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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第一章
16/94

ブラック・フリージア・メアリー

少し難産でした。その上文が拙いかも知れないです・・・(土下座)


※少し性的な描写、グロテスクな表現が有ります。ご留意下さい

メアリー・アリソンは、今から約186年前、世界最大最古の都市国家、アトラクティアで産まれた。


アトラクティアは、歴史上、最初期から登場する都市国家で、現在に於いてもこの地上でも有数の国力を保有している。アリエテ王国、ハノヴィア帝国、南部未開地域の折り重なる、交通の要衝に位置し、峻険な山岳地帯に囲まれた天然の要害足るアトラクティアは、その特性からか、幾度と無くその土地を狙われ、ハノヴィア帝国に二度、アリエテ王国に三度攻撃を受け、南方からは何度蛮族が攻め入って来たかも分からない。しかし、今日もなおその威容を保っている事からも分かる通り、其れらの全てを退け、南方の蛮族は兎も角、アリエテ王国、ハノヴィア帝国の何方も、攻め入るよりも普通に交易をした方が得であると判断し、永世中立国とされた。少なくとも表向きは、人間、獣人、魔族は全て平等であるとし、この世界では珍しい議会政を敷く。結果凡ゆる人種が入り混じり共存する、この世に二つと無い人種の坩堝となった。


メアリーもそんなアトラクティアに移住した両親から産まれた口だった。


メアリーはエルフの母とドワーフの父を持つ。不思議な事に、エルフ特有の長耳や、ドワーフ特有の低身長もなく、見た目上は普通の人間に見える。が、現在齢にして百八十六、その見た目は人間の二十になったばかりに見えるが。


ところで、異種族間のハーフというのは、極めて珍しい。そもそも子が出来る可能性は限りなくゼロに近い。また、仮に子を成したとしても、本来受け継がれる両親の種族としての形質も失われる可能性が高い事は、これ迄の数少ない例からも窺い知る事が出来る。


メアリーも例に違わず、人間の女よりは少し力は強いものの、剛力であるドワーフの父を持つとは思えないものであった。弓を抱いて産まれてくると言われるエルフを母に持つものの、弓の腕は空っきしで、精霊達の声を聞く事も出来ない。顔も人間で言うレベルで言えば可愛い方かも知れないが、神秘的な迄の雰囲気を持つエルフには程遠い。強いて言えば手先が器用であるというドワーフらしき形質を受け継いでいるが、其処は既に個性の範囲だろう。


要は彼女は魔族でありながら、魔族の魔族足るアドバンテージを持たない、殆ど人間の様な存在なのだ。本来、魔族の土地では無能とされ、人間の土地では人外と差別され、何方にも居つけない様な存在であった。


しかし、産まれた場所が良かった。表向き、政府としては種族差別が無いアトラクティア。彼女は見た目上は人間である為、人間とも仲良くなれた。彼女の発する魔力は魔族の物である為、魔族達とも打ち解ける事が出来た。結果、表向きは差別は無いとされながらも、其れでも確執が存在した異種間交流に多大な影響を与えた者。それがメアリー・アリソンだった。本人にその自覚は薄いが。


転機は彼女が五十歳を超えた頃。彼女の見た目は人間からすると、十四か十五歳程か。人間、魔族達に慕われる、そんな彼女の噂を聞き付けたアトラクティア議会の議員が、彼女の功績を、アトラクティアの平和と発展への貢献として、表彰したいと言った事から始まった。


当然彼女は辞退する素振りを見せる。彼女は明るく、活発な娘であったが、そんな人前に出る事は照れ臭かったのだ。其れに、本人からすると、普通に誰とも隔て無く仲良くするという、当たり前の事をしていただけだ、という意識であった。実際そんな事を実践出来る様な人格者は稀なのだが。


結論から言うと、彼女は表彰を受けた。両親も賛成したし、彼女の友人からの強い後押しが有り、更に、全体的に淀んでいたアトラクティアの娯楽業界からも、新しいアイドルの様な存在として、祭り上げられ、後にも引けない状態であった為だ。表彰の場での、赤面しながらの噛み噛みのスピーチは、その場に集まった市民、議員達に微笑ましく見守られ、彼女にとって忘れられない出来事となった。


種族を超えた多くの者達に慕われた彼女は、時代に新たな一石を投じたと言えるだろう。事実、アトラクティアの歴史書には、彼女の名が刻まれている。


が、何時の時代にも変化を嫌う者は居るものだ。ましてや当時は今よりも尚差別の根強い時代。彼女を面白く思わない者も、当然の事ながら少なくはなかった。更に当時、アリエテ王国にて、新興宗教、真人教が興った。当時、飢饉や疫病が蔓延り、治安が極めて悪化していたアリエテ王国政府も、手っ取り早く民の不満を逸らす捌け口を求めており、真人教の獣人、魔族差別を容認、組織の拡大の支援まで施した。結果、彼等の言う、"亜人"に対する差別が激化、アリエテ王国からは、奴隷身分以外の獣人、魔族は姿を消した。彼等は、比較的差別の少ない、ハノヴィア、アトラクティアに流れ、軍事、経済に多大な影響を与えた。大半の者はハノヴィアから、沖合に存在する魔族の国、ヤールーンに獣人も魔族も一緒くたに送られ、此れまで殆ど国としての体裁を成していなかった、彼の地、ヤールーンに魔族と獣人の国、はたまたは、"亜人"の国ヤールーンが正式に成立した。


一方、アトラクティアである。流入したのは比較的少数であったが、其れでも街角に難民が溢れ、アトラクティアの治安の悪化に繋がった。当然住民達は面白くない。が、彼等の境遇も理解出来るので、恐る恐るながら、手を差し伸べていった。


一方、難民達もアトラクティアに困惑した。其れ迄彼等を散々に排斥し、侮辱してきた人間と、自分らと同じ獣人、魔族が当たり前の様に共存して暮らしているからだ。彼等から見れば俄かに信じ難い光景である。彼等からすれば人間とは、残虐で、冷酷で、集団で自分達を虐げて快楽を得る様な生き物、間違えても一緒に生活する等出来はしないという認識であった。其れが友に手を取り、難民である自分達に手を差し伸べる。感謝よりも疑念が勝った。その言葉と行動裏を疑い、疑心暗鬼に陥る。が、彼等にその手を取る以外の他の選択肢は無い。其れは不満になり、疑念は深まり、最後には行動に出る。


そして其れは遂に起こった。


切っ掛けは些細な口論。街の広場、噴水の傍で二人の男が口論となった。一方は鳥人族の男、一方は人間の男だ。彼らが何故揉めていたか、其れを知る者はもう居ない。鳥人族の男は難民であった。難民だからといって、別に食い詰まる程困窮していたわけでもない。彼等はきちんと財産を持ってきていたし、彼等の身体能力を求める職場も、すぐに見つかるからだ。人間も、このアトラクティアで生計を立てている者、立場の問題では無い事は確かだろう。


口論が発展し、取っ組み合いの喧嘩となった。が、身体能力で劣る人間が鳥人族に勝てる筈もない。一方、鳥人族も、人間の身体が如何に脆いか分かっていなかった。


頬を張ったつもりが、顔を爪で引き裂いてしまった。目、鼻、口を潰された人間の男は間も無く死亡、其れを見ていた周りのアトラクティア市民は怒り狂い、鳥人族の男を集団で襲う。其れに立ち向かう難民の者達。この争いは一つの区画を巻き込んだ小さな内乱の様相を呈し、騒ぎを聞き付けた政府が投入した治安維持部隊が此れを鎮圧する迄に、市民、難民にかなりの数の死者が出た。


此れを切っ掛けに、市民と難民の確執が決定的となる。市民からすれば、「助けてやったのに何様だ」と、難民からすれば、「理不尽極まるだろう」と主張し合う。この対立は都市全体に広まり、市民と元難民らとの間の抗争は激化する。当然、数で圧倒的に劣る難民達が叩き出され、この都市国家に於いて前代未聞の内乱は、イレギュラーを排除する事で解決した。


ところで、メアリー・アリソンである。彼女は当時、アトラクティア各地で、公演を行い、難民とも仲良くしましょう、的な事を言って回っていた。其処に来ての内乱である。彼女は難民も市民も分け隔て無く接するべきと、本気で思っていたし、自分もそうしていた。そして、また一つの区画での公演を終えたある時であった。彼女の元に、妖精族の友人・・・妖精族を友人に持つというのも珍しいどころではない・・・が、彼女の宿泊先に、尋常では無い様子で駆け込んで来たのだった。


妖精族の友人が伝えた事、それは、彼女の出身地で大規模な動乱があったとの事だった。


両親の無事を心配する彼女は、故郷の区画へと飛んで帰る。


家への道を進む内に、街に残された傷跡から、動乱の凄まじさを窺い知る。


幼い頃からよく歩いた石畳の至る所に、赤黒い血染みと、未だ処理されていない人間、エルフ、獣人、小人らの遺体が倒れ伏す。其れを運ぶ軍の兵士達。よく顔を出していた商店も、滅茶苦茶に荒らされ、店主の気前の良いおじさんの心配する。


そして、生まれ育った実家の前に着いた。平屋の一戸建ての、何の変哲もない民家だ。一見荒らされて居ない様に見える。が、扉は半開きになっていた。中から、微かに物音がするのを、彼女の人間よりも僅かに鋭敏な聴覚が捉える。片付けでもしているのかな?彼女はそう思った。


「お父さん!お母さん!」


父母を呼びながら、半開きになっていた扉を勢い良く開く。其処で見たもの、彼女は今でも鮮明に思い出せる。其れから体験した事、其れもその場に居た者の一挙一動に至る迄、全て思い描ける。


いつも着ていた麻の服の背を真っ赤に染め、裂けた背からは赤黒い肉が覗いており、うつ伏せに倒れる父。


何故か下半身を露出した、床に蹲っている様に見える兵士風の男。そしてその下から覗く見知った母の白い手足。横合いから見える母の顔には、涙が伝い、口は気が抜けた様に開かれている。


母に覆い被さっていた男が此方を向く。伊達に五十年も生きていない。何をしているのかは分かる。が、彼女はあまりの事に呆然と立ち尽くしてしまっていた。


すると横合いから衝撃。狼藉者は二人居たのだ。抑え込まれ、床に組み伏せさせられる。


みるみる内に服が破られ、剥ぎ取られてゆく。必死で抵抗するが、高々身体年齢十代半ば、人間よりも僅かに腕力が有ろうとも、大人の、ましてや兵士には敵わない。何度も殴られ、抵抗する力も奪われて行く。口の中が切れて、血の味がする。ふと、倒れ伏し、床の血染みに沈む父と目が合った。言葉が無くても顔を見れば分かる、無念さ、悔しさ、今迄見たことも無い凄まじい形相であった。


そういえば、と彼女は思う。軍の慰問もした事があったな、と半ば停止した思考の中で思い出す。その時は何だったか、兵士達と握手をして回ったのだったか。矢鱈とちやほやされた記憶がある。単なる現実逃避だが。


誰も助けには来なかった。もしかすると、軍の者達には暗黙の了解であったのかも知れない。誰も、数時間に渡った暴行に、誰も見向きもしないのだ。兵士は飽きたのか、其の内出て行った。残されたのは、精も根も尽きた彼女と、父の惨殺体、そして、犯される内に事切れたらしい母の亡骸だけが残った。


彼女は無力だった。みんなで仲良くして、偉い偉いと言われ、調子に乗って居たのだろう。だが、結局自分には何の力も無かったのだ。事の最中、兵士が言った言葉は、特に胸に突き刺さった。


「何がみんなで仲良くしましょうだ。人間も魔族も獣人も結局は違うんだよ」


「分かり合える筈が無いからこんな事になってるっつうのに」


「てめぇも魔族だろうが、人間じゃねぇんだから問題ねぇよなぁ?」


彼女の心に残ったのは、ドス黒い感情。彼女の心は壊れてしまった。全てに裏切られた様な気がしていた。後で聞いたのだが、メアリー・アリソンは死んだ事になっていた。どうやら、軍は其処ら中で乱暴狼藉を働いていたらしく、其れが大っぴらになる事を恐れた軍の頭が、その市街の者共は全て死んだ事にしたらしい。事実、まだ片付けも終わっていない市街地に火が放たれ、彼女の生まれ育った街は、灰燼に帰した。


彼女にとって幸運であったのは、これまた妖精族の友人を持った事であった。魔術の才も並であった彼女は、そんな高度な魔術は使えない。が、妖精族は大半が、高度な各属性魔術を行使する事が出来た。彼女の友人の妖精族は、闇の妖精であった。各地の暴動発生地域出身の者に、起きた事を伝えていた妖精は、街に戻ると、倒れているメアリーを発見、事情を聞いた後、彼女を始めとした元暴動発生地域出身の人々を、アトラクティアから脱出させる事になった。何故なら、その街は"存在しない"事になっていたからだ。生き残りの住民も、保護という名目で捕らえられ、その後どうなったのかは知れない。


闇の魔術が得意な妖精が、闇系統最上級転移魔術『ボーダーコネクト』・・・この魔術を使える者はこの妖精以外ほぼ居ないと言われている・・・で街の外に彼女らを送る。


街の外に送られた元住民の反応は様々だ。帰りたい、と泣き叫ぶ者、仕方ないからこれからの事を考えよう、と頭を捻る者、まずは飯だ!と剣を抜いて林に入って行く者など、実に様々だ。


メアリーは其れらをじっと見ていた。何をするわけでもない。かつての彼女からは想像も付かない様な、暗い、しかし、剣呑な光を宿らせた目。彼女の目線の先は、数人の腰、其処に携えられている剣、弓、矢、鉈、武器だ。


力が無いから、自分も父も母も手折られた。もし、自分に力があったら、あのクソ野郎共をくびり殺して、血の海に沈めてやれた。純潔を奪われる事も、無かった。妖精の友人に助け起こされ、気力を取り戻した彼女の頭の中を渦巻いているのは、そんな思いだった。


住民達の中には、見知った者も多い、というか、殆どが見知った者共であった。そんな者共の中には、彼女に声を掛けようとする者も居たが、彼女の悪鬼の如き形相を見ると、すごすごと下がって行った。


彼女の選んだ道は単純だ。


蛮族。


殺し、その糧を奪う。力に強烈に憧れた彼女は、他人を害する事に力を見出した。


最初は何食わぬ顔で、人間から見ると可愛らしい顔で、ニコニコしながら近づく。普通の者なら其処で隠し持った包丁や、短剣で刺し殺す。相手が兵士など、屈強そうな男なら、ベッドに誘ってから油断したところで、首を掻っ切る。金品を奪い、次に繋げる。


快感だった。奪う側はこんなにも気持ちが良いのか、と。ニコニコした顔に騙されて近づいて来た男が、刺された時、首を掻っ切られた時、浮かべる驚愕の表情は、彼女にこの上無い愉悦感と、興奮を齎した。彼等の顔は、かつて自分を陵辱した兵士に重なり、腹の底が僅かに晴れる。


時には自分と同じ様な、年若い女性にも手に掛ける。女どもは男等と異なり、力づくでも捩じ伏せる事が出来た。男を誘惑して騙し、天から地の底迄叩き落とすのも快感だが、どうしようも抵抗が出来ない女子供を、嬲る様に追い詰めて行くのは、更に興奮した。殺しをしない日は、寝床で標的を殺す場面を想像して自慰までした。この時の彼女は完全に狂っていたのだった。


殺しを繰り返すに連れて、段々生き物の殺し方が上手くなる。短剣を以ってすれば、既に其処らの大人の男であれば、正面から掛かっても殺せる程に、長剣を持てば、訓練された傭兵、国の兵士の一人は相手出来る程に迄成長した。


残虐で、非道な行いをする美しき殺人鬼の噂は裏表問わず、社会に広まって行く。誰もが恐れ、警戒する。が、彼女は非常に狡猾であった。


捕まらない、見つからない、だが被害は増える。そんな彼女を信奉し、配下となる者まで現れた。メアリーの盗賊団の誕生だ。更に被害は増え、彼女が当時名乗っていた偽名、ヘルガ・コンクァの名は、偽政者で知らぬ者は居なくなった。


再びの転機である。彼女が八十を越えた頃の事だ。何時もやっている通り、道を行き交う商人、旅人を襲う。数人の配下を連れ、護衛の傭兵を瞬く間に撫で斬りにし、最後、幌馬車から降りて来た旅人らしき男に斬りかかる。


気付けば天地がひっくり返っていた。配下は全て斬り伏せられ、自分も地に叩きつけられ、拘束されてしまっていた。何をされたかも知覚出来ない、圧倒的な早業であった。


「女ぁ?何でこんな奴が・・・」


何処か軽い調子の声だ。どうやら慈悲で生かされたらしい。その事実は、彼女の自尊心を傷付ける。何せ、こうならない様に力を付け、奪われない様に、奪い続けて来たのだ。縄で手足を縛られ、捕らわれた彼女の内に、何時しか彼女の胸の内を浸した絶望感が蘇る。また、だ。また負けた。力が及ばなかった。今度は殺されるかも知れない。自分だって、もうどれほどの数か覚えていない程殺した。文句は言えない。


「お前、名前は?」


ヘルガ・コンクァ、そう名乗りかけて辞めた。この名前は広く知られているし、この王国のお尋ね者筆頭みたいな名だ。名乗ればどんな目に遭うか分かった物では無い。もう助かるとは思ってはいないが。だが、一縷の望みにかけ、既に捨てていた名、親から貰った名を名乗る事にした。


「メアリー・アリソン」


ぶっきらぼうに言う。半ば諦めている様な声。すると男は苦笑した様に言うのだ。


「別に取って食おうって分けじゃない。どうせ食いもんも無くて仕方なくだろう。あんたみたいのが、勿体無いぜ?」


どうやら盛大に勘違いしている様だ。其れを聞いて、彼女の内心に邪悪な希望が湧き上がる。上手く行けば、自分の遥かに格上のこの男の寝首を掻けるかも知れない。顔には出さず、ひっそりとほくそ笑む。


「助けてくれるんですか?」


最近はしていなかったが、かつてしていた事と同じだ。無害そうな体を装って、距離を詰める。手足を縛られているので物理的に近づく訳では無いが、内面的に近づく。後は油断したところをザクリと殺るだけ。


「それはお前次第だ」


彼女は其れを聞き、お前もか、と内心で罵倒する。所詮男など身体目当て、相手をしろと言ってくるに決まっている。まあ、この際構わないが。この男、顔と身体は良さげだし、と。警戒している素振りが知れたのか、男は溜息をついて言う。


「そう警戒するな。ただ・・・」


と一息置いて。


「あんたとあんたの仲間が斬った奴らは、この馬車の御者をしていたんだが、生憎この様だ。御者は俺がするから、荷物が暴れない様に見といてくれないか?」


一瞬何を言っているか分からず、キョトンとする。コイツは馬鹿なんだろうか。彼の想像では、私は仕方なく盗賊になった女。其れでも不用心過ぎやしないか?


「ああ安心しろ。あんたがもし暴れたとしても、あんたじゃ俺には勝てない」


その言葉にむっとする。が、先程の腕前を見て、自信の程は如何程かは分かった。確かに私では手も足もでなかった。だが、戦い、即ち殺しとは、真面にやり合うだけでは無いのだ。寝ている時、食事の時、用を足す時、そして身体を重ねる時。何時でも殺せるし、殺される。其れを分かっているのか。


「違うと思うなら何時でもかかって来い。相手してやる」


そうカラカラと笑うのだった。


結局、お言葉に甘えて数回仕掛けてやったところ、全て取り押さえられてしまった。その度に彼は冗談めかして笑うのだ。


「次はもっと蠱惑的な夜這いを頼むよ」


全く気障ったらしい。その度に真っ赤になっている彼女も大概だが。


驚くべき事に、彼は彼女を鍛えた。正規の剣術を教え、体術を仕込んだ。戦場での気の配り方や、気配の察し方、危険の対処法なども叩き込む。


そして、なんと彼は鍛冶屋でもあったのだ。武器の鍛え方、手入れの仕方、武器の種類、構造、全て教え込んだ。彼女の鍛冶職は此処から始まったと言っても過言では無い。


新しい事を習う度に、短剣片手に彼の寝床に忍び込む彼女であったが、何時になっても軽くあしらわれる。その度に笑い、脇腹を擽られたり、尻をひっ叩かれるメアリー。奇妙な関係であった。何時しか、彼を殺める為の夜這いは、本当の夜這いになって行くのに、然程時間は掛からなかった。


彼と旅をするという、新しい生活を手に入れたメアリー。幸せだった。彼女はすっかり自分が人殺しに溺れていた事も忘れ、彼に惹かれていった。彼も彼女を受け入れ、何時しか二人が一緒に居る事は当たり前となる。メアリーの力は彼と拮抗する程に迄成長したが、既に彼を仕留めようと考える事も無い。ただの夫婦の様に、各地を共に歩き、寄り添い合い、暮らす。時に現れる盗賊、其れらも二人揃えば勝てぬ相手は居ないかに思えた。


最後の転機は、彼女が九十を超えるか超えないかという時だ。


メアリーと彼は、とある辺境の村に滞在していた。別に何の変哲もない、王国の何処でも見られる様な、典型的な農村。ただ、途中にあったから、距離的に休息には丁度良いから、という理由だけで泊まった。他意は無い。


何時もする様に、泊めてくれる家を探し、お世話になる。そうして寝入った、その夜の事であった。


凄まじい勢いで羽ばたく様な、空気が叩かれる様な音で目が覚める。彼も目を覚ました様だ。スカスカの木の壁の向こうから村人達の喧騒が聞こえてくる。


「《ファイアーフライ》!?何でこんな所に!?」


「駄目だ!早く逃げろォ!!」


何の事か分からないまま、寝ぼけた顔で彼を見る。彼も、《ファイアーフライ》と聞くと血相を変え、顔が一気に覚醒する。


「メアリー!!逃げるぞ!!」


荷物を引っ掴んで担ぐ。彼女は何が何だか分からない侭、問い返す。


「・・・魔物?倒せないの?」


これまで魔物も人間も、全て立ち塞がる者は悉く打ち倒して来たのだ。彼女は其れも倒せないのか、と思うのは半ば当然であった。


「駄目だ!!アレは人間が勝てる物じゃ・・・ッ!!」


その瞬間、音が消えた。いや、正確には、余りの音に耳がやられたというのが正しい。身体に熱を感じ、何か巨大な物に突き飛ばされたかの様に、木の葉の様に吹き飛ばされる。


「うッ!?ぐぶッッ!!?」


背中から強かに地へ叩きつけられ、肺腑の中身が、全て叩きだされる。息が詰まり、目の前で火花が散る。


彼女は既に一流の武人とも言える、身体能力を兼ね備えていた。が、流石にすぐに起き上がる事が出来ない程の衝撃を受け、ただ咳き込む事しか出来なかった。僅かに思考能力が戻った彼女が考えたのは、ここまで道を共にした彼の安否。幸い、すぐに目に入る。というか、目の前に居た。


安堵し、彼の顔を覗き込もうと、身体を上げた。が、目に飛び込んで来た光景に、思考が、彼女の時が止まる。


彼の身体は、腹から下が無かった。


ぼろ切れとなった服がまとわり付き、僅かに見える腕の表面は焼け爛れ、血が滲む。彼は、ピクリとも動かなかった。


呆然と立ち尽くし、辺りを見渡す。


酷い惨状であった。


家々は既に原型を留めている物は存在しない。少し離れた所を村人が走って逃げようとする。その時、空が光り、連続して腹の底に響く様な炸裂音が鳴り響くと、その村人は身体中の肉と鮮血を弾けさせ、叩きつけられる様に地に伏した。


其処で、この惨状を齎した存在に気付く。


"ソイツ"は空を飛んでいた。


飛竜でもない、ましてや怪鳥でもない。


恐ろしく明るい光を放ち、思わず目を手で庇う。真夜中だ。目が慣れていないのだ。


顎に当たる様な箇所の下部に、まるで球の様な、恐らく目が、グルグルと回る様に動き、その下には、自分の腕よりも遥かに太い、長い筒が飛び出ている。空を飛んでいるにも拘らず、一切微動だにしない翅の様な部位の下には、まるで蜂の巣の様な穴が断面に空いた、一抱えもありそうな筒がぶら下がり、更にその外側には、大きく、太い翅の生えた槍の様な・・・そんな物が左右四本ずつ、ぶら下がっている。その巨体の上部では、二枚重なった巨大な数翅の翅の様な物が目にも留まらぬ速度で回転している。


圧倒された。ただ、この場に君臨した王者に。勝てない、どう足掻いても、と思う。腰に差した剣も、どうしようもなく軽く感じる。


奴の顎の下の長い筒が、此方を向く。何が起きるかは分からないが、少なくとも自分が、彼や村人の様に死ぬという事は分かった。理解出来た。


耐えられない。愛する彼も無残に失った。死を受け入れて楽になろう。そう考え、目を瞑り、外界の光をシャットアウトする。そして・・・次第に意識は遠退いて・・・。













「目が覚めたら、王国軍の救護所だった。古代遺跡の魔物、《ファイアーフライ》が現れたって聞いて、即座に出兵して来た兵に助けられたらしいよ」


彼女は自分の事なのに、まるで他人の事の様に話す。


「死ぬ覚悟までして、結局助かっちゃったんだ」


何処か遠い目をする彼女は、此処にある物を見ていない様に見える。


「でも、私は知ったんだ。今まで研鑽した剣技も、身のこなしも役に立たない。其の儘じゃ勝てない奴らが居るって事を」


多分その"魔物"とやらの想像が正しければ、剣やら弓で落とせる様な代物では無いな。


何故そんな俺の時代の兵器が彷徨いているのかは分からないが、其れはマズイだろう。


特徴的から推測すると、俺の時代でも旧式に当たる物だが、この時代ではオーバーパワーどころでは無い代物だ。俺の時代でも歩兵の携行火器では歯が立たない、其れこそ三十ミリクラスの機関砲、もしくは対装甲弾頭の対空誘導弾でも無ければ有効なダメージを与える事は出来ない、重装甲重武装の体現の様な攻撃ヘリなのだ。顎の下のターレットに三十ミリ機関砲を一門、翼下に八十ミリ多連装ロケット、レーザー誘導式対戦車誘導弾等を装備し、時速三百六十キロで飛行する事が出来る。場所によっては、二十三ミリ機関砲も弾き返し、十三ミリクラスの機関銃ではキャノピーですら貫く事は叶わない重装甲も兼ね備えている。


まあ前世、その時代では結局、対装甲化学反応弾頭装備の歩兵携行型対空誘導弾の釣瓶撃ちにやられ、化け物クラスの照準能力を持った戦車の主砲に、射界に現れた瞬間に仕留められるという事態が発生し、正規軍相手にはその装甲の意味を成さなくなってしまった為、無人機として相手の射程外から、もしくは建物や丘陵を生かした一撃離脱に徹底した戦術を、その巨体で行わなくてはならなくなった経緯があり、その姿を時代の中に消して行った。強力な対空装備を持たないゲリラ、テロリスト狩りには、その優秀なセンサーと装甲、火力を生かして、心底恐ろしい戦闘能力を発揮したそうだが。つまり、対空装備が無い相手にはほぼ無敵であるという事。俺の時代でも無理なのだ。この時代では一体どうすれば良いのだろうか。


「其れから考えたけど、アレは今の武器じゃどう逆立ちをしても倒せない」


其れはそうだろうな。其れなら俺達だって苦労しなかった。


「でも、其れが古代の魔物なら、古代の人たちはどうやって対処していたのか?勿論、対抗策はあったと思うんだよ」


主は重火器だな。対空砲、誘導弾等か。


「古代の人が何故滅んだのかは分からない。でも、無数に居る《ファイアーフライ》の対処法くらいは持っていた筈」


だから、と繋ぐ。


「古代の武器を研究する。そうすればいつかは、アイツらに通用する武器に辿り着く。無念を晴らせる!」


此れが世界の為、と言う。


「其れから私は、アトラクティアを取り戻したい」


此処からが彼女の為の理由か。


「今のアトラクティアは、此処、アリエテ王国と同じ、人間至上主義に傾倒している」


革命でもするのか?まあ、差別を無くしたいという考えは否定しないが。


「主導しているのは、アトラクティア国防軍の長官、ゲイル・バンクシアって奴」


軍が政治に参加すると、政治がおかしくなるというのは、何時の時代も、何処の世界も一緒らしい。


「アトラクティア軍には個人的な恨みもあるし、追い出された魔人の子が泣きついてきた」


叩き潰す、との事だった。


まあ、動機は健全だな。武力を用いた一国への恫喝という、とんでもない事をしようとしているのは、少々褒められた事では無いが、中世位の時代背景を考えると、仕方の無い事だろう。彼の有名なフランス革命も、結局は武力蜂起という犯罪の末の結果だ。其の結果が良かれ悪かれ、勝った方の立場に寄って、善か、悪かが決められるのなら、彼女からすれば、其れは正義なのだろう。此れに関しては、別に俺がどうこう言える立場では無い事は明確だ。


「だから、この古代の武器の力が必要なんだ。圧倒的な、其れでいて今までに無いような力が!」


そう締めくくる。まあ、彼女の話を聞いていると、どうしても同情してしまった、というのが結論だが。


彼女はじっと、答えを待つ様に俺を見ている。


「・・・勿論、君はきっと人間だ。不快に思うかも、いや不快に思うだろう。でも、此れは必要な事なんだ。苦しんでいる獣人達や、魔人達が平穏に暮らす為にも!」


俺は誰が獣人だろうが、魔人だろうが、人間だろうが関係無いのだが。教えてやっても良いだろうか。


「・・・私は別に誰がどんな人種であろうと関係無い。重要なのは・・・私に利が有るかどうかだ」


彼女は食い入る様に俺を見据え、話に耳を傾ける。


「私は確かに人間だ。だが・・・」


背中から、短剣を抜く。彼女は僅かに身構えるが、手で制する。


「・・・この短剣は良く出来ている」


何の話だ?と言わんばかりに首を傾げるメアリー。


僅かな光も面で反射し、いっそ流麗な迄に美しいラインを描く刃は、芸術品の様な美しさと、機能美を魅せる。


「こうしっかりした仕事をする奴に、悪い奴は居ないと思っている」


安心させる様に微笑んで見せる。すると彼女は、一気に顔を明るくさせる。


「だが」


釘を刺す様に言う。


「此れは復元出来ない。部品も、材料も、設備も無いからだ」


少し彼女の顔に翳りが映る。まあ、上げて落としたからな。


「・・・原理と構造は教える。其れを物に出来るかは、お前次第だ」


其れを聞くと、ただ嬉しいだけでなく、やる気の入った、引き締まった顔になった。こいつこんな顔出来たのか。


「ありがとうっ!!」


カウンター越しに飛び込んできた!?受け止める義理も無いので、横に逸れる。


「ふごぉッ!?」


商品棚に思いっきり突っ込んだ。痛そう。


「ひっ、酷いじゃないかぁ〜」


最初の調子に戻っていた。シリアスがシリアルになった。何を言っているか自分でも分からないが。


「・・・最初からこのレベルの物を作るのは無理だ。だからこの、銃という武器の先祖から教える」


長々と話を聞いている内に、かなり時間が経っている。先ず作らせるのは、全ての始まりである、火薬と、火縄銃だ。材料を教え、銃身の作り方、まあ、真っ直ぐな鉄棒に焼けた鉄板を巻き付けて、尻をボルトで閉鎖するだけなのだが。ネジの歯を作るのに苦労するだろう。鋳造すれば直ぐだが、気をつけないと強度不足で怪我をする。試射する時は何かに固定して、出来るだけ離れろ、と言ってある。守れば死にはしないだろう。怪我しても水魔術でなんとかなる?彼女は使えないのか。まあ、大丈夫だろう。そんな気がする。


其れから本来の目的の剣二本を買った時には、既に日が暮れかかっていた。おかしいな?此処に来たのはまだ午前中だった気がするが。昼飯も食っていない。まあ、剣は何方もかなり安くしてくれたので、良しとするか。


此処には定期的に来て、アドバイスをする事になった。直ぐには出来ないしね。


さっさと帰る。腹が減った。帰り、歩くのが、辛かった。



ここ日本語おかしいでー、というような所が御座いましたらご指摘ください。



攻撃ヘリのイメージは、AH-64 アパッチと、Ka-52 ホーカムのキメラです。



どうやらチラッとweb検査をかけたところ、タイトルが被っている様なので、タイトルを少し変えました。話の内容には関係有りませんので、何卒ご了承ください。


※誤字修正 6/13

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