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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地味子と派手子

作者: しーば

一ヶ月前から私はとある友人の家に転がりこんでいる。

市内を離れ、駅からも少し離れて徒歩三十分の場所に七春の家はあった。駅から離れている理由もあってか家賃が格安になった十二畳の部屋と六畳のダイニングのある1DKの部屋はきっと一人なら充分余裕のある広さで、十二畳の部屋には私の分の布団だって敷ける。しかし毎晩、毎晩、私は好意で用意して貰った布団を敷くことなく、彼女の布団に潜り込んでは彼女の小さな背中を抱き締めて、眠っている。

今日もまた同じ。可愛らしい花柄がプリントされた寝巻きに袖を通し足を通し、眠気に誘われ鈍った思考の中のそのそもたもたと着替え、布団に潜り込み、彼女の背中を抱きしめた。鼻筋を黒く細い髪が擽り、ふっと鼻に入るシャンプーの匂いに彼女の匂い。

 きっと彼女の匂いには何か癒しの効果があるのだと思う。

やがてうとうとと、体も頭もリラックスして、とぷん、とまるで海の底に身体が落ちていくような、そんな感覚が体を包み、落ち着いた頃に私は言った。


「おやすみ、」


しかし今日はここからはいつもと違った。

おやすみの返事もなく、抱きしめていた彼女の身体が動き此方を向いたので思わず重い瞼もぱちりと開く。


「あのね」

「ん、んんーなぁに、もう眠たかったのにー」


彼女が私を呼んで、なんとなく言葉の始まりが別れとかよくない方向に続きそうな、そんな予感がしてわざとらしく寝ぼけたフリをして瞼を手の甲で擦った。その様子に彼女は眉尻を下げて


「こすっちゃダメだよ」


と言いながら私の目元を指先で撫でた後、手を離し身を起こしては、今からする話の内容を示すように膝を折り曲げて正座の体制を取り膝の上に手を乗せた。ああ、これは矢張りただ事ではないのだと予感が確信へと変わり、私も同じように、とまではいかないが身を起こしては膝を抱え込むようにして座り直した。


「あのね、」


彼女は下を向いて、ゆっくりと言葉を口にした


「話があるの」




私が彼女の家へと転がり込んだのは一ヶ月前の、桜が完全に全て散ってしまった後の五月のこと。そして初めて出会った日も同じ日のことだった。

とはいえ私は彼女のことはしっていた。いつも教室の端で小難しい本を読んでいる女の子という程度だったのだが。だから出会った、というよりも初めて話した日の方が正確なのかもしれない。

 五月十六日。通っている大学の授業は本日は四限目のみ。しかもその授業も終わった今、この大学に居座る意味もなく、机に出した教科書や真っ白なノートを鞄の中へ突っ込んだ後、立ち上がると隣に座っていた春日井亜由美が声をかけてきた。


「ねえねえ。あの子の名前知ってるぅ?」


一体何の香水なのだろう。きゅうりのような、カメムシの放つような匂いが鼻を掠め、その匂いをたどる様にそちらへと視線を移せばにやにやと笑っている顔が目に入り、匂いとあいまってか少し、ほんの少しだけ私の眉間には皺が寄ったのだが、目の前のこの春日井亜由美は気づいただろうか。

しかし唐突に問われた私はこの春日井亜由美の言うあの子、とは誰を指しているのか理解できず、頭上に疑問符を浮かべて逆に問いかけを返した。


「え、誰?」

「あの子よ、あの一列目で一番左の窓側の席に座った子。」


一列目の一番左、窓際の席。と目を動かしていけば最後にたどり着いた視線のむこうにその子はいた。後ろ姿なので此方から顔は確認できないが遠目でもわかる細身な後ろ姿。髪は肩よりも少し短い程で授業は終わったというのに少女は板書が間に合っていないのか必死、といった様子でノートにペンを走らせては時折、前の文字がびっしりと並びに並んだホワイトボードを見つめている。



「…名前、までは知らないかなー。」

「あの子、七春っていう子なんだけどあーんな地味子なのに、名前は愛理、って言うんだって、知ってた?超うけるー!」


似合わない、といいたいのだろう。態と、そう、子供じみた意地悪で聞こえるように言って、下品な笑いを響かせ笑う春日井亜由美の姿にぎくりとしながらも次の瞬間には呆れすら覚えた。しかし注意を口に出さない私はもっと卑怯で最低なのかもしれない。私は上手く言葉が出せずにいると、七春愛理は聞こえていたのか、いや、きっと聞こえたのだと思う。立ち上がり長いロングスカートを少しだけふわりと靡かせて此方に振り向いたかと思うと、じっと此方を見上げ、それから鞄に教科書やノートを詰め込んで逃げるようにして足早に教室から出ていってしまった。

 それから少ししてから春日井亜由美が言った。


「うわ。何アイツ、サイッテー」


私も言った。


「アンタもね」

「は?何ソレ」

「私もだけどさ」


そう、春日井亜由美、アンタは最低だ

でも私はもっと最低だ。



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