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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第一章
30/94

刻迫る

蒸し暑さと蚊の波状攻撃でHPが赤ゾーンです

スィラは控え室に戻ると、先程迄の興奮を押さえ付け、エリス・・・あの小柄な学生の事を思案する。


学生、極めて高貴な身分だ。


貴族、豪商の子、そして裕福な庶民。高額な受講費を払える者。基本食事にも住む場所にも困らず、将来は約束されている。


魔術、武術に長けるならば軍官。工学に長けるならば中央の学者。文武両道ならば宮廷に仕える事が出来る。悪くとも、計算位は出来るので商売人くらいには成れる。


さて、其れ程の身分の者、態々己を危険に曝すという行為は常識的に考えればどうであろうか。


無論、普通の思考からは生まれ得ない発想である。あり得ないとは言わないが、少なくとも真面では無い。


其処で思い至ったのは、あの娘は何か特殊なトラブルに巻き込まれているのでは無いか、という事。


つまりは自分の意思では無い、何者かに強いられてこの場に立たせられているという事。


無論、スィラの感情としては、強者である彼女との戦いは望むところ、喜ばしい事だ。が、彼女は戦いは好きだが、最低限倫理観というものは持っている。相手が歳はも行かぬ、無垢な子供ともなれば、矛先が鈍るのも道理である。そして・・・子供が大人に無理をさせられるという理不尽に対して義憤を憶える程度の心根は持ち合わせている。


「(可能ならば・・・)」


この武闘会に於いて敗北すると、死ぬか良くて奴隷落ち。助けてやりたい。其れ程の才と力の持ち主、自分のとはいえ、奴隷として生きるのは酷だろう。仮に自分が勝ったとして・・・命までは取らない。望むならば解放してやろう。


「(だが・・・)」


戦い自体は愉しませて貰う。其れ位望んでも罰は当たらないだろう。


そっと、そう攻撃的な笑みを浮かべるのだった。













どうやら、トーナメント表の左より順に試合が行われるらしい。俺は最後から二番目、かなり後だ。時間があるので、折角だしカルセラ達を探しに行く事にした。


先程、試合を観戦したフロアから、客席に移る。


今の姿は普段モードだ。黒髪、面も外している。装備は其の儘、上から黒のコートの様なマントの様な物は羽織っているが。


さて、先程俺が居た場所からは、カルセラもツィーアも、知っている者は誰も見えなかった。


反対側の人物の顔を一つ一つ識別出来る程の視力の目だ。それで見つからぬという事は、彼処からは死角、つまりは此方側のスタンドに居る可能性が高いという事。


上・・・何やら区切られたスペースがある。貴賓席の様な物だろうか?幕で屋根が張られ、一際目立っている。


そういえばカルセラは、隣の国のVIPだったな。もしかすると彼処に居るかもしれない。して、入り口を探す為、幕の周りをぐるぐると回り始めるのだった。













「うっわ、アノ人強っ!ほとんど一発じゃん」


周りの貴族、彼女以下の身分ではあるが、其れでも眉を顰めるなとは言えない程、この娘の言動には気品が無い。


ツィーア・エル・アルタニクは、何故コイツ、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアと一緒に来てしまったのだろう、と若干後悔していた。


興奮しているのも分からないでも無いが、少なくとも貴位ある者の態度では無い。もう少し、本当にもう少しで良いから淑やかにしていてくれないだろうか、と思う。


「いやぁ〜、あの真っ黒獣人、エリィから聞いてたけど、本当にヤバイね」


どうやらエリィとカルセラは事前にあの者、あの黒い獣人を知っていたらしい。


確かに、凄まじい、恐るべき戦闘能力を持つ者だ。身の丈の倍はあるかと思われる程長大な斧槍を振り回し、巨人という、圧倒的体格差を持つ者を、まるで赤子の手を捻る様に翻弄し、討ち取った。いくら獣人の身体能力は人間よりも優れているといえども、圧倒的だ。・・・うちの使用人のミムルと比べるのは流石に酷か。


「はぁ・・・カルセラ、もうちょっと静かにしてね。ほら、他の人の迷惑じゃない」


其れを言うと、むっとした様子で言うのだ。


「大丈夫!此処には私より偉い人は居ないから!」


ピキィ、と周りの大人の額に青筋が浮く。誰もが思っているだろう。


「(このクソガキ・・・)」


口には出さない。一応事実なので。まあ、同等に近い者も居ることには居るのだけど・・・。


「アイク様ぁ・・・此方の菓子は如何ですか?」


「あ、ああ・・・いただくよ・・・」


カリナ・ヴァン・マリョートカと惚気劇を演じて(?)いた。物凄く、うざそうだが。其れでも断れない男、アイク・ベル・イオリアの悲しい事か。


ケッ、とツィーアは其れを一瞬睨むと、バレない様に視線を前に戻す。


既に目の前の場では、第二回戦が行われている。先程のアレと比べると見劣りする事甚だしいが、其れでも甲冑を着ているとは思えぬ流麗な剣捌き。かなり高いレベルの戦いだ。・・・其れでも見劣りしてしまうのは悲しい事だ。


「うーん、エリィの出番てまだまだだよね?確か」


そう、目的のエリィの出番・・・確かエリスという偽名を名乗って出場していた筈。其れは今日の戦いの最後の方、後ろから二番目だ。


言ってしまえば、其れまでは適当に見ているだけで、暇なのだ。


「はぁ・・・」


横で騒ぐカルセラを尻目に、目の前の卓に用意された茶と菓子に手を伸ばす。極めて貴重かつ高価な砂糖を使った菓子だ。味は押して図るべし。何とも女子心を喜ばせる味だ。


ところで、彼女らが座っているのは、貴賓席の最前列だ。少し腰を浮かせれば、一般席の者どもの後頭部が見える。すぐ手前は通路となっており、時折何者かが行き来する気配がある。見えないけど。


紅茶を引き寄せ、口に含んだ其の瞬間であった。


「ツィア、カルセラ」


目の前、貴賓席の縁から、青みがかかった黒い頭が、にょきっと生えた。


「ぶっ!?」


吹いてしまった。幸いな事に、即座に下を向くことが出来、誰にも被害は無かったのだけれども。


「わっ!?いきなりどうしたの!?」


カルセラと二人で吃驚。まさかこんなところに現れるとは夢にも思うまい。


「いや、暇でな」


懸垂の形で縁にぶら下がっているらしい。入り口がわからないというので、入り口は一度中に入ってから、と教えると、ぱっと手を離し姿を消した。


「・・・心の臓に悪いわ」


暫くすると、後ろの戸からエリアスが入って来るのが見えた。カルセラが手を振ったからか、最初何者か、と訝しんでいた貴族共も、諦めた様に腰を落ち着けた。カルセラの関係者、態々関わって虎の尾で反復横跳びする様な真似はしない。


「こんな良い所で見ていたのか」


物珍しげに貴賓席の中に視線を走らせるエリアス。


幾数人、いや、殆どの貴族達の目を引く。其処で彼等は気付いたらしい。途轍もない、絶世のという枕詞すら物足りぬ美少女が、すぐ側を歩き回っているという事を。


ある者は、ほう、と感嘆の息を漏らし、またある者はあまりの物に思考が停止してしまい、はたまたある者は一瞬見惚れたものの、すぐに嫉妬の炎を瞳に燃やす。勿論、他にも色々な感情が垣間見えているが、不快なので無視する。


「ふっふっふ、本当ならエリィもここで見れたんだけどね」


・・・一応エリィは庶民なんだけどね。貴族の中に混ぜて良いものか。


「そうか、其れは残念だ」


カルセラが、あーん、と砂糖菓子を摘まんでエリィに差し出す。エリィが間髪入れず、パクリと指ごと口に含んだ。カルセラが、ギャー、とか叫んでいる。・・・これ以上カルセラに騒がせないで欲しいのだけど・・・。


「おお、いける」


当人といえば、呑気に砂糖菓子を頬ばっていた。てか、そりゃあ、高いもん。美味しく無かったらどうするの。


「でしょー?」


カルセラもカルセラだった。というか、この口ぶりから言うと・・・。


「エリィはこの砂糖菓子、前にも食べた事あるの?」


どうも、砂糖菓子の味を知っている様な気がする。其れに、そもそも行動がおかしいのだ。


非常に高価かつ、腹も然程膨れない砂糖菓子は、まず金持ちな王侯貴族、豪商くらいしか目にする事も無いのだ。其れは少なくとも、見た目では食べ物に見えないし、初めて見た庶民等は、興味深気に見回して、簡単には口に含もうとはしない。其れを、エリィは躊躇うことも無く食った。其れを問うと、うん?と砂糖菓子を口の中で転がしながら此方を向く。


「食べた事は無い・・・似たような物は食ったことはあるが」


似た様な物。どんな物?


「あー・・・まあ、菓子だ」


はぐらかされる。もう少し追求する事にした。


「何処で食べたのよ?」


ぷつり、と言葉を途切れさせるエリアス。これは怪しい。


「あー・・・何と言えば良いか・・・」


・・・此処で一つ、前から頭の片隅にある疑問が鎌首を擡げて来る。


すなわち、エリアス・スチャルトナとは何者であるか、という事。


恐ろしい程に整った容姿、圧倒的な身体能力、魔力。


庶民階級という事だが、学校に通えている事から、家は裕福。庶民で裕福な家など、かなり限られているのだ。それに、これ程出来た優秀な娘、社交界での自慢話として出て来てもおかしくは無い。


だが、時折出席する立食会等でも、彼女の名前は上がって来ない。非常に気になったので、彼女の家族、乃ち、スチャルトナという姓を持つ者を調べさせた事があった。


其の結果。一人の人物が浮かび上がって来た。


名を、シレイラ・スチャルトナという。見目麗しい金髪碧眼の美女で、元近衛魔術兵団の第二位。らしい。約九年前、未だ若くして突如引退、その後は何処かで隠居しているらしいとの事。強大な火の魔術を行使する魔術師で、賊退治、反乱を起こした魔族の討伐、その他数多くの任務にて、其の辣腕を振るい恐れられた女。


スチャルトナ姓であり、伝聞であるが、シレイラ氏は常ならぬ美女であるとの事。金髪碧眼という特徴からは逸脱するが、其の他の点では、そこはかとなく類似点が見られる。


「ねぇ、エリィ?」


先程の、砂糖菓子の話からは逸れるが、まあ、本人も答え難そうなので良いだろう。


「エリィのお母さんって、シレイラ・スチャルトナっていう名前じゃない?」


この際、良い機会なので聞いておく事にした。別に親族の話は失礼にも当たらないだろう。


「ん?知っているのか?」


どうやら正解だったらしい。心の中の、彼女の家系図にチェックを入れつつ、言葉を続ける。


「有名人よ?ちょっと忘れてたけど、最近思い出したのよ」


適当に、其れらしい事を言っておく。そもそも、エリアスは腹芸は得意では無い事は、此処二ヶ月弱付き合いでわかって居る。頭は良く回る様だが、圧倒的に対人経験が足りない。自分で言うのもなんだが、此れでも未熟な私でさえ、容易く欺く事が出来る。


案の定、エリアスは、ふぅん、と何も気にして居ない様であった。


「どんな風に有名なのだ?」


自分の母親の事も知らぬと来た。


聞かされていないのだろうか?武勇伝には事欠かない筈なのに。


「お母さんは何も話されなかったのかしら?」


こくり、と肯定するエリアス。・・・何か事情でもあったのだろうか。


「シレイラさんは・・・」


簡潔に知っている事を語る。なんてことは無い、単なる雑談だ。エリアスも時折興味深気に相槌を打ちながら聞いていた。カルセラもカルセラで、ちょくちょく、ほえー、と感嘆の声らしい、奇声(?)を上げながら聞いていた。


「そんな大層な人物だったのだな」


ふんふん、と感心した様子のエリアス。なんだか、小さい子が知ったかぶりをする様な様子がおかしくて、クスリと笑ってしまう。


「エリィちゃん、かわいー!」


カルセラが一目も謀らず飛びつき、其れを少し嫌そうな顔をしながらも受け止めるエリアス。・・・周りの貴族共と言えば、うわぁ、とでも言わんばかりに顔を引きつらせて居る。いや、本当に不敬とか無礼とかそういう単語がこの空間だけ消失しているのではないかと、私も思う。


「カルセラ、もう初夏だぞ。そろそろ其れは暑苦しい」


・・・時期皇帝候補に其れ程の事を言える彼女も大概だが。誰もが、コイツ何者だ!?と思った事間違いなし。装いはそう高貴でも無いのに。


そして其れは畏怖と供に嫉妬を巻き起こす。相手の身分に物怖じしたか、取り入るに取り入れなかった貴族達。其れを尻目に易々と懐に飛び込んでいる様に見える、この少女。疎まれぬ方がおかしいだろう。


・・・まあ、其れは私にも言える事だが。気づいて居ないふりをしているが、この私にも視線は痛い程に突き刺さっている。まあ、この手合いは皆小心者、出世欲だけは無駄に有り余る小物だ。相手にするだけ時間と労力の無駄。


「エリィ?そろそろ時間じゃないかしら?」


ふと場に目を向けると、既に五組目の出場者どもが戟を振るっている。小声でそうエリアスに伝える。彼女の出番は間近な筈だ。


「・・・そろそろ戻らんと不味いか」


何故か左手首の甲を見る仕草をする。が、其処に本来ある物が無かったかの様に、手首をさすっていた。何がしたかったのだろうか。


「・・・癖が・・・」


とはエリアスの言。一体何の癖なのか気になるが、彼女はそそくさと戻って行ってしまった。


「うぇーい!ほらソコだよ!ああっ!ダメじゃーん!」


カルセラが楽しそうで何よりだ。まあ、問い質すのはまたの機会にしておこう。


「うっしゃー!あああっ!お茶ひっくり返しちゃった!」


・・・エリィ、早く戻って来て・・・。


密かな心中の叫びは、大きな、深い溜息として、虚空に消えた。














一度控え室に戻った俺は、すぐに係の者に連れられ、別の控え室に移された。此の部屋は、闘技場のフィールドにすぐ出られる、待機室という場所らしい。


部屋には窓も何も無く、中央に大きな半円型の・・・水晶?硝子?のオブジェが置いてある。此れは何か、と聞くと案内の者は、試合が始まれば分かる、とだけ言って退出して行った。


他には水差しとコップ・・・卓と椅子。別に何も無い部屋だ。先程、カルセラとツィーアの所でお茶を拝借したので、喉も渇いて居ない。


で、だ。本当に久しぶりにお菓子らしい、菓子を食べた気がする。俺としては甘い物はあまり嫌いでは無い。頭を回すには糖分が必要だし、すぐに身体を動かすエネルギーになるからだ。長時間作業する時は、必ず甘い菓子類を用意していた事を思い出す。氷砂糖や、チョコレート等はよく食べていた記憶がある。


そして、意外な所で母の足跡を聞くことが出来た。何でも、巷では中々に有名な人物であるとの事。


アリエテ王国、近衛魔術兵団。正規軍。常備兵力五百名、所属する隊員全てに、一から五百迄の序列が振られており、上位であれば上位である程、生活、給金、待遇等、様々な点で優遇される。実力最重要視の精鋭部隊で、自ら研鑽し、上位の者を模擬戦で下す事で、序列を上げる事が出来る。入隊方式は志願、若しくは推薦。五百位の者を下す事が出来れば入隊となる。


母、シレイラ・スチャルトナは其処の元第二位。・・・母は実は凄い人物なのでは無いか?


尚、我らが学校長、ケイト・ヴァシリーは元第三位との事。成る程、道理で怖い訳だ。


母は九年前、突如として軍を退役、ケイト女史も其れを追う様に、直後に退役。ケイト女史はすぐに魔術師育成の為、学校長に就任した。が、母といえば、世間から完全に離れ、隠居状態であったらしい。


結婚していた事も知られて居らず、ましてや子持ち等、中央のでは信じられぬ、という者が多かったとの事。相手は分からない。


というか、本当に未だ父親に会った事が無いのだが、親父は一体何処で何をしているのだろうか。


・・・まあ、生きていればその内母に問い質して押し掛けてやろうか。何処にいるのか知っていればの話だが。まあ、可愛い一人娘が態々訪ねて来るのだ。邪険にされる事は無いはず。まあ、その内の話だが。


俺の前の試合が始まったらしい。なんと中央の半球には、闘技場の中の様子が映っている。人間に見える騎士の様な、フルプレートアーマーの様な装いの者と、半裸の上に革鎧を着けた豚人が、其々の武器で斬り合う。あまり特筆すべき点は無いな。街中の予選よりは遥かにマシなレベルだが、其れでも剣線が容易く見切れる。まあ、鎧の重さとか、その他身体能力的な要素を考慮するとそんな物だろうが。騎士が技量で完全に押しているな。豚人の方はもう、傷だらけだ。


もう決まるな。そろそろ時間だろうか。・・・あ、二人に呪術師の事を聞くのを忘れていた。


まあ、良いか。何もさせずに瞬殺すれば憂なし。という訳で、手札の一枚目を切ろうと思う。


どれを切るかは相手を見てから決めるが。銃等はあまり相手のレベルが高過ぎると、下手をすると通用しなくなる可能性がある。先程、第一試合で敗北した巨人、第四試合では勝利した鬼人等、強靭な体躯を誇る者にはきっと効果は薄い筈。其れであれば、必殺になりうる相手になら、迷い無く使ってしまうべきだろう。変に取っておいても仕方が無いし。


戸が開く音。係の者が呼びに来た。


部屋を出る時、チラリと半球を見ると、騎士が豚人の胸部にブロードソードを突き刺し、止めを刺す所だった。


なんともまあ、俺もああはなりたく無いものだ。やる側なら良いが。いや、そう気持ち良い物でも無いが。


なんとも無残に転がる豚人。其れと対照的な、返り血染めの甲冑姿の勝者。


此れが戦いか、としみじみと、改めて実感する。意図せず、己の手に視線が落ちる。


今更何を躊躇う事があろうか。既に血濡れの手だろう。


嫌な感触を握り潰す様に、分厚い手甲が歪みそうに成る程に手を握り締めた。





誤字脱字語句の誤用などを見つけられましたら、お申し付けください。

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