蒼空の女帝
短いかもしれませぬ。かなりポンポン投稿できていますが、謎のやる気故の事です。反動は、必ず、来ます(汗)
「私の奴隷になってよ」
突如、平然とそう言い放った名も知れぬ彼女は、何が可笑しいのか、クスクスと笑う。
「お前は一体何を言っている?」
奴隷、人権無し、扶養義務無し、飼い主の命令は絶対。そんな物になれ、と初対面の相手に向かってそう言い放ったのだ。失礼どころでは無い。頭がおかしいのではないだろうか。
「ふふふふ・・・ごめんごめん、言葉の綾よ」
言葉の綾というレベルでは無いだろう。
「じゃあ、改めて、私の名前は、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアって言うの。宜しくね!」
パチリとウィンクをする。何こいつ可愛い。しかし、長い名前だ。四文節?初めて聞いた。
「ふふん♪」
彼女は胸を張って、ドヤ顔をする。なんで?だが、弄ると面白そうな娘だ。
「なあ」
「なあに?」
ふふん、と顔を斜向け、無理矢理見下す様に此方を見てくる。うざいというより、微笑ましいか。
「スカートに虫が付いてる」
「えっ、いやっ、キャアッ!?」
ジタバタと慌ててスカートをバサバサと引っ叩く。こら、めくれてるぞ。短いんだから見えるだろうが。あ、見えた。白が。どうでも良いが。
「因みに嘘だ」
そう言うと、ピタリと停止した。ふう、と息をつくと、今度は恨めしそうに、しかし、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「・・・なかなかやるじゃないの・・・この私を謀るとは・・・それでこそ我が"臣下"に相応しいわ・・・」
中々に芝居掛かった仕草。今度は俺が首を傾げる番であった。臣下?この娘はそんなモノを持てる程の立場なのだろうか。
「臣下だ?」
問い返すと、彼女は別に聞いてもいないのに、ふふん、と平たい胸を再び張る。
「私こそが!ハノヴィア帝国!帝位継承権第二位、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアとは私の事よ!!」
ドドン、と効果音が付きそうな名乗りであった。どうしても格好良いではなく、可愛いらしいのだが。
「へぇ」
お隣の国のお姫様だったのか。帝位継承権第二位、ということは兄か姉が居るのかね。真偽は兎も角。
「何よ、反応薄いわね。もっと驚きなさいよ」
ぶー、と言わんばかりに口を尖らせる。どう見ても拗ねたお子様である。
「逆に其れが本当だとして、何でそんな奴がアリエテの学園に居るんだ?」
素朴な疑問だ。お隣の国の皇族が他国の学園に?そんなに王国と帝国の仲は良いのだろうか。
「なんでも、魔術に関してはこっちの方が進んでるって事で、こっちに来てるの・・・って疑ってるのね!?そんな怖いもの知らずな嘘つく人なんて居ないわよ!!もし嘘だって分かったら、侮辱罪でその場で死刑だからね!?」
そうなのか。という事はこの娘は本当のお姫様。・・・って本当にお姫様かよ!すげぇな。
「・・・・」
「なっ、何よ・・・そんなじっと見て・・・」
・・・こいつが?お姫様?何か間違っていないか?眼には知性を感じるが・・・。
何と無く、本能に従って腰を上げる。彼女、カルセラは僅かに身構えるが、構わず歩み寄る。
「えっ、あっ、何っ?」
至近距離から彼女の瞳を除き込む。やはり、か。
「えっ、ちょっ!?わきゃっ!!?」
胴に腕を回し、右手で彼女の左脇腹に、左手で右脇腹に指を這わせる。ガッチリと捕まえた状態で、擽る。
「ひぃっ!?あはっ、あははははは!!やめっ、やめてっ!?ひひっ、あひゃひゃひゃひゃ!!」
彼女の脇腹を蹂躙する事数分、ぐったりと、息も絶え絶えな彼女を抱え、奇怪なオブジェに腰を掛ける。
「はぁっ、はぁ・・・いきなり何するのよぉ・・・」
まだ"猫を被っている"彼女が腕の中に居る。
「本性を現せ」
「えっ?」
キョトンとした顔を見せるカルセラ。が、その顔には動揺が見て取れる。
「本当のお前はそんな人物では無いだろう。さっさと本性出して、本心で話せ。信用出来ん」
すると、膝の上に載せて抱き合う様に向き合う彼女の顔から、表情が消えた。だが、数瞬の後、黒い、嫌らしい、邪悪な笑みが浮かんだ。
「ふふ、ふふふふふふ・・・やっぱ分かっちゃうんだ」
クスクスと嗤う。一気に不気味さを湛える笑みを至近距離から見た、俺の内心は穏やかでは無いのだが、其れは表に出さない。
「其れが本性か」
其れを肯定する様に、先程とは比べ物にならない程に、可愛さの欠片も無い、歪んだ笑みを浮かべる。
「ふふっ、そう・・・此処まで見抜けるなら合格かな?」
耳元で囁く様に囀る。ゾッとする様な声だ。こんな幼子が出して良い様な声では無い。
「何がだ」
クスクス、と延々と嗤っている。何が可笑しいのか。
「あなたは疑問ばっかり・・・でも許してあげる。あなたは"有能"だから」
「有能だと?」
そう、有能なの、クスクス嗤いながら囁く。彼女の白磁の様な、細い指が、俺の顎をなぞる。
「私ね、無能って嫌いなの。お父さまもお母さまも、有能。兄さまも、有能。でも、無能」
禅問答みたいな事を言う。
「お父さんもお母さんも、よく国を治めてるし、外交も良くやってる。兄さまだって、時期皇帝として、政治とか、武術とかを磨いてる。でも、ダメなの」
こいつが求めているのは、一体何なのか。
「其れを持ってるのは"私"だけ。私しか持ってないの。そして・・・」
恐ろしく深い、狂気を孕む蒼玉の瞳。チラチラと奥で閃く意思の光が、まさに俺を飲み込まんとする。
「・・・帝となるのはこの私」
絶対の自信と自負。その強大な自尊心の塊、其れがカルセラ・コウ・エーレン・ベルギアの正体。自分以外の全てを見下し、認めぬ者。
「其れには、有能な臣下が要る。強く、賢く、そして・・・」
まるで愛しい男を誘惑する様に、首に手を回し、しな垂れかかって来る。
「・・・美しい者」
己に陶酔した、艶かしい声。完全に上気した幼い顔には不相応な、妖しい笑み。内なる狂気より出でた其れは、彼女をただ前へと突き動かす。その蒼玉の瞳は、見る者を魅了する魔眼。妖しく、美しく煌めく・・・。
覗き込まれたエリアスの紅い瞳が、ぼうと光を失ったのを見て、カルセラは満足気に嗤う。
「あなたはもう・・・私のモノ・・・」
愛しいソレを愛でる様に、其の首筋に己の舌を這わせるのであった。
ツィーア・エル・アルタニクは、己の領地から送られてきた書簡に目を通していた。
彼女は幼いながらにも、一家の当主で、領主だ。こうして学業に励んでいる差中にも、父から受け継いだ己の領地では民が生活を営んでいるし、物資が、人が出入りする。雇った文官連中は良い仕事をしてくれているのだが、どうしても責任者足る、領主の印が必要な物はあるのだ。更には、領地運営の方針、問題の対処等、領主が頭を使わなければならない事も多々ある。優秀な使用人であるミムルの補佐も有るが、其れでもこの大量の書類と頭を使いながら格闘し、学業にもしっかりと結果を残しているツィーアは、相当な人物なのであろう。
「あーっ!もうっ!クソ盗賊共め!!ちょっとはこっちの苦労も知りなさいよッ!!!」
実際は何処とも知れぬ元凶共への罵声を吐きながら、ぜいぜいと息も絶え絶えに、何とか遣り繰りしているというのが現実であるが。
「お嬢様、賊を恨むのでは無く、賊を減らす方策をお考えください」
「分かってるわよそんな事ぉ!!」
うがーっ、と子犬が牙を剥く様に叫ぶツィーアを、暖かく見守るミムル。そんな何時もの彼女の内政。普段であれば、此の儘二人はやれ何処の店のケーキが美味しかっただの、最近どの服が流行りだ、という様な雑談に講じ、一日が終わるのだが、今日の雑談は、少し毛色が異なった。
「エリアスさんですか」
「うん。エリィったらこの間だって、いつの間にか居なくなってて・・・私とカリナだけ寮監に怒られたのよ!もう、薄情だと思わない?」
「お嬢様、其れを要領が良いと言うのです」
言わずもがな、最近ツィーアお嬢様の周りに現れた少女、エリアス・スチャルトナの事である。
エリアス・スチャルトナ。八歳、身長、百三十センチばかり、青みがかかった黒髪、切れ長の赤い眼が特徴。白色の特殊制服を着ている。白色と言えば、他国の皇族や、王族等が着ていると、使用人達の噂で聞いた事がある。お嬢様が唯一交友のある殿方、アイク・ベル・イオリア様も白を着る。表向き身分は隠している様だが、白制服を着ていては、徒らに邪推を招くだけだと思うのだが、隠すか地位を誇示するか、この国の王族の考えは良く分からない。まあ、暗に示す、という観点で言えば、目論見は成功しているのだろう。暗に示してどうするのか、という事は分からないが。
「エリィってお肌綺麗よね。何か塗ってるのかしら」
エリィ、お嬢様が人を愛称で呼ぶ事は、自分が彼女に仕えてこの方、初めての事だ。其れも、エリィ、エリィと楽しそうに呼ぶのだ。お嬢様はあの可愛らしい年下の少女を、相当に気に入っているらしい。
お嬢様の話では、信じられない事に、街で私が、風属性初級切断魔術『スライサー』を浴びせられ、駆け付けたお嬢様に治療された後、下手人と対峙していたお嬢様を助けてくれた、いや、相手を一方的に蹂躙していったそうだ。
つい先日にも、彼女と高飛車娘、カリナ・ヴァン・マリョートカ様との決闘にて、カリナ様が繰り出した、ミスリルゴーレムを破り、勝利してしまったという。私は直に見てはいないし、俄かに信じ難いが。先天的な才能もあり、お嬢様も既に魔術師としても一流の域に達しつつあるが、其れでもカリナ様の岩のゴーレムの相手が精一杯だったのだ。お嬢様以上の魔術師など、其れこそ此処の教師や、王国軍、近衛魔術兵団の最精鋭は兎も角、国中の魔術師を掻き集めた部隊、宮廷魔術師団でなら、上位半分に位置する者くらいであろう。火属性に限り、自由自在に上級魔術迄行使するお嬢様は、それ程の階位に位置することが出来る魔術師である筈なのだ。
其れをして、あたしじゃ相手にならないよ、と苦笑混じりに言わせる程、尋常では無い。
「来週は特別課外活動ね〜。腕が鳴るわ〜」
来週、自分の目の届かない所に、危険な所にお嬢様は行ってしまう。其れにエリアス様は班員として随行する。幾分か疑念は残る物の・・・彼女にお嬢様を守ってくれるように頼んでみようか。
「うーん、ちょっと疲れた。お昼寝するわ。夕食の一時間前に起こしてくれる?」
丁度良いか。エリアス様の所に行ってみよう。何処に居るかは分からないが、歩いていれば遭遇する筈。
「畏まりました。では、ゆっくりとおやすみくださいませ」
そう言って踵を返す。して、この目でしかと見極めねば。
「気持ち悪い」
「あんっ」
この女と来たら、いきなり首筋を舐めて来た。いや、こんな美少女にされると、悪い気はしないのだが、いきなりは無いだろう。いきなりは。
そう思うので、ぐいと頭を押し返す。というか女同士だよな?俺、身体は女の子だよな?
「いきなりなんだ。気色悪い。お前はレズビアンか」
「あはっ♪やっぱ"堕ちなかった"かぁ」
堕ちなかった、確かにそう言った。
「・・・何か使ったのか」
んふふふふ、と笑い、自らの眼を指すカルセラ。
「私ね、《魔眼》持ちなの。他の人を『洗脳』したり出来る。でも・・・あんまり実力が離れちゃってると効果が出ないの」
洗脳、物騒な単語が出て来た。そんな物を掛けられていたのか。この女ヤバイな。
「霊格?って言うのかな?それぞれの魂には格があって、其れが私と同等か、下なら掛かるんだよね。でも・・・私より上かぁ・・・悔しいなぁ」
本気で悔しそうだ。この娘、ヘラヘラしている様に見えて、恐ろしくプライドが高い。自分の能力に絶対の自信を持っている。其れが敗れたのは、悔しいのだろう。
「でもね、あなたに臣下になって欲しいっていうのは本当よ。将来、私はハノヴィアの皇帝になるつもり。その治世の助けをして欲しいの」
一転して真面目な顔。この流れ、何処かで体験したな。人を落とす上等手段なのか?
まあ俺の答えといえば、だが。
「断る」
当たり前だ。そんな若い、というか幼い内から縛られて居たく無い。まあ、皇帝の側近、悪くない、将来安泰な職だが、確実性が無い。
カルセラと言えば何処か達観した、諦めの表情をしている。そんなに残念だったのか。少し激励してやらねば、後味悪いな。
「だが」
俺の上に跨った儘のカルセラの肩を抱き寄せ、顔を数センチの所まで近づける。今度は彼女が目を白黒させる。
「お前がもし皇帝になって、ハノヴィアが良い国になったら・・・」
眼を合わせ、意思を伝える。
「私が自ら、お前の城の門を叩きに行く」
そう啖呵を切る。すると混乱していた彼女も、言葉の意味を解したのか、徐々に笑みが深く・・・今度は好戦的な、真っ直ぐな笑みを浮かべる。
「・・・いいわ、私は皇帝になる!見てなさい!あなたが私の脚を舐めてでも、臣下にしてください、って懇願する様な国を作ってやるわ!!」
ちょっと言い過ぎではないのだろうか。まあ、それ程の覚悟、と受け取って置くが。
「言ったな?やれよ?」
「あんたもね!絶対よ?」
そして同時に宣言する。
「「上等!!」」
お互いに顔を合わせて笑う。
「(いつか・・・振り向かせてやるんだから・・・)」
カルセラはエリアスの顔を見据え、決意を新たにする。
中々どうして、言霊というのは存在するのではないか、と彼女等が考えるのは、また先の話・・・。
「(エリアス様とカルセラ様!?二人きりで抱き合って!?えっ!?えっ!?女色だったのですか!?エリアス様は女色なのですか!?)」
其れを覗き見て、盛大な勘違いをし、起きたツィーアに告げ口をして、夕食時に一波乱を招く猫耳メイドが一人居たことに気付くのは、また別の話。
誤字脱字、日本語おかしーですたい、というような所が御座いましたら、お申し付け下さい。




