序曲・スィラ
暑いですね。夏ーという感じがします。尚私はバテました(悲しみ)
人間、誰とて"新しい玩具"を手に入れれば、使わずには居られない。子供は勿論、大人でさえも。其の"玩具"が小さな、何の余波も無い物ならば良い。だが・・・中には世界を滅ぼしかねない、凶悪な玩具も存在する・・・仮に使われてしまえば、誰もが口を揃えて言うだろう。あんな物無ければ良かった、と。
武闘会当日来たる。
心情的には、子供の頃リレーの選手に抜擢された運動会の朝の様な、程よい緊張感。どうも軽い。死合になるかも知れないのに。
「いってらー!見に行くからね!頑張ってよ!」
「怪我には気を付けてよね!」
朝食後、見送りのカルセラとツィーアを後ろに、寮を立つ。
途中、アイクとカリナを見かけた。後ろから近づいて、脇腹を擽ってやった。反応が面白い。丸。
コラーっ、と追い掛けてくる二人を軽々引き離し、一度メアリーの店へ。本来は未だ開店前の時間だが、鍵は開いていた。
「やあ、来たね」
出迎えのメアリーの声に手だけで答え、急ぎ用意してあった装束に着替える。
ずっしりと、全身が重くなる。此れ程重い装備でありながら、然程動きに問題が無いあたり、間接部等へのメアリーの加工技術の高さが思い知れる。
手脚、胸部を重厚な装甲で覆い、鉄塊色の面を被る。そして其の上から、黒地のフード。ぱっと見、少しは魔術師っぽいか? 其の割りには右腰に大小二本の刀剣、左腰にはマスケット。其の他小型刀剣を少々。かなりの重装備だが。
重たそうな足音を響かせながら、メアリーの店を出る。
「勝ってねー、期待してるよーっ」
メアリーの言葉を聞くと、其の儘駆け足。未だ朝早い。通りは空いていた。店々で開店準備をしているらしい、人々がギョッとした顔をするが、気にしない。誰かは分からない筈だし。
闘技場迄の一キロ程の道程、一分は切れた様な気がする。
「さて」
出場者用の入り口が分からなかったので、近くに立っていた係らしき男に問う。一瞬、子供の声か背丈を見聞きしてか、何やらおかしな物を見る様な目で見られたが、真鍮製のメダルを提示すると、あっさりと掌を返した。裏迄ぐるっと周り・・・かなり距離がある・・・正面口と比べるとかなり小さい入り口をくぐる。
・・・通された控え室。そこそこ広い。参加者は結構居る筈だが居ない。途中にも幾つか部屋があったので、其方に入っているのだろうか。其れとも未だ来て居ないのか。
卓の上に水差し。硝子の器が何個か置いてある。氷が浮いている事から、恐らく冷たい水。というか、製氷って・・・いや、魔術で作れるのだったな、忘れていた。何故?どんな原理で?と聞かれると非常に困るのだが。
時間になると呼びに来るとの事なので、少しゆっくりさせてもらおうか。今日は朝から慌ただしかったし。そう思って、水差しに手を掛けた所で、後ろで扉が開く音。
「辞めておいた方が良いぞ」
女の声ながら低い。数日前に聞いた。振り返ると案の定、あの危ない獣人の姉ちゃん、スィラ・レフレクスが立っていた。
「何を?」
そう問い返すと彼女は、視線で水差しを指す。まあ、この下りで言えば水の事しか無いのだが。
「飲まん方が良い。嫌な匂いがする」
嫌な匂い。腐っている?いや、何か仕込まれていると考えるのが自然だろう。
「私の部屋の水もそうだった。ほら」
そう行って突き出して来たのは、何やらネズミに似た小動物・・・の死骸。毒味させたらしい。俺も流石に此れには渋い顔になる。
「誰かは知らんがな。まあ、卑怯とは言うまい。勝つ為の努力と策だからな」
スィラは別に何とも思っていない様だった。まあ、分かるから良いのか。俺からすれば勘弁して欲しいものだが。
「一つ借りてしまったな」
此れから戦う相手に助けて貰ってしまった。そんなニュアンスを込めて言うと、彼女はふっ、と爽やかささえ感じさせる笑み・・・こんな顔も出来るのか。もっと危ない人かと思った。
「・・・殺り合う前からくたばられてしまっては面白く無いだろう?」
前言撤回。ぶれてはいなかった。彼女は、その美貌に凄絶とも言える笑みを貼り付け宣う。怖ぇ。
「・・・そうか」
一瞬でも感心した俺が阿呆だった。コイツは根っからの戦闘狂いと、覚えた。
「くっくっくっ、お前との交わりは楽しみにしているのでな。是非勝ち上がってくれよ?どうやらどう頑張っても決勝でしか当たらない様なのでな」
ん?対戦表が出ているのか?
「ああ、其処の廊下に貼り出されていたぞ?」
後で見ておかねばならんな。誰が当たろうとおちおち負ける予定は無いが。
頭の中でそんな事を考える事数瞬、スィラが此方をじっと見ている事に気づく。ばつが悪い。意図せず視線を逸らせてしまう。
「・・・お前は此の街の学生なのだな?」
先程迄の気狂いの雰囲気は何処へやら、一転神妙そうに聞いてくる。何故、知っているのだろうか。
「誰から聞いた?」
若干警戒しながらも、物怖じせずに返す。すると彼女は身体から力を抜き、そう警戒するな、と言う。
「別に他意は無い。ただ、そんな"高貴な身分"の、ましてや子供がこんな血生臭い大会に何故参加するのか、気になっただけだ」
何故、といえば頼まれたから、としか言えないな。
「そう深い理由でも無い。金と、景品目的だ」
其れを聞くと眉を少し顰める彼女。
「・・・金が無いのか?」
ん?そういや然程金が足りていない訳でも無いな。あれ?コレって完全に慈善事業ではないか?メアリーへの?まあ、別に良いか。
「・・・ああ」
もう、ややこしくなりそうなので、適当に返しておく。
すると何を勘違い・・・いや、俺がそうさせたのか、むう、と考え込んでしまった。
「・・・学業を続ける為・・・学校に行くのは裕福な・・・」
何やらぶつぶつと呟いている。暫く戻らなさそうなので、廊下に貼り出されているという対戦表を見に行く事にした。
対戦表は明らかに総当り方式、つまりはトーナメント方式だ。二ブロック、総出場者数十六人。試合数四試合。俺の名は向かって左側、右からA〜Hブロックと仮に名付けると、Gブロック。スィラ・レフレクスはAブロック。
「・・・当たるのは・・・」
自分の対戦相手・・・当然ながら名前など分からない。だが、横にはクラス、つまりは戦闘職が書かれている。俺は魔術師。相手は・・・。
「・・・呪術師?」
呪い?よく分からん。というか、今日戦わなければならないのだが、予備知識無しで大丈夫だろうか。どのブロックから試合が始まるかどうかは分からないが、もしかするとそこそこ博識なカルセラや、少なくとも俺よりは常識に通じているツィーアなら知っているかも知れない。見に来ている筈なので、聞きに行くというのも一つの方法かも知れない。
と、其処まで考えた所だった。
この闘技場の内側、其方から爆発的な歓声が響く。
声の方へ何の気なしに歩くと、外の光が見えた。光量の差の問題で、外がよく見えない光の向こうへ出る。
広い。闘技場の内部は途轍も無く広かった。学校のアリーナ等とは比べ物にならない。外観からして巨大な建物だとは思っていたが、此れ程とは思ってはいなかった。
其の広い闘技場の、広大な観客席が、人で隙間も見つからぬ程に埋め尽くされている。圧巻の光景だ。此の様な催し物、アイドル等のコンサート等か?其の様な物には言ったことが無かった。別に音楽に興味が無い訳では無いが、行ったのはライブハウスでの物等。あまりそう巨大な会場でやる様なグループに好みも無かったし。
だが、これはこれで良いのかも知れない。大衆心理というのか?大勢で一つの事柄に熱狂するというのも、中々面白いのではなかろうか。少し、もっと色々な物を経験しておけば良かったか、と後悔する。
さて、観客席をぐるりと見渡し、来ている筈のカルセラとツィーアの姿を探す。
前世、俺は仕事やら何やらの関係で、肉眼の視力は0.3も無かった。眼鏡を掛けた矯正視力で漸く1.5程度。多分、其の程度では、反対側の人間等区別出来ないだろう。が、今世の身体、その目の視力は頗る良い。そもそも目が悪くなる様な事はしていないので、良いのは当たり前なのだが、其れにしても良く見える。反対側、二百メートル以上ある向こう側の上列席の人間の目の色迄分かる。
・・・が、見つからない。もしかすると、今立っている出場者専用席の近くに居るのかも知れない。視界範囲内に居なければ、どんなに目が良くとも見えないだろう。
「では一回戦!第一試合を行います!選手入場!」
と、もう試合が始まるのか。まあ、十六人、八組だからな。一試合がどれ程時間がかかるかは分からないが、かなり予定は詰まっているのだろう。
「流離いの獣人!武芸者スィラ!」
おっ、スィラか。まあ、Aブロックだしな。それは最初だよな。
彼女は先程見た全身黒ずくめの姿とは異なる・・・手足に装甲を施し、手には長大な斧槍、ハルバードだ。挑発的な身体のラインも露わな、太腿が腰迄見える程の大胆なスリットが入った衣装・・・チャイナ・ドレスか?灰色の其れの裾を靡かせ、意識せずともか、まるでファッション・ショーに出るモデルの様な綺麗な足取りで出てくる。全く重さを感じさせない。よくもまあ、バランスも崩さずにそんな物を持てるな、と感心するが。
獣人とはいえ、彼女の其の魅力的な美しい姿に、スタンドからは大歓声が湧き騰がる。
「続いては!元戦奴!巨人族ドルド!」
声を拡散増幅する魔術に載せられた実況者の声に呼ばれて出現した影に、スタンドからはどよめきが起こる。
デカイ。まずの第一印象は其れだろう。人間とは比べ物にならない、自分よりも三十センチ以上背の高いスィラと比べても、倍以上、三倍近くの身の丈はあるかも知れない。其れに加え、巨木、更には軌道エレベーターに使われる懸架ワイヤー程の太さがあるかも知れない腕、岩の様な筋肉が浮き出た胴体。人間の面影はあるものの、相対的に口が大きく、目が小さい等の差異が見られる顔。此れが巨人族か。装備は所々に配された革製?らしい鎧と、大斧。食卓テーブルくらいはありそうな刃が付いている。また、其の刃にはギザギザと、鋸の様な歯が並んでおり、背にも刃がある。バトルアックスだったか?両刃の斧って。
一見、どう見てもスィラが不利に見える。観客共も、一部、喜んでいる加虐嗜好の者を除き、殆どがスィラの身を心配する。が、其のスィラと言えばニヤリと口の端を釣り上げ、舌舐めずり迄している。そういえば、彼女の実力は見たことがなかったな。予習として、良く見ておこうか。
最寄りの手頃な椅子に腰を落とし、じっくり観戦させて貰う事にした。
ペロリ、と舌で唇を湿らせる。
程よい緊張感、見られている中で力を発揮出来るという興奮、そして・・・何より"戦える"事の快感。
その全てが己の身体を悦ばせる。
戦いへの渇望。それがスィラ・レフレクスを動かす燃料。燃え上がった熱は思考を加速させ、身体全体へ気力というエネルギーを供給する。
獲物は目の前の、見上げる程の大きさの巨人。こいつをどう料理するか・・・実は本当の料理は空っきし・・・舌舐めずりをして手にしたハルバードの鋼鉄製の柄が軋む程に握り締める。
視野が狭まり、目の前巨人のみを捉える。もう、そろそろ我慢出来ない。
「始めェ!!」
もう、足が勝手に動こうとした瞬間、実況者の号令が掛かる。神速とも言える速度で、空気を切り裂きながらハルバードを振りかぶり、地を叩き割らん勢いで蹴る。
巨人、名前などもう忘れた、は面食らった顔をしたものの、すぐに対応、戦斧を叩きつける様に降る。が、遅い。
小さく横に、約五十センチ程跳躍しながら前進。スレスレで地面を割る戦斧を避けつつ肉薄。其の巨木の様な、革の鎧で覆われた脚に、ハルバードの斧を叩きつける。
「ぐおお・・・」
斧は革を鱠の如く切り裂き、其の下に仕込まれた鉄板をも叩き割り。そして其の下、肉に迄浅く食い込んだ。
断ち切ったのは皮膚と筋肉の一部。引き抜いた刃には僅かに血が付着する程度。流石は巨人、頑丈だ。
「おのれぇ・・・」
巨人が呻き、再び戦斧を振りかぶる。同時に反対の手を、スィラの胴を捉えんと伸ばす。
が、其れに態々付き合うスィラでは無い。伸ばされた掌を、片手で持ったハルバードの槍先で切り裂き、振り下ろされる戦斧の腹を全体重を込めて"左手で殴り"、僅かに軌道を逸らす。
足元の土が抉れ、少し横滑りするが、スィラの身体はビクともしない。其れを目の当たりにした観客共は、驚愕と興奮の入り混じった歓声を高くする。
其れに気を良くしたスィラは次で仕留めんと全身に力を込める。其れに相対する巨人ドルド。
彼女から、堅気の人間でも感じ取れる程濃厚な殺気が溢れ出す。
瞬間、観客の視界から彼女の姿が掻き消えた。
次に観客が目にしたのは、巨人の後ろ、十メートル近く離れた地点に着地する彼女。
観客は其ればかりに注目していたが、巨人の方に次第に注目が移ると、観客共は驚嘆と、試合が決まった事に対しての大歓声を上げる。
巨人はごっそりと側頭部を抉られ、最早頭部は原型をとどめて居なかった。あまりの速度の攻撃。今頃になり、忘れていたかの様にゆっくりと倒れる巨人。
別に血は付いて居ないが、ハルバードを血払いするかの如く振り払うスィラ。
「此れは大番狂わせだぁ!!第一回戦第一試合はスィラが勝利を手にした!!」
スタンドを一瞥・・・真っ黒な小柄な影、エリスを発見する。ニヤリ、と笑みを送ってから、悠々と場を後にする。
お前もこうしたい、というラヴコールだったのだが・・・受け取って貰えただろうか?
スィラは頬が緩むを抑える事は出来なかった。
試合結果といえば、スィラ・レフレクスの圧勝であった。
最初、一瞬様子を見たかと思ったら、次のターンには即座に決めた。
成る程、恐ろしく身体能力が高い。獣人とは此れ程の物なのだろうか?
最後、恐ろしく速かったのだが、一応、何をしたのかは見えた。
やった事は単純だ。先ず助走を付けて跳躍、巨人の頭の横を獣が段差を飛び越える様に、すり抜ける様に通過、すれ違いざまにハルバードでザックリと、此れだけの事。
動作は極めて単純、誰でも思いつく様な事だが、なまじ其れをこなした速度が尋常では無い。俺でも無理なのでは?というか無理だな。身体能力的には出来ても、身体を動かす脳が着いてこない。案外、身体とは思うが儘に動かす事は難しいものだ。其れを成すには、其れこそ人生を賭けた鍛錬が必要なのだろう。
・・・其れに体重も足りないし。
とても、とても女性に対しては失礼極まりないのだが、スィラの体重は如何程のものなのだろうか。あの威力はハルバードの重さと回転運動だけでは出せないとは思うのだが。
人間であれ程の体型ならば・・・身の丈百七十センチ程・・・六十キロ程か?少なくともそれ以上はあるだろう。
獣人の平均体重など分からんが、獣人は人間と比べると幾分重いのだろうか。骨格?筋肉?まあ、それはいいか。
最後、彼女は此方を見つけ、意味深な笑みを送って来た。・・・何故か背筋がゾクっとした。
さて、今回の武闘会、俺が切れる手札は主に四つ。
先ず単純な身体能力、格闘戦だ。一応短剣も持っているし、鎧で重力を増加させている。殴り合いでも斬り合いでもどんと来いだ・・・と言いたいところだが、剣術はイマイチなのだ。勘弁して欲しい。
次は、豊富な魔力量を活かした力技、飽和攻撃。オリジナルの高威力魔術も使える事は使えるのだが、其れは本当の奥の奥の手。単純な、既存の魔術を相手が対処し切れない量を持って運用する。此れに尽きるだろう。多分此れは必殺クラス。初見なら瞬殺出来るだろう。物量とは正攻法、対処が最も難しい。古今東西、凡ゆる軍略家が其の対処法を学び、結局は其れが最善と認めざる負えなかった戦術。近現代戦に於いても、ミサイル飽和攻撃という戦術がある。攻撃目標の敵艦の対処能力を超えた数のミサイルを撃ち込むという、極めて単純な思想だが、此れは大きな効果を挙げた。結果、艦船は其れ以前の装備は少なくしつつ電子機器で補うという設計思想から、其れこそ第二次世界大戦以前を思わせる、大型の船体に針鼠の様な火器を搭載する思想に移った。其の結果、其れを超えようと巨大な船体におぞましい数のミサイル・ランチャー、その次発、次次発、次次次発装填装置迄備えた、一隻で一瞬の内に数百・・・千発近い対艦ミサイルをぶっ放す化け物も出現したのだが・・・余談が過ぎたな。兎に角此れは効果が高い筈だ。
次に此れは・・・魔術ではあるが、奥の手、念力の様な物。名前が無いので、ただ念力の様な物と言うしか無い。この魔術はオリジナルだ。高威力では無いが、見えざる攻撃、拘束というのは、有効だと思う。メアリーに尋ねた所、この様な魔術は見たことも聞いた事も無いらしい。元はと言えば、俺が楽する為の物なのだが。
最後に銃。武闘家への侮辱としか言えない様な所業だが、開幕でズトン、とか、やはり初見でやるとかなり酷い、効果的なものがあるだろう。
どの手札を切るか、此れを考える時が駆け引きでは最も楽しい時間だ。買い物では何を買うか考える時が最も楽しい様に。
歳柄も無く、ウキウキしている自分が居る。まるで子供の様だ、と自戒する心はあるものの、勢力的には全くの少量。押し留めるどころか、歯牙にも掛けられない。
闘争心。
束の間、其れに俺は酔いしれた。
誤字脱字、なんかコレおかしくない?的な点が御座いましたらお申し付けください。
7/18 変な文が混じっていたので削除。




