雄立つ
今回は少し文量多めかもしれませぬ。
もっと展開をスピードアップしたいですね。
「武闘会?」
特別課外活動の休暇二日目の朝。朝食の硬めな全粒粉パンを齧っていると、アイクが突如そんな話題を切り出した。
「あー・・・そういえば、もうそんな季節だったわね」
ツィーアも知っている様子。まあ、字面的に内容は予測出来るのだが。
「みんなは見に行くの?行くなら幾つか席開けとくよ?」
カルセラは観戦しに行く様だ。
「・・・わたくしはゴーレムを出す予定だったのですが・・・残念ながら、こ・わ・さ・れ・て、しまいましたので・・・」
このアマ締めたろか。というか、カリナはもしかするとコレがあるから、妙に根に持っていたのかも知れない。いや、きっとそうだろう。
「今年は特に大規模なのよね。予選の出場者何人居たかしら」
最近、食事はこの五人で集まってする事が多くなった。カルセラは元々寮生では無かった様だが、昨日付けで入寮した。何故か。
「私は良く分からないのだが、どういった催しなんだ?」
此の場では、周知の事柄らしい、武闘会の事を聞くのは少々気が引けたが、分からん物は分からんと開き直り、聞く事にした。其の方が、後々楽だしね。
「ん?あー、エリィは知らないかぁ・・・まあ、各地の腕自慢が集まって殴り合いして、勝てたらいいねーっていうイベントだよ」
カルセラが物凄く大雑把に説明してくれた。いや、其の程度は字面から分かるから・・・。
「でも、大元はそんな感じだよ?後は出場するには〜だとか、予選を勝ち残った十何組が本戦で、其処から観戦出来る〜とか。ま、此の国で一番大きな催し物だからね。出場者も観客も其処ら中から集まって来るんだよね。・・・人が沢山出入りするから、いつも以上に身辺には気をつけなきゃダメだからね?」
そんなものか。まあ、面白そうといえば面白そうか。なんせ各地の実力者の技を盗み見る事が出来るのだ。きっと、新たな魔術のアイディアも盛り沢山だろう。
「見てみたいな」
そう言うと、カルセラは瞬く間に笑顔を咲かせる。
「じゃっ、一緒に見に行こっ♪」
まあ、席を確保してくれるなら、此方としては万々歳なのだが。
「席を頼むぞ?」
まっかせなさーい!と平たい胸を張るカルセラ。・・・制服の上からでも分かる平さ。此れが将来膨らむのか、と自分の胸板と見比べながら、しみじみと考える。個人的にはあまり大きくならないで欲しい・・・せめて中以下・・・A?B?で頼みたい所だ。サラシでも巻いておくか?・・・いや。何方にしろ未だ早いか。
「じゃあ、あたしもお願いしようかしら」
ツィーアも来る様子、カリナもアイクも、其々独自に席を確保していた様だ。そういやコイツら上流貴族だったな。最近身分とかそういう事を意識する事が無いせいで、感覚が狂ってる気がする。この水色頭だって、隣国のお姫様(失笑)だしな。
「・・・なんか失礼な事考えなかった?」
気付けばカルセラが、ジトッとした眼を向け睨んでいた。・・・自分の悪口には敏感なんだな。いや、他の事も気づいていないフリをしているだけなのかも知れないが。
「じゃ、二人分別に確保しとくわね」
武闘会か。いやはや、どんな物が観れるのだろうか。聞けば予選は明々後日から始まるとの事。まあ、頑張ってくれ、という感じだな。
で、どうしてこうなった。
「お願いっ!武闘会代わりに出て!」
パチンと手を合わせる、上目遣いで申し訳なさの欠片も感じられない様子で頼み込むメアリー。
「・・・唐突過ぎて何が何だか分からん。順序建てて話せ」
昼過ぎ、今日は一人でメアリーの店を訪れた俺である。昨日、短銃の消耗具合等を見て貰う為、預けていた短銃を受け取りに来たのだった。大体の用が終わった時、メアリーが唐突にそう切り出して来たのだ。
「実はね・・・」
最初、今年の武闘会は何時もの通り観戦するつもりで、闘技場の席を確保しに、受付に行ったらしい。其処では、出場者の意欲を掻き立てる為、優勝時の景品が飾られており、メアリーもチラリと見たのだった。例年、優勝者には莫大な金品と、そして毎年異なる副賞が贈られるのだが・・・問題は今年の副賞だった。
「其れがね・・・"アレ"だったの」
古代武器、其れも見たことが無いタイプ。恐ろしく長く、太い銃身。AK-107の小型の弾薬とは比べ物にならない、巨大な弾薬。其の巨大な弾薬は黒い金属製の金具で連結されていた。一目惚れ。正しくその状態だったらしい。・・・其れは人間が撃つ代物では無い気がするのだが。
「気付けばエントリーしてて・・・」
と、参加者の印らしい、銀色のメダルをヒラヒラと見せて来る。が、改めて考えてみると、とんでもない事をしてしまったという。
「・・・ほんとに化け物クラスしか出場しないから・・・」
「ほら、私、ブランク長いし・・・」
とゴタゴタ宣っていた言を纏めると、何と無くエントリーしてしまった、其れは取り消せない、どうせ勝てないし死ぬのはヤダ、でもあのデカイのは欲しい、という事だった。
「・・・私をなんだと思っているのだ」
メアリーも中々の実力者だ。其れをして敵わない等という連中の中に放り込む気か。
「いや、エリアスちゃんなら大丈夫かなーって」
しかし、優勝賞金、一億オルドは魅力的ではある。機関砲らしき物は要らんが。なので機関砲をくれというのは構わない。だが・・・。
「・・・其れなら私が独自に出た方が得しないか?」
少し吹っかけてみる。だって、其の通りなのだ。俺が独自にエントリーすれば、賞金も機関砲も手に入るのだ。だから、機関砲の分+αくらいせしめねば。
「むぐっ・・・じゃあ!今度から弾代と火薬代、剣の研ぎ代タダでいいよッ!」
背に腹は変えられないのか、中々の譲歩を見せてくれた。・・・長い目で見れば、まあ、良いか。
「・・・優勝は確約しかねるぞ」
相手のレベルが分からないからだ。まあ、ベストは尽くしてやるか。・・・カルセラに謝らないとな。
「其れからな・・・出来れば正体は隠したいのだが」
今回、やるからには結構本気を出すつもりだ。カルセラやツィーアによると、この大会で実力を示すと、観戦に来ている王侯、皇族、大貴族に護衛、兵等に抜擢され、将来安泰コースが約束されたりするらしい。が、俺の場合、其れは望むところでは無いのだ。
「うーん・・・じゃあ、ちょっと待っててね」
パタパタと店の奥・・・ん!?隠し階段!?なんと突如奥への通路の途中に、地下への階段が現れた。其処に入って行くメアリー。・・・奥からガタン、ゴトンといった何やらひっくり返す様な物音から、あれぇ?とか、確かこのあたりに・・・、といった独り言が聞こえて来る。何を探しているのだろうか。
其れから約十分後、何やら金属製の盆の様な物を持って、埃まみれになったメアリーが帰って来た。
「これなんかどう?」
盆だと思ったら、仮面だった。・・・無地で、目の部分だけがポツリと空いているのっぺりしたフルフェイスマスク。不気味だな。
「これね、私が昔使ってた奴なんだけど・・・」
・・・これ付けて殺して回ってたのか。末恐ろしいな。
「変声の魔術が掛かってるから、声も変わるけど、どう?」
成る程、まあ、曰く付きだが、良い品ではある様だ。有難く貰っておこう。
「あと髪の色変えて、服装も変えちゃえば完璧じゃない?」
服は選んておくからね〜、なんて妙に張り切っていた。不安しか無いな。
「ああ、髪は・・・」
どうしようか。メアリーには本当の姿を見せても良い気がしてきた。
突如言葉の歯切れが悪くなった俺の姿を見、訝しげな顔をするメアリー。
「・・・メアリーは・・・」
どうするべきか。隠し続ける事も出来なくは無い。だが、今回の事で疑念を持たれる可能性は高い。
「・・・ねぇ」
メアリーを見やる。異様に優しげな笑みを浮かべていた。思わず心の臓が跳ねる。
「長く生きてるとさ、色んな人に出会うんだよね」
彼女は何処か遠い所を見る様な目をする。ふふっ、と思い出した様に、小さく笑う。
「一癖も二癖も、脛に傷がある奴ばっかり。そう言う私だって、とてもじゃないけど、大っぴらに出来ない様な事は沢山あるよ」
彼女は一時期、無法者に成り果てた。脛に傷があるどころでは無いだろう。
「エリアスちゃんだって、私が最初何かが化けてるんじゃないかって、疑って掛かるくらい、不自然な娘だったよ?」
そんな風に思われていたのか。いや、こんな幼子が大人と対等に言葉を交わしているというだけで不自然か。
「だって、喋り方だっておかしいし、変な事も沢山知ってるし、一体何者なのか、今でも分からないよ?八歳って聞いた時は、は?って思ったし」
幼子の形をした何かの妖怪の類かと思ってたよ、とケラケラ笑いながら言うのだ。
「・・・"この世に生を受けて"八年というのは、本当だぞ」
少なくとも俺の知る限りは。
すると、本当に?と目を見開き驚く様な顔をするので、脛に軽いローキックを食らわせてやった。脛を抑えて飛び跳ねている。ざまぁみろ。
「いっつぅ・・・うぅ・・・でも、要は今更って事だよ。私はもう"きみ"は普通じゃないって分かってるから。でも、幾ら普通じゃなくてもね?エリアスちゃんはなんだかんだ言っても優しいしさ、これでも今は信頼してるんだよ?」
・・・中々泣ける事を言ってくれる。いきなり蹴っ飛ばして悪かったな。
「ほら、エリアスちゃんは子供、私は大人なんだからね?あんまり遠慮するものじゃないよ?」
普段、ふざけている変人ではあるが、其れでも彼女は大人なのだろう。こう言う時、どうするべきか、其れは分かっている様だ。そう、手を差し伸べてくれる。
「・・・じゃあ、メアリー」
彼女はしっかりと、俺という人間と向き合ってくれたのだ。なら、俺も其れに対して礼を尽くさねばならない。
「・・・この姿は仮の姿、なんて言ったらどうする?」
するとメアリーは動揺した様子も無く、うん、と頷く。
「其の金色の髪留め、変装系の魔道具だよね?其れは最初、エリアスちゃんが此処に来た時からわかってたよ?」
なんとバレていた様子。中々末恐ろしい事だ。
「知っていたのか」
まあね、とさも当然の様に言う彼女。
「其れくらい見破れなかったら、此処でのうのうと生きてないよ」
戯けながらも、実感の篭った、貫禄が感じられる。彼女も苦労していた訳だ。
「なら・・・良いか」
覚悟を決める。差し出された手を握り、距離を詰める。間近からメアリーの顔を見上げる形。聖母の様な・・・少なくとも此の時の俺はそう感じた・・・微笑が魅力的だった。身なりは相変わらず、ボサボサのボロボロだが。
前髪を抑える髪留めに指を掛ける。此れを取れば、もう後戻りは出来ない。言い様の無い不安感が込み上げ、じっとりと、嫌な汗が背に噴き出る。
「大丈夫だから、ね?」
ぽんぽん、と頭に手を乗せて来る。・・・子供扱いされるのは、恐ろしく久しぶりだな・・・何とも複雑な気分である。
この世での母は、あまり俺を子供扱いしなかった。ひたすら鍛え、扱き、デキる奴にしようとしたのだろう。まあ、謂わば先天的に知性と理性を持っていたし、既に人格形成もどうこう出来る状態ではなかった為、正しいといえば其れは正しいのだが。
・・・年甲斐も無く、落ち着いてしまう。男とは何歳になっても母性を求めるものなのだろうか。
気付けば、下げた手に髪留めを握り締めていた。さらりと、女でありながら筋張った、豆だらけのメアリーの手が髪を梳く。
「ふふ・・・こっちの方のエリアスちゃんの方が可愛いよ」
女気の欠片も感じられない、手と身なりの彼女。でも、その手は確かに暖かかった。
プラフィットと呼ばれる書がある。アリエテ王国中央部、王都ストラスリオルの広大な王宮、その一角に存在する、王立図書館の最奥部に納められている一冊の本だ。
この世界で使われている言語の、どれとも言えぬ言葉で綴られ、解読は困難、日に日に勝手に文量が増え、本自体のサイズも膨張、記録が始まってより二千年近く経ったと言われているこの歴史書は、今では破れぬ様に捲るのにも一苦労な代物と化している。
そんな関係で、この書を読もうと思って読める者は、現状、この国の王、ハノヴィア皇帝も此処まで足を運べば閲覧する事は可能、此の図書館の管理者、そして、真人教の教皇のみ。
何故真人教という、謂わば単なる宗教の一つの教皇が閲覧出来るのか、其れは、此の書を辛うじて読むことが出来る人材、その殆どを彼等が信者として抱えている為だ。
前述の通り、此の書はそもそも解読が困難だ。文字はこの世で普及している物に近い点がある。しかし文法が明らかに異なり、発音、単語の意味は不明、其れでも辛うじて読める、というのは、此れが歴史書と睨み、現実に起きた事を其処に刻まれた文字列に当てはめる、という作業を気が遠くなる程繰り返し、発音は兎も角、一部の語句の意味を明らかにした、今は亡き真人教のとある学者の功績に依る所が大きい。彼の見たては結果として正解であったのだが、この様な賭けに等しい研究に一生を掛けた彼は、その死後も大きく祭り上げられ、真人教の国内での地位に多大な影響を与えた。彼の研究方法は、その後も続けられ、今も少しづつではあるが、解読が進められている。
この文字は古代文明でも使われていた様で、時折発掘される文書も、この文字で書かれている。この知識はほぼ、アリエテ王国と真人教が独占しており、特に真人教は此れを全力で利用し、王国内政に迄、根を張る事に成功した。
と、此処まで書くと、真人教とは如何なる悪徳強大な宗教集団か、と思うかも知れないが、其の実、然程悪どい集団でも無い。彼等の言う"亜人"に対しては、極めて辛辣、排斥的な態度を取るが、人間に対しては、識字率の向上を図って学校を開く、孤児を拾って社会復帰させる、凶作で飢える集落への援助等、社会福祉的な事業も営んでいたりする。
まあ、其れらも人間が"亜人"に対して優位に立てる様に、という理念の下に運営されているというのは、なんとも歪んだ動機にも思えるが。
そうして救済された人々は、須く真人教の信者となる。そうしてこの王国で信者を増やし、この宗教集団はより大きく、強くなってきたのだった。
ところで、プラフィットだ。このところかなり読める様になってきたプラフィットには、なんとある程度の未来予知迄綴られている事が分かってきたのだ。
此れを知った王国と真人教は大いに喜んだ。未来予知、其れがあれば経済、戦、そして天災への対処等、様々な事柄で、周辺国よりも優位に立てる。まあ、書かれている事は、本当に、本当に大まかで、抽象的で、役に立たない事の方が多かったのだが、大飢饉、魔物の大発生に依る街の壊滅等、事前に知っていたが為に対処出来た事も、あることにはあるのだ。
この予言の情報は、真人教内では良く伝えられ、信者の家族、友人を通して、王国中、更には海を渡った先の帝国に迄届く。誰もがプラフィットを信用し、頼りにする様になった頃だ。そのプラフィットの中の近未来、その一節に、ある一文が刻まれたのだ。
其れは、銀髪赤眼の人物がこの世に修羅を齎す、という事。
本来、この書には、本当に大まかな、大きな事しか刻まれない。例えば大飢饉の時は、西でで多くの人々が天を仰ぎ〜、だとか、風が〜だとか、極めて分かり難い、抽象的な内容ばかりであった。
ところが、この時は内容が明らかな、はっきりと何が起こる、という事が刻まれたのだ。この時の王国重鎮と真人教幹部の慌て様は尋常では無かった。前代未聞の未曾有の大惨事が起こる、だとか、この世の終わりだー、とか阿鼻叫喚を絵に描いた様な状態。紛糾彼等が決めた事は一つだった。
其の人物を引き摺り出し、監視若しくは殺害せよ、と。
その予言の一部でも変えてしまえば、きっとその予言は意味を成さなくなってしまう。幸いな事に、其れを成す人物の特徴は綴られている。其の人さえ居なくなれば、若しくは何も起こさせなければ、この出来事は達成されない。当たり前の思考だ。
この話は民間にも流布され、国中が、世界中が、この人物を探す。其の結果、この人物の存在が確認されたのは、今から八年前の事だった。
切っ掛け、ある人物の出産に立ち会ったらしい、助産師だった。曰く。
「銀髪赤眼の子を産んだ人がいる」
当時、既にこの銀髪赤眼の人物の話は殆どの人々の間に広まり、この時持ち出された噂は、瞬く間に広まる。
誰が産んだのか、ということはよく分からなかったものの、其の人物の誕生が確認された、ということで、真人教は其の人物を探す為、各地の教会に捜索を強化、発見した時は即時報告、という体制を取る。約五年間、子供であろう、その人物の捜索は続けられたのだが、結果、見つからなかった。彼女の母である、シレイラ・スチャルトナが彼女を一切塀の外に出さなかったという事が影響しているのだが、彼等、王国と真人教が知る由もない。
場面は変わり、場所はアリエテ王国王都ストラスリオル。此の広大な城下町の一角、荘厳な白亜の建造物。第二の王城、と迄言われる場所。真人教本部、通称【御殿】其の一室。応接間と呼ばれる部屋。向かい合わせにされたソファの片方。其処に一組の男女が座っていた。
「・・・またっすか」
「またとか言わないの」
方や不満気な声、方や事務的な、しかし不満な色は隠し切れてはいない声。
「だって、コレ何回目っすか?もう数えるのとか諦めたっすけど」
「これは私たちの仕事で、お役目。お給料貰ってるんだから文句言っちゃダメ」
彼等の不満は尤もである。彼等の仕事は、銀髪赤眼の人物を見つけ出す、という仕事なのだが、彼等が滅入っている理由は、その捜索方法にある。
まあ、簡単に言うと、賞金と真人教内の地位を約束した、所謂賞金首制なのだ。其の結果、なんとか其の財と地位を取らんと、虚偽報告が相次いでいるのだ。
例えば、魔道具で姿を変えた、其処ら辺の孤児を連れてくる奴。何処其処で見た、という曖昧且つ屑程も役に立たない情報を以って、情報料をせしめようとする奴。他にもあの手この手でなんとかすり抜けようとする奴等はいるのだが、大方そんな所だ。
で、彼等は其等の応対をしなければならない。そして今日も、そんなインチキ野郎共・・・偶に女・・・の相手をしなければならないかもしれないと思うと、如何に仕事とて、溜息の一つも出る物だ。
「はあ〜ぁ・・・もう俺酒飲んで寝たいっす」
「気持ちは良くわかるけど、ケジメ付けて。・・・もうすぐ入って来るから」
そうして少し経つと、応接間の入り口の戸が開かれる。入って来た人物に、二人は少し眼を見開く。
「(えぇ?アレ、エルク支部の支部長じゃないっすか?)」
「(そう・・・彼が来たって事はもしかして・・・)」
彼は、真人教内部でも有名な男だ。
名をセドルという。今年で四十歳を超えたはずだ。熱心な真人教信者で、魔術師、剣士としても、其れなりの実力を有する。理由は不明だが、亜人を蛇蝎の如く嫌っており、亜人相手には容赦の無い対応をすることで、名を馳せている。エルクという大都市の教会の支部長という、高い地位にあり、確か家も裕福だった筈。そんな人物が、其れこそ彼の財産に比べれば、雀の涙程の賞金と、今よりも遥かに下の地位を欲しがる訳も無い。何より彼の人柄、傲慢な所はあれども、何より仕事熱心な点を考慮すると、詐称の為にわざわざ王都迄来たとは考え難いのだ。
セドルは悠々と部屋の中央のソファ、二人の応対役の向かいに、其の大柄な身体を落とすと、キッと向かいに目を向ける。其の貫禄に、応対役の男が少したじろぐ。最初に口を開いたのはセドルだった。
「ジェイ"大司教"殿、フェリア"枢機卿"殿、本日は貴重な時間を取らせて申し訳ない」
はきはきした、重い声。其れにフェリア枢機卿と呼ばれた女が答える。
「構いません、セドル"司教"。大義の為に時を惜しむ必要はありません」
はっ、と頭を下げるセドル。そう、この二人、教団内ではかなりの地位にある。枢機卿とは、教皇に次ぐ、第二位の地位。教団内に、二桁と居ない、ほぼ最高位の人間だ。大司教とは、司教の上で枢機卿の下、一定区画の教会を纏める司教を纏める立場の人間だ。階級がはっきりしている、この教団内において、大司教ごときが枢機卿に敬語も使わずに話すなど、言語同断ではあるのだが、彼、ジェイ・カセトカは少し特別な存在だ。
「遂に発見致しました!銀髪赤眼の娘を!」
「娘?」
女なのか、とジェイが問い返す。
「は、齢にして八つ程の娘です!不覚にも、逃走を許しましたが・・・恐らく!まだエルクに居る筈です!」
「その根拠は?」
フェリアが問う。
「門に信者を交代で立たせております!・・・中が見えぬ馬車は、暫し追跡させた後、降りてきた者を確認させております!」
ヒュー、とジェイが口笛を吹くのを、フェリアがブーツの踵で足の甲を蹴り付け、黙らせる。ジェイもプライドなのか、顔を赤くしたり青くしたりしながらも、声は出さなかった。まあ、耐えられるギリギリの力で踏みつけたフェリアの技量を褒めるべきだろうが。
「念の為だけど・・・嘘はついていない?"ジェイ"?」
そう問われたジェイは目を細め、セドルを睨む様に見る。
「セドルさん、何も考えないで、身体の力抜いてもらって良いっすか?」
そう言われたセドルは、脱力する様に、ソファの背もたれに寄り掛かる。
「・・・大丈夫っすよ、本当の事みたいっす」
ジェイが元の表情に戻り、セドルに、起きて良いっすよ、と声を掛ける。
此れがジェイの能力である。他人の心を覗き込む魔眼。相手が寝ていたり、脱力した状態で抵抗しない、という厳しめな条件はあれど、相手の考え、感情、見た情景を読み取る事が出来る。其れに加え、彼は少し特殊な脳を持っている。
「へぇ・・・この娘ね・・・可愛いじゃないっすか」
完全記憶能力。一度見た物は決して忘れないのだ。勿論、其れは人の顔も含む。彼はセドルの記憶の中の少女の顔を、己の脳に焼き付けた。
「覚えた?」
「覚えましたよ」
其処でセドルに視線を戻し、退出を促す。
「ご苦労様。もう下がって良い」
セドルは恭しく礼をした後、退室した。後に残った二人、ジェイは、はぁっ、と息を吐き出す。
「酷いっすよフェリアさん!足に踵がめり込んだっすよ!?」
「安心して。壊れない限界は見極めた」
其れが一番キツイんすよ・・、と肩を落とすジェイ。そして、さて、とソファから立ち上がるフェリア。
「行く」
「へっ?」
世にも情けない声を上げるジェイに、硝子玉の様な、感情を読み取れない瞳を向けるフェリア。
「エルク、今晩から」
其のたった二言の意味を理解するのに、約五秒かかったジェイ。
「えええっ!?急過ぎっすよ!?」
ソファから飛び上がり、フェリアに叫ぶジェイ。其の様子にフェリアは少し眉を顰めながら言う。
「分かったらさっさと家に帰って、準備して。じゃないと馬の胴に括り付けて荷物と一緒に持ってくから」
其の言葉に彼は、部屋を慌ただしく飛び出す。
「・・・さて、吉が出るか、凶が出るか・・・」
フェリアもその豊かな緑髪を翻し、踵を返す。
波乱の武闘会が、始まる。
誤字脱字、日本語おかしいんだぜ!的な点が御座いましたらお申し付けください。
機関砲は2A42という機関砲をイメージしております。BMP-2歩兵戦闘車の主砲や、Mi-28、Ka-50/52攻撃ヘリのGunとして使われていますね。※人間が撃つ物じゃないです。




