腹を割って話せば中々どうして出来た奴ではないか。結局は良い子なのだな。
「・・・と、言うことだがアイク、どうする?」
そもそも、訴えるとすればアイクだ。カリナ自身は望んで居ない処分。どうするのか。
「・・・カリナが嫌ならしないけど・・・」
不満が多少滲み出ているが、別に吝かでもないと。
「・・・でも、どうするんだ?カリナの両親を落とさずに辞めさせる方法なんて・・・」
視野が狭いぞアイク。
「別に親なぞ放っておいて良いだろう」
は?と言わんばかりの顔。さてさて、問題は此処からだ。
「カリナよ。お前はアイクと添い遂げる為には如何なる犠牲も払うか?名誉も地位も、金も、全て投げ出すだけの覚悟があるか?」
そして、と一息。
「アイク、もし仮にカリナがお前の為に全て投げ打ってでも側に居たいと言うならば・・・お前は其れに応えられるか?」
二人への問い。相当重い決断だろう。俺の考える方法では、カリナは親・・・侯爵の娘という地位を失う。アイクは例え正妻にならずとも、一生カリナの面倒を見なければ成り立たない。僅か此の歳で人生に関わる決断をさせねばならないのは心苦しいが、仕方が無い。
「私はっ!」
此処の所、恥じらいも無くベタベタしていた様だが、今になって恥ずかしがるか。いやはや、乙女心とは何とやら。カリナが即答しようとして、しかし真っ赤になって二の句が継げずに停止。
「アイク」
オーバーヒートしてしまったカリナに代わって、彼の答えを急かす。
「お、俺は・・・」
チラチラ此方を見てもダメだ。俺は何も言わんぞ。
「私はカリナを妻か側室にしろと言っているんだ」
ビクッと背筋が伸びるアイク。カリナに目を遣り・・・カリナは満更でもないんだよな。
「あっ・・・えっと・・・カリナ?」
「アイク様・・・」
突如見つめ合い、思わず唾を吐きたくなる様な甘いピンクな空間を二人で作り始めたので、ごほん、と一つ咳払いして辞めさせる。せめて俺が居ない時にやってくれないかね。
「・・・カリナには覚悟がある、と見ていいのだな?」
ばつが悪そうに縮こまる二人を見据えながら、結論を提示する。
「何、やるならば簡単な事だ」
ごくり、と裁判官の判決を待つ者の様な切羽詰まった顔のカリナ。
「カリナ、マリョートカの名を捨てる気はあるか?」
ある日の休日。俺はエルク城壁外、岩がぽつぽつと頭を見せる平原にやって来ていた。
何も一人で意味も無く来ている訳では無い。人数は俺を含めて三人。一人は我らがツィーアである。乗ってきた馬の腹を撫でながら、荷物を降ろしている。スィラ?今頃寮でミムルと楽しい楽しいお勉強をしているだろうさ。
そして・・・今回の目的の主人公。
「うん、此処ならいいねー」
嫌に機嫌が良い、ボサボサ茶髪の女。メアリー・アリソンである。
手には木と鉄で出来た武器、銃だ。
フリント・ロック式では無い。新式の、画期的な高次元の機構を有する代物。
メアリーは、鉛で出来た球状の弾丸、黒色火薬、更に"雷管"を使った新たな射撃機構を開発する事に成功した。
その機構とは、俗に言う回転弾倉式、リボルバー式。
パーカッション式リボルバーと呼ばれる型で、装填こそ多少の手間が必要なものの、一度装填すれば五発から六発まで連続で射撃する事が出来る。更に弾、本体の生産方式に金型を使った鋳造を採用。この為、量産性も劇的に向上、短時間で制作する事が可能となった。そして・・・遂に唯の筒であった銃身にライフリングが刻まれた。巻き数はまだ少ない上、弾体が鉛その物を成型した代物である為に摩耗も相当に早いが、性能自体の向上には一役買っている。
だが、それでも画期的なのは、やはり雷管とライフリングの存在だろう。これまででは到底到達し得ない精度と有効射程、携行性、即応性を兼ね備える、より実用的な武器だ。
「よっしゃー、的的・・・」
携行時にはシリンダーの薬室と薬室の間にハンマーを落とす。一定量の火薬をシリンダーに収め、球状の鉛玉で蓋をし、銃本体に取り付けられたレバー式のラマーで奥に押し込む。また、薬室から隣の薬室へ火が移る連続発火事故を防ぐ為、銃弾の前、シリンダーの入り口に綿を詰め、不完全燃焼した火薬が他の薬室に流れ込むのを防ぐ。そしてシリンダー後部のニップルに、小さな円筒形の雷管を取り付ければ装填完了だ。
「これでいいね」
何かの食肉を吊り下げ、的とする。殺傷力も見たいが故。
この銃は量産が利く。故に二丁程が俺に渡される予定。
ところで、前から俺が持っていたフリント・ロック式大口径マスケットだが、今はメアリーに預けている。何でも、中折れ後装式の散弾銃に改造するらしい。鉛のボールベアリングを撒き散らすヤツ。実はコレはツィーアへの払い下げが決定している。
この世界には残虐な銃弾を規制するハーグ陸戦条約も何も無い。ホローポイント弾だろうが多目的スチールコア弾だろうが人間相手でも使い放題だ。恐ろしい事に。
一応、コレの様な鉛剥き出しの銃弾も軍用としては規制されていた気がする。
「ほい、ツィーアちゃんや」
メアリーが装填済みの銃をツィーアに渡す。ツィーアはおっかなびっくり、といった様子で受け取り、的に向かって構える。
ハンマーを起こし・・・発砲。
やはり黒色火薬では硝煙が結構酷いな。前後からもうもうと白煙が噴き出る。
撃たれた肉塊はというと、ごっそりと肉を抉られ、弾け飛んでいた。殺傷能力は十分だな。
ただ、問題としては拳銃のクセに重たい事。反動が少なくなるという利点はあるが、ツィーアは五発入りのシリンダーを空にした所で、疲れたー!と銃を近くの岩の上に置いていた。何せこの銃、相当肉厚な鋼板で組まれており、実に一キロ半以上ある。まさに鈍器その物である。銃身は約六インチでトップヘビー気味、トリガープルも巻きスプリングの弾性と工作精度の問題で重めで疲れる要素しか無い。ツィーアも肉体強化術無しには真面に扱えない、とぼやいていた。いや、九歳児が反動が少ないとはいえ、大型拳銃をぶっ放しているのは世紀末感しか無いがな。
因みに口径は約九ミリ。本体の大きさに比しては小さめで、パウダー量も少ない。おまけに、ハンマーを起こしてもシリンダーが上手く回らず、一々手で回して銃身にシリンダーを合わせてやらなければならない。まあ、それでも前作から比べれば次弾発射速度は圧倒的なのだが。前世で見られたなら完全な失敗作だ。
メアリーも何発か発砲。的が的の役目を果たさなくなった所で一先ずは拳銃の試射は終了。
「んじゃあ、本日のメインイベントだぁー!」
そう、ただ小口径の拳銃を試射する為にこんな人気の無い郊外まで来た訳では無い。
メアリーが向かうは馬で引いて来た"台車"。車輪もシャーシも台も全て金属で組まれた頑丈な物だ。そして・・・その上に掛けられたシートを押し上げる物。
馬を少し離れた木に結び付ける。先程の拳銃の射撃でも驚いて暴れかけていたからな。次にやる事を考えたらこうしなければならない。
「ういしょっと」
車輪に杭を通して地面に固定。シートを剥ぎ取る。
「いや〜・・・惚れ惚れするねぇ〜」
その上に備え付けられた"三十ミリ機関砲"。武闘会の戦利品のアレだ。台車と合わさった見た目は旧旧世紀の牽引式野砲其の物で、二枚の転輪に固定脚という構造。
尾部を改造して手動で撃てる様、握柄を取り付けたそれは、まさに巨大な重機関銃といった外見。機関砲だけれども。
金属製のリンクで繋げられた30×165mm徹甲弾が鈍く無骨な光を放つ。先に付いた剥げかけた赤色マーカーが目に付く。
「遂に、遂に!」
興奮の絶頂のメアリー。いい歳こいた大人も大人、人間で言うなら老人が何をはしゃいでいるのか。
「ツィア、耳栓」
一応耳栓をする。耳が馬鹿になるのは勘弁して貰いたいからだ。
「おりゃあ!いくでー!」
テンションがおかしくなっているメアリーがハンドルを操作して射角を調整。少し向こうの大きめの岩に砲を指向させる。
「・・・一応口開いて、耳栓も抑えておけ」
ツィーアに警告。訝しがる素振りを見せながらも、俺がやって見せると真似してくれた。賢明だな。
「〜〜〜!」
良く聞こえないが、メアリーが何事か叫んだ後・・・機関砲が連続して爆炎を噴き、空気が震えた。
標的となった岩は哀れ、内側から爆発した様に弾け飛び、瓦礫の山と化す。
数発のバースト射撃であったが、その破壊力や圧倒的。毎分五百五十発モードに設定された機構は確かに悠久の時を経て作動したのだった。
「・・・すっごい」
ぽつり、と呟いたツィーア。因みにメアリーだが砲の後ろで伸びている。耳栓をしろとあれ程言ったのにしなかったらしい。阿呆か。
オマケに鉄製の台車。明らかにシャーシがやられている。振動に耐えきれなかったか。射撃の瞬間浮き上がっていたし。固定も甘かった。
「まあ、メアリーも満足だろうさ」
片付けだ片付け、とメアリーに『フルイド』で水を掛け叩き起こし、撤収準備をする。勿論、機関砲が吐き出した薬莢も回収する。貴重品だからな。
「さて・・・コレはどうするか」
百キロを優に超える機関砲を壊れた台車ごと持って帰らねばならない。
「なあ、ツィア」
メアリーも向こうで作業をしている様だし、いい機会なので聞いておこうか。
「ん?なぁにエリィ」
「仮に何処かの子息子女が親と絶縁したいと思ったとする。コレはこの国では可能か?」
は?と言わんばかりの表情。いや、確かに唐突だがな。
何でこんな事を聞くのかというと、其れは最近自覚し始めた俺の立場に起因する。
俺は真人教に何故か狙われている。俺は別に構わないし、いざとなればドロンするので構わないのだが、問題は母の方である。
誰も好んで親に迷惑は掛けたく無い。もし捜索の手が母、引いては家族に伸びた時、苦労するのは俺では無く母だからだ。
だから、いざという時は此方から絶縁したい。其れがお互いの為だ。
「・・・親が子供に対して勘当する事は出来るし、よくある事よ。でも・・・逆は聞いたことは無いわね」
温室育ちの子供なんてそうそう自立出来るもんじゃないし、と自らの苦労を振り返ったのか、何処か遠い目をする彼女。
「じゃあ、聞き方を変えようか。どの様な事が起こった場合に社会的な親と子の縁が切れる?」
うーん、と少し考えて口を開く。
「一つ目は当たり前だけど、何方かが無くなる死別。死ねばしがらみも何も無くなるから」
死別ね。いや、確かに両親が死ねば関係も無くなるがな。
「もう一つは・・・コレは貴族限定だけど、"貴族に相応しく無い"とされ、平民や奴隷階級に落とされた時ね。階級って言うのは家族の縁より上位に来る括りで、貴族と平民じゃ社会的には家族とみなされないのよ。尤も、結婚とかすると夫の階級に妻の階級が合わせられるから、平民の女でも貴族の男に嫁げば貴族になる・・・もちろん、逆に貴族の女が庶民の男に嫁げば、その女は平民になるわ」
そんなルールがあったのか。将来の参考にしておこう。結婚とかはまだ分からんが。
「なるほど、ありがとう」
助けになれたなら嬉しいわ、と・・・本当にいい笑顔をする。かわいいかわいい。
「ちょっとー!二人ともー!手伝ってよー!」
メアリーが壊れた台車をなんとかしようと四苦八苦している様子。もう走れなくなっているらしい。
「・・・どうやって持って帰るんだろうな、アレ」
本体で百キログラム、台車も同じかそれ以上、あと大量の弾。頼みの台車はぶっ壊れている。
・・・この後、まさか自分より遥かに重くてデカイ物を担いで帰る羽目になるとは思っていなかった。メアリー許すまじ。
案外何とかなるものだったけれども。
「・・・なるほどな。一度貴族社会から離れ、親の影響から逃れる、という事か」
俺の案はそんな物だ。この間偶々ツィーアから聞いた話を持って来ただけ。元は俺が使おうと思ってた手だが。
「だから、カリナに今の生活を捨て去る覚悟があるか聞いたのだ」
貴族の地位を捨てるというのは、割と簡単な事である。他の貴族の使用人にでもなれば良いのだ。
すると、その雇った貴族は雇われている方の爵位、貴族位を返上する事が出来る様になる。
理由は簡単で、他の貴族に頼らねば生きていけない物は貴族として相応しく無いからである。この"貴族として相応しく無い"という条件は、殆どが体面や体裁に関わる物。だから貴族達は必死に見栄を張るし、以下に財政が困窮していようとも、常に立派であろうとする。貴族社会も大変だな。
アイクがカリナを下に付けて貴族を剥奪すれば終了だ。本人が了承しているならば向こうも声高には何も言えない筈。
「で?どうするカリナ?考える時間が欲しいなら待てば良い。お前とアイクの問題だからな」
改めて問うて・・・席を立つ。言うだけ言ったので、後は知らん。勝手にしたまえ、という事だ。
「私はそろそろお暇させて貰おうか。何かあればまた夕食の時にでも、な」
そう言って俺はそそくさと退出する。本音を言うと面倒くさくなったからだ。スィラを弄くり倒している方が余程有意義に感じる。
まあ、引き留められなかったから、問題は無かったのだろうが。
昼頃の事。いつも通り、算術の教室を出て、今日のお昼は何だろうな、なんて思いながら階段を降りていた時だった。
「あっ・・・」
トン、と背中に衝撃。押されたのだと、身体が宙に浮いてから気付く。
この階段、一段が二十センチ、十三段だから・・・二メートルと六十センチの高さがある。とこの間習った算術を無駄に駆使して、どうでも良い事を考えていた。
「きゃあ!!?」
そして目の前、同じく階段を降りていた人が居るという事に気付く。
「(ぶつかる!)」
肩に掛かる位の青みがかかった黒髪。其れが迫る。こんな時だけれども、すごく綺麗だなって思った。
しかし、身体は反射的にこれから来るであろう、痛みと衝撃を予見して縮こまり、目が閉じられる。
目を閉じる寸前、黒髪の人が振り返り・・・血溜まりみたいな紅い眼が此方を向いたのが見えた。
彼女は私と同じくらいの背丈しか無い。巻き込んで・・・階段下に落下する様子が脳裏をよぎる。
だが、覚悟していた痛みは訪れず・・・。
「おっと」
ばさり、と柔らかい感触。多少のショックはあったけども、痛くも痒くも無かった。
恐る恐る目を開くと・・・心の臓が止まるかと思った。
ただ、ひたすらに綺麗で、美しくて・・・恐らく百メートル先からでも見惚れてしまうであろう、この世の物とは思えない様な顔が間近にあったからだ。
シミもくすみも、傷跡の一つも無い、煌めく様な肌。近くに寄れば化粧で誤魔化した其れはすぐに分かるけれども、彼女は明らかに素面で、化粧の一つもしていない。
唇だって綺麗な艶のある浅赤色。鼻は既に高くなりつつあり、流麗な線を描く。
僅かに釣り上がった大きな"赤い"瞳は切れる様な鋭い視線を放ち、階段上を睨む。が、すぐに柔らかい表情になり、此方に目線を向けた。
「大丈夫か?」
心地良い、身体が中心から蕩ける様な錯覚すら憶える声。そして・・・今気付いた。この人は"白"だ。
黒、青と通常は分けられる制服。その"白"というのは一般生徒から見れば文字通り、謎、と言うが正確だろう。
正体が分からない。青は貴族や豪族階級などの金持ち、黒は一般庶民と正確に明言されているのだが、白だけは一般には何も言われていないのだ。
つい最近国に帰ったらしい、ハノヴィア帝国皇女、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギア様や、いつしか姿を消していた皇子 ディスキア・コウ・エーレン・ベルギア様がこの制服を纏っていた事から、"貴族の上"の者が与えられる物ではないか、という憶測が為されているが、真偽は定かでは無い。
そういえば、と。
一部ではこの国の王子では無いかと言われている超絶美男子、アイク・ベル・イオリア様も同じ制服を纏っている。ということは・・・。
「(まさか、この人・・・どこかの王族だったり!?)」
仮に王族として・・・上から落ちて来て抱き留められるなど・・・不敬罪でその場で頸を撥ねられても不思議では無い。しかし、顔を見るに不快に思っている節は無い。なんとか、なんとか真面に対応しようとするが・・・。
「はっ、はいぃ・・・ありがとうございます・・・」
盛大に吃った。その上アクセントがおかしくなって音がひっくり返ってしまった。
だが彼女は、クスっと小さく笑うのみで、気にした様子も無い。きっと自分と歳は大して変わらない筈なのに、その仕草はひどく大人びていて・・・。
「あまり私には近付かん方が良い。ましてや何の後ろ盾も無い一般生ならな」
突如真剣な顔になってそう言う。喋りながら階段を降り、階下で自分を降ろした。
「何も無いとは思うが・・・一応気を付けてな」
会話はそれっきりだった。彼女は其の儘背を向けて去って行ってしまった。
暫く呆然と立ち尽くす。その硬直を破ったのは・・・友人の呼び声。
「ミレイー!そんなとこで何してんのさー!」
陽気な友人の声で我に返る。
「あ・・・」
そういえば待ち合わせをしていた。なかなか来ない私に痺れを切らしたのだろうか、迎えに来たのだろう。
「どうしたのさ?なんかオバケでも見たような顔して・・・」
オバケ、そう、オバケかも知れない。まるで幽霊。この世の物では無い者。そう思っても不思議は無い相手だった。
ミレイ・ヘラ、十一歳。
彼女が"幽霊"と関わる事になるのは、まだ先の事。
誤字脱字などなどがありましたらお申し付けください。




