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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第一章
34/94

膳立、終了

やっと投稿できました。


すこしばかり休みを満喫したので、また頑張れます。

恐ろしく速い氷の矢。発射と同時に聞いたことも無い様な爆音が轟く。


其れ迄相手が撃っていた氷の大槍も速い。が、コレは比べ物にならない。


本能的に回避する。食らったらお終い、そう自分の直感が言っている。


幸いな事に、あまり連続では放って来ない。魔力を食うのかは知らないが、此れは僥倖。


初動で矢の向きさえ見ておけば、あくまで直線的な動きなので回避は可能だ。


相手もかなり身体能力が高い。ほぼ自分に匹敵するのではないだろうか。が、後ろを向いているのと、前を向いているのでは、前を向いている方が速いのは自明の理。例え多少回り道を要しても、だ。


遂にハルバードの攻撃範囲にエリスを捉える。が、其の剣撃は彼女がローブの下から突如抜き放った短剣に阻まれた。


彼女は後方に大きく吹き飛んだ。恐ろしく軽い身体だ。まあ、人間の子供ならば此の程度だろう。人間ならば大人でも容易く弾き飛ばす其の斬撃だ。子供の身体等、砂利を蹴散らすに等しい。


しかし、彼女が吹き飛んだ方から、恐ろしい妖気が漂って来る。此の感じ、明らかに格が違うが、以前遭遇した事がある。


「魔剣、か」


魔剣、文字通り魔力が込められ、超常の力を発揮する剣。実は以前、自分は其の魔剣を持つ者に相対した事がある。


其の相手は魔剣の魔力に飲まれ、既に人としての能を完全に失った、其の剣を振るう為だけの肉塊だった。


当時の自分は少々苦戦、あまりの捨て身の攻撃に、腕に切り傷を負ってしまった事は、衝撃的だった。何せ脚を落とせども、腕を落とせども、完全に生命活動を停止させる迄は抵抗して来るのだ。


何の変哲も無い、中年の人間の男だった。身体を鍛えている訳でも無い、況してや剣術を嗜んでいる訳でも無い。そんな男が己に小さいとはいえ、手傷を与えたのだ。


そんな物をより強大な身体能力を持つ彼女が手にした。警戒するに越した事は無い。しかも、魔剣に操られている様子も無い。己の意思で振るう魔剣、其の力は如何程の物だろうか。


おまけに其の魔剣、其の魔力から明らかにエリスの気配がする。自作の魔剣、まさかとは思いつつも、確かに己の感覚はそう訴えている。そして、其の気配。背筋に寒気を憶えさせる程の凄まじさ。


と、其の時、破れかけであった黒いローブを、彼女が脱ぎ捨てた。


現れたのは、紫色のドレスを身に纏った光る様な銀髪の少女。ワンピースの袖、スカートの裾から伸びる、細く白い、しかし目に見える程に筋肉が脈動するしなやかな手足。襟から覗く染みもくすみも無い肌を浮き上がらせる鎖骨。仮面の下から覗く感情をあまり読ませない、鋭い赤い眼。


完全に見た目は人間の幼女、しかし放たれる威圧感、ひいては魔力の波動は凄まじい。


試合開始時から漏れ出る凶悪な其の魔力は、より一層濃度を増し、最早常人では相対しただけで、いや、相対する事も叶わないか。


数日前、此の街では魔力災害と呼ばれる事件が起きた。街を飲み込んだ魔力波動は市民を瞬く間に行動不能に追い込み、かく言う自分も驚き飛び上がってしまった始末であった。


間違い無い。魔力の発生源は此の少女だ。何をして居たのかは分からないが。


其れが目の前から、自分に向けられている。これ程恐ろしい事が他にあろうか。


が、一方で其のシチュエーションに心を滾らせる己が居る事も確か。此の少女を倒せと心が叫ぶ。


相手が身構えた。もう決めるつもりらしい。膨大な魔力が彼女の此方に向けた右手に収束する気配がする。あれだけの魔力を用いて放たれる魔術、おちおち発動させるつもりは無い。


全力の跳躍、頭から股間迄、一刀の下に両断せんとハルバードを振りかぶる。


一撃必殺、其の体現とも言える一撃。が、其の剣尖が彼女の頭を叩き割る事は無かった。


己の斧槍、そして身体さえも不可視の力に捕らえられ、宙に浮いた儘身動きが取れなくなってしまったからだ。


力で振り切ろうにも、頑として指先一つ動かす事も叶わない。


が、向こうはそうでは無いらしい。不可視の謎の力を操り近くに手繰り寄せ、おぞましい、近付けられるだけで生気を吸い取られる様な気配を放つ短剣を胸元に突き付けて言う。


「降伏、するか?」


降伏、諸手を挙げて降参するという事。認められない。こんな訳の分からない形の決着等。まだ全力も出していない。相手の力を封殺するという理に適った戦法かも知れない。が、納得出来る筈が無い。


「くっ・・・ッ!」


が、其の時、視界の端に観客席から飛び降りる人影を捉える。何のつもりかと思った直後だった。


「!?」


目の前のエリスが反応、一瞬の内に魔力が収束、薄っすらと光を放つ壁と、先程此方に放って来て居た、超高速の氷の矢を撃ち出す。反応から行動迄の速度が恐ろしく早い。先程の遅い魔力収束は、完全に誘いだったのか、と今更ながら気付いた。


突如身体の拘束が解かれ、地面が迫って来る。同時に左から飛んで来る風の刃。後方に大きく飛んで回避する。


勝負への横入り、しかし其れに助けられたという屈辱感。顔に泥を擦り込まれた気分だ。其れに助かった、と思っている自分を認識し、更に腹を立てる。


横槍の下手人、緑髪の女・・・所々に金の刺繍を施した白い長衣。手には白い金属製の短杖。間違い無い。真人教の、其れもかなり高位の者だ。


其の女は此方には見向きもせず、エリスと対峙する。氷の矢を逸らすにもやっと、と言う感じであったが、勝負になるのだろうか。


其処で、エリスの仮面が外れている事に気付く。此処からでは横顔しか見えない。が思わず、ほぅ、と感嘆の息を漏らす。


美しさ、可愛らしさよりも不気味さの方が先立つ程迄に整った顔だ。芸術等はわからない。が、完璧な芸術作品とはこんな物なのだろうか、と柄にも無くそんな事を考えてしまう。


彼女の手の内の魔剣も、其の本性を曝け出した。ギャリギャリと耳障りな金属音を響かせながら、まるで生きているかの様に変化する。正直言って、気持ち悪い。突き付けられた時の不快感の正体が分かった気がする。


して、どうするか。乱入するのは容易い。先に乱入して来たのも向こう、文句は無いだろう。が、其れではあまり興が乗らない。


結局何の行動も起こせず、目の前の二人の戦いが始まってしまった。













討伐、ねぇ。


俺はそんな悪い事をした記憶は無いのだが。


大分前に真人教のおっさんに突っかかった、というか鉄拳制裁した事は覚えているが。


枢機卿。かつてのローマ・カトリックでも高位の者。真人教についてはツィーアからも予備知識を少し教わって居たので、枢機卿が如何に高い身分であり、そして実力者の称号であるかは分かる。


事実、俺としては割と自信策であった『高速アイスアロー』を対魔障壁で弾いて見せた。魔術戦にはかなり強いと見て正解だろう。


・・・冷静に考えればだが、俺は此のアマと戦う必要はあまり無いよな。スィラをとっ捕まえて、はい試合終了、でいいのだよな。其れでさっさと賞金と副賞を貰って帰って良いんだよな。


と、目の前の緑髪の女、フェリア・コンクルスと名乗った其れの風の刃を適当にいなしながら考える。


成る程、かなり威力の乗った、速く重い風の刃だ。が、其の程度では此方の対魔障壁は撃ち抜けない。元々防具が無いのだ。固めるのは当然。


先程は油断して前面しか警戒していなかったが、もう同じ手は喰らわない。


が、此方からの『高速アイスアロー』も安定して防がれてしまっている。時折『ブレイズバスター』やら『アイシクルスピアー』も織り交ぜているが、かなり頑張っている様に見えるが、何とか、と言う感じで防がれている。


彼女の魔力のストックはガリガリ削れていると思われるが、先程長衣の下から取り出した謎の瓶から何かを飲むと、瞬く間に顔色が戻った。魔力や気力を回復するのだろうか?気になる。


其れを繰り返す事数回、未だ俺は兎も角、向こうも燃料切れになる様子は無い。この状況を打開する為の、次の一手が必要だろう。


彼我の距離は四十メートル程。こまめに移動しながらも、其の距離を保っている。


スィラと言えば表情を消し、じっと此方の戦いを見ている。一対一に拘っているのだろうか。明らかに今回は乱入された形なのに。律儀な奴だ。


さて、一撃を入れてやる為には不意を突かねばなるまい。今は俺もフェリア氏も魔術を撃ち合うだけの単調な戦いを演じている。其の流れを変えてやろう。


『高速アイスアロー』発射と同時に右斜め前方に跳躍、放たれた『ウールワインド』をやり過ごす。左前方に更に跳躍、其処でフェリアは、俺が距離を詰めようとしている事を認識した様であった。だが、遅い。


慌てて新たな魔術を発動させようとする。状況こそ先程スィラがアタックした時と似ている。が、今回は俺の方が速い。


ほぼ二足で四十メートルの距離を詰めた俺は、突き出された彼女の短杖を引っ掴み、其の儘握り潰す様にへし折る。


一度足を突いて方向転換、フェリアの細い右手首を掴んで彼女の背中側に回り込みながら捻る。


「ぐっ!!?」


後ろ手に抑え、引き倒す。良くある取り押さえの形だ。しっかりと肘と肩を極める。


「何のッ!!」


と、決めたと油断していた所、何と右肩を外し、左掌を向けて来た。明るい緑色の魔力の収束。上級クラスの魔術を発動しようとしている。此方に向いた顔は、肩を外した事による苦悶と、勝利への希望が織り混ざった表情。


真面に上級攻撃魔術を貰うのも馬鹿らしい。自らの身体すら犠牲にする相手だ。手っ取り早く魔術をキャンセルさせる方法。


相手の左手首を掴み、足を脇に押し込む。其の儘屈伸。


僅かな抵抗の後、勢いで後ろに放り出される。慌てず着地。


若干返り血が飛んだな。して、手に持っていた、"用済みとなったモノ"を放り投げる。


「あっ・・・ッ!!ぐうぅ・・・ッ!!!?」


一瞬、彼女はやられた事を認識する事が出来なかった様だ。無様に悲鳴を上げなかった事は褒められるべきだろう。


簡単な事、力に任せて腕を引っこ抜いた。筋が千切れる感触がこの上無く気持ち悪かった。二度とやりたいとは思えない。


先の試合で腕を吹っ飛ばされた奴は、冷静さも失って喚いていた。が、フェリアは慌てず・・・いや、適度に慌てているか。しかし、満足に動かない外れた右腕で、何とか水属性治癒魔術を発動、二の腕から先が無い左腕の傷口を塞ごうとする。が、どうやら上手くいかなかったらしい。


態々回復を待ってやる程、俺はお人好しでは無い。殺るなら徹底的に。当然だ。


が、今回の目的は殺傷では無く、無力化。相手を戦闘不能にする、若しくは戦闘の意思を奪えば勝ちなのだ。


闘志は未だ失ってはいない様子。身体はもう限界に見えるが。血を失い過ぎた顔は青白く、今も閉じ切らなかった傷口からは鮮血が滴る。放って置いても其の内死ぬだろう。


が、油断して後ろから一発貰うのも馬鹿らしい。少なくとも気絶、若しくは止めを刺しておかねばならない。


『ドラゴンブレス』、火炎放射で焼き払う事にした。無詠唱、腕を砲身とし、青白い高温の鬼火が噴き出る。如何なる原理であろうか。其の炎はまるで生きているかの如く伸び、フェリアの体躯を骨迄焼き尽さんと飲み込もうとする。


が、炎が触れる瞬間、炎の向こうで何かの影が動いた。フェリアが最後の足掻きに何かしたかと思い、其の儘炎を放つ。


しかし、三秒程炎を噴射した後、火と煙が明けた時、小さく舌打ちする以外になかった。


「・・・逃がしたか」


フェリアの居た所には何も残っていない。跡形も無く燃え尽きたのか、と思うかも知れないが、燃焼時間と炎の温度的にはあり得ない。金属の装備品も身につけていた様だし。


まあ、良い。追い払えたのなら僥倖。一先ず最低限の目標は達成出来た。


混乱している観客と審判を尻目に、何故か棒立ちして阿呆面を下げているスィラに向き直る。さっさとスィラを捕獲して帰ろうか。・・・そういや従者とかいうモノが必要だったな。彼女にやってもらおうか。負けたら奴隷、だからな。


スィラの方にてくてくと歩く。何気ない足取り。其のせいか、彼女が我に返ったのはもう、俺の腕が彼女に届く距離であった。


「なっ、何を・・・いっ!?」


念力の様な物で拘束。胴を抱えて持つ。細い腰だった。まるで荷物の様な運び方だが、この際我慢してもらおうか。


「なっ、馬鹿!離せッ!!・・・うぐっ!!?」


騒ぐ彼女の胴を軽く、と言っても骨が軋む位の力で絞める。其れだけで観念してくれた様子。宜しい。


「ええっと・・・あの・・・」


審判の所に行くと、何やら歯切れが悪い。


「持って帰る」


は?と審判の声に、俺は目線で小脇に抱えたスィラを指して応える。


「あっ、はい。では勝者は・・・」


吃りながらも、進行を務める審判と司会を、ニヤつきながら見ていた。いや、だって嬉しいし、何はともあれ優勝だし。


スィラは何故か大人しかったな。諦めたのだろうか?













「やったじゃないかぁ!!コレだよコレ!!」


昼過ぎ、メアリーの店に副賞の機関砲・・・クソ重かった・・・を運び込み、はしゃぐメアリーを横目に見ながら、露店で買った串焼きとパンを齧る。串焼きは肉っぽい物だ。塩が効いていて中々イケる。パン自体は単なる全粒粉パンだが。


で、ここ迄連れてきたスィラ。むすっと不貞腐れた様子で、床に胡座をかいている。ちゃっかり先程買い与えた串焼きとパンを完食しているのが、何とも愛嬌がある。・・・おかしい?


機関砲を届けるついでに、彼女の斧槍をメンテナンスして貰う魂胆だったのだが、どうもお気に召さなかったらしい。


勿論、今の俺は普段モード。学制服に髪留めで髪の色も紺色に。最初、スィラは驚いて居たが、そういう事か、と一人でに納得していた。


で、賞金だ。受け取った袋其の物はそう大きな物ではない。が、入っていたのは重たい金貨が百枚。此れ程の量の純金を目にする機会等まず無い。暫く魅入ってしまった。いや、守銭奴ではあるまいが。コレだけあれば暫く、いや、下手をすれば一生食い物には困らないかも知れない。まあ、そう都合良く温存出来るとは思えないが。


「間違ってもこんな所で直接撃つなよ?こんな感じの骨組みを作って・・・」


一応、こんな大口径機関砲を街中でぶっ放す愚を犯させない為、簡単な、しかし頑丈な四脚の図面と、諸注意を言い付ける。・・・羊皮紙とインクペンって滲みに滲んで、線を書きにくいんだよな。ボールペンか鉛筆が欲しい。少なくとも毛筆くらいは。


「ほえ〜・・・こんなのもあるんだぁ・・・」


長く、大人の手首を超える太さの砲身をペタペタと触りながら、感嘆した様な声を上げるカルセラ。俺には無骨で角ばった旧旧式の機関砲を愛でる趣味は無いのだが、中々どうして、カルセラには魅力的に見える様である。俺には分からん。


「・・・・・・」


ツィーアと言えば、スィラの方を興味深気にチラチラと見ながらも、話し掛けるに話し掛けられないと言った感じ。ツィーアは獣人が好きなのだろうか?まあ、使用人も獣人だからな。其の可能性は無きにしも非ず。


さて、今回の失策、素顔を見せてしまった事。真人教に明らかに目を付けられてしまった事。


「スィラ」


未だ何をされるのか、と警戒感も顕に此方を睨む彼女。首には奴隷の証である、革製の首輪。闘技場で賞金を受け取る時に、同時に付けて貰った物だ。コレはちょっとした魔道具らしく、主の命に逆らおうとすると苦痛を与える、という少しばかり変わった代物らしい。勿論、本人がコレを外そうと試みても発動する。其の苦痛は本人にとって常に耐え難い物であるらしい。コレを付けて貰った時、動作テストをしたのだが、目に見えてスィラが苦しみ始めた。表情は苦悶に歪み、額には玉の様な脂汗。あまりに見るに堪えないので直ぐに辞めさせたが。


まだ彼女には何も言っていない。ただ連れてきただけ。さて、侍女になってくれと言ったらどんな顔をするだろうか。若干楽しみでもある。


「・・・なんだ」


・・・ピクピク動く獣耳が物凄く気になる。人間に無い機構だものなぁ・・・人間の耳がある部分には毛が生えていて何も無いし。


座っている彼女の前に立つと、頭が腹当たりの高さに来る。・・・耳が。


何と無く、撫でた。サラリと艶のある、が少し硬い髪質、いや、毛質か。 耳迄毛が生えている。耳は芯が通っている様に・・・いや、どうでも良いか。


「私と共に居て欲しい」


そんな事を言うと、鳩が豆鉄砲を食ったかの様な、きょとん、とした顔をする。


「まあ、君には選択肢が無い。何方かが死ぬ迄付き合って貰うぞ」


重たい言い方だが、事実だから仕方が無い。奴隷とはそう言う物だからだ。


「うーん、エリィちゃんの従者ねぇ・・・」


今更ながらカルセラが反応。そういやコイツは結構使用人を抱えて居たな。


「作法とかどうするのさ?絶対分かんないでしょ?」


そうか、使用人には作法という物があったか。何も考えずに連れてきたが、其処は盲点だった。


「別に俺は求めんが・・・そうか、人様の前に出たりする時か・・・」


そそ、とカルセラが続ける。


「使用人にはね、立ち方歩き方一つ一つにも決まりがあってね、ま、わたしも細かい事は良く覚えてないけどさ」


わたし仕えられる側だもん、と投げ出す。


「ねぇ」


スィラをチラチラ見ていたツィーア。


「うちのミムルが教えられるかも知れないわ」


そうだ、一番の理想形が近くに居たではないか。俺も獣人の扱いについて教わっておかねばなるまい。


「では、頼ませて貰おうかな」


ありがとうな、と御礼を言う。


「ううん、好きでやってる事だから・・・」


と、此処迄勝手に決められてしまったスィラといえばだが、自分の事なのにも関わらず、もう煮るなり焼くなり好きにしろ、といった様子。目を閉じて瞑想しているみたいだ。


「スィラ、行くぞ」


わしゃわしゃ、と無防備な頭の髪の毛を耳ごと掻き回す。あ、耳がふにゃふにゃしてて気持ちいいな。


「う、うわっ!やめろっ!耳がぁ!!」


反応も面白いな。小まめにやってやろうか。


「スィラ」


ずい、と鼻が付きそうな程に顔を近付ける。やはり綺麗な顔だ。金色の瞳孔は少し人間とは異なる形だな。今気付いた。


「な、なんだ!?」


若干引かれた気がする。まあ、良い。


「これから宜しくな」


またもや、きょとん、と情けない顔をする彼女。いやはや、こんな顔をされると、コイツは俺をなんだと思っているのか、と言ってやりたくなるな。


「あ、ああ・・・」


少々歯切れは悪いが、了承したものとしよう。


さて、良い事もあった。新しい仲間が増えた、という事だ。今のところ信頼関係のしの字も無いが、其れは後々、という事で。


何はともあれ、俺が扱える強力な人物だ。見た目良し、戦って強し、初めての配下(?)だ。


あと、この少々ボロい格好はなんとかしてやらねばならないな。少し臭うし。帰ったら風呂に突っ込んでやろう。


「ではな、メアリー」


カルセラとツィーアを伴って帰路に就く。帰ったら、校長にも報告せねばならないな。色々あったし。


スィラを住まわせるにはどうすれば良いか、というのも聞かねばならない。


やっと武闘会という面倒事が終わった直後だが、やる事が山積みだ。


「あなたは今まで何をしていたの?」


思ったよりもスィラと打ち解けているのは、ツィーアだ。最初は渋々といった様子で応えていた彼女であったが、徐々に自らも何かしら話す様になった。盗み聞く限りでは、彼女は今迄何処を目指すでもなく、修行の旅を続けていた時、偶々この武闘会の話を聞き付け、腕試しにと参加したらしい。で、負けてこのザマと。其れは運が悪かったな。解放してやる気も今のところ無いが。


「ねね、エリィちゃん」


カルセラの青い頭が近くに来る。


「明後日の立食会、出る?」


はて、何かイベントがあっただろうか。学校の行事にはそんな項目は無かった気がするが。


「あっ、うちの主催なんだ。まあ・・・その・・・お別れ会、みたいな?」


・・・ああ、そんな物もあったな。もうすぐカルセラとも暫しのお別れか。暫し、と言っても、遠い、この様な時代では遠い異国のお姫様なのだ。身分は天と地程も異なり、住む場所も地平の彼方、空を飛べぬ人間が見る世界は格も広い。次に会えるのは一体何時になるのであろうか。


「何時でも会えるよ!・・・何なら一緒に来てもいいんだよ?」


すっ、と目を細めて流し目をする。冗談であろう。そう簡単に我儘が通るものか。


「・・・約束は守るぞ?」


つん、と割と広いおでこを突っつくと、あう、と奇声を上げて怯む。可愛い。


「う〜・・・」


何とも庇護欲をそそる上目遣い。だが、コイツの場合、コレは計算され尽くした仕草なので、引っかかってはならない。


「ちっ」


引っ掛からなかった事に、一目も憚らず小さく舌打ちをするあたり、まあ、俺も信頼されているなぁ、と思う。あと、猫は被れ。少なくとも人前では。


「エリィちゃんの前だけだもーん♪いいじゃんいいじゃん♪」


腕に絡みつくカルセラ。暑い。今度はこっちが舌打ちしたくなる。


「・・・何処が」


ぼそっ、と呟いたツィーアの言葉が、何故か妙に心に染み入った。











男が女をベッドに押し倒す。が、漂う空気と飛び交う怒号は、そんな絵面とは正反対であった。


「離してッ!私はまだ負けてはいないッ!!」


左腕を失い、見るからに青白い顔をして良く言う、と、ジェイ・カセトカは今迄の淑やかな、そして神秘的ですらあった彼女、フェリア・コンクルスの取り乱す姿を見て、半ば驚愕する。


普段であれば無表情で、あくまで事務的に仕事をこなす彼女。過去、彼の知る限りは、此の様に感情的になることは無かった。


「落ち着くっすフェリアさん!そんな怪我でどうこう出来る訳無いでしょう!」


「でもッ!!」


コレは埒が明かないな、と説得方法を切り替える。


「フェリアさんはアノ化け物との交戦経験がある唯一の人材っす!少なくとも死ぬ前に資料を後続の為に残して貰わないと困るんっす!」


事務的な方向性で。フェリアは女にして珍しく、理的な説得が効く。寧ろ感情的な話は聞かない方だ。


「ッ!」


本当に渋々、と言った様子で抵抗を辞める。ジェイは漸く大人しくなったフェリアに水の入ったコップを差し出す。


「兎に角、冷静になって欲しいっす。まず正攻法でアレには自分らじゃ勝てないっす」


そう言いながらも、ぐしゃぐしゃに乱れた傷口をナイフである程度平坦に揃え、水属性治癒魔術を発動、開き気味であった肩の傷口をしっかりと塞ぐ。無理矢理力で腕を引っこ抜かれたせいか、傷口は酷い物だった。とてもでは無いが、治せる物では無い。千切られた腕も置いて来てしまった。まあ、どちらにしてもくっ付ける事は困難であっただろうが。


「フェリアさんは今回の分析に入って欲しいっす。俺は本部に連絡するっすから」


ギリ、と其の美貌を歪め、歯軋りする彼女。本当に歯軋りしたいのは此方だ。当初からの計画が台無し。相手の戦力分析をもっと徹底するべきだった。


「此の儘じゃ済まさないわ・・・ッ!」


最も、俗に言う後の祭りというやつだが。其れでも策を練らねばならない。やるべき事は確定しているのだから・・・。


誤字脱字えとせとらが御座いましたらお申し付けください。

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