閑話 シレイラ・スチャルトナ (3)
早く本編始めたい欲に駆られ、かなり端折りまくって書いた結果・・・。
南方征討は一部、古代兵器との交戦というアクシデントが発生したのだが、其れ以外は滞り無く成功を収めた。
古代兵器と交戦、その上強靭極まる事で有名な大型陸上型三体を撃破するという大戦果を挙げた、ケイトとシレイラは、臨時給与として目を回しそうな程の金品を与えられた。お陰でシレイラは無くした短剣の事も、すっかり痛い事とは思わず、暫く金には困らなかった。
この間、シレイラはケイトを模擬戦で下し第三位へ、更に・・・あの暑苦しかった第二位、アーウェン・フッドをも下した。しかも、ケイトも彼を続けて下し、第三位へと再び返り咲く事に成功したのだ。
其れには、あの古代兵器との戦闘が大きく影響している。
あれからというものの、シレイラとケイトは己を鍛えに鍛え、虐めに虐めに抜いた。
全ては、あんな苦戦はもう懲り懲りだ、という情念からの行動。
単純な力では、己よりも遥かに強大な敵との遭遇は、彼女等にそんな心境な変化を与えていた。
王都ストラスリオル。その王城の裏手。庭園にて三つの人影があった。
一人は藤色の髪を無造作に伸ばし、くりくりとした灰色の眼が可愛らしい、未だ幼さを感じさせる少女。芝生の上に・・・体育座りと呼ばれる座り方で、ちょこん、と座り、目の前で対面して立つ二人を眺めている。
一人はウェーブの掛かった赤髪の美女。海の様に深い碧眼に闘志を漲らせ、目の前の相手に対して身構える。
方や金髪碧眼と、これまた絵に描いた様な美女。身構え、ファイティング・ポーズを取る相手に対して一方、此方は自然体。だが、目線は鋭く相手の身体を見据えていた。
何方も近くにローブやら何やら、近衞魔術兵団の正装を脱ぎ捨て、簡素なパンツにタンクトップという身軽な格好。
「シッ!!」
赤髪の女、ケイトの上段蹴り。贔屓目に見なくとも長く、しなやかな脚は鞭の様にしなりながら相手の側頭部を打たんとする。
だが、其れを声の一つも上げることも無く払う金髪の女、シレイラだ。
ケイトの脚を何事も無かったかの様に受け流し、其の儘一動作で右拳をケイトの胴に叩き込む。
「ぐうっ!?まだまだぁ!」
今度は脇腹を狙う鉤突き。腰が入った威力十分な物だ。食らえば朝腹に収めた物を戻す事間違い無し。
だが、シレイラはそう甘くは無かった。
「ふん!」
流れる様に腕刀で拳をいなし、其の儘ケイトの身体を撃ち抜くかの如く蹴り抜く。ミシリ、と体幹が軋む嫌な音がした。
声も出ず、ゴロゴロと芝生を転がるケイト。
「・・・最初から大技を狙い過ぎね。其処ら辺の間抜けなら貰うかも知れないけど、もっと虚実を織り交ぜて、次の攻撃に繋げられる様に意識すること」
蹲って咳き込んでいるケイトが聞いている保障は無いが、聞いていないなら其れまで、"そんな奴"に教える気も無い。
「げほっ・・・相変わらず手加減のての字も無いですね・・・」
メルが近寄り、軽く治癒魔術を使う。それだけですぐに動ける様になった。
その様子を見て、シレイラは溜息を一つ。
「・・・手加減なんてしてたら、鍛錬にならないでしょ」
シレイラの言う鍛錬とは、ぶっちゃけて言うと、ひたすらボコって延して転がして、其の中でひたすら足掻かせるという乱暴極まりない物だった。
「うう・・・だからって、シレイラさんもやり過ぎだよぉ・・・」
メルはケイトを擁護するが・・・。
「大体、嫌だったら辞めたらいいのよ。私だって毎日毎日付き合ってるんだから・・・」
そもそもこの特訓はケイトが言い出した事だ。
ケイトは別に近接格闘戦が苦手、という訳では無い。ただシレイラの次元が違い過ぎるだけで。
「いえ、良いのですよメル」
ありがとう、と気遣うメルを制する。其れを見て、鼻を一つ鳴らすシレイラ。
「まだ終わってないでしょ。一発入れるまで、ほら立った立った!」
何時もの王城裏手。午前中に繰り広げられる"日常"であった。
ストラスリオルでの毎日は充実していた。
王都は経済、産業共に王国内でも有数の大都市だ。休日は街へ繰り出して店々を冷やかし、お互いの身体を着せ替え人形にして遊ぶ。
メルなんかは連れ回されて最後には目を回しているが・・・まあ、毎回可愛らしくドレスアップされていたな。・・・やったのは私とケイトだけれども。
其処でシレイラは思い出した様に立ち上がり・・・屋敷の一室を目指す。
二階端、エリアスも入れた事が無い部屋だ。普段から鍵を掛け、鍵はシレイラ自身が肌身離さず持ち歩いている。
鍵穴から埃が舞う程に放置していた。しかし錆び付いてはいなかった様で、鍵はスムーズに回転。カチリ、とはっきりとした解錠音を放った。
開かれた先は窓も板で塞がれた薄暗い部屋。日光は物を劣化させるからだ。此処は倉庫として使っている。
薄っすらと溜まった埃が舞い上がらない様に気をつけながら、目的の物を探す。
奥の戸棚。立て掛けられた・・・現役時代に使っていた儀礼剣を除け、中央の引き出しを開ける。
其処にあったのは・・・。
「シレイラさんシレイラさん!」
あまり俊敏とは言えない動きで駆け寄って来たメル。だが、そんな事に目くじらを立てる必要も無いし、彼女は彼女でやることはやっているので、何も、誰も文句は言わない。
「もう、廊下は走らないの、誰かもぶつかっちゃうかもしれないでしょ?」
ぺしっ、とメルの広い額にデコピンを一撃。あうっ、と仰け反り、おでこを抑えてしゃがみ込んだ。前髪を抑える髪留めが少しずれた。白い布飾りが付いた清楚な物だった。
「うう〜・・・」
恨みがましそうに見上げて来るメルがあまりに可愛らしく、自然と笑みが零れる。髪留めを直してやり、彼女の髪を整えながら要件を聞く。
「ふふっ・・・で?そんなに急いでどうしたの?」
ぷくっと頬を膨らませていたメルも、自分の用事を思い出した様で、えっと、と切り出した。
「うーん・・・ケイトさんも一緒が出来ればいいかな・・・どこに居るか知りませんか?」
ケイトとは先程別れたな、と記憶から引っ張り出す。
「多分、部屋に戻ってるんじゃない?確かケイト、新しい市街地戦論だとか何とかの編纂してたし・・・作業中だと思うけど・・・」
悔しい事に、私よりもケイトが優っている部分、その一がコレだ。
ケイト曰く、私は"脳筋"らしい。頭まで筋肉とは失礼極まりない雑言だが、ケイトから見れば私はそうなのかも知れない。机に座ってペンを走らせるよりは、走り込みをしていた方が気楽だと考えるし、文章を考えるよりは、ナイフをぶん回して殴り合いをしていた方が楽しい。
コレを話すとケイトは間髪入れず、脳筋、と言い放って来る。・・・地味に心に突き刺さるから辞めろというのに。
「ありゃー・・・ならシレイラさんにだけでも渡しとこ」
ゴソゴソと自らのローブの懐をあちこち探り始める。あれぇ?とか確かここに、ってえっ?とか聞こえるのだが・・・無心無心。
「あっ、これですこれこれ。はい!シレイラさんにプレゼントですぅ〜」
そう言って差し出したのは・・・小さな金属片?いや、細かい模様が・・・。
「ふっふー!シレイラさんとケイトさんにアクセサリーを贈ろうと思いましてー」
軽い、しかし今まで触った金属の中で、最も剛性が高い様に思える。
紙の様に薄いのに、どんなに力を入れても曲がる気がしない。表面には・・・これは古代文字?
「メル、これは・・・」
何処で手に入れた?と言外に問う。
「うん?・・・シレイラさん、一昨日搬入されてきたやつ、見ましたか?」
一昨日、そういえば何やら大掛かりな荷物が運び込まれて来た様な気がする。
「見てないけど・・・何だったの?」
メルの表情が真剣になる。
「・・・西方軍管区で発掘された、"飛行型"古代兵器の残骸らしいです」
飛行型の古代兵器。そう聞いてはっとした。全土を恐怖に陥れる古代兵器の中でも、特に危険とされる奴。
飛竜を差し置いて、この世で最も恐れられる空の王者。自由自在に空を舞い、その圧倒的な暴力で人々を塵も同然に蹂躙する。
誰が逃げども隠れども、必ず見つけ出し仕留めるハンター。それが飛行型。畏怖を込めて《ファイアーフライ》と人々は呼称する。
「それは《ファイアーフライ》の装甲板ですよ。加工するのは大変でしたが・・・お守りにどうかな、なんて・・・」
西方軍管区は文字通り、アリエテ王国軍西方軍集団が管理する、一般人立ち入り厳禁の地区だ。
何か軍事機密やら何やらがあるわけでは無い。ただ危険であるが故、禁じられた聖域と化しているという場所。
中央には世界最大級の古代都市遺跡が存在し・・・勿論、古代兵器も多種多様、うようよ蠢いている魔窟。
しかも飛行型、《ファイアーフライ》が多く存在し、常に遺跡の周囲を徘徊している。見つかったが最後、その者は物言わぬ肉片と化すだろう。
だが・・・西方軍は細々とだが、その周辺に限って調査を進めている。今回発掘された《ファイアーフライ》の残骸はその過程で出でた宝物だった。
「粗方調査が終わったので、こっちで再利用・・・もとい処分を押し付けられた訳です・・・」
成る程、確かに貴重品だろう。で、其れをメルが一部を持ってきて加工して・・・という事か。
「縁起はどうか分からないけど・・・ありがとうね、メル」
ぽんぽん、と頭を撫でると気持ち良さげに目を細める彼女。だが、すぐに抗議し始める。
「もうっ!いつまでも子供扱いしないでください!もう私だって十六ですよ!」
・・・そのぷくっと頬を膨らます仕草が子供らしいというのに。指摘するのは簡単だが、こんな可愛い仕草を無くすなど言語道断。今のままでよろしい。
「ふふふっ・・・はいはい」
絶対分かってないですよぅ・・・、と愚痴る彼女。全く、愛嬌には事欠かないのだから。
が、そんなほのぼの空間に分け入って来る無粋者が一人。
「よう、ここに居たか」
黒髪黒目・・・我らが兵団長、ライノ・パシアルだ。
「・・・ライノ、何か様で?」
若干、メルとの触れ合いを邪魔され、言動に刺々しさが混じるシレイラ。
それに苦笑しつつも、俺だって無意味に邪魔したりしないさ、と言い繕う。
「お仕事だ、シレイラ・・・それからメルも、第一講堂に半刻後集合な。遅れるなよ?」
はーい、と素直に返事をするメルに対し、手を挙げるだけで答えるシレイラ。見る様に見れば、しっしっ、と追い払う仕草に見えない事も無い。
「へいへい、さっさと邪魔者は去りますよっと」
若干不貞腐れ気味だった。
第一講堂。そう呼ばれる部屋に入ると、既にライノ、ケイト、そしてアーウェンが揃って居た。
「ふむ、全員揃ったな」
此処にいるのは近衛の第一位から第五位まで、最精鋭の団員だ。この国の最強戦力が此処に集まっていると言っても過言ではない。
「あー・・・取り敢えずな、折角集まって貰った所悪いんだが、場所を変える。着いてきてくれ」
ライノを除いた全員が頭に疑問符を浮かべた。何か任務の説明をするのでは?と誰もが思っていたからだ。
「説明はするさ、だが・・・此処だとやりづらいんだ、了承してくれ」
ほーい、と皆適当に返事をする。団長への敬意なんざ一欠片も無かった。
何せこのライノ・パシアル。普段は飄々として強さの欠片も見せない。兵団下位の者なら団長だという事も知らないのではないか。
しかも正装も常に着崩し、服自体もヨレヨレ。帯びている剣もなんの変哲も無い鈍。威厳も何も無いのだ。
しかし・・・その体から繰り出される武術の鋭さ、的確さ、威力、其れらが、彼が兵団長である所以を語っている。
シレイラも当然、第二位として挑んでみたことがある。
結果から言えば惨敗、というか何も出来なかった。
此方が得物を抜く前に距離を詰められ、一瞬後に足を払われ・・・あろうことか俗に言う、"お姫様抱っこ"をされてしまった。割と本気でぶち殺してやろうかと思った。毒殺とか毒殺とか毒殺とかで。
まあ、それからというものの、シレイラとしてはライノが気に入らない、しかし気になるという謎の心理状態に陥った。
これが・・・恋・・・?
などと思う繊細な心など、残念ながらシレイラは持ち合わせて居なかった。彼女の頭の中のライノは、単なるきざったらしい適当野郎だった。少なくとも理性的な部分では。
ぞろぞろと群れて移動して来たのは・・・シレイラもあまり訪れる事は無い区画。皆には研究区画と呼ばれる場所。
たまに武器のメンテナンスを頼みに来たりする程度、構造も・・・此処にはもう四年近く居るのだが、今だよく分かっていない場所の一つだ。
「ここだ」
立ち止まったのは、大きな自動門。大きく赤字で「4」と書かれた場所。
「うん?ああ、これは四、つぅ意味だ。古代の文字だな」
つまりは四番倉庫、って所だ。とライノが解説する。
「・・・へえ」
別に感心することはあれど、別に大きな意味を持っているものでは無い。構わずに横の通用口を通り中に入る。
いつしかを思い出す真っ暗な倉庫内。ライノが壁の操作盤を操作すると明かりがつく事もデジャヴだ。
「・・・もう耳が早い奴は聞いているかもしれないが・・・先月の事だ、西方軍管区にて西方軍が飛行型古代兵器、通称、《ファイアーフライ》の残骸の入手に成功した」
シレイラはメルから既に聞いた事だった。こくりと頷く。逆に初耳だったのはケイトとアーウェン。心底驚いた様な表情だ。
「大きく破損し、機能を停止した状態だったが、比較的状況は良かった。どうやら何故か墜落しちまった個体らしい」
ライノが倉庫の中心部の大きな影に掛かった布製のカバーを取り払う。
其処にあったのはまさしく古代兵器。ひしゃげ、折れているとはいえそれでも尚長大な回転ブレード。胴体はほぼ原型を保っているが、下方に向かうにつれて潰れ、割れて中身の複雑な構造が除いている装甲板。曲がり切断されている尾の部分。人の肉体を一撃で打ち砕くであろう、顎の下の筒は折れ曲がり、もうその機能を発揮することは出来そうに無い。不自然な程に短く、狭い鋼の翅の下には蜂の巣を思わせる、鈍く輝く大きな管。
恐るべき破壊を撒き散らす空の王は、見るも無残な姿で其処に横たわっていた。
「ほら、怖がらんでももう動かんよ。折角だから良く見ておけ。"何処が弱くて何が出来ないのか"な」
シレイラは其処で引っ掛かった。・・・まるで"これから戦う為に"と頭につかんばかりの言い方だ。
「ん?ああ、シレイラよく分かったな」
「「「「えっ」」」」
四人の声が珍しく揃う。ライノは、にやり、と悪戯が成功した悪餓鬼を思わせる顔をする。
「西方軍管区、古代都市遺跡に潜入する」
とんでもない任務が降りた
引き出しにあったのは、あの時、《ファイアーフライ》の装甲板から削り出された、メルがくれたアクセサリー。ペンダントになっており、紐が通されている。
だが・・・真っ平らだったその鋼板の表面には間一文字に傷が走り、折れ曲がっていた。
西方軍管区。今でも立ち入りが禁じられた区域。《ファイアーフライ》の残骸を手に入れ、攻略法を知り・・・古代兵器の倒し方が分かった私達は・・・強行調査に乗り出した。私達とて近衛の最精鋭五名。数ある任務の一つとしか思っていなかった。
其れが驕りであるとも思わず・・・。
九年前 西方軍管区 古代遺跡入り口
「あれだな」
茂みに身を隠し、目の前に広がる世界を目に収める。
不思議な光景だ。
ぽつぽつと佇む、古代の廃墟。緑がその表面を覆い、半ば地に埋まっていた。人工物を飲み込んだ自然の力。かつて栄華を誇っただろう、古代文明も最後はこんな有様だ。
だが、遥か先。平原とも言って過言では無い草原の先。
天を貫かんばかりの巨大建築物が立ち並び、今だかつての威容を誇っていると思われる古代都市の本体。アレに今から乗り込むのだ。
「次の《ファイアーフライ》が通り過ぎたタイミングで行くぞ」
空には古代兵器、《ファイアーフライ》が時折飛行している。見つかれば其処で終了する。人生が。
《ファイアーフライ》が通り過ぎると同時に走り、次の遮蔽物へ。走っては次の遮蔽物への繰り返し。
肉体強化術はまだ使わない。今回はどれほどの長丁場になるか分からない。徒らに魔力を消費するのは避けるべきである。
「あと・・・一キロってところですね」
構想建築群まではあと一キロ・・・あって無い様な距離だ。
「さあ・・・楽しい楽しい遺跡探索だ」
皮肉る様な響きのライノの言葉が、嫌に頭に響いた。
古代文明。一体どれほどの文化を持っていたのだろうか。
割れ、崩れかけているとはいえ、つるりと継ぎ目の一つも無い石で作られた建物。
割れているか溶けて歪んだ物も多いが、まるで其処に何も無いかの様な透明度の窓。
既に草が生い茂っているが、地面は隅から隅まで完全に舗装され、整えられていなかったであろう場所など何処にも無い。
しかし、其処に都市としての息吹は感じられない。住む者が居ないからだ。
「寂しい街ね」
ぽつり、と呟くシレイラ。
「・・・何千年も前に絶えた種族の"遺産"だ。そんな賑やかじゃ墓標にもならんだろ」
現在、私達が身を潜めているのは・・・。
「うう・・・さむい・・・」
薄暗い、いや真っ暗な地下道。奥が見えない程に深い、その闇からは冷たい、冷気を伴った風が吹き抜けていた。
「厚着してるから大丈夫だろ?」
「それでもですよぉ・・・」
確かに肌寒い。外の気温とは不可思議な程に。
「・・・あれ、見えるか?」
ライノが光属性魔術『イリジュン』の灯りを天井に向ける。
天井の一部。格子が掛けられた穴がある。
「下、行ってみろ」
アーウェンがその穴の真下に立つと、彼は見るからに震え上がった。
「うおっ!?寒ぃ!!」
その無駄な身体能力で飛び退く。
「それが原因だな。冷気を出す穴らしい。何のための物かは知らんが」
「・・・夏にあれば、涼しそうなですけどね」
もう季節は秋に入ろうという時期だ。少々肌寒い。確かに夏であれば涼しく感じるのではないだろうか。
で、そもそも何故地下に潜る事になったかと言うと・・・事の発端は大体半刻前。
広い道を歩いていると、何やら奥から震度と、古代兵器特有の駆動音が聞こえた。
身構える私達の前に現れたのは・・・何個も付いた車輪で走る滅茶苦茶速い奴。鉄菱を撒き散らし、更には嘗て戦った陸上型が持っていた様な大筒迄持っていた。
それが出るわ出るわ。奥から徒党を組んで突っ込んで来たのだ。
真面に相手をしていれば、命が幾つあっても足りないので・・・近くの入り口に飛び込んだら、其処が地下道への入り口だったという訳だ。
悔し紛れか、入り口からあの大筒をぶち込んで来たが、その頃には既に奥に進んでおり、特に被害は無かったのだが・・・。
「・・・崩れちゃったんだよね・・・」
入り口は落盤し、完全に塞がれてしまった。
で、今はその脱出路を探している所なのだ。こんな手間というか、面倒な場所に行かせようと考えた王国重鎮に心の中で毒づく。
「・・・風が乱れ過ぎて出口が分からん」
通常、この手の地下空間では、空気の流れを感じ取って出口を探す。
だが、天井から間断無く吹き出る冷風によりそれも叶わない。・・・その穴を通って行け?流石に凍え死ぬから。
「アーウェンでも分からないなら・・・足で探すしかねぇな」
アーウェンは風属性魔術を扱う。戦闘時は風を用いた近接格闘を得意とし、風を読むのにも長けている。・・・大雑把だが。
「さて・・・出口探すついでに散策だ。何か見つけたら知らせろ・・・あと逸れるなよ」
暗い地下道。ライノとメル、私の光を頼りに進む事半刻。
「・・・ここは・・・」
上から光が差し込む広間。僅かながら日光が差し込み、其れを浴びる中央の何か。
「・・・天使さん?」
まるで生きているかの様な質感の少女・・・背中に生えた純白の翅が、それが人間でない事を主張する。無機質ささえ感じさせる真っ白な体躯に、同じく"純白"の髪。身体の線も露わな衣服に身を包んだそれ。"虚空に浮き"その身を丸め・・・静かに眠っている様に見える。
「・・・こいつは・・・もしかすると、とんでもねぇ物を見つけちまったのかも知れねぇな」
何時もは飄々としているライノも、コレには驚きを隠せない様子。
慎重に、慎重に近づいてみると・・・その造形が明らかになる。
背中の翅は、"生物の翅"では無かった。金属質の輝きを放ち、つるりとした人工物であった。
「何なんだ、こいつは・・・」
間近で見てみれば・・・本当に可憐な人間の少女そのもの。少し前のメルと同い年くらいだろうか。
シレイラは不思議な感じしていた。何か、何処かで見た様な気がして・・・気付けば、無意識に手が伸びていた。
「・・・っ!おいっ!」
ライノが制止するが、既にシレイラの掌は少女の頬に触れて・・・。
少女の目が開いた。
「くっ!?」
ライノがシレイラの襟首を引っ掴んで引き離し、他の三人も距離を取った。
真っ赤な、"明らかに生き物ではない"硬質な硝子に似た輝きを放つ目が、人としては不可解な動きで、グルリ、と回りシレイラ達を捉える。
「・・・構えろ」
ライノの小声の支持を受け、全員が杖、短剣を抜き向ける。
だが、少女の表情は変わらない。無表情の儘。
「・・・ちガウ」
何人もの人の声を完璧に重ねたかの様な不気味な声。
「・・・何がですか?」
ケイトが問うた。
「・・・にンゲん。デもまスたーじャナい。ますたーじゃない。ますたーじゃないますたーじゃないますたーじゃない」
表情すら動かさず口のみを動かして同じ事を喋る少女らしき者。話すにつれて拙いものの、音声が整って来た。
「ますたー、どこ?いま・・・ごせんろっぴゃく?なんで?にせんはっぴゃくも?・・・ねっとわーくけんしゅつできず、けんさくふのう。じこしんだんぷろぐらむ・・・」
意味が分からない言葉の羅列。無表情ながら何やら思案している様にも見える。
「・・・せんいきりんくしすてむ・・・せいじょうかどう、えりあない、かどうちゅうのぜんゆにっとにあくせす・・・」
少女の目は細かく、まるで目の前に何かあるかの様に動く。
「・・・せいたいはんのう、ほかにみられず」
そこで、グリン、と首だけが回転、五人を再び視界に収めた。
「・・・どこにやった?」
は?と何の事か分からないケイトが思わず声を漏らす。
「・・・私のマスターを何処へ遣ったと聞いているんだアアアアァァァァッ!!!!!」
突如、悪鬼の如き形相で絶叫した少女。
翅の至る所から眩い"光の線"が迸り、壁に、床に、天井に突き刺さった。
ライノでさえ、朱く赤熱し、まるで溶鉱炉の中の鉄の様に溶けた構造物を目の当たりにし、瞬く間に顔を青ざめさせる。
「クソッ!逃げるぞ!!」
全員即座に肉体強化術を行使、ライノを先頭に猛ダッシュする。
後ろから空を貫く光線を、全て勘で回避・・・だが、そう簡単によけ切れる程甘くは無い。
「ぐおああああッ!!?」
食らったのは大柄なアーウェン。防御障壁に加え、肉体強化術による防御も易々と貫いた光線は、彼の大腿から下を何の抵抗も無く切り飛ばした。
当然失速し、床に叩きつけられる。
「アーウェン!?」
「駄目だ!止まるなぁ!」
アーウェンの振り絞る様な叫び。同時にアーウェンは杖を振り、風属性魔術『スライサー』を白い少女に撃ち込む。だが・・・。
「そんなもの!」
対魔障壁も何も防御している様子は無い。しかし身体に命中した瞬間、キン、という金属音と共に弾かれてしまった。
「クソッ!化け物め・・・ッ!」
その悪態を最後に、アーウェンの声は聞こえなくなった。距離が開いた為だ。
「アーウェンさん・・・」
メルは私に抱えられている。その方が速いからだ。
「・・・アーウェンはその身を以って時間を稼いでくれた。アレの情報を持って帰るんだ!」
一瞬のミスが命取りとなる死の逃避行。それは唐突に、そして・・・自分が齎してしまったのだった・・・。
「・・・逃がさない・・・」
殺す。そう確かに聞こえた。
「右だ!躱せ!」
ライノの後ろを猛速で追随する三人。地下道の出口らしき光が既に見えている。
後ろからの光線はもう飛んで来ない。射線から逃れる事に成功したらしい。
しかし・・・追ってくるのは何も、あの子だけでは無かった。
爆音と共に壁を冗談みたいに吹き飛ばし、地上で見た"車輪付き"が何両も何両も突貫して来るのだ。
後ろから宙を縫いながら飛んで来る鉄菱に当たらない事を祈りながら突き進む。
「『ホーリカノン』!」
メルが私の肩越しに光属性上級魔術『ホーリカノン』を放つが・・・チラリと見えるメルの表情を見るに、あまり有効打は与えられていない様だ。
「・・・ッ!!シレイラさんッ!」
突然の衝撃。メルが私を突き飛ばしたらしい。
何故?という意を込めて視線を遣ると・・・メルは何かを喋った。声は聞こえなかった。
ごめんなさい、と唇が動いた様に見える。
次の瞬間、メルは側壁より噴き上がった爆炎に包まれ、姿を消した。
背後から迫る車輪付きの大筒。その一撃を浴びせられたと頭が理解するのには、数瞬の時を要した。
「・・・メル・・・?」
その呟きを聞き振り返るケイトとライノ。
泣きそうな程に顔を歪めるケイト。悔し気に唇を噛むライノ。二人の表情が、メルがどうなったかを鮮明に認識させる。
振り返ると、炎の向こうから車輪付きが飛び出して来る所だった。
「あ・・・」
メルが身につけていた髪飾り。その飾り布であった白い布、端が焼け、火が燻るそれが、ひらり、と宙を舞った。
「シレイラッ!」
いつの間にかケイトが隣に来ており、肩を引っ掴んで顔を近付けて来る。
「気を抜くなッ!今は逃げろッ!」
見たこともない形相。それだけ必死という事か。そうだ、今は逃げるべき。気を抜けば其処に待っているのは死。
「・・・前だッ!」
ライノの警告。前方から現れた車輪付き。シレイラは懐から短剣を一本抜き出し、火属性最上級魔術『ヒートブラスト』を発動。
「邪魔だああぁぁぁッ!!!」
自分の声とは思えない怒号が喉を突いて出る。幾度と無く繰り返し鍛錬した投剣の動き。身体は自然に的確に動き、身体全てを使った動きで投擲された短剣が車輪付きの側面装甲に突き刺さる。
車輪付きは装甲が薄い様だ。容易くとは言えないものの、見事貫通し、内側から爆炎を噴き上げた。
「あと少しで出口だ、それまで・・・ッ!」
出口の光の中に一つ、小柄な人影。
「・・・逃がさない・・・」
天使、メルがそう呼んだ少女立ち塞がっていた。
彼女はゆっくりと手を持ち上げ・・・その手に持った物を"シレイラ"に向ける。
真っ黒な砲口。シレイラは其れが幾度も自分に死を齎そうとした鉄菱を吐き出す物と、何故か不思議と思い至った。
「・・・此処で死ね」
乾いた破裂音が響いた。
もうすぐ、夫が帰ってくる。あまり良い思い出話では無いが・・・偶に話す位は良いだろうか。
相も変わらず、"あの頃"とあまり変わらない彼は八年前、"契約"に従って旅に出た。そして・・・もうあの契約は満了となる。多分今年中に帰ってくるのではないか。
契約。そう、彼女は・・・。
乾いた破裂音。
真っ直ぐに飛翔する鉄菱。太い針の様な其れはシレイラの胸部を指向し、肉を、骨を食い破らんとする。
死の予兆だろうか。凡ゆる現象がゆっくりと進行する。
隣を駆けるケイトの動きも、ライノが此方を向いて驚愕に表情が移ろうのも。そして、今まさに自分に向かい来る鉄の矢さえも。
躱せない。其れは誰よりも自分が分かっている。身を捻るが、其れでも矢は身体の正中を捉えた儘。
死ぬ。言葉にするのは簡単。だが何よりも重い。
この時のシレイラの脳裏に蘇ったのは南方征討に従事した時、この右脇腹を貫いた感触。徐々に身体の末端から感覚が薄れ、目の前が真っ暗になってゆく恐ろしさ。
遂に殺意の鉄矢が纏うローブにめり込み・・・胸部を貫く様な衝撃。
側から見れば何かに弾かれた様にひっくり返り、土埃を上げながら地を転がる。生きてはいないだろう。
「がッ!?ハッ!」
しかし、不思議な事に盛大に撒き散らされるであろう、血潮も肉片も無く。ただもんどり打って倒れただけであった。
だが、確かに鉄矢は彼女の胸部、そのど真ん中に命中した。咳き込みながらも上体を起こした彼女の口の端から、思い出したかの様に零れ出た一筋の血が、其れが真実であると語っていた。
「・・・!なんでッ、12.7mmの徹甲弾が弾かれて・・・ッ!」
内臓を吹き出してくたばると思っていた少女にも、此れは衝撃的だったらしい。
自分でも訳が分からないシレイラも、胸に鋭い痛みを感じ、触れた所で気付く。
胸元から取り出したのは・・・メルがこの間贈ってくれたペンダント。古代兵器の装甲板より削り出したアクセサリー。だが、その表面は抉れた様な傷が付き、無残にも折れ曲がっていた。
「・・・メルっ!」
彼女が助けてくれたかの様な気がした。肉体強化術を用いても突き抜けて来た衝撃で内臓と骨をやられた気がするが、当たった角度も良かったらしい。
「・・・レヴェンガ・ガンシップの装甲板・・・ちっ、そんな物を・・・でも!」
次こそは、と再び手に下げた長大な武器を構える。
「やらせるかよ!」
ライノが一瞬、いつしか自分と闘った時よりも速く踏み込み、構えられた其れを蹴り上げ組みつく。
「くっ!?邪魔をッ!」
其の四肢からは想像もつかない膂力でライノを振り払い、彼を狙おうとして・・・武器を捨てた。どうやら壊れてしまったらしい。
「ちっ・・・ひ弱な人間のくせに・・・いえ、マスターも人間ですから悪口は良くないか・・・」
そのぶん投げた武器が壁に突き刺さっている事に多大な脅威を感じる。
「シレイラ!ケイト!先に行け!此処は俺が持つ!」
「はぁ!?あんた何を言って・・・!」
いいから、と言葉を遮る。一番の脅威と相対しているのにも関わらず、彼は笑う。
「帰ったら、何かお前らを逃がしたご褒美でもくれ!酒でも何でもいいから考えとけよっ!」
彼は帰るつもりなのか、と内心驚く。犠牲になるつもりとでも思っていたのだが。
「・・・なら、今度飲みに行きましょうか。私持ちで」
ケイト持ちの飲み会か・・・割勘しかしないケイトにしては譲歩した方だな。
「えっと・・・私は・・・」
少女が放った光線を避け、肉迫するライノ。数合打ち合った所で距離が空いた。
「ならシレイラ!一回くらい抱かせろ!お前、割と好みなんだ!」
「・・・は?・・・はああぁぁぁ!!??」
突然の告白だった。顔が熱くなり、自分でも真っ赤になっている事が分かる。
「馬っ鹿じゃないの!?こんな時になんて事言ってるの!?頭おかしいんじゃないの!?」
が、そんな罵倒もどこ吹く風、居直りもせず彼は再び少女に立ち向かう。
「いやー・・・何か今言っとかなきゃいけない気がしてなぁ・・・おっと」
少女の腕から伸びた光の爪が、ライノの頬を浅く焦がす。
「んで?返事は?」
既に背後の地下道からは車輪付き、上空には飛行型が集まりつつある。
チラリとケイトを見やると、こんな時にも関わらず、ニヤニヤと他人事の様に観察に入っていた。
中々開こうとしない口をどうにか開き、激励の意味も込めて。
「・・・もし帰れたら一回位は考えてやるわ・・・」
了承ともとれる返事を投げ、ケイトの袖を引っ掴み跳躍する。
「股座洗って待っとけよー?」
「死ねッ!!」
全くもって酷い、しかし何時もに通じる遣り取りだった。
「・・・ちっ!レヴェンガ!」
少女が叫ぶと、飛行型達が甲高い音を立て、後を追って来る。
「ケイト!"アレ"やるよ!」
飛行型との戦闘を考え、構築した戦術と"秘密兵器"。
ローブの下から取り出す長い槍状の物。見る物が見れば分かる、"八十ミリ対地ロケット弾"。近衛本部に持ち込まれた残骸が抱えていた内の二本。ケイトも二本持っている。此れが秘密兵器。
「『フレイムボール』!」
先ずは牽制。飛行型、レヴェンガ攻撃ヘリは当然、高熱源を回避するための運動を取る。
「ケイトッ!」
ロケット弾を金属筒に装填。小脇に抱えてレヴェンガに指向。後ろから『ファイアブレス』をぶち込む。
ロケットモーターに引火し、みるみるうちにレヴェンガに向かってゆくロケット弾。
躱そうと再び高機動を取ろうとするが・・・シレイラが其れを許さない。
「『ブレイズバスター』ッ!」
当てる為では無く、あくまで動きを制限する為の攻撃。だが、必殺のロケットが当たれば良かった。
ロケット弾はレヴェンガ攻撃ヘリのキャノピーに命中。弾頭に仕込まれた成型炸薬が炸裂、発されたメタルジェットの運動エネルギーが其の二十三ミリ砲弾すら弾き返す強固な装甲を紙切れの様に撃ち抜いた。
脳とも言える内部の制御機構を破壊され、バランスを崩すレヴェンガ。
「「やった!」」
此れまでほぼ無敵と言われていた飛行型。其れをただ一瞬、あまりに呆気なく撃破する事に成功したのだ。
「って!シレイラッ!」
撃破したレヴェンガ。だがバランスを崩し、"回転ブレードを此方に向けながら"落ちて来ていた。
「っ!」
反射的に隣のケイト捕まえ、進行方向とは逆方向に飛ぶ。
頭一つ分無い真上を爆音の様な風切り音が通過した。
一瞬の後、地響きと共に熱風が頬を撫でる。何本かの髪が巻き込まれ、宙を舞う。
「・・・間一髪とはこの事ね」
ケイトを起こし、再び走り出す。
前方には再び現れる車輪付き。強行突破あるのみ。
「『ヒートブラスト』ォ!!」
勢力圏から逃げ切るまでの約二十分。
二人は車輪付き三両、飛行型二体を撃破する事に成功した。
「っはぁ・・・きっついわ・・・」
既に陽は落ち、辺りは闇に包まれている。
まだ西方軍管区内の森。古代遺跡の区域からの離脱は成功したが・・・まだ偶に飛行型・・・レヴェンガが巡回に来る可能性がある。火は使えない。
「・・・ライノがまさかシレイラに告白するとは・・・全く、人間の感情とは読めないものですね」
ふふ、と笑うケイトを人睨みし・・・考える事は辞めた。
アーウェン・・・そしてメルの事を考えると、何かがぷつり、と切れてしまいそうだからだ。
「・・・ライノ、戻って来るかな」
ぽつり、と何の気無しに呟いた言葉。本来、答える者等居ない筈。
「・・・この人の事?」
即座に戦闘態勢に入る二人。数時間前聞いたきりの声。だが、この瞬間最も聞きたくない声だった。
夜空の中、月を背に降りてくる少女。脇に何かを抱えている。
「・・・ライノ!?」
力なく垂れ下がる黒髪の男。間違い無くライノ・パシアルだった。
「・・・死んではいない。気絶しているだけだ」
もう目の前迄降りて来ている。今、攻撃すれば当てられる。だが・・・。
「・・・そう、それが賢明・・・此方も今のところは戦う意思は無い」
杖を下ろす。ライノがやられているのだ。勝てる可能性は限りなく低い。そして・・・人質まで握られている。
「こいつも人間にしては良くやった。大した物」
超人と呼ぶに相応しい、と彼を評した。
「・・・要件は何?まさか意味も無くライノを連れて来た訳じゃないでしょう」
ドサリと彼を地に下ろす。駆け寄ろうとするも・・・少女の背の翅に光が灯る。・・・光線が放たれる兆候だ。
「待て」
止まるしか無い。でなければアーウェンの二の舞となる。
「取引、受ける?」
取引。当然此方の要求はライノと此方の安全。では向こうの要求は?
「・・・要求は、何?」
やはり表情は不気味。無表情であるが・・・左右の目が別々の方を見ているのだ。具体的に言えば、右目が私を、左目がケイトを其々捉えている。
しかし、私が言葉を発した瞬間、両目が此方を向く。その動作も限りなく気味が悪かった。
「・・・国家、民族、地理、歴史、及び文化情報の開示。そしてその為・・・」
息もせずに喋る。一度も空気を吸う事もしない。
「・・・偵察にあたっての案内役の随伴員を要求する」
様は物では無い。情報。彼女が欲しがっているのはそんな物だった。
「・・・つまりはこっちの世間の事を教えろ、という事?」
何故そんな事を知りたがるのか。案内役、というのはどうも引っ掛かるが、一体どんな重い条件を突き付けて来るのかと、相当な覚悟を決めていた身としては、安心よりも疑念の方が勝った。
「概ね其の認識で構わない」
どうやら間違い無い様で・・・益々混乱する事となった。
「それで、受けるか、受けないか。受けないならコレは連れて行く」
片目の視線が未だピクリとも動かないライノへ。
「・・・其の前に、その・・・ライノが生きているか確認をさせていただけませんか?」
少女は了承し、ケイトが彼が本当に生きているかどうか、脈を取ったり息を確認したりと・・・どうやら間違い無く生きているらしい。
「交渉、成立?」
その瞬間、彼女が手に何か輪状の物をライノの頸に掛けた。
「ッ!何を・・・!」
少女はライノから離れ、私達に、持って行け、と顎で指す。
「・・・仮に契約履行されなかった場合、この男の命は無い。無理に外そうとした場合も同様。・・・首輪は契約満了後、私が回収する」
首輪。少女と自分等を結び付ける物。
「・・・契約が破れたら?」
すると無言で懐から掌大の小さな物を取り出し、カチリ、と何か操作する。
驚くべき事に、空中に鮮明な何処かの映像が映し出される。何だこれは、と思うより先に、映っている物に注目する。
人型の人形。その頸に・・・ライノが付けた物と同じ首輪が装着されている。
「・・・こうなる」
首輪が爆発。人形の首から上が跡形も無く吹き飛んだ。
ゾッとする。契約を守らなければライノの頭がああなる。本人は今こそ寝ているが・・・大丈夫だろうか。
「そっちが約束を守れば良い。難しい事では無い筈だ」
しかし、破格の条件・・・ライノ本人には後で謝っておくとして・・・取引は無事終了した。
世界の事を教え、案内する。一見簡単だが、やるには大変な事だった。
この役にはライノが駆り出され・・・彼は書類上、未帰還となった。何せ八年、もうすぐ九年もの間、世界を少女を連れて旅に出る事になってしまった。公に出来た物では無いし、理解もされないだろう。・・・無事に帰って来るだろうか。
・・・あの後、近衛本部に戻るとすぐ、ライノに自分の部屋へお持ち帰りされてしまった。忌々しい事にしっかり覚えていたらしい。
・・・一回と言ったのに、何度も何度も・・・。
因みにプロポーズとか、そういう事は一切していない。敢えて言うならば・・・悪阻で吐いた後、ライノの部屋に突撃して、「出来た。死ぬか責任取れ」と言い放った事くらいだろうか。
しっかり責任を取ってもらい今に至るのだが・・・いや、実際殆ど責任取って貰って無い様な?
思い出しただけで腹が立って来た。帰って来たら先ず殴ってやろう。
倉庫に立て掛けてある長剣。この鞘で良いか、と久々に手に取るのであった。
誤字脱字などなどが御座いましたらお申し付けください。
兵器について:
レヴェンガ攻撃ヘリ
メアリーが遭遇した物と同タイプ。
Gsh系統の30mm機関砲、S-8系統改の80mm多連装ロケット砲、各種対空、対地ミサイルを数発搭載可能な重装甲ヘリ。旧来の23mm機関砲クラスなら難なく弾き返す。
インヴェイダーMGS装甲車(車輪付きと呼称)
ストライカーMGSの流れを組む装輪装甲車。アクティブサスペンションを初めとした各部の技術の発展により、55口径120mm滑腔砲を装備する事が出来た。その他12.7mm機銃を一門、各種ミサイル数発搭載可能。




