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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第六話

 暗闇のトンネルに吸い込まれた後、一度眩しい光を見てすぐに微睡むように意識が遠ざかる。

 何か、「お前はまだ来るな」と拒絶されているような感じだ。つまはじきにされた気分だが、私の自我が強すぎるせいかな、とも思う。


 だって想像してみてよ?


 赤ちゃん時代から大人みたいな態度の子供。体の発達が追いつかないせいではっきりと喋れなくても、流暢に意味のある会話をする子供よ?

 普通子供なんて、意味のない言葉とか、思いついたことを喋ってしでかすものなのに。

 年の離れた弟がいたからわかる。子供時代にいくら大人しいいい子だって評判の子でも、やっぱりそれなりに突飛な言動をするのだ。

 なのに中身が二十歳の私が赤ちゃんなんてやったら、逆に不気味がられてしまう。

 そう考えて、自分の意識が呼ばれるようになるまでこうしてることにした。

 ま、赤ちゃん・幼児時代なんて日々羞恥プレイ以外の何物でもないから、起きなくていいっていうならこのままにさせてもらおう。

 楽してるだけ?

 いや、楽したいでしょ。ちょっと前に突然死なんてやってるのよ?20年も生きてきたし、ちょっとくらい休憩したいじゃない。

 そのうちあの死神様が来やがるだろうから、嫌でもたたき起こされるだろう。

 ……ていうか、あの死神め。私に玩具の説明だけしかしてないし、それも聞きたいこといっぱいあるし、いきなり私の目の前に現れていきなり殺されて、いきなり異世界?

 ホント、ド鬼畜様だわ。

 私がこの世界に順応できなかったらどうしてくれる。

 はぁ……早く現状把握したいけど、体がまだだっていうし、とりあえず寝てよう。

 いいよね?ちょっとよ、ちょっと。

 ほーんのちょっと、お昼寝するだけ……

 おやすみー……

 ……。

 …………。

 ……………………―――




「……ぉい、おい!」


 んぁ?なんか、呼ばれてる……?

 やー、まだ寝たいー……

 お願い、もうちょっと……もうちょっとだけ……


「……お前って、本当に……まあいいか。そろそろ起きろ。起きられるだろ?」


 んーん……やだー……


「……。意識がない時の方がモテるんじゃないのか、この女は。おいこら、俺の背中を撫でるな、抱き寄せるな、尻尾を離せー!!」


 叫ばれて、ようやく自分の意識が眠りから浮上し、体に受け入れられていく感じがした。

 今までふわふわとしていた体が、しっかりと現実になる感じが久しぶりで、ちょっと違和感さえ感じてしまう。

 何かあったかいものを抱きしめている。素晴らしく触り心地のいい毛並みにしなやかな肉付き。

 握りしめたのは尻尾だろうか。

 想像している動物よりもどことなく大きい気がする。


「……んぁ?」


「……やっと起きたか、このバカ女。もとい俺の玩具!さっさと俺を離せ!!」


 このお声と「俺の玩具」発言。

 あら?まさか、だろうか。まさかまさか。

 まさかの……


「……し、死神様……」

 えへ、と精一杯可愛く見せようとして、引きつった笑顔で目を開ける。

 そこには私の小さな体にぎゅぎゅっと抱き潰されている、一匹の黒猫がいた。瞳は薄いブルーにも見えるグリーン。どこか高貴そうなお顔。美人な猫だ。まさしくあの死神が猫の姿をしたらこうなるだろうと思う、理想のままの。

「やっと起きやがった……。俺のか弱い体が壊れたらどうする」

 するっと腕から抜け出し、私の顔の横で身づくろいをする黒猫。

 完璧な美猫だ。美形はどんな姿をしても美形なのか。

 ずるすぎるぞ美形。卑怯だぞ美形。

 盛大なやっかみを心の中で呟く。……声に出して言いたいけど、空しいし、何よりこのナルシストが入った美貌の死神をつけ上がらせる気がした。

 するん、と今まで私の手に握りつぶされていた尻尾を体に巻き付け、尊大そうな顔で私を見下ろす。

「それで、今まで惰眠してやがった高原由梨花、改めユリフィナ・エール・ユン・ダ・スリファイナ。まさかあのまま寝てこの人生を終わらせようとしてたんじゃないだろうな?」

「ま、まさか!ちょっと寝てようかなー、と……」

「ちょっとが5年も続くってお前どうなんだ」

「い、いやぁ……ハハハ」

「ハハハじゃねーだろうが。……寂しがっちゃいないだろうと思ってたが、まさか寝てるとは思わなかった。もう少しで幽霊姫なんて呼ばれて、隠匿されそうになってたんだぞ?俺の愉しみを玩具の分際でぱぁにしようとするとは……」

 ギロリと睨まれる。猫なのに怖いよ。猫はもっと可愛いもんなのに。

 起き上がりながら、日本人特有の愛想笑いで誤魔化そうと苦心する。

「ハ、ハハハ……。隠匿ですか、いやー怖いとこデスネー」

「お前がさっさと起きればそんな話もなかったんだ。いくら子供時代に強い自我は必要ないと言っても、3歳にもなれば普通自我は出てくるし、その頃お前がちゃんと起きようとしてれば起きられた。今よりも早く現状把握ができたんじゃないのか?ええ?」

 さっきよりも鋭く睨まれる。

 えーと、なんか、……殺気入ってません?玩具は大切にしましょうよ。ね?

 やはり根が小心者の私は、強く押されると途端に弱腰になってしまう。

 ああ、これで何度やりたくもない委員会やらなんやらを押しつけられたことか。

 ……ド鬼畜の死神様をこれ以上怒らせると、自分の身がホントに危ない気がする。

「ところで、えーと、ユリフィナ……?とかいうのは私の今の名前ですかね?」

 ご機嫌をうかがうように丁寧な言葉で話題をそらそうとする。

 涙ぐましい努力なのよ、これでも。処世術といったらいいのかしら。

 心境はごますりする商人だ。

 お願いです、死神様。私が悪ぅございました。どうか、どうか、この気持ちを汲んでやってくださいませんか。これからも使うかもしれないけど、一生のお願いです!

「……もういい。そうだ、ユリフィナが名前で、後のエール・ユン・ダ・スリファイナが家名だ。細かく言えば、エールが一位もしくは長子、ユンが王族、スリファイナが国の名前で、その前のダは飾り文字みたいなものだな」

 必死の祈りが通じたのか、小さくため息をついた黒猫にほっと安堵しつつ、言われた言葉を脳内に書きとめる。

 なぜかすんなりと覚えられたのは、今までで何度も教えられたことだったから、だろうか。それにしては頭が冴えわたっているような気がする。

 まさか転生ついでに頭がよくなったんだろうか。

「ちなみに、今のお前は魔力を高く生まれ持ったおかげで、知能も格段に上がってる。見目よし、頭よし、地位も高くて魔力も高いとくれば、もうこの世界じゃお前をほっとく人間なんていないようなもんだ。すごいな俺……こんなに波乱万丈が約束された玩具で遊べるなんてな!」

 もう機嫌を直したのか、はっはっは、とあの高笑いがこだまする。

 この笑い声にトラウマを持ったらどうするんだ。

 怒られたばかりなので遠慮がちに睨みつけるが、高貴な黒猫様はそんな視線もどこ吹く風だ。そして悔しいことにそんな顔もとっても可愛らしい。

 無意識にその背中を撫でると、猫は驚いたように目を見開いた。

「……お前、ホントに根性あるな……」

「え?何が?」

「いや、何でもない。……ところで、自分が王女ってところには驚かないのか?」

 そういえば。

 おお、国名が入ってるんだっけ?しかも長子って意味の言葉が入ってるなら、第一王女だ。

 やだー、理想の転生先?

 あ、見目よしって死神様が言ってたなら、それなりに期待していい顔かも!

 なんだ、ド鬼畜ドSにド悪魔の死神様にもいいとこあるじゃない!

 いそいそと周りを見渡し、手近なドアを開けると洗面台があった。

 うん。やっぱり私、この世界のことを眠ってる間に覚えたみたい。歩き方がなんだか違和感を感じるくらい楚々としてるし、ドアを開ける手つきまで別人みたいだ。

 きっと私が寝てる間に体が勝手に覚えてくれたのね。ああ、便利!

 やっぱり私、もうちょっと寝てても……いやいや、アレ以上死神様を怒らせたらヤバい。本気で地獄を見せられそう。

 まあ、とりあえず。ようやく私、自分とご対面ね!


「……」


「どうだ?俺が選りすぐってやった美貌だぞ。泣いて喜べ、傾国の女にもなれる顔だ」


「…………」


「ま、俺はこの世界じゃ何かない限り猫の姿でいるつもりだが、それにしても俺の美貌に釣り合わないと可哀想だろ?お前が」


「………………」


「成長したらその顔だけでも、どこにでも嫁にいけるし食っていける。我ながらいい仕事したぜ」


 散々自分を褒めちぎる死神様を放って、自分の顔に見惚れる。

 ナルシストになんかなりたくないけど、見惚れるわよ、こんな顔!

 鏡には美少女がいた。それも、思わず息をのんでしまうほどの。

 さらさらの長い髪は、淡いブルーの入った銀髪。寝起きだって言うのに、つやっつやのキューティクルが眩しい。

 透き通るような白い肌には、一つはあって当然のシミがない。どこを見ても滑らかな陶器みたいだ。

 絶妙な配置の顔は、綺麗というよりはまだ可愛らしさが際立つ。大きな目は酷く印象的なエメラルドグリーン。高くもなく低くもない鼻筋は美しく、唇は淡いピンク。

 ……これ、普通に誘拐されてもおかしくないレベルの美少女だ。

 嗜好はノーマルの女であるはずの自分でさえ、抱きついて頬ずりして持ち帰って一生愛でていたい生き物よ。

「言葉も出ないか?」

 出るわけない。

 確かに美貌は欲しい。これは女として生まれて育ってきた者として当然の欲求だ。

 だけど、だけど、これって……


「……私、危なくない?」


 危ないよね?誘拐したくなるレベルの美少女なんて、たとえ王族でも身の危険を感じるわ。

「今さらだろう」

 何を言ってるんだ、と呆れた眼差しで見上げる猫様にお伺いを立てる。

「……ど、どういうこと?」

「お前、隠匿されそうになってただろ?それならぜひ自分の養子に、てな。自我のない幽霊姫だろうが王族は王族だし、加えてその美貌。家で一生愛でるだけなら、自我がないほうがより都合がいいってもんだろう。あんまりにもそういうのが殺到したのと、温和な国王様のお陰でその話は進まなかったけどな」

 び、美形って苦労するのね。一般人の私には怖いだけだわ。

 身震いをした私にため息をつく猫。

 なるほど、そんな状態なのにいつまでも私が起きないからあんなに怒ってたのか。隠匿されてどこぞの貴族に愛でられるだけの日々になったら、面白いことなんて起こるわけないし。

 助かったけど、本当にこの死神……

 自分のことだけしか考えてないのね、さすがだ。もはや賛辞も浮かぶ自己中ぶりよ。


 色々聞かなきゃいけないこともあるし、確認しなきゃならない自分の状況もあるけど。

 ああ……なんだかもう疲れた気がする。

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