波乱の予感と変人鍛冶屋
本編。
本当はバトルが書きたい。
でも日常を飛ばす訳にはいかないのです(謎の拘り)
タイトルが段々安直になってきています。ゆるして(懇願)
朝、汗を流し、服を着よう・・・と思ったら何も無かった。どうやら全部洗濯に持って行かれてしまったらしい。脱ぎっぱなしが良くなかったか。お陰で今の俺はタオルで身体をぐるぐる巻きにした状態。服は着ていないのに、頭には金の髪留め。なんとも摩訶不思議な格好だ。そして、誰もが言うだろう、「だらしない」と。
実際の話、前世は風呂上がりにタオルを身体に巻いただけでゴロゴロしたり、下手をすると居眠りまでしてしまっていたのだから、別に然程気にならない。何故か風邪もひかなかったし。
使用人に事情を話し、朝食を部屋に運び込んで貰った。普段から部屋で朝食を摂る者も、其れなりに居るらしく、この辺りのやり取りはスムーズだった。其れから暫く、部屋でゴロゴロ・・・何も嗜好品が無い為・・・大した事もせずに居ると、ケイト校長が姿を見せた。制服を初めとした学用品を届けに来たらしい。どうして校長自ら此方に出向くのだろうか。こんなもの使用人に任せれば良いだろうに。まあ、有難いけど。
聞くと、ケイト女史は昨日言い忘れた事があったらしい。魔力量の隠蔽?あぁ、そこそこ出来る魔術師なら、俺の正体に疑問を持ってしまう可能性があるからか。此れもまた有難い。俺の普通の生活には必要不可欠な術だろう。
内容は実に抽象的。身体に魔力を閉じ込める感じ〜との事。魔術師は意識しないで居ると、身体から魔力の波動・・・の様なものが漏れ出てしまうらしい。そして、それを感知する事により、相手のアバウトな魔力量を推測するとの事。成る程、良く分からん。が、ケイト女史の教え方が良いのか、しっかり手順を踏むと出来るようになった。この魔術を俺が知ることは無かったのは、元々軍事関連の術だった為、という。魔術師を秘密裏に敵地へ送り込む時の術。一般に知られることは無いし、普通の生活をする分にも必要性皆無な術だからだ。
何故そんな事を知っているのか?とも思ったが、そういえばこの人は母のかつての同僚、つまりは軍属だった。其れもかなり中枢に近い所と睨んでいる。まあ先程からの言動よりの推測ではあるが。母も多分、かなり上の方の人間・・・だと思う。何せ何方も貴族特有のミドルネームが入っていないにも関わらず、驚く程高いレベルの教養を、会話の端々に感じ取る事が出来る。少なくとも其処らの雑兵で無い事は確かだ。
まあ兎にも角にも、こうして俺は魔力量隠蔽の術を習得したのだった。
ああ、そういえば制服の事を忘れていた。この学校の制服はどうやら3種類に区分されているらしい。
一つは一般生徒向けの、通称、黒と呼ばれる制服。
二つ目は主に上流階級、要は貴族や豪商の子等が着る、青と呼ばれる物。
そして最後に、特殊生徒。何がどう特殊かは知らないが、その何方にも入れるには不適切であると判断された物が着る、通称、白と呼ばれる物だ。
何れも特に形は決まっている訳では無く、カスタム自由。ただし、大きく色を変えることは許されない、との事だった。
ただし、普段から制服を着ている必要は無い。大きな集会、課外活動、またその他必要と判断される時に着るだけなのだとか。
そういえば、昨日出会った誰も彼もが制服らしき物を着ている所は見なかった。昨日が休日だからという理由もあるだろうが。
因みに俺が渡されたのは・・・真っ白だった。所々に赤いラインが入っている。特殊か、俺が特殊か。まあ否定はしないが。
「他に、白、は居るのですか?」
あまり少ない様だと目立って仕方が無い。
「貴方を含めて、現在4名程在籍していますよ」
へぇー。因みに全校生徒の何分の一?
そんなニュアンスの質問を投げ掛ける。
「全校生徒は・・・大体250名程在籍している筈です」
まあそれくらい居ますよねー。あぁ、圧倒的少数派・・・。
「まあ、すぐ馴染めますよ」
吃驚するくらい無責任だな。まあ、良いが。
因みに制服の形だが、上はゆったりとした、前で重ねてボタンで留めるタイプの・・・何と言えば良いのだろうか。兎に角は比較的動き易い上着に、下は・・・膝上丈のインバーティド・プリーツ・スカート。ただし、このままでは生足を晒してしまう。未婚の乙女が猥に足を晒すのは宜しくないという事で、これまた少し前に流行った様な黒いストッキングを履く。暑そうに見えるが、ここは気候的に涼しめ・・・とは言っても真夏は30度近くなるが・・・なので、そんなに問題は無い。寧ろ風通しは良かった。靴は短い・・・と言っても踝上まである、革製のブーツだ。この世界は革靴が主流であるので、まあ妥当だろう。凄く蒸れそうだが。今迄の靴も何かの革製で、足首程までしか無かったのだが、其れでも、小まめに脱ぎたくなる位には蒸れた。昔から足が蒸れるのはあまり好きではない。飲食店などでも、カウンター席では、すぐ靴を足に引っ掛けて居たくなる気持ち・・・分かるだろうか。
で、なんでこんな中世ヨーロッパクラスの文化レベルの世界で、俺の時代では時代遅れ・・・だが、本来は中世より500年以上後に登場するようなファッションの服が出て来たのか気になった。当然だが。
なんと、この制服のカスタムは、ケイト女史が考えたという。以外過ぎる。そんな可愛い脳味噌を持っている様には、これっぽっちも思えないのだが。そんな事を考えていたのが、雰囲気で伝わったのか、いつの間にやらケイト女史はジト目で俺を見ていた。・・・思っただけなのだから、実害は無いだろうが。
「貴方に合う物を考えていましたら、その形に行き着きました」
と、とんでもない事を仰っていた。その一言で、いくらファッションと雖も500年以上未来を先取りしたようなものだからな。
と、まあ此処までは現実逃避だ。何せスカートだぞ?其れも膝上丈の。ドレス?あれはアレしか無かったのだから仕方が無い。其れにスリットが深いと言っても、実際足首までの丈はあったからな。そんなに恥ずかしくは無かった。寧ろ、ツィーアに剥かれた事の方が衝撃的だった。いくら相手が女の子でもな。
まあ、直ぐに着る訳だが。いつ迄もタオルを巻いただけの格好で居る訳にはいかないのだ。此れも修行と思って、着込む。くっ・・・足がなんとも寂しい・・・一切露出はしていない筈なのに!
「とても似合っていますよ」
ケイト女史は自分のデザインした服が、予想通りに俺に合った為かご満悦だ。ニコニコしている。衝動的に殴りたくなるな。いや、しないが。
勿論、この内心は顔には出さない。流石に人が好意(?)でしてくれた事に難癖を付けられる程、人間出来ていない訳では無い。
「後で私の部屋・・・校長室に来てください。受ける授業の選択をしますから」
そう言うと、ケイト女史は部屋を出て行った。後でっていつだろうな。曖昧な事この上ない。別に文句を言うつもりは無いが。
因みに制服は、予備も含め、3セット用意して貰った。着回す腹積もりだ。此れにて被服の問題は解決、と。
ケイト女史が置いて行った学用品だが、主は筆記用具と、紙束・・・ノートに使う物だろう。これが羊皮紙の感触か。ボコボコしていて、案外書きづらそうだな。書く物も羽根ペンである。インクの調節が難しいんだよなぁ、コレは。すぐボタボタインクが落ちるし。インクは黒い瓶詰めの物が数個。母の物であったが、羽根ペンは家でも使っていたので、別に使えないという訳でもない。しかし、今回のコレは新品っぽい。勝手が違ったら困るな。まあ、後で試し書きをしておこう。
あとは、ペーパーナイフやら羽根ペンケースやら・・・革表紙と紐?ああ、紙を纏めるバインダーの代わりか。此れは便利だ。
此方の学用品は兎に角放置だ。テーブルに積んで置く。少なくとも今使う物では無い。
「・・・行きますかぁ・・・」
再び身体を伸ばし、部屋を出た。
「おお、エリアスじゃないか」
校長室からの帰り道、一般用の寮の前を通り過ぎた時だ。アイクと遭遇した。
「お前、白なのかぁ・・・俺と一緒だな!」
へぇ。アイクも白なのか。・・・ん?
「アイクも白なのか?」
なんで?と言外に含める。するとアイクもうーんと唸る。
「あー・・・悪いがあんまり公に話せる事じゃないんだ。すまないな」
まあ、話せないのなら、別に其れで構わないが。
「昨日、私が蹴った所は大丈夫か?」
実は其れが一番気になっていた。一瞬痛そうな顔をしていたし。
「ああ、ちょっと挫いただけだ。俺の付き人に光魔術が得意な人が居てな。治癒魔術掛けて貰いながら寝たら、治ってたよ」
はて、治癒魔術とな。確か水か光系統の術だったか。闇系統にもそんなものがあったような気がするが、そっちは中々曲者な性質があった気がする。
まあ、何にせよ治ったなら其れで別に構わないが。
「そうか」
今日のアイクは制服姿では無く、乗馬服・・・だと思う・・・ものを着ていた。本当に普段から制服着る人は居ないのか。だんだん俺が浮いてしまう要素が明るみになって行く・・・。
「所で君は授業を受けていないのか?」
ふと気になった事だ。未だ時刻は昼前である。そんな時間に乗馬服で寮の前をウロウロしているなど、どう贔屓目に見ても授業を受けている様には見えない。
「いやぁ・・・今日は光魔術の講義取ってたんだけどねぇ・・・」
休講だった、という。
「其れでも何もしないのも勿体無いから、馬の練習をしてたんだ」
まあ、俺が思っている以上には意識高いのか。乗馬って娯楽みたいなものの様な気がするが。いや、必要技術なのか。この世界の移動は基本馬を使うからな。どうも未だに前世の価値観が拭えない。やはり最初に染み付いた感性は中々変わるものでは無いという事か。
「で、ちょっと喉が渇いてね、一旦寮に戻って何か飲もうと思って」
こいつは結構話好きらしい。俺は相槌も打たずに聞いているだけなのだが、彼は止めど無く言葉を流す。まあ、暇はしないので構わないが。
と、正に寮の大扉の前に辿り着いた時であった。
「ああーっ!!」
最近聞いた様な耳障・・・甲高い声が青空に響く。因みに今日はこれでもかという程に快晴だ。雲も小さい物が数える程しか無い。
「なんでそんな女とッ!一緒にッ!!歩いているのですかッ!!!」
金髪青眼、縦ロールという普通の人がすると絶望的な見た目になる髪型が、何故か似合う少女、カリナ・ヴァン・マリョートカ。その縦ロールちゃんは怒り(?)も露わにアイクに詰め寄る。
俺には直に文句を言わない所に、肝の小ささが伺えるか。まあ、その程度の小物、という事だろう。
「いや、其処で会って偶々・・・」
ビシッと言わないアイクもアイクである。まあ、高々10歳程度の子供に期待するような事でも無いか。いくらこの世界の子供達が大人びているとしても、だ。
「私はもう行くぞ」
少々付き合って居られないのと、まだやる事、この後街に出なくてはならないからだ。しかし、此の儘立ち去るのも、興に欠ける。
・・・少しからかってやるか。
「またな・・・アイク」
笑顔と共にウィンクまで飛ばしてやった。
其の一撃を貰ったアイクといえば、ポカーンと阿呆面を晒して惚けている。
其れを見ていたカリナ嬢も、一瞬はポカーンとしていたが、アイクより数瞬早く硬直より回復すると、ムキーッ、と言わんばかりに地団駄を踏んでいる。
其の様子に多いに気分を良くした俺は、スタスタと自室への道を歩いた。
この帰り道での俺は、其れこそ悪逆の魔王も真っ青な、悪人面をしていただろう。
内心、盛大に高笑いでもしたい気分だった。
因みにこのエリアスを見た使用人の一人は、「一瞬、ヤールーンの魔人が押し入って来たのかと思いました」と言って、顔を青ざめさせていた。
其の使用人は以後、エリアスに近寄らなくなったという。
ケイト校長は、校長室にて羊皮紙にペンを走らせていた。内容は、エリアス・スチャルトナの取った講義の先生方に対する通知。エリアスが授業に参加する旨を伝える為だ。
「ええ・・・エリアスが取った授業は・・・」
エリアスが取った授業は、剣術、槍術、弓術、馬術、魔術工学、そして何故か社会科一般。社会科というのは、内に、地理、歴史、政治、経済を含む。サラッと流したが、剣やら弓やら槍やらの授業を取っておきながら、魔術工学という対極に位置するような授業も取っている。
本人にも確認はしたのだが、「これで良い」の一点張りだった。彼女は将来、一体何をしたいのだろうか。
あと、彼女の取った授業の先生方には、特別報酬を弾んでおこう。責めてもの慈悲だ。
其れにしても、だ。
仮にも女の子であるのに、何故彼女は、あそこ迄恥じらいが無いのだろう。
朝、部屋を訪れた時は驚いた。何処の誰が来客待ちであるのにも関わらず、全裸に身体を拭く布を巻いただけの姿で居るだろうか。
朝に世話をした使用人に聞けば、寝ていた時も全裸、其の儘の格好で垂れ幕を開け放つ、其の儘部屋を歩き回る、など。
あの娘の道徳教育はどうなっているんだ!淑女として(以下略 とケイトとしては、親であるシレイラに罵詈雑言をぶつけてやりたい衝動に駆られていたが、何とか、表情筋に全力を込めて、表情を取り繕う。頬がピクピクと痙攣する程度は許して頂きたい。
実の所、シレイラには何の非も無い。小さい頃から、当たり前の様に生活面はしっかりしていたし、非常識な行動・・・(この場合奇行と言う)・・・も取らなかったので、別段道徳教育は為されなかったのだ。
と、まあ、その事は次のシレイラへの手紙のネタにするとして、だ。
まあ、兎に角は目下の重要な仕事は片付いた。暫しは楽になるか。頭の半分で休暇の事を考え、もう半分で仕事の遣り残しが無いか確認作業をする。手元の書類を確認する限り、自分の仕事に抜かりは無い。後は己の頭の中にしか残らない仕事。頭の中で、一つ一つ思い出し、確認してゆく。
「無いですね」
口の中で呟く。此れにより、スイッチを切り替え、頭の半分を支配していた仕事の事の一切を追い出し、休暇の計画に思いを馳せる。
「昼近くまで寝て・・・ちょっと森の方まで鬱憤晴らしに魔物狩りを・・・ふふふふ・・・」
身体を伸ばしながら呟いた言葉は、何気に物騒であった。遅くまで寝たいという極自然な欲求があったのも以外だが。
顔もふにゃりと緩んで、キリッとしたケイト・ヴァシリーの面影はすっかり消えていた。ONとOFFを切り替えられる人間は幸せなのである。
しかし、その思考を邪魔するノックの音。
「・・・入って良いですよ」
内心幸せな思考を妨げられて、不機嫌の極みの様な状態であったが、其処は大人の思慮。一瞬でデキるケイト・ヴァシリーに切り替える。
「失礼します」
入ってきたのは・・・誰だったか。見覚えがあるのは確かなのだが、名前が出て来ない。少なくとも、然程接点がある相手ではない。少し年を食った中年の女性。使用人の格好をしている。
「何方様でしたか?」
貴族には、元は平民出である私を侮り、矢鱈と見下して来る者も居る。私からすれば、身分ばかり高くて、大した能も無い人間が威張り腐る事程、滑稽な物は無いと思っているのだが。他に降りかかる其れは、どうなるか見物しながら鼻でせせら笑っているのだが、私にそう当たるのなら、思い知らせてやるだけだ。まぁ、私の普段の敬語口調も、まるで此方が謙っている様に見える原因の一つかもしれないが。
彼女に見覚えがあるのは、彼女の主がそんな人間であり、その時、少しばかり遊んでやった過去があるからだ。基本平民出の使用人はそんな事はしないので、彼女に何の非があるわけではない。で、その主というのが。
「カリナ嬢の事で何か?」
カリナ・ヴァン・マリョートカだ。実家が公爵だろうが王族だろうが、私には関係無い。若し、其れが原因で私が処罰される様な事が起これば、その時は帝国に亡命してやると言ってある。
自分で言うのもなんだが、私は上級魔術師、その中でもトップクラスの実力の持ち主と自負している。
魔術師の流失は軍事力、引いては国力の流失だ。其れだけ強力な魔術師とは貴重で、重要であるということ。これが庶民である私が、貴族様相手にこんな事が出来る理由だ。まあ、横暴をするつもりも無いが。
「これを」
そう言って差し出したのは、一枚の羊皮紙。此れは・・・アリーナの使用申請だ。
昨日、エリアスと模擬戦・・・と言っても半分本気みたいは物ではあったが・・・をした場所だ。
アリーナは本来、予約制で、様々な年齢の生徒、及び教師が様々な目的で使用する。それは模擬戦であったり、剣術の試合であったり、大規模魔術の練習であったりなど、多種多様。何せ広くて頑丈、外に被害が出ない、などまあ、便利な施設なのだが。
で、そのカリナ嬢がアリーナの使用申請を出した、と。
してその内容はというと。
「決闘ですか」
別に使用申請としては何も珍しい物ではない。因みに決闘=模擬戦である。なら最初から模擬戦と書けよと思わないでもないが、其処は面子や体裁に拘る貴族らしく、聞こえの良い言葉に言い換えて来るのは、最初の一年程度で慣れた。
「何があったのかは存じませんが、お嬢様は酷くご立腹で御座いました」
カリナ嬢がヒステリックなのは、別に今に始まった事では無いが。
「相手が何方かご存知で?」
申請書に書くのは、目的と場所、そして時間のみだ。細かい内容については書く義務は無い。
「申し訳御座いませんが・・・いえ、確かお嬢様の愚痴では、眼が赤く、髪は濃い紺であったと仰っておられましたが・・・」
もしや、とは思った所で、ふと、カリナ嬢の戦闘方法を思い出す。
成る程、彼女の実力を測るには丁度良いかも知れない。
「申し訳ございません・・・此の儘では相手方の方が可哀想で御座います・・・私共も止めたのですが・・・どうか何か理由を付けて「構いませんよ」申請を・・・え?」
少し言葉を遮る形になってしまった。それにしても、彼女も常識人である。主がアレだとは思えない。
「申請は許可致します。アリーナは・・・明後日の午後が空いていますね・・・其処に入れておきます」
申請書の下に許可の印を押し、許可した日時を書き込み、目の前の使用人に渡す。
「あの・・・良いのでしょうか・・・?」
彼女の懸念も尤もである。カリナ嬢の戦闘方法には、通常の生徒、下手をすれば騎士であっても、勝利する事は困難だ。魔術師からすれば幾分かマシだが、カリナ嬢は未熟ながらも、魔術師としての才覚は高い。彼女の自信はその辺りから来ているのだ。
以前、同じように・・・恐らく気に入らないという理由で、年下のある少女に決闘を吹っかけた事もあったのだが、その時は相手もなかなか強力な魔術師だった。結局お互いに攻めあぐね、魔力切れで倒れて引き分け、といった冴えない結果だった。
だが、今回は・・・。
「大丈夫ですよ」
中々面白い事になりそうだ。
校長室でそんな会話が行われているとは露知らず、大通りの一角に存在する露店で、得体の知れない馬鈴薯の様な感触の物・・・を焼いた物を頬張るエリアス。
「其れなりに腹は膨れるな」
昼飯代わりに露店を突っついて歩いていたのであった。
其れで、元々お金も何も持っていなかったのでは?と思う方も居るだろうが、実は先程までの校長室での話の最中、突如何かを思い出したような様子のケイト女史が、「一ヶ月分のお小遣いです」と言って、どさっと布袋を取り出した事に、事の発端は遡る。
「此れで必要な物を買ってください」
との事だった。
「あと、かなりの大金ですので、管理はしっかり行ってください」
その後ぶつぶつと「子供に持たせる金額じゃないですよね」とか「あの人の教育はやはり間違っています」だとか譫言の様に口から言葉が漏れ出しているのが耳に届いたが、面倒そうなので放置した。用も粗方済んでいたし。
と、まあ其の様にして、軍資金を得たという訳だ。因みに中身は、多分銅で出来ている大小の貨幣がジャラジャラ。銀色の綺麗な貨幣、恐らく銀貨が其れなり。
イマイチレートが分からないのだが、本来子供が持つのに不相応な金額なのだろう。
盗られても怖いので、大半は部屋に置いてこようと思ったのだが、なんと、そんな用途に使えそうな袋も箱も無かった。本当に重要な物は無い部屋だよな。
つまり恐ろしい事に、今の俺は全財産を身につけて歩いている。前世であればあり得ない事だ。まあ、前世の財産に関しては、持ち歩ける様な量の財産では無かったが。
「8オルドだよー」
露店の店主が料金を請求してきた。レートが分からないので、小さい方の銅貨(仮)を差し出す。
「あー・・・銅貨しか無かったかぁ・・・ちょっと待っててくれ」
店主は屋台の下に顔を突っ込んで、ゴソゴソと何かやり始めた。暫くすると、顔を上げた。手には大量の鈍色の硬貨。
「はい、お釣り92オルドだよー。持てるかなお嬢ちゃん」
銅貨は1枚100オルドなのか。いや、そんな事はどうでも良い。アレは入り切らないぞ。
「あっ、すいません。さっきのやつ、あと9個ください」
すると店主は一瞬目を丸くしたものの、すぐに笑顔になった。
「まいどありっ!」
※半刻後
なんとか食い切った。此れは夕食が入らないかも知れない。だが、其の甲斐あって、お釣りは20オルド、鈍色の鉄貨20枚迄減らす事が出来た。
「お嬢ちゃん、ちっちゃいのに良い食いっぷりだねぇ」
露店の店主も満面の笑み。やはり自分の作った物を美味しそうに食べて貰えるというのは、嬉しいのだろう。
「あの、小物とかを入れれる袋とかを売っている店が何処にあるのか知りませんか?」
小銭もそうだが、もし物を入れる袋があれば、別にこの場で食い切る必要も無かったのだ。其れに、これから買う荷物も入れたい。袋関係は多めに購入しておくべきだろう。
「あの白い建物が見えるかい?その建物の左に・・・」
店主にお礼を言って店を離れる。先ず袋、其の後雑多な小物、そして工学魔術で使う魔道具、と揃えよう。其れだけ考えて、足を動かした。
最初に入った店では、革製、布製、大小様々な物入れを買った。同時に買った大きめの袋に、他を放り込んで次に向かう。次は・・・まぁ、ペン置きだとか櫛だとかまぁ、色々だ。
※一刻半後
行く先々の店で、次の店の位置を聞きながら、欲しい物は粗方買い揃えた。あまり量も無いので、存外早く終わった。あと欲しい小物といえば・・・。
「すいません、ナイフ・・・短剣だとかの刃物は何処で買えますか?」
ちょっとナイフだとかが欲しかった。護身用であり、生活のツール。有ればかなり便利なのだ。
これまで訪れた店の何処にも、ナイフだとかは売っていなかったのだ。 其れが買える場所を、今替えの下着を買った店の店主に問う。
「そうねぇ・・・武具屋に行けばあると思うわよ。武具屋は・・・」
武具屋とな。少し、いやかなり興味があるな。短剣の他にも色々見ておこうか。
「でも彼処の店主ねぇ・・・偏屈なのよねぇ・・・」
店主に礼を言って、武具屋とやらに向かう。さて、どんな所なのだろうか。
其れから歩くこと数分。武具屋らしき建物の前に着いた。古びた・・・いや色合いが落ち着いている関係から、そう見えるだけか。渋い感じの木造の建物。軒先に、武具、と書いてある事を確認。
これまた重厚そうな扉・・・此れは寮の物と異なり、見た目通りかそれ以上の手応えがあった。断面を見てみると、なんと鉄板が挟んであった。かなり厚く、重量は相当な物だろう。よくもまあ、蝶番が壊れない物だ。
だから、どうしてこの世界の扉は(以下略
壁の断面にも鉄板が挟まれていた。見た目以上に、重厚な建物らしい。
中に入ると薄暗い。主に蝋燭を硝子で覆った物が光源となっている。窓はほぼ無いので、陽はあまり射し込んで来ない。
向かって右手の壁には所狭しと、刃物・・・俺の身長を遥かに凌ぐ刃渡りを誇るグレートソードから、前世でも見た事が有るような、刃渡り20センチちょっとのダガーナイフまで。俺の胴程もありそうなランスから、刃の細さは俺の手首の半分も無い様なエストックまで。ハルバードという斧と槍が一緒くたになった物からモーニングスターと呼ばれる打撃武器まで。実に様々な近接武器が立て掛けられている。
中央の棚には、恐らく刃物の手入れに使う様な道具類、奥の壁には・・・多分弓と弩。更に反対側の壁には、革製と思われるアーマー、金属製のプレートアーマー、布製の厚手の・・・キルトアーマーだったか?其れらがディスプレイされていた。
まあ、今は其方に用は無い。長剣や、弓に興味が無い訳では無いが、現在の身体には不相応だろう。
ハルバードでも大剣でも、振り回す事は可能であるだろう。恐らく俺も振り回されるが。体重が軽すぎる為だ。弓も、身体が小さ過ぎて、長弓は引けない。買うならば、ショートボウだろう。其れに、アレはしっかり訓練しないと扱えない武器であった筈。だから弓術の授業を取った。弓は暫く、学校の物を使うつもりだ。最初から自分の癖も分からないのに、モノを買うのはあまり賢いとは言えない。
剣も学校の備品を使わせてもらうつもりだ。此れも前述通りの理由。そもそも、最初から真剣を握らせる様な事は無い筈。それに、剣よりも適正が有る武器があるかも知れない。其れは此れから探す事だ。
という訳で、俺が見るのは短剣コーナー。短剣と言っても、刃渡りは50センチ近い物から、10センチ程度の物まである。大半が両刃のダガーナイフ。値段は・・・書いてないのか。店主は何処か。
店の奥に進むと、何やらカウンターがあり・・・其処で居眠りを漕いている・・・恐らく女が一人。奥の方では、僅かながらもカンカンと、金属を金属で叩く音がする。鍛治場が奥にあるのだろうか。
兎に角、この女を起こす事が先決だ。
「起きてください」
肩を突ついてみる。だが起きない。
「起きてー」
肩をベシベシ叩いてみる。しかし起きない。
「起きろー」
バンバンと伏せている机の天板を、壊れない程度に叩いてみる。だが起きない。
「・・・」
肩は動いているので、別に死んでいる訳では無い筈だが。
・・・此れならば商品を盗まれても気付かないのではないか?
「はっ!!邪な気配がしましたっ!!」
がばっと今迄寝ていた娘が跳ね起きた。なんだ、其処で起きるのか。
「客だ」
もう、敬語を使う気にもなれない。
「お客さんですかっ!あれ、小さい・・・あっ、すいませんでしたっ」
小さい、の所で睨んでやると、直ぐに小さくなった。肝っ玉小さいなぁ。
「短剣の値段が聞きたい」
この娘に絡んでいると疲れそうな気がした。いや、する。
「えと、はい。どの短剣ですか?」
パタパタとカウンターから出て来る。一々動作が大仰だなぁ。まあ、此れもこの娘の魅力の一つだろうが。
くすんだ茶髪は彼方此方が跳ねていて、どうにも拭えないだらしなさがある。顔は中々の上玉だが、跳ね放題の髪が大半をぶっ壊している。まあ、此れでも可愛いという人間は居る事には居るだろうが。
服も、至る所が煤けて、恐らく鉄粉やら飛び散った革の屑などがくっ付いている。女の格好ではないな。
恐らく年齢は20に行くか行かないか位。スタイルは・・・汚いダボダボの服に隠されて分からない。
ちらりと見えた手は、豆と豆の潰れた跡だらけだった。この娘はただの売り子ではなく、自ら金槌を振るっているのかも知れない。修行中なのか?
「此れは?」
手に取ったのは、刃渡り25センチ程のダガー。パッと見た感じは、来れが一番出来が良い。刃の色合い的に密度が高そうだったからだ。
「えっと・・・幾らが良いですか?」
思わずずっこけそうになった。いや、客に値段を決めさせるなんて始めて見たぞ。馬鹿なのかコイツは。
が、彼女を見てふと気づく。
彼女の成りは酷いものだが、眼だけは爛々と輝いている。そして、其処には俺を試す様な光が浮かんでいた。全身隈なくズタボロで、表情は天然でアホくさいのに、眼だけはまるで、長年一つの事に執着し続けた挙句、遂に狂気に染まってしまった職人を思わせる不気味を湛えている。この女は、ヤバイ奴だ。しかし、高々8歳の幼女を試すなど、普通しないと思うのだが、其処も変人故の発想なのだろうか。
ところで俺は、この手の物に関する相場を全く知らない。はて、困った。
其処で俺は、少々礼には欠けるが、質問を返す事にした。
「其処の砥石と、錆止油は幾らだ?」
其処からレートを測る寸法だ。
「えーと・・・忘れちゃったので、お客さんの好きにしていいですよー」
その答えに一瞬、ギリッと歯軋りしてしまった。多分、此方の意図にも気付いていた様だし、気付かれたな。顔はポケッとしているが。つまりは、相場も知らないということがバレたという事。さあ、どうする。
・・・推理しろ・・・今日買った物の値段を・・・そしてこの時代・・・鍛造の刃物製品の値段は・・・。
「・・・20000迄なら出す」
そう言うと、その女は非常に嬉しそうな顔をした。
「はーい。じゃあー、砥石と錆止油とー、鞘はオマケしちゃうねー」
銀貨2枚を差し出す。銀貨が1枚あたり10000オルドというのは、これ迄の買い物で学習している。
彼女はニコニコしながらナイフとその他を梱包してくれる。
「まいどありー、またどーぞー」
にへらっとした笑顔だった。どうも不気味なので、ありがとう、とだけ言い残して、店を後にした。
・・・久々に見た底が知れない相手だった。
短剣の銘には、『メアリー・アリソン』と刻まれていた。
気持ち良く昼寝をしていたら、ギギィーっと扉が軋んで開く音がした。言わずもがな客ではあるが、面白そうなので、此の儘寝ている事にする。
入って来た客は、どうも子供らしい。床を踏み締める音がどうも軽いからだ。キョロキョロと物珍しげに、店内を見回している様だが、息遣いは穏やかだ。普通子供ときたら、剣やら何やらを見れば興奮し、鼻息も荒くする物だが、どうやらこの"お客さん"は違うらしい。
「(これまた奇っ怪なのが来たねぇ)」
明らかに気配が尋常ではない。常人、普通の人間には分からないが、私には分かる。
魔力量を隠している、変装の魔道具を身に付けている、魔術学校の白制服、どう言い繕おうが怪しい。
敵意は無く、単純に買い物に来たようなので、しっかり客として応対してやるが。
私なりのやり方で、ね。
そのお客が私を起こそうと突っついたり、卓を叩いたりしていた。随分と小さな手だった。反面、卓を叩く力は尋常ではなかったので、少々ヒヤヒヤした。
「(それ、普通だったら留め金が吹っ飛んでるからね?)」
この卓は特別製なので、問題は無いのだが。
と、まあ何やら悪そうな事を考えている気配がしたので、寝ているフリは辞め、きちんと応対する事にする。
相手は、少女と呼んで差し支えない、小さな娘だった。
・・・その割りには中身が違和感の塊なのだが。
赤い眼も恐ろしく落ち着いていて、年不相応、いや、まるで長く生きた大人が子供の中に入っている様だった。
そして、瞳の色は深い。
私ともあろう者が、危うく呑み込まれる所だった。
彼女が目を付けたのは、一本の短剣。刃渡り27センチ、身幅4センチ、鋼製、鍛造品。
この壁に掛けてある短剣の中で、最も優良だと自負する物。其れを真っ先に手に取ったのだ。
私の中の、この娘の株が上がる。
少し気に入った。
だから、値段を付けさせてみた。
物の価値が分かるかどうか試させて貰う。途中、砥石や錆止油の値段を聞いて来た。
・・・なるほど。
この娘はこの手の武具のやり取りをした事が無いらしい。内心ニヤリとほくそ笑む。
「(さあ、どうする?どう判断する?)」
見たかい?あの娘が一瞬歯軋りして、眼に剣呑な光を宿らせた瞬間。ゾクゾクするね。やっぱりただのガキじゃない。
向こうもどうやら私の目的に気付いているらしい。どうして、中々賢いお嬢さんだ。賢い子は好きだよ?
実のところ今回限りは、1オルドだろうが100オルドだろうが、言い値で売るつもりだった。まあ、その後の対応に大きく違いを付けるつもりだが。
因みに、自分で値段を付けるとしたら、この短剣は15000オルドといった所だ。同クラスの品と比べて、かなり、いや、実際このサイズの短剣は安い物で2000オルドもしない。相場の5倍以上高い代物だが、其れだけの価値はある。其れだけ、自分でも丹精込めて打った物であると思う。多分、魔物の骨に突き刺しても欠けなし、岩にだって力次第では突き刺さると思う。
結局、彼女が出した結論は、20000オルドまでなら出す、という物だった。
少々高めだが、まあ、及第点をくれてやろう。中々面白そうな奴だ。
ちょいと高すぎるぞ、という意味を込めて、手入れ用具と鞘は融通してやった。
・・・砥石と油は二つで500オルドもしないが、鞘は最高級の物を付けてやった。占めて5800オルド・・・グスン。
鞘は泣けなしの高級皮革材、地龍の腹皮を使った物。人間の寿命より長く使えるし、其処らの刃物では傷一つ付かない。
「まいどありー、またどうぞー」
と言って見送った。
私は滅多に「またどうぞ」とは言わない。気に入らない客なら一切応対しない事もある。また来るように言うのは、余程気に入った時のみ。
「くっくっくっ・・・」
久々に面白い、本当に面白い娘を見つけた。先程まで取り繕っていたポワポワした顔は鳴りを潜め、口の端を釣り上げ、ニヤリとした顔を作る。
「また来てね・・・退屈は嫌いだよ・・?」
彼女の嗤い声と共に、店中の武器がカタカタと震えていた。
誤字脱字、日本語こわれてる所が御座いましたら、ご指摘ください。
服装の表現が難しいです・・・ボキャブラリー不足ですね・・・。
※あまりに読み難かったので、行間あけまくりました




