飽和攻撃
あついなかあつあつ大根をかじるとやけくそになれます
第二回戦。今日は四試合のみ。俺は四番目、最後の試合だ。
一戦目はスィラの試合。相手は、確か昨日の第二試合で相手の獣人奴隷を瞬殺した魔術師、らしい。見ていたカルセラの話によると、単純に突っ込んできた茶毛の獣人を、土魔術で作った障害物で足止め、風魔術の『スライサー』を連射、切り刻んで終了。
相手は見るも無残にぼろ切れの様になって転がった、との事だった。今日は貴賓席の一角、カルセラの(暴)権力によって確保された席に腰を下ろしていた。しっかりとお茶も用意されている。美味しい。
服装は昨日とは異なり、カルセラが選んでくれた正装。露出控えめでお願いした。お金は勿論、俺が出している。流石に集る訳にはいかないし。試合前には着替える。流石に此の儘出るのは、普通に正体バレするし、泥や血やら被って破れたりするのは御免なのだ。魔術で遠距離攻撃して終了、という戦法を取るならば良いが。
昨日の夜、カルセラは国に帰らなければならないという事を告げて来た。どうも、兄が起こした問題が、本国の方で波紋を呼んでいる様なのだそうだ。目的は兄の弾劾。カルセラとしては乗じるべき流れだろう。此の機に有能さを発揮すれば、皇帝への道はぐっと縮まる筈。其の一手として、カルセラには例の鹵獲品、AK-107突撃銃をくれてやる事にした。アレを持ち帰れば、良い手土産になるだろう。寂しさが無いか、と聞かれれば、無いというのは嘘になる。なんだかんだ、うざったかったけれども、カルセラは良い友達だったし、頼りになった。まあ、今生の別れという訳でも無い。そんなすぐにくたばるタマでは無いだろう。
さて、もうスィラの戦いが始まるな。魔術にどう対応するか、其処が焦点だ。自分の時の大きな参考になる筈だ。
相手方の魔術師は、如何にも、といった風貌の男。成る程、見た目からして魔術師、という感じがする。手には大きな、棍棒みたいな杖。アレで殴ったら痛そうだ。木製に見えるが。
「うんにゃー、多分、スィラさんだっけ?あの人が普通に勝っちゃうんじゃない?」
カルセラの中では、スィラの勝利が濃厚、という事だった。
「いや、だって明らかにレベルが違うでしょ」
カルセラからすれば、全く格が違う様に見えるという。見た目で分かるのか?俺からすれば全く分からないのだが。
試合が始まった。あの魔術師も、中々強力な魔術師らしい。先ず開始と同時にうず高い土壁を複数生成、視界を切りながら風魔術『スライサー』を発動。前回戦と同じ手だ。壁の向こうに複数風の刃を飛ばし、見えずとも何らかの被害を与えようという魂胆らしい。普通の相手ならば、数発は貰ってしまうのでは無いだろうか。
が、スィラの取った手と言えば、人間ではあり得ない、驚異的な跳躍能力で、壁を飛び越える。其の儘、空中で身を捻る様にハルバードを振りかぶりながら、逆落としに、魔術師に斬りかかる。
驚愕に目を剥いた魔術師であったが、すぐに反応、地に身を投げ出す様に、横に飛び退く。
直前迄、魔術師が立っていた石畳に、ハルバードの刃先がまるで嘘の様に食い込む。砕けた石片が辺りに降り注いだ。
スィラは無造作に刃を地面から引っこ抜くと、其の儘流れる様な動作で腰だめに斧槍を構え、再び踏み出そうとする。
対する魔術師は斬られては堪らんと、無茶苦茶に『スライサー』を連射し、距離を取ろうと立ち上がり走り出す。
スィラは不可視の空気の刃を、まるで見えているかの様にハルバードの柄で弾く。スィラ、お前の目はどうなっているんだ。
が、一応は足止めになった様だ。距離が開き、一呼吸の間が出来た。
魔術師は新たに他の魔術を発動させようとする。が、其れに対しスィラは瞬く間に距離を詰める。尋常では無く速い。
スィラのハルバードは地に一筋の剣線を刻みながら、逆袈裟に魔術師の身体を断ち切る軌道で迫る。
もう、此れは避けられない。最後の悪足掻きとして、杖を盾にしようと試みる。が、其の程度で止められるのなら苦労はしない。敢え無く、杖はハルバードの柄に圧し折られ、其の刃は魔術師の身体を、右腰から左肩に掛けて何も無いかの様に通過した。
噴き出す血潮さえ遅れる神速の斬撃。ばさり、と叩き斬られた残骸が、二つになって地に落ちた。
刃に付いた僅かな血と脂を、もう一振りして払い飛ばす。其の仕草が非常に様になっていて、正直格好良かった。
周囲からは大歓声。俺も密かに拍手してやる。お見事な技だし。
「うぇーい!いいぞー!」
カルセラも、既に暗い雰囲気は纏ってはいない。良きことだ。
「もう、もう少し言葉遣いにね・・・」
ツィーアも何時も通りだ。さて、そろそろ着替えに戻ろうか。
「私はそろそろお暇させてもらうぞ」
チラリ、と闘技場の方に目を遣って意思を伝える。二人は即座に理解した様子。自然に、またねー、と送ってくれた。
さあ、今日も死合だ。若干楽しみになってきた殺し合い。戦闘狂いでは無いが、何と無く、今迄に無い程に楽しく、夢中になりそうだ。気持ち良いし。
足早に、そして目立たない様に控え室向かう。其の足取りが軽いのは気の所為では無いだろう。
「・・・やっぱりそう?」
「いや、アレしか居ないっすよ、普通に考えて」
観客席の一角。貴賓席では無いが、周囲よりは豪華に、そして隔絶されている空間。主催者席だ。実況者も此処に詰め、今も試合を盛り上げる冗句を述べている。
そんな中、一組の男女、真人教幹部、フェリア・コンクルス、ジェイ・カセトカは、捜索の息抜きとして武闘会を観戦しに来ていたのであった。
其の結果、思わぬ感触を得たのだが。フェリアは其の目を細め、本日七戦目、今まさに決着しようとしている殺し合いを眺めていた。
「大体体格も一致しますし、ましてや、あんな年齢で此処で戦えるなんて、相当特別じゃなきゃ無理っすよ」
俺でも闘りあったらヤバそうなのがゴロゴロ居るのに、と呆れかえったかの様な態度。
「貴方には戦闘能力は期待していません。ただ、覚えた顔を見つけてくれれば良い」
注目している人物。エリスという名の小柄な魔術師だ。全身をローブですっぽりと覆い、容姿はこれっぽちも計り知る事が出来ないが、彼等は此の人物が怪しいと踏んで居た。
「"まだ魔術をほぼ使って居ない"、か。魔術の匂いでも分かれば良いのだけれども」
そう、此の人物、未だ魔術らしい魔術を行使していない。一戦目は特殊な弩の様なものを使っての不意打ちで決めた。二戦目、今日で見られるだろうか。
魔術の匂い。其れに関してはこの間の魔力噴出事件が記憶に新しい。アレは衝撃的であった。ジェイも街中を歩き回っている時に遭遇、危うく漏らしてしまう所だったという。余計な情報を入れて来たジェイを引っ叩いたのも記憶に新しい。
あの日、街中に一瞬満ちた魔力の匂い。血生臭さ、油の匂い、鉄が焼ける様な匂い、様々な匂いが混じった其れの気味の悪さと言ったら形容出来ない。
そんな魔力を持つ人物、其れの存在も突き止めなければならない。アレと同一人物であれば面倒ば無いのだが。いや、其の方が厄介か。倒すのに苦労する。
「エリスさんの相手は・・・"豪剣"さんかぁ・・・流石に魔術でも使わないと厳しいんじゃないっすかね」
ま、豪剣さんに勝てる、という前提っすけど、と締めくくる。
豪剣ボザム。彼はある意味で有名人だ。
種族は人間。が、まるで鬼人族の様な、身の丈二メートルを超える巨躯を持ち、其れ相応の剛力を以ってバスターソードを振る。更に、魔力による肉体強化術の威力も凄まじい。戦場に出れば千本の矢を弾き返し、一足で敵陣の中央迄踏み込み、一息に敵将の首を刈り取ると迄言われた豪傑。
其れ程の人物、こんな所に出て来て良い者では無いし、そもそも、其れ程の力が有るならば国に召使えれば、良い生活が出来るのに、とは思うのだが、彼は戦い其のものが大好きらしい。いざ戦、ともなれば国に仕えるが、普段からそう呑気にはして居られない、との事らしい。
鍛錬兼、生活費稼ぎにこの大会に出場しているのだが、他の参加者からすればたまったものではない。
第一回戦で当たった相手、確か名前は・・・ベノと言ったか?茶髪女の獣人奴隷。奴隷からの脱却を願って参加した武人だった筈。彼女は容易く持っていた剣を弾き飛ばされ、剣の柄で頭を小突かれて昏倒した。ボザムが奴隷として貰う、と宣言した筈。昨日の夜はお楽しみだったのではないだろうか。邪推かも知れないが。
「フェリアさん、ほら、出て来たっすよ」
ジェイの言う通り、小柄な、真っ黒な人物が、闘技場の中心に歩いて行く。未だ見せぬ其の素顔、豪剣は暴く事が出来るか。
比較的安物ではあるが、そこそこ香りが良い事で有名なお茶を口に含み、見極める体勢に入った。
相対して先ず、相手の大きさに驚いた。
人間に見える。が、見上げる程の巨体。優に二メートルは超えている。背には長大かつ幅広な大剣。バスター・ソードと呼ばれる物だろうか。俺が持てばひっくり返ってしまいそうだ。
身体は、大半がプレートアーマー、一部チェインアーマーで覆われ、頭はバンダナを巻いただけで、防具は無い。精悍なナイスミドルなおっさんで、頬に刻まれた古傷が、何とも言えない威圧感を醸し出している。
其れが目を閉じ、瞑想している。恐ろしい事此の上無い。
「・・・若いな」
彼はカッと目を見開くと、開口一番、そんな事を言い出した。そりゃあ、若いに決まっているだろう。というか、幼い、というに相応しい。
「だが、強さに年齢は関係無い。手心は加えぬぞ」
同時に、背からバスターソードを抜く。両手で構えた其れを大きく肩に掛ける様に担ぐ。更に、彼の身体から魔力が放出され、其の身体に循環してゆく気配・・・肉体強化術だろうか。
対する俺、今回の相手はバリバリのパワーファイターだろう。肉体強化術を使っているのならば、生半可な攻撃は通用しない。動きも強化される筈、ならば銃などの小道具は使えないと考えるべきだろう。・・・いや、そもそも今日は持って来ていないのだが。
よって、俺が取るべき戦法は・・・。
「始めッ!」
「ぬおッ!?」
氷の大矢『フローズンアロー』を一定範囲に撒き散らす様に連続投射。開幕で距離を一気に詰めようとした彼の出鼻を挫き、後退させた。
が、驚いたのも最初だけ。的確に命中弾をバスターソードで弾き、後退はしているものの、傷一つ負ってはいない。
「なかなか強力な魔術ではないか。此れは見誤っていたな」
感心する程に余裕らしい。俺からすれば未だ何もしていないに等しいのだが。
射撃を一度停止。弾かれるならば、此の攻撃を続ける意味は無い。直接当たらないのなら、爆風と熱で焼いてやる。次は『フレイムボール』、弾道をランダムに相手の周囲も含めた範囲にぶっ放す。
「うおッ!?此れまた豪勢な・・・」
が、肉体強化術でかなり身体能力を強化しているのだろう。弾着の直前に猛加速。瞬時に爆発範囲から脱出した。
暫く逃げる彼を火炎弾で撃ちまくる。が、当たらない。相手が攻撃に移れないのも確かであるが。
此の程度で落ちてくれないのは残念である。成る程、素早く、硬いのか。やはり当初のアレしか無いか。
『フレイムボール』を『ブレイズバスター』に変更、更に相手のシルエットの周囲に、水属性上級魔術『アイシクルスピアー』を連続発射。『フローズンアロー』よりも巨大な、氷の"槍"と言える物を撃ち出す。大質量の飛翔体だ。威力も其れ相応。
「なんと!?」
『アイシクルスピアー』を剣で弾こうとする。が、あまりに巨大な、具体的に言うと長さは約二メートルと少し、直径は二十五センチ程。其れが亜音速で多数、逃げ場を潰す様に飛んで来るのだ。たまったものでは無いだろう。其の質量故、剣で防御しようとも、地に足を食い込ませる勢いで踏ん張らなければ、あれ程の巨漢であろうと後ろに身体を持って行かれる。本当は此の術は単発必殺系の技らしいのだが。容赦無く乱射していく構えである。
更にその氷の槍で足止めを食っている所に、高熱追尾火炎弾『ブレイズバスター』が降り注ぐ。避けようが無いだろう。
「ー!!ーーー!!!?」
着弾の寸前で何事か叫んだ様だが、直後の轟音。『ブレイズバスター』が炸裂する音で何も聞こえなかった。仕方ない。
辺り一面が猛火に包まれ、爆風が吹き荒れる。ヤバイ、観客席にも爆炎は兎に角、爆風は普通に届いていそうだ。大丈夫だろうか。
もうもうと立ち込める砂埃・・・石埃の間違いか・・・を風属性下級魔術『ウィドウ』という、単純に風を起こす魔術を行使して吹き飛ばす。結果が見たいし。
が、其処には彼の姿は無かった。熱でひん曲がった大剣の刃だけが落ちているのみ。消し飛んだか。ふっ、と肩の力を抜いた、其の時だった。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!!」
「ッ!?」
突如後方からの怒号に振り返る。其処には、血塗れ、衣服や鎧は無残にもぼろきれとなって身体に纏わり付き、未だぷすぷすと煙を立ち昇らせている大男。其れがブロードソードを振りかぶり、今まさに振り下ろさんとしていた。
咄嗟の判断で、前方に"全力"で跳躍。焦りに焦った為、力を調節する暇も無かった。
俺は闘技場の反対の壁に突っ込む。頭から突っ込むのは勘弁して貰いたかったので、地に一度手を着き、ブレーキを掛けながら壁際に着地する。
改めて相対すると、彼は地に膝を着き、もう満身創痍といった状態であった。剣を投げ出し、地面に大の字になって転がった。
「俺の負けだ!」
振り絞る様に大声で降伏の意を伝えて来た。審判が此方に確認を取るジェスチャーをして来たので、了承する様に頷く。
「勝者、エリス!」
歓声に消え入りそうな声で審判が、彼の是非を確認して来たので、別に適当に治療して開放しておけ、と言っておいた。あんな濃い人物要らんわ。あと、良く生きていたな、あれだけの魔術受けておいて。
さっさと帰る事にしよう。今日は肝が冷えた。まさか彼処からの不意打ちを計ってくるとは。明日からはより気を引き締めねばな。
カルセラとツィーアと合流し、帰路に就いた。
「あっちゃあ〜・・・だいぶやらかしたねぇ・・・」
場所は変わってメアリーの武具店。防具のメンテナンスをしてもらいに来たのだ。
今日、緊急とはいえ、かなり派手に動いた。帰り道で気付いたのだが、何やら歩き辛い。手も何か抵抗がある様に動かし難い。手甲脚甲を良く見てみると、関節各部、ピンで留めてある所が酷く歪んでいた。多分、思いっきり跳躍し、着地の時にやってしまったのだろう。其れを無理やり動かして歩いて来たので、更にアレな状態になってしまっていた。
「うーん、手甲は兎も角、脚甲は厳しいかも知れないなー」
どうやら明日には間に合わないという。明日は防具抜きでやってくれ、との事だった。うーん、ダメになっても良い靴を一つ調達していこうか。
「へぇ、此処がそうなの」
俺達とは異なり、此処には初めて来るツィーアは、物珍しげに壁掛けの品物に視線を這わせている。彼女自身は魔術師だし、自前で仕込み武器も提げている様なので、あまり関係があるとは思えないのだが。
「ツィーアちゃんって言うの?よろしくね?」
メアリーも彼女を受け入れた。まあ、彼女も賢いし。メアリーのお眼鏡に適ったのではないだろうか。
「ええ、よろしくお願いしますね」
自然か作り笑顔で、余所行きの顔で応える。こういう、社交的な点は俺も見習いたいとは思うのだが、如何せん羞恥心とか、表情筋の発達具合だとか、数多の問題で俺には少々厳しい芸だ。腹芸が必要な官職にはならんでおこう。そう改めて思う。
「今日はこの辺で帰るぞ。明日の夕方には取りに来る」
其処ら辺に散っていたカルセラとツィーアを急かす様に呼び掛けると、トテトテと俺の方に寄ってくる。此れが可愛らしい。まだ歳も二桁になっていない娘の特権である。
「メアリー、では明日な」
また帰りは日も傾いた夕暮れ時だ。毎回毎回、メアリーの所を帰るのはこんな時間になってしまう。彼処だけ時間の流れが違うのでは無いかと疑ってしまう程だ。
靴は実家から履いて来た奴を持ってくれば良いだろう。そう高価な物では無い筈だし、失ったところで生活にはそう影響は無い。
「(最悪、超軽装で・・・)」
近接斬打撃は使えないだろう。威力は出ない。長剣の出番は無しだ。
と、なると明日はもう、思い切って装備を削り、防御力を捨てて動きやすくするべきだろう。其れで魔術による遠距離攻撃中心の戦法を取れば良い。
「ねぇ、エリィ」
珍しくツィーアが口を開いた。こう歩いている時に、最初に喋り始めるのはカルセラと相場が決まっていたのに。
何時もの勝気な表情は何処へやら、弱々しい、儚ささえ感じさせる顔で此方を見ていた。其の潤んだ様な翡翠色の瞳。普段とのギャップに、思わずドキリとしてしまった俺を誰が責められようか。
「ううん・・・やっぱりいい」
変な事雰囲気が出来てしまった空間であったが、幸いにも此処には其れをぶち壊す天才が居た。
「湿っぽいぞーツィアちゃーん♪」
カルセラはツィーアの後ろに回り込み、首をロックする形で飛び付く。当然、ツィーアからすればたまったものでは無い。
「ぐえぇ!?ちょっ、辞めなさいって!!」
「おおおっ!?」
見事な背負い投げが、往来の真ん中で決まった。
「お見事」
謎の戯れ合いであった。
「まだ、顔も見てないっすからね、確定って訳じゃないっすけど」
念を押すジェイであったが、其の顔は険しい。今日の戦闘。魔術を使ったあの人物の事だ。
魔力の匂いが、先日の魔力災害の物と一致した。極めて薄く、判別にも一苦労であったが、確かに同じ匂いである、とフェリアは判断した。
「兎に角、今回の件の一つ目は見つかったわね」
場所は領主館。其の食堂だ。領主だけでなく、使用人迄も同じ場所で食事をするというのは、古今東西の貴族を見ても珍しい。此処の主、ブルダ辺境伯によれば、仲間であれば同じ窯のパンを食うべし!と言う信念からそうしている様だが、良く分からない。団結力とかそういう問題だろうか。
卓に並んでいるのは、此方も貴賓という事もあって、其れなりに豪華な物だ。
フェリアは卓の皿の一つから球状のドーナツを取り、嚥下する。
「しっかし、あんなのどうするんすか?並の火力じゃないっすよ、アレ」
そう、問題は、標的エリスの其の強力過ぎる戦闘能力にある。豪剣ボザムの機動力、防御力を単純に量と質で上回って見せた其の魔力量。あれだけの上級魔術。放つ事すら困難な、奥の手とも言える技を、激流の如く撃ち出し、其の後何事も無かったかの様な体で立ち去る等誰が出来ようか。そして、其れを相手するというのも同じく。
「・・・それを今考えてるの」
むすっとした、気分を害した様子で答えるフェリア。普段からは考えられない、年相応の其の仕草がおかしくて、小さく噴き出したジェイ。脛を耐えられる限界の強さで蹴飛ばすのも既に癖となりつつある。
「オマケに身体能力もボザム以上、と、やってられないわね」
でも、と一息置く。
「やる事はやるわ」
キッ、と強い意志を込めた瞳。其れを見たジェイは満足気に頷き、途端に笑顔になる。
「いやぁ、流石はフェリアさんっす!先は明るいっすね!」
そんなジェイの態度が気に入らないので、もう一撃、今度は足の甲に踵を落としてやった。
飛び上がったジェイを見て、大いに溜飲を下げるのだった。
「よろしかったのですか?ボザム様」
エルク城門、大きな背嚢を担いだ、一組の男女。
方や、二メートルを超える、筋骨隆々の巨漢。方や、栗毛の、垂れた丸みを帯びた獣耳と、パンツの尻の上で揺れる尻尾が特徴的な獣人。
奴隷として落とされた彼女であったが、其れを意味する首輪は既に其の首には無く、代わりに銀色の首飾りが下がっている。先程、ボザムから贈られた物だ。
「・・・未練は無いぞ。上には上が居た。其れだけだ」
そう、彼は敗退した。一歩間違えば死んでいたらしい、激戦となった決闘。自分を赤子の手を捻る様に片付けた彼が、ほぼ一方的にやられる相手など想像もしたくない。
しかし、負けたというのに、彼の表情は穏やかだ。何か悟ったかの様な、少し前とは異なる目つきをしていた。
「俺もまだまだ、未熟であったというだけだ」
前より余程頼もしく見える。強さでは無く、人格的に。
「修行だ。お前にも付き合って貰うぞ」
「はい」
二つの影は歩き出す。
鬼人の様な人間と、奴隷でもない娘。化生の親子にも見える二人の、奇妙な旅が始まった。
誤字脱字語句の誤用等が御座いましたらお申し付けください。




