姫の御披露目
イマイチ長さが測れませぬ。
スマホでポチポチしてるとどうしてもですね・・・
今日は件の決闘の日だ。
と言っても、果たし状(?)には場所と日時しか綴られて居なかったので、無いとは思うが、愛の告白、という線も有り得る。まあ、其れはジョークだが。
午前中は馬術を習っていた。借り物の大人しい馬に乗っかって、ただ歩き回るだけであったが、中々に乗り易い鞍と、脚で馬の胴を保持する力は持っていた事もあり、直ぐに危なげなく、少なくとも落馬する事は無いレベルに慣れたのは僥倖であった。
多分、前世の身体ならは、内太腿の筋肉痛で大変な事になっていたと思うが。今のこの身体は、多分脚を締める力だけで、跨る馬の胴を引き千切る様な事も可能ではないかと思われる程に、剛力である。やろうとは決して、決して思わないが。
其れよりも気になったのは、学校全体に行き渡る、この浮ついた雰囲気だ。どの生徒も、俺を見る度にヒソヒソと、貴族、平民も関係無く、俺を見てさも面白そうに、内緒話をしている。この分だと、決闘の事をあの女、カリナ・ヴァン・マリョートカが触れ回ったか?別に構いはしないが。
して、約束の時間が近づいて来た。因みに昼飯には、何かのジャム・・・正体は分からないが甘い其れを付けたパンを食べた。少なめにして置いたのは、当たり前の事。曲がりなりにも動くかも知れないし。
「あっ、エリィ!」
アリーナの入り口に、何やら見知った顔が居た。ライトブラウンのセミロングの髪に、翡翠色の眼をした少女。ツィーア・エル・アルタニクだ。
「ツィア」
昨日の晩であったか。夕食の席で突然、「ねぇ、エリィって呼んでもいい?」と言われた事に始まる。確かに、エリアス、よりはエリィの方が呼びやすいだろう。渾名は親愛の証であると思っているので、中々に嬉しかった記憶がある。
因みに、ツィア、というのは、ちょっと呼び辛いのだが、どうしても愛称を付けろという事だったし、少しでも変わっていれば満足する様であったので、単純に縮める事にした結果だ。ツィーアと呼ぶと、少し機嫌が悪くなる。面倒な年頃である。
「やっぱり相手はカリナよ」
当初の予想通り、カリナ嬢との決闘となった。ゴーレム使いだったか?まあ、相手が何であろうが闘ってやるが。
そう意気込んでいると、ツィーアは急に真剣な顔になった。
「カリナのゴーレム。何故か布が掛けられていたわ。前の時よりも、ちょっと大きい気がするし・・・気を付けてね」
どうやら少し想定外の事態が起きているらしい。本来の想定の相手は、ちょっと大きめな石人形を考えていたのだが・・・鋼製くらいは想定しておくべきであろうか。
「わかった」
表面上は平静を取り繕いながらも、内心で何と無くのシュミレーションをする。鋼製のゴーレム・・・銃器を取り外した地上戦用の装脚歩行戦機・・・までも行かなくても、其れの劣化版くらいは考える。アレに勝てれば勝てるだろう。全高八メートル、重量約二十トン、スラスターを使わずとも、関節の磨耗とモーターの焼け付きさえ考慮しなければ、時速百二十キロメートルの速度で走る事すら可能。当然無人機。其処までの代物は流石に出て来ないだろう・・・というか出て来て欲しくない。アレくらいのサイズの、ノロノロ動く鉄塊なら、やり方次第では殺れそうだが。
「まあ、問題無いだろう」
あまりカリナ嬢を待たせても悪いので、足早にアリーナ内に向かう。
アリーナ中央には当然、カリナ嬢、そして・・・身の丈が三メートルを超える、ゴーレム・・・だとは思う。だとは思うというのは、頭(?)からすっぽりと黒い布が掛けられているからだ。全貌どころか一部すらも窺い知る事が出来ない。
まあ、あの位のサイズなら、あまり周囲に被害も出さずに仕留められるか。そう思いながら、制服の上着の下、背中の感触を意識する。今回の闘いでは、背中に仕込んである短剣の出番は無いだろうが、武器という物、力という物は、意識するだけでも勇気を与えてくれる。これで安心感がある、というのもあまり褒められた感情では無いが、なんだかんだ言っても、俺は人間なのだろう。
短剣を背中に仕込んでいるのは、何か想定外の事態が起こった時、刃物というのは其れこそ、神器と言っても過言では無い程に役立つからだ。前世の社会では、其れこそ山や海でしか活用する機会は無いと思うが、この世界は違う。其処ら中に森があり、川があり、山があり、そして獣が居る。草木を払う、薪を切り出す、獣に対する武器として、そして其れの解体の道具として、更には人間に対しての武器として。此れでも俺はアウトドアな人間だ。暇が有れば、自然の中に入り、その場で材料を調達し、工作をして遊び、川で魚を釣ってその場で捌き、食べる。そんな遊びが大好きだ。そして、この世界には、賊なる者共も、前世では想像もつかない程に闊歩しているそうだ。別に素手でも、魔術と身体能力を以って引けを取るつもりは毛頭無いが、刃物というのは、分かり易い力の象徴。同じ示威行動でも、殴るぞ、よりも斬り殺すぞ、とか刺すぞ、の方が分かり易いし、手っ取り早い。まあ、持つに越したことは無いという事だ。ツィーアも懐に短剣・・・俺の物より遥かに小さいが・・・を帯刀している。まあ、いざという時の自決用らしいが、一応持っている事には持っている。難点としては、俺の短剣は大き過ぎて、背中にしか収納出来ないという点。腰に帯びても良いのだが、此れをするとケイト女史が「騎士でも無いのに・・・」と長い長い、「淑女足る者講義」が始まるので、隠し持っている。今度、もっと抜きやすい太腿に帯びられる様な短い物を調達しようか。いや、物自体は凄く良い物なんだけどね。高かったが。
話が逸れた。兎に角、カリナ嬢との勝負だ。少し離れた所で、カリナ嬢と相対する。今更ながら、周囲を見てみると、観客席は、ほぼ満席状態であった。・・・此れは想像以上に・・・カリナ嬢のコミュニティは広かったという事か。
この時、エリアスは知らなかったのであるが、生徒を集めたのはカリナ嬢もそうであったが、更に教師陣にまで声を掛け、公式に宣伝したのは校長であった。此れを知ったエリアスが校長室に殴り込み(文字通り)をかけるのは、また別の話。
「やっと来ましたわね」
ふふん、とさも勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべる相手。気が早いな。
「この大衆の中で、あなたがわたくしに踏まれながら、泣いて許しを乞うのを楽しみしておりますわ!!」
へぇ、じゃあ俺も何か考えようかね。
「ならお前が負けたらこの場でひん剥いてやろう」
ニヤリと・・・少し下卑びた笑みを浮かべ・・・たつもりで言い返す。
彼女はビクッと一瞬固まったが、直ぐに顔を真っ赤にして、声を張る。
「其れはこっちのセリフですのーッ!!!!」
彼女が怒鳴ると同時に、傍らに立って(?)いた巨体が動き出す。布が払われ、其処から現れたのは・・・
「・・・銀色のゴーレム?」
銀色に輝く、鎧の塊の様な人型のゴーレムだった。かなりずんぐりむっくりだが。
銀色のゴーレムが現れた瞬間、客席の方からは、どよめきの様な声が聞こえ始めた。
「先ずは・・・」
無詠唱で『フレイムボール』を放つ。バレーボール大の火球だ。火炎弾は真っ直ぐ飛び、ゴーレムの胴に命中し、爆発する・・・が、寸前で掻き消えた。此れには流石に驚きを隠せない。
「このゴーレムはミスリルで出来ているのですわ!!そんなちゃちな魔術など効かないのです!!」
ミスリルって魔術を弾くのか?イマイチ特性が分からない。ゴーレムの動きはノロいが、歩幅がなまじデカイ為、もうすぐ近くまで寄られている。
取り敢えず、後ろにバックステップ。此れでも若干人間の限界を超えてるどころでは無い距離を跳躍したのだが、この際気にしてられない。
再び無詠唱で『フレイムボール』を発動。今度は連射する。十五発の高速連射。其れらが全てゴーレムに直撃するコース・・・が、当たる寸前で弾ける。無効化されてるらしいな。
今度は『フローズンアロー』・・・長さ八十センチ程の大きな氷の矢を十数発放つ。高々氷の矢ごときが刺さるとは思ってはいないが、物は試しだ。氷の矢が真っ直ぐ飛翔する。そしてゴーレムに直撃・・・しなかった。やはり直前で消える。どうなっているんだ?
「おーっほっほっほ!!無駄!無駄ですわァ!!」
おお、高笑い来た。此れがちょっと聞きたかったのだ。いやはや、ラッキーである。っと、ゴーレムを何とかしなければならないのであった。
「お返しですわ!」
カリナ嬢が宣言すると、なんと、ゴーレムの周りに、先程放った『フレイムボール』や『フローズンアロー』が現れた・・・と思うと同時に飛んできた!
「ちっ」
横っ跳びに回避する。かなり勢いを込めたので、一気に壁に張り付くまで飛んでしまった。少し遠くに火炎弾や氷の矢が着弾し、爆音を上げる。
「あらぁ?木っ端微塵ですの?口程にも有りませんでしたわね」
おーっほっほっほ、と再び高笑いを上げる。なんで?
ああ、回避したのが見えなかったのか。結構な勢いで飛びたしたからか。なら、その程度だな。ちょいと遊んでやるか。
「誰が木っ端微塵だって?」
再び跳躍。砂煙立ち込める爆心地の中心に戻る。簡単な風魔術を行使して、砂煙を吹き払う。
「なっ!?」
まあ、驚きも当然だろう。俺の身体には汚れ一つ、焦げ目一つ付いていないのだから。
「なっ、なんで・・・」
目を見開いてワナワナ震えている。
「別に大した威力も無いだろう」
いや、まともに食らったら痛いし、火傷するし、刺さるけど。まあ、ブラフだ。というか、この固そうな石畳が爆発で抉れ、氷なのに何故か氷の矢が岩に突き立っているのだ。こえぇな。ケイト女史の『フレイムボール』は床に焦げ目が付くくらいだった。あのゴーレムって威力増幅させて撃ち返してんのかな。厄介かもしれない。其れにしても魔術の吸収、強化反射かぁ・・・此れは魔術使うのは危ないかもしれない。
「・・・・」
カリナ嬢が喋らなくなったな。まあ、良い。このゴーレムをぶっ壊すか。
方法の案は二つ、一つは腕力で殴って千切って蹴り壊す。まあ、やってみればどうなるか分かるだろう。ミスリルが何れだけ硬いかは知らないが。二つ、更に強烈な上級魔術をぶち込んでみる。今撃った『フレイムボール』も『フローズンアロー』も所詮中級の一般的な魔術。更なる威力の魔術をぶち込んだら、吸収の許容量を超えるのではないか?という淡い希望。うーむ。どうしようか。カリナ嬢のゴーレムも完全に停止してしまっている。こまめに命令を送らないと動かないのだろうか。
「来ないなら此方から行くぞ」
俺が選んだのは、魔術を撃ち込んでみよう、という事。その方が楽だし。使うのは上級魔術。まあ、ただの『フレイムボール』の上位互換術なのだが。『ブレイズバスター』という術を発動する。俺の周囲に青い炎の球・・・高温の火炎弾、大体バスケットボール位の大きさの物が十発ちょっと浮かび上がる。えらく地味な戦いだが、観客席に余波を出さない為だ。許して欲しい。やろうと思えばもっとド派手なオリジナルの術をバカバカ投げつけてやっても良かったのだが、あまり目立っても嫌なので、既存技の組み合わせで対応している。母の前でオリジナルの術を使うと、その度に「は?」みたいな顔してたし。
まあ、この『ブレイズバスター』という名の火炎弾も、着弾すると其れなりに派手に爆発するのだが。
「此れも吸えるかな?」
挑発的に笑みを浮かべながら、周囲に浮かぶ『ブレイズバスター』を撃ち出す。
「くっ・・・!」
青白い火炎弾は、かなりの速度でゴーレムに向かって行く。一発目が着弾・・・いや拮抗している?
「耐えて・・・ッ!」
成る程、エネルギー量が大き過ぎて吸収に時間が掛かっているのか。
そうと言う間に二発目、三発目と着弾して行く。なんと驚く事に、全て表面で拮抗する。並列処理能力は高いのか。
が、五発目が着弾した時に、異変が起こる。表面のミスリル(?)装甲が全体的に赤く・・・赤熱したかの様に変色し始めたのだ。
「うそ・・・!?」
カリナ嬢は顔を青ざめさせ、はっと気付いたかの様に、背を向けて走り始め・・・転けた。が、其れが幸いした。
そう言っている間にも、俺が放った火炎弾は着弾してゆく。そして遂に其れは起こった。
閃光と供にゴーレムが弾け、砕けた金属塊があらゆる方向に飛び出す。俺の方に飛んできた物は、右手でキャッチするか殴って壁の方に吹き飛ばす。爆風に耐えるために、石畳の隙間に左手の指を食い込ませ、アンカーの代わりとした。少し指が石自体にめり込んでいる気がするが、安定性は良くなるので、気にしない。
問題はカリナ嬢だ。頭を上げようとした所で、頭上を回転しながら通過する巨大な金属片。中々に鋭利な断面だ。あと少し、頭を上げていれば、頭頂が削げるか、首が飛んでいただろう。その事実に気づいたショックのせいか、ばたりと地に伏して其の儘動かなくなってしまった。気絶したか?
客席の方に飛んで行った金属片が気になったので、見てみると、全て対物理障壁の術で全て止められていた。よくよく見てみると、アリーナの客席の最前列、其処には教師らしき大人が一定間隔で並んでいた。成る程、彼らが流れ弾を処理するというわけか。その中には赤髪美女、ケイト校長の姿も見られた。中々教師陣もやるようだ。この様子だと、其処まで客席に気を遣わなくても良かったか?
さて、爆発の余波も収まった。状況把握の為、周囲を観察する。ゴーレムのあった爆心地は、地面が軽く抉れており、恐らく鋼、そしてミスリルの破片が突き刺さっていた。一つを取り上げて見てみる。
「内側に構造材として鋼、外側に装甲としてミスリルを貼っているのか」
俗に言う複合装甲の様な物であった。ミスリルの量を抑える為の策であったのだろう。
「悪く思うなよ」
其処ら中に散らばっているミスリル片のみを回収する。火事場泥棒の気分・・・なんか違うか。
コントロールブロックの様な物が見当たらない。吹っ飛んだのか?若しくは無いのか。
と、残骸漁りは程々に、少し心配なカリナ嬢の元へと歩く。さっきからピクリととも動かないのだが、大丈夫なのか?
「カリナ・ヴァン・マリョートカ」
フルネームで呼びかけるも、返事は無い。仕方ないので。脇を突っついてやる。
「・・・ぅう・・・」
息はある。其れから、腕、脚と簡易ながら診て行く。ある場所には触らない様に気を付けながら。別に変色している所も無い。特に怪我は無し。文句無しの勝利だな。
其処でアリーナの出入り口付近に気配を感じる。見ると、ケイト女史が此方に歩いて来ていた。
「大丈夫そうですか?」
既に分かってはいそうだが。
「息はありますし、外傷も見られません」
まあ、聞かれたからには答えるがな。
ケイト校長は其れを聞き、自分でもカリナ嬢を軽く触診すると、風魔術『スプレッドヴォイス』を発動する。
「勝者はこの、エリアス・スチャルトナです!!異論はありませんね!?」
『スプレッドヴォイス』に依って増幅された声が、アリーナに響き渡った瞬間、至る所から歓声と、拍手が響き渡った。
思わず目を白黒させていると、ケイト女史がニコリと、何処か意地悪そうな笑みを浮かべなら語りかけて来た。
「カリナ嬢の服を剥いてやるのでしたか?」
「聞こえていたのですか?」
あまり大きな声で言った覚えも無かったので、少し驚く。そんな俺の顔に機嫌を良くしたのか、ケイト女史は一層笑みを深くして、ネタバラしをする。
「唇の動きでわかりますよ」
読唇術かよ。すげぇな。流石に俺も出来ない。したいとも思わないが。
「すごいですね」
いえいえ、と謙遜するばかりであった。そして、で?と改めて問い直して来るのであった。
「流石に気絶している女児に、その仕打ちは酷であると存じます。其れに・・・」
ちょいちょい、とカリナ嬢の股の辺りを指す。
「お漏らし娘の世話は御免ですね」
カリナ嬢は今日、青の制服を着ていた。カリナ嬢の制服は、裾が大きく広がった、脛丈のスカートと、普通の正面でボタンを留めるタイプの上着。金色の刺繍が入っていて、物凄く高級感がある。が、其処に伸びている彼女のスカート、その股の辺りには、濡れたような染みが広がっていた。俺のもそうであるが、この生地は着心地は良いのだが、水滴が付いたりすると、物凄く目立つのだ。直ぐ水が染み込む関係で。その股座の染みの目立つ事目立つ事。さっき手足を診る時に裏返した時も、少しスカートが重かったのですぐに分かった。彼女への辱めはこの程度・・・いや相当アレだが、これ以上してやろうとは思えない。まだ歳は九歳か十歳位、将来弄るネタにはなりそうだから、しっかり覚えておくが。幸い、バレたのは俺と校長、そして余程目が良い者のみであろう。
「ふふふ・・・其れもそうですね・・・では・・・」
そう言ってケイト女史は使用人に手招きする。使用人に知られるのか・・・後々辛そうだな。
使用人達は分かっているのか、あまり染みが見えない様に、運んて行った。だが、その顔に浮かんでいた微笑ましい物を見るような笑みを、俺は見逃さなかった。くくく・・・精々弄られると良い。
「では、私はこれで」
部屋に戻るとしよう。ツィーアにも"色々"話してやらねば。
「ええ、彼女なら入り口でまっていると思いますよ」
ケイト女史に見送られて、アリーナを後にする。その出口、右脇にライトブラウンの頭が見えた。
「ツィア」
名を呼ぶと、笑顔でパタパタと駆け寄って来た。普段もこんななら可愛いのに。
「やったじゃない!カリナのゴーレム、あれミスリルでしょ?」
「彼女はそう言っていたな」
そう言って、スカートのポケットに仕舞っていたミスリル片の一つを取り出す。
「何に使うの?」
「ちょっとな」
例の工作用魔道具に突っ込むつもりだ。ミスリルの性質についてはほぼ知らないのではあるが、優秀な金属である事は知っている。ミスリル製の物というのは、全て例外なく高価である事だし。何に使うか、という具体的な事は何一つ考えてはいないが、備えあれば何とやらだ。其れから・・・彼女にくれてやるのも良いかも知れない。
「知り合いにあげると喜びそうな奴が居てな」
其れは勿論、魔術工学科の口足らずな彼女だ。彼女の作品には木製品が多く、金属製品が一切見当たらなかった。理由を聞いた所、金属、其れもミスリルは欲しくても高くて買えない、との事だった。彼女は貴族であり、開発制作した魔道具を売ったお金も少なからずあるらしいが、其の稼いだお金の殆どをある目的の為に貯めているらしい。其の目的に関しては、はぐらかすばかりで教えてはくれなかったのであるが、ミスリルが必要であるという風には聞き及んでいる。少し分けてやろう。
「ふーん」
彼女は其方の方に関しては、あまり関心が無い様だ。いや、無い様に見せているだけか。眉がピクッと動いたし。何故隠すのかは知らないが。
「で、あんたはこの後どうするの?」
この後か。何も考えていなかったな。いや、待てよ。少し研究したい事があった。
「少し戦闘で扱う魔術の練習がしたいな」
実はあまり期待していなかった、水系統の術、『フローズンアロー』が存外強力で、使い勝手も良いという事で、発展、応用を考えても良いかも知れない、と思っていた。今回、『フローズンアロー』はただ真っ直ぐ飛ばしただけであったが、上手く弾道をコントロール出来ないか?と考えたのだ。『フレイムボール』や『ブレイズバスター』も、かなり精密に誘導出来るのだが、如何せん威力と攻撃範囲が広い。もっと多角的に、ピンポイントに攻撃出来る術が欲しかったのだ。一々爆風と爆炎で周りをぶっ壊していられないし。時代は水魔術(氷)である。
「あんだけ闘っといてまだやるの?」
若干呆れられている気がする。まあ、あまり動いていないし、魔力も使った内に入らない程度にしか消費していなかったりする。あのくらいなら、体力と精神力は兎も角、魔力だけで言うなら、なんぼでもいけるな。
「なら、あたしもご一緒しようかしら?」
着いて来るのか。まあ、別に良いけど。そういえば、ツィーアのお手並みを未だお目に掛かった事が無いな。どんな術を使うのだろうか。
「そんな大した事は出来ないけどね」
聞くと、火系統が得意なのだとか。なんと火系統の基本技に関しては、上級まで行使する事が可能であるという。魔力の消費を考えなければ、だが。
だだっ広いグラウンドに出て、あまり人が居ない・・・というか、本当にポツポツとしか人が居ないな。誰しもが魔術の練習か。熱心な事で。別に自分が熱心であると言いたい訳では無いが。
「ここで良さそうね」
グラウンドの一角で足を止める。一面土だ。的の材料には困らないな。
土魔術、『ダートフォーミング』。最も簡単な土で何かを形作る魔術。此れ位ならば、苦手な俺でも行使出来る。其れでマンシルエットの的を沢山生成する。
「此れ使っていいの?」
ツィーアは土魔術は使えないらしい。少し物珍し気に人型の的を見ていた。
「構わないよ」
許可を出す前から『ファイアボール』をぶっ放していた様な気もするが、スルーしておく。
さて、自分も始めますか。氷の技の発展と応用。『フローズンアロー』を行使する。
ツィーアのせいで、途中何度も土人形を補充する羽目になった。許すまじ。
場所はアリーナの観客席。先程迄、二人の女子生徒に依る私闘が繰り広げられていた場。既に客席を埋め尽くしていた有象無象共は立ち去り、後に残るは静寂・・・いや、僅かに外から聞こえる楽し気な声。何を話しているかは分からぬ。しかし、確かに、僅かに響いているその声が、一層、人気の無い会場内の寂しさを引き立てていた。
「にいさま」
誰も居ない様に思えた観客席、其処に幼い、甘える様な声が響く。
「ああ」
其れに応えるは、幼さを残しながらも・・・何処か超然的な、聞く者の耳を打つ低めな男の声。
「居たね」
何が、とは言わない。彼等の間では主語が無くとも大抵の意味は伝わる。
「そうだな」
何処か億劫そうな響きを持つハスキーヴォイス。だが、其れすらも人を魅了する魔の声。
「どうするの?」
一方、あくまで甘ったるい、声に滲む幼さもあって、何処か背徳的な響きを持つ声。
「摘む、もしくは・・・狩る」
歳は十を超えたばかりであろうか。しかし、彼の蒼玉の如き眼に閃くは、あまりに不相応な、剣呑な、物騒な光。
「そうこなくっちゃね♪」
此方も齢は十にも満たぬ、幼子。しかし、隣の人影にしなだれかかる仕草は、まるで多くの場数を踏んだ妖女の様。
「全ては此れからだ・・・」
人知れず、意志は、陰謀は進められて行く・・・。
「なあ」
「なぁに?おにいさま♪」
「離れろ」
「えぇ〜なんでぇ〜?」
「暑苦しい。もう何月だと思ってる」
「いやぁ〜ん♪おにいさまのいけずぅ〜」
色々と台無しであった。
ご意見、ミスなどが御座いましたらお申し付けください。




