女傑の交情
今度こそ短いです。切りの良いところで、というのは中々難しいですね。
惚気成分?
馬車に乗ること半日と少し、どうやら目的地に到着したらしい。
本当に何も無い、何処かの街道の途中、膝くらい迄の低草が生い茂る平原が見え、その先には林、内し森が見える。
今回乗った馬車は、サスペンションこそ付いていなかったものの、座席のクッションが良かった。あまり直に衝撃は来ず、比較的快適な数時間であった。
結局、最初は騒いでいたものの、途中で疲れて寝てしまった子供達が、眠そうに目を擦りながら降り、乗り物にあまり強く無いらしい、ネメシア氏もフラフラして降りて来た。ここ迄は遠足のセオリー通りだな。俺を除いて。
「えっと・・・まず・・・寝るところ・・・探さないと・・・」
具合が悪そうだが、やる事は分かっているネメシア・リィ・クロチャトフ氏。曲がりなりにも先生だ。いや、早く自分が休みたいだけか?
「川を探して、近い所に拠点を作ろう」
水の補給が容易、というのは重要だ。現在水筒に入っている水は、一日もすれば空になるだろう。今日中にも補給の目処を付けなければならない。
「去年とは違う所?川あるかしら?」
「来る時に馬車の中から、大きめの川が見えましたわ。多分あっちの方です」
中々に皆逞しい様だ。俺が口を出す迄も無く、ぱっぱと決まって行く。目を白黒させているのは、俺と同じで今年初参加らしい、カルセラ・コウ・エーレン・ベルキアだ。
「あー・・・カルセラ・・・様?当面の方針は此れで良いですか?」
ツィーアに問われるが、何が何だか分からない様子。にしても、カルセラ"様"か。俺は気軽に接しているのだが、やはり他国の皇族には気を遣うのだろうか。だから、出発前の彼等は何故か暗かったのか?
「えっと・・・ええ?」
・・・カルセラは適当に合わせる事に決めたらしい。と、方針も決まった所で、川を探す為、全員で歩き出す。ちゃっかりカルセラは俺の隣に並び・・・ツィーアが少し睨んでいる。なんで?
「・・・エリィ」
ツィーアがカルセラの反対側に来た。そして、手を握って来た。戸惑っていると、いいでしょ?と目だけを此方に向け、消え入りそうな声で言ってきた。やべえ、可愛い。
「あっ、それいーなー♪」
カルセラも反対の手を握って来る。あ、ツィーアの握力が少し上がった。
「・・・エリィ?」
まあ、こんな年頃の女の子は、手を繋いで歩くというのは、前世でも見たことがある。別に良いか、と思い、軽く二人の手を握り返してやる。
「あっ・・・」
「えへっ♪」
ツィーアの顔が紅い。こいつもか?こいつもレズビアンか?女同士だぞ?カルセラ?こいつは黒だ。別に人様の性癖を否定する様なナンセンスな事はしないが、俺は健全な恋愛をすべきだとは推奨したい。いや・・・俺からすると男に抱かれる事を想像すると、身の毛もよだつな。いざという時には絞め殺してしまうかも知れない。実際余裕で出来るし。死のハグ?みたいな?
ツィーアは年下好きでレズビアン。覚えた。
「なんか失礼な事考えられた気がするわッ!!」
「わっ!?突然叫んでどうしたの!?」
騒がしい、いや、姦しかった。
アイク?なんかカリナ嬢と腕組まされて前歩いているぞ?どうでも良いが。
「親愛のスキンシップだ」
正直、こんな上目遣いで、そんな密着して、こんな事を言うのは反則だと思う。
誰もが認める絶世の美少女、エリアス・スチャルトナこと、エリィ。陽を浴びて、何時もよりも碧く見える髪と、切れ長の、紅玉の様な瞳。何をどうしたらそうなるのか、本気で世の女性が羨むであろう白磁の如き玉肌。あまり動かない口角と、鋭い印象を与える眉の関係で、可憐というより、格好良い、将来は世の中の数多居る男共を魅了する、傾国のクールビューティーになると思われるその容貌。其れが、無防備に、数センチ近付ければ額が触れ合う、そんな距離にあった。もしあたしが男だったら、即座に唇を奪っていた。いや、もしかしたら見惚れてしまい、動けなかったかも知れないが。兎に角、普段とのギャップが、ヤバかった。
「(あああああっ!!!可愛い可愛い可愛いッ!!!抱き締めたいッ!!キスしたいッ!!ベッドに連れ込んで一緒に寝たいッ!!)」
一瞬、理性が吹っ飛び掛けた。人目も憚らず、抱き締めて頬ずりする所だった。此れ迄感じた事すら無い、強烈な衝動を、此れもまた今迄振り絞った事も無い自制心なる物を総動員、全力投入して耐えた。
「(おっ、落ち着くのよツィーア!!相手は女よ、お・ん・な!!私は女色じゃない!私は女色じゃない私は女色じゃない私は女色じゃない私は女色じゃない・・・)」
エリィには素っ気ない生返事を返してしまったが、頭の中は其れどころでは無い。若干許容量から溢れそうな感情の本流。
「(はっ!!そういえばこの間ミムルがエリィは女色らしいって聞いたけど、もしかしてイケる質なの?いやいやいや!何考えてるのあたしッ!!!)」
ブンブンと頭を振り、頭から芽生えた謎の考えを追い出す。深呼吸をして落ち着いた頃、エリィに水色頭の、同じくらいの背丈の少女が擦り寄るのが目に入った。
カルセラ・コウ・エーレン・ベルキア。言わずと知れた、有名人、ハノヴィア帝国低域継承権第二位の皇女、今さっき、この班の班員となった少女だ。
皇女。この立場は大きい。本当に大きい。エリィは気安く、名すら呼び捨てにして話しているが、とてもでは無いが真似出来ない。高々地方貴族の者が粗相を働いたとでも流されたら、其れこそお終いだ。彼女は他国の皇族だが、だからこそ、この国での処分も大きい。
要は見栄だ。ハノヴィア帝国は、アリエテ王国の友好国。かつて鎬を削った事もあったが、少なくとも現在は、こうして他国の学園に皇族が通う程、其々の国の仲は良い。そして、仲が良いからこそ、その相手国の重鎮への無礼は、相手への配慮も重なり、酷く罰せられる。そんな触れる事も憚れる様な相手なのだ。
そんな相手がエリィに文字通り"絡み付いて"いる。矢鱈と懐いて居る様で、ニコニコヘラヘラしている。正直大丈夫なのか、自分の事では無くとも冷や汗が出る光景だ。事実、アイクも顔を引きつらせ、カリナなど視界から外し、私は見てませんよー、というアピールをしている。自分とて関わり合わないのが懸命なのだが・・・。
「カルセラ様?」
気付けば声を掛けていた。自分でも驚く程自然に、だ。今年の特別課外活動の実施地へと向かう馬車の中、偶々向かい合わせに座る事となった彼女。アイクとカリナは、ネメシア先生も巻き込み騒いでいる。エリィといえば、馬車に乗って早々目を閉じ、寝てしまっている様だ。問題のカルセラ姫は、特に歓談に参加する訳でも無く、ぼけーっと、窓の外を眺めている。仲の良いらしい、エリィが無反応になってしまい、話し相手が居ないのだろう。
「ん?なぁに?・・・えーっと・・・て・・・いや、つ・・・つつつ・・・ツィーアちゃん?で合ってる?」
なんと名前を覚えてくれていた様だ。皇女ともあろう方に名前を覚えて貰えた、というのは非常に光栄だ。・・・不思議とそんなに嬉しくは無いが。
「はい。ツィーア・エル・アルタニクと申しますわ」
普段こそ口調はお世辞にもあまり良くは無いツィーアだが、流石に相手が相手だけに、最上級の敬語で接する。一応、出来る。やらないだけで。普段からコレで話すカリナは、どうも理解出来ない。
「んー。そんな畏まらなくてもいいよ?ツィーアちゃんも煩わしいでしょ?」
そうは言うが、警戒を強める。そう普通の口調を出したが最後、此処ぞとばかりに、無礼だ!と叫び、告発するのは、貴族社会では稀にある事なのだ。当然、ツィーアも其れは分かって居る。
未だ警戒の色が抜けない、どころか濃くなっているツィーアを見かねたのか、カルセラは苦笑いをする。
「・・・別に取って食おうって訳じゃないんだからさ。エリィちゃんの友達でしょ?そんな嵌める様な事したら、後が怖いもん。しないから安心して?其れに・・・」
肩を竦め、戯ける様に話すカルセラ。
「・・・私がやる気ならもう足は取ってるよ?ツィーアちゃん、私の事"そんなやつ"って最初、言い掛けたもんね?」
ビクッと竦むツィーア。やはり気付かれていた。顔を少し青ざめさせ、背筋には冷たい汗が流れる。其れだけ、彼女の力は強大なのだ。
「・・・だから今更でしょ?良いって言ってるんだから、あんまり固辞しても無礼になっちゃうよ?」
そんな気はさらさら無さそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべ、下から見上げる様に眺める。其の文句と、様子に遂にツィーアが折れた。
「・・・分かったわ・・・でも・・・」
尚も歯切れが悪い。カルセラは、うーん、と少し考える素振りを見せると、ふと何か思い付いた様に、突如切り出す。
「そういえば、しっかりと名乗って無かったね。ハノヴィア帝国皇女、カルセラ・コウ・エーレン・ベルキアよ♪ヨロシクね!」
パチリと、中々様になっている可憐なウィンクも決める。軽い、皇女とは思えない軽い自己紹介に、少し呆然とする。
「カルセラ、もしくはカルちゃんと呼んでいいよ?」
「い、いえ・・・それは流石に・・・」
複雑に混乱しているツィーアの内心を分かっているのか、分かっていないのか、んふふ〜、とニマニマ笑うカルセラ。
「む〜・・・まっいっかぁ・・・そういえば其れよりも、なんか聞きたい事があったんじゃないの?」
そう、そういえば、聞きたい事があったのだった。其処迄暴露ていると、何と無く格の違いを見せ付けられた気がしてしまう。
「え、ええ・・・カルセラ様「様は要らないよ」・・・はい・・・カルセラはエリィと何処でお知り合いに?」
そんな問いに対して、敬語なんていいのに・・・、とぼやきつつ、彼女との馴れ初めを語り始める。
「エリィちゃんとはね・・・恋人同士なの♪」
「ぶふぅ!?」
突然の爆弾発言に、思わず噴き出す。
「い、いきなり何を・・・!?」
「んふふふ〜♪冗談よ」
ニシシ、と実に楽しそうに笑うカルセラ。どうもこの年下の少女に遊ばれている気がする。・・・其れが不思議とあまり悔しくは感じない。何故なのか。
「で、本当の所はどうなので「む」・・・どうなの?」
敬語を使おうとした矢先に咎められる。中々にしつこい。
「ん〜・・・なんて言えば良いかなぁー・・・」
首を傾げ、何やら考えている様子。そんな複雑な出会いだったのだろうか。
「私が(魔眼の事や自分の立場について)告白してぇ・・・(臣下になって)欲しいって言ったらぁ・・・(本当に皇帝になったらな、って)お預け食らっちゃったの♪」
えへっ♪、と笑うカルセラからすれば、嘘は言っていない。相当に、意図的に、悪意を持って省略されているが。
「は!?なっななななな・・・」
顔を茹で海老みたいに真っ赤にして固まるツィーア。まあ、当たり前の如く、勘違いは起こる物で。
「(恋人同士!?本当に!?やっぱり女色?女色なの!?まさかカルセラと!?確かにカルセラ様もお美しいけど!?そんな!?)」
目を回し、茹で上がった様に真っ赤になっているツィーアを見て、カルセラは満足気に、しかし、悪戯が成功した悪餓鬼の様な笑みを浮かべ、ニヤリと笑う。あまりに慌てふためく彼女の様子が面白い為、黙って観察する事にした様だ。
「(エリィが!エリィがカルセラに取られちゃう!?いや、何考えてるのあたし!!エリィは別にあたしの物じゃないし!?いや、でも・・・)」
「ありゃ?」
カルセラが、疑問符を上げる。
「(負けない・・・わよ・・・)」
ぷしゅー、と頭から湯気を上げて、脱力してしまった。眠ってしまった様だ。気絶に近いが。
「あららー・・・エリィちゃんも大変ねぇ・・・」
あくまで他人事の様に、しかし、この後の面倒な事態を想像してか、額から汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべるのであった。
歩く事半刻と少しか、中々大きな川が見えた。その近くに、木々が開けた場所があったので、其処にタープ等を張り、拠点を設営する。
「こんなもんだろ」
ふぃー、と唯一の男、アイクがタープを張り終えた様だ。カリナ?なんか木陰でうつらうつらしてるぞ?
「じゃあ、次は食べ物探さないとね」
何気にしっかり者のツィーアである。この中でもう一人の最年長女子がアレなのにね?
「うーん・・・私食べられる野草とかなら、結構分かると思うよ?」
以外な事に、カルセラは山菜野草に詳しい様だ。いや、俺はさっぱりなのだが。
「俺は・・・カリナを置いてく訳にもいかないから・・・其処の川でなんか探してみるよ」
アイクが川、と。流されない?大丈夫?翌日水死体でーとかは御免だぞ?
「泳ぎは得意なんだ」
あっそ。まあ、良いけど。念の為にカリナ嬢を起こしておけよ?
「あたしとカルセラで野草探しに行くから、エリィも一緒に来てくれない?魔物と出会っちゃう可能性高いし」
俺は護衛、と。まあ、当初からその役割だったな。別に異論は無い。
「なら行こうか」
拙速に限る、だ。必要な事はさっさとこなすべきである。大抵の事は、と頭には付くが。
「魔物仕留められたら、お肉も食べられるかもね」
「もう、魔物はそんな甘く無いんだから。気を付けてね?」
何時の間にこの二人は仲良くなったのだろうか。馬車の中で何かあったのだろうか?さっきはあまりに煩くて、頭の中で完全に会話をシャットアウトしていたからなぁ・・・。
「エリィちゃん、手繋ぎましょ♪」
「あっ、狡い!」
両方から手を抑えられてしまった。こいつら、護衛の意味理解してる?
「・・・いざという時、反応出来ないだろう」
と、この場では流石に断った。別に魔術なら手が塞がっていても使えるのだが、切れる手札は多いに越した事は無い。大抵の場合は。
「ちぇっ、エリィちゃんのいけずぅ〜」
唇を尖らしても無駄だ。まあ、本気でも無いだろうが。
「・・・」
ツィーアは何やら残念そうだ。こっちは本気か?本気なのか?レズビア・・・。
「違うッ!?」
「わっ!?いきなり叫ばないでって!?」
・・・ツィーアって奴、やっぱりおかしいと思うのだよ、俺は。
そんな雑談・・・漫才みたいな・・・を続けながら歩く。途中見つけた食べられるらしい、野草を採取しながら(俺は全く分からない)、歩き回る事、四半刻、遂に見つけた。
この世界の人々を脅かす、魔より出でたと言われる獣。
魔物、だ。
誤字、脱字、設定崩壊、日本語崩壊を発見されましたら、お申し付け下さい。




