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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第五十三話


 一度、ゆっくりと深呼吸する。


「……私の運命を欲しいってことは……どこかの国を傾けたいってことだよね?」

 軋む心臓を無理矢理に宥め、じっとレオヴィスの赤い瞳を見つめた。

 レオヴィスはやや皮肉じみた笑みを微かに浮かべた後、真剣みの増した顔で鷹揚に頷く。


 ―――本当に九歳には見えない。緊張を孕んだ世界情勢が凡庸な王子として生まれ育つのを許さなかったのだろうが、それにしたって大人すぎる、と僅かに哀れを含んだ困惑を胸に浮かべた。

 そんな同情、彼には迷惑だろうしプライドにも障るだろうけど。


 レオヴィスはそんな私の内心を知ってか知らずか、完璧なポーカーフェイスで私を見つめ返す。

「そうだ。この世界は歪んでいる。……普通ではない」

「……」

 彼は私が何で悩んでいるかもきっと知ってるし、聞けば正論を言うだろう。私がただ弱いだけで、レオヴィスの意見が正しいのだと、理性でわかっても心は納得できない正論を。

「普通にするために、何の罪もない人がたくさん死んでも?」

 責めるように言えば、レオヴィスは私の迷いも弱さも何もかもを見透かした目を眇め、ゆっくりとその唇を開ける。

「……ああ。そうしなければ、今すぐではなくとも今後それ以上の犠牲が出ることは想像に難くない。親が子を殺し、子が親を殺し、男が女を貶め、女が男に復讐する。神が神でなくなり、悲鳴と怨嗟の声が響き渡る世界を、いったい誰が望む?明日の見えない今日を絶望し、過去を振り返る安寧すらない毎日を、いったい誰が愛する者に送ってほしいと思う」

「でも……」

「それは確かに今ではないかもしれない。そしてそれは、国を傾けなくても直すことができると思うかもしれない。だが、確実にその未来は確かに存在するし、どの道それを直すためには国はある程度傾く。孤立した国でない限り、その周辺国を巻き込んで、な」

 一分の隙もない理論。

 それでも……と思ってしまう。

 レオヴィスはこれだけ頭がいいのだ、どうにかできるのではないかと思ってしまうのだ。

 そしてこの少年は、そんな私の甘い考えすら見透かしている。

「誰も傷つけることなく、歪めた張本人たちだけが罰を受けて正しい世界になる都合のいい方法などない。……ユリフィナ・エール・ユン・ダ・スリファイナ、お前は王族として生まれ育った。いずれは国の名を背負い、国のためにならなければならない身。国と世界を天秤にかけることは難しいだろう。王族であればなおさらに」

 だけど、レオヴィスは二つを天秤にかけて、すでに答えを出したのだ。

 ―――世界を、と。

 たった九歳の子供が、己の環境全てを捨てることになりかねない決断をしたのだ。

「……レオヴィスは……怖くないの?」

 一度強く目を瞑り、それでも取り除けない不安のためにレオヴィスの顔が見れない。


 どうしてそんなに強く考えることができるのだろう。

 どうしてそんなに強いのに、私を巻き込もうとするのだろう。

 どうして……私を選んだのだろう。


 私は弱い。たぶん、精神的にこの少年の足元にも及ばないくらいに。

 不安でたまらない。支えがなければ、道標がなければ、一歩も動きたくないくらいに。

 ただ巻き込まれて流されていれば、いつの間にか物事は過ぎ去ってくれるのではないかと、目を塞ぎたくなるのだ。


 ……でも、それでは『私』はどこまでも周りに利用されていいように扱われ、少しでも抵抗すれば『私』という個人の意思を消し潰そうとするだろう。


 それが、神か悪魔のような美貌の死神が私に与えた運命。


 抗いたい。私は『私』という意思を守りたい。そのためにこの少年と決裂しても。




 ―――……でも……それはとても恐ろしい決断だ。




 『レオヴィス』という庇護のもとにいれば、どんな利用をされこそすれ生きてはいけるのだから。




「……怖い、か。本当にお前は……」

 ポツリと呟いた言葉尻は聞こえなかった。

 そして彼はまたまっすぐに私を見据える。……どこか苦しげに。

 けれど視線を上げられない私に、それを知ることはできなかった。

「ユリフィナ、怖いか?」

 こわい。

 頷く。

「俺がこれからすることすべて、見ていたくないと思えば見なくてもいいようにできる。些細な噂すら聞きたくないというのであれば、一切の俗世から逃れることもできる」

 甘い囁きだ。

 でも、私がそれを受け入れたなら……彼はきっと失望するだろう。

 そして、私の意思も何もかも無視して、全てを自分の思う通りに動かすだろう。それがどんな残酷な方法であったとしても、私にそれを知らせることなく。私がどれだけ泣き叫んだとしても。

 勝手な人だ。ホント、傲慢な王子様そのもの。


「そうしてほしいか?」


 ……首を振るしか、なかった。

「私は……貴方に、協力する。だから、教えて。どの国を……傾かせたいの?」

「―――」

 まだ目を合わせられない私をしばし見つめ、ゆっくりと口を開き―――


 コンコンコン


 まさにレオヴィスから言葉が発されようとしたその時、やや焦れたようなノックが部屋に響いた。


すみません、思った場所まで書き終わりませんでした……

次に詰め込むか、分けるかします。

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