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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第九話

 朝起きたばかりなのに、国王様との非公式で短時間ながらも謁見が決まって、慌ただしくマーサ達に身支度を整えられた。それだけでも疲れたと言うのに、整えている最中にこの口上だけは覚えてくれと頭に叩き込まれ、極度の緊張の中謁見し、部屋に戻ってから驚愕を通り越して気絶しそうな話を聞かされた私。


 たった数時間でこれだけのことが起これば、疲労困憊して寝込みたくなるってのが普通のか弱い女性の姿じゃないでしょうか?


 なのに、なのにあのド鬼畜様め!!

「……何が散歩の時間よ!!血も涙も…なかったんだっけ。……はぁ」

 この頃シーナに対する怒りが持続しない。

 正確に言うなら、持続しながら新しい怒りがやってきて、積み重なっていくうちに心が凪いでいった。

 転生した先で悟りの境地を開いた気分。もはやここで暗殺事件が起きたとしても……いや、さすがにそれはまだ怖いな。

「……暗殺、か……シャレにならない」


 実際、私が今生きていられたのは奇跡に近いと思う。

 体に私の自我が受け入れられるまで寝ていようとして、寝過ぎていたのが幸いした。幽霊姫なんて呼ばれるくらい、王族としての資質を疑われていたのだ。

 当然、私に対する注目度は低かった。このまま廃嫡されると思われていただろう。

 それが、起きた。…叩き起こされた、という方が正しいのだけれど。

 そうなると、俄然状況が変わってくる要因が私の地位だ。

 前王妃の娘で、王位継承権第二位。第二位なんだから、一位がどうにかならない限り関係ない?

 とんでもない。現実はその真逆だった。

 第二位の私がどうにかなった場合、第一位の継承権に大いに関わると言うのだ。

 第一位である私の弟王子は愛妾の息子で、この国では実質継承権のない存在なのだという。でも女王は認められない。なら誰が王位を継承するのか?

 私の未来の夫が、国王になるというのだ!

 そしてもし、この王位継承権第二位という立場であるはずの私が死んだりすると、第一位の王子がこの時になってようやく、その地位が地位として周囲に認められることになる。

 まあ、現王妃にこのまま息子が生まれなければ、だけれど。

 つまり、ですよ。

 私の地位だけで考えただけでも、私の命を狙ってもおかしくない人が二人いるってことよ!

 弟はさすがにまだ0歳児らしいので将来どうなるかわからないけど、一応、今は除外するとして、その母親である愛妾にとっては私の存在はかなり邪魔だよね。息子に国王になってほしいのなら。

 ここはもう今すぐにでも行動を起こしてもおかしくない。

 二人目は現王妃。前王妃の実子である私が彼女の害になる場合、そして子供が生まれても娘だった場合、権力を握っていたいなら私の存在はやはり邪魔。

 将来、私と敵対する可能性がある人だ。


 しかしなぁ……

「……あの王妃様、私の叔母さんだって言うじゃないの」

 シーナに衝撃の事実を聞かされたあと、散歩したいと言うヤツに憤慨しながらマーサ達に用意をしてもらっている間に聞いた。

 なんでも私の実の母親は隣国で名高い美姫だったらしい。

 その美姫に一目惚れした国王様が正妃として迎え入れ、随分と仲睦まじくしていた。が、私が生まれるとその肥立ちが悪かったらしく、儚くなってしまった。

 残されたのは王女一人。できれば王族として王子が望ましいと、二年前、前王妃の妹姫が正妃として迎え入れられた。愛妾もその頃だったと言う。

 国王様は前王妃様の面影を王妃様に見出したいのでしょう、とマーサは複雑な顔で言っていた。

 まあ、それなら私と王妃様が似てるのも無理ないか。でも王妃様、こんな結婚どう思ったんだろうなー。私なら嫌だな。比べられるもん。それで繊細な気持ちになるような、そんな殊勝そうな性格してなさそうだけど。

 ……そうだよ、そんな殊勝そうな性格してない人が、私と敵対するかもしれないんだよ、絶対怖いよ!

 ぶるぶる。

 身震いする私を、足元でのんびり歩いていた黒猫が見上げる。


「……ま、お前の人生こんなもんじゃないんだけどな」


「ぃっ!?なになになになに!?今の発言、どういうこと!?」

「そりゃそのままの意味だ。こんなもんで俺の玩具だなんて笑わせるな」

「笑おうよ、そこは!笑っちゃおうよ、こんなもんで十分でしょ、玩具としては!!」

「馬鹿言うな」

 はっ、と鼻で笑われる。

 美猫に馬鹿にされても可愛いとしか思えないけど、中身がヤツなら十分に怒りが……沸かないな、あんまり。ホント、このくらいじゃ怒れなくなってきた。まずいよ、なんかまずい気がする!

 恐ろしや……いろんな意味で。

 さらに身震いする。

 シーナは具体的なことはもう言わず、またのんびりと歩き始めた。


 お城の中で一番きれいな南の庭園は広く、暖かくなってきた今の季節が一番美しいのだと言う。

 冬の力強い花と、春の柔らかい花がこの季節の一瞬だけ同時に見られる。

 今がまさにその時だった。

 そしてこの季節、お城ではこの南の庭園だけ国民に解放される。とはいえ、お城に申請をし、許可が下りる身元のしっかりした人で、門番の身体チェックを受けた体一つでなければ入れない。

 ちょっとした手荷物も持ち込めず、武器などはもってのほか。門番に没収され、それに応じない場合、お城どころか城下町からも追い出されるらしい。

 何もそこまで……と思わなくもないが、こうして暗殺の危険にさらされている今の状況では好都合だ。

 少なくとも一般国民だと思われる人は、武器を持っていないとわかっているのだから。

 庭園の花は美しい。

 いつしか荒んでいた心が癒されるように、その美しさを堪能し始めていた。

「……きれい」

 呟くと、シーナがちらりと私を見上げ頷く。

「そうだな。俺の美貌にふさわしい庭園だ」

「……別に否定はしないけどね。確かに文句ない美形だし」

 ナルちゃん発言も、もう慣れてきた。鼻持ちならないけど、事実だしね。

 聞き流すように同意すれば、シーナはやや複雑そうな顔でまた私を見上げた。

「……お前も十分、ふさわしいと思うんだがな」

「ん?なに?」

「いや、なんでもない」

「?そう?……ねえ、抱っこしてあげよっか。疲れない?」

 なんだか言い淀んでいるようなシーナが新鮮で、ちょっと優しくしてみる。

 まあ、半分はただそのきれいな毛並みを撫でたいだけなのだけれども。

「……好きにしろ」

 呆れた顔だったけど、私はその言葉通り好きにさせてもらう。

 小さな両手で胸に抱きあげ、サラサラつやつや、柔らかくていい匂いの体をぎゅっと抱きしめる。

 居心地が悪そうにしていたシーも、やがて諦めたように力を抜いた。


「……ユリフィナ」


「え?」

 突然呼ばれ、腕の中を見下ろす。

「誰か来る。……しばらくお前の命に関わることは起きないはずだが、一応注意しろ。俺はお前の死亡フラグはわかるが、面白い玩具にするために突然何かが起こってもおかしくない人生設定にした。死にたくなければ気を抜くなよ」

「え!?」

 死亡フラグがわかるってどういうこと、何かが起こってもおかしくない人生設定って何、死にたくなければって……

 私には花を愛でる暇さえないのか!!

 ああ、もういや……

 庭園を案内すると言ってくれたマーサに、疲れたから一人で見てきたいと言ってしまったので、マーサ達侍女は近くにいない。

 代わりに女騎士が数人近くにいるはずだが、今呼ぶべきだろうか。

 でもやってくる人が本当に関係のない一般国民だったり、どこかの貴族だったりすると感じが悪く見えてしまわないだろうか。

 いや、でも。

 いやいや、でも……

 ちょっと考えている間に、私の耳に人の話し声と足音が聞こえてきた。

 二人…らしい。

 私の視線が低いのと、ちょうど薔薇の迷い道と呼ばれる、大人の背丈以上の薔薇で作られた迷路のようなところに私は差し掛かっていた。

 話し声と足音は、その私の前から聞こえてきている。

 誰だろうか。声からするとまだ若い少年…と、幼そうな声。

 一般国民であってほしい。今更引き返しても、もう遅いし、隠れられそうな場所もない。

 固唾をのみ、シーをさらに強く抱きしめて目の前を凝視する。


「……やっとゴールですね」

「長かったな。しかしまぁ、よくもこんな遊びとしか思えない庭園を……ん?」


 現れた二人は、十代半ばの少年と、今の私よりは年上の…せいぜい10歳ほどの子供。

 少年は落ち着いた雰囲気をしていて、子供は……なぜかさらに冷めた大人のような態度だった。

 ……しかし、美形だわ。シーナで慣れてきてたのに、ここにきてまた美形?美少年好きにはたまらない天国ね、ここは。

 少年の方は濃いブラウンの髪に、同色の目で、優しげな美貌だ。子供は目も覚めるようなサラサラの金髪に、強い意思を感じさせる炎みたいな赤い目だった。成長すれば誰もがその目にうっとりと見惚れることだろう。

 二人を凝視する私と、そんな私を凝視する二人。

 沈黙。

「……えーと、君は……誰、かな?見たところ令嬢みたいだけれど……」

 いっこうに喋らずただ凝視する私に、遠慮がちなこの子大丈夫か?の声がかかる。

 少年は丁寧で優しい口調だが、子供の前に体を出す様子は、私に警戒していてかつ子供の身分が高いことを意味している。

 そんなことを観察して、はっと首を振った。

「あ、ご、ごめんなさい!何でもないんです、一人だったからちょっと怖くて……」

 まさか美形だったから見惚れてました、とは言えない。さすがに王女として、その発言はない。

 王女だと知っているわけでも、これから知ることもないかもしれないけど、一応、王女として最低限の振る舞いはせねば。

 慌ててドレスのスカートをつまみ、小さく礼をする。

 取り繕うようににっこりと笑顔もつけた。

 少年はそんな私の顔をじっと見つめた後、ちらりと子供の方を見てごほんとわざとらしく咳をする。

 な、なんだろう?

「……こちらこそ、失礼をいたしました。一人、なのですか?」

「は、はい」

「では、よろしければこの先まで御一緒しましょうか?」

 ここで断ったら、ダメよね、やっぱり。

 王女だけど、女に断られたなんてこの国じゃ恥だし、女としてもどうかと思われてしまう。

 男女差別って、やっぱりダメよ。うんうん。

「ぜひお願いします。……でも、よろしいのですか?そちらは一度通った庭園なのでは」

「迷路のようでしたから、帰る道はそれでまた違いましょう」

 にっこりと優しく微笑まれる。

 まあ、いいよね?私に害意はなさそうだし。

 ……その後ろの子供が、なんとなく、私に何か言いたそうな気もするけど。

 気にしないでおこう。たぶん、基本的に会話するのは少年の方だ。

 それに、美少年に囲まれるのは女として単純に嬉しい。


「では、行きましょうか」


 そっと手を伸ばされ、にこっと笑って自分の手を載せた。

 いざとなれば近くに女騎士がいるのはわかってるんだし。なんとかなる!


 転生生活一日目。ユリフィナの長い一日は、まだ終わらない。

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