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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
37/94

閑話 シレイラ・スチャルトナ (2)

あと少しです

翌日、全前線で南方軍の南進が再開された。


私達が追随するのは、其の中でも最大規模の軍集団。総勢四万五千の大軍だ。


軍は小規模な異民族の抵抗を無力化しつつ、南部の海を目指す。其処から東西に分かれ、敵対勢力を圧殺して行く寸法。


あまり東に行き過ぎると、アトラクティアやハノヴィアの勢力圏に接してしまうので、東には攻撃限界線を取り決め、其処までは侵攻する。


まあ、大抵の敵は海に追い落とす予定ではあるが。


自分の部隊は、敵を東西に分断する楔の役割を担っている。当然、包囲される可能性もある・・・先鋒故、無傷の敵部隊と接触し、最も過酷な戦いを強いられる事もあるだろう。其の為のこの数で私達がついて居るのだが・・・。


今の所、私達の出番はほぼ無い。先程、ケイトが拠点破壊攻撃の為、前線に出て行ったが、其れっきりだった。敵の魔術師は影も形も無い。


「えへへ〜・・・」


兵士のおじさん達に可愛がられているのはメル。小さな少女は、殺伐とした戦場に愛嬌をたっぷりと振りまいていた。あの癒しは誰とて頬を緩ませるに違いない。・・・一応、間違っても"お持ち帰り"されない様に見張ってはいるよ?


一方、私とケイトは、お高く止まってしまっているのか、誰も近付いては来ない。時折伝令が連絡を持って来るのみ。・・・其の伝令もガチガチに緊張して、連絡にも支障をきたしている様に見える。・・・何故だろう。


そんなこんなで、ただ馬の背で揺られる事数時間。時折休憩を挟んでいるものの、流石に太腿が疲れて来た頃。


「敵襲ッ!敵襲ッ!」


前方で声が上がり、俄かに周りが騒がしくなる。


なんと向こうからの攻撃だ。自分達が加わってから初めての事だ。


この軍が追撃していたのは、魔族、人間の連合軍約一万四千。


数時間前、私達の軍は異民族軍、三万と激突した。が、殆どは訓練も、武装も貧弱な農民兵。一部魔族の魔術師も居たものの、然程強力な者は居らず、宮廷魔術師団員の中級以下の魔術師が潰してしまった。


一万六千を討ち取るか捕虜とし、取った捕虜は後方部隊に任せ、追撃の最中であった。


「多分だけど」


私の声に周りの者が顔を向ける。


「一当てして怯ませて、一気に距離を開けようって魂胆じゃないかな」


此の儘では、彼らは逃げ切れない。此方は騎馬隊も持っているし、そもそもが正規軍、大半が普段から訓練された常備兵だ。基礎体力が違う。


対して向こうは徒歩、其の上畑で鍬や鋤を振るっていただけの農民が大半。生前畜生に鞭や槍を振るうのみであった者が大元の筈。すぐに体力が尽きる。


其処で彼等は、此の儘では体力が尽きるだけの農民兵達を反転、我が軍にぶつけて足止めする。


向こうとしては、足手まといの農民兵を減らすことも出来るし、戦闘を起こす事で此方の行軍速度を削り、少しでも主力を遠くに逃がす事が出来るという、二つの意味がある。


「多分、其れで合ってると思いますね」


ケイトも同調する。


「目下の課題は、如何に早く敵主力を撃滅するか、ですね」


其の為には、向かって来ている農民兵、聞けば約六千を速やかに撃破しなければならない。


「だが・・・」


隣を馬で歩いていた、この軍の司令、国防軍所属の壮年の男性が口を開く。


「相手は雑兵とはいえ、そんなに焦っては要らぬ犠牲も出てしまうだろう。確実に、堅実にやるしか無いのでは無いか?」


尤もな意見だ。"通常では"。


「"私"が出るよ」


ケイトはもう既に出陣済み、メルも負傷兵の手当てに尽力してくれていた。にも関わらず、まだ私は何も仕事をしていない。


恐らく、今日最後の真面な会戦である。此処で何もせずして、何時しようか。


「・・・シレイラが?はっ」


ケイトに鼻で笑われた。多分、何とか仕事をこなそうとする私の心境を見抜いての事・・・今度の徒手格闘の組手、ボッコボコにしてやる。そんな意を込めて睨み付けてやると、どこ吹く風といった様子で目を逸らす。どうせメルに治して貰えるのだ。半殺しにしてやる。


「おお、貴方方が動いてくださるというのなら、かなり時間を短縮出来るでしょう。分かりました。用意いたします」


彼の方が年齢的には上、だが、近衛魔術兵団員の上位ともなれば、様々な特権がある。


かく言う私達も、実際の話この軍集団の中ではほぼトップの命令権を持つ。まあ、私達も管轄外の事まで口出しをして、場を混乱させる事の重大さは分かっているので、そうそう口を挟む事はしない。


そして、何より私達は戦力価値が非常に高い。


強力な魔術師は一戦場を簡単に支配する。


一撃の上級火炎弾で数十人を火達磨にし、一閃の光線で数百人を薙ぎ払う。手足を失った瀕死の兵を元通りに復活させ、肉体強化術による圧倒的な身体能力で戦場を縦横無尽に駆け抜ける。


私達はそんな上級魔術ですら、ばら撒くが如く放つ事が出来る。数百や其処らの兵士を無力化する事など朝飯前。千の軍であろうとも簡単に打ち破るだろう。正に一騎当千。敵の魔術師の存在を考慮しない、単純な戦力考察だが、強力な魔術師とはそういうものなのだ。


先程、ケイトが砦攻めの為に魔術を行使していたが、其の時も敵といえば酷い有様だった。


ケイトの行使する最上級魔術『コメット』は、砦の防御施設の三分の一を文字通り吹き飛ばした。妨害も無く、悠々と大技を決めた彼女は、これまた余裕を感じさせる雰囲気で帰ってきたものだ。


敵には同情したくなる。『コメット』、膨大な魔力を使用する魔術。魔力の収束にも時間がかかる為、比較的妨害は容易な術だ。だが、其れにしても発動者に対する攻撃を行わなければならない。魔術師を擁していなかった敵は、弓矢やら投石の射程圏外から放たれた魔術に対抗する術を持たなかったのだった。


と、余談もそこそこにして私の出陣、初陣だ。目標は敵兵約六千。相手にとって不足は無し。


意気込む気持ちもあるが、すぐに出る事は出来ない。何故なら軍団の陣形を魔術師の運用を考えた形に組換えなければならないからだ。


魔術師が最大限にその火力を発揮出来る陣形。其れは遠い過去、鶴翼の陣と呼ばれた形。多少薄くとも、大きく展開する事が重要。


敵戦力を半ばまで包み込む迄、左右に騎兵、軽装歩兵を素早く展開しながら、最前列に槍兵を中心とした敵の攻撃を受ける部隊を配置してゆく。騎兵は前進しようとする敵兵と前進を止め、軽装歩兵が一時的にその前線を維持する。順次追い付いた重装槍兵が交代し前線を完全にホールドする。其処に魔術師を投入してゆくのだ。魔術師は敵陣中央に向かって魔術を放ち続け、陣地の中心に空白地帯をつくる。其処に向かって通常兵力で押し込むのだ。相手からすれば、下がれば魔術が、前進すればカウンターを狙う万全に構えた槍矛の束が其々待っている。


何せこの攻撃の恐ろしいところは、指揮官クラスが存在する中央部から攻撃される為、部隊を即座に対応させる事が難しい。最悪指揮系統が全滅、ひいては壊滅してしまうので、一気に軍としての統制を失ってしまう。


まず第一段階として騎兵隊が突撃、一度相手を怯ませる。其の隙に即応の軽装歩兵部隊は後退、重装槍兵部隊と入れ替わる。この動作如何に素早くこなすかが練度の魅せどころだろう。


「突撃ィ!!」


騎兵隊の攻撃が始まった様。私も前線中央、後方に移動して備える。


戦場の喧騒。怒号、悲鳴、断末魔。目を閉じれば全てが耳を打つ。前線は離れているのに、此処まで漂う死臭。


初めて五感で感じる戦場。死の鉄火場の熱気。気を強く持たねばすぐに心を折られるだろう。


だが、ケイト、メル、更には国防軍の手前、無様を晒す事は出来ない。それに今、この軍は私の働きに期待し、私を投入する、ただ其の為だけに動いている。私が情けない事を言っては、今現在、命を掛けている男達に失礼というものだ。


惰弱な心を振り払う様に短杖を抜き、敵陣中央あたりに狙いを付け・・・多数の魔術を同時に顕現する。


「『フレイムボール』!」


放たれた火球が弧を描き着弾。高々と火柱を上げた。












時は進み、戦いの終盤。黒焦げの奇妙な形で硬直した骸が累々と横たわる。


数十分で敵は壊滅した。今は残敵掃討の真っ最中。己の仕事をこなし、勝利への大貢献を果たしたシレイラの姿は、戦場から少し離れた岩場。


手頃な岩に腰掛け、平原の向こう。北に聳える山々を、ぼうと眺めていた。


「何を黄昏ているのですか」


無粋にも軽い調子で話し掛けて来たのはケイト。目線だけを向けるシレイラに、ケイトは珍しくその毒舌は何も吐く事は無く、黙って隣に腰を下ろした。


「・・・千五百人」


無表情、普段から感情表現豊かな彼女からは見違える程だ。


「私の魔術で焼き殺したって・・・」


シレイラは以前にも人を殺めた事はある。近衛魔術兵団に所属する前の事だ。


彼女の生まれは北方。アズブレル辺境伯領、その海岸線に位置する地方都市の一つ、キルキノという街。広大な大河に隣接し、湾の奥にある港街だ。隣接する広大な、大して流れも無い、巨大な帆船すら通行可能な大河は、かつて古代人達が掘った運河ではないか、という説もあるが、それは定かではない。


海を超えたすぐ向こうはハノヴィア帝国。海上交易も盛んな都市だが、この手の港街の宿命として、海賊問題がある。


海上交易を脅かす海賊共は商船に紛れて入港、時折街に現れ・・・略奪行為を働く。


無論キルキノとて手を拱いている訳ではない。政治的、軍事的にも対策はでき得る限りはしていただろう。だが、それでも貧困から盗賊に身をやつす者と同じく、海賊となる者も減らなかった。


現れたら討伐、被害が出たら討伐、と常に後手後手。これはもう、どうしようも無かった。


まだ幼き頃はそんな事も何も分からなかったが・・・海賊と初めて対面したのは、シレイラが十六、城塞都市エルクの私塾で勉強し、一度今後の方針を決める為に故郷に帰還した時の事。


突如、後ろから捕まえられ、首元にナイフを突き付けられた。


海賊の人攫いの標的にされたのだ。一応、見目麗しかった彼女が目をつけられるというのは自然である。


シレイラはこの頃から既に、体術、魔術において達人の域にあった。たかが、素人に毛が生えた程度の技しか持たない海賊に引けを取る事は無い。


即座に肉体強化術を行使、素手でナイフを引っ掴み、肘で当身を入れて離れる。


だが・・・当然の事ながら、海賊はコレ一人では無かった。山程居た。路地という路地から既に抜刀した海賊共が現れ、シレイラを取り囲んだ。


其処からは乱戦だ。


シレイラもローブの下に隠し持っていた短剣を抜刀。魔術も織り交ぜながら次々と海賊を無力化する。危なげな場面も少々あったものの、全員を撃破する事に成功した。


その中で、二人。シレイラは人間の命を奪っている。


一人は火属性中級魔術『ファイアブレス』で焼き殺した。もう一人はナイフで脇から心臓を突いた。そうしなければ此方も切られていた可能性が高かったし、相手は犯罪者だ。特に罪悪感も無かった。自己防衛の結果。そう片付けられた。


だが、今回は違う。敵兵とはいえ言うならば一方的な殺戮を、数千人という規模で成してしまった。異民族とはいえだ。


私はアリエテ王国の軍人だ。軍務に私情を持ち込む事はしない。しかしそれでも・・・内に巣食おうとする罪悪感が語り掛けて来るのだ。それで良いのか、と。


「・・・貴方は向いていませんよ、軍人には」


「まったく、私もそう思うよ」


でも、私は他に生き方を知らない。戦いしか能が無い。


しかし、ケイトは意地悪い顔をして笑う。


「下町で娼婦でもやったらどうですか?稼げると思いますよ?」


舌打ち一つ。


「・・・誰が好き好んで何処の凡骨かも分からない男に跨ってやらなきゃいけないのよ」


私はもっといい人に貰ってもらうの、と肘でどついてもケイトはへらへらとして掴み所が無い。


「はっはっは・・・そんな事を言っていると行き遅れますよ?」


首を竦め目を細め、からかう調子の彼女にシレイラも反撃する。


「・・・精々、その性格の悪さがバレないように気を付けるのね」


私はそんなヘマはしませんよ、と尻に付いた埃を払い立ち上がる。


・・・ケイトなりに励ましてくれたのかも知れない。まったく、憎むに憎めない女だ。


「そろそろ野営地が決まりますね。戻った方が良いです」


ケイトと肩を並べるのは癪だが、時間的には仕方が無い。陣地の方へ足を踏み出した・・・其の時だった。


響き渡る低い旋律。


「角笛・・・敵襲・・・!?」


「急いで戻るよ!」


陣地中央目指して疾走した。










結局、あの時あんな事を言っていたケイトの方が行き遅れているというのは笑い話だろう。ケイトは普段の口調の割りに、結構大雑把な性格をしていて私生活はかなりだらしなかった。多分、それも関係していたのではないか、と推測する。酔った時に出てくる言葉も、あまり品が良いとは言えなかった。


ケイトは確か、代々軍人を輩出する、其の手の名家の生まれだった筈。王都周辺の出身だった筈だが、どうやら淑女としては育てられなかった様だ。


テーブルマナーも、最近は兎も角。最初はがっつく様な食べ方で、どう席した者たちをドン引きさせたものだ。


だが幸いな事に羞恥心はしっかり持ち合わせていた様で、自ら其れに気付くと人のを見て、自分で覚えた。なんだかんだでデキる女なのだ。一応、長い付き合いで其れはわかって居る。


・・・今でも思い出す。あの角笛の音。アレも下手をすれば私も、ケイトも死んでいただろう。


生まれて初めて、圧倒的な、人には到底超えられぬ力に恐怖した・・・。










司令部に戻ると幹部共が集まっていた。だが、そう切迫した様子は無い。何方かと言うと困惑、といった様子だった。


「状況は?」


国防軍司令に問うと、向こうもあまり状況を把握しきって居ないらしい。


「・・・あの丘の向こうから、先程農民兵を捨てて逃げた異民族軍が此方に向かって来て居るのだ」


確かに困惑すべき出来事だ。そもそも彼らは我々に勝てないから、止むに止まれず足手まといを捨て、逃げ切る事を選択した筈。数も半分になった段階で今、此方が農民兵を掃討し切ったタイミングで攻め寄せるのは、どうも理解が出来ない。


先の戦いの犠牲や戦闘不能者を除いても、此方は未だ四万以上の威容を誇っている。高々八千の兵で当たったところで高が知れている。


「まあ、今は追加の伝令を待つのみだ」


成る程そういう事なら、とケイトも簡易の椅子に腰を下ろす。シレイラも其れに倣った。


その僅か数分後、伝令の兵が走って来た。


「先鋒の第三軽歩兵隊より伝令、確かに異民族軍主力八千を確認しました」


「よし、よく分からんが迎撃する。重装騎兵を・・・「待ってください」」


ケイトが口を挟んだ。何事かと訝しげに視線を向ける将校達。


「まだ、何かあるようです」


話せ、と促され、報告を再開する。


「はっ・・・それが・・・敵は陣形も何も無く、どうやら、"何かから逃げている様"なのです」


「逃げている?」


再び顔を見合わせる皆。だが、今正に敵が迫っている中、迷っている訳にもいかない。


「・・・兎に角、迎撃の用意だ。丘の手前で敵が越えて来た瞬間に迎え討つ。重装歩兵を前列に配置、一撃を受け止めたら騎兵で一気に畳み掛けるぞ!用意しろ!」


号令を受け、持ち場へと走り去る指揮官達。其の中ケイトとシレイラである、


「私達は一度敵を見て来ます。初撃で魔術を撃ち込んだ後、後退します」


「分かった。頼んだ」


シレイラとケイトは丘の稜線へと向かう。陣形構築中の部隊の海を越え、丘の頂上に立つ。


丘の向こうは平原、その少し後に森が存在し、更にその向こうには平原が存在した。遠い方の平原に土煙が見える。


「丁度森に入った所ですね」


敵軍団の姿は見えなかった。土煙のみが立ち昇る。


「森から出てきた瞬間に撃ち込みましょうか」


ケイトも杖を抜き、万全の体勢。後は敵軍を待つのみ。


僅かな喧騒の音・・・いや、何かがおかしい。


「・・・この声・・・悲鳴・・・?其れに・・・」


バリバリと聴いたことも無い音。そして時折聴こえる連続した破裂音。


「・・・まさかっ!?」


森から我先にと、必死の形相で走り出て来る異民族兵。だが、その兵も一人、また一人と"光の筋"に貫かれ、宙に血の花を咲かせながら倒れ伏してゆく。徐々に重低音が大きくなり・・・現れた。


先ず目に付いたのは、長大な筒。円形の上部構造物から生えた其れは、ある一定周期に爆炎を吐き、轟音と共に地を火の海にする。根元では小さな光が弾け、放たれた光の筋が兵士を薙ぎ払う。土砂を巻き上げながら、その巨体を前へ前へと進める、鋼の帯が巻き付いた車輪は、逃げ遅れ倒れた人間を赤い染みにする。


それが三体。異民族軍を追い掛け回しながら殺戮していたのだ。


「古代、兵器ッ・・・!」


古代兵器。最強の古代遺跡の番人。何故此処に・・・?と、一瞬呆然としかけるも戦闘の最中と、無理矢理意識を取り戻す。


「ッ!ケイト!」


直ちに火属性上級魔術『ブレイズバスター』を発動、ケイトと同時に撃ち出す。


宙に弧を描きながら落下する大火球。其れを低速とはいえ、移動する古代兵器・・・戦車に命中させたのは褒められるべき技量だろう。


「殺った!?」


だが、其れに対する答えは、炎の中より、何事も無かったかの様に現れた・・・かつて、MBT、主力戦車と呼ばれた鋼の獣の威容。


目の前の逃げ惑う人間よりも、被害は無かったとはいえ、百ミリ榴弾砲クラスの爆炎を発生せしめたシレイラ達の方が危険度高しと判断したのか、其の長大な主砲・・・百四十五ミリ滑腔砲が彼女等に鎌首を擡げる。


「ッて!ヤバイ!」


二人が後ろに身を投げたのと、滑啌砲が業火を吐き出すのはほぼ同時だった。


丘を一撃で大きく吹き飛ばした百四十五ミリ榴弾の余波に当てられ、普段ではあり得ない程の距離を飛翔した二人。肉体強化術を発動していなければ、身体がバラバラになっていただろう。


「っつあぁ!!?」


「ぅあぐっ!!」


視界が揺れる程の衝撃で前後不覚となり、立つことも覚束ない。慌てて後方で待機していたメルが駆け寄って来て、治癒魔術を使う。


「大丈夫ですかっ!シレイラさん!ケイトさんも!」


治癒魔術が効いてくると、視界の揺れも収まった。


「いったぁ・・・助かったわメル」


「うー・・・ケイトさん、背骨が折れかけてましたよ・・・シレイラさんは致命的な物はありませんでしたけど・・・」


はいはい、と頭を撫でて・・・そうだ、迫り来る古代兵器をなんとか撃退しなければならない。


「メル、陸上型の古代兵器、三体よ。司令部に伝えてくれる?」


古代兵器三体、と聞いて一瞬硬直するものの、はい!と返事をして走り去って行った。


「・・・で?どうするのです?」


すっ、と此方に流し目をしながら、方策を問うケイト。


「・・・なんかいい作戦無い?」


当たり前の事ながら、無い。まさかあんなものが、其れも複数出現するとは誰が予測しようか。というか、作戦立案の成績はケイトの方が良いのだからそっちが考えろ、と心の中で毒づく。


ケイトは肩を竦め戯ける。


「・・・騎兵、軽装歩兵に決死の誘引をしてもらって、どこか遠くに行った隙に逃げる」


「ばーか」


身も蓋もない策だった。本当に出来ると思っていたら、本物の馬鹿だ。


「はぁ・・・一応理論上は最善、最適解なのですがね・・・」


口元が笑っているので冗談だろう。


「私達がやるしかないわ」


絶望的だが、アレに対抗できる可能性を秘めているのは私達だけだ。


「メルが戻って来て三人、相手三両・・・一人一体ですかね?」


メル、か。


「メルは・・・駄目ね。身体能力が無さ過ぎる」


古代兵器の攻撃は一つ一つが一撃必殺だ。一瞬、一度の気の綻びが命取り。だが肉体強化術を使用する事で、ある程度の対応は出来る。


メルはその肝心の肉体強化術が苦手なのだ。発動も苦手だし、もし成功しても効果は薄い。以前見た時は肉体強化術を使っているのにも関わらず、少し張り出した岩に足を引っ掛けて盛大に転けていた。おまけに肉体強度も然程上がらないらしく、それだけで膝と頬を擦りむいて出血していた。


とても今回の攻防に耐えられるとは思えない。魔術ならばこの中でも屈指の破壊力を持つ彼女だが、相手の攻撃を躱す、内し耐える事が出来ないならば仕方が無い。


「後退する軍の支援をさせるわ」


ケイトも小さく頷き了承。近くの兵に伝令を頼んだ。


「さて・・・どうやらお出ましみたいですよ」


大気を震わす駆動音を轟かせながら、太古の陸の王が丘の向こうより顔を見せる。


残念ながら異民族軍は皆殺しの憂き目に遭ったようだ。一人も丘を越える事は無かった。だが、次は自分達がその鉄火に晒される番。既に命令が飛んだらしく、撤退を始める我が軍にも容赦無く攻撃を始める三体の古代兵器達。


「いくわよケイト!」


肉体強化術で強化された脚力で地を蹴った。










思えばあれが私の人生の中での、己の魔力も、武力も、精神力ですら振り絞った最初の死闘だった。


生きるか死ぬか、絶望の中に活路を見出す闘い。


アレ三体に、此方が撤収する迄に殺傷された兵士は約二千。一瞬の、僅か数十分の間の出来事だった。


・・・右脇腹が疼く。少し衣服を捲り上げてみると、脇腹を間一文字に穿つ裂傷跡。あの時、あわや私の命を奪いかけた一撃の跡だ。


本来、治癒魔術を掛けられると傷跡も何も元に戻るのだが、この傷に関しては、訳あって治療が遅れた。


今から考えればよくもまあ、生きていたなと思う。二度と御免な出来事の一つだ・・・。











「くそっ!硬過ぎるでしょ!コイツうっ!」


『ブレイズバスター』、『フレイムボール』、『ドラゴンブレス』を食らわす事数合。全く効果が現れている気配は無い。


「ッ!ちっ!」


その場から飛び去った数瞬後、その空間を放たれた骨肉を砕く鉄菱が縫う。


ケイトの方をチラリと見ると、彼女も彼女で梃子摺っている様。もう一体は国防軍を追っているのか、少し離れた所に居り、此方には攻撃してこなかった。


これ幸いと二体を撃破しようと挑みかかったのだが・・・決定打が無い。


あの鉄菱に撃たれた人間の末路は見た。頭が花の様に咲いている者、腕が、脚が千切れ、臓物を撒き散らしている者。アレにはなりたくない、と冷汗が背を這う。


だがそれ以上に、あの長い筒から放たれる一撃は更に危険だ。


見たことも無い様な凶悪極まる火属性魔術、大岩を虫が食った葉みたいに穴だらけにする範囲攻撃、そして・・・。


「来る!?」


大筒の射線から逃れ続ける。が、時折火を噴く筒。其れと同時に溶けかけたバターの如く地を割る神速の攻撃。


身体に風魔術の刃に似た攻撃が加わる。命中部位に魔力を注ぎ込む事で肉体を強化し耐える・・・それでも青痣が出来た。もし真面に受ければ、これだけで腕を持っていかれたかも知れない。血が引いてゆくのを感じつつも、動きは止めない。止まればその場で、人生終了だ。


「これでッ!」


『ブレイズバスター』を側面に叩き込む。だが・・・。


「もうそろそろ傷の一つもついていいじゃないッ!!!」


焦げ目が付くのみで、何処か破損した様子は見られない。


「ならッ!」


先ず奴の足を止める。アレの足は何やら多数の車輪に巻き付いた鉄のベルトに見える。アレを切る。


一点に収束した火属性上級魔術『ドラゴンブレス』。其れで足回りを焼き切ろうと試みる。


「これも駄目なの!?もうっ!!」


少し熱で赤みを帯びた様に見えるが、地面に擦り付けられた段階で熱を奪われた様だった。


「(もう取り付くしか無い!)」


鉄の嵐を越え、へばり付いてでも何処か弱点を探すしか無い。


そうと決まれば、横っ飛びに跳躍。断続的に方向転換をしながら、ジクザグに接近する。当然激しくなる攻撃。当たらない事をただひたすらに祈った。


側方にひたすら回り込みながら、距離を縮めようとするのだが・・・向こうはあの巨体にも関わらず、恐ろしく速く、小回りも効いた。


トップスピードは明らかに向こうが上、更に移動中の攻撃精度も一切変化が無い。精確に此方を狙って来る。


追いつけない、そう絶望感が込み上げて来た時。


金属を叩いた様な激突音。此方から距離を取る様に動いていた奴が止まっていた。


どうやら腹か何かを突き出た岩にぶつけてしまったらしい。


これを好機と見ずして何時を好機と為すか。一瞬のうちに距離を詰め・・・上部に飛び乗った。


「よしこれで・・・うわわっと!」


足回りが復旧したらしい古代兵器は、取り付かれた事に気付いた。何とか振り落とそうと、無茶苦茶に機動を行う。


シレイラとしても、こんなチャンスを不意にする訳にはいかない。なんとか振り落とされまいと、奴のアタマの後部、其処に付いていた籠にしがみ付く。


其処で、シレイラはあることに気付いた。


振り回された時だ。アタマが身体に対して横に向いた時、足先が奴の後頭部下面に当たった。その時の音。


「(この感じ・・・薄い・・・?)」


僅かに音が響いたのだ。この感じは・・・地下区画(近衛魔術兵団拠点の別称)の足場に似ている。確か、彼処は材質こそよく分からないものの、厚さは一センチも無かった筈。


ここに最大の攻撃を叩き込めば倒せるかも知れない。


やるにしても、再びこのアタマが横を向いてくれねばならない。そして・・・己が持つ最強の威力を持つ魔術の準備に掛かる。


腰から短剣を引き抜き・・・魔力を放出、剣に纏わせる。


「コレともお別れかぁ・・・」


この短剣は、十七歳の誕生日、エルクの鍛冶屋に打ってもらった一品だ。今頃彼女はどうしているだろうか、相変わらず偏屈なのだろう。


魔力に着火、剣が炎を纏い刀身が朱く染まる。この魔術は武器を媒介として発動する。大体は投げ槍でやるものだが・・・今回の媒体はこの短剣だ。


振り回されるアタマに揺られながら、機会を窺う・・・今だ。


ぶら下がりながら、短剣を大きく下方に振りかぶる。全身の筋を限界迄引き伸ばし・・・手を離す。


当然落下する。が、これで良い。目標の後頭部下面は目の前だ。


「吹っ飛べええぇぇぇッ!!!!」


全身の筋肉を瞬時に収縮。一際大きく輝いた短剣を投擲する。


地面に背中を打ち付けられるも、大した事は無い。目線は一つ、飛翔する短剣へ。


短剣が装甲に・・・単板の装甲を融解させながら貫いた。


内側で爆炎が上がり・・・直後、目の前が真っ白になった。


爆圧に吹き飛ばされ、何処にいるのかも分からない。


視界の半分が地面。だが、半分には内側から炎を上げ、擱座した古代兵器が見えた。


「やっ・・・たっ・・・」


叫ぼうとしたつもりだったが、掠れ声しか出なかった。寝返りをうち、反対側を見るとケイトが決める所だった。


ケイトな相手の大筒の射角外、足元に陣取っていた。彼女が狙いを付けたのは後部、青白い光が漏れ出す二対の網だった。


其処に一点に収束させた『ドラゴンブレス』を流し込む。


甲高い駆動音を立てていた兵器の心臓は其れだけで沈黙。更に流し込む事で、後部から出火した。


成る程、弱点は後部だったのか。よくもまあ、見つけたものだ。


奴を仕留めたケイトが此方に走り寄り・・・立ち上がるのに手を貸してくれた。


「随分と派手にやりましたね」


シレイラが仕留めた爆発炎上する古代兵器を見ながら、ケイトは第一声、そんな事を言った。暗に、私の様に無駄無くやれば良いのに、と言われた気がする。


私が使った術は『ヒートブラスト』。元は成熟した竜の硬い鱗を、投げ槍で貫く為の技だ。使用した武器を使って鱗を貫き、爆発の魔術を内部で発生させる強力な最上級魔術だ。当然、魔力消費も尋常ではない。


「ふん・・・ぶっ倒したからいいのよ」


長時間に渡る肉体強化術と、大威力魔術の連射により、魔力は既に限界近い。ケイトも其れは同じだろう。唇も青く血が引いている。


「気を抜かないで、まだもう一体・・・!?」


気付いたのは偶然だった。遠い、百五十メートルは離れている。だが、確かに"目が合った"様な気がした。


残った一両の古代兵器。其の大筒を真っ直ぐ此方に向け・・・其のすぐ横。硝子の様なレンズ・・・其れが私を直視していた。


其処に浮かぶ感情は、仲間をやられた怒りか、はたまたは悲しみか。


否、何の感情も無い。冷徹な、無機質なそのレンズに込められるのは、ただ、目の前の矮小な生物を殺せ、という意思のみ。


其処からのシレイラの行動は、完全に無意識の物だった。


ケイトの身体を脚で突き飛ばし、なけなしの魔力を振り絞って『ファイアボール』を撃ち出す。


古代兵器の大筒の根元が連続的な破裂音と共に発光、直後、右脇腹にどつかれた様な衝撃を受けた。


天地が裏返り、右脇腹に焼ける様な、しかし冷たい風が当たる感触が嫌にはっきりしていた。痛みは無い。


首をなんとか回し・・・鉄菱を撒き散らす古代兵器を見据える。


先程放った『ファイアボール』が飛んでゆくのが見える。『ブレイズバスター』すら効果が無い相手だ。普通に考えれば意味の無い、悪足掻きと断じられるだろう。


だが・・・何故だかは分からないが、この攻撃は通る様な気がしていた。理屈では無い。


拳より少し大きい位の火球。其れはただ標的に向かい・・・大筒の口に入った。


砲身内を進んだ火球は奥、今まさに"装填されかけていた"発射装薬に命中した。


発射装薬は単なる高性能炸薬が詰まった布袋だ。火球という、下級ながらも攻撃魔術に耐え得る物では無い。


強制的に激発された装薬は、その役割通り炸裂。砲塔内の弾薬ターンテーブルに並んだ別の装薬、榴弾に誘爆した。


外にまで及んだ衝撃波と共に、重さ数十トンの砲塔が吹き飛ぶ。


立ち上がろうとしていたケイトがたたらを踏み、シレイラも閃光に目を庇う。


「はっ・・・はははは・・・」


乾き切った笑い声しか漏れない。


勝った。『ファイアボール』一発で。これを奇跡と言わずして何と言うか。


熱く脈動する右脇腹に触れると・・・ぬるりとした感触と共に指が少し沈み込んだ。


感覚が無い。頭もぼうっとする。


視界の端に、駆け寄って来るケイトの姿を認める。だが、もう限界だった。


まるで疲れ果てた子供の様に、意識は闇の底に引き込まれた。










あの後の事はケイトに聞いた事しか分からない。ケイトは意識を失い出血していた私に、着ていたブラウスを使って応急手当てをしてくれた。


そして、近くで気絶していたらしい、馬に乗り、本陣に追い付いた。


既にその時に私は血を失い過ぎ、本当に地獄に片足を突っ込んだ状態だった。メルが居なければ、異邦の地で土となっていただろう。


古代兵器。恐るべき敵だ。あの時は本当に運が良かった。


あの鉄菱の当りどころも、あと少しずれて大きな血管を傷付けていれば失血死していたし・・・運が悪ければ頭や心臓を吹き飛ばされて即死していた。


全く、本当に、本当に最悪の日だった。



誤字脱字以下略





一応、登場した戦車についての設定。


西側系戦車技術の流れを組む、主力戦車というジャンルに対する回答。車体に比して大きな砲塔が特徴。

最高速度78km/h。出力重力比100hp/t。51口径145mm滑腔砲、其れに耐え得る前面装甲。同軸機銃に7.62mm車載機銃。本来は上部に12.7mm重機関銃、7.62mm機銃を装備するが、この車両ではオミットされている。


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