閑話 シレイラ・スチャルトナ
ここから第二章ですが、何話か閑話を挟みます。
今頃エリアスは学校で講義を受けている頃であろうか。
学校のある街、エルクより南に五十キロにあるブレームノ。この小さな町には不相応な大きさの敷地、そこに建つ邸宅で一人、シレイラ・スチャルトナは回想する。
かつての友人、学校長、ケイト・ヴァシリーからの手紙によると、エリアスは様々な問題を持ち込んで来る、厄介な生徒らしい。ざまぁみろ、精々苦労するがいい。そんな意を込めた嫌らしい笑みを浮かべながら返事を書き上げた。中々に自分でも性格が悪いとは思う。が、ケイトには何と無く、苦労を掛け、嫌がらせをしてやりたく思うのだ。心の片隅では、ごめんね、と言葉だけは言う程度の慈悲は持っているが。
彼女との出会いは、今思い出しても笑える。全く馬鹿らしい、あの頃は青かった。そうだ・・・あの頃は・・・。
※十三年前 アリエテ王国 王都
「ここが王宮かぁ・・・」
黒く光沢のある、王家所有の馬車から降り立ったのは、成人したばかりであろうか、金髪碧眼、布の多い魔術師のローブの上からでも分かる、成長著しい、女らしいスタイルと、溌剌とした笑みが魅力的な女。
その少女は如何にも物珍し気に、キョロキョロと辺りを見回す。この国の王都に来たのも初めて、ましてや王宮を目の当たりにした事は、彼女の内心に大きな衝撃を与えていた。
聳え立つ、と形容するに相応しい、見上げども上が見えない程に高い城壁。
これまで通っていた魔術学園の校舎が、そのまますっぽりと通れてしまうのでは、と思える様な門。
一度それを潜れば、見渡す限り、白と緑。
見渡す限りの城壁に囲まれた芝生と、その中央を貫く白い石畳の道、その先に見えるのは・・・。
「これが王様のお城・・・」
ほぅ・・・と感嘆の息を漏らす。城壁内でありながら、遠くに見える白亜の城。幼い頃、物語にでも出て来たかの様な、女の子なら誰しもが憧れる様な白いお城。
「今日からここで暮らすのかぁ〜」
えへへー、とだらしなく頬を緩ませる。其れもその筈、彼女はつい先日、齢十八を数えたばかりの、思春期の少女である。王子様がー、だとか妄想しているのだろう。所詮妄想だが。
「シレイラ・スチャルトナさんですか?」
「ひゃいっ!?」
突然後ろから声を掛けられ、ビクッとしてしまった。声も上擦った。恥ずかしい事この上無い。
振り向いた先には、何やら眉を顰める女性。たぶん、勘では同い年。あくまで勘だが。
軽くウェーブのかかった、燃える様な赤髪、其れとは対象的な気の強そうな碧眼、背は自分と同じくらい。百六十センチ前後だろう。
彼女は小さくため息を吐くと、見下す様な目をして言い放った。
「・・・辺境伯領の秘蔵っ子と聞いていましたが・・・その分だと大した事も無さそうですね」
これには普段、温厚と言われている彼女もカチンと来る。これでも幼き日から弛まぬ努力を積み重ねて来た自負があるのだ。
「なによ!偉そうに!そもそも何!?名前も名乗らずに舐めた口訊くなんて育ちが知れるわね!」
暴言に暴言を返す。此れを子供の喧嘩と言う。
「言うに事欠いて・・・辺境の蛮人が一丁前に・・・」
此方の赤髪のクールビューティーも、頭のレベルとしては、そう変わらなかった様である。歯を軋らせ、肩を怒らせる。
向かい合う視線に火花が散っていても不思議では無い程の、苛烈な視線が交差する。
正に今、二人が腰に帯びた杖に手を伸ばしかけた時であった。
「あー・・・君たち、いいかい?」
キッ、と睨み合いの目付きも其の儘に振り向いた二人に気圧され気味ではあるが、意を決したかの様に睨み返すのは、一人の男。
黒髪、黒目。要所要所に防具、腰には一般的な長さのブロードソード。装いは気品ある、そして立派な物だ。
・・・二人は此の格好の男の所属が直ぐに分かった。というか、此の城内で帯剣を許されている者共等、"彼等"しか居ない。
「・・・近衛魔術兵団員」
基本的に城内は武装禁止だ。が、例外はある。一つは国王、大臣達に許されている帯剣。が、彼等とて腰に長剣を差して堂々と城内を闊歩出来る訳では無い。精々短剣、内し小型の弩を隠し持つ程度。表向きは禁止となっているが、隠し持つ分には問題は無いというのは、既に暗黙の了解となっている。
そしてもう一つ、国王直轄の武力、此の王城を守護する最精鋭。長剣でも杖でも大弓でも帯びる事を許された者達。
「君たちが騒ぐのはまあ、若いから仕方が無いとは思うけどな。でも、此処が一体全体何処だか、よぉく考え直してみてくれないか?」
・・・城門をくぐった道のど真ん中。明らかに邪魔そうに避けて出仕する文官達。普通に迷惑だった。言われずとも、頭に血が昇った結果、見えて居なかった己の所業に、二人が小さく赤面する。が、即座に目の前の憎っくき女に責任をなすり付け始める。
「この女が突っかかって来るからッ!」
「ふんっ!其の程度の挑発に乗る程度の頭しか持っていない事を恥じるのですね」
「なんですって!?」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな・・・いや、杖を抜いて文字通り、魔術で"殴り合い"を始めかねない。
どうどう、と間に入って制止する。男は深い溜息をつき、呆れた様な口調で口を開いた。
「・・・やるなら後で訓練用アリーナが開いているから、そっちでやってくれ」
此の一瞬で疲れきった様な声色を聞き、流石の二人も、うっ、と怯み大人しくなる。
「・・・宜しい。時と場所を弁えるんだぞ」
はぁ、と溜息を一つ置いて、城の方に去って行く。其の背中が、どうも哀愁を誘い、二人はすっかり毒気を抜かれてしまった。
「・・・それだけ過酷なのかしら」
元々、シレイラは此の王城、近衛魔術兵団への入団を志して此の地を訪れた。
既に彼女等は入団試験を突破している。最低限の課題の五百位の男を倒すと、シレイラは次々に念の為に控えていた上位者を撃破。結局、当日試験会場である平原に来て居た最高責任者である、第百位の男を倒してしまった。・・・キッチリと寸止めはしたけれども。別に百位迄、四百人と闘った訳では無い。実際に闘ったのは八人程。五百位から四人程と、百位まで飛び飛びの順位を持つ者達だけ。シレイラの独り言は口から漏れる事無く、己の身中に消えた。
で、其の結果として、彼女は此処に居る。今日から此処での生活が始まるのだ。
・・・何とも気に入らない事に、この隣のいけ好かない女も自分と同じ境遇の可能性がある。記憶を探ると、確か此処まで送ってくれた人が何か話していた様な気がする。
ケイト・ヴァシリー。同い年、百一位に収まる予定の者。自分よりも下ではある。だが其の実力は侮れない。自分と同じ、火属性の魔術を得意としているらしい。差異といえば、彼女は他に水属性、自分は光属性の魔術を嗜んでいるという事だろうか。
見た目も・・・先の嫌味から来た悪印象を抜きにすれば、贔屓目に見なくても整っている。
まるで揺らめく炎の様な、ウェーブの掛かった紅い長髪。釣り上がり気味の眉に、えらく気の強そうな群青色の瞳。高く整った鼻と薄くも艶のある唇。文句無しの美人だろう。・・・ふんっ!私程じゃないけどね!・・・とは口には出さず、心の中でだけ思っておく。
「ふん・・・すぐに蹴落としてやる」
ケイトは捨て台詞を吐いて、さっさと城の方に歩いていってしまう。
「あっ!待ちなさいよッ!」
負けじと追いかけるシレイラ。あんな女が先に入城するなど許せなかった。・・・無駄に張り合って二人で走った。
余談だが、この国の王城の城門から城までの道はなんと八百メートルある。其の道を全力疾走・・・入口にて大の字で突っ伏した彼女等が再び叱責されるのは当然の事であった。
「あんたの所為でッ!」
「あなたの所為でしょうッ!」
長い付き合いになるライバル同士の最初の邂逅はこんなものであった。
そして記念すべき最初の勝負であった競走だが、二人はほぼ同時に入城した。少し遅れてスタートしたシレイラが並んだあたり、僅差でシレイラの勝利と言えるかも知れないが。
「決闘よ!」
等と言い出したシレイラ。今思えば短絡的であったと思えども、あの場の空気、お互いの雰囲気、そしてその後の事を鑑みるにそれ以外の選択肢はあり得なかったとは思う。
騒ぎを聞き付けた・・・先程の疲れていそうな男が再び現れた。
「まーたお前らか・・・」
ガリガリと煩わしそうに頭を掻きながら、「俺も忙しいんだけどなぁ・・・」と愚痴りつつも訓練用アリーナがあるらしい、兵団の区画への案内をしてくれた。
返事を書いた手紙に封をし、羽ペンからインクを抜く。しょっちゅう書き物をしていたが為、インク抜きをする必要が無かった、あの頃は楽しかったなぁ、と平穏ではあるが退屈な事極まりない今の生活を振り返って考える。もし、あの頃に再び戻れるのならば・・・と、もしも、の話に思いを馳せる。まあ、無駄な道楽ではあるが。
そうそう、ケイトと最初の決闘をした場所だ。思えばアレは私が初めて接した・・・。
兵団の区画は城の中程・・・どうやら地下にあるらしいのだ。
其処ではて?と思う。
兵団は総勢五百人。多少出入りしていると雖も、少なくとも四百人以上は此の城に常駐しているだろう。
地下室といえば、暗く狭く、そしてジメジメと湿気っているイメージしか無い。実家にあった地下室である、倉庫は暗くて狭かった。
当たり前の事だが、建物の下に空間を作ると、下手をすれば崩れる。実家の地下室とて、石レンガで半弧状に組まれた形で、極力強度を維持して作られて居た。それにしても、精々四メートル四方も無い空間。此の城であっても其の前提条件は変わらない筈。とても五百人を収容出来る地下室、ましてやアリーナ等の巨大化構造物が存在する等あり得ないのだ。
「其れがあるんだなぁ」
と軽く返されてしまった。ケイトも黙っては居たが、訝しげな表情を隠し切れて居なかった様に見える。私とて半信半疑で、地下に続く螺旋階段を降りて行く・・・少し開けた場所に出たところで、私達は目の前の光景に思わず言葉を失ってしまった。
大空間。そう言うに相応しい。
向こう側に見える人は点の様。目の前の金属製の柵に捕まって、下を見下ろす。が、足が竦んで座り込みそうになった。
高過ぎる。落ちたら確実に死ねる。円形の底も点に見えるくらいに。
長大、広大な縦穴。其れが目の前に広がっていた。
壁に沿う様に張り巡らされた・・・細い金属を編み合わせた様なスケスケの階段・・・手摺に捕まらなければ歩けない・・・。彼は慣れた様子でスタスタと降りて行くが、私とケイトは恐ろしくて真面に歩けなかった。
「ほら、早く行かないと今日が終わっちまうぞ」
先程迄の威勢は何処へやら、情けない事に彼女等は腰が抜けそうになっていた。
「大丈夫だって。コレは古代の遺物でな・・・ぶっちゃけ此の城の階段で一番頑丈だぜ?」
古代の遺物。つまり此処は古代遺跡という事だ。
古代文明と呼ばれる、今よりも遥かに優れた技術と文明を持ち、かつて此の地上を覇したであろう、古代人が築いた文明は、大昔、私達が文明らしい文明を築く遥か前に滅びたらしい。最近の一説では、此の地上に生命が現れる前の物では無いか、とまで言われている。少なくとも確実なのは、人間がまだ毛皮を被って石矛を振り回していた時には既に存在していたらしい、という事。
そう、そういえばだ。此の空間、地下であるにも関わらず明るいのだ。
松明を持っている訳でも無い。其の光源は壁に埋め込まれた・・・眩しい程に発光している謎の物体。
そもそも、壁からして石壁では無く、つるりと光沢のある、金属質の材質で構成されているのだ。
が、其れでも怖い物は怖い。結局足が竦んでしまう。
「・・・仕方ねぇなぁ・・・もうちょい頑張れ。ほら、彼処の桟橋まで」
斜め下方を見ると、縦穴の中心迄伸びた桟橋が見える。直ぐ其処だった。
如何にかして桟橋迄・・・此処も下が良く見えて怖かった・・・辿り着くと、彼は何やら丸い出っ張りを押し込んだ。
其の瞬間、直上より鳴り響く、低い、地龍の呻き声の様な駆動音。反射的に身構えるものの、男の腕に制される。
よく見ると、桟橋の先端、薄暗い先で、何やら太い鋼線が見える。どうやら上に引き揚げられている様子である。
暫くすると、大きな籠・・・コレは人が乗るのか?
「ほら、さっさと乗れ」
促される儘に、開いた入口から乗り込む・・・床は透けていなかった。
鋼線一本で吊り下げられているのにも関わらず、端に乗っても傾かない。
「ああ、この足元に均衡を常に保つ絡繰が入っているらしいぜ・・・どうなってるのかはさっぱり分からんがな」
コンコンと爪先で床を突つく。床の下に何か仕込まれているらしい。へぇー、とだけ思って、揺れないなら良いか、と安心する。
再び籠の中の出っ張りを彼が操作すると、戸が一人でに閉まり、籠が下降を始めた。
「此処は古代遺跡ではあったが・・・不思議な事に、"アイツら"は居なかった・・・いや、一匹だけ"あった"と言えるか」
「あった?と言いますと?」
ケイトが問う。
古代遺跡。失われし超技術の塊。そんな誰もが喉から手が出る程に欲しがるであろう、其れの探査調査は遅々として・・・いや、全くと言っていい程に進んで居ないと聞く。
各地に点在する超巨大な古代の都市跡。推定数千年以上経った今でも其の威容を誇る遺跡群は、探索者達を冷酷に拒む。
鋼の魔物。
剣尖、矛、矢。そして魔術より出でた氷の大槍、火炎弾、風の刃。如何なる攻撃も弾き返す鋼の身体を持ち、返す刀で鉄の鎧をも麻布の如く貫く鋼の礫の嵐や、人を血肉も残さぬ程の豪炎を放つ。彼の言う"アイツら"とは是等の事を指す。
其れ等が跳梁跋扈する古代遺跡は、この世で最も危険な場所。其れは今迄一度足りとも侵入者が帰るを許した事が無い事からも明らかである。誰一人として其の魔物達と遭遇して打ち勝った者は居ない。
「ああ・・・鋼の魔物は・・・血の通った生き物では無かったという事だ」
「「!!?」」
まあ、全部とはまだ言い切れないんだがな。と付け加える。
「そうだな・・・実際に見てみるのが早いだろう」
其処で初めて、気怠げな彼が笑みを見せた。子供っぽい、自慢の玩具を見せびらかそうとする様な笑みであった。
籠が最下層に到達した。広大な円形の空間に、点々と山積みされた武器、食料、衣料品。物資の集積所として使っているのだろうか。
「もともと、あのリフト・・・今乗ってきたヤツの事だが・・・アレは物資を運ぶ為の物らしいからな。この城の予備糧食とかも此処で保存してる」
気付けば、周りには兵団員とおぼしき人々が歩き回っている。順位は分からないが、老若男女、強そうな奴も弱そうな奴も居る。まあ、魔術師は見た目では測れないのではあるが。例えば横合いの・・・木箱の上で鼻提灯を膨らませている、まるで子供の様な男の子とて、もしかすると、いや、もしかしなくても恐ろしく強い筈だ。・・・多分。
「訓練用アリーナはあの大門の横を潜った所だが・・・ついでだ。アレを見せてやるよ」
そう言って、カツカツと、硬質な足音を立てて先を歩く彼・・・そういえば、名前は何と言うのだろうか。結局、未だ聞いて居なかった。後で機会を見て伺おう。
向かったのは、訓練用アリーナとは逆方向。長い、そして広い通路で、大きな横穴が一定間隔で存在する。其の中では、兵団員と思われる人々が、思い思いの過ごし方をしていた。そして、遂に其の最奥部に到達した。
「・・・門?」
ケイトが思わず声を漏らす。
門だとしたら、恐ろしく巨大だ。先程通って来た城門の、優に十倍以上の大きさがあるのではないか。
目測では、幅四十メートル前後、高さは・・・幅よりも少し小さいくらい。
というかこんな物どうやって開けるのだろうか。重すぎて開けられないのではないか?とは思う。
「こっちだ。此れは確かに門だが、俺達が通るには大き過ぎるし、無駄だからな」
門の横に小さな出入り口があった様だ。其方を潜り抜け、中に入る・・・中は真っ暗だった。
「この空間が発見されたのは、今から約四年前。殆ど最近の事だ」
門の中央の方、彼の背中を頼りについて行く。
「切っ掛けは些細な事・・・まあ、"何処かの"阿呆な兵団員が当時のこの城の大広間で大喧嘩をやらかしたらしい。其の余波で床が壊れて・・・地下に途轍もない空間が在る事が分かった」
暗闇の中に・・・点々と光る・・・多色の光点。
「近衛魔術兵団より二十名から成る決死隊が編成され・・・未知の遺跡の強行調査に乗り出した」
此処で待て、と制され止まる。
「序列第一位から二十位の精兵だ。だが、今迄真面に手が出なかった超巨大遺跡の調査・・・生還は絶望視されていた」
彼が壁際迄辿り着いたと思われる。何やら壁面を探る気配がある。
「だが、拍子抜けな事に、この遺跡はもぬけの殻・・・古代の武器や日用品と思われるが少しあっただけ・・・其れ等は過去に探索されていた、小規模な遺跡から見つかっている物が殆どで、価値はあるが然程驚かれる物では無かった・・・だが一つだけ・・・とんでもない物が眠っていた」
バチン、という音の後、空間に明かりが灯る。
ケイトも私も、思わず後退りした。冷や汗が止まらない。
先ず目に入ったのは、巨木の様な鋼の脚。腕には巨大な・・・古代の武器。頭部には幾つかの光りが灯り、チカチカと、一定周期で点滅していた。
鋼の巨人。そう形容するが最も適切だ。
「調査団が踏み入った時、コイツは既にこの状態だった。どうも生きてはいるらしいが・・・襲い掛かって来るでも無かった」
圧倒された。其の一言に尽きる。もし此れがこの瞬間にでも襲い掛かって来たら・・・そう考えるだけでも恐ろしい。
「そして此奴はどうやら此の施設のエネルギーの元となっているらしい・・・ほら、あの太い筒が見えるか?」
鋼の巨人は、壁から伸びた何本もの太い光沢のある紐の様な物に繋がれていた。
「あれが此の施設を動かすエネルギーが流れる管だ。此処には探せば大小問わず、其処ら中にある」
膝を折って伏す鋼の巨人。一寸たりとも動く気配は無い。だが、此方を睨む、光の目は、確かに私達を見ていた様に思えるのだった・・・。
家の裏に周り、薪の束を持って台所に運び込む。これで晩御飯を作る迄はやらなければならない事は無くなった。
アレに度肝を抜かれた私達は、その後の模擬戦ではあまり力が入らなかった。結果から言えば私の辛勝。魔術での撃ち合いから、近接格闘戦に持ち込んだタイミングが良かった。当時、ケイトと私で言えば、魔術はケイトが、体術では私の方に分があった。まあ、最終的に魔術に関しては超える事が出来たのだが・・・。
あの模擬戦を終えた帰り道。彼は部屋迄案内してくれると言った。其の途中の出来事も、中々に衝撃的だった・・・。
模擬戦は私が辛うじて勝った。ケイトの悔しがり様といえば、見ているだけで一週間は楽しめるだろう。圧倒的勝者の余裕、と題せるであろう表情で、散々に見下してやった。・・・快感だった。
戦いの結末といえば、『フレイムボール』を叩きつけると同時に、ナイフを抜いて突撃、組み伏せてナイフを突き付けた事で勝敗が決した。
だが、一歩間違えば敗北していたのは私だろう。魔術の威力では完全に負けていたし、運用でも彼女の方が上であったと、悔しいが認めざるを得ない。あの儘魔術戦を行っていれば負けていた。
で、其の帰り道だ。未だ名も知らぬ彼に連れられ、一度物資集積所に出た時だった。
「ライノ!此処に居たか!探したぞ!」
突如、怒鳴りながら駆けて来た一人の男。若い。私達と同じか少し上くらいではないだろうか。
ライノ。そう呼ばれた、今の今迄案内をしてくれていた男は、見るからに嫌そうな、本当に嫌そうな顔をして、苦虫を百匹も噛み潰した上、一緒に蛞蝓迄も食べてしまった様な、渋々といった様子で口を開く。
・・・ライノ?何処かで聞いたことがあるような、無かったような。
「あー・・・アーウェン、何か用か?俺は忙しいんだが」
アーウェンと呼ばれた男。・・・凄くウザそうな、良く言えば熱い男は、「おう!!」と、ライノとは対極的な嬉しそうな態度で返事をする。
「勝負だ!」
「うっせぇ」
バゴンッ!と凄まじい打撃音。目にも止まらぬ速さで振り抜かれたライノの拳が、アーウェンの頭部を薙いだからだ。遅れて起きた風がシレイラとケイトの髪を撫でた。
が、其れ程の一撃を貰ったアーウェンといえば、何事も無かったかの様に・・・結構向こうに吹っ飛んではいるが、無事に立っていた。
「逃げるぞ!」
「うえっ!?ええっ!?」
「あっ!?ちょっ!?」
肉体強化術を行使した様だ。ケイトと私の腕を引っ掴み、猛烈な速度で走り出す。
慌てて自分も肉体強化術を使用。ケイトも続けて行使。
其れを確認したライノは床を蹴り破るのではないか、という勢いで大ジャンプ。遥か上にあった金網の足場に着地した。
「「うわわわわ!!?」」
浮遊感と加速度が物凄く胃の腑に来た。吐き散らすかと思った。・・・ケイトと声がかぶった。ちっ。
一瞬の出来事だった。よくもまあ、咄嗟にでも肉体強化術が出たな、とは思う。もし使っていなかったら、肩が外れていただろう。
少し、非難の意味も込めて、じとっ、とライノ(仮)を睨みつけてやる。彼はどこ吹く風といった様子で其れを受け流す。少し階段を登り、横穴に入る。
「ここじゃあ、あんなもん挨拶みたいなもんだ」
其処で一気に雰囲気が変わった。
今迄は鉄の世界。だが此処からは・・・豪奢な館といった風情の空間だ。
照明こそは変わらぬ、光る謎の物体ではあるが・・・床は絨毯に、壁面は精緻な装飾が施された塗り壁。並ぶ扉は木製の、見慣れた形の物であった。
「ここが居住区だ。お前らもここで暮らす事になる」
魔力を身体から放出しながら、前に進む。立ち並んだ扉は・・・少しずつ異なる。
同じ木製でも、明らかに材質や仕上げが違うのだ。手前の方は・・・それでも十分に立派なのだが、奥の方に比べると粗末だ。奥の方は見るからに、触ってはいけないのではないか、と思ってしまいそうな程に立派な、一枚板の扉だった。
私達はかなり奥の方だった。序列によって決まっているらしい。百位の扉は、そこそこに立派。壊したら大変だと思える程には。
「・・・・」
チラチラと此方の扉と自室の扉を見比べているケイト。そう、私は百位以内。彼女は一つとはいえ、百位以下・・・結構、違った。
向こうの扉は金具で留められた板を貼り合わせた物。此方は仕上げの悪さは拭えないが、腐っても一枚板。強度も防音性も違う。
「・・・ふんっ!」
そっぽを向く彼女に対し、私は勝者の余裕の表情・・・ふふふ。
「そういや、まだ自己紹介をしちゃいなかったな」
そうだった。彼もしていなければ、自分達もしてはいない。此処は後輩となる、自分からすべきだろう。
「わた「私は・・・」・・・」
全く考えを同じくしていたらしい、ケイトと声が被り、視線が交錯する。そして、同時に逸らして舌打ちした。
「・・・実はお前ら仲良いだろ」
誰が!とは思ったのだが、先輩相手に怒鳴る訳にもいかない。初期の印象は重要なのだ。
・・・ライノの中の二人の既に印象はボロクソなのだが、其れには未だ気付いていないのであった。
一つ咳払いをして、仕切り直す。
「「わた・・・」」
突掴み合いになった。
ライノ・パシアル。当時の近衛魔術兵団、第一位。兵団長を務める最強の男だった。彼は兎に角強かった。
あの後、私達二人はどんどん序列を上に上にと駆け上がった。あの日、物資集積所で見た、あの暑苦しい"元第二位"のアーウェン・フッドも最終的には降した。
・・・だが、彼にはどうしても敵わなかった。地力の差というのだろうか。どう逆立ちしても勝てる気がしないのだ。
窓を開けようとして、とってが無い事に気付く。確かエリィが壊した所だった。仕方なく、隣の窓を開け、外を眺める。
初任務。誰とて初のつく物には緊張するものだろう。・・・その筈。何方にしろ、印象深かったのは確かだ。
兵団に入団してより一年程経ったある日。ライノに呼び付けられ、私は初めての任務を与えられた。この一年間は、軍人としての教育を受けていた。甘さを無くすための期間だった。
「・・・南方征討の随伴?」
この時、私はなんと序列第四位。ケイトは第三位だ・・・この間は不覚をとった。次はボコしてやる。
「そうだ。ケイトと・・・あと第五位も付ける。国防軍と諸侯軍、計四万五千の支援をしろ」
現在、王国は南部への侵攻を続けている。昔から南方は常に遊牧民族の浸透に悩まされ続けており、武力衝突が絶えなかった。そこで、もう、追い落としてしまえ、と南方にある海岸線まで侵攻、領域を拡大する事となったのだ。
現在、約十万の兵力が動員され、断続的に攻撃が続けられている。
厄介な遊牧民族と雖も、結局、一つ一つは小規模。撃破は容易だった。
が、問題が一つある。
「魔族、ねぇ・・・」
魔族。獣人でもなく、人間でも無い。単純に大きな耳と尻尾が生えて、毛深い程度の差異しかない獣人と比べても異形。肌の色も、身体的特徴も・・・そして何より魔術の質が違う。
人間でも一部限られた人間しか扱う事の出来ない魔術。其れを大抵の魔族は、人間を遥かに超えるレベルで行使する事が出来る。
彼等の撃つ『ファイアーボール』は、人間で言う『ブレイズバスター』の様な物。魔力量の最大値が圧倒的であり、効率も高い。
南方征討軍は、各地に点在するらしい、コレらに苦戦している。魔術師は戦場において、恐るべき力を発揮するからだ。
魔術師は杖の一振りで数十、下手をすれば数百の兵を倒す可能性を秘めている。通常の兵士は其の剣尖を届かせる前に力尽きるだろう。
通常兵力で魔術師を倒す方法は主に二つ。
一つは相手の魔力切れを待つ事。当たり前の事だが、魔術師とて魔力が尽きれば、単なる疲れた人だ。農民でも殺せる。だが、当然、その魔術師の持つ火力を全て使わせるということは、其れを受ける者が必要になるという事。多大な出血を強要されるだろう。
二つ目は数で圧殺する事。最終的な犠牲の数で言えば、此方の方が効率が良いだろう。火力を発揮させず、圧殺する。理想的だ。
だが、問題は兵士の心理的な物にある。当然、先鋒は凄まじい犠牲が出るだろうし、ほぼ確実に死ぬ。兵士達とて人間だ。そんな死地に自ずから飛び込んで行くだろうか?
何方にせよ、大きな犠牲が出る。では、適切な対処方法は無いのか?と言えば、最初の話に戻る。
簡単な事、此方も魔術師をぶつければ良いのだ。
相手の魔術師とて、此方の魔術は無視出来ない。勿論、此方も然り。自ずから魔術師同士の戦いとなるのだ。
お互いの魔術師が封じられた段階で、通常兵力を用いて片を付ける。其れが常道だ。
今回、相手は寡兵。魔術師の手を一杯にしてやれば、兵士が倒すだろう。
「宮廷魔術師団からもなんぼか魔術師は来るが・・・念のためだ。了承してくれ」
拒否する理由も無い。はっ、と返事をする。だが・・・。
「第五位、かぁ・・・」
第五位。珍しくケイトとも意見が一致した、最も軍人らしく無い団員。
「あー・・・まあ、他意は無いよ。単純に三から五位ってだけで選んだから」
一応示威も含んでいるんだ、了承してくれ、と告げられた。
「はぁ・・・」
溜息しか出なかった。
「アーウェンには言っといたが・・・他のにも言っといてくれよ」
ケイトにも命令内容を伝えた後、第五位の居ると思われる場所に向かう。
場所は・・・城の裏庭。
長い事この上無い階段を上がる。・・・半年くらいは怖くて仕方が無かったこの階段だが、慣れというのは凄い物で、もう何とも思わない。
最近は単純に面倒だなぁ、と思うのみであった。
地上に出て、屋外に出る。生の日差しはやはり気持ち良い。適度に暖かい太陽の光を浴びながら、深呼吸するのは最高の娯楽ではないか?とこの瞬間は思う。
そして・・・クソ面倒くさい事に、この阿呆みたいに大きな城をぐるりと周り、裏庭まで行かなくてはならない。
遠い。肉体強化術を使って一気に行きたい衝動に駆られるが、非常時でも無いのに、城内で魔術なんて使ったら後で何を言われるか分かったものでは無い。一応、国王のお膝元だから・・・。
芝生の上をひたすら歩くこと十分と少し。漸く、裏庭と呼ばれる場所に辿り着く。
立ち木に囲まれた中央に向かう。多分、目的の人物は其処にいる。
芝生であった足場が白い石畳に変わり、道以外の地には色とりどりの花が咲き乱れる。いつ見ても綺麗な光景だ。花の名等は全く分からないのだが。
支柱に支えられた蔓で構成された門をくぐると・・・居た。
石畳よりも更に白い白亜のオブジェ。
噴水と言うらしい、水を一人でに吐き出し、形を持たぬ水すらも芸術に使おうとは、コレを考えた者は相当な偏屈者だろう。
その淵。段差に腰掛け、水面に手を伸ばしているらしい、歳は十二程の小さな女の子
名をメル・セトラという。見た目通り、現在十二歳。今年の末で十三になる筈。藤色のショートカットの髪に、くりくりした大きな灰色の瞳。可愛らしい少女だ。
強力な光、水の治癒魔術が得意で、一説には死者を蘇らせた事もあるとか、無いとか。
だが、そんな話を抜きにしてもだ。殆ど死にかけている人でも、すぐに無傷の状態にしてしまう。如何なる難病も治癒し、切り落とされた四肢をも修復してしまう。
勿論、第五位というからには、戦闘能力も高く、光属性魔術『ホーリーカノン』や、水属性魔術『アイシクルスピアー』を織り交ぜた遠距離攻撃の火力は圧倒的である。結果的にはシレイラにもケイトにも攻略されてしまったのだが、彼女相手に遠距離戦を挑む事は自殺行為だろう。
だが・・・彼女は・・・。
「あっ、シレイラお姉ちゃん!」
向日葵が咲き誇る様な、活快な笑みを浮かべ、トテトテ、と寄ってきた。そして、ばふっ、と胸に飛び込んで来る。
「もう、甘えん坊さんなんだから・・・」
頭を撫でてやると、気持ち良さ気に目を細め、ぎゅうぅぅ、と抱きつく。本当に癒される。
・・・彼女は幼くして、家族という家族を全て失っている。甘え足りなかったのだろう、と思い、ケイトも私も良く可愛がっている。何せ部屋も近いし。
「こらこら、お仕事のお話をしないといけないから聞いてね?」
名残惜しい気持ちは山々だが、何時迄もこうしている訳にはいかない。何とか、己の自制心を振り絞り引き離す。
「はぁーい」
今回の任務。南方への遠征について、噛み砕きながら説明する。いくら魔術師として優れていたとて、所詮頭の中身は子供。分かりやすく説明してやらないと分からない。救いは、きちっと大人しく話を聞いてくれる事だろうか。
「うーん・・・旅行だね!」
物凄く短絡的に解釈された気がするが、多分分かってくれている筈・・・説明責任は果たしました。はい。
「はいはい・・・もうすぐお昼ね。お部屋に戻りましょうか」
「はぁい」
ぴょんぴょん、とスキップしながら後を着いて来る。ちゃっかり手を握っているのは、何時もの事。
自分にもいつか、子供が出来たらこんな感じなのかなぁ、としみじみと思う。・・・軍属をやっている時点で行き遅れそうな気がして止まない。
密かに、退役もそこそこ早めにしないとなぁ、と思いつつ、隣で鼻歌を歌う小さな少女を見やる。
・・・本当に、まだ子供だ。
基本的に殺しを生業とする軍属。そんな組織にこんな子が居る。違和感を抱く私はおかしいのだろうか。
守ってあげたい。
力だけでなく、精神的にも。
可能な限り、この子の近くに居よう。そう心の内で誓った。
今から思えば、エリアスという娘を持ちながらも、街中を手を繋いで歩いたり、かつて夢見た事は何一つしていない。
機会があったら良いな、と己の所業でありながら、苦笑する。
明朝、私、ケイト、そしてメルは騎乗し、南方への援軍に追随する形で出立した。
道程は長かったが、全員柔な鍛え方はしていない。メルでさえ、道中鼻歌が途切れなかった程だ。
自然と表情が綻ぶ。
前線のすぐ後方の目的地に到達したのは、ストラトリオルを出立してより、約一週間半の事だった。
南方は少し暑く、カラッと乾燥していた。木々は香油が取れるという実がなるという、オリーブなる木が多かった。
・・・今更だが、この隊。女ばっかりだな、と気づく。一応、兵団内の比率で言えば、男性の方が多いのだが。
「・・・暑い・・」
何やらケイトがごねている。メルが水属性魔術『アイスアロー』で氷を作り、くれた。はしたない事に、ケイトは舐め回していた。品が無い。
それは兎も角。明日から前進する事となっている主力に随伴する。其れまで私達は束の間の休息をとる事が出来た・・・。
だが、この時の楽観的な私達は知らなかった。
この戦いが、前代未聞の激戦となる事を・・・。
誤字脱字などなどが御座いましたらご指摘よろしくお願いします。




