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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第六十三話

 シヴァイン魔法学院は街の中央の巨大な尖塔の中にあった。

 いや、中にあるという表現は正しくないかもしれない。けれどこの尖塔に入らなければ行けないのだから、そう言う他ないのだ。


 学院自体はこの大陸の南西、船で行きつくには二週間はかかる小島にあって、潮流が岩礁群によって複雑に変わる非常に嵐の多い海域を周辺に持つ。漁師たちに船の墓場とも呼ばれる場所だった。

 ユーリトリア国内にいたはずの私達が、なぜ急にそんな場所へ行けるかと言えば。

 レインが私を王宮から自分の秘密の屋敷へ送った魔法のように、尖塔はそれ自体が膨大な魔力を込められた建物で、その中には精緻に編みあげられた魔法式が描かれている。原理は複雑で、空間移動の魔法として昔から研究されているらしいが、今もって八割ほどしか解明できていない極めて高度で巨大な前時代の遺物が異様な距離移動を可能にさせていた。

 これを聞けばレインが行った移動魔法がどれほどすごい功績なのか、魔法に携わる者ならば感嘆と称賛を口にするだろう。だからこそ王族の私を浚った罪に死罪を用いることなく、辺境地での幽閉となったのだ。

 魔法省は一度はレインを切り捨てようとしたらしいが、あの魔法を作りあげたことで惜しくなったようで、辺境地での幽閉に散々ごねて覆らないと知ると長距離用の連絡魔法の道具を一週間に一度使用できる許可をもぎ取ったそうだ。まさに執念と呼ぶべき粘着質。

 これによってどれだけ空間移動の魔法の発展が進むかわからないが、少なくともユーリトリアはまた新たな軍事利用目的の魔法を作ることに成功するのだろう。

 魔法が民のためになる頃には平和が訪れているのか、もしくは……


 尖塔を作った前時代は、高度な魔法文明が隆盛していた。今はこの大陸の周辺を探るだけで精一杯だが、数少ない文献によればあの尖塔のようなものを使って遠く離れた他大陸間を移動していたらしい。

 そんな文明が滅んだ理由は諸説あるが、まあ、人間は人間でしかないということだ。よくある大国同士の戦争がこじれ、魔法兵器によって壊滅した、というのが多くの学者の見解だ。それを証明するような無残な大地の地形変化が、この大陸にも随所にある。

 空間移動の魔法は、民の暮らしをより利便性の高い豊かなものにも、その逆にも変える。

 そしてその行きつく先を本当に知っている者は少ない。

 レオヴィスはその数少ない一人だろう。そして、知っているはずなのに加速させようとする魔法省とは違い、それを強く憂慮している。

 彼は何かを変えようとしているのだ。

 前時代を踏襲しようとするこの世界の何かを、『私』を使って変えようとしている。

 それが最低限の犠牲で済むいいことなのか、それとも必要以上の犠牲を強いる悪いことなのか、私はまだ分からない。

 膨大な魔力を込められた尖塔。

 レオヴィスが言うには、その尖塔すら凌ぐ私の魔力。

 ……私の存在は確かに偶然のものではない。なのに、どうしてこうも揃いも揃って何かの符号が合うかのような、決められたレールが敷かれてその上を走らされているような、…いや、


 ―――同じことを繰り返しているような、そんな気分になるのだろう。


 しばらく前から不気味に沈黙したままの死神。

 この美貌の死神は、いったい何が愉しくてこんな人生を傍観しているのだろう。

 確かにそうそうない人生かもしれない。だけど、世界は広い。それこそ異世界も入れれば無限に近い広さの中で、わざわざ私を殺して転生させて、なおかつ進んで手を加えることもする。

 自分が好きなように手出しできる映画を見ている気分なのかもしれないけど、疑いは残る。


 私よりも悲惨で劇的な人生を送る人は、本当にいないのか?一人も?


 この世界は……いや、この人生は、何かがおかしい。

 この世界に転生してひと月近くが経とうとしている今、ようやく私は死神の用意した人生に疑問を持った。

 それを解決できる一番の近道は、沈黙したままだ。そして時が来なければ明かすことなど一切ないのだろう。

 私はシーナと呼べと言った死神に、今ようやく、本来一番にするべきだった強い不審と不安を抱いた。




 話を戻そう。

 学院はなぜこんな場所に建てられたのか。

 その答えはあの尖塔の空間移動魔法が、この島以外の行き先が使えなかったためだ。

 そもそも尖塔を使おうとしたきっかけは、初代学院長が研究していたからだった。高名な魔法使いであった初代学院長は、当時の国王から多くの魔法使いを育てることを任された。弟子を多く取り、その弟子を育てる場として、誰にも邪魔されることのない、そして仕組みを知らなければ他国に狙われにくい自分の研究対象の尖塔を使い、この島に建物を建てた。

 それが学院の始まりだとされている。

 この島以外に行き先が使えなかったのは、尖塔は膨大な魔力を込められているが、それでも大陸間を行き来するだけの魔力が足らず、また貯め込むだけの空き容量がなかったから。おそらくこの尖塔は何本か連結して建てられていて、それによって大陸間の空間移動を可能にしていたのではないかと推察されている。

 昔は固定された行き先を変える方法がわからなかったが、今は理論だけはわかっているらしい。しかしそれを実験に移した場合、ただでさえ貴重な遺物を失いかねないとして完全な研究結果が出されるまではこのままなのだそうだ。




 ここに来るまでにレオヴィスが話してくれる長い説明に内心でやや辟易しながら、一瞬で変わってしまった景色を見やる。

 尖塔に入って、ぼんやりと光る魔法陣の中央に立ったら酷いめまいに襲われて、出たら街がなかった。

 感覚としては大掛かりなドッキリにでもあったような気分で、林の小道としか言いようがない道を歩く。それほど深い森には見えなかったから、ある程度整備されているのだろう。自然にできた木漏れ日の美しい木のアーチが何ともファンタジーだ。

 ちなみに尖塔に入る前に制服に着替えた。

 アーサーとランスとリィヤは銀の校章のカフスを付けることが義務で、レオヴィスは研究員として入るためかマントの着用だけ。その留め具に金の校章に淡い紫の縁取りがされていた。

 私は胸下で切り返しのある深い緑のワンピースにボレロのような上着、その上に魔法使いの見本のようなフード付きマント。その留め具は金の校章。カフスとマントの留め具が学院の生徒としての身分証も兼ねているらしい。これがないと尖塔に張られた結界に弾かれる上、多くの情報が詰まった魔道具だから身ぐるみはがされても留め具だけは守れ、とレオヴィスは笑って言った。

 ……女の私が身ぐるみはがされるだけで済むわけないから、そんな事態にならないことを切に祈ろう。ランスかアーサーに死んでもひっついていよう。そうだ、ランスに持っててもらえばそれが一番じゃないか?

 なんて思っていたのがバレて、

「その留め具はカフスと違って持ち主の魔力を微量に吸い取って動く。だから魔力のないランスに持ってもらっても、尖塔の結界には弾かれるぞ」

 とダメ出しされた。

 何で思考がバレたのだろう。そんなにわかりやすいのか、そういえばシーナにも散々見破られてた、と思ったところでレオヴィスに苦笑されていたことに気づく。

「……まあ、賭けごとはやめることだな。秘密を持ったならはぐらかす話術でも磨いた方がいい」

「それでも追及されたら?」

「お前は極上の見た目の少女だ。涙の一粒でも見せれば、誰だってそれ以上は問わなければならないことでも問いづらい」

 なんてあざとい!

 でもまあ、確かにそれが一番確実なはぐらかし方ではある。秘密を隠せないならはぐらかすしかない、そして私は女だから最終的には泣いて許してもらおうってか。

 ……悪女だな。とても実行する気にはなれないけど、涙をこぼす練習だけはしておこう。こんな人生だ、何が起こるかわからないし。


 そんなことを考えたり話したりしているうちに、木のアーチが途絶えて広い敷地にそびえ立った城のような建物が現れた。

 門らしきものはないが、建物の大きな二枚扉の入り口の前に二人門番のように立っている。

「レオヴィス・ラウ・ル・シーグィ・ユーリトリアだ。今日の予定に組み込まれているはずだが、確認をしてくれ」

「かしこまりました。……レオヴィス・ラウ・ル・シーグィ・ユーリトリア様、以下男性三名、女性一名。確認いたしました。身分証の提示をお願いします」

 レオヴィスの名前に大きく反応するでもなく、淡々と片手に持った水晶のようなもので確認作業を行っているらしい門番に驚いた。

 二人の年齢は二十歳前ほど。どう考えても大国の王子の名前と本人を前に、こんなに平然と業務をこなせるような年齢ではない。向かって右側にいる方がレオヴィスと受け答えをしていて、左側にいる方もやはり平然としている。

 本当は畏れ慄いていたりするのかもしれないけど、それを顔に出さないあたりに若いながらプロ意識があるのか。

 ともかくすごいと尊敬の目で見上げた。

「っ!」

 ……あれ。左側の門番が私を見て固まった気がする。

 そんな相方に気づいた右側の門番も私を見下ろし、

「っっ!!」

 …………あれ。プロ意識はどこいった?

 興奮したように目を輝かせていた。

 二人とも、半開きになった口を閉じた方がいいよ。なんだかちょっとカッコ悪く見えるし、今にもよだれが出てきそう。ああほらほら、なんか光るものが…!

 さっきまですごいと思えたのになぁ……

「天使だ……」

 ポツリと呟かれた言葉に思わず照れてしまう。褒められたら悪い気しないよね!

 が、そんな二人を寛容に見逃すような、心の広い護衛ではない一人がすさまじい嫉妬と殺気を振りまいて凝視していた視線を蹴散らす。

 相変わらず、恐ろしい。

 私からは見えない位置でよかった、と心底思う。

 真っ青を通り越して真っ白になった顔色の二人を見て、本当に、心底そう思う。

 レオヴィスとリィヤは呆れたように私達に振り返り、門番に仕事をするよう促した。

 門番は完全に震えあがった顔のまま、決して私を…私と後ろの二人を見ずに二枚扉の入り口を開けて通す。

 いったい何を見ればあんなふうに人が顔色まで変えるのか。

 私は知りたいような、知ったら終わりのような、そんな複雑な思いを胸にシヴァイン魔法学院へと入った。

ちなみにカフスは留め具の付属という位置づけされているので、尖塔には単体では入れません。

何もなくても留め具の持ち主にくっついて入れば大丈夫。

ただし、門番に身分証の提示を求められた時、大変めんどくさい手続きを行うことになったり、最悪捕まったり強制送還されたりします。

本文に入れようと思ったけど、どうでもいい知識かなぁと。

まあ私の小説の三割はどうでもいい部分だったりしますけどね!

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