表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾国の姫  作者: 安田鈴
64/75

第六十一話

二話続けて投稿しました。

読んでも読まなくても差し支えないかもしれませんが……読んだ方が納得することもあるかもしれません。

 シーグィ地方ユスカは世界有数の魔法都市だ。

 中央に巨大な尖塔が建ち、そこから十二本の大きな通りが外壁までまっすぐに延びている。町の区画は通りに囲われて切り分けられたケーキのような形をして、一区画ごとに屋根の色を変えていた。

 その屋根の色で各産業の職種、居住区の階級などがわかるようになっているのだそうだ。

 一見すれば、十二本の通りに分けられた色鮮やかな街並みの都市だが、その屋根の色以外に最もこの都市らしい独特かつ絶対的なルールが一つ存在している。

 魔力こそ全て。

 魔力のあるなし、その強弱、精確さがこの都市で生きる者の優劣に直接響く。そこに貴族などの身分が関わることはなく、例え王族といえどこのルールに従わなければならない。

 一種の治外法権がこの都市には存在していた。

 そのルールの一番顕著なことといえば、居住に関する支援の程度だろう。居住区こそ自由に選べるが、魔力が高く優秀な者は家賃などの生活費が一切かからない。やろうと思えば貴族のような生活も十分に送れるほどの支援を受けることができる。

 それとは逆に、魔力が低い者にはこの都市での生活は苦痛でしかない。魔力の低さゆえに給料も低く、かつ支援が全く受けられないために驚くほど高額な家賃がその生活を圧迫する。

 ただし、税金だけは違う。ユーリトリアの国庫とも言われるシーグィ地方は大商業地域であり、商人の思考が染みついている。金はあるところから取り、金を生み出さないものには厳しく、莫大な投資をしてその何倍もの利益を得るのが鉄則だ。

 よって税金は魔力の高い者ほど多く支払う。だがそういう者ほど支援を多く得ているので、手元に実際の金がなくとも十分に生きていけるために無頓着である場合が多い。

 この都市では魔力が高い優秀な者ほど豊かな生活をし、その実貯金などないということがままあるのだ。

 おそらく「財布はあるか」「手持ちの金はあるか」と聞いて回れば、この都市に住む多くの人間が首を横に振り、薄暗い路地の道端で座り込んでいる浮浪者の方がお金を持っていたりするだろう。

 ユスカはそういう歪な一面を持つ、極めて特殊な都市だった。







「ユリフィナ、少しいいか」


 ノックの後にこちらの返事も聞かずに扉が開けられた。

 王宮にいた頃は王子様らしいかっちりとした服装をしていたレオヴィスは、この町に着く前にゆったりとしたアラブ系の服に着替えている。色の濃い端正な顔立ちによく似合っていて、本当に美少年だなと感心してしまった。

 目を存分に潤わせてくれるレオヴィスのその恰好は、しかしちゃんとした理由がある。

 シーグィ地方は信じられないほど高温の気候地域だった。

 馬車に気温を調整する魔法が掛けられていなければ、どこかで倒れていたかもしれない。湿気がないことが救いと言えば救い……今すぐ死ぬか十分後に死ぬかの違いのような救いだったけれど。

 ユスカは魔法都市らしく、外壁で都市全体を覆うように魔法が掛けられている。日差しは強いが気温はちょうどいいと言う、奇妙な感覚に慣れない私は宛がわれた部屋で一休みしていた。

 便利な気温調整の魔法は、日差しの強さまでは遮れないので日焼けを気にしなくてはいけない。

 日よけ用のマントに慣れず、うっかり馬車の中だから、と外してしまったのが悪かったのか。強烈な太陽光は日陰にいてさえ、なけなしの私の体力を奪い去った。

 私はそこでレオヴィスがなぜ着替えたのかを知る。この気候では肌をさらさずに、かつ風通しの良い服であることが大事なのだ。

 レオヴィスは用意してくれていた。侍女も御着替えを、と言ってくれた。

 しかし私はそれを大丈夫だと笑い飛ばした。……馬鹿だった。

 それなのにマントまで脱げば、地獄を見るのは当然だと言える。

 ソファで十分に後悔しながらぐったりとしていた私を一瞥し、レオヴィスは僅かに苦笑した。

「そうか、スリファイナは一年を通しても温暖な地域だからな。この日差しは窓辺に近寄っただけでもきついだろう」

「……死ぬ寸前だよ」

「気温はどうとでもなるが、日差しはな。和らげる魔法はまだ実用するには調整が難しい」


 一応あるのか、そんな魔法。

 希望が見えた気もするけれど、実用段階にない魔法に恋焦がれても意味はない。今必要なのだ。今というか、今まで必要だった。

 つまり、そんな魔法があったとしても実用できない現在、その恩恵にあずかろうとすれば実用できる未来に行って魔法を習得し、こんな日差しを浴びてしまう過去に戻って魔法をかけなければならない。

 なんて無駄な作業。

 しかも浴びてしまった現在の私を癒すわけじゃないところが更に無駄だ。

 ……そして恐ろしいことにこの思考自体無駄だということに、今気づいた。

 ぐったりとしていた体がさらに重くなった気がする。


「疲れているだろうが、話がある。……お前にとっても重要な話だ」

「重要……」

 レオヴィスが僅かに緩めていた表情を締めた。

 部屋にはアーサーとランス、レオヴィスの後ろにリィヤ、そして私の膝にはピクリともしない黒猫が優雅に目を閉じている。ノエルは馬車の中で眠ってしまい、そのまま隣の部屋で寝かせていた。

 ここしばらくシーナは人間の姿を取っていない。あの絶世の美貌は目立つし、元々私の人生を面白おかしく傍観するだけなら猫の姿で十分だと思っているのだろう。

 時折ふらりとどこかへ行ってしまうが、行き先も目的もまともに答えたことはなかった。

 ―――何かを仕込みに行ってるんだろうな、とぼんやり思う。

 しつこく問いただそうと思う気持ちは今の私にはない。どうでもいい、とすら思う。シグマの後ろ姿を見送った瞬間から、この人生は最低な道を辿り始めたのだ。


 傾国の運命。

 なんだそれ、と思った。今だって思う。ばかじゃないの、と。


 死神に運命を操る力があったとしても、私は平凡な人間だ。どれだけ外見や環境がけた外れであっても、中身は平凡な小心者なのだ。争いは怖いからいやだ、と何の考えもなく言える人間なのだ。

 私はつくづくこの運命に向いてない。

 たぶんこの先どんなに勉強しても、いや勉強すればするほど実感するだろう。

 そして膝で眠るこのド鬼畜ドSにド悪魔の死神がどんなにかその名をほしいままにする存在か、知りたくもない私に存分に教えてくれる。

 自嘲で口元が歪む。それを見られたくなくてすぐに引き締めた。

「シヴァイン魔法学院には明日入ることになっている。規定の制服を侍女に渡しておいた、後で合わせておいてくれ」

「制服ね、わかったわ。必要なものとかは?」

「アーサーにすでに話してある。それと、シヴァインの中では教育理念の一つとして、侍女などの世話係を禁止している。ユリフィナの場合、属国だが王族待遇として護衛は許可された。本来はシヴァイン側が用意するんだが、その護衛としてアーサーとランスを付けさせるように話を通した。ただし、あくまで護衛だ。着替えの補助や荷物を持つなどの行為が見られた時は、護衛ではないと判断されるから気を付けてくれ」

 自分のことは自分で、ということか。

 それなら全然かまわない。なんたって中身は二十歳なのだ。着替えなんて自分でできると常々思っていたので、これは助かると言ってもいい。

 というか、着替えは自分でする。アーサーならまだいい、ランスが私の着替えなどまともに手伝えるだろうか。疑問だ。激しく、疑問だ。主に、私の貞操は無事ですか、と聞きたい。

 いや、信じてるよ?まさかそんな、こんな凹凸もない幼児に性を見る人じゃないだろうって。

 信じてますとも。限りなく変人だけど、ギリギリ本物の変態にはならずにいてくれるって。

 信じて……

 ……。

 ……………………………ごめん、ランス。不信感たっぷりの主人でごめん。せめてあと十年経ってから愛を囁いてくれたら、きっと恋に落ちてたし、この世で一番頼りにしたと思います。

 ホントごめん。心の底から悪いと思うけど、そんな危うい侍女はいらない……。

 こくこくと頷いて話の先を促す。

「細かい規則などは行ってからでもいいだろう。私はすでにシヴァインを卒業している身だから、研究員として中に入る。あまり近くにはいられなくなるが、何かあればこの鈴を鳴らしてくれ」

 言われながら渡された鈴は、一見普通の銀の鈴に見えた。が、すぐにそのおかしさに気づく。

「鳴らない……?」

 ぽとんと手の平に落とされたにも拘らず、その音が響くことはなかった。

 揺らしてもやはり鳴らない。

 これをどうやって鳴らせと言うのだろう……

 そんな疑問を持ってレオヴィスを見やった。

「その鈴は魔力を込めて握りしめると、対の鈴が鳴る仕組みになっている。対の鈴は私が持っている。逆にこちらの鈴に魔力を込めて握れば……」

 ちりりん ちりりん ちりりん

 涼やかな高い音が私の持っている鈴から鳴りだした。

「まあ、王族で、その美貌で、魔力も高く護衛が二人もいるお前に何かしようとする愚か者はそういないだろうが……」

 私に何かあれば、この鈴を鳴らすまでもなくランスが相手を叩き伏せるだろうな。

 そんな想像がたやすく浮かんだ。

 レオヴィスも同じ想像をしているのだろう。苦笑じみた顔で、私と後ろに控えるアーサーとランスに視線を流した。

「それと、お前と私をつないでいる魔法のことだが……」

「外すんだよね?」

「ああ。だが、この魔法には欠点があってな。……解くのに数年かかる」

「ええ!?」

 驚く私に、レオヴィスはやや困った顔をする。

「正確には、解くだけなら今すぐにできるんだが、それだと甚大な被害を周囲にもたらす危険がある。この魔法は体が魔力を調整する本能を眠らせて、暴走しようとする魔力を強制的に吸い取ることで成り立っている。つまり、ただつないでいる糸を切るだけでは、暴走する魔力がそのまま吹き出ることにもなるんだ。解くにはその捌け口を維持したまま、眠らせた本能を少しずつ起こしていかなくてはならない。一気に起こすと、やはりバランスがとれずに暴走する危険がある」

 なんて面倒な魔法を!

 隠そうと思った本心が顔に出てしまったらしい。

 レオヴィスは無表情に近い困り顔を、もう少しわかりやすい困り顔にした。

「もちろんユリフィナが自分の魔力を完全に把握して完璧に操れるようになれば、この魔法はその時点で切れる。普通ならば幼児期までの成長の中で、ある程度本能が勝手に調整してくれる魔力だが、理性でコントロールできるようになったほうが魔法の精度がいい。特にユリフィナの魔力量は底知れないものがあるからな、本能に頼るよりも理性でのコントロールを身に付ければより安全だろう」

「それって……難しい、よね?」

「まあ、普通の人間ならどんなに練習しても無自覚に本能に頼るからな。完璧にコントロールするのは、それだけ時間がかかるだろう」

 つまり普通の人が三ヶ月くらいでできることが、私はそれよりもっとかかることになる。

 それだけ私が帰国できる時期が延びるということだ。

 ……帰国……

 そういえば私、帰れるんだろうか?

 スリファイナがきな臭くなっているのは知ってるけど、それでも留学のためのユーリトリア入りだ。学び終えれば当然帰国する、はず。

 ちらりとレオヴィスを見やると、彼はじっとそんな私を観察するかのように見ていた。

「……ここからが本題だ」

 なんだろう。

 にわかに嫌な予感が胸をざわつかせた。


「先日、スリファイナの駐在政務官から緊急の知らせが入った。覚えているか?あのシグマという少年が捕えられたと報告が来た時、もう一つ私に報告があったのを。あれがまさにそうだったんだが……スリファイナの議会で、ある国策が提案された。今我が国が調査しているスリファイナとファスカ領海の海図作成を自ら行い、海上の保安を守るべく自衛するための部隊の編成を組むべきだ……とな」


 それは、


「自衛するための部隊が何を意味するか、わかるだろう?」


 まさか、


「スリファイナは、自国軍を持とうとしている。……属国が自衛するために軍を持つ理由はただ一つしかない」


 うそ、嘘だと言って欲しい。


「主国に……我がユーリトリアに対抗するため。……ユリフィナ、お前は今現在国賓ではない」


 だって、それは、それはつまり……




「人質だ」




 どうしようもない絶望が押し寄せて、私の心を流していく。

 私のおぼろげな記憶の中で、優しげにこちらを見ていた父の…国王様の顔が、歪む。

 私が『私』として接した記憶はないけれど、確かにあるのだ。人形のようだった私を心配する顔、愛おしむように頭を撫でる感触、忙しい合間を縫って声をかけてくれた記憶が。

 確かにあったはずの、優しい父の顔。

 歪んで、崩れ去っていくような失望感。

 そして思い出す。

 ……蛇のような目を。




 私から父を奪い去っていく、冷たい蛇のような目をした……義母の顔を。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ