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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第六十五話

「ミネア寮長、ユリフィナは私にとって大事な存在だ。くれぐれもよろしく頼む。ユリフィナ、私はもう行くが、何かあれば私の名前を出せ」

「レオヴィスの?」

「そうだ。この学院内でも私の名前は十分に力がある。それでも解決しないようなら連絡をくれ。こちらで対処できるものはお前のいいようにしておく」


 レオヴィスはそう言ってミネアを一瞥した後、リィヤを連れて颯爽と去っていった。

 なんだか大層な言葉をもらった、と思いながら案内人であるミネアを見上げると、彼女はどこか青白い顔でレオヴィスの去っていった廊下を見つめていた。

「……ミネアさん?」

「レオヴィス…様。あの方が……」

 そうして私をじっと見下ろして、複雑そうな顔を浮かべるとそれを振り払うようににこりと笑った。

 あ。

 その笑みに小さく肩を揺らしてしまう。

「案内をしなくちゃ、ね」

「え、あ、あの……」

「どうかした?」

 先ほどと変わりない対応……のように見えて、違う。さっきまでは純粋な好奇心があったのに、今は感情を覆い隠すような心の壁があった。にこりと取り繕ったように笑んだ顔が皮肉にもそれを語ってしまっている。

 その極端な変化の原因など、考えなくてもわかる。レオヴィスだ。

 彼は変にプレッシャーを与える言葉を選んで言っていた。まるで『ユリフィナに何かあれば権力を振るう』というかのように。

 この学院内では身分の権力なんてものは意味がないのかもしれない。だけどある程度の教育を受け、そのような歳になればわかるのだ。

 学院の外ではその身分が圧倒的な力を持つのだと。

 レオヴィスがこの学院内でも、と言った言葉の意味はまだ分からないけど、彼の魔法使いとしての力が関係しているのかもしれない。

 ともあれ、彼はミネアに圧力をかけた。そして彼女は簡単にそれに屈した。

 そのことに何か口をはさむ気はないけれど、少しショックを受けてしまう。

「……」

 俯きそうになる顔を必死でこらえ、笑みを向ける。

 それを見たミネアはどこか申し訳なさそうな、しかしはっきりとした安堵の表情を浮かべた。

「じゃあ……こっちよ。学院は主に東西南北の四つの棟に分けられていて、この北棟は職員室や実験室のある研究棟、東棟は寮のある居住棟、西棟は運動施設のある訓練棟、南棟は筆記学習をする教室棟になってるの」

 ショックが尾を引いて、ミネアの言葉が上滑りしていく。

 それでも頭の中に簡単な学院の地図を作る。つまり、上空から見ると四角形の形をしているのだろう。

 ミネアの詳しい説明は続いているけれど、まだ上手く頭が働かない。

「先生方や研究職に就いている方は研究棟に自室を持ってるの。連絡を取りたい時は通信魔法を使うか、消耗品だけど通信用の魔道具が部屋にあるから使って。魔道具に入ってる魔力がなくなったら買い直すか魔力を込め直すかすれば、また使えるから。あと聞いてるかもしれないけど、外との通信はほぼ不可能よ。この島と大陸が離れすぎていて通信魔法が届かないし、中継地点もないから」

 だから外界と隔絶されている、のか。

 唯一こことつながる方法があの尖塔を通ることなら、確かにここは檻のようなものだ。

 緩慢ながらも頷き、ミネアの説明を促す。

「居住棟は三階まであって、女子は三階部分。三階に行く階段には結界があって、このマントの留め具に登録されてる情報で選別するから、この留め具は失くしたり誰かに貸したりしないで」

「失くしたらどうしたらいいの?」

「すぐに先生に連絡して。留め具は追跡魔法で追えるようになってるの」

 なるほど、便利なものだ。

 プライベートというものを完全に無視していることに目を瞑れば、だけど。

「あ、もちろん先生方も追跡魔法なんて簡単にはやらないわ。ちょっとサボったくらいなら課題を出されて終わりよ。……先生にもよるけどね」

「つまり先生によっては課題を出す上に、追跡魔法をかけて探される可能性も……」

「ない、とはとてもじゃないけど言えないわ」

 苦り切った顔が、実際にそんな先生を思い出していることを示している。

 どこの世界にも粘着質な先生っているんだな…関わりたくないなぁ。……いや、とっても仲良しになりたい。目こぼしされるくらいに。

 この顔を活用すればいけるかな……などと考えているうちに、ミネアは粗方の学校施設の説明を終えていた。

「それじゃああとは寮の中での決まり事とかね。ユリフィナは護衛がいる人専用の部屋なんだけど、最近は新入生が規定より少ない人数だったから物置部屋になってて……昨日までに喚起も掃除もして綺麗にはしておいたんだけど、臭いがまだ残っててしばらく我慢してもらうかも。気になって眠れないようなら、寮監督の先生が一階の北棟寄りの一番端の部屋にいるから魔法で綺麗にしてもらって。ユリフィナならたぶんやってくれると思うわ」

「私なら?」

「うん。すっごく偏屈でどうしようもない不精な先生だけど、妖精をこよなく愛してるの」

「よ、妖精…」

「あら、信じてない?妖精はいるわよ。限られた場所で、限られた季節に限られた時間帯だけ姿を現して、とっても貴重な魔石を生み出してくれる。ただ、その場所は魔石採りの一族しか知らないの」

「どんな姿なの?」

「小さな天使のようだって言われてるけど、わからないわ。一族の人達は秘密主義だから。先生はその一族の人で、妖精が好きすぎて追放されてしまったみたい」

「追放!?なんで……」

「さあ……捕まえようとしたんじゃない?そんなわけだから、ユリフィナなら浮世離れした格好でお願いすればどんなことでもしてくれると思うわ。一生追いかけまわされるかもしれないけど」

 なるほど、変態予備軍…いや、変態だったか。

 多少汚くてもいいから近寄らないことに決める。私はどうも変態ホイホイのような気がするから、なおさらに。

 ……しかし死神が用意したこの顔は恐ろしいばかりだ。今のところメリットらしいメリットがない気がするのは気のせいだろうか。……考えたくない。

「この学院の先生って、寮監督の先生みたいな人多いんだよね。なんていうか……魔力がある人って知能も高いけど、高すぎてまともじゃないっていうか。普通って言葉が嫌いなんじゃないかって思うとこがある……まあ、先生になるくらいだから教えたりするのは上手いし生徒も大事にしてくれるんだけどね」

 時々大事にしてくれる方向間違ってたりするけど……と遠い目をする姿に数々の苦労が垣間見える。

 ミネアが何年ここにいるかはわからないが、それだけの経験を積んだ先輩の言う言葉には重みがあった。

「あ、教材なんかはもう部屋に置いてあるよ。明日から一週間は見学って形で授業に入るから、その時に使う教材とか確認しておいて。時間割も一緒に置いてあるけど、わからなかったら301号室の私の部屋に来てね」

 気落ちした顔を振り切りニコリと笑って、ちょうど着いたらしい私の部屋の前で立ち止まる。

「ここよ。あとね、ここまで何の障害もなく護衛さんたちも付いてきてるけど、そのカフスがないと失神するくらいの電流に襲われるから。階段のところから部屋の中以外でカフスを外したり主人以外の人と接触したり、他の部屋に入ろうとなんてしたら即死レベルの電流が流れるようになってるの」

「即死!?じ、自分の部屋の中なら外したりしても大丈夫なんだよね?」

「それはもちろん。あ、そうそう、留め具に異性との接触を禁じる情報を追加すれば、持ってるだけで触ってきた相手に電流を流すことができるよ。ただねぇ…どの程度の接触を禁じるのかの調整はできないから、こっちの不注意でぶつかったのに電流くらっちゃう相手のこと考えると……使ってる人、いないかな」

 それはそうだ。とことん自己中心的かどうあっても異性との接触を避けなければならない理由でもなければ、そんな危ないものを使う気にはならないだろう。

 なんだってそんな中途半端な機能なんだろうか。もうちょっと融通効かせるようにすればいいのに。

 そんな私の疑問に気づいて、ミネアは苦笑しながら説明してくれた。

「ホントはね、改良できるのよ。でも、そうすると他の情報が入らなくなったり、入れようとすると留め具そのものを変えたりしないといけないらしくて、すごく予算と時間がかかるみたい。それなら異性との接触なんて自分の節度と良識の問題なんだから、わざわざお金と時間をかけてまで改良するものじゃないってことになったの」

 理屈はわかるけど……思春期の男女に節度と良識を求めて大丈夫なんだろうか。

 どんなにダメなことだってわかってるのに、あえてやってみたくなってしまうのが思春期のエネルギーだと思う。

 しかしそれを今の私が突っ込むわけにはいかない。だって今の私は五歳。

 そんなエネルギー、知らない。という顔をしなければならないのだ。

 ミネアの口ぶりからするに、そう大きな問題が起こったわけではなさそうだし。名門のこの学院に入れた生徒達だ、知能も高いし勉強にそのエネルギーを向けているのだろう。

 まあそれに私がそんな心配をしたところで仕方ない。思春期になった私にそのエネルギーが向けられたとしても、この護衛二人がいれば大丈夫だ。特に、ランスがいれば無敵と言える。




 ふと、ランスは十年後も今のままなんだろうかと考える。

 今でこそこんなに私のことを好きだのと言っているけれど、彼だって今まさに思春期真っ盛りだ。私への執着が思春期によくある間違いだったとしても不思議はない。

 そもそも五歳の私に愛してると囁くのだ。十年後成長した私など興味がないなんてこともある。

 ……それはちょっと考えたくない彼の嗜好だけど、心変わりはあり得る話だ。

 アーサーだってそうだ。いつだって騒動の種の私に愛想を尽かさないとも限らない。

 私は十年後、二人の傍にいるだろうか。二人は傍にいてくれているだろうか。

 私は寄せられている好意をただ享受しているだけになっていないだろうか。


 ―――わからない。だけど、今気づいたことに向き合って、真摯になろう。せめて自分に危害を加えることのない二人の想いを、無碍にしないように。


「……心変わり、か」


 ポツリと呟いた言葉が、やけに心に重くのしかかったような気がしたけれど……

 それから逃れるように首を振った。

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