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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第五十六話

「―――殿下ほどの方が夢中になられるとは、王女様の美しさもその謎めいた魅力も一目拝見したいものですな。ですが、姪を殿下の側室にと言った立場なので、我が姪が殿下に一時のご寵愛を頂くことを願っておりますよ」

「そうだな」

 淡々としたレオヴィスの答えに、男は苦みの強い笑みを浮かべた。

「……ではこの少年の罪状は拾得物の隠匿及び転売未遂、これでよろしいですかな?」

「ああ」

「わかりました、そのようにしましょう。―――しかし、こんな子供のどこに助ける必要が?この程度の子供、どこにでもいるでしょうに」

 探るような声音にぎくりとする。

 わざわざレオヴィスが助ける価値があるのだと思われてしまうと、隠していたものが暴かれるのではないか。

 不安が重苦しく胸に巣くう。

 シグマが私の誘拐に関わったことがバレてしまえば、さすがにこの俗な男も、姪を王子の側室程度で済ませるはずはない。


 ……いや、それよりも、だよ。


 いいのか、これで?と自問する。

 確かにレオヴィスは協力してくれると言った。

 だけど側室なんてものを、そんなに簡単に一言添えると言っていいの?

 それは見返りを必要としないくらい小さなことなんだろうか?

 そんなわけはない、と私の勘が訴える。

 レオヴィス的には、一言言えばいいだけの小さなことなのかもしれない。

 もしくは他の考えがあって別にいいと思っているのか。

 しかし私には大問題だ。

 打算的に考えれば、このままなら私はレオヴィスの正妻、つまり側室にとっては目の上の瘤になる。よほどできた人か他に思惑でもなければ、私の存在など消してしまいたいだろう。

 私に強烈な悪意を向けるかもしれない人を作ってしまうなんて、大問題以外の何物でもない。

 そして私のことがなくても、レオヴィスはこんな風に決まる自分の側室に何の思いもないのだろうか?

 私なら嫌だ。政略だとしても、こんな風には決めたくない。決められたくもない。

 政略結婚なんてそんなものだと言われれば、私にはそれ以上言えないけど。言えないとわかっているけど、モヤモヤするものは一生胸に残る。


 わかっている。これはレオヴィスが見返りがなくても構わないと思えたことなのだから、私がこれに反発するのはお門違いだし、ただのお節介だとも。


 でも、それでも。レオヴィスのこの『協力』は度が過ぎている!


 俄然ランスの拘束から逃れようと動き始めた私を、やっぱりというか恐ろしいと身を震わせるべきか、ランスの腕は微塵も揺るがずに抱き込んで離さない。

 どちらかといえばアーサーの方ががっちりしていそうな見た目なのに、意外に太い腕は男を意識してしまいそうになる。

 それこそ私は見た目五歳なのに。中身が、浅すぎる経験ながら二十歳の精神状態のままなのが、この呪いに拍車をかけている。


 えーい、離せぇっ


 拘束が外れないなら、と口を塞がれつつももがもがと鼻声で抗議すると、さすがに焦ったのかランスが上から小さく話しかけてきた。

「姫様姫様、静かに、気づかれてしまいます」

 気づいてほしいの!

「ダメです、今姫様のことに気づかれてしまうとややこしくなるんです」

 ややこしいって、今だって十分ややこしいよ!

「ダメなんです」

 …………ホントに、ダメなの?

 ランスの言葉の端に本気が含まれていたことが気になり、問うように首を傾げてランスの顔を見上げた。

 動きが止まったことにホッとしたのか、ほんの少し腕の力を緩めてまた小さく囁く。

「今姫様が出てしまうと、あの子供に本当(・・)の嫌疑がかかってしまうかもしれません」


 本当の……嫌疑!?


 その言葉にひやりとして抵抗をぴたりと止めた。

 ランスはそのまま声をひそめて言葉を続ける。

「姫様はあの子供を助けたいんですよね?少しでも小さな罰にしたい。そうなると、やはり今姫様が出るのはまずいとしか言いようがありません。今あの子供の罪があれだけで済んでいるのは、姫様が浚われたことを隠されているからなんです。あの事件自体をなかったことにしたい者たちが最小限の人数で事件を整理していて、あの子供が関わっていることが知られていないから。今のうちに適当な罰を受けさせ、すぐにこの首都を出れば、姫様の事件を整理していた連中が子供の存在に気づいても簡単には見つからない。そこまで重要な役割をしていたわけでもない子供なんて、わざわざ探しもしないでしょう。それを今姫様が出て行っては、関わりがあると知られるようなものです」

 噛んで含めるような説明に、やっと自分がしようとしていたことがどれだけ愚かなことか知る。


 正義ぶってレオヴィスの側室問題に口を出そうなんて、今することではなかったのだ。

 しかも側室のことはレオヴィスが納得して了承した話、見返りはいらない程度の話だとレオヴィス自身が決めたこと。

 私がしようとしたことは、私があの話に納得できなかっただけ、それも自分の打算が大きいただのヒーロー気取りだ。

 悔しい、と思った。

 自分が無力なことも、周りは様々なことに気づいて手を打てるのに、それにすら気づけないことも。

 恥ずかしかった。

 この国へきて色々なことを勉強しようと意気込んでいるのに、こんな状況把握もできず、あまつさえ私はそれをみんなが教えてくれないからだ、と周囲に罪を押しつけることを考えそうになっている。

 私は、ずるい。

 甘くて、誰かが何とかしてくれると思っていて、そのくせ何とかしてくれる方法が自分の常識を超えようとすると途端に怯えて変な正義感を振りかざそうとする。


 ―――私は、卑怯だ。


 こうして隠れて成り行きを見守って、無茶を諭されると意気地がなくなる小心者。

 本当に……なんて小者なんだろう。

 自嘲気味に心の中で呟いて目を瞑った。


 そしてゆっくりと目を開いた時、怯えて震える心を精一杯無視して口元を押さえていたランスの手を振り払った。


「……待って!」


 一瞬だが気を緩めていただろうランス。

 でもその一瞬でよかったのだ。私はたったこの一瞬すら、今まで探ろうとしなかったのだから自分に呆れ果てる。

 強張った腕をポンポンと叩いて、下ろせと暗に命じた。

 ランスは、一瞬強く抱きしめてからそっと私を下ろしてくれた。

 マントから顔を、体を出して震える膝を叱咤してまっすぐに立つ。王族らしい振る舞いはこの体に染みついている。体のことは体に任せる。私がしなければならないのは、このまままっすぐに立っていようとする気概。それだけ。

 視界には苦い顔をしているアーサー、僅かに眉をしかめているリィヤと驚愕している法務官の男とシグマ、そして。

 何を思っているかも知れない、無表情のレオヴィス。

 視線がぶれる。その無言の圧力すら感じる赤い瞳から、一刻も早く逃れたいと体が震えた。

 とんでもない過ちを犯している気分だ。

 吐きたい。

 吐いて土下座したら元通りになると言われたら、何も考えずにそうしたに違いない。


 ……でも。


「……待って、ください。レオヴィス様、私がお願い申し上げたことと、違うように思えます。私は、このようなことを、望んだのでは…ありません」


 緊張に言葉が上手く吐き出せずに、区切るようになってしまった。

 ああ、喉の奥から何かが圧迫している。

 吐きたい。

 鼻から悪臭が吸い込まれて気分はもう最悪だと言っていい。

 倒れ込みたくなるくらい、顔色が悪いのが自分でもわかる。


「私が望んだのは……」


 ぐぅ、と何かが込み上げて口の奥が酸っぱく感じた。




「私が、望んだのは……その少年を、……国外追放、することです」




 視界が狭くなったように感じた。

 もう立っていられない、心が悲鳴を上げて、体がそれにつき従おうとしている。


 頭がくらくらして、自分がもはや立っているのかどこにいるか、何をしているのか、考えられない。


 緊張は、ピークに達していた。

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