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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第八話

「姫様、このドアの先に国王陛下と王妃様がいらっしゃいます。それはもう御心配なされていたんですよ」

「は、はい……」


 娘に自我がないなんて、それは心配もするだろうけど。

 私は今さっき起きたばっかりで、こんなに早く一国の王と王妃に会えるなんて思ってなかったから、気絶しそうなくらい緊張しているわけで。

 ああ、せっかく教えてくれた口上も、せっかく上げてもらった知能も、すぐにでもパァになりそう!

 緊張しすぎて吐き気が……


 ……。えーと、私の後方で押し殺したような笑い声が聞こえたのは、気のせいかな?


 極度の緊張のお陰で強気の私は、ギロリとその声の主を睨みつける。

 私の後方で侍女の一人に優しく抱かれている黒猫。つんと澄ました高貴そうなお顔に、薄いブルーにも見えるグリーンの瞳。一目見ただけでも手触りのいい毛並み。

 名前はシー。中身は死神で、シーナと呼んでいる。

 美猫だ。私はかつてこれほどまでに美しい猫を見たことがない。それくらいの美猫だが、いかんせん中身が鬼畜すぎる。

 そう、緊張している私を面白がって笑うのなんて、息をするのと同じ感覚なくらいに!

 抱いている侍女は笑い声がどこから出たのか分からずに、私に睨まれていると思い真っ青な顔をしている。

 いやいや、貴方じゃないの。大丈夫、わかってるの。

 侍女に小さく首を振って優しく微笑む。

 私が微笑むことの効果は覿面だ。そりゃそうだ、こんな美少女に微笑まれたら私だって頬の一つや二つ赤くなるってものよ。

 シーは鼻白んだような顔をしていたが、しょうがないじゃない。あのままじゃ侍女が可哀想だ。

「姫様?」

 呼ばれ、幾分か緊張の取れた体を奮い立たせるように深呼吸を一つする。


 行こう。行くしかないんだから。


「はい」

「御公務の休憩時間ですので、格式ばったご挨拶などはございません。先ほどお教えした御口上のみで結構です。……さぞお喜びになることでしょう。私、こんなにもお喜び申し上げる日はございません……」

 感極まったような顔を見上げて苦笑した。

 こんな風に喜んでもらえる自分は幸せだ。少し話をしただけだけど、彼女は優しい。そんな人が傍にいて、こうして背を押してくれている。それならば頑張らなければ申し訳ない。

「じゃあ、行ってくるね」

「はい、はい……マーサはここで待っております」

「うん。帰ったらまたお話聞かせて?」

「もちろんでございますとも!それでは行ってらっしゃいませ」

 深く頭を下げられた。

 そうして自分が王女なのだと、改めて思い知り得体のしれない不安に身を包む。


 死神は言った。

 私のこの人生は、『山あり谷あり、良くも悪くも人の中で揉まれて巻き込まれて流されて、諦めることができない。ギブアップが即、死につながる人生』だと。

 なら今のこの状況は、諦めちゃいけない状況なのだ。

 諦めれば自分の死につながる何かが動く。

 私は、生き残ってみせる。

 この玩具にされた人生を、謳歌してみせる!


 固い決意に満ちたユリフィナを、死神は笑って見送った。

 そう、それでこそ俺の玩具だ、と。

 空気に触れた途端、消えてしまうような声で囁いた。




「国王陛下、ならびに王妃様、御公務の合間に失礼いたします」

 ふわりと広がる、シフォンのドレス。ふんだんに使われた繊細なレースとリボンが可愛らしい。

 計算されつくしたような裾のしわが、自分の礼が上手くいったことを意味していた。

 ここからだ。そんなに長い時間は取れないと言っていたから、きっと少し挨拶すれば退室を促される。

 その少しの時間だけ、今は乗り切れればいい。

 相槌を待つ一瞬の時間が永遠のように長く感じられた。

「うむ」

「ええ」

「折に触れ、私のことを気にかけていただいたこと、ありがとうございます。本日は……」

 続けようとした時、国王様が片手を上げ私の口上を止めた。

「うむうむ、もうよい。ユリフィナ、こちらへ」

「は、はい」

 手招いた国王様に従って近寄ると、しみじみと見つめられる。

 私はそんな国王様と、隣に座る王妃様を見上げた。


 国王様は優しげな顔だ。若かりし頃もきっと美貌と言うよりは、柔和な顔をしていたのだろう。少し色あせた金髪に、夏を思わせるブルーの瞳。典型的な金髪碧眼だ。

 王妃様は微笑んでいるが、どこか冷たい雰囲気のある美貌。私よりも濃いブルーと銀が混じった髪を結いあげ、美しい装飾を施している。淡いグリーンの瞳は、ドキッとするくらい魅惑的な色をしていた。

 なんだかじっと見てるだけで吸い込まれそう……魔女の目みたいだ。


「……もう5歳になったのだったな。自我がないと言われた時はどうしたものかと悩んだが……縋る思いであの魔法使いの言葉を信じてみてよかった」

「陛下、一国の王ともあろうお方が縋るなどと……」

 王妃様に窘められ、国王様がそれでもにこにこと嬉しそうに笑う。

 ……うーん、国王様はとっても温和。王妃様はちょっとお近づきにはなりたくないタイプね。

 そんなことを思いつつ、自分へ話が向けられるまで黙って待つ。

 いくら親子でも、公務の休憩中でも、地位は地位だ。下の者が上の者へ簡単に話しかけてはいけない。

 私が眠っている間に教えられていたらしい知識。

 ホントに、眠ってるだけでこんなことを覚えられるんだから、もう少し寝ていたかった。世間と常識を簡単便利に習得。睡眠学習をするならここ!ってキャッチフレーズね。

 オチもないことを考え、心の中でため息をつく。

 ああ、もう帰りたい。

「ところで、その猫とやらはどこだ?私の可愛い娘を目覚めさせてくれた猫だ、一度見てみたい」

「そうね、一度は見ておきましょう。…猫をここへ」

 王妃様の指示で、私が先ほど入ってきたドアが開く。

 黒猫を抱いていたのは、私に睨まれたと青い顔をしていた侍女ではなく、マーサと同じくらいの歳の、知らない男性だった。

 シーは男に抱きあげられているのが気に食わないのか、不機嫌そうに尻尾をぱったんぱったんと強い調子で男性の腕を叩いている。

 いい気味だ。絶対、顔にも態度にも出ないように心の中で笑う。

 ……あれ、黒猫から一瞬殺気が漂ってきた気がする。き、気のせいだと信じたい!

「フィリップ、それがそうか?」

「はい、陛下。王女殿下に差し上げる前に検査をいたしておりますが、極めて健康な雄猫でございます」

「ふむ。美しい猫だな。それならばユリフィナにも似合うことだろう。おそろいのような美しい瞳だ」

「ええ、そうでございますわね。初めは黒猫などと、と思いましたがそれならば許せましょう。ユリフィナ、たくさん可愛がりなさい」

「はい、王妃様」

 にっこりと笑って返事をしたが、内心それどころではなかった。

 おそろいの瞳って何だ、おそろいって!

 あっちは薄いブルーみたいなグリーンで、私は……あら?

 あらら?

 そういえば……エメラルドグリーンって、角度と見る人によってはブルーにも見える、よね?

 まさか……まさかあの死神!

 その考えに至った時、満足した国王様から退室を促された。

「ふむ、ではもう下がってよいぞ」

「はい。国王陛下、王妃様、失礼いたします」

 優雅に一礼する私の頭の中は、別のことでいっぱいだった。

 繊細なレースがふんだんに使われた、歩きにくいシフォンのドレス。しかしそんな物もなんのその。体に教え込まれた裾さばきは、無意識に美しく歩く。

 部屋から出た私は、フィリップと呼ばれた男性から侍女に受け渡されている黒猫に視線をやった。

 薄いブルーにも見える、グリーンの瞳。


 ……これ、人によってはエメラルドグリーンって呼ばれる色じゃないかしら?


 待っていたマーサが少し赤くなった目元を抑えながら、私の自室に戻る道を先導する。

 決して短くはない王城の広い廊下を、マーサを先頭に侍女が私の横に一人、後ろに一人、私付きの女騎士が二人前を行き、この隊列の最後にもう二人。

 計私を含めて8人が歩く。

 道行く人は第一王女である私を認めると、慌てて廊下の端へ下がり頭を下げる。女の人はさらに少し腰を落とすのがこの国のマナーらしい。

 なんだか男女差別の匂いがぷんぷんとするが、私が改革をしようとしてもまだ受け入れられるような土壌がない。女性も、男性に身を尽くすのが普通だと思っているから余計だ。

 まあ、私は自分の人生を真っ当に謳歌させるので精一杯なので、そんな難しいことは後の人に任せることにする。

 この時代くらいの文化なら、あと100年か200年もすれば、男女平等の精神も根付くだろう。

 そんなことを考えているうちに自室に着いた。

 そのままでいいと言ったのに部屋着のドレスに着替えさせられた後、一度マーサ達を下がらせる。


 さて。


「……シーナ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ああ、目のことか?」

 言おうとしていたことを言われ、出端をくじかれた形で続けた。

「目のことかってじゃあやっぱり!」

「ああ」


「あんた、そんなに自分の美しさに見惚れたいわけ!?」


「…………そうか、お前は頭の中を俺好みに矯正させられるのがそんなに待ち遠しいか」


 妖しい目をする黒猫。

 なぜそんな顔をされるのかわからず、言われたことの恐ろしさと笑みに一瞬で全身に鳥肌を立てる私。

 この二人が意気投合することなど永遠にないかのような構図だった。


 幸いなことにシーナは本気で言ったわけではなかったようで、私の反応にパタリと少し不満げに尻尾を揺らして話を戻した。

「……確かに、まあ、間違っちゃいないな。確かに、俺の目は美しいからな、見惚れることはある。が、俺は自分の美貌を他人に分け与えようと思ったことはない。一度として、ない。これからもない。俺の美貌は俺だけのものだ」

 むぅ。ナルシストとして正しい姿なのかわからないが、筋は通っている。

 それならどうして?

「……言っとくが、お前と俺の目が似てるってのはただの偶然だ、国王とお前の母親の目の色を混ぜたらそうなっただけだ」

「……ふぅん。あら?じゃあなんで目のことかって……」

 目の色が似てるのがシーナのナルシズムじゃないとしたら、何の話があるっていうのか。

「……気づかなかったのか?お前のその目、王妃に似てるだろう」

 言われ、へ?と首を傾げた。

 王妃様の目に、私の目が似てる?

 王妃様の目って、確か……なんか、とってもぞくっとするような魅惑的な目でしたけど、アレに?

 私の目が?

「……いやいやいや、それはない。それはないよ、シーナくん。あの目は犯罪だって。メデューサの目だよ、メデューサ。魂吸い込んで廃人にさせる類の目よ、アレは」

 一応自分の母親のはずだが、父親の国王様にはどこかほっとするが母親の王妃様には苦手という意識しかない。眠っていた間のおぼろげな感情もその通りだと言っている。

 彼女に対する私の印象は、ずばり冷たい人だ。蛇みたいだと思う。まさにメデューサ。

 その目と、私の目が似てたら少しどころかものすごく悲しい。嫌。断固としてそんな目は受け取りを拒否したい。

 だいたい、鏡で見たけど私の目は印象的なだけであって、あんな魔女みたいな不気味さなんてない。

「そうだ。お前、勘がいいな。アレは犯罪だ」

「……はい?」

 なんだそれは。罪作りな目だっていいたいのか、あんたもその毒牙にやられた口か!

 声に出していないのに、シーナは呆れた顔で否定した。私、本当に顔に出過ぎてるらしい。

「……言っとくが、俺はあんな女願い下げだ。多少見れた顔はしているが、とてもじゃないが俺の美貌に釣り合わないし、獲物がかかるのを舌なめずりしながら待っているような、欲深くて気色悪い性格してそうで嫌だ」

 ……性格が悪い人が性格悪い人をこき下ろす時、これほど容赦なく的確に表現するんだね。すごくわかりやすくて、とっても怖いです。

 私の心がまた一歩…百歩くらいシーナにどん引きする。

 この距離は多分一生縮まらない。

「犯罪だって言うのは、その言葉通りあの目にかけてはならない魔法がかかってるんだ。お前が言う通り、メデューサの目に似てるな。ただし、一瞬で人を石に変えるんじゃなく、時間をかけてその心を取り込み操る。最後は意思も本能もなくなり、廃人だ」

「……」

「もう国王は二年もあの目を見ている。あの女も利用できる限り、そうそう国王を廃人にさせるつもりもないだろうから、魔力は弱めているんだろうがな」

「…………」

「お前が正気に戻った今、なんらかの行動を起こす。お前が王妃の利になるかならないか、見極めるつもりだろう。だから、お前には王妃の目に対抗できる魔法をかけておいた。感謝しろよ」

 ま、玩具が廃人になったら、遊べないしな。

 相変わらず鬼畜な一言だ。もう怒りも湧き起こらない。


 ……はっ!うっかり現実逃避してしまった!今自分の生死がかかった話があったはずなのに!


「ちょっと待って!え、私まさか王妃様に…自分の母親に命狙われる可能性があるってこと!?」

「あるが。お前、前王妃の娘であの王妃の実子じゃないし、王位継承権は第二位だが次期国王を選ばなきゃならん立場だし」

「ぅぇぇえ!?」

「……だから説明聞かなくていいのかと、言ったのにな。お前はこの国の第一王女で、上に兄弟はなく、下に生まれたばかりの弟が一人いるだけだ。一応、王位継承権第一位はこの弟だが、いかんせん愛妾の息子だからいずれ正妃に息子が生まれても生まれなくても、継承権がなくなる予定の王子だ」

「な、なんで?この男女差別のはっきりした国で、一応王子じゃない。愛妾がどうでも、国王の血は血でしょ?」

「いや。差別がはっきりしてるからこそ、だろうな。愛妾の子供だから、王族としては認められても継承権までは認められない。だから、今だけは第一位の王子だが、前正妃の実子であるお前よりは実際の地位が低い。そしてあくまで第二位で女だが、このままあの王妃に息子が生まれなければ、お前が国王を選ぶことになる。その場合、肩書きはお前の夫が国王だが、実質はお前が女王としてこの国を導くことになるな」

「……」

 信じられない。

 未来の女王ってこと?まさか、私今、この国でかなり地位が高いってやつ?

 そりゃ王族だから身分はもう言うことなく高いけど。

 ……思ってた以上に、私の立場は複雑で恐ろしいことになってるみたいだ。

 私が前王妃の娘。二年も見てるとか言ってたから、二年前に再婚した現王妃様と国王様。第二位の継承権だけど、今のままなら私が未来の実質的な国の権力者。

 これだけでも危ないけど、オプションで付けさせられた美貌と高い魔力に知能。

 おいおい、これって命狙われるレベルなんて軽く超えてるんじゃないでしょうか。

「面白そうな人生だろ?ちょっと気を抜いたら、即死亡。これこそ俺が求めた玩具だ」

 満足そうな顔の黒猫。

 ……気を失ってそのまま目覚めるの、拒否したいな。


 頑張るって決意したけど、もう撤回したい気分だ。

 活路を見いだせるだろうか、こんな大量の死亡フラグが立ちそうな状況で。

 前世で誰がそんなの叫ぶんだと思ってたけど、転生した今、私が叫ぶよ。

 ヘルプミー!

二分割しようと思いましたが、とりあえずこのままでいきます。


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