雫は地に染み
「んん〜???」
目の前で起きている現象が理解出来ない。
俺、エリアス・スチャルトナはこの間5歳の誕生日を迎えた。
今母が目の前で行った事、かまどに火を入れたところなのだが、どこに火種があったのか。どこからどうみても母の指先から火が出たように見えたのだが、一体どんな手品をしたのか。というかこんな日々の生活(料理)をする度に毎回毎回手品を披露して何の為になるのか。
この謎現象は4歳くらいに台所に入ることを許されてから何度も見ているのだが、未だにそのトリックがわからない。母はそれこそ息をするように指先から火を出してかまどに火を入れているのだが、はて。
他にも母は隣にある水瓶にだばぁっと手から水を出して水を貯めたり、そこらの物を手を触れずに持ち上げて片付けたりと。
マルデ"マホウ"ノヨウダー(棒)
っと現実逃避はやめてだね。
そうそう、俺自身にも不思議なことが起こっている。
3歳の時だ、家にある窓を開けようと金属製の取っ手を思いっきり掴んで上げようとした時、
取っ手がねじ切れた
比喩でもなく冗談でもなくグニャっと潰れてそのまま千切れた。
その時は唖然として千切れて用を成さなくなった取っ手を持ったまま立ち尽くしたものだ。それから暫くして平静を取り戻し、何かの間違いと思い、外に出てそこらの石を拾って強めに握ってみた。
その石は手の中で砂になった。
ある時はコップを握り潰した。
フォークを変形させた。
不覚にも転びかけて捕まった木の柵が砕けた。
どうやら俺の体はそれこそ大人でも有り得ない怪力を3歳にして持ってしまったらしい。
流石に母や人の腕を握り潰したりは幸いな事になかったが。
腕力や脚力もそうだ。
5歳である今、母を片手で持てる。母の身の丈は160半ば程、体重は50kg半ばだろう。
そして一度地を蹴れば家の屋根に軽く飛び乗れる。そこらの石ころを軽く蹴っ飛ばせば、目にも留まらぬ速度で飛んでいく。(木にめり込んだ石ころを発見)
尤もこの怪力を知っているのは母だけであるが。
今はあまり目立たないように、その異様に高い身体能力は隠して生活しているが。
今では力加減も完璧にと言えるほどこなせるようになり、物を思わず握り潰したりすることも無くなったので、一応一安心である。
自分の容姿はなんと銀髪赤眼である。
厨二心がなんともそそられる。
肩口まで伸びた銀髪が俺のトレードマークだ。うーん、美形。
それから重要なことだが、股にはアレが無くて、代わりに小さな割れ目がありました。皆まで言わずとも察して欲しい。
俺は女の体を以って転生しました まる
「母上、その火はどこから出ているのですか?」
俺は万を排して母に往年の謎を問う。
「魔術よ。そこの水瓶の水もそうね」
デマシタヨー"マジュツ"ダッテー(棒)
「あなたは魔力量も多そうだし、きっといろんな魔術を使えるわ」
正直はぇ〜っとしか思えない。
だって魔術だぜ魔術。
それこそお伽話や小説の中の話だよ。
「それはどのように使うのですか?」
と心の中では若干小馬鹿にしつつも、不自然にならないように問い返す。
実際目の前で母はその魔術とやらを使っているようだし、もし仮に使えたとしたらいろいろと応用が利きそうに思えたからだ。
「簡単なのは呪文を唱えること。でも一番大切なのは想像力よ。自分が炎や水を生み出すところを想像するのよ」
母は得意な魔術のことを聴かれたからか、料理も中断して得意気に講釈してくれる。
はて、要はイメージ力ということか。
「呪文を唱えれば大抵の魔術は使えるわ。ただ自分の魔力量が足りてないと、どんなすごい魔術を想像しても発動しないから注意しなきゃいけないわ」
なるほど、イメージ力と自分の魔力量に折り合いを付けて使えってことね。
「魔力量はどうしたらわかるのですか?」
ちょっと試したくなってきたところで自分の魔力量を知りたくなった。魔力量の基準でもあるのだろうか。
「魔力量の大体は他の魔術師から見ればわかるわ。あとは・・・魔術師が時々持っている計測器を使うとレベルでわかったりするし・・・エリアスの魔力量は私よりもかなり多いわ。それにあまり魔力量に差がありすぎると上限がわからなかったりするの。エリアスの上限は全然見えないから・・・私とは比較にならないかもしれないわ」
わおマジか。どうやら結構俺は魔力量が高いらしいが、はて。母のがどの程度の魔術師なのかわからないが、誇っていいのだろうか。
「母上はどのくらいすごい魔術師なのですか?」
そう言うと母はフフンとドヤ顔をして、
「私は軍の魔術師ラインを勤めていたこともあるのよ!!」
・・・この母親は馬鹿なんだろうか。
母が従軍経験者だったことも驚きだが、こんな5歳の子供が元軍の魔術師部隊の魔術師でも底が知れないほどの魔力量を持っているなど、とんでもない大事件じゃないか。
「・・・それって私の魔力量はとんでもないということではないですか・・・」
ガックリ肩を落として呟くと母は今更のようにおおっ!と合点がいったように
「じゃあエリアスは将来有望な魔術師の卵ね!」
と言い放った。そういう問題じゃないって母上よ。
まあ母が存外大したことない魔術師である可能性もあるし、そう深刻に考えることでも無いか。
軍といえども人不足で仕方なく母を入れたのかもしれないし。
「そうですか・・・いえありがとうございました」
そう言い下がることにした。早く魔術も試してみたいし。
「うふふふ〜おかあさんにもっと頼るのよ〜」
母は相変わらず暢気だった。
エリアスの母、シレイラは娘が外に出て行ったのを見ると、その美貌に貼り付けていた笑みを引っ込めた。
先ほど娘に話した、シレイラが元軍属であったのは事実である。ただこの国、アリエテ王国の軍の中でも最精鋭の魔術師部隊、近衛魔術兵団の副団長であったことは伏せた。
近衛魔術兵団は実力重視の部隊である。それこそ魔力量と魔術戦の巧拙だけでも戦えず、鍛え抜かれた戦術眼とそれこそ肉体をも使って戦うレベルの魔術師が集まる、最高峰の魔術師部隊。その中の序列2位に座していた魔術師、焼天妃シレイラとは彼女の事だ。彼女の操る爆炎は数多の敵兵を焼き尽くし、凶悪な魔族も浄化し、さらには古代遺跡から現れる古代兵器すら爆散させ、後には焦土しか残さなかった。そんな畏怖とともに呼ばれていた彼女でも、我が娘の実力の底が見えない。
そして何より奇異なのは、その怪力である。
少し前のことだ。昔から何かと賢く、物覚えの良い銀髪赤眼の娘と昼食を取っていた時のこと。娘は珍しくコップをテーブルから落としてしまったらしい。娘は驚いた顔をしつつも、なんと落下するコップに反応してキャッチしようとしたらしい。その時4歳の子供とは思えない行動にそれだけでも驚いたのだが、その後さらに驚くべきものを目撃した。エリアスは落下するコップを捕まえることにどうやら成功したらしい。だが部屋に響く陶器の破砕音。テーブルの外の方に手を伸ばしている娘の手元を見た
陶器で出来た、それこそ落としただけでは割れない、魔術で保護されたカップは、娘の手の中で文字通り粉々に砕け散っていた。
パラパラと砂のようにエリアスの手からこぼれ落ちるカップだった物を呆然として見ている私を尻目に、エリアスはごめんなさいと言うと、箒を持ってきて片付け始めた。エリアスも流石に気づいたのか、先程から思考停止状態の私に気まずそうな目線を向けてくる。
私も流石に自失状態から回復すると、気まずそうな引きつった笑みを浮かべるエリアスに向かって引きつりそうになる顔や、渾身の笑みを貼り付け、怪我はない?と声をかけた。
以前窓の一つの取っ手が捻じり切られたように無くなっていたのも、エリアスの仕業とすぐに勘付いたが、それについては追求はしなかった。エリアスの持つ膨大な魔力量に気づいたのも、この機会にエリアスのことを改めて調べ直したためだった。その後もエリアスは私を片手で軽々持ち上げたり、3メートル近くある屋根にひょいと飛び乗ったりと、とにかく常識外れなことを仕出かしてくれた。エリアスにはその能力を隠すようにと固く言いつけてあるが・・・。
もしエリアスを世に出せば、その才だけでも大騒ぎになるだろう。その結果、エリアスは動乱の中を生きることになるだろうし、何よりエリアスは魔術兵団の兵としてすぐに徴発されるだろう。その奇異な容姿だけでも衆目や惹くのに、それに圧倒的な能力が合わさったら一体どうなることやら。
エリアスの事をこの上なく愛するシレイラとしては、エリアスのことを守りたく思う。
そしてエリアスにも自分の身は自分で守ってもらうため、魔術のことは可能な限り・・・いや限界まで叩き込んでやるつもりだ。
それがシレイラなりの、親としての愛情なのだから。