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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
39/94

カリナの受難

雨だと暗くて眠いですね(電車止まって身動き取れなくなりながら)

最初はただ彼女の事を気に入っていた。気に入っていたと言うのは人としてでは無く、何方かといえば子供がお気に入りの人形を愛でる様な感覚であった。少なくとも、私の周りの人間は須く私自身を引き立て、飾り付ける為だけの物と思っていたし、其れは出会ってから暫くの彼女も重要度は極めて高かったとはいえ、あくまで其の一つであった。だがあの日、初めて私は一人の人間を人として欲しいと思えたのだった。



カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアの手記より抜粋










あのツィーアの下着事件(お別れ会)より三日後。迎えの馬車が学校前に止まっていた。


「うんにゃー・・・やっぱ帰りたく無いなー・・・どっかとんずらしよっかなー・・・」


今更になってグダグダ文句を垂れているカルセラ。


「もう、きちっとしなさいな!みんなが見てるでしょ!」


ぷんぷん、と小言を垂れるツィーア。何時もの光景である。背伸びしている感がすごくて可愛らしい。


「むぅー・・・よしっ!エリィちゃん!」


とうっ!とジャンプ。胸元にダイブして来た。躱したらどうなるかなーと思わんでも無いが、生憎其処迄俺は意地悪では無い。


「どうした?」


段々、この突然のスキンシップすら愛おしく感じて来た。微笑みながら腰に手を回すと、カルセラは更に笑みを深くする。


「・・・ぺろり」


顔を近付け・・・唇を舐められた。最近、こんな百合百合しい行動が増えているカルセラだが・・・何か最近慣れた。ツィーアとて、またか、という様な呆れ顔。


別に俺の趣味は幼子という訳では無い・・・まあ、ごっこ程度なら良いかと思うが・・・少しは"お仕置き"が必要だな。


「んむぅっ!?んんっ!」


ぐいっ、と腰を引き寄せ、歯がぶつかる程に乱暴に彼女の唇を貪る。舌を押入れ、歯茎に、歯の裏に舌を這わせる。驚き奥に逃げたカルセラの舌を自分の舌で絡め取り、マーキングするが如く唾液を塗り付けてやった。


驚きに目を見開く彼女の顔が、段々と緩み、惚けた表情を晒す。


「んっ!ぷはっ!?はぁ・・・はぁ・・・っ」


かくり、と彼女の脚から力が抜け、全ての体重が腰に回された腕に架かる。腰が抜けてしまったらしい。


赤く上気し、蕩けた様な表情は長いキスから来る酸欠か、それとも別の要因が原因か。


「・・・あまりからかうな・・・本気になってしまうだろう?」


至近距離から其の濡れた蒼玉の様な瞳を覗き込みながら挑発する。


どうやら歩けなくなってしまったらしいので、其の儘膝の裏と腰を支えながら抱き上げる。お姫様がお姫様抱っこされているという完璧なシチュエーション・・・抱いているのは残念ながら王子様では無いが。


見慣れている筈のツィーアですら目を剥き・・・周りの見送りの者や、カルセラの使用人と思しき人々なども、ぽかん、と口を開き間抜け顔を晒している。ケイト女史の姿も認めるが、盛大に頬を引き攣らせて固まっていた。


そうか、向こうからされる事はあっても、此方からした事は無かったか。そういえば。


其の儘馬車まで運び、座席に座らせる。首に回された彼女の腕がゆっくりと離れた。


今になって漸く我に返った様で、周りに見られない角度を確認すると、キッと此方を睨み付けて来る。


「・・・狡いっ!い、いきなりそんな激しい・・・」


どうやら裏カルセラになっている様だが・・・イマイチ覇気が無い。


「なに、いつも"やられている"からな。ちょっとしたお返しだ」


まさかこんな事が効くとは思わなかった。成る程、覚えた。次から何かあればコレだな。


「・・・今度覚えてなさいよ」


おお、怖い怖い。夜闇には気をつける事にしよう。


ぐぬぬ、と顔を赤くするカルセラから離れ、周りの使用人達の邪魔にならない様に退く。


「・・・ああ、また今度、な」


別れの言葉。また会えると意を込めた。


「・・・ふん、次はエリィの腰を抜かしてあげるから」


変な対抗心を燃やされた様だが・・・まあ良いか。


「ツィーア!あんたもね!"アレ"覚えててよ!」


ん?アレとは?気になるな。


「なんでも無いから!気にしないでいいわ!」


慌ててツィーアが否定するが・・・まあ、態々ほじくり返して欲しく無い物に触れる必要は無いだろう。


「じゃ、もう行くから、じゃあね!エリィ!ツィーア!」


そう言うと馬車の扉を閉じてしまった。これで彼女とも・・・何時迄かお別れか。


手を振ると、窓からカルセラも振り返してくれる。うわ、作り笑顔だ。一応他の見送りの生徒教師へ意識した物というのは分かるのだが・・・口を吊り上げ過ぎだ。少し怖い。


案外初心だったカルセラは、次に会う時にはどうなっているか・・・楽しみな様な面倒くさい様な。


さて、何時迄も別れの余韻に浸る気もない。今日も普通に授業はあるのだ。カルセラとて行きていれば多分また会えるし。


「ツィア、もうすぐ始業だぞ?」


じっとカルセラの馬車を見送っていた彼女の肩を叩くと漸く活動を開始した。


「ええ・・・」


それでも心此処に在らず、といえる状態。取り敢えずこういう時は脇腹を擽れば良い、と相場は決まっている。


その少し後、跳び上がったツィーアの上げた悲鳴が響き渡った。ちょっとやり過ぎたかも知れないな、と遅れ馳せながら反省した。










「ちょっといいか?」


終業後、寮への道への途上。柔らかそうな茶髪を靡かせ、エメラルドの様な瞳を持つ男の子。アイク・ベル・イオリア君が待ち伏せしていた。告白かな?


「・・・どうした?」


態と身体にしなを作り・・・やっぱり辞めた。自分の歳を考えたら突然馬鹿らしくなってしまった。


「あ、あぁ・・・少し相談したい事が・・・」


相談?珍しいな。しかも俺に態々。やっぱり軟派かな?


「なら、私の部屋に行こうか」


と、アイクを伴って寮へ歩みを改めて進める。きちんと着いてきている様子。よろしい。


・・・部屋にこいつを招くのは初めてだな。スィラがきっちり掃除していてくれれば大丈夫だろう。俺もそんな自分の住処を散らかす質では無いし。


スィラが獣人であるという事も、彼のツィーアに対して何か思っている様子も無いので、問題は無い筈だ。










自分の部屋。内装自体は入寮当初なら大して変わってはいない。小物や荷物こそ増えたものの、其の手の荷物に関してはウォークイン・クローゼットに閉まってある。武器も学用品も一緒くたに。


・・・例の短剣、カルマに関しては身に付けて居ないと"暴れる"ので仕方なく常に帯刀している。寝る時も、風呂の時も少なくとも近くに置いて置かないと、一人でに伸びたりして、一度クローゼット内が大変な事になってしまった事は記憶に新しい。呪われ過ぎでしょう、この短剣。自分の魔力が込もっているとは思いたくないのだが、事実だから仕方が無い。


相変わらず大きな扉を押し開け、アイクに中に入り適当に座る様に促す。


アイクが座ったのはソファの方だった。硬い木椅子よりもソファ。当たり前か。


「スィラ、居るか?」


奥に声を掛けると黒髪金眼の使用人服に身を包んだ獣人、スィラ・レフレクスが現れる。


少し前まで、部屋で使用人服を着るのは嫌がっていたのだが、最近慣れてしまった様だ。毎回着替える事の方が面倒になったらしく、何着もある使用人服の方を着まわしている。しかも、デフォルトの使用人服は動きにくい、と言って長く、床に着きそうなスカートを太腿あたり迄切ってしまった。しかし、使用人が猥に肌を露出するのはマズイ、と言うことでニーハイ・ソックスを身に付けている。尚真っ白い太腿が少し見えていて大丈夫なのか、と。


終ぞツィーアの使用人、ミムルも匙を投げた大股、体幹の一寸もブレ無い見事な武人歩きで、ズンズン、と効果音が付きそうな感じで歩いて来た。


「・・・何用でしょうか、主」


敬語が変化したナニカな言葉遣い。コレも人前だけ。二人きりの時は敬語はいらん、と言ってあるので違和感しか無い。


「何か飲み物を、二人分」


視線でアイクを指しながら言えば、彼女もアイクを、チラリ、と見やる。


「御意」


硬っ苦しいなぁ・・・コレ他の使用人との会話成り立ってるのかね。使用人服脱いで敬語を辞めれば結構喋ってくれるのだが。ボロを出すのが嫌なのだろう。彼女なりのスイッチの切り替え的な。


彼女がお茶か何かを汲みに行ったのを見送り、アイクの対面のソファに腰を落とす。


「で?相談とは?」


若干アイクの挙動がおかしいな。・・・ああ、理由は分かった。


「ええっと・・・か、カリナの事だ」


目線がバレバレなんだよなぁ。挙句生唾迄飲み込むか。


態とらしく脚を組換えてやると、目線も其れに従って動く。コレ面白いな。


「カリナ・ヴァン・マリョートカがどうかしたか?」


この制服のスカート、割と短い。勢い良く座ったが為に捲れ、癖で脚を組んだのがよろしくなかったらしい。見えそうで見えない、という絶妙な格好。まあ、見えたとしても黒ストッキングの所為で明瞭に見えないとは思うのだが。


「じ、実はな・・・」


聞けば此処最近、前々から過剰気味であったカリナのスキンシップが、更に過激になって来ているというのだ。


手を組む、抱きつくは前からあったのだが、今度は・・・その・・・性的なイメージを抱かせる接触?が追加されてきている、と。お前ら、まだ十歳か其処らだろうが。


カリナも妙に艶っぽくなり、どうしたものか、という事。


受ければ良い、と思うのかも知れないが・・・其れはアイクの立場に問題がある。


今初めて明かされたのだが、なんと彼、この国の王子であるというのだ。


マジかよ、と思ったが、コイツの着ている制服の色を見て、成る程、と納得した。王族だったら、それは仕方ないよな。


アイク・ベル・イオリア第二王子。其れが彼の正体。・・・あれ?カルセラといいアイクといい王族皇族だよな?俺なんかが同じ制服着てて良いのか?・・・まあ、それは今は良いか。


で、カリナは其れを知っている。彼の危惧というのは、彼女が単に権力を狙った取り入りをしているのではないか?という事。


中央では良くある事らしく、有力者の子に自らの子を近づけ、あわよくば其の権威にあやかろうという邪な考えを、親に吹き込まれているのでは?と思っているらしい。


アイクの選択肢としては、此の儘黙認する、カリナの好意を受け止める、そして・・・親にチクる事。


親に請えば辞めさせる事が出来る。この国は絶対王政制だし、幾ら有力とはいえ一貴族に命令、ないし取り潰す事は簡単だ。


表向き、其の手の取り入り行為を子に強要する事は禁止されているし、ましてや相手はこの国の王子。ただでは済まされない。


だが・・・。


「カリナの事は良い友人だと思っているから・・・そんな短絡的な手段は取りたく無いんだ・・・」


へえ、随分とませた気の利いた事を考えるものだ。十くらいの餓鬼なら後先考えず一番簡単な手段を採りそうなものだが。


「成る程な」


頬杖を突いて思案。


要はカリナに過剰なスキンシップを辞めて貰いたい。最終手段を採るのは容易いがやりたくないし、関係を完全に崩すのは嫌だ。其の流れで直に拒否するのも避けたい、と日和っている、と。


面倒臭い限りだ。ビシッと言えば良い・・・とは理想論だと分かっているので、まあ良い。


スィラがお盆にお茶を乗せて持って来た。大股早歩き気味なのに上体が一切ブレていない。すげぇな。


「僭越ながら主」


お茶を置いた所で珍しく、向こうから話し掛けて来た。


「其の格好ではアイク殿の眼に大変な毒であると具申しますが」


態とやってたんだから、別に指摘せんでも良いのに。まあ、辞めてやるか。アイク、ちょっと内股になってるし。


「・・・そうだな」


スカートの端を整え、脚を揃えて座り直す。


「じゃ、カリナに嫌われない様に適度な距離を取りたいと、そうすれば解決で良いのだな?」


一応の確認。認識の齟齬があっては話にならない。


「ああ、そんな感じ」


アイクの様子が戻ったな。腐ってもアリエテ王国王子・・・と言ったら失礼、不敬だな。


「ところで・・・何故私に相談した?ツィーア等にも言ったのか?」


そう問うと、彼は苦い顔をする。


「・・・ツィーアが実力行使以外の手段を採ると思うかい?」


あー・・・ツィーアはそうだな。多分、権力でどうにかしろ、しか言わないな。人間の機微をそう考慮してくれるとは思えない、と言ったら悪いが、事実だから仕方が無い。彼女は根っからの効率主義者の堅物だからな。彼女の書類の片付け方を見れば分かる。大体、彼女はカリナの事をあまり良く思っていない様だし。


「それもそうだ」


気が相当強いから中々折れないし、オマケに彼女は無茶苦茶忙しいから・・・と。


「だから、割と暇そうな私に声を掛けた、と」


少しからかう様に言うと、彼は、そんなつもりじゃないよ!と心外そうな顔になる。


「その・・・エリアスは大人びているから・・・」


大人びていると言うのは、お前らの方も大概だがな。早熟過ぎるだろう。


「・・・まあ、其れは良い。考えとくよ」


まだ温かかったお茶を飲み干す。若干濃い、茶葉を入れ過ぎだ。まあ、最初の茶葉が浮いているお茶よりは遥かにマシだが。


「ああ・・・そうだな、考える時間も必要だよね・・・」


アイクは其処で帰った。さて、カリナの事か。一番有効そうなのは・・・。










「まず、カリナの本心が知らなければな」


アイクは再びエリアスの部屋を訪れ、開口一番、そう言われた。


夕食後、エリアスに招かれて作戦会議。カリナは絡みつかれる前にさっさとこっちに逃げ込む事に成功した。久々に食事を掻き込んだなぁ・・・。


「カリナの本心って・・・どうやって・・・」


カリナが本当にアイクの事を好いているのか、打算で近づいているだけなのか否か、其れに依って対応が違って来るらしい。でも・・・その手段って・・・。


ふっ、と笑ったエリアス。クールな感じが恐ろしく様になっている。時々、彼女は本当に二歳も年下なのか、と疑問を持つ事がある。・・・さっきも誘惑紛いな事をして来たし・・・。気を抜いて見惚れていたら呑まれる。其れは痛いほど分かった。


「こうするのさ」


「っ!?」


ソファから立ち上がり、横に歩いて来たエリアス。突如飛び掛かって来て・・・ソファに押し倒された。


「なっ!?なにっ!?」


彼女の畏怖すら感じる美しい顔が間近にある。のし掛かる柔らかい肢体の感触と温い体温を感じると、ドキドキと動悸が身体の中で響く程に高まって・・・顔が熱くなるのを感じた。


その細い白魚の様な指が、つぅっ、と頬をなぞる。紅玉の様な瞳が此方を真っ直ぐに覗き込んでいて・・・彼女が未だに油断すれば、惚けてしまう様な美少女だという事を改めて認識する。


「お前からカリナに迫れ」


だが、顔は真剣だという事に、其処で漸く気づく。


「出来るだけ激しく、無理矢理な」


今みたいに、と言われる。何故?と思うと、聞かずとも彼女が答えてくれた。


「女はな、好きでも無い相手にこんな事をされると、反射的に拒否してしまう。襲われる、奪われる、と本能的に悟るからな」


荒療治だが、其れなりに効くだろう、と彼女は言う。


・・・こんな事を、やれと・・・?


「はっ、恥ずかしいって!・・・ひっ!」


彼女の指が胸板の中央を撫で・・・臍の所で止まる。其の下に行って欲しかった様な、ほっとした様なムズムズした感じが・・・って!何を言っているんだ!


と大混乱していると、彼女が上から退く。少し名残惜しく感じるものの・・・いやいや!だからっ!


「その程度、慣れろ。王子なのだろう?其の内色仕掛け等毎日の事になるだろうからな」


・・・確かに、父上もそんな事をぽつりと言っていた気がする。・・・ううっ、毎日・・・こんなのが・・・?


「成長するというの、何も良い事だけではない・・・って私は何を言っているんだ・・・」


エリアスも何故か自己嫌悪に陥ってしまった。


「・・・兎に角だ!私から提案出来る事は以上!質問はあるか?」


ごほん、と一つ咳払いして締めくくろうとする。普段こそ冷めた大人に見える彼女だが、其の時、その仕草が堪らなく、背伸びした女の子に見えて、思わず笑ってしまう。


「・・・何がおかしい」


一瞬で背筋も凍る威圧感を放つ。だが、其れも照れ隠しなんだろうなぁ、と少し赤らんだ頬を見て分かってしまうと、途端に怖さより微笑ましさが勝る。


「ちっ、其の内覚えていろよ・・・」


しっしっ、と追い払われ部屋を去った後も、何処か暖かな物が心に満ちる。


出会ってから此の方、素を見せなかった彼女。作られた表情に隠された其れを、今日見ることが出来た気がした。


化け物と呼ぶに相応しい魔術師。其れが彼女の印象だった。


自分より幼いのにも関わらず、聡明で美しく、強い。


最近はツィーアと話せば必ず彼女の話題が転がり出る。


今日出立したハノヴィア皇女、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアとも、驚くべき事に普通の、いや、それ以上に親しい関係を築いていた様に見える。


カルセラ嬢とは何度か、第二王子として言葉を交わした事があるが・・・一言で言えば不気味であった。


一体何を考えているか分かった物では無い。ヘラヘラと常に楽しそうに笑いつつも、此方の一挙一動、全て見逃さないといった様子で観察して来る。人間を見る様な目ではなく、"他人の愛玩動物でも見る様な目付き"だった。


最初、彼女がエリアスを見る目、思わずぞっとした。


自分の愛玩動物を愛でる様な目。


自分に対しては違うものの、明らかに真面な事を考えているとは思えなかった。彼女はエリアスと同い年という事だが、どこ迄本当の事を言っているものか。


噂では、兄のディスキア・コウ・エーレン・ベルギアを叩き落とす事に成功したらしい。肉親にも一切の容赦は無し。あまり仲良くしたく無い相手だ。


だが、何時頃からだろうか。彼女のエリアスを見る目が変わった。


距離を一歩引き、線引きをした感じになった。


物凄く馴れ馴れしいのは今迄通り。しかし、心は一線を引く。当たり前の、人と人の付き合いにいつしか変わっていた。


人との心の距離。此れ迄彼女は容易く土足で踏み入ろうとするし、掻き回す。


だが、彼女は逆にエリアスが心の中に入って来ようとしたことに気付いたのではないか。


彼女の心はまるでうず高く積み上げられた王都の城壁の様。いや、岩山と表現した方が適切。天然の、元から備わっていたらしい物だからだ。


それまで破られたことが無かった、真っ白で、其れで居て真っ黒な彼女の心の中に、エリアスは如何にして入り込んだのだろうか。


「アイク様!」


・・・折角彼女が考えてくれたのだ。非常に、非常に遺憾だが・・・頑張るか。


そうしてカリナを部屋に連れ込んだのだった・・・。










「・・・なあ、エリアス」


日がもうすぐ終わるかという時間。アイクが再び訪れて来た。


もうすぐ寝るか、と思っていたので、服装は・・・全裸の上にローブ。未だに寝間着を持っていないのだよな。まあ、寝るには裸でも困らんし。


・・・これだから来客が来た時に困る。


だが、この時間ならもう、スィラですら使用人服を脱いで、寝る支度をしているくらい。多分、今はシャツ一丁で寝る前のストレッチをしているだろう。


「・・・こんな時間にどうした?」


アイクといえば何も夜這いに来た訳では無い事は、その深刻そうな表情から分かる。新たな状況が起こったと考えるべきだろう。


「ちょっと長くなるんだ。いいか?」


・・・出来れば明日にして貰いたいところだが・・・仕方ないか。


「構わんが・・・生憎この格好だ。着替えてからで良いか?」


ぴらり、とローブの襟を捲って見せる。


「あ、ああっ!悪かった!ごめん!」


顔を真っ赤にして目を逸らすアイク・・・やっぱこいつはからかい甲斐がある。


「ふふ・・・少し待っていろ」


漏れ出る笑いも収まらぬ内に扉を閉じた。











「・・・成る程、全部吐いたのか」


作戦を実行に移してみたのは良かった。だが・・・予想外の事が起きた。


アイクに抱き締められ、押し倒されたカリナは・・・何故か泣き出してしまったらしい。


あまりの想定外の出来事に、慌てて事情を問うと、カリナは今迄の事を、ぽつりぽつり、と語り出した。


彼女はアイクの事を少なからず好意的に思っている事は確か。一緒に居るだけで楽しいし、将来的にも一緒に居たいという気持ちはある。


しかし、其処につけ込んだのは彼女の両親。比較的アイクに親しい自らの娘に、更に取り入る様に命令されたらしいのだ。


過激なスキンシップするよう仕込み、アタックさせる。そしてカリナをアイクに意識させ、正妻候補に持って行こうとした。


其れが出来ないなら、家に連れ戻して"お仕置き"があるとの脅し付きで。


カリナはアイクと一緒に居たい。しかし、両親の邪な意図に従わなくては連れ戻され、何をされるか分かった物では無い。悪い事をしている、とは分かっているものの、やるしかなかった。


抱き締められた瞬間、その罪悪感が噴き出し、感情を抑えきれなくなって・・・と。


「・・・カリナの両親は裁きたいが・・・しかし、其れをやるとカリナも巻き込まれて・・・という事か?」


この手の処分は、"一家丸ごと"が基本。例外は無いらしい。


その上、例え個人は悪く無くとも、世間では"その家の"と見られる。例え生き残ったとしても、それは他の貴族共の格好の攻撃相手。風聞は地の底に落ちるし、少なくとも人間の世で真面に生きる事は叶わないだろう。


「カリナは悪くない!何とか助けてやりたいんだ」


カリナも命令に従っていたから、悪くない訳では無いがな。まあ、本人が許して、助けたいと言っているのなら其れは良いだろう。


「・・・カリナだけを生き残らせる事は出来るのか?」


そもそも、だ。一家丸ごと処分の例外を作れるのか、という事。一人とはいえ、処分を免じさせる。高々第二王子が口を挟んだくらいでどうこうなる問題なのか、と。


「・・・た、多分・・・」


つまりはどうなるか自信は無いと。


「・・・そもそも、カリナ抜きでこの話をしても仕方が無いだろう。どんなに悪く見えても、結局は彼女の家族の問題だぞ」


正義感だけに突き動かされて行動しても、本人に迷惑であればやっても仕方が無いだろう。


「あ・・・そうだな・・・」


義憤に駆られて此処迄何も考えずに来たのか。まあ、勝手にアレコレしなかった事を喜ぶべきだっただろう。


「兎に角、後の話は明日だ。今日はもう遅い。夜更かしは身体に毒だからな」


話は此処迄。少々強引に話を打ち切った。何せもう眠いからな。この身体はいくら強靭と雖も八歳児の身体。睡眠はしっかりと、ね。


「・・・ああ」


何か物言いた気な彼を帰らせると、薄着なスィラが現れた。


「・・・何か面白いか?」


柱に手を突いて寄り掛かりながら、面白そうに此方を眺めている彼女。


「いや、主も割と人情があるではないか、と思ってな」


バッサリ切り捨てると思っていたよ、と。


「・・・私はそんな薄情に見えるか?」


「基本的に容赦無い、だろう?」


・・・否定はしない。


「阿呆か、私とて相手と時と場合は考慮するわ」


はっ、と一つ鼻で嗤ってやる。だが、それすらスィラはニコニコとしながら聞いている。


「・・・不思議な人間だな、と思ってな」


しみじみとした声色。心地良いハスキーヴォイスが耳を打つ。


「・・・不釣合い、そう、あまりに不釣合いだ。主が本当に人間では無く、吸血鬼か妖魔の類かと本気で疑うよ」


・・・吸血鬼やら妖魔やらの想像はつかんが、此方とら人間なので、少し、むっ、とする。


「・・・私は人間だぞ。一応」


既に辞めかけているとは自分で思うけれども。


だが、其れがツボにハマった様で、くっくっく、と腹を抱えて笑い始める彼女。


「くっ、くくくっ!だから不釣合いというのだ、其れが!」


何がや、と思わず何処かの方言で突っ込みながら、肘で身体全体をフル活用しつつどつく。


脇腹に突き刺さってしまったのか、痛そうに蹲ってしまった。体重が無い上、相手は武人との事で全力で攻撃したのだが・・・急所だったら仕方が無い。


「ふぅ・・・少しは手加減してくれ」


落ち着いたスィラが、再び口を開く。


「主は・・・まるで私より遥かに歳上に見える・・・先の様に年相応な顔もする事があるが・・・吸血鬼や妖魔と言ったのはそれだ。あいつらは主みたいな見た目で六十歳とか平気で言い出すからな」


マジかよ。因みに寿命は千年近く生きる者もいるらしい。すげえな。というか・・・吸血鬼の知り合いでも居るのだろうか。


「うん?ああ、前にちょっとな」


へぇー、とだけ言っておくが、実際驚いた。旅をしていたと言ったな。その過程で、だろうか。


「・・・というか、私はさっさと寝たかったのに・・・完全に目が覚めてしまったではないか・・・」


じろ、とスィラに非難の目を向けると、彼女はまたもや戯ける。子供扱いだよな。結局の話。


「・・・ところで、主はアイクと言ったか?アレには興味はあるのか?」


ちっ、なんで突然そういう話を振って来るのか。いや、確かにちょくちょく挑発して誘惑紛いの事はしていたけれども。


「・・・あると思うのか?」


問うてやると、以外そうな顔をする彼女。


「いろいろやっていただろう?てっきり誘惑しているのかと思ったが」


「・・・反応が面白くて遊んでいたのは否定しない」


流石に遊び過ぎるとマズイか。反省しておこう。


「・・・人としては成熟している様で、女としては子供だな」


返す言葉も無かった。










翌日、落ちそうな瞼をなんとか持ち上げながら登校。


あの後、眠気が来ない事をいい事に、蝋燭の明かりで語り明かし・・・というか馬鹿話を続けていた。スィラは何時も通りだった。鍛え方が違う、と胸を張っていたので脛を蹴ってやった。あまり効いていなかったので、今度は爪先に鉄板を仕込んでおこうと思う。


「エリアス!」


アイクが後ろから駆けて来た。そういう行為は誤解を招くぞ?


「アレの事か?」


先手を打って言うと、彼はすぐさま肯する。


「今日、カリナと話そう。俺の部屋で午後な」


彼のお部屋にご招待・・・あれ?もしかしなくとも初めてじゃないか?


「分かった・・・修業後すぐで良いか?」


「昼食後で頼むよ」


どうせだから校舎まで送ろう、と言われ肩を並べて歩く。 紳士の嗜みというヤツか?


アイクの方が十センチ程身長が高い。百四十と少しあるだろうか?大体俺の目線が彼の肩のラインだ。まあ、年齢が二歳も違えばそんなものだろう。


最近何故か白制服を着る様になった彼だが、此れが妙に様になっている。言われずとも王子様、まだ可愛らしさが残るその端正な顔も、将来は国中の女という女を振り返らせる美王子となるのだろう。


色気づく年頃である、彼と同年代の女子共は興味有り気に彼に視線を向け・・・だが、隣の俺を見るなり様々な表情・・・主に嫉妬、時々憤怒・・・をする。多分青制服位の奴らが中心。


なんだ、代わりたいのなら何時でも変わってやるぞ?アイクが良いと言えばな。


ところで、男子生徒達だが、俺の姿を目にした瞬間、ぽかんと口を開けて阿呆面晒して動かなくなったりする。街中を歩いている時もそうなのだが、そんなんで馬車に轢かれたりしないのか?あ、今馬の糞を踏んづけた間抜けが居た。馬鹿め。


「此処までで良い、ありがとう」


一応、エスコートしてくれた礼を言うのはマナーである、とツィーアが言っていたので、言うだけ言っておく。


「ああ、じゃあまた後で・・・」


アイクの返事も待たず逃げる様に去る。あの手の嫉妬して来る女子は本当に質悪いからな。カリナを降す程の魔術師、その上白制服だから、一体どんな立場の人間か分かった物では無いから、直接手を出して来る事は無いものの、たまーに因縁付けて来る猛者が居る。其れも直接では無く・・・。


「ああっ!」


一人の女子生徒。その手に持っていた竹簡の束を盛大にぶちまける・・・俺に向かって。


こんなただ飛んでくる竹束等、スィラの斬撃からすれば止まっている様な物。軽くサイドステップを踏んで回避する。


竹簡がガラガラと耳障りな音を立てながら床に撒き散らされた。


竹簡には一切触れていないし、関係も無いのでさっさと立ち去ろうとする。拾ってやればって?故郷でならそれは美徳とされるが、此方で其れをやると、非を認めた、と取られるのだ。一回やらかして痛い目みかけた。


「ちょっと!あなた!」


盛っ大に溜息と舌打ちをしそうになったが耐えた俺を自分でも褒めてやりたい。案の定、わざとやられた事か。


振り返ると、先の竹簡ばら撒き犯の女子生徒に、其の取り巻きか友人と思われる女子生徒が数人。確か最近、学外から通い始めた一群だった筈。青制服だから商人の娘か何かか。


「拾いなさいよ!知ってるわよ、あんた庶民なんでしょ?」


出た。程度の上流階級でも下の方の奴らに多いらしい、矢鱈と庶民を見下している奴。


貴族でも、上に行ける奴程庶民が、領民が如何に大切か分かっている。


しかし、領民無くして支配者は成り立たないという事を忘れ、ただ自分が優位に立っている、という事のみに目が行っている者が居る。目の前の女子生徒の様に。


「・・・私が落とした訳では無い。どうやら"お友達"も居合わせている様だから手伝って貰えば良いだろう?」


取り巻きを指すと、女子生徒は嫌らしい笑みを浮かべて近付いて来る。


「あら?私にそんな事を言って・・・いいのかしら?」


お前こそ、俺が誰だか分かっていないな。ほら、周りに人集りが出来ているだろう。コレは俺に突っかかる馬鹿を見物する為に集まっているからな。


因みに、ツィーアやアイク、ネメシア先生から聞いた、一般生徒間での俺というのが曰く、カリナ・ヴァン・マリョートカの武闘会用ミスリルゴーレムに魔力量勝負で勝った「魔力脳筋」だとか、あのカルセラ・コウ・エーレン・ベルギアを手玉に取った「魔性」だとか、一部で噂となっている、武闘会の最年少優勝者となった彼女を称して「理不尽が服を着て歩いている」だとか失礼極まりない事を言われているらしい。どれも最初に言い出した奴はいつかシメてやろうと思う。


「・・・お前が誰であろうと、私には関係無いな」


今日の授業は、ネメシア先生との楽しい楽しい雑談。彼女が魔道具について講義をし、俺が彼女の新たに立てた物理やら何やらの仮説にアドバイスをやる。彼女は非常に頭が良い。もう力学と言っても良い分野に自力で足を突っ込み始めている。まあ、すぐに答え合わせが出来るというのもあるだろうが、其れにしても大した天才振りだと思う。


おお、意識が逸れた。今はこの世間知らずちゃんをどうにかせねばならんのだったな。


彼女は俺が平然として、まるでお前など眼中に無い、と言わんばかりの態度が気に食わなかったらしい。それは当たり前か。


「このケルスク準男爵家が長女、テペル・メス・ケルスクによくもそんな口を効けたものね・・・ちょっとイオリア様にお気に掛けて頂いているだけで生意気よ!」


そうだそうだ!みたいな事を取り巻きも同調して言い出す。結局は嫉妬かよ。


というか、準男爵か。しかも本人には爵位は無し。更に下から数えた方が早い。因みにツィーアは彼女自身が伯爵である。一応領主である為の特別措置だけどね、と謙遜はしていたが、それでも凄いと思う。


さて、どうするべきか。こんな奴ら全員を廊下の血染みにしてやる事は、熟れたトマトにフォークを刺す事よりも容易いが、まさかそんな惨事を此処で起こす訳にもいかない。ならば・・・逃げるにしかず。


「"アイク"にお近付きになりたいなら勝手にしろ。私は忙しいんだ」


直球で捨て台詞を吐いたのが悪かった。どうやらぷっつり切れてしまっらしく、懐から何かを取り出す様な衣擦れの音の直後・・・魔力の放出を感知。気ぃ短いなぁ。


「『ウェットボール』」


向こうの詠唱が終わる前に手に拳大の炎を出力、飛んできた『ウェットボール』の水球を瞬時に蒸発させた。


一瞬で同じ大きさの水を蒸発させる程の熱だ。自分の頬を熱風が打ち、髪を僅かに動かす。こういう時に、半袖を着ておいて良かったと本気で思う。前、焦げたからな。袖とスカートの端。


「あつっ!」


僅かながら、高温の熱風に当てられた様。実際結構熱かった筈。服が縮れてるもの。自然発火する程温度が上がらないよう、短時間しか点火していなかったが。


コレでダメージが入るのだから、魔術の方も手加減が効かなくて困る。


「熱かったか?それはすまなかった。今すぐに"冷やして"やろう・・・『フルイド』」


ただ水を出すだけの生活魔術。たっぷりと放出してやった。ケルスク準男爵の娘一同に。


「つっ!冷たっ!!」


どうせ地面は石畳み。水捌けは良いのであまり自重する必要は無い。


・・・此処の制服、水を吸うと物凄く重くなるんだよな。頭から水を被った彼女達の服は重力に従って、べったりと身体にへばりつきながら垂れ下がる。ひっでぇ格好。


因みに頭から水を掛ける、というのは結構な侮辱にあたる。一応、庶民である俺が貴族に平然と其れをやらしめた事に、平民階級である多くの生徒から・・・それから他の貴族失態を見るのが大好きな貴族の子達からも笑いが巻き起こる。みんなコレを見に来ているんだものな。


「其の儘居たら風邪をひくぞ?さっさと部屋に戻るがいい」


一つ鼻で笑って踵を返す。後ろで怒りと羞恥が入り混じって、どうリアクションしたら良いかも分からなくなってしまった濡れ鼠が数人居るが、無視無視。


あんまりやると後ろから刺されそうだなぁ・・・と思うのだが、面白いから辞められないし、コレを周りに話すと、いいぞもっとやれ、しか返って来ないので、良いかな、と気の向く儘にやっている。ツィーアの言う事には、そもそもエリィに手を出したのが間違いじゃないの?と言っていたので、向こうが悪い(責任転嫁)。


まあ、実際突っかかって返り討ちにされた方が圧倒的に悪いし、情けないとされるので、社会的には向こうの被害が大きい。よくもまあ、そんな危険を冒して迄喧嘩売って来るよな。


しかし、所詮相手は有象無象の人物。どうでも良い。


すぐに彼女の事は脳裏から消し去り、今後の予定についての思いを馳せるのであった。



誤字脱字日本語の誤用、設定の破綻が見られましたらお申し付けください。


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